−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
por 斎藤祐司
6月28日(金) 雨/曇 7894 東京にて
朝、マドリードから成田に無事到着。令和最初の台風の影響で、成田に着けるのか不安だったが、それも危惧に終わって、ほぼ定刻に成田に着いた。到着1時間前に、ボカディージョというか、ハムとチーズを挟んだサンドイッチを食べたが、どうも腹持ちが良くない。喫煙後、おにぎり1個コンビニで買って食べ、部屋に着いて荷をほどき、買い物をしてそばをゆで、サバの水煮とネギ、キムチで食べ、最後はつゆでしめた。
BSでは、大谷翔平の10号ホームランをやっていた。録画していたものの中から何を最初に観ようか、考えた。『なつぞら』か、とも思ったが、『日曜美術館』から東洲斎写楽を観ることにした。丁度、飛行機の中で、『奇想の図譜』の写楽の処を読んでいたから、それとスパッとハマった感じだ。そしたら、職場から電話。今日か明日、本社に行くことになった。移ろうのは、人の心だけではなく、世の中も変わるのだと思う。
そして写楽。鈍く光る黒雲母(くろうんも、くろきら)を背景に使って、上半身の歌舞伎役者の絵を描く。役者にとっても、そのファンにとっても、描いてほしくない部分まで描いているという。だから、10か月で浮世絵の世界から売れなくなって、消えていく儚さがある。そして、200年以上経っても、未だに世界中で観られている凄さもある。
6月29日(土) 曇/雨 6212
マドリードは湿度は低かったが、気温が高かったので暑かった。東京は、気温は低くいが湿度が高いので蒸し暑い。だからマドリードでは、気温が高くても、日陰では涼しさを感じた。闘牛場のソルは暑いが、ソンブラは涼しいだろう。東京は日陰でも、ジメジメしている。
『ブラタモリ』百舌鳥・古市古墳群、『チコちゃんに叱られる』『日本人のおなまえっ!』などを観る。ウルトラマンのスペシウム光線が、アニメのように幾種類もの手書きの線を組み合わせて、特撮されていたことに驚いた。両手を交差させるポーズは、スペシウム光線を発する右手の動きを停めるために、現場で編み出されたのだという。こうやって、ウルトラマンの必殺技が生まれた。
『日本人のおなまえっ!』の必殺技の原点は、力道山の必殺技、空手チョップなのではないかという。それが、漫画などに活用されて、必殺技が定着していったようだ。大リーグホール1号なども、その流れだろう。同時期の山田風太郎の忍法帖シリーズの忍者が使う忍法もまた、必殺技その忍法には名前がついていた。必殺技は、漫画やアニメなどで当たり前についている。これは外国にはないのだという。決め台詞というのは、日本以外にもあるだろうと思う。たぶん、必要とされるのは、必殺技と決め台詞の組み合わせだと思う。観ていて、それをあらためて感じた。『チコちゃんに叱られる』の決め台詞、「ボーッと生きてんじぇねぇよ」だって、その決め台詞。これは一つの落ちでもある。必殺技もそれに近い。この組み合わせは多分日本では、最強の組み合わせになるのだと思う。
武術や相撲などの技の名前は決め技や決まり手というが、これは、必殺技のベースになる考え方なのだと思う。こういう物がベースにあるので、プロレス中継の時に、力道山の空手チョップが、それに則っているから、受け入れられたはずだ。キャラ立ちの事の考えから、いろいろ考えてやったつもりだが、確かにそういう物も入れていると感じた。
6月30日(日) 雨 15776
夏越の祓い。水無月が食べたい。函館は曇、福島、中京は雨で不良馬場。中京はスコールのような土砂降り雨。まるで桶狭間だ。こういう馬場だと先に行った方が有利だ。スペインは熱波。フランスでは、45度を記録して、1万5千人が死亡した時と、同じようになるんじゃないかという話もあるという。日本は雨続きで、水害の被害が懸念される。トランプ大統領が板門店で北朝鮮の金正恩と会談し越境したという報道がある。G20後の電撃会談。
今日で今年も半分になる。前半は、スペインへ行って、良い闘牛を観て細雪。後半も良い事があれば嬉しい。
7月1日(月) 雨/曇 15559
大谷翔平が2本のホームランを打った。しかし、ノーアウト1・2塁のチャンスで、明らかにボールの球をストライクと判定され三振になった。あそこで打っていたら、試合の流れも変わっただろうに…。おかしいと抗議したが、笑顔でベンチに引き上げていった。こういう態度が、大谷らしいところだ。ここで必要に抗議して得になることはない。また、損得の事だけではなく、次に進むための、気持ちが前向きにならない。ご破算にして、次に向かわなければ、気持ちを引きずり、マイナスになる。これをちゃんとやったからこの日2本目のホームランを打てたのだろう。
だが、見ている方は、あのストライクの判定はおかしいといい、次にホームランを打ったから余計、あの判定がちゃんとボール判定されていたら、あの打席も少なくともヒットを打てたのではないかと、不満をいう。上手く行けば、あの打席でホームランを打ったのではないかと、空想する。大谷はそれを、許すのだ。許すというより、その現実を受け入れるのだ。受け入れるから、気持ちをご破算にして、ホームランを打てる。まるで、観音菩薩のような、悟りの境地に近いのかもしれない。物事を細部だけで見るのではなく、全体像でとらえて進むべき方向を見失わないようにしている。偉いものだなぁと思う。
三十三間堂の千一体の千手観音が国宝に指定され、その配置換えの事を、NHK『歴史ヒストリア』でやっていた。二十八部衆などの位置や風神雷神などを替えたという。創建当時の状態に戻したという。ならば、それを見に行きたいと思った。
アンデルソン・ムリージョが癌の為死んだ。セサル・リンコンのピカドールを長くつとめ、腕を買われてエスプラのピカドールになる。サン・イシドロでビクトリーノ・マルティン牧場の牛を相手やったクイダッソは、未だに語られるもの。あの時、ラス・ベンタス闘牛場の観客席で観ていた。ピカのお手本になるようなものだった。あとにも先にも、ピカドールがラス・ベンタス闘牛場で、闘牛士と一緒に場内一周したのは、アンデルソン・ムリージョのあのピカだけだ。セサルの追っかけをやっていたので、終わったあとに、アンデルソンにおめでとうをいいに行ったのを覚えている。長い間セサルを支え、コロンビア人なのに、スペイン人闘牛士のエスプラにこわれ素晴らしい技で闘牛士を支えた。外国人を雇う闘牛士はいない。それだけ腕を買われたということだし、それをしても、スペイン人たちから批判が上がらなかったということ。牛の誘い方や、注意の引き方が上手かった。プエルタ・グランデところまで、5m以上戻ってピカの棒をアレナに付きながら動かして、牛の目線を引き付けていた。あんことをやるピカドールはいないなぁ。アンデルソン・ムリージョの場合、あそこからピカが始まっているのだ。あり得ない様な事だ。冥福を祈りたい。
7月2日(火) 雨のち曇 10893
今朝『なつぞら』を観た。5月21日から観ていなかったのに、いきなり、観て泣けた。戦後の混乱で、終戦直後別れ離れになった兄妹が電話で再会し話をする。北海道に訪ねてきた下の妹と、なつと兄が話をして、北海道で会うことになる。何だろう、爺さん役の草刈正雄を見るだけでホッとする。録画していた1か月ちょっとの物も見ようと思う。
大谷翔平のチームメイトが遠征先で急死した。今日行われる予定の試合は中止になった。死因などは、発表されていない。
プリントアウトしようとしたら、プリンターが壊れていた。もうWindows95の時に買った古いもので、だいぶ使っていたので使えないのもしょうがない。仕方がないので新しく買うことにした。液晶画面の点滅から、紙に印刷されたアナログの世界に変わる。どういう変化が起こるのか、楽しみでもあり、不安でもある。
7月3日(水) 曇/雨 13449
何度も見直している。その度に手直しをしている。MEGUさんに会って、昼食を取る。スペインのみやげ話や、闘牛の話などをした。何かの話から原田マハの小説の話になる。何度か読んでみようかと思った小説家だ。MEGUさんは彼女の小説なら何でも読みたいといっていた。この人は、日本やアメリカの美術館で働いて、キュレーターになったので、洋画に詳しい。ペンネームのマハは明らかにゴヤの『着衣のマハ』『裸のマハ』から取っていることが判る。やっぱり読むなら、スペイン関係の物か、印象派の物になるんだろうと思う。
日本に戻ってきて、『江戸あばんぎゃるど』を見直している。何と幸せな時間だろう。墨を紙に上にたらしてぼかす、たら仕込みの技法などにアメリカ人コレクターが魅せられた日本画。明治、そして、戦後に日本人があまり評価していなかった画家の絵を安く買い、アメリカに持ち帰り、美術館で展示するようになった。眼が利いたが金に汚かったパッカードは、収集品を美術館に入れて莫大な利益を上げる。後にパッカードは、基金を作り、日本の若い美術研究者に、その基金から奨学金を出し、アメリカにある美術館で、日本美術の研究をさせているいう。
「日本美術の守り神。6人目は、メアリー・グリッグス・バーク。1916年ミセソタの材木王の一人娘として誕生。骨董好きの母親が持っていた着物が彼女の目を引きました。日本を旅したバーク、心を惹かれた日本庭園。田舎の風景の素朴さ。やがて、本格的に日本美術史を勉強。とりわけ自然や動物を描いた作品を好みます。彼女は幾度も日本を訪れます。より深く、作品の背景まで理解しようと努めたのです。1000点のコレクションの内、600点が寄贈されたのは、バークが生れ育ったミネアポリスの美術館でした。バークが愛したのがこの鶴の絵。石田幽汀『群鶴図屏風』。
キュレーター 石田幽汀は、あまり知られていませんが、円山応挙の師匠だった絵師です。幽汀は鶴の群れを描写しようと試み、ありとあらゆる姿の弦を描いています。慎重に鶴を観察し、リアルな群れを描写しています。バークは大好きな鶴を見たため、北海道まで旅をしました。」(NHK『江戸あばんぎゃるど』)
バークが持っていた伊藤若冲の『月梅図』は、『動植綵絵』の『梅花晧月図』の下絵になっているといわれている作品。お金持ちの娘として生まれたメアリー・グリッグス・バークは、日本の自然を愛し、動植物の絵を好んで日本画を収集したようだ。わずかな傷を見つけると直ぐに修復に出していたという。作品のもろさを充分理解していたようだ。裕福な人が心が豊とは限らないが、彼女は心も豊かだったようだ。こういうコレクターに日本美術が取集されたことは、後世に作品を残すという意味では、幸運だったといわざるを得ないだろう。
7月4日(木) 雨/曇 6647
東京に戻って朝食は、そばをサバ缶と納豆で食べることが多い。今日は、そうめんにしたが、サバ缶と納豆は変わらない。相変わらず雨が降り続いている。雨が上がっているころ合いで、散歩に出かける。
『ガイアの夜明け』もったいない革命を観る。ネットの記事だったと思うが、イギリスのスーパー経営者が、賞味期限切れの商品を食べ続けているというものがあった。期限が切れていても、食べても問題がないと続けているという物。いったい賞味期限とは、何だろうという問いかけにもなっている。そして、『ガイアの夜明け』の冒頭は、賞味期限切れ商品を格安で売る店の紹介から始まった。
「東京大田区に、訳あり激安!!マルヤス。ポップには91.6%OFF。去年の秋に取れた山形県産の「つや姫」というブランド米が5キロ1499円。およそ4割引き。ノンアルコール飲料定価は122円が22円。この店の目玉は食べられるのに、捨てたくない賞味期限切れの商品。変わり始めた消費者、そして企業。食べられるのに捨てられる。そんな食品が年間640万トン。そこにチャンスを見いだし動き出した人たちがいた。」(ガイアの夜明け)
こういう店に消費者が集まるのなら、日本の消費動向は、明らかに変わりつつあるという事だろう。昔ミーティングで話をしていた時に、元マクドナルドで働いていた人がいたが、何故辞めたかという話を訊いた。理由は、ハンバーガーを作って2時間経ったものは、廃棄する。その廃棄量が凄い量で、いやになったといっていたのを思いだす。今は、注文を受けてから作るシステムに変わったのでそんなことはない。いわゆるモスバーガーと同じやり方に変わったはずだ。だから、廃棄商品は激減したはずだが…。
こういう現代社会の矛盾点に、チャンスを見出す人が出てきたのは、非常に良い事だと思う。経済的に成り立たないと、廃棄量は、減っていかないだろう。そこに工夫のし甲斐も出てくるし、経済的に成り立たないと、それを目玉にして商売をしようとすることもない。
鮮魚で寿司を提供する回転寿司チェーン店も、網に入っても今まで使っていなかった魚の新商品を開発したり、子供の魚を養殖施設で育てて提供することを始めている。野菜の規格外商品や傷んだものを廃棄していたが、これの活用法を模索し始めているという。地震情報で、途中で切れた。翌週は、常識破りの働き方。東京のそば助。塩味のそばを出して、人気店になる。16時まで働いて、子供を預けている店の休憩所に行く。子どもの世話をするのは店の従業員。店で働くか、休憩所で子供の世話をするか選べる。給料は同じだという。
一方、京都の伯食屋(ひゃくしょくや)。1日限定百食を提供するステーキ定食やハンバーグの店。13時前には完売になる。残業ゼロの店。週休二日制で、年収400万。これを夫婦二人で50食限定で、夫婦の年収600万のチェーン店作りに取り組んでいる。売り上げを追求するのではなく、仕事ではない時間で、人生を楽しむためにそういう店を作りたいらしい。
こういう人たちが日本に出てきたことは、素晴らしい事だと思った。俺ももうあまり働きたくない。出来れば、自分がやりたいことをやって、生きていきたい。スペイン行きの飛行機で観た映画『終わった人』は、定年退職の日から始まる映画だった。仕事から解放されて、これからやることを探す映画だった。でも俺は、今まで自分がやりたいと思っていたことを、これからやっていきたいと思う。
7月5日(金) 曇 11108
今日はずっと曇っている。散歩をしながら、道端の花の写真を撮った。観たこともない花があったが、何という名前なのか判らない。こういうのって、どうやって調べれば良いのだろう。図書館とかに行って図鑑を観るしかないのだろうか?途中スーパーで買い物をした。まだ、玉ねぎを買って来ていないので、買いに行こうと思う。
『カンブリア宮殿』で、やっていた、グリル満天星を観た。こういう経済番組はテレビ東京ならではだ。日本経済新聞がついているからだろう。経済が社会を反映している。それは、いうまでもない事だ。美味いという評判は訊いていたが、何故そういう味を出せるのかというのが、観ていて判った。ご飯に合うフランス料理。つまり洋食の家庭料理を目指して、主張の強くない飽きの来ない料理を時間をかけて丁寧に作っている。だから、評判も上がる。社長の三宅尚典と総料理長の窪田好直。合わせて164歳。二人三脚でやってきた。シェフの主張ではなく、客の笑顔の為に作ってきた料理。
でも、1番食べたいと思ったのが、店の料理ではない。総料理長の窪田好直が糖尿病になり、インシュリン注射を薦められるが、医者と相談して食で治すと、40年間飲み続けている玉ねぎのスープ。これを作って飲みたいと思った。具材は、玉ねぎ4個、きざみ昆布、生姜、めんつゆ、酢、コショウ。まず水に玉ねぎの皮を煮だしてダシを取る。それをコシて、そこに小さく切った玉ねぎを入れ、柔らかくなるまで20〜30分煮る。味付けは、めんつゆの他にお醤油やコンソメを入れてもOK。きざみ昆布、生姜、酢など入れる。
ファン・ホセ・パディージャが手術した。片目を失った後遺症でめまいなどを訴えていたが、4時間の手術で、左眼窩内や神経などの治療が行われた様だ。
サン・セバスティアンやマラガなどのカルテルが発表になった。マラガには、ホセ・トマスが出るんじゃないかという噂があった。でもやっぱり、名前がない。結衣さんが連絡をよこした。9月のバジャドリードにホセ・トマスが出場するという物。そんな話は初めて訊いたので、誰がいっているか訊いてみた。そしたら、かつぎ屋のペドロがいっているという。ドキッとした。ペドロがいうというのは、信憑性が高い。ホセ・トマスとはかなりの仲だから。それでも、気まぐれなホセ・トマス。そして、ペドロも吹いているのかもしれない。どうなるかは、早ければ7月中には判るだろう。
7月6日(土) 雨/曇 11458
玉ねぎを買って来て、玉ねぎのスープを作って食べた。めっちゃ美味しいものではない。でも、体に良いと思うから試してみようと思ったのだ。いつも買い物をするのは、近くのスーパー。少なくとも4つくらいの店を利用している。その中で、肉を買うならこの店、安く済ませるならこの店、時間がないから近くで済ませる店などと、分けられている。肉を買う店には、豚・牛の他に羊肉が置いている。それをたまに買って来てジンギスカン風にして食べる。
日本なら簡単に食事をしたりするが、マドリードでは、なかなかそうもいかなかったが、1番簡単に作ったのが、フライパンに水を入れ沸かして、それにお湯を入れて簡単に作るみそ汁の味噌を入れ、具を入れそれに余っていたご飯を入れ、卵を溶いて入れた、ネコ飯というかおじやというかそんなものを作った。ご飯があれば、そんな簡単なことも出来るんだと思った。サラダに豚肉を焼いて食べるのが多かったが、メルカドで買った、アグーハ・デ・セルドが日本で食べられないのは、ちょっとさびしい気もする。グラナダで豚肉を頼んだら、いつも食べているアグーハ・デ・セルドが2枚出てきて、嬉しかったのを思い出す。いつもは部屋で、1枚しか食べないのに、2枚は贅沢だと思ったものだ。
大谷翔平は、アメリカ時間で自身の25歳の誕生日に、バーランダーから13号ホームランを打った。五輪5連覇を目指す伊調馨が川井梨紗子に敗れ世界選手権の切符を取れなかった。これで、東京五輪への出場は厳しくなった。
ファン・ホセ・パディージャは、手術後、痛さを訴えているようだ。「苦しみは、闘牛士としての栄光の一部なので、この状況に驚いてはいない。私はいつも楽観的。生きてあなたと話していることを神に感謝します。医師は、最高の生活の質を見つけることを試みる手段を持っている」と、いうような事をいったようだ。ネガティブにならず、楽観的だ。誰かのせいにして、俺は何も悪いことをしていないと、後ろ向きの事は一つも言わない。素晴らしい、生を感じる。応援したくなる言葉が訊けた。去年で闘牛士を引退しても、2011年にサラゴサで受けた傷の後遺症が残っている。片目を失ったのもその時で、あごの下から入った角が左目を押し出して左目を失った。
7月7日(日) 雨/曇 13741
今日は七夕。1年に1度しか会えない彦星と織姫は、この雨じゃ会えそうもない。スーパーなどにある短冊に書いてあるものを見ると、面白い。願い事があっても、いまさら短冊に書くことはしない。パンプローナの闘牛も始まった。
細雪がどうなるか。競馬が調子が良い。あらためて、いろいろ整理してやると、なるほどということが多い。考えているようで、今まで見落としていたことが、多いことに気づく。そういう事かと、シンプルにすると判ることがある。
7月8日(月) 雨のち曇 16070
夜中から降っていた雨が、朝まで続いていた。時間がないが、安田さんに相談した。そしたらOKが出たので、その日に合わせてビデオのダビング編集を始めようと思う。それに合わせて連絡もしていこうと思う。
スペインに行く前に、ガッテンでやっていた歯の磨き方を実践している。それは、歯磨きしたら口を水ですすがないというもの。すすがずに、そのまま寝ると、フッ素の働きで、虫歯になりにくいという。初めは違和感を感じるが、慣れると良い感じだ。
7月9日(火) 曇 8077
昨日の夜中からスペインで撮ってきたビデオのダビングをして、今日の午前中で必要な物が終わった。後は編集をすれば終わる。その編集も、ほとんど使う部分だけのダビングなので、あとの作業は簡単に出来るだろう。みんなに連絡した。来れる人、予定が入っている人と様々。安田さんに連絡を入れたら、スタジオが使えるという。しかも、ありがたいことに、テレビも新しくなり、ブルーレイも使えるようになったという。安田さんの行為に、深く感謝する。
MEGUさんから連絡があって、読んだ感想が書かれてあった。次回も読みたいと思ったという。読みやすかったどうかは、書いていなかったが、不評ではなかったことに、ホッとした。また、手直ししている。続きも書きたいと思う。
散歩に出て銀行へ寄り、ユニクロがあったので、買い物をした。スーパーもあったのでのぞいた。タバコを買った横の銀行のポスターが大谷翔平だった。成田に着いた時も、大谷の大きな写真があった。
7月10日(水) 曇 12686
見直し作業は続いている。部屋でやっていると息詰まるので、散歩に出かけたり、喫茶店へ行ったりして気分転換している。久々に片山先生に電話した。忙しいのだという。レコンキスタ時代かなんかのフランスの物の翻訳をして、なおかつ教え子だった元学生が書いた小説を読んでいるという。先生は、だいたいフランス語の教師に、英語で書いた300ページある本を送ってくるってどういう事と、笑っていた。元学生は、原稿送ってきて、感想をノートに書くのだという。それきついよなと、思った。
アドバイスを受けたのは、本屋に行くといろいろな賞とか調べられるから、応募するようにいわれた。僕なんかより専門家に観て貰った方が良いという。それはそうだと思う。今週か来週中にそういう状況を作ろうと思った。いやー元気そうでよかった。夏には会えるだろう。その時までに、何とかしたい。
闘牛のビデオの編集は終わった。良いものが見せれるだろう。思ったよりも良い映像になっていると思う。もっと、闘牛士が小さく写っているかと、思っていたが、意外と大きく撮れていた。ビデオカメラの性能だろうが、音を捉えるのは、パソドブレが鳴っていても、近くの人の声や拍手の音を拾うと、パソドブレが聴こえなくなる。たぶん、そういう感知の仕方しか出来ないんだろうと思う。ピントの方も、画面の端に撮りたい被写体があっても、どうしても真ん中にピントが良く、馬鹿チョンなので、時々ずれる。しかしこれは仕方がないこと。昔のデジタルビデオカメラ。それでも、今売っている直ぐDVDにダビングできるものに比べて、画質は良い。便利ではないがそういう利点もある。
パンプローナは、ツール・ド・フランス5連覇のミゲル・インドゥラインの地元。ハビエル・カスターニョが牛を捧げている写真が載っていた。カスターニョが耳1枚。
7月11日(木) 曇 8377
あつい雲におおわれている。徐々に蒸して来た。東京に戻ってから、雨や雲が多く肌寒かったが、いよいよ夏に向かっているのを感じる。昼過ぎになって、雨が降ってきた。朝食はそうめん。オクラを湯通ししたものを刻んで、つゆに入れそれに納豆も入れて食べた。ネバネバ好きには良い感じの朝食だ。スペインで食べたオクラに比べて、日本のオクラは表面が柔らかい気がする。三木さんが、スペインのナスを漬物にしようとしたら、皮が厚くて漬からないくて、皮をむいて4つくらいに切らなければならなかったと、いっていたのを思い出す。
闘牛のビデオ編集を終えたので、今日はブルーレイの録画したものの整理をしていた。BSで録画したものは、タイトルが入らないので、タイトルつけたりダビングしたり。削除したり。今日パンプローナには、フェレーラとパブロ・アグアドが出場する。中継が観たいな。
7月12日(金) 雨のち曇 12498
昨日から降っていた雨は、昼過ぎになってあがってきた。夕方新宿へ行き、用事をすませた。朝買った西山ラーメンを夕方も食べる。そんなに暑くないので、ラーメンが美味しい。この時期でも、西山ラーメンを置いていたスーパーに感謝。
昨日のパンプローナ。フリが耳1枚取ったが、それは観ていない。アントニオ・フェレーラの2頭目とパブロ・アグアドの最後を牛を観た。フェレーラは、ラス・ベンタス闘牛場でプエルタ・グランデをしてパンプローナでも注目された様だ。ファエナは、今年のメキシコの動画から一貫して、剣をアレナに置いて、左右のナトゥラルを繋ぐ。それが今年の売りになっている。それをやることが判っていても、ムレタ捌きは凄くスアベ。なめらかで美しい。剣がレシビエンドで決まったと思ったら、抜いてしまった。たぶんカイーダだったのだろう。耳を取れなかったが、良いファエナだった。
ロカ・レイが前日怪我をしてその代わりにフェレーラが今日もパンプローナに出場する。パブロ・アグアドもまあまあ彼らしさを出せていたと思う。ぎこちなさが残る処が、また初々しさがあって良いと思う。
7月13日(土) 曇 10026
朝八百屋に行き、買い物をして、洗濯や部屋の片づけなどした。襟首についている汗の後が、洗濯しても取れない。やっぱり、セスキ炭酸とか、粉洗剤とかを付けて、歯ブラシとかでこすらないと、取れないようだ。キュウリとカブの麹漬けの漬物を作った。
「エンゼルス・大谷翔平投手(25)は11日(日本時間12日)、本拠のエンゼルスタジアムで南カリフォルニア日米協会から「国際市民賞」を受賞した。片付けコンサルタントとして米国でも活躍中の近藤麻理恵さんとともに受賞し、同協会110周年を祝う晩さん会で表彰された。」(スポニチ)
大谷は近藤麻理恵(通称コンマリ)と一緒に受賞した。NHKでもコンマリの番組などを作ったが、部屋や荷物の片づけをするときに、これは自分にどれだけの思い入れや思い出があるかで、捨てるもの、取っておくものと分けていく。1年着ていない服は捨てる。何年も着ていないが、思い出が詰まっているから取っておく、というような分類で断捨離をする方法だ。そのように分けても、中間にある保留の物や、いったん取っておくと決めた物でも、自分の人生と向かい合って、思い出が詰まっていても捨てる決断をしたりする。その手助けをして、片づけの方法を考案したのがコンマリだ。
彼女は、アドバイスをするが、捨てる決断をするのは、所有者だ。じっくり考えて決めれば良いというスタンスで、その人間に自分の人生と向き合わせる。そのことによって、断捨離をすれば、その後も、部屋などが散らかることがないという。俺もアドバイスして貰ったら、きっと部屋が綺麗になると思う。アメリカでも有名になって、ひょっとしたら、今アメリカで1番有名な日本人になっているのかもしれない。後半戦初戦は、急死したスカッグスの背番号45を全員が付け13−0で勝ち、しかも継投だがノーヒットノーランを達成した。
昨日は、闘牛中継が観れなかった。ガッカリ。カジェタノが耳4枚で、フェレーラとペレラが耳1枚だった。
7月14日(日) 雨/曇 17221
昨日は蒸していたが、今日はそうでもない。風流という言葉は、中国から来た言葉だという。
「最初は先代の遺風余流という意味から出発しているらしい。以降この言葉は、文雅から好色の面まで意味を膨らませ、また変えてゆくが、その根本意義は、「優れたる精神文化的価値の存する有様」をさし、政教的なものからさらに広く倫理的・美的価値の領域に及んでいる … 明・清になると「風流隠士」と呼ばれるように、自然を愛でて隠れ棲む文人の生活態度を風流とみなすようになっていることが注目される。 … しかし少なくても日本における風流の伝統は、実際にはそうした消極的・隠遁的なものに代表されるものではなくて、もっと積極的で楽天的なもの、ショーマンシップに富むものだった。私の風流に対する関心は、この積極的な面――「飾り立てる風流」にある。」(『奇想の図譜』辻惟雄より)
この後、定家の『明月記』からの引用などから、当時の貴族の風流を書いているが、作り物によって飾り立てるようなことらしい。意匠とかそういうもののようだ。光琳は呉服商雁金屋に生まれ、親の財産を散財して使い果たすが、そのあとは、絵師になって活躍する。着物などの模様の柄になるデザインを作る。これが江戸時代何度も流行した光琳模様。同じような事は、北斎が、『北斎漫画』の中で色々な模様を描いているが、それが櫛や煙草入れやさまざまものに使われている。
田舎に隠匿し自然を愛でる生活もまた良し。作り物で飾り立てる精神的な余裕の生活もまた良し。『奇想の図譜』を読んでいるといろいろ感じるものがある。
7月15日(月) 雨/曇 6119
小雨が降る中、散歩兼買い物に出た。なくなり掛けていた油と、ラム肉を買う。レジの処で、レジ打ちの女性と客の女が話をしていた。狭い店内で話をしているからどうしても、その内容が聞こえる。女は意見ではなく、共感を求めるというが、そういう話だった。男は共感ではなく、意見を欲しがるが、そういう違いを感じる。共感から出発する。それは、ショッピングモールの歌姫といわれる半崎美子が、その代表のような気がする。歌を聴きに来たファンの話を訊いて共感して、涙をボロボロ流す。そのことによって、ファンと歌手という絆が強くなって行く。あんなことは男なら出来ない。人前で平気で涙をボロボロ流す。もう号泣状態になっている。それが、何処のショッピングモールへ行っても、何度も繰り返される。男なら気が狂うだろうが、半崎美子は、それが当たり前に出来る。彼女の歌は、素晴らしいし、歌心もある。それはサザンオールスターズの桑田佳祐が絶賛するほどだ。それプラス共感の涙。誰にも負けない特徴が存在する。何でもいいのだが、そういう特徴がないと、人に何かを訴える力が弱いということ。
『ブラタモリ』は、西陣だった。街並みを観ていて、あれっと、思った。これは今年2月に京都に行った時に歩いた処。そう本法寺付近だ。百々橋の礎石も見た。表千家、裏千家が目の前にある寺の門。この辺も西陣なんだと思った。俵屋宗達にしろ、尾形光琳にしろこの辺に墓がある。西陣織の処に、江戸時代を代表する京都画壇の画家が、過ごした痕跡がある。こういうのって、偶然ではないような気がする。応仁の乱以降に、大坂の堺へ避難した人たちが、南蛮からの織物技術を習得して、西陣へ戻り発展した街。船岡山の南側に栄えた。
船岡山は昔、信仰の対象だったという。その証拠のようにチャートの岩に、菩薩像なのか、仏なのかが彫られている。その横には、墓もある。京都にいくつかあるあの世とこの世の境なのだという。そういえば、近くには千本釈迦堂や千本ゑんま堂がある。今船岡山には、信長を祀った建勲神社がある。その奥には、紫野の大徳寺。この辺は、室町後期には、原野だったという。だから、西陣の街が栄え広がることが出来たという。
もう一度、歩きたいなと思った。北野天満宮、いや、一条戻り橋から千本釈迦堂、千本ゑんま堂から船岡山。妙蓮寺、本法寺、妙顕寺から上御霊神社。
パンプローナのサン・フェルミンが終わった。ラファエリージョは、ロディージャのパセでミウラ牧場の牛が完全に体の方に向かってきてコヒーダされる。そのままタブラの方へ行ったのでぶっすり刺されるのかと思ったが、そうならなかったのは不幸中の幸い。肋骨骨折ですんだ。アレバロで、アントニオ・フェレーラが、ガルシグランデ牧場の牛をインドゥルトした。
7月16日(火) 雨/曇 15909
参院選が行われていて、ポスターが貼ってある。ビックリしたのは、野末陳平のポスターが貼られていて、そこには、最後のご奉公と、書いてあった。それを見て笑ってしまった。90手前で、元タレントで元参議院議員。昔は、比例区ではなく、全国区というのがあって、100万票くらい取ると当選できた。横井庄一なども立候補して、落選していたが、タレントだったので、知名度があって何度も当選した。いまさらのように、立候補。いつまでも、『史記』の陳平だと思っているのか?
久々に新聞を見たら、政権与党が有利に選挙戦を進めているようだ。最近の一般紙は写真もカラーになり、最終面は全面広告で、カラーだった。まるで、スポーツ新聞のようになって来たんだ、時代が変わってきていることを実感した。
ネットなどで調べて観たが、どうもよくない。直ぐに結果が欲しいのに、そうはならないようだ。そうするためには、新しく生み出さなければならないようだ。歩きながら考えたが、いいアイデアが浮かんだ。それをやった方が賢明なような気になってきた。
7月17日(水) 雨/曇 16119
相変わらず雨が降り、雨が上がる。それを繰り返している。俳優・織本順吉90歳の現役俳優という番組をBSでやっている。衰える肉体。セリフ覚えも悪くなる。娘が脚本家の倉本聰に相談する。倉本が、本を書く方は、心をストリップする。俳優は、肉体をストリップする。若い時、派手な演技をしている人も、年を取ると余計なものを取り払って、そこにいるだけで年取ったっていうのを表現できるものがあるでしょう。それはね、そういう人しか表現できないのよ。そういうとこをいって、出演するように娘にいった。
そして、撮影現場で、迷惑かけながらも、出演した。番組のタイトルが最後に出る。『老いてなお 花となる』。
頭で考えていたことが、調べるとつじつまが合わなくなる。創作と現実のずれが生じる。これはダメだと思い、年表を作ってみるのが良いと思った。それで何が出来るか考えよう。大谷は4打数2安打。チームはオールスター開け5連勝。
7月18日(木) 雲/雨 7794
朝、お寺と神社を参拝。朝食はラーメン。洗濯をして八百屋で大根とオクラを買ってきた。昼は、豚肉を焼きもやしなどを炒める。買ってきた大根を下ろして豚肉で巻いて食べる。少し醤油をたらすと美味しい。夕食は、湯通ししたオクラをどうやって食べようか考えている。下山さんから連絡があった。もう日本を発ってフランクフルトにいるという。やっぱり、子供中心だから時間が取れなかったようだ。
BSプレミアム、『英雄たちの選択』「名人円朝 新時代の落語に挑む!〜熊さん八っつぁんの文明開化」を観る。言文一致を目指す当時の小説家が、円朝を訊きに行って参考にした。二葉亭四迷もそうだし、以前書いたが、漱石の『坊っちゃん』の冒頭などまさに落語の語りだ。今頭の中にある小説は、落語の語りのように、話せ訊けるもの。そうなるかどうかは、判らないが…。
若冲の図録を読む。美術史家の文章を読んでいるといろいろ参考になる。かなり面白いことも書いている。プルシアンブルーが日本に初めて輸入されたのが宝暦二年(1752)。長崎に記録が残っている。そのプルシアンブルーが初めて使われた絵は、平賀源内が1770年代に描いた『西洋夫人図』といわれていた。しかし、宮内庁三の丸尚蔵館と東京文化財研究所の平成十一年から十七年までの共同調査で、若冲の『動植綵絵』の『群魚図』明和三年(1766)の瑠璃羽太(るりはた)の体に、プルシアンブルーが使われていることが、確認されたことが書かれてある。
プルシアンブルーは、浮世絵が全盛期になると、北斎の『富嶽三十六景』に使われ、爆発的な印象を与え流行った色だ。『神奈川沖波裏』など印象的な青色だ。当時は、ベロ藍といわれていた。また、売茶翁や大典、池大雅、与謝蕪村、円山応挙、木村蒹葭堂なども面白い。応挙が20歳代に働いていた玩具商は四条柳馬場。若冲がいた、錦小路高倉からは歩いて2・3分くらいの処である。
7月19日(金) 曇 7900
今日東京は、久々に30度を超えた。晴れ間ものぞいている。日が暮れると、雨が降るかもしれない予報になっている。昨日、京都アニメーションが放火され、33人が死亡35人が病院へ搬送された。早朝、変電所で火災があり、京王線・井の頭線全線と小田急線多摩線、新百合ヶ丘〜唐木田が不通になっている。復旧の見通しはたっていない。9時前に鎮火し、9時前に井の頭線が運転を再開した。9時過ぎ京王線も、相模原線・競馬場線以外運転を再開した。台風5号が発生して沖縄の西を進んでいる。朝鮮半島を横断し、日本海を進む模様。
17日祇園祭りのクライマックス山鉾巡行が行われた。今年は丁度満月だった。今頃、京都へ行ったら、牡丹ハモが美味しいだろうなと思う。昨日BSで『ちかえもん』を観る。曾根崎心中を書き上げ、浄瑠璃で小屋にかける。最後に観客が涙を流す。その後、実はお初と徳兵衛が、心中していなことを知らされる。愕然とする近松門左衛門。儂は嘘を書いたのかと、怒り出す。しかし、万吉の言葉を思い出し、そうかと思い返す。「ウソとホンマの境目が、一番面白い、ちゃいますか」
まさに、物語はその境目、際が面白い。虚実入り混じっている、風太郎の小説。つまり境目、際だ。タモリが『ブラタモリ』でいつもいう、「際」、「境界線」が面白いというのと、同じだ。
7月20日(土) 曇 12842
ちょっと蒸している。台風の被害が九州で起きているようだ。最高レベルの避難警報が出ていた。今のところ、大きな被害は確認されていないようだ。広島から帰ってきた米ちゃんから連絡があった。明日、会うことにした。今、頭の中は物語で一杯だ。これを、上手い具合に解き放す必要がある。高座で落語を話すように、分かり易く、筋が明確になるように、そして、驚きが3つくらいはあるように。そんなことが出来るかどうは別にして、目指すところはそこだ。
7月21日(日) 曇 16688
選挙へ行き、新宿で米ちゃんと会う。原稿を読んでもらい、新しく書き始めている物の構想などを話した。マドリードにいる時は、同居人としょっちゅう話していたが、東京へ戻ってそういう話相手がいないので、米ちゃんと話をした。頭の中にあるものを、人に話すと、ボヤッとしているものも、はっきりしてくる。
選挙速報が始まった。与党の過半数が確実な情勢。改憲派の2/3には、ギリギリ届かないようだ。
7月22日(月) 曇のち雨 11686
選挙速報の最後の方で、東京と宮城の選挙区が判明したといっていた。こういうのを観ていると何も出来ないと思った。今日はゴミ出しに出たら、雨上がりだった。朝はそうめん、昼はオクラ納豆と豚肉とピーマン炒めを食べる。「俺なんぞはな、納豆の糸の引きが悪いてぇーと、蜘蛛捕まえてきて、かーってやるっていとオメェ…」ってえのは、落語の『まんじゅうこわい』。そんなことしなくたって、オクラがあれば糸の引きが悪かった納豆が生き返る。
資料を読み、『細雪』。時間が足りない。でも、昨日米ちゃんと話したことによって、まとまりが出たし、バランスが良くなった気がする。まだ、テルシオ・デ・バラスが終わった訳ではない。始まったばかりだ。マドリードの時は、サザンの『真夏の果実』ばかり聴いていたら、同居人が、怒り出して、「もう2時間同じ歌聴かされて、気が変になる」と、いわれた。別に良いじゃないかと思う。村上龍だって、『限りなく透明に近いブルー』を書いた時は、ローリング・ストーンズの『アウト・オブ・タイム』ばかり聴いて書いていたという。まっ、それを聴かされる方は、気が変になるかもしれないのだが…。今日は部屋で、『江戸あばんぎゃるど』を観ながら作業した。これを観ていると落ち着く。使われている曲や音響、そして、ナレーション。出てくる日本画。全てが素晴らしい。それを感じて書けるのは幸せだ。
7月23日(火) 雨のち曇 13429
朝、気持ちが悪かった。何だろう、疲れているのか、体が重いのか、気持ちが重いのか?明日になれば、気分が変わるのか?こういう時って、仕事なんてやめて、やりたいことだけやっていた気持ちなる。
シブ5時で、絵本作家のヨリタケシンスケを紹介していた。この人、小さい頃から、怒られるのが嫌で、物事をネガティブにとらえる癖があり、1度嫌いになると、好きになれない性格なのだという。最新作『ころべばいいのに』は、嫌いな子が、ころべばいいのにと、思って日常生活しているサマを描いているという。『おしっこちょっぴりもれたろう』『もうぬげない』『思わず考えちゃう』『それしかないわけないでしょう』もそんな感じ。子供の困った気持ち、そういうネガティブな気持ちを、どうやって自分の中で楽しい方向に持って行くか。こういうのもあるよ、と選択肢を増やすと、そういうモノも和らぐのではないか、という。この絵本を読む子供たちは、笑ったりしながら、いろんなことを考えるようになるという。また、子供の為に買った本なのに、大人が面白くて、ハマる人が増えているのだという。簡単な絵と、簡単な言葉で、そういうことが出来るのは凄いと思う。
闘牛のカルテルが続々発表になっている。時間が足りないので、ほっぽいている。
7月24日(水) 曇/雨 15737
32度、いよいよ暑くなってきた。東京オリンピックまで、あと1年を記念して、いろいろイベントをやっているようだ。メダルも発表された。オリンピックを想定して、交通規制を行ったり、都庁では、10時までは、公共交通機関を使わないようにという実験が行われている。明日は、床屋に行きたい。
甲子園地方予選、岩手県大会準決勝。注目の163キロの大船渡高校、佐々木朗希投手は、毎回の15奪三振、2安打完封で、決勝へ進んだ。最速は157キロだったという。明日25日の決勝は、菊池雄星、大谷翔平の母校、花巻東。少なくとも3日くらい後に、決勝を行って欲しかった。佐々木の肩が心配だ。先日、大谷は、佐々木朗希のことを聞かれて、僕とはレベルが違いますよ。ライトへホームランなんて打てませんからね。教えてもらいたいです。でも、甲子園には母校が出てもらいたいと、いっていた。明日岩手県営球場には、大勢の人がやってくるだろう。佐々木朗希は、高校だけで終わるようなレベルの選手じゃない。花巻東だって、この日の為に、1年間野球をやってきただろうし、花巻東の佐々木洋監督も秘策を練っているだろう。プロでは、大谷と同じ日本ハムにいって欲しい。それからメジャー。これは、みんなの希望だろう。出来れば、二刀流。どんな選手になって行くのか、非常に楽しみ。
7月25日(木) 曇/雨 6749
朝、八百屋へ行き買い物。朝食はそうめん。チンしたオクラを細かく刻み、ニラは生のまま細かく刻み、ネギにイワシのさつま揚げも細かく刻み、それをそうめんを入れた丼の上にかけ、めんつゆを入れ、その上にかき交ぜた納豆を乗せ、味わう。ニラの香りが食欲をそそる。それから、『美の巨人』若冲特集を観る。その後、NHKBSでやった、『若冲ミラクルワールド決定版 驚異の光の絵師』を観る。
上記2つの番組ではなかったが、若冲の『動植綵絵』『蓮池遊漁図』について、ここはどこを描いているのか?と検証しているものがあった。遊漁は鮎。蓮の花咲く池に鮎が泳いでいる。鮎は淡水と海水を行き来する回遊魚である。まず蓮の種類を調べる。専門家に聞くと、この蓮があったのは、今埋め立てられた巨椋池にあった蓮だという。しかし、このように鮎が群れて泳いでいるというのは、漁師でも観たことがないという。調べると、琵琶湖のほとりで、鮎が群れで泳いでいる処を観たことがあるという人が現れる。ある時期に、群れで泳いでいる処を観たという。それが産卵期なのかどうか…。
回遊魚であるが、琵琶湖のような処は、支流の川から鮎が流下して、琵琶湖で産卵するようだ。琵琶湖が海の代わりになっている模様だ。そういう時期に、鮎が群れている処が観れるらしい。おそらく巨椋池も同じだったのだろう。若冲が巨椋池で、蓮の花が咲きその下を鮎が泳いでいる処を、観たかどうは判らないが、蓮の葉と、花を描くという仏教的な絵柄を、『動植綵絵』の中で描いたのは不思議なことではない。そこに、鮎の魚群を描いても、それも不思議ではない。『動植綵絵』の中には、鳥群なども描いているから、そういう表現をしたかったのかもしれない。
若冲の謎は尽きない。印についても、若冲の印ではなく、若中の印を使っているものもあるという。これから、細雪。そして、闘牛のビデオを再度見直そうと思う。大船渡高校の佐々木朗希は、登板することなく大敗した。国保監督は、試合前登板がないことを伝えた時、佐々木朗希は、笑顔でハイとこたえたという。故障を防ぐための英断である。大谷が高校3年の時は、連投でも甲子園に出るようにと思っていたが、今は、国保監督の英断を賞賛したい。佐々木朗希の将来を見据えての決断だったのだと思う。そういうことが、岩手県の高校野球で出来たことは、誇れることだ。この監督ってどういう人か興味がわく。そして、大谷は、母校が甲子園に行くことを喜んでいるだろう。取りあえず、佐々木朗希狂騒曲は終わった。
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