断腸亭日常日記 2017年 8月-9月京都旅行

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

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 8月27日(日) 晴 13016

 朝は、秋の気配を感じるようになってきた。蝉の鳴き声もだいぶ弱くなって、早朝の涼しさは心地よくなった。

 「大和魂」という言葉を初めて訊いたのは、藤猛だった。ハンマー・パンチで挑戦者をノックアウトして、リングの上で、たどたどしい日本語で、「岡山のばあちゃん、見てる?」といい、強いですね、とか、いわれると、「大和魂ね」といっていた。テレビを観ていて、「大和魂」って何?と、親父に訊くと、日本人の魂とかいったと思う。小学校に通う途中に、上映中の映画のポスターを貼っているところがあって、そのあと、日活のポスターに、『藤猛 大和魂』をいう映画が上映されている事が判って、無性に観に行きたいと思ったことを記憶する。

 ハワイの日系3世の藤猛は、日系2世で、子どもの頃からの知り合いのエディ・タウンゼント、トレーナーを訪ねる。80キロ以上ある体を見て、体重20キロ落としたらトレーナーしてやるといい追い返す。諦めだろうと思っていたら、何ヶ月後かに本当に20キロ落としてやってきてトレーニングが始まる。そして、世界チャンピオンになる。米兵あがりで、日本語がほとんどしゃべれない藤猛に、日本人に親近感を持って貰うために考えたのが、「大和魂」や「岡山のばあちゃん、見てる」という言葉だったという。日本で初めての外国籍世界チャンピオンになった。なお、藤猛がチャンピオンになった1967年12月に、『あしたのジョー』の連載が少年マガジンで始まる。

 大和魂という言葉が文献に初めて登場するのは、『源氏物語』第21帖少女(おとめ)だという。山本健吉の『いのちとかたち』には、第5章 和魂漢才 から 第10章 生きる力の根源 辺りまで、「やまとだましひ」のことが書かれている様だ。


 8月28日(月) 晴 12211

 昼前に病院へ行って、昼過ぎに国会図書館へ行った。THさんのお父さんが言っていた、成瀬巳喜男の『浮雲』を観るためだ。DVDとかの貸し出しは、理由が必要で、調査・研究の為に、具体的なテーマを書かなければならないとのだという。本の時は何も理由を書かなくて良いのに、どういう事と思ってしまった。2時間以上の映画で、原作が、林芙美子、脚本が、水木洋子。主演、高峰秀子、森雅之。戦中戦後の男女を描いている。原作も脚本も女性が書いていて、それを演じている高峰秀子が良かった。女性映画の名手と成瀬巳喜男監督はいわれているらしい。溝口健二とどう違うのか?1つ観ただけでは判らないが、確かに女の描き方は上手いと思った。長い映画なのに、小津の映画のように眠くならなかった。今度は、溝口の『祇園の姉妹』を観に行こうと思う。

 水木洋子の脚本は、初めてだと思っていたが、NHK大河ドラマ『龍馬がゆく』を担当していたようで、それは多分欠かさず観ていたと思う。司馬遼太郎原作で、この小説が出るまで、坂本龍馬がそれほど注目される歴史上の人物ではなかったはずだ。高知にある龍馬の銅像も小説の後だと思う。また、武田鉄矢を初め、多くの龍馬ファンを生んだが、それに脚本で貢献した人で、名前は知らなかったが、当時相当の人だったのだと思う。


 8月29日(火) 曇/晴 13033

 早朝、北朝鮮がミサイルを発射して襟裳岬の1180キロの太平洋に着弾した。こういう事を繰り返していると、大変なことになるかも知れない。滅茶苦茶な事をやっている。

 甲子園の高校野球は、史上最多のホームラン68本を記録した。その打撃中心チーム作りが進んだから。優勝した花咲徳栄は、全ての試合で9得点以上をあげた打撃のチーム。準優勝の広陵は、中村が6ホームランという大会記録と、最多安打、最多打点を記録した。昔のように雨以外続いた大会ではなくなり、休養日に投手を休ませるという運営方法に替わってきている。絶対的エースが5試合完投する高校野球から、金属バットで池田高校のやまびこ打線なったから打撃強化が続いている。今は、筋トレを導入して、その体作りから打撃が劇的に進歩している様だ。その結果がホームランの量産という形で現れているようだ。

 強豪の中国が参加していなかったが、14歳でITTFワールドツアー・チェコオープン優勝した卓球の張本智和。天才少年現ると各国メディアが書き立てている様だ。バドミントンの世界選手権女子シングルで優勝した奥原希望(のぞみ)。悲願達成。約2時間にも及ぶ大熱戦で初優勝。素晴らしいことだ。

「バドミントンの世界選手権(グラスゴー)は27日、女子シングルス決勝で世界ランキング12位の奥原希望(日本ユニシス)が同4位のシンドゥ・プサルラ(インド)を21-19、20-22、22-20で下し、悲願の金メダルを獲得。日本史上初の同種目制覇を成し遂げた22歳に対し、バドミントン界のOBや一流アスリートも「本当に感動した」「おめでとう、凄い!!」などと反応を見せている。

 日本バドミントン界の歴史を塗り替えた世紀の一戦は、ファンのみならず、アスリートにとっても高い注目度を誇っていたようだ。試合終了後、続々とツイッターで称賛の声が上がった。

 元女子バドミントン選手の小椋久美子氏は、「奥原選手! 金メダルおめでとうー!!最後まで良く走り抜いた。あの精神力。本当に感動しました」と女子シングルス史上2番目に長い1時間50分に及ぶ激闘を制したプレーに感嘆。潮田玲子氏とダブルスペアを組み、「オグシオ」として、全日本総合選手権5連覇、北京オリンピック5位入賞を果たした“大先輩”でも、その衝撃は大きかったようだ。

 女子レスリング選手の吉田沙保里は「おめでとう。凄い!」と笑顔とグッドサインの絵文字付きで投稿。五輪三連覇を果たしている“霊長類最強女子”も快挙を称賛している。

ファンからも温かい声「思わず感動して泣いた」「最後素敵な笑顔でした」 

 さらに、国際オリンピック委員会(IOC)が運営するインターネット動画サービス「オリンピック・チャンネル」も公式ツイッターで、「なんて戦いなんだ! リオの銅メダリスト、ノゾミ・オクハラ、おめでとう!」と日本オリンピック委員会(JOC)のアカウント付きでメッセージを綴った。

 試合直後の涙から一転、表彰式で満面の笑顔を見せた奥原も公式ツイッターを更新。「やりましたーーー! キツすぎて最後楽しかった。でもこれは歴代2位の長さです笑」と試合を振り返り、「日本は夜中でしたが、応援ありがとうございました。そしてたくさんの温かいメッセージもありがとうございます!全部返せませんが、いつも読んでパワーをもらっています」と感謝の言葉を綴った。ファンからは「決まった瞬間は思わず感動して泣きました」「最後素敵な笑顔でした」といった温かい声が寄せられている。

 ファンのみならず、同じアスリート、関係者にとっても、奥原の世界選手権Vは心に刻まれたようだ。」 ーージ・アンサー編集部よりーー

 一方、期待の女子ダブルスの高橋・松友ペアは銅メダルに終わった。残念。代わりに福島・廣田ペアが銀メダルになった。ニュースでも映像がないというはどういう事なんだろうと思う。ネットで中継されていたのかも判らない。


 8月30日(水) 曇 10507

 朝上野で、『藝「大」コレクション』を観て、新宿で用事を済ませ家に戻る。雲が厚く雨が降ってきた。練馬では、1時間に100mmの雨が降ったという。

 荒木経惟(アラーキー)が、陽子さんを撮する。その写真がやがて遺になった。若冲は、輪郭線を描かずに絵を描き、下書きもなく描かれた絵には、描き直した跡もなく、筆の美しい線と色で描写されている。鶏の羽も色の線で描かれる。それは、木でも草でも葉でも花でも虫でも同じだし、そして、葉の虫食いの跡までもそうやって描いている。

 「影のあるヨーロッパの絵に対して、影のない日本の伝統的な絵が、ものを客観的に凝視する一点で、いささか欠けるものがあったのではないか----漠然とこう感じてきたようだが、果たしてそうだったのかどうかを、私は疑った。もっとまっとうな理由があって、日本の絵には影を描かなかったのではないか、ではその理由は何だったのか、私は考えようとした。
 日本の絵と私は言ったが、それを私がまず問題にしたのは、肖像画についてだった。前章の終わりに私は次のように書いた。

 「人の絵姿を『影(えい)』または『御影(みえい)』というのは、そこに身体から遊離した『たましひ』の所在を認めたからだろう。画像それ自身が『影(えい)』なのだから、日本の画像は『影(かげ)』を描くことがない。言わば、『影』に『影』を重ねる事は、考えなかった。影を描き添えることは、対象から生命が脱けることだったろう。」

 一口に言えば、「影」とは「たましひ」を意味した。日本の肖像画は、その「かたち」、外貌(がいぼう)を超えて、「たましひ」、あるいは内面におけるあるものを捉えようとする。「影(えい)」とはそのことの意味で使われているのだろう。だが、このような意味では、草木虫魚、地水火風、存在するすべてのもの、すべての現象に、「たましひ」あるいは精霊を感じ取っている日本人のアニミズム思想から考えれば、人間の肖像だけでなく、あらゆるものに影をつける必要はないはずである。いや、影をつけることはタブーですらあったろう。」 ーー『いのちとかたち -日本美の源を探る-』 山本健吉 よりーー

 何故、写真を撮ることを、撮影というのか。その意味が上記に書かれているいる様な気がする。「影」を撮るからである。「影」=「たましひ」。この考え方は、江戸から明治になって、文明開化で一般的に写真が日本に広がったときに、写真を撮られると、「魂」を取られると怖がった人たちがいた。これはまさに、「影」=「たましひ」という考え方そのものだ。江戸川乱歩の『押し絵と旅する男』の中には、確か写真を怖がる人が出てきていたと記憶する。

 アラーキーは、陽子さんが亡くなったあとに、自分が撮った陽子さんの遺影を、あたしの最高傑作と、言っていた。アラーキーは、まさに撮影した。「たましひ」を撮ったと、感じたからそういうことを言ったのだと思う。

 若冲の筆捌きは、まさに神業に近い。技術的な凄さも相当な物だが、これだけの繊細な描写を間違えることなく、描ききる集中力を持続できることが、人間の限界を超えているような感じだ。ああいう絵は、おそらく、昼の明るいときに描いている気がする。ロウソクの揺れたりする灯りの中では、あの繊細さは表現できないような気がする。もし、夜に描いているとすれば、背景とか幹とかある一部の部分は描けたかもしれないが・・・。

 若冲は、自分の持っている技術と、色彩感覚などで、生き物の姿を写しとっていった。「たましひ」を描いていった。だから、絵には影がないのだと思う。山本健吉のいう「画像それ自身が『影(えい)』なのだから、日本の画像は『影(かげ)』を描くことがない。言わば、『影』に『影』を重ねる事は、考えなかった。影を描き添えることは、対象から生命が脱けることだったろう。」という考察は、卓見だと思った。


 8月31日(木) 雨 12191

 雨の朝、健康診断にいった。最後がバリウム飲んで終了。そして、下剤。今日は、バリウムの後、直ぐに下剤を飲まず、まず水分補給して駅に向かった。そしたらトイレに行きたくなった。胃に何も入ってない状態で、バリウムが入ったので胃腸が動いてトイレに行きたくなったのだろう。出たのは普通のうんこ。それから電車に乗って下剤を飲んだ。部屋に着いてから、食事を作った。次に行ったときは、下剤効果でバリウムが水状に噴射した。小笠原付近に台風が来ている。2日くらいに東京に接近する様だ。

 「決勝も1時間50分の死闘となった。体力的には限界を超えていたが、決勝の最終ゲーム15-15の場面で、奥原は笑顔を浮かべていた。「あそこまでは本当にキツくて、苦しくて逃げ出したかった。何度も心が折られそうになったんですけど、あそこで体が軽くなってきて、もっとできる、どこまでいけるんだろうとワクワクした。負けるイメージがまったくなくなって、あたしが勝つんだろうなと思っていた。おかしくなってましたね」と、“ゾーン”状態に入っていたことを明かした。」 ーーデイリースポーツよりーー

 最長で、73回続いたラリーがあったという決勝。ラリーが終わると、両選手とも肩で息をして膝の上に両手を置いている姿が続いた熱戦。「会場から声援が聞こえ、日本代表の朴柱奉ヘッドコーチ(52)から「絶対気持ちで負けるな」と叱咤(しった)された。」 ーー日刊スポーツよりーー そのあと、体が軽くなったのだという。

「 宗男 俺、思うんだけどよ。悲しいことはよ、降ってくるみたいにいきなり起きるんだ。どんなにきちんと、誠実に生きていてもよ。悲しいことや、嫌な事はいきなり起きる。どうしようもなく、起きるんだ。うでもよ、悲しいことから救ってくれるのは、人だよ。人間だ。立ち直らせてくれのも人だよ。うだからよ、誰かに助けて貰ったら、誰かを助ければいい。それでいいだよ。人を救うのは、人だよ。みんながそうすりゃー、世界は綺麗に回っていくよ。うだっぺ。 実 静かにうなずく。」 ーー朝の連続テレビ小説『ひよっこ』124話よりーー

 観客からの声援と、コーチからの言葉を、奥原希望(のぞみ)が受け取ったときに、化学反応を起こして「ゾーン」状態になって優勝したようだ。いいなぁこういうの。今日、ワールドカップ最終予選、日本対オーストラリアがある。今日勝てば本戦出場が決まる。どんな化学反応が起きるのか?そして大谷が、今年2度目の先発のマウンドに上がる。


 9月1日(金) 曇/雨 10523

 朝になり、バリウムの白から通常の黄色の排泄物に変わった。取りあえず、バリウムの詰まりがなくなったので、いつもの生活に戻る。昨日、大谷は突如崩れて、4失点。全然駄目だったといっていた。日本は、オーストラリアに、2-0と完勝した。若手の活躍で、ワールドカップ本戦出場を決めた。本田、香川は、ベンチにいた。40%行かないボール支配率で速攻がはまった。チームの意思統一が試合に反映された。

 国会図書館へ行って、溝口健二の、『祇園の姉妹』を観た。溝口の映画は、ワンカット・ワンシーンが代名詞で、冒頭から長回しのカットで始まる。小津の50mmのローアングルに対して、溝口の長回し。主演の山田五十鈴が栄(は)える映画だ。京都祇園で貧乏暮らし。姉は、長年世話になった木綿問屋の古沢が、店が駄目になって家に転がり込んでくる。それを嫌がる妹。落ちぶれた人を家に入れてどうする。姉に噛みつく。姉は義理があるから断れないという。だからいつまで経っても貧乏だと言い争うになる。姉は古沢を邪険にすれば、他の人に変な目で見られると嫌がる。妹は割り切りが良いというか現代風。何人もの男をだまして金を作る。

 ここで気づいたが、成瀬監督が男女を撮るときは、机で言うと90度に座っている処を横から撮って画面にするが、溝口の場合は、向かい合って座った男女を真横からではなく、どっかの顔をメインにして撮ったり、背中越しに撮って顔を写している。たぶん、その状況を強調するためのカメラアングルなのだと思う。話も、成瀬の『浮雲』がやんわりで、溝口の『祇園の姉妹』の方が、きつい。女のドロドロで嫌なところをハッキリ描き、なおかつ、弱さも描いている。祇園という特殊な社会だから、そういうのが描きやすいというのもあるだろう。

 成瀬の方は、戦中戦後の混乱の時期に、一般の男女を描いている。優しく時代に流されていく様を描く。それが憐れな結末になっても・・・。多分、溝口はこういうところを、「成瀬は金玉がついていないのか」といって怒っていたのだろう。しかし、小津は、激賞したという。それが成瀬が非常に嬉しかったらしい。小津は、自分が撮れない映画は、溝口の『祇園の姉妹』と、成瀬の『浮雲』といったという。

 1938年制作の『祇園の姉妹』。1955年制作の『浮雲』。脚本の依田義賢は、若くして祇園の話を書き、溝口も今まで描かれていなかった、祇園の女の生活をリアルに描いた。この映画は祇園では評判が悪かったという。リアルすぎたのかも知れない。それでも、戦前にこんな映画が撮れていたことは、凄いことだと思う。


 9月2日(土) 曇 9571

 秋の気配が強くなってきた。台風は動きが鈍く、これから雨が降るのかどうか?

 夏開催の競馬は今日明日で終わる。肉体がテーマのなので、昔は、身体観て1番興奮するのは馬だねといっていた。来ると思う馬が見えると、興奮した。馬券に直結すると思うからだ。今年は良い経験をした。ラス・ベンタス闘牛場のソルテオに通って、良い牛が見えてきたからだ。これは、新たな発見だった。馬の身体に興奮していた時の嬉しかったが、牛の身体に興奮する方が遙かに健全な興奮だ。それが見えたのが、テーマを肉体にしていていて1番嬉しかった。

 もうすぐ、京都へ行くのに、荷物の準備が出来ていない。手配は終わっているので、後は荷物だけ。明日揃えれば良いのだが・・・。それでも、今回は行くところは、初めての処が多いので、そちらの方の予備知識がほとんど入っていない。それを調べないといけないのだが・・・。


 9月3日(日) 晴/曇 9871

 秋篠宮家の長女の婚約発表の後、北朝鮮が水爆実験に成功と発表したというニュースが飛び込んできた。何なんだ!こういう状態だと大変な事になる。出来るだけ気にしないようにしよう。

 荷物をまとめた。明日から京都。色々観れると思うとワクワクする。


 9月4日(月) 晴 13352 京都のホテルにて

 雨の東京から京都へやってきた。駅でトギちゃんが待っていてくれた。それから、直ぐに案内してくれるという将軍塚青龍殿へ向かった。車で向かえに来ていたので山の上までは直ぐだった。それから銀閣寺近くへ行く。途中南禅寺、永観堂を通り岡崎を通った。この小学校が、僕の通っていた小学校で、中学が、岡崎中学で、沢田研二と一緒です。連れて行かれたのが、銀閣寺近くのおめん。偶然である。そこで昼食を食べて、銀閣寺を観る。トギちゃんは、子どもの頃遊び場にしていたのが、銀閣寺と哲学の道の脇を流れる川。よく魚取って遊んだんですよ。だって。銀閣寺も山の方から入ってクワガタを捕って遊んでいたという。

 桂離宮も、昔は柵がなくて近所の子ども達は遊び場になっていたそうだし、平等院もそうらしい。結構昭和50年くらいまでは、今観光地になっているところが、子どもの遊び場になっていたところが多いようだ。それからホテルまで送って貰った。これから、京都迎賓館の夜間参拝に行く。


 9月5日(火) 曇のち雨 20173 京都のホテルにて

 今日は、違うところに行く予定だったが、天気予報を観て、変更した。鞍馬寺から貴船神社に行ってきた。京都の来る前、知人と話をしていたら、このルートは山登りのような感じなので、雨降っていたらやめた方が良いという忠告を貰った。思い出にしたいんなら良いけどと、いうので、明日行く予定を、雨の降らない今日を行くことにした。行ってみて今日でよかったとつくづく思った。

 鞍馬で降りて、山門を通って金堂まで上り坂。何回休んだことか。息が上がる。京都へ行ったら1度は行ってみたと子どもの頃、思っていた処。義経供養塔もあった。金堂から階段を上っていく。汗がしたたる。大杉権現まで急な上り坂。ここで一息ついて、ここからが急な下り坂。貴船から登ってくる人は苦しそう。僧正が谷不動堂、義経堂。そこから西門へ。すると貴船。感想は、こんな処で剣術修行したら、それは平家も打てるでしょう。

 貴船川の水音を聞いていると、これだけ汗を流して登山したんだから少し贅沢してもバチは当たらないだろうと思った。昼食は、湯葉が入っている弁当を食べた。鮎の塩焼きもあり、最後は、湯葉の佃煮のお茶漬け。お腹が一杯になった。それから貴船神社と奥の宮まで足を伸ばし、それから貴船口まで歩く。へとへとになった。

 烏丸御池まで戻り、京都文化博物館で、「近代京都へのまなざし--写真にみる都の姿-」を観る。疲れた身体には甘い物と思って、四条でケーキとコーヒーを取った。それからホテルに戻ってきた。今日は本当に疲れた。京都迎賓館のことは、また、後日にする。


 9月6日(水) 曇 22782 東京にて

 京都から東京へ戻ってきた。今日は高雄へ行ってきた。高山寺、西明寺、神護寺の三寺である。世界遺産の高山寺。ここは、鳥獣戯画で有名だ。本物は展示されていない。確か去年、スペインに行っていたときに、東京国立博物館で、展示されていた。あるのは縮小された、複製。寺の中は、伊勢神宮の125社の中の伊勢にない神社の様に、さびれた寺だ。それが良いといえば、そうなのだ。それから歩いて、西明寺。ここは、紅葉が綺麗そうな処で、かえでが、多い。石塔が苔でおおわれている処が好きだ。

 そして、今回にのもう一つの目玉が神護寺。楽しみしていた。楼門までも階段が400段くらいあり、登って一休みして、書院前に行くと鹿のフンが落ちていた。お寺の人に、鹿がいるんですか?と、訊いたら、鹿もイノシシもいます。だって。まるで東大寺だ。ここに和気清麻呂の墓がある。将軍塚青龍殿は、桓武天皇と和気清麻呂が、この地で、この盆地に平安京を遷都することを決めたところだ。だから、神護寺に行ったら、墓を観てみたいと思っていた。しかし、これは山登りの様な感じで、15分くらい登って観た。ついでにと思い、性仁法親王の墓も観に行った。これも山登り。鞍馬寺を思い出した。しんどい。汗だくで、何度も休み、止めようかと思いながら、息が上がりながらようやく辿り着いた。もう座り込んで、汗を拭いた。金堂まで戻ったが、これだけで1時間くらいかかった。

 金堂には、源頼朝の肖像画の複製がある。山本健吉の『いのちとかたち』の第1章で書いているそれである。三像といわれるそれは、頼朝の他に、平重盛、藤原光能。本物は、京都国立博物館と東京国立博物館に分けて管理されている。マルローが頼朝像より、重盛像の方が素晴らしいと絶賛した。そして、この頼朝像は、歴史の教科書に載っている物だ。あくまでも「伝」として伝わる三像。

 そして、国宝、薬師如来像。なんとここでは、本尊を間近で観れる。何故なら本堂のお坊さんがお経を詠む処の中に入って観れるからだ。こんなお寺はあまりない。醍醐寺なんか、観光客すれしているので、絶対あり得ない。神護寺は、そういう意味でも、素晴らしい。地蔵堂の脇には、かわらけ投げの場所がある。『ちりとてちん』に出てくるあれだ。下りてきて、五大堂、毘沙門堂、大師堂。この辺は紅葉の時期は綺麗だろうと思う。堂の下が赤い土で良い感じだ。

 『ブラタモリ』で、京都をやったときに、2億年前、海の中にあった物が、プレートにぶつかって、陸になり、それがチャートなどになって盛り上がって、山などになった。丁度、京都盆地の東に東山。西側に愛宕山などの山脈がある。つまり、基本的に硬い岩盤の上に、木が生えているので、鞍馬山で観た、土の上に、杉の根がむき出て横に広がっていた。それは、下に硬い岩盤があるから、下に根が行けない為だ。それは、和気清麻呂の墓を観に行ったときも、鞍馬で観たと同じ様に根が土の上に出ていた。そういうことも感じられて、今回の京都はとても疲れたが、色々観て感じられて非常に面白かった。


 9月7日(木) 曇 22429

 昨日一昨日とホテルで朝食を食べて、鞍馬寺、神護寺と山登りしていい汗をかいた。昨日は13時過ぎまでお腹が空かなかった。あれだけ動いてこれだもの、身体をこうやって動かすのは良いなぁと思った。運動といっても普段は、歩く程度のもので、山歩きは出来ない。

 縄文時代の土器は、世界的に見ても異質だという。物を入れる器として考えるなら、何故、火焔型土器のような物が出てくるのか?もうすでに、紀元前2500~3500年には、デザインするという考え方が表現されている証拠として出土されている。URUSHI展を観に行ったときに、紀元前12000年に日本に中国から持ち込まれた漆の木が栽培され、漆を使った器が作られていたことが、出土されて展示された事で知った。

 NHK『GEO JAPAN』を観ていると、4つの大きな事件によって日本が出来たことが判る。大陸からの分離。小笠原諸島がある火山の列が日本にぶつかって2つの本州が繋がった。紀伊半島南部で起こったカルデラ大噴火によって地下に出来た巨大な花崗岩の固まりが、浮力によってその上にある大地を山岳地帯に変えた。熊野古道などがある地区。フィリピン・プレートと太平洋プレートに押されて、大陸プレートの上にある東日本に圧力がかかり山脈が出来た。

 オギュスタン・ベルクの日本論は非常に面白い。ベルグは、日本の国土の28%の平地に上に人が住み、山があることによって雨量が多く、四季がはっきりした気候を作ったという様な事を書いている。こういう事は、外国人のデータなど使った指摘によって、僕などは気づかされたが、その基本となる地形を、『GEO JAPAN』を観ると判る。実は、『ブラタモリ』を観て感じた解りやすさが、『GEO JAPAN』を観る助けになっていた。

 山があることによって1年を通して降水量が豊富になり、豊かな動植物を育んでいる。こういう土地は世界広しといえど、他にはないようだ。周りの海もまた多様な海の生物を育んだ。その大地で、縄文の頃から日本人は、独特の感性を持って漆や火焔型土器などを作り出した。こういう文化的な風土が、時代が経って平安時代、京都で花が開いていった様だ。


 9月8日(金) 晴 9717

 昨日は、東京ドームに行った。日本ハム対楽天戦。大谷翔平を観に行ったのだ。初めの打席でライト前ヒット。四球、二直、四球。2打数1安打だった。試合前に打撃練習で、オーロラビジョン直撃の推定140メートルのホームランと、オーロラビジョン越えの推定160メートルのホームランを打ったのだという。打撃練習でもそんな打球打つ選手は訊いたことがない。西武の菊池雄星が完封で14勝目をあげた。二段モーションで、不正投球と判断され、それから投球フォームを修正しての完封だ。自己最速タイの158キロの直球を投げたという。素晴らしいことだ。

 京都迎賓館の夜間拝観の抽選に当たったので、今回京都へ行った。その迎賓館には、懐中電灯を持ってくるように指示があった。中ってそんなに暗いのかと思っていたが、懐中電灯は必要なかった。デジカメで充分写真が撮れた。現代の匠立ちの作品を間近で見ることが出来て良かった。庭も良かった。建物や漆の長机など日本にしかない技術。截金(きりがね)という金を使った細工は、中国で生まれた様だが、今は日本にしかない技術になっているという。広間に飾られているつづれ織りの絵画のようだった。帰りに32分のDVDを観て迎賓館を出た。

 そこでようやく懐中電灯の意味が判ったのだ。京都御苑の中は、ほとんど外灯がない。月が出ているが足元がくらい。砂利道を歩くのに、必要なのが懐中電灯。照らして歩くと、遙かに歩きやすいのだ。こういう意味だったのかと笑ってしまった。だって、明るい通りまでは5分くらい歩くので、懐中電灯なのだ。


 9月9日(土) 晴/曇 20533

 太陽フレアの影響が懸念された電子機器やスマホ、PCへの影響はなかったようだ。南極では、緑色などのオーロラが観れたという。昨日の大谷は、2本ホームランを打った。試合後、栗山監督が、大谷の2本のホームランについて訊かれ、「普通です」といったという。2本ホームラン打って普通ってどういう意味なんだろう?4番の中田翔はあまりに打てなくて、代打を送られた。そういうのに比べれば、これくらい打って当たり前ということか、能力からいって、この結果が普通ということなのか?

 昨日から女子カーリング、オリンピック代表決定戦が行われている。5戦中3勝した方が代表になる。LS北見と中部電力。昨日はLS北見が勝ち、今日の午前中は中部電力が勝った。今、第3戦が行われている。北見に勝って欲しいが、なかなか力が拮抗している。3エンドで、3点スチールし、4-0と北見リード。


 9月10日(日) 晴 28114

 最近は、夜になると虫の音が聞こえてくるようになった。京都では、鞍馬、神護寺と、山を歩いたが、蝉の声がずっと聞こえていた。未だ夏の感じだったが、もう初秋である。もう少しすると丁度良い感じになるだろう。昨日、桐生が日本人で初めて100m10秒を切って、9秒98を出した。今日の新聞は一般紙も含めて、1面に載った様だ。今日から大相撲が始まった。4横綱の内、3横綱が休場という波乱要素の大相撲。

 LS北見が、オリンピック代表になった。決定戦は、中部電力を3勝1敗でくだした。北見のスキップ藤沢五月は、元中部電力のスキップ。勝った後に他の3人とマリリンと涙を流して抱き合っていた。その後、中部電力の応援団の処に行って挨拶をしていた。そういうことを判っている応援だから拍手が送られていた。勝負は勝負。人との繋がりとは、関係ない。こういうスポーツマンシップ感じる場面は素晴らしいと思う。オリンピックは初めてだが、世界選手権は初出場で銀メダル。苦しんだ分だけ、自信にもなるだろう。そして、今回は他の3人も凄く良かった。吉田姉妹、鈴木と自信がみなぎっていた。


 9月11日(月) 曇 22871

 昨日の小田急線、沿線の火事で、火が車両に燃え移った原因は、踏切で非常停止ボタンを押した為に、緊急停止装置が作動して、運転手の意志とは関係なく電車が停止した。運が悪いことに、停止した場所が火事現場の真横で、火が引火した。原因が分かったからには、今後こうならないように、対策をたてなければならないだろう。細かな消防・警察・行政の情報のやり取りや取り決めなどがあるようなので、話し合いも必要になって来るようだ。しかし、車両が停止してから、全員が車両から避難したのが30分後というのは、ちょっとビックリな結末だった。

 録画していていた、『ブラタモリ』を何本か観た。「田沢湖」を観ていて、なるほどと思った。大きなカルデラが出来てそこに水が溜まり、その後にこの内側に小さなカルデラが出来、そこが水深が深い300mになる。915年に出来た小さなカルデラ。陥没した境が、90度の崖になっている。地質学では、約1000年前をつい最近という。タモリが例えで、地球が出来て46億年。46億円あったら、1000円はたいしたことないでしょうと、いって、だから最近だという風に言っていた。魚の住まない湖で、養殖事業が始まるが、何をやっても魚が死んでしまう。栄養分が少ない湖でも、育つ魚として、姫マスが湖に放たれる。これが成功して、姫マスが名産になる。鮭科の淡水魚である姫マスは、刺身にしても脂ののりがさっぱりして、食べやすく美味しい。

 最近、分かった事があるという。大きなカルデラ湖の後に小さなカルデラ胡が出来たときに、大きなカルデラ湖から深い小さなカルデラ湖に水が流れ込んだときに、小さなカルデラ湖近くにある大きなカルデラ湖の底に川のように水が流れた跡が出来た。姫マスはそこを通り水深の深い15度くらいの処に住む。他の魚がいないので、酸素は充分あるし、1年を通じて一定した温度になるのだという。

 そして、田沢湖の水が流れ出る奥入瀬渓流。ここは、カルデラ湖の水が溜まり、一気に水が流れ出た時に出来たので、V字型に出来た川にはならず、U字という形になったのだという。川の横に遊歩道があり、バスなどが通る道路があるのはその為。底が広い。そして、この遊歩道には、300種類の苔が生息するのだという。中にある木の多くは、岩の上に生えている。何故かといえば、苔の上に種などが落ちる。そこには、水がある。そして、苔には抗菌作用があるので他の菌が少ない。地面の落ちると他の菌にやられて芽が出ない。それで、苔の上で木の芽がふいて育っていったのだという。

 こういうのを観ていたら、また奥入瀬の遊歩道を歩きたいと思った。今度は苔を観るルーペを持って行きたい。今年はもう大分寒くなってきただろうから、来年行ってみたいと思った。


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