断腸亭日常日記 2003年 その7

−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年のスペイン滞在日記です。

99年1月13日〜2月16日 2月19日〜4月14日 4月15日〜5月11日 5月12日〜6月4日
6月7日〜6月10日 6月13日〜7月9日 7月11日〜8月8日 8月9日〜9月9日
9月12日〜10月7日 10月10日〜11月10日 11月14日〜11月28日 12月12日〜12月31日
2000年1月1日〜15日 1月16日〜1月31日 2月1日〜2月28日 3月2日〜3月29日
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6月1日〜6月15日 6月16日〜6月29日 6月30日〜7月15日 7月17日〜7月31日
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4月16日〜5月24日 5月25日〜6月10日 6月12日〜6月26日

 6月27日(金)

 マドリードの部屋を片づけてタクシーを捕まえてバラッハス空港へ。そこでTELをしてパリへ。パリではタバコの吸いだめをして飛行機へ。飛行機の中では昔の飛行機のビデオが流れていて、みんな美味しそうにタバコを吸っている。何で今は飛行機の中でタバコが吸えないんだ!無茶苦茶タバコが吸いたくなるビデオだった。今喫煙できる席を飛行機に作ったら2割高でもチケットを買う人が結構いるだろうに。俺だってそんな席に座って旅行がしたい。

 成田に着いたらまずウンコ。それから荷物を取って外へ出てタバコを吸う。スペインなら荷物が出てくるのを待っているときからタバコが吸えるのに、日本はアメリカ統治の国なので民主主義の国じゃない。民主主義の国じゃないから自由にタバコが吸えないのだ。自分の正義を他人に押し付けるのがアメリカ式。戦後60年近くたって見事にアメリカ式正義の押しつけが定着した模様だ。

 部屋に帰ってきてTVをつけたらまた巨人が負けた。直ぐにスペインから持ってきた闘牛のビデオのダビングを始め風呂に行ってきた。スペインではシャワーばかりだから風呂の有難味が良く判る。明日は午前中に荷物が来て部屋の掃除をして会社に顔を出す。日曜日は競馬。TELで連絡しなきゃ行けないところには連絡したので眠くなったら寝る。


 6月28日(土)

 朝早く目が覚めそのまま起きて掃除を始め荷物が来るのを待った。それからガス屋に行って開けて貰うよう頼んで会社に行って帰ってきた。それから夕飯を食ってまた片づけ。少しずつであるが部屋が綺麗になって生活しやすくなるのは嬉しいことだ。でも、タバコを買いに行ったら自販機に7月1日から250円が270円になると書いているのを観てムッとした。だから帰りにタバコ屋に行って1万円分のタバコを買ってきた。どうしてこんなにお金がないのに税金を払わなきゃならないのだろう。

 タバコを買うと金を使う。この不況の時代に経済、消費活動が活溌になる。僕はタバコは体に良いと言って吸っているが、医者などは体に悪いという。一歩譲ってそういうことにすると、それで体を悪くして医者に罹れば交通費や医療費という消費活動も活溌になるから旺盛な消費、経済活動だ。でも俺は金持ちだ。

 明日の宝塚記念で馬券が当たれば、JRA銀行の口座からお金をおろすことが出来るからだ。本命はシンボリクリスエス。岡部が乗らなくても藤沢調教師に抜かりはない。対抗、同枠の二冠馬、ネオユニヴァース。今まで対抗にしなかったが斤量5キロ差と恵まれているので行けそうな気がする。単穴はアグネスデジタル。何と言っても実力馬。四位が落馬負傷で今日の騎乗を途中でキャンセルして明日乗れるかどうか不明。四位が乗れないと単穴から外す。その他では、去年の優勝馬、ダンツフレーム。有馬でも良い脚を見せて2着に来た好調タップダンスシチー。ヒシミラクル、ツルマルボーイ、武のダイタクバートラムは不要だろう。でもこれじゃやっぱり大きな配当にはならない。当たっても金がないなこれじゃ。


 6月29日(日)

 今日競馬ファンの中に新しい伝説が生まれた。TVで太田光の話を笑いながら聞いていた。加山雄三が太田を褒めちぎっていた。後楽園のWINSでレースを観ていたら前にいた男の尻ポケットに櫛が入っていた。何故なんだと思った。そしたら、髪の毛が薄く肌が黒くなっていた。墨でも塗っているのだろう。禿を隠すために。

 宝塚記念はスタート直後、4番のマイソールサウンドが外にヨレて、ぶつけられたシンボリクリスエスが前につけられなくなった。外のネオユニヴァースとも接触した。デザーモが左後ろ脚を気にしていた。その影響もあってネオユニヴァースは後方からのレースを強いられる。レースは1000m通過が59.7秒の平均より速いペース。後方待機のツルマルボーイやネオユニヴァースには有利に働いた。縦長の馬群が3コーナーから4コーナーにかけて詰まっていき、4コーナーを廻るときシンボリクリスエスはマイソールサウンドとバランスオブゲームの間を割ってはいる形になり2度目の不利を受ける。

 それでも直線で抜け出しタップダンスシチーとの叩き合いで決まるかと思ったら、後続が押し寄せ坂上では外から上がってきたヒシミラクルと大外のツルマルボーイの叩き合いになりヒシミラクルが天皇賞・春に続きG1制覇。鞍上、角田晃一騎手は春の古馬戦線で連勝して初のグランプリの栄冠をもぎ取った。シンボリは4コーナーまで手応えも合ったような気がするが直線で伸びなかったのは2度の不利が影響したのか、それとも久々の響いたのか判らない。最後は体を寄せて叩き合ったタップダンスシチーにも負け、ネオユニヴァースに追い抜かれ5着。しかし、勝たなきゃならないレースで負けて藤沢調教師は今、何を考えているのだろう。リハビリ中の岡部幸雄は自分が乗っていればと思っているのか、どう思ったのだろう?それにしてもやっぱり4歳馬は強いなぁ。

 所で新たな伝説とは何かというと、今日のサンスポに載っている記事である。

 「29日開幕する第44回宝塚記念の土曜前売りで<5>枠(10)番ヒシミラクルの単勝を1222万円も買った男性がいたことが分かった。この大口投票でミラクルの単勝は一時、1.7倍。最終的には昨年の年度代表馬でファン投票1位の(5)シンボリクリスエスがトップに立った。

 その中年男性が東京・港区のウインズ新橋に姿を見せたのは、28日午前10時55分ごろ。高額払い戻し窓口に安田記念の的中馬券を差し出すと、計算機の金額表示は1222万円余。すると、男性は大金に直接手を触れず、「(10)番ヒシミラクルの単勝を全部買ってくれ」と売り場の女性に伝えた。昨年の菊花賞を10番人気、今春の天皇賞を7番人気と、低評価でGI2勝した芦毛の4歳馬だ。

 男性が記入したマークカードを受け取ったJRA職員らは、自動券売機を通して発券。券面の上限が50万円のため、24枚以上の馬券が男性に手渡された。

 前日発売開始から約2時間後の大口投票で、ミラクルの単勝は1.7倍の1番人気に跳ね上がった。午後になっても1番人気のままで、午後3時過ぎにクリスエスがトップに立った。土曜前売りの最終オッズは、この大口投票があり、クリスエスの2.8倍に次いで4.3倍の2番人気。ミラクルの単勝は土曜だけで1636万4100円売れ、そのうち74.6%が中年男性の購入分だ。

 JRA関係者によると、男性は特に金持ちという雰囲気ではなかったという。果たして、1220万円余りがさらに大きく転がるのか、それとも夢と消えるのか−。結果は29日午後3時40分過ぎに明らかになる。 」 というものだ。

 単勝配当、1630円。1222万円を、16.3倍すると、1億9918万6千円。億万長者である。この人はJRA銀行からこれだけの金を口座からおろせるわけである。安田記念で大金を手に入れ、宝塚記念でそれを16.3倍にして億万長者になった。約2億円だ。詰まりこれが競馬ファンの中で新しい伝説になったのだ。

 あー俺はそんな大金を手に入れることが出来るパスワードを知らない。1222万円ヒシミラクルの単勝馬券を買った男性は幸せになるのだろうか?お金が全ての人生ではないが・・・。それでもそういう馬券を当てたという快感、感動は一生消えることはないだろう。競馬ファンは金持ちである。パスワードさえ間違えなければJRA銀行は大金を用意していてくれる。かーーーー。


 6月30日(月)

 今日片山先生と昼食を取った。日本に帰ってきて始めの麺だった。中華料理屋で食べたが、麺と具が別の器に入っている珍しい五目そばだった。中に入っていたチャーシューが昔風の外側が赤くなっているチャーシューが懐かしい味だった。12時前に入った店は直ぐに満席になり老人たちが沢山待っていた。今日は茶店ではなく先生の家に行き話をした。先生がスペインに来なかったのは体調を崩したり色々あって来なかったようだ。

 それからまた面白い話をして楽しんだ。帰り際にいつも重要な話になるのが先生との話の常だ。本を書く話をした。マンガの原作の話をして、主人公とライバルの設定を対称的にするよう言われた。矢吹丈と力石徹のように。でも、それだけでは続かないから、星飛雄馬と花形満の様に、貧乏人の子供と、金持ちの息子のようにして、左門豊作のようなキャラクターも必要性を説かれた。女の登場人物も最低2人必要だろう。幼なじみと、ガナデロの娘とかフラメンコダンサーなどという設定が良いのかも知れない。

 主人公とライバルの取り巻きや友人、新たなライバルの登場など物語のパターンはそれだけでも幾通りにも創作できるだろう。ちょっと風太郎ののように年表を作る必要が出てきたような気がする。1991年から2000年までの10年間の人物設定を年表にして頭の中で整理するために。

 昨日の日曜美術館で、河鍋暁斎の事をやっていた。彼は狩野派や大和絵、浮世絵と、当時の日本の画法をちゃんと学んで絵を描いていた。下絵があれだけ残っている画家も珍しいのだそうだ。線で物を描写する力量というのは当時の最高峰をいっていた大天才だ。これを観ていて、山田風太郎の、『警視庁草紙』 の中の、「吉五郎流恨録」を想い出した。それにしても風太郎の物語は面白くインパクトがあるから想い出してしまうのだ。物語はこう書けと言う良いお手本である。読んで面白くないものは何も残らない。面白さが全ての入り口かも知れない。

 28日ナバス・デ・サン・ファン(ハエン)で、エルマノス・カジャド・ルイス牧場のNO30、“フェロス”という名前の若牛を、見習い闘牛士ラウル・カノがインドゥルトした。

 28日の結果。 アルヘシラス。ホセリート、耳なし。4頭目でコヒーダされたがそのまま続けた。重傷ではないようだ。モランテ、耳1枚と強いもう1枚要求で場内2周。5頭目で派手なコヒーダをした。サルバドール・ベガ、耳1枚が2回。 サモラ。コルドベス、アベジャン、耳なし。ファンディ、耳1枚が2回。 トロサ。セサル・リンコン、強い耳要求で場内1周。カバジェーロ、耳なし。フェレーラ、耳1枚。 トゥールーズ(フランス)。ヘスリン、耳なし。フリ、耳2枚、耳1枚。セバスティアン・カステージャ、耳なし。

 29日の結果。 マドリード。ファン・ディエゴ、ホセ・モンテス、セルヒオ・マルティネス、耳なし。 アリカンテ。ペピン・リリア、耳1枚ともう1枚要求、耳1枚ともう1枚要求で場内2周。エンカボ、耳1枚。エル・レンコ、耳なし。 ブルゴス。ホセ・イグナシオ・ラモス、耳1枚。アントニオ・バレラ、ロブレニョ、耳なし。 セゴビア。ダマソ・ゴンサレス、耳なし。怪我のモランテに代わり、ルギジャーノ、耳1枚が2回。カリファ、耳1枚、耳1枚と強いもう1枚要求。 ソリア。セサル・リンコン、耳なし。ヘスリン、カバジェーロ、耳1枚。 トロサ。オルドニェス、耳なし。フリ、フランシスコ・マルコ、耳1枚。 ビナロス。オルテガ・カノ、フィニート、耳1枚。コルドベス、耳2枚、耳2枚と尻尾要求。 トゥールーズ(フランス)。フェルナンデス・メカ、耳2枚(ミウラ牧場の牛が場内1周)、耳1枚。デニス・ロレ、耳1枚と耳2枚。ヘスス・ミジャン、耳なし。


 7月1日(火)

 昨日の夜に元やくざの組長で今はクリスチャンで刑務所などを廻り、更生、布教活動をする人の話が面白かった。「人生をやり直すことはいつでも出来る」とその昔、山口組3代目、田岡組長狙撃を命じたその人はいっていた。そんな風にやくざを辞めてクリスチャンになったのは今の嫁さんのおかげだという。出会いによって人生は変わっていく。昔の山口組に命を狙われていた頃の話を聞いているとまさに劇的な変わり様だ。彼にとって神とは有り難い存在なのだろう。

 未だ日本に帰ってきて雨が降っていない。梅雨なのに。でも、今日はどうやら降りそうである。

 30日の結果。 ブルゴス。ヘスリン、耳なし。フィニート、耳1枚。カバジェーロ、耳なし。


 7月2日(水)

 仕事へ行ってきた。3ヶ月近く離れていても体で覚えているものだ。それでも久々の仕事で疲れた。日本は未だ涼しい。梅雨明けがいつになるのかと、天気予報で話題になる頃、夏が始まるのだろう。

 1日の結果。 ブルゴス。ファン・モラ、耳要求。コルドベス、耳1枚、耳要求で場内1周。オルドニェス、耳1枚。


 7月4日(金)

 帰りにディランのCDを買ってきた。『ローリング・サンダー・レヴュー』 今頃これが出るのが信じられないが。これはブートレック・シリーズ第5弾として発売されたということだ。ディランももう年で新譜をなかなか出せないのでこういう風にしてファンを楽しませているのだろうか。未だ全部は読んでいないが、ラリー・ラッツォ・スローマンのライナーノーツはなかなか面白い。こういう風に同時代にディランに感化されて人生を狂わされた人が書くからディランと人生が見えてくるのだ。僕はこういう馬鹿なヤツ、のめり込む気違いが好きなのだ。

 他に発見したのは、僕が今1番欲しかった『ディラン』というCDが廃盤になっていることを知った。中古で探すしかないな。LPは持っているけど・・・。それと驚いたのは、ヴォーカルでローリング・サンダー・レヴューに参加していたロニー・ブレイクリーは1979年から81年まで映画監督のヴィム・ヴェンダースと結婚していた、と言う事実だ。ヴィム・ヴェンダースの映画はデビューの頃から観て好きだった。映画の中で使われている音楽がとても良かった。トム・ウェイツを使っていたし、実際に出演させてもいる。ロード・ムービーといわれそれから色々映画を撮っているが、おそらくそれがライ・クーダーとの出会いを演出して、あの 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』 に繋がっていったのだろう。

 1975年当時、60年代の曲のアレンジは凄い。原曲をこれほど変えるかと言うくらい変えている。まさにアレンジしている。でも、『プラネット・ヴェイヴス』 や 『血の轍』 『欲望』 の曲のアレンジはそれほど変わっていない。未だその頃の曲は原曲を大事にしているのだろうし、変えるほどの必然性がないのだろう。ジョーン・バエズとのデュエットはなかなか良い。ディランはバエズにとことん惚れられていたのだろうと僕などは思ってしまう。CD1の『風に吹かれて』から『アイ・シャル・ビー・リリースト』までの絡みはグッと来る。

 CD2では、ライブで、『ラブ・マイナス・ゾロ/ノー・リミット』 『コーヒーもう一杯』 『サラ』 が聴けるのが良い。他では多分聴けない。ブートレック・シリーズだからこそ。でも、ファンはこういうのを待っていた。サム・シェパードがローリング・サンダー・レヴューの事を書いた 『ディランが街にやってきた』 に載っていた写真などを想い出させる写真が英語版ライナーノーツに載っている。ディランの顔って美しい。『欲望』 のジャケット当時の写真が。ディランと一緒に歌っているジョーン・バエズの楽しそうというか、嬉しそうだ。裸足で歌う写真があるがちょっと外反母趾だった。

 アレン・ギンズバーグの写真もある。良い写真が多いが、お金が生まれるロック音楽産業や、ディランという才能に集まる人は、やはり才能がある人がいるようでこの写真を撮ったカメラマンは今は有名になっているのだろう。コダックフィルムのポジをそのまま焼き付けて使っている。例えば、23の次が23Aとコダックのフィルムはなっている。フジフィルムは23と言う番号だけだ。こういうところまで入れているディテールが僕は好きだ。

 このCDをさって聞いて1番印象に残ったのは、『ハッティ・キャロルの寂しい死』 だった。ディランは怒っているのだ。このローリング・サンダー・レヴューはアメリカ全国ツアーでハリケーン・カーターと言う黒人ボクサーの無実を訴えるコンサート・ツアーだった事を考えるとまさに怒って当然なのだ。後に映画 『ハリケーン』が作られ主題歌は勿論ディランの、『ハリケーン』だった。そしてこのローリング・サンダー・レヴューの活動でハリケーン・カーターは釈放された。

 2日の結果。 ブルゴス。ホセ・イグナシオ・ラモス、フェレーラ、ファンディ、耳なし。

 3日の結果。 ブルゴス。ホセリート、フリ、耳2枚。ハロチョ、耳1枚が2回。


 7月5日(土)

 日経新聞を読んでいたら、脚本家の岸田理生が死んだことを知った。本は読んでいるがあまり印象には残っていない。寺山修司と関連した人がまた死んだ。

 4日アメリカは独立記念日だった。ブッシュ大統領は、我々は未だ戦争中だと、言った。株価が上昇している。バブルの頃のような取引が活溌に行われている。

 アナスタシアさんが4日ブルゴスでの観戦記を掲示板に書き込んでくれた。闘牛を観てからバスに3時間以上かけてブルゴスからマドリードまで帰ってきての書き込みだった。頭が下がる。なかなか出来ないことだ。このHPを観ている人たちに早く知らせたいという気持ちが書き込みに繋がっているのだろう。このHPはもう僕だけのHPではなくなってきているようだ。闘牛ファンが集まるHPになってきたことを自覚する。

 4日の結果。 ブルゴス。ポンセ、耳2枚。アベジャン、耳1枚、耳2枚と尻尾要求。フリ、耳2枚。


 7月6日(日)

 東京の梅雨明けは20日頃になるという。今日は曇りで1日涼しくなる。沖縄で中学生がリンチ殺人をして逮捕されたり、長崎で4歳の子供が駐車場で突き落とされて殺された誘拐殺人事件のような凶悪犯罪がニュースをにぎあわせている。他者とのコミュニケーションを取れない人たちがこういうことを平気でやっているのだろうか?殺人の動機など意味不明だったり、理解できないものが多い。こういう社会に日本はなっているのだ。

 他人の話を聞かない、聞けないことがコミュニケーション不足を招いていると思う。他者との対話が出来ない。スペイン人は喋りまくって人の話を聞かないけれど、それでも喋りまくることによって他者とのコミュニケーションを取っている。日本人は言わなくても判るだろうで、会話が不足がち。言わなきゃ判らないことの方が多いのだ。自分の要求を言うとき、それが絶対になる過程はこういう風にして変化するのだろう。要求と結果の差異から話し合いが始まると言うことをもっと認識するべきだ。

 パンプローナの闘牛が始まった。見習い闘牛で今年のサン・イシドロで最優秀見習い闘牛士になったルイス・ボリバルが耳1枚が2回でプエルタ・グランデした。

 5日の結果。 ブルゴス。ポンセ、耳なし。セサル・ヒメネス、マンサナレス、耳1枚。 シウダ・レアル。慈善闘牛。ホセリート、ビクトル・プエルト、耳1枚。ファンディ、耳1枚が2回。


 7月8日(火)

 昨日歯医者に行く。差し歯が欠けてぐらついていたので先生と話した。治すのに20万以上かかるようだ。帰りに本屋に何軒か寄った。紀伊国屋で山田風太郎の、『戦中派闇市日記』 と 山田宏一の、『フランソワ・トリュフォー映画読本』 を買う。電車の中で『フランソワ・トリュフォー映画読本』のプロローグ、「どんな映画をつくりたいか」フランソワ・トリュフォーと「トリュフォーとは何だったのか」山田宏一、1981年『隣の女』のことを書いた「愛の軌道」山田宏一、1982年4月 ぴあ主催「フランソワ・トリュフォー全集」上映のために来日したときのインタビュー「死に至るパッピーエンド」を読む。

 「 Ni avec toi, ni sans toi.---あなたと一緒では苦しすぎる、でも、あなたなしに生きていけない。・・・・・・
 片脚の不自由な夫人(ヴェロニク・シルヴェル)が語り手になって事件が回想される。アメリカのフィルム・ノワール、けたたましいサイレンの音とともに警察の車が殺人事件の現場に急行し、プールに浮かぶ男の死体(ウィリアム・ホールデン)のナレーションから回想がはじまるビリー・ワイルダー監督 『サンセット大通り』 (1950) の出だしを想起させる。
 片脚の不自由な中年婦人は、かつて愛のために錯乱し、絶望の果てに投身自殺を図った女性であることが、やがてわかってくる。いわば愛のために一度は死んだ女性が、この映画の事件の証人になるのである」 ーー「愛の軌道」山田宏一よりーー

 この本は間違いなく映画評論家、山田宏一の集大成だ。何故なら山田宏一はトリュフォーだからだ。トリュフォーなしに彼の映画論はないと言っても過言ではない。あの当時僕は東急シネマスクエアーでトリュフォーの、『隣の女』 を観ながら感動に震えた。ロードショーなのに3,4回同じ映画を観に行った。これほど見事に、愛を描いた映画があっただろうか。この映画はディテールを含めてすべてにおいて完璧に愛を描いた。僕のとってトリュフォーが不動のものになった瞬間だった。

 1984年4月 ぴあ主催「フランソワ・トリュフォー全集」の時、仕事で見に行けなかったことが本当に悔やまれる。これから何度も来るだろうなどと思うことにして諦めたが・・・。それから直ぐその年の10月21日、52歳で悪性脳腫瘍で死ぬとは・・・。

 6日、ルイス・ミゲル・ドミンギンの兄弟で元闘牛士、ぺぺ・ドミンギンが死んだ。91年初めてサン・イシドロを観に行ったときには彼は闘牛のコメントを書いていた。もしあの時ぺぺ・ドミンギンの文章を読んでいなかったら今こうして闘牛のことをHPという形で作っていなかっただろう。その時の文章は闘牛観戦記の「突然、炎のように」の中に書いてあるがまたここに引用しておく。

 「セサル・リンコンの為に、マドリードの闘牛ファンは大きな驚きの中にある。彼はほとんど知られていないコロンビア人だった。同郷のガブリエル・ガルシア・マルケスは「一つの驚きを述べる人」と言ったが、カリ、マニサレス、ボゴタ、メデジンなどから、コロンビア人達は、今までにも沢山の役割を果たし、スペイン人闘牛士にも影響を与えた。

 時代の証人は、オルテガ・カノとロベルト・ドミンゲスよって行われた。選ばれたのはセサル・リンコン。彼は、多くの努力と犠牲を結晶させた。それは確認された事実と認めざるを得ない。良いことと、悪いこととを選別する頭を持った、真実の闘牛士。遠いアンデスから私達に、危険な無気力から、疑いのない闘牛の世界に、連れ戻す為にやって来たのだ。

 彼と牛との間に行われる距離のコンクールは、危険に立ち向かう強靱な勇気によって、心地よい余韻を作り出している。パズルは一つの作品を完成させた。今後一年間の価値は、これらの色調の中のある。その事は、多くの議論を必要としない。

 それは、私達が出会った全てだ。

 あなた達と私は、闘牛場で。そして何百万の人達は、テレビによって簡単に目撃する事ができた。真実の情熱、明晰な存在は、疑う余地がない。彼は闘牛士の技術、真実の芸術を、私達に発見させたのだった。

 ありがとう。セサル・リンコン。」 ーー「トゥリンファドール」ぺぺ・ドミンギン ーー

 観戦記、「突然、炎のように」のタイトルは勿論、トリュフォーの、『突然、炎のごとく』 の引用である。ぺぺ・ドミンギンの書いたセサル・リンコン。セサル・リンコンは彼の闘牛とぺぺ・ドミンギンの文章によって僕の永遠のイドロになった。99年日本で闘牛が開催されたときに闘牛士新協会の会長として来日したぺぺ・ドミンギンに会った。その時、スペイン語でお礼を言えなかったのが悔やまれる。

 「1960年9月9日(土)  わがフランソワ君 きみの映画は傑作だ。奇跡のようなものだ。親愛のキスを送る。ジャン」 ーー『大人は判ってくれない』 を見て、ジャン・コクトーからフランソワ・トリュフォーに送られた手紙よりーー

 6日の結果。 マドリード。フンディ、ラモス、ロドルフォ・ヌニェス、耳なし。 バルセロナ。ヘスリン、耳なし。フィニート、口笛。オルドニェス、耳2枚、耳1枚ともう1枚要求。 タラゴナ。ウセダ・レアル、セサル・ヒメネス、耳1枚、場内1周。 エステポナ。ハビエル・コンデ、耳1枚が2回。ファンディ、耳1枚、耳2枚。サルバドール・ベガ、耳1枚が2回。 テルエル。パディージャ、耳1枚。ゴメス・エスコリアル、耳1枚ともう1枚要求で場内2周。ファン・ディエゴ、耳なし。 サン・ペドロ・デル・ピナタル。コルドベス、耳1枚が2回。ペピン・リリア、耳4枚。セバスティアン・カステージャ、耳2枚と尻尾要求が2回。

 Eauze(フランス)。セサル・リンコン、フェルナンド・ロブレニョ、耳なし。フリエン・レスカレット、耳1枚、場内1周。 Le Grau du Roi(フランス)。フェルナンデス・メカ、耳1枚。デニス・ロレ、耳1枚が2回、耳2枚。

 7日の結果。 パンプローナ。フェレーラ、アントニオ・バレラ、ファンディ、耳なし。


 7月9日(水)

 今日は洗濯をした。長崎で4歳の幼児を殺害して補導されたのは12歳の中学生だった。この年齢だと逮捕と言わず補導というらしい。そして、法的な裁きの対象外になるのだそうだ。殺害された幼児の両親は、「極刑を望む」というコメントを出した。中学生は頭が良くこの前のテストでは500点満点で465点を取っていたそうだ。近所の人や同級生のコメントを聞くとその辺にいる子と変わらないと言う。そもそもそれが変なのだ。親や先生、近所の人や同級生の前では良い子を演じているだけで感情を抑えている。それを爆発させる世界が犯罪だったのだろうか?

 他人との関係が、ひな型・マニュアル化された形でしか、接したりコミュニケーションを取れないでいたのではないかと言う疑問を持つ。ゲームが上手かったと言うが、ゲームを友達とやってコミュニケーションを取れるのだろうか?その中から何を学ぶことが出来るのだろうか?

 子供の頃の遊びから僕は色々なことを学んだ。でもゲームからは殆ど何も学べなかったような気がする。弱いものをいじめたり、ましてや殺すというのは、勉強が出来るとか頭が良いとか言うのとは全く関係なく、馬鹿がやることだ。理解不能。こういう少年が事件という形で社会に露出したが、沖縄の中学生にしてもそうだが、実はこの年齢の子供たちの中では非常に多いような気がする。そして、そのことが最も深刻な社会問題になってくるだろう。こういう日本という社会がおかしい。

 8日の結果。 パンプローナ。ペピン・リリア、パディージャ、フランシスコ・マルコ、耳なし。


 7月11日(金)

 新潟誘拐監禁事件の佐藤被告への最高裁の判決は懲役14年の実刑だった。1審と2審での量刑が違って論議を呼んでいたが1審の量刑が採用された形になった。日本の現行の法律では、「 「併合罪の規定は、最も重い罪の法定刑の1・5倍の範囲内で(犯された)罪全体の刑を決める、と定めたもの」との初判断を示した上で、「今回のケースでは、上限である15年以内で刑を決めていれば、法律上特にその他の制約はない」 」というものらしい。法律的に詳しいことが判らないが、誘拐罪というのは何年になるのだろうか?

 いずれにしろ現実に法律が追いついていないのだ。長崎の4歳児誘拐殺人事件を起こした12歳の中学生が法律で裁かれないと言うのは明らかにおかしい。イギリスで11歳の子供2人が幼児を誘拐して暴行して線路に置いてひき殺した事件では、この犯人の11歳の2人の子供の名前と顔写真を公開して終身保護観察処分がくだされたという。日本でもそれくらいのことをして良いような気がする。

 今日、鴻池祥肇防災担当相が長崎の幼児殺人事件について「嘆き悲しむ(被害者の)家族だけでなく、犯罪者の親も(テレビなどで)映すべきだ。親を市中引き回しの上、打ち首にすればいい」と述べたことが問題発言として問われている。確かに不適切であったかも知れないが、責任ある人の誰かがこれくらいのことを言わないとダメなような気がする。悪いことは悪いとはっきりと教えられてきていない人間には、体の痛みや、精神的なストレスでもかけて苦しませて、考えさせ、悩ませ、苦しませる必要がある。

 だから不謹慎という人がいるかも知れないが、鴻池祥肇防災担当相は良く言ったと言いたい。判らないヤツには、ガツンとやってやらないと判らないこともあるのだ。ふざけるんじゃねぇーよ。日本に帰ってくるとどうしてこんなにつまらない、くだらない事ばかりなんだ!腹が立つ!

 久しぶりにプロ野球を見た。TVをかけたら阪神がボコボコに工藤を打ちまくり1イニング8点。もう、阪神ファンを辞めているが始めは嬉しかったが、段々腹が立ってきた。何てつまらないんだ。こんなに打ちまくって阪神ファンは嬉しいのだろうか?野球は1−0が1番面白い。今の阪神には投手戦なんて望めないのか?掃除をしながらだからちゃんと見ていないがそれにしてもつまらない試合だ。その後、風呂に入ったら実に気持ちよかった。明日は闘牛の会。最終的な準備は明日だ。

 パンプローナでマティアス・テヘラが耳3枚取ってプエルタ・グランデした。良い闘牛士は、こうやって活躍するべきだ。

 9日の結果。 パンプローナ。ポンセ、耳なし。フリ、耳1枚。マティアス・テヘラ、耳1枚、耳2枚。

 10日の結果。 パンプローナ。オルドニェス、口笛。フリ、耳なし。セサル・ヒメネス、場内1周。 テルエル。フェレーラ、耳1枚ともう1枚要求。ヘスス・ミジャン、耳なし。ファンディ、耳1枚。


 7月13日(日)

 昨日は闘牛の会で今年のサン・イシドロの報告をビデオを流しながらやった。今年からちょっとやり方を変えてファエナを中心に六つビデオを流した。席は満席になり好評だった。初めて顔を見る人が3人いた。飲み会の後、電車の中で片山先生から色々言われた。書かなければダメだよと言うことを真剣に噛み砕いて色々言っていた。勿論僕も書いていくつもりだ。問題はどうか書くかなのだ。

 山田宏一の、『フランソワ・トリュフォー映画読本』 を読んでいると強烈にトリュフォーの映画が観たくなる。

 11日の結果。 パンプローナ。ロブレニョ、場内1周。バルベルデ、セラフィン・マリン、耳なし。

 12日の結果。 パンプローナ。ミウラ、耳1枚、耳要求で場内1周。アルフォンソ・ロメロ、アントン・コルテス、耳なし。 Ceret(フランス)。エスプラ、耳なし。エンカボ、場内1周。セラフィン・マリン、耳なし。


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