−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
por 斎藤祐司
過去の、断腸亭日常日記。 −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年、2017年、2018年のスペイン滞在日記です。
太字で書いたモノは2010年11月京都旅行。2011年3月奈良旅行と東日本大震災、11月が京都旅行、2012年4月、11月、12月の京都旅行、2013年4月京都旅行5月出雲遷宮旅行10月伊勢神宮の遷宮旅行11月京都旅行、2014年5月6月、7月の京都旅行、2015年6月京都旅行、9月奈良・京都旅行、11月京都・滋賀旅行、2016年11月京都旅行、2017年9月京都旅行、11月の奈良・滋賀・京都旅行、高野山・京都旅行、2019年2月京都旅行、滞在日記です。
4月1日(月) 曇 17358
今日政府から新しい元号が発表された。役所の書類などは、西暦表記ではなく、元号表記が基本である。年度替りに発表。新元号は、令和(れいわ Reiwa)。出典は万葉集。梅の花を歌う三十二首の序文からとったという。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」中国の古典の方ではなく、初めて日本の古典から選んだ。万葉集は、万葉かなで書かれている。つまり、全て漢字で書かれている。これから元号は、万葉集や古今和歌集から出典が増えるのかもしれない。
今日は朝からテレビなどで、新元号のことばかり放送している。どうしようかと、航空会社へ電話してきいたりした。問題は、帰りの便だけを変えたいというのは、基本出来ない。片道だけの切符を買うと、馬鹿高い。ビジネスくらいの値段になる。行きの便の座席は残りわずかで、2・3日で売り切れるだろう。しかし、前後の日の出発便はまだ余裕があるようだ。だから、なんとか決まるまでもって欲しいと願う。
4月2日(火) 晴/曇 9210
晴れているが冷たい朝だ。洗濯と八百屋に行って、ネギ、カブ、シイタケを買う。こういう物を買ってくると、予定していたカレーを作るのはやめる。朝食はラーメンだったが昼食は、カブと豚肉の炒め物。
『フランス人がときめいた日本の美術館』という本がある。ソフィー・リチャードが書いた本だ。読んだことはないが、2年前くらいに、『日曜美術館』でやっていた。今BSで同じタイトルで、彼女が紹介した美術館を訪ねる1時間番組がある。日本の美術ファンが忘れているような美術館も多く紹介されている。日本人がこういう本を書いても、売れなかっただろうし、番組にならなかっただろう。おそらく、フランスよりも日本での方が本が売れているだろうし、テレビ番組にもならなかっただろう。日本には、美術館博物館合わせて、5000以上あるという。彼女がいうには、そのクオリティーは非常に高い。日本が大好きで、美術館を中心に訪ねて歩いているという。こういう番組を観ていると、行ってみたいなと思う知らない美術館が多くある。規模が大きくなくても、その特徴を掴んで、行きたくなるように心をくすぐる。素晴らしいと思う。こういう風に、情熱を持っている人が好きだ。
『奇想の系譜』だと思って、東京都美術館で買ってきた本が、実は、『奇想の図譜』という本だったのに驚いた。しかし、1番初めに北斎から始めるのは、非常に素晴らしいと思った。グッと引き付ける。というか、食いつく。それでもまず、『へんちくりん 江戸押絵』や『若冲伝』を読むのが先だし、『十八世紀京都画壇』を読むのが先だと思う。
去年の暮れにBSで放送された『北斎ミステリー』。シーボルトと北斎の接点の謎を解こうとしたものだ。最近の日本画ブームの中で、いろいろな新しい情報が明らかになる。『富嶽三十六景』以降、娘の応為なども絡んで、面白い謎解きになっている。弟が録画したBLを観るのが楽しみだ。ベロ藍、本藍など青の使い方を絵具の解析で解いていく。応為の小説を書いた、カナダ人女性作家、キャサリン・ゴヴィエの『北斎と応為』。彼女が語る北斎と応為が面白い。北斎晩年の絵は、応為が描いたのではないか?という内容のようだ。北斎が死ぬ4か月前に描いたという『雪中虎図』から応為が描いたのではと思い、来日し研究者などを訪ね歩いたが分らず、小説にしたのだという。応為の『吉原格子先之図』。『夜桜美人図』も素晴らしい絵だ。応為は光と影の描き方が素晴らしい。北斎の影に隠れた存在を、謎解く。応為を30年研究している久保田一洋の『北斎娘 応為栄女集』は、その研究をまとめたもの。その中でも、従来北斎作といわれてきた絵の中に、応為が描いたものではないかという主張があるのは、キャサリン・ゴヴィエと同じだ。手の描き方や、髪のほつれが、北斎との違いだという。NHKで放送されたドラマ『眩(くらら)〜北斎の娘〜』でも、同じことが描かれていた。北斎の作なら高く売れるが、応為の作なら高くは売れない。そういう事情が根本にあったようだ。『絵入日用 女重宝記』絵は、応為栄女筆。ここに描かれている手の特徴は、応為の描く絵の特徴そのまま。北斎は90歳になって4か月後の2月に倒れた。にもかかわらず、現存する20点の絵の署名は、画狂老人卍ではなく、九十老人卍となっている。多くが応為が関わったのではという。面白い。
パソコンの機嫌が直った。ご機嫌ナナメから、通常の状態になった。一安心。そして、サン・イシドロのアボノを買った。RENFEの切符を買う時もそうだが、webの調子が悪い時もあるし、ちゃんとやってもダメな時もある。今回も、2回くらい上手く行かずに、ようやく買えた。それから、去年と同じように、データをダウンロードした。場所は去年と同じだが、席が少し7に近くなった。
4月3日(水) 晴 11921
朝ドラを観て、朝食。それから、DLの整理をして、両国へ向かう。昼頃着いた。美味しそうな小料理屋があるが、腹が空いていないので、あとにする。勝海舟の生誕の地から、すみだ北斎美術館へ。そして、北斎を観る。それから、三遊亭円朝の居住地も凄く近い。それから、江戸東京博物館の上にある図書館へ。古地図などを観たが、分からない。例えば、北斎が93回引っ越したといいますが、それがまとめてあるものとかありますか?とか、いろいろきいてみたが、そう簡単には判らない。勝海舟のことにしても、同じだ。こういうのは、江戸の研究者とかに訊かないとダメなのか、それとも、自分で調べるしかない。
判ったのは、回向院で勧進相撲が始まったのは、天保四年二月以降定着したということ。それと、源内が宝暦七年六月から1年京都に滞在してということぐらいだった。
辻惟雄は、応挙の処で、写生と写意の違いについて書いている。しかし、先日放送した『美の巨人』の中で、広重に、「筆意」という言葉を言わせている。東海道五十三次の最後、『京師 三条大橋』。洛中から三条大橋をのぞむ絵。清水寺その後ろに東山連峰がある。三条大橋は石造りだが、木造の橋で描かれている。清水寺の上に、見えるはずのない比叡山がある。俺にはこう見えるといい、それを、広重は「筆意」という。
取りようによっては、非常に都合の良い言葉だ。風太郎の小説は、まさに、筆意のなせる技。キャサリン・ゴヴィエが、応為のことを調べたが、判らず、小説にしたのは、筆意だったのだろう。
4月4日(木) 晴 12521
朝、目覚まし前に目が覚めた。BSで、4月になってから、『おしん』の再放送をやっている。歴代の視聴率最高平均52.6%、最高視聴率62.9%を記録し、イランでは、90%を記録した。音羽信子が孫のを連れて故郷を訪ねていた。おしんは、幼少期を小林綾子、大人の時期を、田中裕子、中年老人期を、音羽信子がやっている。初めの部分で老人になったおしんが、過去を思い出して故郷を訪ねるそういう部分から始まっているんだと、気付いた。
『なつぞら』は、父親の戦友だった柴田剛男に連れられて北海道の十勝にやってきた9歳のなつは、上野の闇市時代のように、柴田牧場の手伝いをすることにする。初めは見ているだけだったが、ようやく、牛の乳搾りが出来るようになる。夕食は、戦後の東京では食べられないようなものが食卓に並んだ。いつも美味しそうに一杯食べる。しかし、牛の世話で疲れて、夕食中にうとうとする。牧場主の柴田泰樹爺さんが、「寝るか、食べるか、どっちかにしろ」というと、戦友の妻で、爺さんの娘、富士子が、「かわいそうだ」と泣き出す。
剛男は、なつと同い年の娘の夕見子に、なつを連れてきた理由を話す。そこに、富士子が来て、なつがいない。爺さんがどっかに連れて行った走ってくる。戦争に行っていた時は、ずっとお前のことを考えていた。死んだ戦友も同じだ。父さんが死んでもおかしくなかった。なっちゃんとお前が反対になっていても、おかしくはないんだ。父さんは、なっちゃんをみて、どうしようもなく、夕見子のことを思ってしまったんだ。夕見子が孤児になり、大人から冷たくされていたらと思うと、たまらなかった。そんなことは絶対にしたくないと思った。夕見子を幸せにしたいと思った。だから父さんは、自分為になっちゃんを連れてきたのかもしれない。自分の気持ちが済むように、北海道のこんなところまで、なっちゃんを連れて来てしまった。なっちゃんの人生を変えてしまった事になる。・・・ただ夕見子は夕見子のまま、あの子を受け入れて欲しいと父さんは願ってるだけだ。夕見子は話を訊いて理解する。
爺さんは、十勝一の繁華街帯広に連れ出し、仕事に必要な長靴を買う。それから闇市を横目に、東京でどういう生活をしていたが訊く。妹一緒にいれるからと、靴磨きをし、兄は、盗みなどしないで、新聞を売っていたと伝える。それから、知り合いの店に行く。孫の夕見子に間違えられるが、爺さんが弟子だという。持ってきた牛乳と卵で作って貰ったアイスクリーム。それを二人で食べる。
泰樹「びっくらこいたか。俺たちは何でも、我慢せず言い合う。そうしなければ、開拓のつらさも、冬には、零下40度を超える寒さにも耐えきれんかった。言い合える相手がいるだけで、人は恵まれとる。早う食べれ。」 なつ「はい。」 泰樹「うまいか」 なつ「はい、おいしいです。甘い。すごく、おいしいです」 泰樹「お家のもんには、ないしょだぞ」 なつ「はい」 泰樹「んふふ。そりゃーお前が搾った牛乳から生まれたものだ。よく味わえ」 なつ「はい」 泰樹「ちゃんと働けば、必ずいつか報われる日が来る。報われなかければ、働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこは、とっとと逃げだしゃいいんだ。だが1番悪いのは、人が何とかしてくれると思って、生きることじゃ。人は人を当てにするもんを、助けたりせん。逆に、自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが、助けてくれるもんじゃ。お前はこの数日、本当に良く働いた。そのアイスクリームは、お前の力で得た物だ。お前なら、大丈夫だ。だからもう、無理に笑うことはない。謝ることもない。お前は堂々としてろ。堂々と。ここで、生きろ。いいな。…早う食べれ。」
その日の夕空は、とてもきれいでした。なつは、上野の闇市で、兄や妹と観た夕空を思い出していたようです。なつよ、明日はきっと、もっといい日になるぞ。
はー、草刈正雄が、渋すぎる。『真田丸』以降、最高の役といって良いだろう。その存在感とセリフの「間」や言い回しが観ている方に、深く入ってくる。子供でも判る言葉で、かみ砕いたように語る。沁みる。『美の壺』のコメディータッチとは、全然違う。近藤正臣の若い時は、今の渋い役柄が想像できなかったが、草刈正雄の若い時も、今の役柄が想像できなかった。でも、今は良い役者になったと思える。
4月5日(金) 晴 16264
暖かい日だが、午後風が強い時があった。昨日グラナダのカルテルが発表になった。夜中に。スペインとのやり取りをやった。発表されたポスターは、白黒のホセ・トマスの立ち姿に、4日間のカルテルが赤い文字で書かれている。このフェリア・デル・コルプスの主役が誰かが、一見して判るようになっている。
昼前に、航空会社で飛行機の切符を買い直した。それで、今回の予定を決めた。これから何人かに連絡を入れようと思う。今年、ホセ・トマスは何回闘牛場に立つのだろう?
4月6日(土) 晴 8744
暖かい日だ。黄砂が飛んでいるという。夜は、寒くなる予報。春の花が咲いている。ソメイヨシノ以外の桜も良い感じで咲いて、花びらを散らせ始めている。ツツジも咲き始めた。蕾たちが輪のように開きそれから花が咲く。そういう自然の形を観ていると、良く出来ているものだと感心する。こういう造形を、人間が作るのは難しい。自然は、簡単にそれを作ってしまう。
外に出る前に、口の中が乾いていたので歯ブラシして、水を飲んだが治らず、舌先を唇と歯の間で、左右にゆっくり3回ずつまわした。こうすると唾液が出てくる。そうやると、口の渇きが緩和される。闘牛のカルテルがドンドン発表になっている。90年代の前半は、今の時期で、サン・イシドロも発表になるかならないか、だったと思う。ベネフィセンシアなんて、サン・イシドロ期間中の5月下旬に発表されていた。だから、サン・イシドロで活躍すると、6月7月に組まれていないフェリアのカルテルに名前が載った。今はもう固定的というか、出る人が決まっているような状態になった。こういう環境だからだろうか、若手の闘牛士が出にくくなっている。
4月7日(日) 曇 15319
7分咲きの阪神競馬場。3歳乙女の戦い、桜花賞が行われた。スタートして1番人気のダノンファンタジーはかかっていた。そして不安的中。直線で、グランアレグリアが抜け出し圧勝。鉄砲の藤沢和雄厩舎を嫌ったが、物が違った。2着がシゲルピンクダイヤ、3着が最後鼻差差して、クロノジェネシス、4着がダノンファンタジーだった。クリストフ・ルメール騎手は、去年のアーモンドアイに続いて連覇達成。笑顔のガッツポーズ。桜花賞レコードで、グランアレグリアが駆け抜けた。うーん、スペイン語の馬名の馬か。
やっぱり、向正面でかかったのが全てだ。あれでは勝てない。そして、馬券にも絡めない。鉄砲でも、調教が良いという評判があったグランアレグリアが、その評判通り結果を出した。恐れ入った。ダノンファンタジーが新馬戦で唯一負けた、グランアレグリアが2歳時の評価通りの桜花賞になった。ある意味で納得の結果。あー、川田。ガッカリした人が多いぞ!と、思っていたらやっぱり最終レースで勝つんだよな川田。競馬って、面白よな。
夜中、スペインとのやり取り。グラナダの切符についてだ。アナログ的な考えと、デジタル的な考えとが交差する。面白いと思った。呑気なグラナダは、今は昔の話なのか、それとも・・・。ダックスに続いて、モン・ド・マルサンのカルテルも発表になった。スペインよりもフランスの方が早い。
4月8日(月) 曇/雨 16280
昨日の夜から寒くなり、昼には雨も降った。明日も寒くなるようだ。カルロス・ゴーンが再逮捕され、逮捕前に撮影された動画が弁護士によって公開されるという。地方統一選挙が行われ、大阪は維新が知事と市長、議会も過半数を獲得した。自民は分裂選挙になった島根と福岡で、県議などの反乱で党本部が推す候補が敗れた。北海道では、与野党対決で自民党が勝った。
今日からほとんどの学校で授業が始まり、朝夕の通勤ラッシュが激しくなった。そのせいなのが、具合が悪くなった人がいて電車が遅れていた。先日夜にテレビで、『ラーメン大好き小泉さん』という漫画原作のドラマをやっていた。主人公の女子高生が今の東京のラーメン屋を訪ね歩く話で、行ってみたいと思っていた店もあった。つけ麺の店だが、ドロッとしたつけ汁を観てやめようと思った。想像だが、かつお節の粉などを入れているからドロッとしているように見えたのだ。それはそれで美味しいだろうが、そういうつけ麺を食べたいとは思わないからだ。それと茶色い真っ直ぐな太麺も、食欲をそそられない。つけ麺は、太麺が主流だが、それが良いと感じるのは、限られた店だと思うし、そばじゃないのに茶色ってどういうことなのか思う。しかも、早朝並んで、15時来店とかいう紙を貰って再来店して食べるらしい。ちょっとついていけない。そんな店には余計行きたくない。
つけ麺を作ったといわれる大勝軒の山崎さんは、安くて量も多く美味しいものを提供したいと、つけ麺の量は、中盛も大盛りも普通盛りと同じ料金で提供した。晩年は、体が動かなくなって、常連客が丼を運んだりして手伝っていた。弟子も多く、大勝軒ののれんを掲げる店は多い。でも、それが2つに分かれてケンカ状態。死んだ山崎さんはそんなことは望んでいなかったと思うのだが・・・。商売人の自然の笑顔のおっちゃんだった。
『十八世紀京都画壇』辻惟雄著の「日本文人画の成立」は読んでいて退屈だ。それでも、丁寧に書かれてある。何故なら、それを説明しないと、池大雅や与謝蕪村に進めないからのようだ。日本文人画の基になるのは、南宋画といわれるもの。その難しい用語の使い方などを書いている。『雨月物語』を書いた上田秋成など、中国文化の影響が強いこの時期。田中優子の『江戸の想像力』の中で書いているように、この中国文化の影響が、狂歌や絵画、落語が出来る発端にもなっている。
グラナダの切符だが、両面作戦というのもあるかな。現地とネット。そこまでする必要があるのかどうかは、判らない。現地なら、発売時間前に並んでいなければならないだろう。ネットなら、アクセスが集中することが予想されるので、それにちゃんと対応できるのかは判らない。だって、ラス・ベンタスでさえ、ネットで売り始めた当初は、全然アクセスできない状態が続いて、うんざりしたのだから。でも、アボノ限定なら、そこまでにはならないだろうとは思う。
4月9日(火) 晴 9065
晴れているが、風が冷たい。桜の花もたいぶ散ってきた。取りあえず、グラナダの切符は、買えたようだ。闘牛ファンは、パソコンに向かって切符の取り合いになったんだろうと思う。現地で並んだ人も同じ。これで今回の闘牛の切符は、全て手に入った。あとは良い闘牛が観れることを祈るのみ。やっぱり、知り合いがいるというのは、心強い。
ラス・ベンタス闘牛場のサン・イシドロや、セビージャのレアル・マエストランサ・デ・カバジェリア闘牛場のフェリア・デ・アブリルの切符は、今は、Mundotoro
や Aplausosos のホームページからリンクが貼られていて、切符が買えるようになっている。それで、行く予定がないので、見ていなかったセビージャを見たらビックリした。何故ならもうアボノは販売していなくて、ネットで買えるのは、3日一組とか、4日一組のミニアボノ的な切符だけだ。つまり、1日券は買えない。1日券の販売は、4月11日から始まる。それ以降は、ネットでも1日券が買えるようになるのかは判らない。もし、販売しないのならそれはそれで、凄いことだと思う。何故なら、こういう販売方法をすると、地元セビージャの人が1番恩恵を受けるからだ。タキージャで買わないと1日券が買えない。これこそ、闘牛が地元の物という考え方が、最も反映されたやり方だと思ったからだ。
追っかけや、フェリア巡りをする人は大変だが、やっぱり地元の人が1番主役であるべきだ。それを、セビージャをちゃんとやっている。その考え方は、素晴らしいと思う。例えば、マドリードや他の地方に住んでいる人や、外国に住んでいる人は、ネットで買うしかない。セビージャに住む知り合いがいて、頼むことが出来る関係の人がいれば、地元のセビージャの人と同じ条件になる。このことは、闘牛ファンの交流を促進するのかもしれない。マドリードは、マドリード。セビージャは、セビージャだけではなくなり、他の地方の闘牛ファンも巻き込んで、交流が盛んになれば良いと思う。そういう物が、闘牛反対に対抗する、闘牛ファンの絆になって行けばいいと思うのだ。
4月10日(水) 雨 11745
朝から雨が降って、都内では積雪があった処があるくらい、冬に戻ったような天気だった。冬用の服が雨に濡れ、ビニール傘がパリパリ固くなっていた。昼食後、府中市美術館へ行った。雨だからやめようかとおもったが、昼食で食べたレトルトカレーは、珍しく胸焼けしなかったので、行くことにした。晴れていたら歩いて行ったが、雨なのでバスに乗った。
『へそまがり日本美術展』は、いろいろな時代の絵が展示されていた。若冲、応挙、蕪村、蕭白、芦雪、山雪、白隠、国芳など、『奇想の系譜展』の画家たちもいる。家光、家綱など将軍や大名の絵もあった。一茶や漱石まで。面白い味わいを感じた中村芳中は、光琳に傾倒して描いているが、独特の絵で、まさに、デザインのような絵だ。光琳の弟の乾山の絵もあったが、どう見ても、焼き物の絵付けのような絵だ。焼き物の人なので、そうだろうが、細見美術館などで観る、陶器の絵とほぼ同じ感じだ。
漱石の絵など、やめてよと思う絵だ。応挙とその弟子である芦雪の子犬の絵が並んで展示してあったが、芦雪の子犬の方が可愛らしい。そして、1番気になった絵が、伝 呂健の『百鳥図』。16世紀明の時代の絵。この絵の鳳凰が若冲の絵にそっくりだった。くちばしから首のあたりの描き方が似ているのと、尾羽の描き方が、輪郭線を描かずに線で描いている。そういう処が非常に似ていると思った。若冲の鳳凰や孔雀の構図など似ている。さすがに、若冲の方が細密だが、この絵を観て、参照にしたのではと感じる絵だった。
いやー、面白いものが観れたなーと、思って夕方のラッシュの電車に乗って帰ってきた。
4月11日(木) 晴 9257
晴れているが、雲が多く風が強い日だ。昨日に比べて少し暖かい。散歩で生け垣が、紅く色づいた葉っぱが大きくなって目立っている。この木は何という木なのだろう。若葉が多くなって、紅くなるというのは、面白い。若い時は、花などの植物は、全く目に入らなかった。どうでもいいもののように、その前を通り過ぎていた。今は1週間しないうちに変わる姿を、感じることが出来る。少しは、気持ちに余裕が出来たのだろう。
昨日帰ってきて、伝 呂健の『百鳥図』を調べた。『若冲』(辻惟雄)や、『若冲伝』(佐藤康弘)にも、ちゃんと載っていた。「《百鳥図》を挙げれば充分であろう。この図に描かれた鳳凰と、宝暦五年、若冲が描いた《旭日鳳凰図》の鳳凰との間には、手法上の著しい相似が認められる。」(『若冲』)と、書いてある。もうスカッとする思いだ。これって源内が京都にいた時期なんだよな。蕪村は、池大雅とも、応挙とも競作の絵を描いている。光琳が死んだ、同じ年に生まれた若冲と蕪村。そして、若冲の青物問屋と応挙が住んでいた四条通の処は、100mも離れていないような処に住んでいた。狂歌を通じて蕪村は源内と交流があったようだし、蕪村はこの中では、1番交友関係が広かったようだ。しかし、『遊戯神通 伊藤若冲』(河治和香)の中にもあるように、木村蒹葭堂を介して源内と若冲が繋がっているいる気がするのだ。
宝暦五年、40歳の若冲は弟に家督をゆずり、絵に専念した年だ。この年描かれた《旭日鳳凰図》は、後の『動植綵絵』(宝暦七年1757年から明和三年1766年)に繋がる。狩野派などから絵を学び、中国の絵の模写は、1000点といわれる若冲。狩野派自体が、中国の山水画などを手本にしている。その中に、《百鳥図》があっても何ら不思議がない。本を読みすすめると、いろいろな事が判ってくる。今読んでいる本を終わらせて、同時並行的に、美術展の図録なども読んだり見たりして、スペインから戻ったらやらなければならないことがある。
本になっていない資料で、良く出てくるのが、若冲研究をしている山口真理子が書いた、論文の引用が複数みられる。その資料を、図書館へ行って読みたい。他にもやらなきゃならないことがあるんだけど、それはそれとして、知りたい。もっと、知りたいと思う。
若冲と応挙。接点があるのかないのか?当時の京都で人気絵師2位と1位だったというが、共通点をあげれば、金比羅宮で絵を描いていることだ。わざわざ、京都から四国の金比羅へ行って、絵を描いた。応挙は、パトロンの三井家が発注した。だから、国宝『雪松図』は、三井美術館所蔵である。では、若冲は?
ホセ・トマスの知名度、人気はとんでもないものだ。グラナダのアボノは凄い売れ行きだ。ソンブラのテンディドはほぼ売り切れで、ソルの方もそれを追っている。グラダ、アンダナーダも売れている。これだと、1日券で、ホセ・トマスの切符を買うのは殆ど奇跡に近い状態になってきている。アボノを買わないと、観ることが出来ないと思うから、闘牛ファンがネットで買う。昔、結果的にノー・アイ・ビジェテになることが、判っていても、アボノを買うという発想はなかった。確か、3月の始めに地方のフェリアに出場が決まった時、その闘牛場に長蛇の列が出来た。そこには、闘牛を観たこともない、見る気もない学生たちが大勢並んだ。目的は、切符を買って、転売して儲けようというものだった。そういうことが、起きてから、ファンのアボノ買いが始まったと記憶している。ネットによって、もう呑気なグラナダではなくなったようだ。
4月12日(金) 晴 17293
朝はまだ寒い感じがしたが、日が昇ると暖かくなってきた。『なつぞら』の子役が、素晴らしい。職場でもそんな話をしていた。爺さんがなつに見せた、夢は、バターを作るバターチャーム。牛乳からバターを作る機械。そして、学校で始めて観たアニメ映画。爺ちゃんとなつ、柴田家の人々が夢に向かって生きていく。
「 渋沢栄一 それでは早速、銀行の話ですが。あなた方二人に問題です。第一問。銀行を経営するものが、一番欲しくて、一番大切なものは何だと思いますか? あさ 一番欲しいて、一番大切もの?それはやっぱり、お金だすやろか? 渋沢 違いますな。本当は、お金はいらないんですよ。 あさ なんでだす。お金がいらないって、そないなはず・・・。 渋沢 それでは、第二問です。両替屋にはなくて、銀行にはある仕組みが、何だと思いますか。 あさ それやったら判ります。預金ゆう、お客さんのお金預かる仕組みだす。 渋沢 そうです。ご名答です。
回想シーン 白岡正吉 両替屋いうんは、信用が第一。お金という大切なものを、扱こうてますのやさかいなぁ。 大番頭、雁助 両替屋は、信用をお金に替えますのや。
あさ あっ。うち、解ってしまいました。お金より何より、大切なものが。 渋沢 そうですか。では、答えを。 あさ 信用、だすな。 渋沢 ご名答です。銀行にとって、最も必要なものは、信用がおけるかどうか、信用される存在になれるかどうかなんです。お客が大事なお金を預けるのに、少しの不安があってもならないんです。信用されること。この相手に、この銀行に任せれば、自分で持つより、よほど安心だ。そう思われることが、大事なんです。信用さえあれば、あとは自然に、人が金を運んできます。 あさ そないゆうたら、その通りだすな。銀行経営するには、まず、うちが信用つけな、あきまへんのや。真面目に商いして、自分の器、おうきゅうして。 渋沢 そう。そういうことになりましょう。お金は不思議なもので、扱う人の器の大きさによって動く。それでは、最後の問題です。私や五代さんが、大きな見地から国益を考え、つねづね一番やらねばならぬと思っていたことは、何だと思いますか。 あさ 銀行の神様と、鉱山王の五代様が一番やりたいと思ってはったこと?ふん、これまたはっぱりわからしまへん。 渋沢 答えは、人間を作ること。つまり、教育です。 あさ 教育。 渋沢 何も、自分の子のことだけではありません。日本の為に働いてくれる、誠実な人材を作るという事です。 あさ なるほど。それもほんま、その通りだすな。学ぶことが出来たら、正しい知識を持って、日本の為、大事な誰かの為に働くことがでけます。こないに大事な事、あらしまへん。 渋沢 そうです。商いと教育。どちらも、大いに頭を悩ますべき、大切な問題なのです。 あさ あー、(新次郎も一緒に)ビックリぽんや。 あさ えっ、ぽんって。 新次郎 いやいや、わてな。お金や商いゆうもんが、初めて人間味のあるもんに、思えて来ましたわ。ははは。」(朝ドラ『あさが来た』より)
電車に乗っていたら、凄く眠くなってきた。そこでは夢は見ないが、未来に希望が持てるのは、素晴らしいことだ。商いに全く興味をもたずに、生きてきた新次郎が、渋沢栄一の言葉を訊いて、初めて商売に目覚めた。搾った牛乳から爺さんとなつがバターを作った。家では、蒸かしたジャガイモにバターを乗せて食べる。それを「雪月」へ持って行く。ホットケーキの上に、バターを乗せて食べる。牛乳の嫌いな夕見子も、アイスクリームと同じように、美味しいといって食べる。
4月13日(土) 晴 10901
外を歩くと暖かい。ちょっと歩いただけで、汗が出てくる。うららかな日差しだ。歩き始めたような子供を連れて家族が散歩をしていた。生け垣の処で、言葉もあまり喋れないような子が、しゃがみ込んだ。何かを見つけ、何かを見ようと思ったのだろう。自分の発見が、この子の脳を刺激する。目で見、それを触って行くことで、その刺激は大きくなる。興味は遊びを生み、楽しみに転化していく。
あんこは、つぶあん派か、こしあん派か。絶対こしあんの方が良い。舌の上で滑らかに溶けていく感じが好きだ。弟は、たぶんつぶあん派だ。皮付きのつぶが良いようだ。それって、邪魔だと思うのだが、それが良いようだ。皮は、歯にくっついたり、消化せずに、うんこにコーティングされて出てきたりするのにねぇ。
伊勢神宮へ行った時に、おみやげに買う名物の赤福は、餅をこしあんで包んだもの。あれは、こしあんだから指の形も残って、曲線も美しい。しかし、おはぎは、嫌いだ。つぶあんとか、こしあんとかいう以前に、ご飯をあんこで包むことに違和感が大きいからだ。あのねちょっとしたもち米とあんこという組み合わせが許せない。一口かんだだけで、気持ち悪くなる。ぜんざいならつぶあんだろうが、あんみつは確か両方入っている。でもこれは、基本的に寒天を食べるもの。だから、どっちでもいいのかもしれない。中村屋のあんまんは、こしあんと胡麻が溶けあっていて、とても美味しい。出来立てのアツアツの物を食べると、火傷しそうになる。こんなこと書いてたら、中村屋のあんまんが食べたくなってきた。
朝ドラ『なつぞら』で、戦後東京で食べれなくなったなった人たちを、政府が北海道に移住させた話が出てきた。与えられた土地は痩せていて、耕作に適さないところが多かったようで、ドラマでは郵便配達をしていた。瓦解後、北海道で農作物生産に成功したは、伊達邦成。伊達市の名前が残るのはそのためだという。戊辰戦争で負け、明治初期に家臣と家族を連れて北海道へ移住した。有珠山の火山灰などと格闘しながら土壌改良し小豆を作る。当時高く売れたので、生活が安定する。それからあんこに必要な砂糖に目をつけ、てんさい(ビート)の栽培。今は、てん菜というようだ。それにも成功する。北海道開拓の見本として、伊達邦成は、男爵の爵位をもらう。2年前くらいNHKの『歴史秘話 ヒストリア』でやっていた。番組では、明治の重要な七人の中に名前が入っていた。
当初、農具が届かず、食べるものに困り、アイヌ人から漁業などを教えてもらった。たぶん、この頃のアイヌとのやり取りから、アイヌが作っていた小豆・大豆の生産を始めたようだ。そこに、農学校を退職してアメリカに向か途中のクラースが観に来て、馬や牛を使って耕作すれば、今よりももっと多くの収穫量が上がることを教えて行ったという。それと畑に、ビートを植えるよう進言した。こうやって、開拓の礎が作られていった。
もし仙台伊達一門の伊達邦成が、家臣を連れて北海道開拓を始めていなかったら、北海道の農業は、今のように発展はだいぶ遅れていただろう。それと、地元のアイヌ人を大切に接していたことも重要なことにのように思う。それがなければ、小豆などの生産に成功しなかっただろう。そして、農協の原型のようなものを伊達邦成が家臣と共に作っている。共同して開拓した証なのだろう。一人では出来なくても、みんなで協力すれば出来る。その考えが徹底されていたようだ。山田風太郎の『地の果ての獄』の雪の原野は、主人公の絶望の風景だった。明治政府が資金を投じてもなかなか開拓の芽が出なかった。それを成し遂げたのが、伊達邦成とその家臣団と家族。
4月14日(日) 曇 15365
阪神は雨が降っている。東京は曇っていて、暖かいが風が吹いている。夜には、雨予報。
朝ドラ『なつぞら』の柴田牧場の柴田泰樹は、昭和の頑固おやじ。この爺さんに、家族で物を言えるのは、娘の富士子だけ。あとは、開拓一世の「雪月」の小畑とよだけ。そんな中で、同級生の東京から来た、山田天陽を助けて欲しいとお願いする。土地を観て痩せているという。が、これくらいの土地はなんぼでも開墾してきたという。問題は天陽の親がどう思っているかだという。そこで、夜、天陽の家へ行くことになる。
「馬車に揺られるなつと爺さん。 私はこの頃から、お爺さんのそばにいると、何も話さなくても何となく、誇らしい気持ちになるのでした。
夜、山田家の家。 柴田富士子 あのー奥さん。これー、ちょっことだけど、ニシンの干物とジャガイモと、自家製のバターです。 山田タミ(天陽の母) どうも、すいません。ありがとうございます。助かります。 富士子 ほんの、ちょこっとで、ごめんなさいね。バターは、たまたま作っただけで、ジャガイモゆでて、それにつけて食べてみて下さい。 なつ 美味しいよ、とても。 天陽 うん。 柴田剛男 あの東京から来て、こっちの冬は、こたえましたでしょう。こういっては何ですが、この家で良く我慢ないましたね。あなた方は強い。 山田正治(天陽の父) 河原で石を拾ってきて、それを焼いて、ぼろきれで包んで抱いて眠りました。 剛男 そうですか。 正治 それでも背中は氷るように冷たくて。実際起きると子供の背中に雪が積もっていたことがあります。もう、あんな思いはさせられません。今年がダメならここを離れるしかありません。
剛男 どうです、牛飼いは考えませんか。 正治 牛飼い? 剛男 酪農です。いま、こっちでは、農業と酪農の両方やっている人、増えてるんです。牛の糞尿が良い肥料になりますし、どっちかがダメな年でも、どっちかで補えるようにしてるんです。 正治 それは判りますが、でもどうやって牛を手に入れればいいんですか? 剛男 それは。 正治 うちの息子が、お宅のお嬢さんに何をいったか。ここにいたいと、いったかもしれませんが、子供同士の話ですよ。我々が真剣に話すことではないでしょう。 泰樹 何故真剣に話してはならん。 富士子 とうさん。 泰樹 わしゃー、ここにいる、なつに言われてここに来た。この子に言われなきゃ、動きはせんかった。 正治 だから何です。それは、そちらの事情でしょう。 剛男 そうですよ、お父さん。 泰樹 わしの事情ではない。なつの事情だといってるんだ。それを真剣に聞いてやるのが、何故いかん。同じように、あんたの息子にも事情があるだろう。それを真剣に聞いてやれと、そういっとるんじゃ。
正治 何をいいたいんですか。 泰樹 ここの土はダメだ。今年も作物は育たんだろう。来年もダメじゃ。ちょっとやそっとのことで、土は良くならん。 剛男 お父さん、ホントに何がいいたいんですか。そんなに落ち込ませて。 泰樹 それでもやる気があるなら、手はある。3年か5年はかかるかもしれん。それでも、やる気あるか。 正治 無茶をいわないでください。 天陽 僕はやりたい。お父さん、それでも僕はやりたいよ。僕が頑張るから、お父さんは今の仕事、続けてていいよ。僕がやる。 正治 天陽、みんなの事情も考えろ。 泰樹 事情なんか、糞くらえだ!大人の事情で、この子らがどうなった。この子らに何をやったんだ、大人が。今はせめて、この子らが何をやりたいのか、子供の話だと思わず、そのことをきちんと、大人訊いてやるべきだろう。 正治は無言で下を向く。 富士子 父さん。 陽平(天陽の兄) お父さん、天陽は本当に農業がやりたいんだよ。馬が死んだ時、1番悲しんだのは、天陽なんだ。 タミ あなた、あなただって、本当はここにいたいのよね。離れたくはないのよね。私たち家族の為に、諦めようとして、くれてたのよねぇ。あれだけの覚悟をして、ここまで来たんだもん。
そして、泰樹の呼びかけでだろう集まった人たちによって開墾が始まる。
山田正治 みなさんどうか、よろしくお願いします。 柴田泰樹 まずは、あの切り株を取り除く。それから、川上から水を引いて、この土の酸を洗い流す。まあそれには、何年もかかるだろう。何年かかっても、ここを豊かな土地に生まれ変わらせる。この荒れ地を、我々の子孫に誇れる、美しい、我が里の風景に、変えんじゃ。・・・ 」(朝ドラ『なつぞら』より)
チコちゃんのようなおかっぱ頭のなつ。ちゃんと刈り上げもしている。ちっちゃな胸にあった思いが、爺さんやなつを連れてきた家族と共に実現していく。天陽は、爺さんから馬を貰う。お金は、馬を育てて稼いだら、払えば良いという。なつは爺さんに抱きつく。どうした、なつ。と、言われ、なつは、お爺ちゃん大好きという。昭和の頑固爺さんは笑う。天陽もそれをみて笑う。そして、九年後、豊かに実った畑の中を、馬に乗ったなつが、天陽を訪ね、手を振る。その先には、天陽の笑顔がある。
北海道開拓に使った馬は、どさんこ。今、馬といえばサラブレッド。この生産も北海道がほとんどだ。今日は、3歳クラシック、第2弾皐月賞が中山競馬場で行われた。圧倒的1番人は、GTポープフルステークスを勝った、サートゥルナーリア。先週に続いてルメールが連勝するのか、今度も鉄砲での本番になった。一強なのか、それとも、三強なのか?
レースは、各馬スタートが決まり、1000m59秒1のやや平均ペースでランスオブプラーナが逃げる展開。2番人気ダノンキングリーと3番人気のアドマイヤマーズは好位の内内につけている。サートゥルナーリアは中段後方の外につけている状態。4コーナーでは、追い始めたルメールが大外から上がっていく。内を突く戸崎のダノン、中を突くデムーロのアドマイヤ。そして、川田のヴェロックスも飛んでくる。坂下から坂上直線の攻防で、デムーロのアドマイヤが遅れる。内のダノンにヴェロックスが競りかけ、その外から豪快に脚を伸ばすサートゥルナーリア。この3頭が固まってゴール板を駆け抜けた。1着サートゥルナーリア。2着3着が写真判定。そして、掲示板に審議の文字。直線で、ヴェロックスの進路が狭くなったことについてだった。つまり、1着のサートゥルナーリアが内にもたれたために接触したことが、審議対象になった。写真判定は、2着ヴェロックス、3着ダノンキングリー。4着アドマイヤマーズ。そして、審議は到達通り確定した。サートゥルナーリアは、ディープインパクト以来14年ぶりの無敗で皐月賞馬になった。これで、ダービーでも大本命になるだろうし、おそらく勝つだろう。やはり、母系血統が短距離のダノンキングリーと、アドマイヤマーズは、2000mの距離でこの結果だと、2400mの距離延長では苦しい。このままだと、ルメールが春のクラシック4つの内、3つは取れそうで、オークスは何に乗るのかで、4つ勝てるかもしれない。
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