断腸亭日常日記 2019年 1月

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年、2017年、2018年のスペイン滞在日記です。
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 2019年1月1日(火) 晴 12081

 早く目覚め、朝食は天ぷらそばを作って食べる。熊野古道の番組を観て、散歩に行く。橋から下を見たら鳥がいたが、川面が凍っていて、水の中に入れない。飛んで行った。いつも行く寺に寄る。門前に蝋梅があるが、蕾がだいぶ大きくなったと思っていたら、2つ3つと花が咲いていた。鼻を近づけてみると、強い香りがした。香水を作るならこういう匂いが良いと思った。自然なのが1番良い。神社は人が一杯で参拝をやめた。川沿いを歩いた。

 年明けは、スーパーも閉まっている。4日から開けるところもある。散歩していたら、今日も開けているところがあった。いつも行くところだったので、中を覗いてみた。コンビニだけが無休かと思っていたが、そうではなかった。最近は、人手不足で、わざと休むようにしているところが増えた。利用する方からすると、いつもと変わらずというのが便利だが、働く側からすると、正月くらいとか、お盆くらいという、思いがあるはずで、このずれの中で、揺れ動く。

 昨日の夕方、高円寺へ行って伊達巻を買ってきた。その前に駅に行き、30日に新幹線の切符の払い戻しをした。何故なら、遅れの影響で、大宮から上野・東京の間が詰まっていて、100分かかるので、在来線への乗り換えを案内していた。だからアナウンス通り大宮から在来線で帰ってきた。その払い戻しだ。1000円戻るかと思ったら、その半分くらいだった。それでも、伊達巻を買うたしになった。東京へ帰ってきたらもっと、暖かいかと思ったら、夜は寒いと思った。


 1月2日(水) 晴 10608

 朝食は納豆を食べる。それから、散歩に行く。お寺、神社でお参り。帰ってきてラグビーの大学選手権準決勝を観る。横溝の『獄門島』をBSでやっていたが、それは見ずに買い物へ行った。何もせず、ボッーとしていたい気持ちと、本を読んでいたい気持ちと、何処かへ行ってみたい気持ちが入り混じっている。

 「彼は主治医の東大、中尾教授が作ってくれた幾種類かの特別の薬を、几帳面に指示通り服用したが、決定的な治療法のない病気で、症状は徐々に悪化した。
 そして、昭和四十年七月二十七日の昼、ついに蜘蛛膜下出血を起し、二十八日には危篤状態におちいった。 (中略)
 主治医が臨終を告げたのは午後四時七分
 このとき、やはり臨終の座にあった角田喜久雄は、最後に乱歩が涙をぽろりと頬におとすのを見たといい、中島河太郎はそんなものは見なかったという。――『D坂殺人事件』で乱歩は明智小五郎に託していう。「ミュンスターベルヒが賢くも説破した通り、人間の観察や人間の記憶なんて、実にたよりないものですよ」
 三十日の告別式の後、遺骨は落合火葬場に運ばれ、荼毘に付された。名簿による電話の順番がヤ行のため、臨終には間に合わなかった山田風太郎は記す。
「暑い日だった。鉄の扉をあけて中の台を引き出すと、骨になった乱歩先生が現れた。寝棺に入れたときの姿勢のままで、頭蓋骨が転がり、その向こうに腰のあたりの骨が貝殻みたいに堆積している。
 やがて、安置場で壺に入れたが、大きな頭蓋骨は入りきらず、口から盛り上がっている。係員が遠慮会釈もなくふたで押さえると、あの数々の妖麗な幻想をえがいた偉大な頭蓋骨は、ガシャリとつぶれておさまってしまった。
『乱歩先生、永遠にさようなら』
 と、僕はつぶやいた。
 この日乱歩が尊敬した谷崎潤一郎が死んだ。
 タイプは違うが、江戸川乱歩は、最上の意味においての指導者であったこと、またそれゆえに多くの弟子に敬愛された点で、漱石に似ている。
 その翌年に大下宇陀児が死に、二年おいて木々高太郎が死んだので、「推理作家は五十音順に死んでゆく」というブラック・ユーモアがささやかれ、ヤ行の山田風太郎はひとまずほっとして、このことを横溝正史に話したところ、横溝は、「それならぼくは風ちゃんよりもまだあとだ」といった。」 ――山田風太郎『人間臨終図巻』七十一歳で死んだ人々。江戸川乱歩より――

 続きを僕が書くとすれば、二十一世紀のはじめの年、平成十三年七月二十八日、山田風太郎は江戸川乱歩と同じパーキンソン病を患い、肺炎のため乱歩と同じ日に、七十九歳で都内の病院で死亡した。そして、谷崎も横溝も七十九で死んだのだった。


 1月3日(木) 晴 11893

 昨日夕方、コーヒーを飲もうと外に出たが、1軒は休みで、1軒が18時までで、終わっていた。仕方がないので、タバコを買って帰る。朝食をとりながら、京都の和菓子の番組を観る。そこで、老松が出ていた。蘇(そ)という古代の日本で作られたいた、乳製品を使った菓子が紹介されていた。何年か前に、北野天満宮の秀吉が作った土塁で、紅葉を観た。見終わった時に、入場券についていた、お菓子の券で食べたのが、老松のお菓子だった。袋に入った生菓子に近いものだった。どういうものか忘れたが、とても美味しかったことを覚えている。記憶は、老松の菓子として覚えているので、それが何だったのか、忘れてしまった。

 テレビを観ていて、それを思い出したのだ。京都は風水の方位などを参考にして出来た街。神社仏閣も、その方位で作られもした。そして、その門前に、人が集まり店が出来る。花街もそうだし、それぞれの名物もまた、そこを中心に出来た。老松は、北野天満宮の門前、上七軒辺りに店をかまえるのだろう。お茶といえば、上生菓子。文化とは、様々なものと絡みつつ、発展していくことがこういう物を観ると感じられる。お茶も花も、当時の将軍や権力者と結びついて、栄えた。能などもまたそうだ。それが、徳川の時代になると経済力を得た庶民の文化が花開く。浄瑠璃や歌舞伎など。狂歌、落語、錦絵など。磯田道史が、いっていたが、駄菓子とは、砂糖を使ったお菓子が上等だった時代に、そうじゃない菓子のことをいった言葉だという。

 山田風太郎は、晩年インタビューを受けて、何冊も本を出している。その中で、世の中で1番悲しいことは、女優が年をとることだと、いっている。12歳で母親を亡くしたので、風太郎の中では、いつまでも若い母親のままだったのだと思う。だから余計に、そういう思いを抱いたのだろうと思う。母が死ぬ前の顔は、まだ昔の面影があったが、死んだあとは、さらに顔が変わり、他の人の顔のような感じになっていた。弟と二人で、死んでから顔が変わったといって、驚いたものだ。晦日の紅白を観ていて、ユーミンや桑田佳祐の歌声を聴いて、年を取ったなぁと思った。ユーミンは、昔から歌が下手だったので余計そう思ったが、桑田は、あの何をいっているのか判らない、歌い方で誤魔化していたので判りにくいが、息が続かない感じがした。でも、ユーミンが桑田にキスするシーンは、それ自体、二人が年を取った証拠のような気がしてしまった。

うきこともうれしき折も過ぎぬれば
ただあけくれの夢ばかりなる 尾形乾山(光琳の弟)


 1月4日(金) 晴 12244

 さっき、職場から電話があった。母親が死亡したことについての、社内の手続きなどをやって貰ったことを訊く。正月に撮りためたBLをレコーダーからメディアにダビングしたり整理している途中だった。京都や神社仏閣、料理、大谷翔平など。BSプレミアムで再放送した『人体』もダビングした。

 午後、新宿へ行き用事をすませ、買い物をして帰ってきた。晦日にやった、紅白の裏番組『孤独のグルメ』が面白い。今回は特別編成で、京都・名古屋編。京都でうな重にふられ、代わりに入った炭焼きの店で、ぐじの土鍋ご飯とみそ汁。それを待つ間頼んだのが、もち豚ロース、カキの塩焼き、焼きトマトとかぶら蒸し。お通しは、三種。さばの南蛮漬け。「この甘酸っぱさが食欲を前進させる。さば南蛮いけるいける」豚バラと壬生菜のさっと煮。「山椒か。うーん。東京では出会わないこのひと手間。まさに、おばんざいって感じ。良い店に出会ったかも。こういう豚バラの食べ方、初めて。良いな。」おぼろ豆腐のあんかけ。「へぇー、これも見るからに京都。こうすると豆腐もステージが一つ上がる。お通しが全部美味しい。これは期待が高まる」

 カキ、豚、トマトがやってくる。「まずは、おっほほ、これはこれは。うーん、いやいや、塩加減が絶妙。たまらんなぁ」とカキを食べる。「ネギをまとった豚ロース。見ただけで美味い。おーごめんなさい。食ったら見た目の三倍美味い。あの焼き台のマジックか。いや、大将の炭火使いだろう。ニンニク。このネギとたれ最高。鋭いパンチがボディーに食い込んで来る。めしの援軍が必要だぞぉ。土鍋ご飯、まだかなぁ。さて。トマトかける炭火イコール、熱っ熱っ、熱々トマト。酸味のある香ばしさ。面白いなぁ。」「はい、かぶら蒸しです。お熱くなっているので、気を付けてくださいね。」衝撃的なこの出会い!食べた瞬間、いきなり虜。「熱っつつつ。でも美味い。このうまみはどこから来るんだ。あーやさしい。うまさが心に浸みてくる。ん、なにかいた。ゆり根か。まだなにか入っているぞ。おっ、銀杏。いくつもの美味しさが小さな器の中で、熱核融合を起こしているようだ。とんでない、うまみエネルギーが口の中に放出されている。かぶら蒸し。アインシュタインもビックリだ。」「みそ汁失礼しますね。よいしょ。」「こちら土鍋ご飯になります」「おいでなすった。御大登場。舞台が整ったぞ。いかなるや、ぐじご飯。おー美しい。雅な風情漂うこの紅色」「ぐじを食べやすいように、よくほぐしてめしあがりください」「はい。おー、立ち登る香りだけで、すでによだれが鉄砲水だ。ぐじをよくほぐして、これぐらい混ぜればいいか。いいね。ぐじを多めによそって、よし。おー、おー、おー。これはまた。美味いなぁ。ぐじ美味し。土鍋炊きの銀シャリと炊かれると、もはや無敵の美味さ。この島国には、まだこんな美味い飯があったのか。俺の口が感動に打ち震えている。箸がとまらん。胃袋がもっとよこせと叫んでいる。京料理、恐るべし。あっというまに一杯が消えた。おかわり出来てよかった。なかったら、胃袋が暴動を起こしただろう。こういうのは、ぐじカキご飯。うっふっふ。いやいや申し訳ない。美味しすぎだこれは。やーはっはは。うーん、ロースを食って、ぐじめしで追っかけるのも、全然問題なしだ。ご飯は薄味なのに、全然この肉のたれに負けていない。てっいうか、この組み合わせ凄くいいぞ。繊細さと大胆さの融合。家で焼いても、絶対この味にはならないだろう。かぶら蒸しで、京都の夜を堪能している俺。年の瀬の京都。炭火で一人、じっくり、ほっこりか。たまらないなぁ。そして、美味い料理と向かい合える時間は、何事にもかえがたき幸せ。食べ終わるのが、名残惜しい。今年もどん詰まりに来て、素晴らしい美味しさに出会えた。京都の味の長い歴史が、ここには暖かく静かに引き継がれている。感謝の気持ちしかない。あーいい晩飯だった。ご馳走様でした」

 何なんだろうこれ。めちゃ食いたくなってくる。松重豊が、良い味出している。それから夜、名古屋のホテルに入って、翌朝は、名古屋名物の喫茶店でのモーニング。あんこトーストとコーヒー。仕事が終わった昼は、ひつまぶしを諦め、これも名古屋名物の台湾ラーメン。最後がようやくありついた、うな重。なんと食欲をそそる番組なんだ。

 北野天満宮に牛が寝そべっているのは、何故か。何故牛がいるのかなんてあまり考えなかった。正月、『ブラタモリ』とコラボで、『鶴瓶の家族に乾杯』で、太宰府天満宮をタモリが訪ねた時、菅原道真を祀っている太宰府天満宮は、道真の遺言で、自分の家から牛車に乗せて、牛が止まったところに墓をつくるようにいったという。今の太宰府天満宮の本殿には、菅原道真の墓があり、社内には牛が寝そべっている像が飾られているのは、そういう理由なのだという。アメリカ、ニューヨークのウォールストリートにあるのは、暴れ牛。資本主義の象徴だ。株式相場が強気になると、それを表すのは、牛である。弱気は、熊。何故強気が牛かといえば、牛が攻撃態勢に入った時、角を下から上に振り上げからだという。熊が攻撃態勢の時は、手を上から下に下げるので、弱気の相場の時に使うのだという。同じ牛を使っていてもまるで意味が違ってくる。あえて、闘牛の牛のことは、ここでは書かないことにする。


 1月5日(土) 晴 12357

 正月NHKでやった、『新春TV放談2019』で、『義母と娘のブルース』の綾瀬はるかが良かったといっていた。疑似家族の方が、家族愛を感じられたというような事を言っていた。それは、映画『万引き家族』でも同じことがいえ、家族愛の濃度が濃くなるという。ある意味屈折した日本社会が、反映されているともいえるなぁと思った。しかし、THさんの家族は、あれは小説になると思う。あのお父さんの話は、面白もの。父親として娘を思う気持ち、夫婦の関係性が濃いのだと思う。それは、下山さんのところも、本になるのと、ある意味、同じ要素があるのだと思う。親がいる時は、感じなかったものを、いなくなって感じるものがある。

 菊池雄星が、メジャーリーグ挑戦を正式に発表して、先日マリナーズへの入団が決まり、記者会見で英語で応答したというニュースがでた。大谷より、雄星の方が心配だったが、立派に英語が出来るなら、心配は半分以下になる。もっている才能を、メジャーでしっかり開花させてほしい。イチローと、チームメイトというのも素晴らしい。今年のメジャーリーグ中継は、大変だ。大谷に、雄星、ダルビッシュに、マエケン、イチロー。


 1月6日(日) 曇 13649

 夜になると寒く感じる。昨日は風も冷たかった。昨日の高校サッカー、青森山田対矢板中央は、2-1で青森山田が勝った。全3点は、いずれもロングスローからの得点だった。サッカーやっていた時、憧れたものの一つがロングスロー。30m40mも投げれたら、それだけで、相手は脅威だ。筋力だけでなく、腰の使い方や、肩甲骨の柔軟性がないと投げれない。大谷や、菊池雄星のように、体が柔らかくないとダメ。ああいうのを見ていると、羨ましくなる。サッカーって、足技だけじゃないところが面白い。これで準決勝は東北対決。秋田商は負けたが、ベスト8に、三校が残ったのは、東北のレベルが上がっている証拠だろう。


 1月7日(月) 曇 16768

 鳥取ではお盆に、精霊船を海に流す風習があるのだという。お通夜の時に、来ていた90歳の遠縁のおじさんは、お盆に船っこ流しの時、船に貼る戒名を毎年書いている。まだやっているのか訊くと、あとをやる人がいないので、まだ続けているといっていた。鳥取の船は、1人につき一艘で1年間の死者のもので、船っこ流しは、町内の過去の死者のものなので、戒名は一杯ある。それを一つ一つ筆で書いて行くのは大変だ。でも、そうやって1年に1回でも、必要とされている場所があるというのは、生き甲斐にもなっているのだと思う。人との関わりが希薄になると、年を取ってから張り合いもなくなって行くのかもしれない。

 正月明けに、電話で歯医者の予約を入れた。職場の人が、腰痛で休んだ。旦那もヘルニアで、パソコンに向かってばかりの仕事で、痛みが腰から首に来て、大変だという。高齢出産で子供を抱えて、老々介護みたいになっているようだ。立てないのに、病院へ行くといっていたという。そんな話を訊いて、腰痛体操をしようと思った。痛くなると、やっときゃよかったと、後悔する。後悔する前にやっておけば、腰痛になっても、治りが速いと思うし、重症にはならない気がする。今日から、出国税1000円取られる。これは、今日から買う切符などに上乗せされ徴収されるらしい。


 1月8日(火) 晴 9563

 吉田沙保里が引退を報告した。順当な事だと思う。伊調馨は、東京を目標に練習をして試合に出ているが、吉田は全くそういう話はなかった。テレビにはよく出ていたが。冬のスポーツで、男子ジャンプで連勝を重ねている小林陵侑。ワールド・カップ11戦8勝と絶好調。テレビで、ジャンプの大谷になりたいといっていた。岩手県八幡平市出身の22歳。所属の土屋ホームの監督は、レジェンド、葛西紀明。チームメイトには、女子の日本ナンバー2の伊藤有希もいる。今シーズン突然開花したのは、滑走中の姿勢を替えたことだという。年末年始のジャンプ週間では、4戦4勝。史上3人目の全勝優勝をした。日本人では始めてだという。新しい日本の星は、岩手の星だった。錦織圭も今年初戦で優勝。スポーツ界は、明るい話題で始まった。

 カルロス・ゴーンは、逮捕勾留から51日目の今日、公開の法廷で、無罪を主張した。始めに20年間の実績を強調して、「容疑はいわれのないものであることを明らかにしたい。日産に損害を与えていない。人生の20年を日産の復活にささげてきた。無実だ。埠頭に勾留されている」と語ったという。

 夢をみる 本を枕に 高いびき  風吟
 願い事 心かがやき 水ながる 風吟
 親と子は いにしえよりの 接ぎ木かな 風吟


 1月9日(水) 晴 10273

 昨日の朝は、もずく納豆。昼は、カレーを作って食べた。夜は、鶏肉の水炊きをポン酢と大根おろしで食べた。『サラメシ』は、ラーメンだった。札幌のタクシー運転手が紹介した店は、どちらも味噌ラーメンではなく、塩ラーメンだった。札幌近郊の当別町のなかむらという、こってりしおラーメン。そして、市内にある浜ちゃんぽん。イカ一杯が乗っている磯風味のラーメンだという。食べてみたくなるラーメンだった。でも、すみれの味噌ラーメンも食べてみたい。

 トイレットペーパーは、シングルとダブルの2種類あるが、関東ではダブルが売れ、関西ではシングルが売れているという。大阪は6割がシングルで、京都の割合が高く、1番高いのは奈良で、8割か9割がシングルだという。特に、デパートなどの不特定多数の人が利用するところではシングルを使うという。それはどれだけロールを回して使うか判らないので、シングルを使っているという。だが、原価はダブルの方が安いという。それでもシングルを同じ値段で売るのは、関西の消費動向があるからのようだ。

 鍋にポン酢を使うのは、関西が中心のようだ。魚や肉をあっさりさせるポン酢。肉を大根おろしで食べる時、ポン酢があると余計あっさりして好きだ。昼から上野に出掛け、ルーベンス展を観て、昼食を取り、国際子ども図書館で、『赤い鳥』展を観た。


 1月10日(木) 曇 11223

 今週BSプレミアムは、京都の特集。迎賓館、二条城、京都の洋館。それと伊勢神宮だ。朝食はカレー。伊勢神宮を観てから、タバコ屋へ行き、喫茶店で読書。

 私の記憶が確かならば、プラド美術館のルーベンスは、おっぱいから母乳を噴き出している絵を描いていた。国立西洋美術館で行われている、ルーベンス展にやはりあった。ヴィーナスがキューピッドに、おっぱいを押さえて母乳を噴き出させて、離れたところにいるキューピッドの口や顔に母乳をかけている。その横の絵は、牢獄に繋がれて、飢えに苦しむ父親に、娘がおっぱいを出して母乳を与えている。また、大理石の彫刻で、女神アフロディーテとその子エロス像がある。アニメ『フランダースの犬』のネロが、アントワープ(アントウェルペン)の(聖母マリア)大聖堂にある、ルーベンスのキリストが十字架にかけられている絵(キリスト昇架)と、十字架から降ろされている絵(キリスト降架)を観て感動する。そして、大聖堂のルーベンスの絵の前で倒れる。多分日本人にとって、ルーベンスって、この印象が強いと思う。ゴッホが参考にした光の使い方は、ある一方向からの光源に対して、陰影をつけている。涙の描き方など上手いし、写実的なのも好きだ。

 昼食後に、『赤い鳥』展が面白かった。明治時代に漱石の弟子の鈴木三重吉が創刊した子供向けの雑誌。北原白秋などの詩もある。それに曲を付けたのは、山田耕作。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が発表されたのもこの雑誌だという。そのあと、ここの子ども図書館で、鈴木三重吉の『古事記』や宮沢賢治やその他の本をサラッと読んだ。童話というのは、良いヒントだと思った。また、ここに行ってみたいと思った。


 1月11日(金) 曇 15585

 昨日の夜は、風も強く寒かった。今日の昼は暖かかったが、明日の夜は、予報によるとみぞれか雪が降るという。積もるかもしれないというが、そんなに長い時間降る予報ではない。この予報は、刻々とかわるという。どうなるか。競馬には影響が少ないだろうと思う。

 ポン酢と大根おろしも美味しいが、最近時々買って食べるのが、わさび菜。ちょっとピリリとからい感じがする。それが肉に合うと思う。それに、キノコなどを炒め、生のわさび菜を巻いたりして食べると食がすすむ。明日は、高校サッカー準決勝。先日の『COOL JAPAN』で、荒俣宏がいっていたが、日本人の技術って、遊びから始まっている。金儲けしようとかそういうことではないんです。からくり人形とかそうで、そういうところからこっていくんです、と。


 1月12日(土) 曇/雪 9916

 朝食を取って、外に出たら雪がチラついていた。寒い日の始まりだ。

 坂口安吾が読みたくて探したが、手に入れることが出来なかった本がある。『夢酔独言』勝小吉著である。勝小吉とは、勝海舟の父親である。「オレほどのバカな者はあんまりいないから、子孫のために話して聞かせる。よくよく戒めにするがいいぜ」と、江戸っ子のべらんべぇー調らしい。読みたくなる本だ。勝小吉のお爺さんは、検校で金貸し。それで蓄財して、武士の株を買い、息子が幕臣になる。検校とは、盲目の按摩などの位で、1番高い。座頭市の座頭は1番下だ。おそらく、この父からしか、海舟は出来なかったのではないかと思う。曲がったことが大嫌いで、筋が通らないと、喧嘩するようなところが、生き方に大きな影響を与えているのだと思う。


 1月13日(日) 晴 11044

 夜中、雪はあまり降らなかったようで、積もっていない。太陽が空に輝き、昨日に比べるとだいぶ暖かい。

 円谷(つぶらや)というと、二人が頭に浮かぶ。円谷英二と円谷幸吉である。英二は、先日那須川市に、ミュージアムが開館した。『ゴジラ』、『ウルトラQ』、『ウルトラマン』などを生み出した、特撮の神様。幸吉は、自殺した日に、オリンピック選手のプレッシャーや苦悩などと絡めて報じていた。東京オリンピックのマラソンで、国立競技場に2位で入って来たが、スタジアムで、イギリスのヒートリーに抜かれて3位銅メダルになったマラソンランナーだ。その後、当時の自衛隊体育学校校長から婚約破棄を強要された。これは、メキシコオリンピックを目指すのに邪魔だと判断されたためのようだ。今でいうパワハラが強烈なまでに、まかり通っていた時代の話だ。持病の腰痛があったりして、思うような成績が残せず、正月明けに自衛隊体育学校宿舎の自室で、カミソリで頸動脈を切って自殺してしまった。そのニュースを知った時、猛烈な悲しみと怒りのような物が、体を駆け抜けたことを思い出す。

 当時、円谷幸吉の遺書が、公開された。
父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
○○兄姉上様・・・美味しゅうございました。が、淡々と続き、ありがとうございました、お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。と続き、その子どもたちと思われる名前が、それ以上に続き最後は、立派な人になってください。と締めている。そして、
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。

 で、終わる。長距離ランナーの孤独な死。川端康成はこの遺書を「千万言もつくせぬ哀切」といい、三島由紀夫は「壮絶な武人の死」と評した。ライバルだったメキシコオリンピック銀メダリストの君原健二は、この事件に強いショックを受けながらも、スポーツ界に一石投じるだろうが、おそらく何も変わりはしないだろう。と、日記に記したという。実際そうだったことが、去年のパワハラ問題に繋がっているのだろう。子どもの頃、最も熱狂した怪獣と円谷英二。そして、東京オリンピックで最も印象的だった円谷幸吉。二人の円谷(本名は、どちらも、つむらやと、読む)は、同じ福島県岩瀬群那須川町(現・那須川市)出身というのも、不思議なようで不思議ではないのかもしれないと思ったりする。


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