−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
por 斎藤祐司
過去の、断腸亭日常日記。 −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年のスペイン滞在日記です。
8月1日(月) 晴 8901 マドリードにて
サンタンデールからマドリードに戻ってきた。闘牛は耳が出なかったが良い闘牛が観れた。メンドーサもタラバンテも質の高い闘牛をしていた。ダニエル・ルケのバンデリジェーロに付いていたのが、ポンセの所に長いこといたマリアノ・デ・ラ・ビーニャだった。朝、サンタンデールの駅でペドロと会った。挨拶したが、「オラ・アミーゴ」と、手を出してきたので握手した。3日には勿論ウエルバに行く。ホセ・トマスの泊まるホテルを訊いたら、闘牛場沿いの近くのホテルと言っていた。ホテルの名前を覚えていないのがペドロだ。そして、何年も前のホセ・トマスのプエルタ・グランデの時にペドロが担いでいた写真をくれと言われた。俺の顔を見ると何年たってもそのことを忘れずに、必ず言うのだ。
これから三木田さん夫婦と昼食を取りに行くので、この辺で止めておく。
8月2日(火) 晴 9012 セビージャへ向かうAVEにて
荷物をまとめて預けて、アトーチャからセビージャへ向かっている。昨日は、サンタンデールからマドリードへ戻り、昼食を三木田さん夫婦と取り、コルテでおみやげを買って、夜はY君と会って夕食を取った。メルルーサでガンバスを挟んだ物が1番美味しかった。こういうのを食べるとスペイン料理は良いなぁと思う。鍋で炊いたような、オジヤ風の米料理も美味しかった。あれでお腹が脹らんだ。寝るときはお腹一杯で苦しかった。最近、間食を取らないので、こういう風に寝るときにお腹一杯になっても朝起きると空腹で目が覚める事が多い。目覚ましが必要がない。腹時計で起きてしまうからだ。
三木田さんは、震災の時に日本にいて広島から東京に向かう途中、名古屋で昼食を取っていたという。それから5時間以上遅れて東京に到着してホテルに移動するにも電車が動いていない。ちょっとして都営線が動いたが凄い混みようでどうしようかと、思っていたら東西線が動いて、1本で移動できて、運が悪いのではなく、運が良いのだと思ったといっていた。
それから、ホテルに戻ってから父親が死んでいたのを知ったという。1週間後くらいに知って、それからスペインに戻るまで全く予定が立たない状態になり、東京にいたそうだ。こんなタイミングで震災に遭い、そして、父親の死を知るというのも、不思議だ。電話で何度も連絡をしていたが、全然出なくてどうしたのかと思っていたら、その間は、火葬や葬式が行われていたという。起こるべき時に起きるのも人生なら、起こるはずがないときに起きるのも人生のようだ。
スペインに来ていると、日本の事を考えないから不思議だ。日本にいるときは、震災以降はそういうことばかり考えていた。次に仕事の事。でも、そういうことは、スッポリ抜けている状態。それでも、震災の本を読んだけど。悲しくなることが多い新聞の記事も読まなくて済んでいる。競馬のことも頭からまるっきりない状態になっている。これが良いのか悪いのかは判らないが、少なくても気が楽だ。
今は、闘牛のこと、スペインの事だけを考えたい。それでも日本から持ってきた本や雑誌を読んでいる。でも、現実の動いているスペインでも移動や生活を見つめていたい。セビージャに着けば下山さんが待っている。マドリードでは、くまさんを初め、知り合いに色々会って話した。話をして、色々な情報を訊くことが出来た。再会して楽しく過ごせたのが1番。嫌な思いをする人とは会いたくない。それは日本にいても、スペインでも一緒だ。
下山さんとはゆっくり話したい。馬鹿話でも、闘牛の話でも何でも良い。サエラの東北地方の民謡を聴いたり、ボブ・マリーやクラプトンを聴いて日記を書いているが、サエラの民謡を聴くと落ち着く。ディランもそう。ボブ・マリーやクラプトンを聴くとエネルギーが湧き出てくるような感じになる。
8月3日(水) 晴 7890 ウエルバのホテルにて昼飯前に記す
朝セビージャからウエルバに移動。直ぐにホテルに向かう。11時にはチェックイン出来た。そこで日記を書き始めることにした。昨日は、マドリードからセビージャへ来て、サンタ・フスタで落ち合って、ホテルへ。ホテルにチェックインしてまゆみさんが子供を迎えに来て、昼食は生徒たちがやっているレストランへ行ったが、8月はバカショーネスで休みになっていた。カテドラル近くのバルで食べて、一旦別れホテルに戻って休んだ。それから夕食は、ベティスのイタリア・レストランへ行ってスパゲティを食べた。
下山さんは疲れているようで、今日のウエルバ行きを心配していた。来さえすれば、僕のホテルへ泊まっても良いのでそのことを言った。後は一緒に来るYさんが泊まるところだけだが、それはどうなるか?それはそれとして、いよいよホセ・トマス。ペドロがちゃんとプエルタ・グランデ出来ればいいが、そうでなくても、ホセ・トマスはホセ・トマスの闘牛をしてくれれば言うことはない。
TAMAさんからも、電話が来るだろう。昨日久々に日本のニュースを観たら、なでしこが国民栄誉賞受賞のニュースを観て嬉しかった。また、悲しい知らせでは、元日本代表のDF松田選手が練習倒れて心肺停止状態で救急車で病院に搬送されたニュースは非常に悲しい気持ちになった。そろそろ日本食が食べたくなってきた。明日は早くウエルバを立ちマドリードに戻りそのまま飛行機に乗って日本へ戻ることになる。
8月4日(木) 晴 8901 ウエルバのホテルにて
ホセ・トマスを観た。今回は2回とも耳1枚だったが、観客はどちらも満足できる闘牛を見せてくれた。これから徐々に良くなっていくだろう。わざわざ日本から来てみたカイがあった。レアパレシオン(復帰)の衣装が、紫で月のデザインが入っていた。昨日が黄色という言うよりカラシ色の衣装。昨日も、コヒーダされたが大丈夫だった。このまま無事にシーズンを終えて欲しい。また、9月のバルセロナに来たいと思う。電車の時間が迫っているのでこれで止める。これからマドリードへ戻り成田行きの飛行機に乗る。
ウエルバのホテルからRENFEの駅に行くと、TAMAさんがカフェテリアは閉まっていると言うので観たら本当に閉まっていた。8月だからかどうか判らないが、仕方がないので電車の中で朝食を取る。食べているとTAMAさんが来たので少し話をした。でも、寒いので席に戻る。そして、眠いのでずっと寝ていた。首が痛くなってきたので起きたのが、マドリード到着1時間前。それで、電車の中で電源が取れるのが判ってPCを出して打っているところだ。俺も眠いけど下山さんたちはあれからセビージャにいつ頃着いたんだろう。
闘牛が終わってから渋滞で車が出せないので、中華を食べてコーヒーを飲んで0時過ぎに別れた。相当疲れていたようだった。ホテ・トマスの5頭目の牛は癖牛で、パセの時に飛ぶ牛で、危ないのと、エンガンチャする。それを調教するようになだめて、手の低い長いパセにするところが、ホセ・トマスの凄さの所以。闘牛をあまり観たことがない人なら気付かないだろう。でも、そういう風に気付かないに様に何気なくやるところがいい。いかにも俺はやってますよと言うのじゃ、どっかの変な闘牛士のようになってしまう。そうならないホセ・トマスが好きだ。
今年のスタイルは、チクエリナでもガオネラなどのカポーテ技でも、モリネーテやマノレティーナなどのムレタ技でも、両足を開いてやることが多い。一見足を開いてやると違和感を感じる。みっともなく見える。しかし、足を開くと言うことは、閉じて牛をギリギリ通すより危ないことに気付くだろう。多分、今年ホセ・トマスはこのスタイルを貫くだろう。もう、ホセ・トマスが今年良い闘牛をしていることは、彼を観た観客は知っている。
高い金を出して、闘牛場へホセ・トマスを見に来て喝采を受けて退場する。プエルタ・グランデじゃなくても観客は満足している。満足するには充分な闘牛の内容だ。大怪我をしないようにして欲しい。バルセロナでまた会いたい。
8月5日(金) 曇 12345 東京にて
何事もなく無事に東京に到着した。ドバイからの飛行機は空いていたので、横になって寝れた。成田ではちょっとだけお腹に入れようとしたら、和食ではそれが出来ず、寿司を4貫とみそ汁を食べた。家に着いたらそれでもお腹が空いてつけ麺を食べに行った。家では、地デジ対応出来ないのでTVが観れなくなっていたが、つけ麺を食べながらニュースを観ていたら、世界同時株安が昨日のニューヨーク発で起こっていて、円高のダブルパンチが日本を襲っていた。明けてニューヨークでは、予想指数より景気が回復していると出ていたので、この株安は落ち着くのかどうか?
取りあえずDVDの整理をして撮ってきた闘牛のビデオをダビングしようと思う。明日には、編集まで終えて、日曜日には上映会が出来ようになると思う。成田からは、仕事場、実家、の次に上映会の段取りなどを確認した。
8月6日(土) 曇 4567
録画が終わって編集中。朝5時に目が覚め、夕方前に眠くなって20時過ぎまで寝ていた。それから遅い夕食を食べ、風呂に入り編集を開始した。明日の準備は出来つつある。楽しみにしていた人もいるので現在奮闘中。準備を整えて明日に挑みたい。編集気付いたのは、バレンシアでコヒーダされたときにアレナまで起こしに行った人の中で黒い服を着て白髪の老人がいたが、アントニオ・コルバチョに似ていた。気のせいなのか?不思議な気分になる。
電話をかけたりして、明日の集合場所など伝えた。
8月7日(日) 晴 4567
家を出る前にゴロゴロと音が鳴っていたので、傘を持って出掛けた。電車が人身事故があったために遅れて、待つこと20分ぐらい。電車に乗ったら雨が降ってきた。新宿に着いたら土砂降り。地下道で移動して待ち合わせ場所に着き、それからまた地下道で移動して地上は少しだけ歩き、スペイン闘牛ビデオ上映会を開催した。今回は2部構成にして、1部は、バレンシアとウエルバのホセ・トマス。2部は、セビージャのフェリア・デ・アブリルのプエルタ・デル・プリンシペを2つ。フリと、マンサナレスのインドゥルト。マドリードのサン・イシドロからセバスティアン・カステージャの耳1枚と、マンサナレスとアレハンドロ・タラバンテのプエルタ・グランデをやった。
どちらかというと、ホセ・トマスに期待してきた人が多かっただろう。結果を言えば、マンサナレスとアレハンドロ・タラバンテのプエルタ・グランデが盛り上がった。特に今日やったファエナの中では、最後のタラバンテのファエナが1番良かったはずだ。良いものを見せることが出来て良かった。まだ、時差ボケもあって眠いので体に任せて寝ようと思う。
8月9日(火) 晴 41889/2
久々に仕事に行ったら、靴擦れを起こして足が痛くなった。スペインに行く前はその靴で何ともなかったのに、肉体とは正直なモノだ。拒否反応を示している。昨日9月のバルセロナの件で旅行会社に電話して本当は今日電話を入れる予定だった。疲れて寝ていたので、着信があったのに気付いたのが、営業時間が終わった後。しょうがないので明日電話する。遅い夕食を取って地デジが映らないのでTVを観れず、DVDでディランの『運命のひとひねり』を聴いている。王道として1番落ち着く曲。落ち着きながらも、静かに燃え上がってくる曲。おそらく人生の中で1番多く聴いた曲だ。
本屋で雑誌を買う。なでしこ関連のモノ3冊と、『東京人』フォークの季節。横にあった本が岡林信康の自伝のような本。これを買うとやっかいだから止めた。インタビューは、小室等、高石ともや、森山良子、遠藤賢司、南こうせつ、中村とうよう。タイトルで惹かれる記事は、「空飛ぶ中央線と葛飾のバッタ」。川本三郎がボブ・ディランから始まるを書いている。当時彼らは何を考えていたかを振り返っているのだろう。当事者たちの言葉が聞きたかった。特に、売れっ子歌手を拒否してフォークの方に戻ってきた森山良子の言葉には興味を覚える。あのまま、売れっ子歌手を続けていたら、今の名声はなかっただろう。
なでしこの記事を読んでいると、涙が出てくる。ソフトボールがオリンピックで優勝してフィーバーしたが、それは一過性のモノに終わった。だって覚えている選手の名前って、大車輪の活躍をした上野由岐子しか知らない人が殆ど。それで観客も入らなくなっていった。今回は、無料試合とはいえ、2万人以上が見に来ているし、知っている選手は、沢だけじゃなく、宮間、川澄、丸山、岩淵、大野、坂口、近賀、熊谷、石清水、海堀、山郷、福元などがなでしこリーグで活躍する。海外チームに籍を置く選手や移籍選手を除いても名前がこれだけ出てくる。あと22日後に始まるオリンピック予選は非常に厳しい日程だが、勝ち抜いて欲しい。
8月10日(水) 5486
今日も暑い東京。それでも電力消費は90%いっていない。相当節電に励んでいる成果だろう。東北復興のために、被災地を思い自分の出来ることを実践している。東京電力に電話して部屋の電力アンペアを変えて貰うことにした。電子レンジを使うとブレーカーが落ちることが何度もあってこれではまずいと思っていた。そしたら、電話1本でアンペアを変えれることを知ってそれをスペインから帰ってきて実行した。クーラーをす買っていない状態でブレーカーが落ちることは、まるで高田渡のアパートのようだ。
昼食を近くのファミレスで取り、『東京人』を読んだ。高石ともや、森山良子の記事を読む。インタビューをして記事を書いている人は、この特集では1950年代の人たちで、真摯にまじめに歌や歌手と向き合っている姿を読んでいて感じた。こういうインタビュアーが聞き手だという幸福が、彼ら歌手たちの幸福でもあると思った。高石ともやは、被災地でコンサートして歌ってきたと言う。おばあちゃんのリクエストで自分の歌じゃない森進一の『港町ブルース』を歌う。2番の歌詞に、
♪流す涙で割る酒は
だました男の味がする
あなたの影をひきずりながら
港 宮古 釜石 気仙沼♪
被災地の港が歌われたこの場所に来ると、被災者が涙を流したという。自分の歌じゃないのにこうやって歌って、それが伝わる。高石ともやはそうやって今も歌っているという。頭が下がる思いだ。高石ともやはいう。「シンガー・ソングライターは職業だけど、フォークシンガーは生き方なんです」と。色々人の中傷や嫌がらせにも、人を恨まず、自分の生き方をする。僕もこうなりたいと思う。人の中傷や嫌がらせにはうんざりする。でも、言いたい人には言わせておけばいいと、最近は少しは思えるようになってきたかな。
8月13日(土) 晴 39133/3
木曜日は土砂降りの雨で、雨宿りしたり、昨日は、部屋のアンペア変更の工事や、アマゾンからのDVDの配送などを受け取ったりで、色々あってHPのアップどころじゃなかった。夕方寝て、夜中に目が覚めた。こんなはずじゃなかったが、それから近所のファミレスに行ってスパゲティを食べた。それから届いたDVDを観た。1984年公開のフランチェスコ・ロージ監督の『カルメン』。公開当時観て気に入っている映画だった。上映時間が2時間半くらい。こんなに長かったかと、思ったが、オペラをスペインロケで全てこなすモノで、ロンダの闘牛場やスペインのアンダルシア(ロケ地、ロンダ、セビージャ、カルモナなど)の風景がふんだんに入っているのと、振り付けがアントニオ・カディスなので、彼の舞踏団も多数出演している。勿論クリスティーナ・オヨスも出ているが、何処に出ているのか確認できなかったが、第2幕の前の踊りだと思う。
舞台でのオペラ上演と違うのは、人々の喧噪の中で歌い踊っている所だ。この映画を良く作ったモノだ。オペラ界とフラメンコが合体してスペインで作られた事は、奇跡に近いし映画としても傑作である。映画の始まりが闘牛というのもインパクトがある。
12日ヒホンでホセ・トマスはアレハンドロ・タラバンテと一緒に出たが、また、耳1枚だった。タラバンテは耳2枚。
8月15日(月) 晴 26391/2
夜、洗濯するために外に出たら月が出ていた。満月なのだろうか、月が丸かった。遅い夕食を取り洗濯物を干して『カルメン』を観ていたら力尽きて、寝た。この暑さと仕事の疲れとで、バテているのかも知れない。扇風機の風が常に当たるという環境も良くないみたいで、喉が渇くだけでなく、体が風邪を引いたような状態を感じているようで起きたとき頭が痛い。
スペイン・フランスでは、今日が1番闘牛の開催回数が多い日だ。各地で闘牛が開催される。
8月16日(火) 晴 15750
今日も暑い。何人かに電話しているが通じない。ようやく1人と連絡が付いた。それも、携帯を無くしたか何かで変えたので番号で誰かというのが判らなくて電話に出たと言う。そういうこともあるのだなぁ。昨日今日明日と忙しいので、18日に連絡する旨留守電を入れた。それとポストを観たら、簡易書留の不在通知が入っていた。これも後日届けて貰うことにした。
8月19日(金) 曇のち雨 65442/3
連日暑く、その中を忙しくしている。ISOさんに電話したが3日前は留守電でその後が、使われていません。どうなっているの?メールしよう。9月のバルセロナ行きの飛行機の予約も済ませた。暑い中で闘牛士の怪我も多くなってきた。
昨日、なでしこが首相官邸で、国民栄誉賞を受賞した。今日は、国立でなでしことリーグ選抜の試合が行われる。菊池雄星が初完投で無傷の3連勝。盛岡出身。岩手の人たちの希望に繋がればと思う。
8月20日(土) 曇 38129
1番好きなつけ麺屋が10周年記念で半額セールを9月15日までやっている。11時の開店と同時に入店して食べたが、大盛りが腹にこたえた。食い過ぎ。11時4分には満席で店内には20人ぐらいの人が立って待っている。外にも一杯人がいる。こんな事やったら11時過ぎには行けないって事になる。
昨日の雨で、大分涼しくなった。まるで秋のような肌寒さを感じる。つけ麺屋のクーラーが利きすぎていて寒かった。こんな気候じゃ蝉もそろそろいなくなるだろう。夜になり、ISOさんから電話があった。日記を読んでいたようで、長話をした。直前に携帯を代えたので通じなくなって、昨日、寝ているときに、登録のない番号からの着信があって、それがそうじゃないかと思って電話をしたら通じず、夜になってかかってきた。
今は夏休みで、受験用の授業が増えて忙しいという。それも来週くらいまでで、夏休みが終われば、暇になると言っていた。コルバチョの話や、サッカーの話をした。なでしこの話も。ISOさんはここ1週間くらい頭痛がしてしんどかったと言っていた。俺の方も暑いので扇風機を体に当たるようにして寝たら調子が悪くなった。それで咳が出たりして不調。1時間くらい話したけどまた後で、ゆっくり電話しようと思う。その後、MEGUさんに電話した。この前は、万希ちゃんとも話をしたし、中村さんからも電話が来た。
明日は日曜日で、札幌記念がある。久々に競馬をしようと思う。
8月21日(日) 雨 6053
東京は小雨が降り続いている。地デジ対応はまだ出来ていない。せめて、9月のなでしこが観れるようにしたいと思う。ネットからのテレビが有力になってきた。業者を頼むにしてもそれが都合が良いようだ。なでしこの優勝特集の雑誌を読んでいると、希望が出ている。それぞれが出来ることをやっていくしかない。復興は未だ遠く、政治家は自分のことしか考えない輩ばかり。
8月22日(月) 雨のち曇 6789
雨が降り続いて、一気に秋のような肌寒さになった。クーラーがいらないほど寒い。寒くて時々咳が出ているが、明日からまた30度を超えるらしい。これで体調が戻ればいいが、悪くなると嫌だ。
人から後ろ指を差されるような事をやった覚えなどなくても、人は後ろ指を差そうとするモノ。そういう人たちには、裏切られた思いがするが、ある意味、仕方がないのかも知れない。あえてこちらからは説明はしない。嫌いなら嫌いで結構。俺は俺のやり方でやっていくだけだ。と、最近は思えるようになってきた。嫌な人とは、仕事以外では、関わりたくない。
19日シウダ・レアルのホセ・トマスのファエナをネットで観た。段々ファエナがスアベなってきているように思った。1ヶ月後のバルセロナが楽しみだ。その頃には、最高の状態になっているような気がする。おそらく今のホセ・トマスなら、ないも考えずに牛に向かっていれば、それだけで非常に上質な闘牛になるはずだ。そういう闘牛を観たい。
20日マラガで、セサル・ヒメネスがコヒーダされて、右膝の裏に角傷を受けた。どうやら片眼が見えない牛だった様で、平気な顔して牛に向かって行ったが、血が滲み出てきて痛々しかった。21日もクエンカに出場した。そのクエンカでダニエル・ルケが、ホセ・バスケス牧場の“カルセレロ”という名の牛(544キロ)をインドゥルトした。また、闘牛開催が最後になるバルセロナでは、アントニオ・バレラが、カタルニア州旗と同じ黄色と赤の横縞模様のムレタで耳2枚(耳1枚ずつ)取ってプエルタ・グランデした。
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