断腸亭日常日記 2001年、スペイン日記 その3

−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、のスペイン滞在日記です。

99年1月13日〜2月16日 2月19日〜4月14日 4月15日〜5月11日 5月12日〜6月4日
6月7日〜6月10日 6月13日〜7月9日 7月11日〜8月8日 8月9日〜9月9日
9月12日〜10月7日 10月10日〜11月10日 11月14日〜11月28日 12月12日〜12月31日
2000年1月1日〜15日 1月16日〜1月31日 2月1日〜2月28日 3月2日〜3月29日
4月2日〜4月19日 4月20日〜4月29日 5月1日〜5月14日 5月15日〜5月31日
6月1日〜6月15日 6月16日〜6月29日 6月30日〜7月15日 7月17日〜7月31日
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2001年1月1日〜1月13日 1月14日〜1月31日 2月3日〜2月12日 2月13日〜2月26日
2月27日〜3月10日 3月11日〜3月31日 4月1日〜4月18日 4月19日〜5月3日
5月4日〜5月17日 5月18日〜5月31日

 6月1日(金)

 早朝の曇り空が昼前には快晴になり16時過ぎにはまた曇り空になった。天気予報は晴天になっている。雨の心配はないだろう。いよいよ6月1日になった。サン・イシドロ最高のカルテルが汲まれている。3人の闘牛士は万全を期して出てくるだろう。ホセリート、ホセ・トマス、ミゲル・アベジャン。牛がアドルフォ・マルティン。今日闘牛場には多くのファンが並んだようだが切符を手に入れたのはほんの一部の人たちだ。

 テレマドリーが伝えるところでは、テンディドの切符が1枚、20万という。これならアボノを買った方がずっと安い。1番良いカルテルなのにTV中継もないので切符は余計高くなっているのだろう。どんな闘牛になるのか期待しすぎると全然ダメだったり、以外と切符の値段と闘牛の内容が比例するわけではない。まぁ、それでも期待したくなるカルテルであることには間違いない。

 MさんにTELしたが同じ事を言っていた。どうなるか?それは終わってみれば判ることだ。

 米ちゃんにTELして13日のビスタレグレの切符を買って貰うように頼んだ。後20日ちょっとで帰国。それまでにどうなるのだろう。今日の結果は帰ってきたら勿論書く。日本で言えば朝起きたらHPに載っている状態にするつもりだ。3人の闘牛の無事と良い仕事をしてくれるように祈りつつ、闘牛場へ行く準備をしよう。


 6月2日(土)

 昨日の闘牛の結果にはビックリした。アベジャンが耳を取るのはおかしな事じゃない。ホセ・トマスがアビソ3回になったことに驚いている。観客の期待を一身に集めていただけに観客の落胆も大きかった。また、本人もガッカリしただろう。観客は期待していただけにダメだったときの落胆が大きく口笛や罵声、座布団を投げるという行為になっていった。今日のテレマドリーでアビソ2回の後に黙って立っているホセ・トマスにすでに観客が凄いヤジを飛ばしていた。

 多分、1日の観戦記を読んで驚いた人も多いだろう。特に日本にいて読んでいる人にとっては。ラス・ベンタス闘牛場の観客とはこうゆうものなのだ。一切のブランドを拒否している。20万で切符を買って見ている観客へも、「そんな大金を出してまで闘牛が観たいわけ。あんた、馬鹿じゃないの」と語りかけているようですらある。

 セサル・リンコンは、ラス・ベンタス闘牛場の前を通るときは必ず闘牛場に対して拝むのだそうだ。「今の自分があるのは、ラス・ベンタス闘牛場のおかげだから。こういう気持ちをいつも持っている。」当時、無名だったセサル・リンコンを有名にしたのはラス・ベンタス闘牛場のサン・イシドロだった。だからセサルはそう言う風に言う。誰もがラス・ベンタス闘牛場は世界一の闘牛場だと思っている。殆どの人はここで活躍した人が有名になって行くからと言うかも知れない。

 でも、僕は思う。ラス・ベンタス闘牛場には本物の感動があるのだと。他のどの闘牛場でも味わうことが出来ない闘牛を観ることが出来るのだ。

 91年エスパルタコを中心としたスペイン人の闘牛に飽きていたアフィショナードは、コロンビアから来た無名の闘牛士がやったシンプルだったがとてつもない感動を与えるファエナの虜になる。イドロ・デ・マドリードはセサル・リンコンだった。彼は闘牛界の改革者のようにスペイン中の闘牛場で自分が今までやってきた闘牛を披露し本当の闘牛の感動を植え付けていった。

 この年の10月1日。フェリア・デ・オトーニョでラス・ベンタスに登場したセサルは初めの牛で耳1枚切る。しかし、最後の牛はとても危険で闘牛が出来るような牛じゃなかった。観客の殆どが耳を諦めていた。所が、ムレタを持ったセサルはまるで牛を魔法に掛けたようにあやつり感動的なファエナを繰り返し、観客は「オーレ」の声を振り絞った。観客の誰かが言った。「ビバ・コロンビア!」その後に「シー・セニョール」と言う合唱が起こった。この日セサルはこの牛で2枚目になる耳を切る。もし剣が一回で決まっていれば耳は3枚切れただろう。「いや、あれでも充分2枚の価値がある」という人もいる。

 ともあれイドロ・デ・マドリードは91年に爆発的な成功を収める。ラス・ベンタス闘牛場始まって以来の歴史的な記録。出場機会4回連続プエルタ・グランデという大記録を作った。

 久しぶりにサン・イシドロを見に来た97年。21歳の若者のファエナに見入ってしまう。殆ど左手1本でパセを繋いでいた。しかもまるで教科書通りにクルサードを丁寧にやって牛を誘う。これも闘牛の王道を行く闘牛士の1人だと直感した。それが、ホセ・トマスだった。あれから5年間もの長い間闘牛士の絶対君主として君臨してきた。そして昨日がそこから陥落してしまったのだ。

 僕は今年のセビージャの4月15日が悪いんじゃないかと思う。28日もプエルタ・デル・プリンシペをするがそんなに良いわけではなかった。ホセ・トマスのレベルから言えば普段通りだった。でも、セビージャの観客はブランド好きだから大騒ぎになった。彼のテンションを危ういものにしたのがセビージャの観客の反応だったような気がする。22日バルセロナでのプエルタ・グランデ拒否や、30日セビージャのコヒーダ。18日マドリードでの人間宣言。

 ホセ・トマスはどうなるのかそれは誰にも判らない。これだけ長い間闘牛場の観客を楽しませ感動させた闘牛士なのだから、彼らしい闘牛を何気なしにやってくれるような気もする。昨日から今日の今まで非常に疲れた。これはホセ・トマスのせいだ。今日はゆっくり寝たい。スペイン代表の試合を見てから。


 6月3日(日)

 1日に帰ってきてから気づいたことだが風邪を引いて体がだるい。肩が何故こんなに凝ってくるのか判らなかったが原因が分かった。今日は1日部屋にいて寝ていた。昨日もそうだった。これから闘牛に行くかどうかは未だ決めていない。今日はTVで放送するのでそれを観るかも知れない。とにかく体調が悪い。昨日のスペイン代表の試合だってフラフラしながら見ていた。


 6月4日(月)

 昨日闘牛場に行けば良かった。ペピン・リリアが感動的なファエナをやったからだ。体調が不良のために家でTV観戦。これでもあのファエナには感動した。あんな牛を良く逃げずにパセを繋げれるものだ。ああ言う闘牛が出来る奴は他には多分いないだろう。マンソのくせに非常に危ない牛を相手にしてまともにパセを繋ぐのは至難の業なのにそれをやってしまうペピンは凄いものだ。価値ある耳だった。次は6日。2枚取れるか。

 今日は起きてちゃんと自転車をこいだ。まだ、ボーとしているところがあるが大分良い。タバコが吸えるようになっただけでも全然違う。鼻水も大分良くなったが気管の奥の方にまだ違和感があるが、ウンコも正常に戻ったので今日から闘牛場通いを再開する。やっぱりあれだ。風邪がどうの言ってても酒飲んで体暖めて汗かけば治るように出来るてのだ。人間の体って。

 スペイン代表が苦戦しながらも4−1で勝った。ハビ・モレノってスペイン代表だったんだ。良いゴールだった。トゥリスタンもゴールをした。名前が凄い。どうしてもトゥリスタンとイゾルデの話を思い出すので・・・。アトレティコ・デ・マドリードは今週もフェルナンド・トーレスの活躍で1−0で勝って勝ち点で3位に並んだが得失点差で4位。後2試合。1部昇格の救世主にスペイン18歳以下代表のフェルナンド・トーレスが成れるのか。もし1部に昇格したら彼は間違いなくスター街道に乗るだろう。彼は、デビュー戦でも活躍し、2戦目のアルバセーテ戦でも決勝点を上げた。アトレティコの監督も大変だ。1部昇格とフェルナンド・トーレスも上手く使っていかなければならないからだ。

 セビージャは勝って1部昇格を決めた。「さようなら、2部リーグ」をみんなで合唱。セビージャの街は夜中まで大騒ぎだったようだ。多分ベティスも1部に昇格するだろう。ビルヘン・デ・ロシオも昨日で終わったようだ。いつものように得も言われぬ感動で泣き崩れる人がTVに映し出されていた。ああ言うのって僕らから観れば何もないのに勝手に興奮しているようにしか見えない。少なくても闘牛のような現実感は全くない。この国ではいつまで立ってもセックスシンボルはビルヘンなのだろう。ビルヘンを観て女が泣くって言うそのアイデンティティーが俺にはちっとも判らない。ビルヘンも罪なもんだ。

 ホセ・トマスがラス・ベンタスでアビソ3回を浴びた日、ニームでポンセは、インドゥルトした。ビクトリアーノ・デル・リオ牧場の“デスカラド”という名前の牛。ほんとにポンセってそう言う奴だ。14日のベネフィセンシアにはアベジャンは出ない。エル・カリファは20日のアリカンテから復帰の模様。


 6月5日(火)

 昨日闘牛が終わって出てくると、M夫妻と挨拶をしていたら、須佐君が現れた。5月18日から家族と来ていたのだそうだ。主にサッカー観戦をして5月末には帰る予定を6月1日の闘牛見たさに帰るのを延ばしていたそうだが、真鳥の他に母親も一緒に残ったので闘牛が観れないでいたらしい。ちなみに1日の切符を探しにダフ屋を当たったらグラダが25000pts、テンディドのソルの下の方は8万ptsと言われたそうだ。これでも安い値段の様だ。

 昨日はM夫妻の所に行き夕食を共にした。また、闘牛の話で盛り上がったが、ペピン・リリアの耳に対してテンディド7の方から口笛が吹かれていたそうだ。全く判ってない連中だ。あれが耳じゃなかったら、何なんだ。あれこそ理屈抜きの耳じゃないか。まぁ、馬鹿に向かって屁をしても匂わないだろうから止めとくか。

 1日のホセ・トマスのアビソ3回の話して、3回目が鳴ってホセ・トマスがバンデリジェーロにカジェホンに下がるように指示したときホセ・トマスのバンデリジェーロたちは泣いていたそうだ。ホセ・トマスの顔は、闘牛場の反対側にいたので判らない。どんな表情をしていたのだろう。アポデラードのエンリケ・マルティン・アランスはいつもと変わらない表情だった。ホセリートは画面に映っていないので判らない。

 ホセ・トマスはこのアビソ3回についてどうと言うことがないと思っていた。ホセリートにしても、エンリケ・マルティン・アランスにしてもどうと言うことがないと思っているのだと思う。

 しかし、4日にホセ・トマスは1日の事について、“不当な苦痛”を訴えているそうだ。でも、殺せなかったのではなく、殺さなかったのだからそんなに悩むことはないと思うのだが。

 10日のノビジェーロのカルテルが発表になったがそれはどうでも良いとして、14日のベネフィセンシアのカルテルも発表になった。エンカボ、アルベルト・ラミレス、ラフェエル・デ・フリアになった。エウヘニオが出ないのはガッカリだ。14日にグラナダにホセ・トマスを見に行くか、マドリードでベネフィセンシアを観ることにするか、迷うところだ。金を考えたらマドリードにいた方が安上がり。

 3日に移動中に爆破されて1頭の馬が死に9頭の馬が重体になっているアントニオとルイス・ドメク兄弟は、騎馬闘牛に使えるよう調教した馬の殆どをその事件で使えなくなった。恐らく、しばらくの間騎馬闘牛が出来なくなるだろう。誰が何の目的でこのような事件を起こしたのか不明。アルバロ・ドメクはインタビューで泣いていたが、全く不条理な思いが込み上げてくるのだろう。


 6月6日(水)

 昨日は闘牛が終わってから下山さんと会った。久々にエドゥとも会った。メキシコ料理を食べながら話をした。今日も昼食を下山さん取った。アメリカのフィラデルフィアから来ている医者との話や今後のことなど。それと俺が日本に帰るまでも日程も。多分グラナダに行ってから17,18日位にはセビージャに行くだろう。

 帰って来てテンディド・セロを観て闘牛場へ。ホセ・トマスは何だかポカンとした表情をしていた。闘牛が終わって出てくるとM夫妻と番長がいた。俺が「番長。今日は疲れたサラリーマンみたいですね」と言うと、M夫妻が大笑いしていた。番長は、「やぁ、今日はホント。疲れた。もう眠くて仕様がなかった」と言っていた。牛が非道すぎるものな。


 6月7日(木)

 昨日の新聞に10日トレドで、ホセリート、ホセ・トマス、エウヘニオ・デ・モラが出ることが判ってビクトリア通りの公営ダフ屋に切符を探しに行って貰ったら今年は売ってないと言われた。トレドに行って買うしかない。面倒くさい。それに週末は天気が悪いようだ。どうしよう。13日はビスタレグレで闘牛を観る。多分14日はラス・ベンタスでベネフィセンシアを観て、出来れば15,16日とグラナダに行って闘牛を観るだろう。但しこれは括弧付きで10日にトロサにアベジャンが出て15日出ることが確認できてからのこと。出ないのなら考える。

 スペイン滞在も後約2週間。どんなことが出来、どんなことが出来なかったのかが判るだろう。7月のパンプローナのカルテルなども発表になっている。が、書く時間がない。昨日は観戦記を書いた後、闘牛の会の月報の原稿を書いて送った。忘れていたわけじゃないけどいつもギリギリにならないと書かないのは悪い癖だ。他にもセビージャの報告用にもメールを出し堀池さんがやりやすいようにビデオの説明をした。

 多分今日の闘牛は詰まらないだろう。タトが野次られるのは判っていること。ソトルコも去年のような闘牛が出来ていないようだ。1番期待したいマノロ・サンチェスは出来ないだろう。昔のように美しい闘牛を見せて欲しいが・・・。

 エル・フリは復帰までに約3週間かかると、父親が会見して話した。傷口が汚くて昨日は非常に痛がっていたそうだ。あれは骨が見えそうな傷口だった。アントニオとルイス・ドメク兄弟の重症中の馬の内2頭がまた死んだ。これで3頭の馬が死んだことになる。


 6月8日(金)

 下の銀行に行って両替をしてくまさんたちに会いに行こうとしたらKさんが車でついでに送ってくれるというのでそうして貰ったが待ち合わせより遅れて到着。くまさんたちのまだ来ていなかった。でも直ぐに到着。昼食を共にする。para妻さん、josemiさん4人で2時間話がはずんだ。今帰ってきたところでゆっくり日記が書けない。これから、闘牛場へ向かう。ファン・モラ、エウヘニオに期待。ポンセはどうなのかも見物。良い闘牛であって欲しいな今日。

 24日に組まれていたアルバセーテの騎馬闘牛はルイスとアントニオ・ドメク兄弟の馬が使えなくなったために順延になった。


 6月9日(土)

 今日は遅く起きた。曇り空が16時過ぎから泣き出してきた。今日の闘牛は出来るのだろうか。カベサがエスプラだから何の心配もない。出来なかったら中止にするし、出来るのならやる。牛にピカ刺して雨が強くなって中止何て馬鹿なことには絶対にならない。つまりそれで中止になったら切符の払い戻しをしないのだ。闘牛成立になる。その後ファエナをしなくても。

 昨日くまさんたちと会ったときに、para妻さんが、主人が斎藤さんの歯切れの良い文章を書くことを羨ましがっていてよろしく伝えるように言われましたと、言っていた。非常に嬉しいこと。でも、自分の書く文章が下手なことを自覚しているのは自分自身だ。

 カルテルなどの闘牛関係の質問をメールなどで送ってくる。カルテルなら発表されているものを教えればいい。でも、基本的に良い闘牛が観たいのなら、カルテルに合わせて旅行した方が良いのだ。そうしないと闘牛すら観れない状態になるだろう。そのためにわざわざ2000年、99年などのカルテルや今月の闘牛をコンテンツに残しているのだから。例年あまり開催時期は変わらないのだから参考になるはずだ。

 昨日プラセンシアでエスパルタコ、オルドニェスがプエルタ・グランデ、カバジェーロが耳1枚を取った。エスパルタコの牛が場内一周した。牛はエル・トレオン牧場。つまりセサル・リンコンの牧場だ。セサルの所は今年はサン・イシドロに牛を出していない。何故かは知らないが・・・。でも、去年はハビエル・カスターニョがプエルタ・グランデをしたときの牛がエル・トレオンだった。非常に良い牛を出す。98年ノビジェーロだったアベジャンが耳3枚切った牛もエル・トレオン牧場。99年ホセ・トマスが耳2枚切った牛もエル・トレオン。今年はベンタスに出なくても各地の闘牛場に牛を出す。それは、セサル・リンコンの牧場だからと言うこともあるのだろうが牛がとにかく素晴らしいからだ。

 7月のバレンシアのカルテルも発表になった。ホセ・トマスは出ないがエル・カリファが2回出る。バイオンヌのカルテルも発表になった。おいおい書くのが追いつかないじゃないか。


 6月10日(日)

 今日はTELで起きた。トレドの切符を頼んで置いたのがソルのバレラが取れたと言うことだった。ありがとう御座います。起きて早速ネット。各新聞の写真はエスプラとアンデルソン・ムリージョの場内1周が使われている。昨日帰ってきて33chのサン・イシドロの特集番組を見ていたらゲストにアンデルソン・ムリージョが出てきた。芸は身をたすく、と言うが正にその通り。

 アンデルソン・ムリージョは、元々上手いピカドールだった。91年のセサル・リンコンが爆発したときからその腕が良いことはみんなが判っていたはずだ。コロンビア人なのでセサルが連れてきたが何時くらいからセサルのピカドールになったのか僕は知らない。でも、セサルの追っかけをやっていた頃、毎日闘牛場やホテルで会った。その頃は、モナギージョやファン・モンティエル、マヌエルがバンデリジェーロとして付いていた。闘牛の始まる3時間くらい前になるとセサルはクアドリージャを連れて出てきてランニングなどで体をほぐし汗を流していた。あれだけ殆ど毎日闘牛をやっているにもかかわらず体の手入れには余念がなかった。あそこまでトレーニングをしている闘牛士を僕は知らない。

 僕はそんなセサルが好きだった。闘牛のために自分の人生を捧げている姿に感動を覚えた。アンデルソンは、ピカドールなのに腹が出ていないのはそうやってセサルと一緒に10年ぐらい体を鍛えていたからだ。ブヨブヨ太ってるだけのピカドールとは訳が違う。昨日クイダッソの後、馬の鬣をしきりに撫でて、「よし良くやった。良いぞ」見たいに馬を大事にしている姿を見ているとピカドールは馬使いでもあることを改めて感じさせる。ああ言う馬の接し方一つとっても馬乗りとしての資質を感じるし、それあってのピカドールの技術なのだと言うことを教えさせられた。

 今日トレドではホセリート、ホセ・トマス、エウヘニオ・デ・モラのカルテル。良い牛が出てくれば面白い闘牛が観れるだろう。

 昨日アビラでマノロ・サンチェス、ホセ・トマス、モランテがプエルタ・グランデした。日本は今頃サッカーのフランス戦の話題で持ちきりなのだろうな、きっと。


 6月11日(月)

 昨日のトレドは肌寒く暗雲がたちこめてきたと思ったら雨が降った。強く降ったり弱くなったりでずっと降っていた。トレドは座りにくい席でほぼ満員だったが雨の強弱によって観客が席で見たり中に入って雨宿りしたりしていた。牛はトリルから出てくるときは勢いが良く期待できたが直ぐに疲れて動かなくなる牛が多かった。ホセリートの2頭目は非道い牛で交換したが代わった牛もダメだった。クルサードして誘っても全然動かなくなり怒っていた。

 ホセ・トマスは、ちゃんとクルサードして闘牛していた。2頭目では剣が決まっていたら耳を切っていただろう。エウヘニオは、剣が決まったが牛が直ぐに倒れず耳にならなかった。サラマンカの闘牛士、ニーニョ・デ・ラ・カペアの牛だったがトレドのようなアレナの小さい闘牛場でも動きが悪いのなら何処の闘牛場で良い動きをするのだろう。牛が悪すぎて観戦記を書く気もしない。

 3人とも闘牛をちゃんとやっていた。それだけが救いだ。トレドは観客の質もあまり良いとは言えない。ホセリートの2頭目のファエナが始まろうとするときに観客同士が喧嘩を始めホセリートがそれを見ていた。牛が急に走り出してバンデリジェーロが慌てていたがホセリートはその辺の所もちゃんと判っていて当たり前に対応していた。ホセ・トマスは右手のパセの時、左手を挙げて牛の正面を向いてパセを繋いでいた。これは去年の良いときに見せたパセ。これからだろう。グラナダが楽しみ。

 エウヘニオは、2頭目で軸足を引いてパセを繋いでいたのが気になる。コヒーダと8日の非道い牛の後遺症があるような感じだ。パセ・デ・ペチョは相変わらず内側から内側に通し素晴らしい。

 トレドで何か食べ物を買おうとしたがバスターミナルまでの間にあるバルなどは全部閉まっていて買えず、マドリードについて夕飯を食べた。それから地下鉄で帰ってきて駅を降りて家までの道は寒かった。まるで秋のような寒さだ。今日もあまり暑くない。

 ETAがまた爆弾を仕掛けテロをした。ログローニョのグラン・ビアは凄いことになっている。

 昨日アトレティコ・デ・マドリードが勝ったが上位チームが勝ったので順位の変動はない。1部リーグに上がるかどうかは最終節にもつれ込んだ。アトレティコは勝たなければ1部には上がれない。勝ってもベティスとテネリフェが勝てば得失点差でまた2部リーグだ。この2チームの内どちらかが引き分けか負けなければ勝っても1部に復帰できない。アトレティコファンはこの1週間ヤキモキするだろう。


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