断腸亭日常日記 2017年 2月-3月

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年のスペイン滞在日記です。
太字で書いたモノは2010年11月京都旅行。2011年3月奈良旅行東日本大震災、11月が京都旅行、2012年4月、11月、12月の京都旅行、2013年4月京都旅行5月出雲遷宮旅行10月伊勢神宮の遷宮旅行11月京都旅行、2014年5月6月、7月の京都旅行、2015年6月京都旅行、9月奈良・京都旅行、11月京都・滋賀旅行、2016年11月京都旅行滞在日記です。

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 2月25日(土) 曇 11169

 上手く行った良い記憶だけに意識を集中させる。ポジティブな事を残して、悪いことは忘れる。こうやって学んでいくんです。『奇跡のレッスン~世界の最強コーチと子どもたち~』タイガー・ウッズに最初にレッスンをしていたコーチ、ルディ・デュランの言葉。1番良い自分をイメージして、プレーするというのは、非常にポジティブだ。何かをするときは、こういう考え方が、重要なのだろうと思わせてくれる。


 2月26日(日) 晴 7438

 『奇跡のレッスン~世界の最強コーチと子どもたち~』で、ミスをしたときに、立て直す魔法の考え方。ルディ・デュランは、ショットの自己評価を、6段階に分けている。
1.とても良い
2.良い
3.まだ大丈夫
4.ぎりぎりセーフ
5.悪い
6.最悪

 1~4までが、良い評価で、5~6が悪い評価。4のギリギリセーフというのは、今までなら悪い評価になっていたかの知れないもので、それを、ギリギリで挽回可能なものとして、ギリギリセーフの評価にする。こう考えることによってプレー中に、ポジティブな気持ちに切り替えリカバリーしようというもの。様々な事へ対応するためには、頭を直ぐに切り換えて対応する必要がある。そのスイッチをこういう形で変えていく事によって対応しようというもの。


 成功の円。ノートに書いたモノを活用する。ライブラリーは、記憶→決断→コミット(宣言)→アスリート→気持ちの持ち方→保存→記憶(良い記憶)。これが成功の円。一打一打自己評価して、ノートに記入していく。悪いところではなく、良いところを記入する。

 「茶道は、雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である。そこから人は、純粋と調和、たがいに相手を思いやる慈悲心の深さ、社会秩序への畏敬の念といったものを教えられる。茶道の本質は、不完全ということの崇拝---物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。可能性を宿命とする人生のただ中にあって、それでもなにかした可能なものを成し遂げようとする心やさしい試みが茶道なのである。」  ーー『茶の本』岡倉天心著 第一章 茶碗に満ちる人の心よりーー

 ルディ・デュランの考え方は、具体的だ。哲学書だと、抽象的な事を、そういう言葉で語るのだろうが、それだと、ズレが出る。岡倉天心の言葉も、そういう哲学書に比べれば、具体的だ。それは茶道という具体的なものから語っているからだと思う。具体的なものの積み重ねが必要なのだと思う。だからこそ頼りになるのは、自分自身が記憶した良い記憶。

 レッスンの最後に、生徒がルディに訊いた。今までの練習の中で、ルディさんが特にやってきた練習方法は何ですか?私は今も、練習や試合が終わった後、自分が上手くできたプレーの数を数えています。家に帰ってから、もう一度考えて、次に繋がる良いことを、もう一つ見つけるようにしています。と、ルディが答えるところで番組が終わった。子供たちの目が輝いていた。


 2月27日(月) 晴 7134

 今日はリハビリに行った。先週とほぼ同じ事をやったのだが、療法士が腰の辺りを押さえていたが、骨盤を動かすときに、右側が動いていないですね。と、いい出した。いわれてみれば、左足の方に重心がいっている。だから左側の方が稼働しやすい状態になっていた。意識して右側を動かさなきゃと思い、相談で、手を足の付け根に置いて、骨盤を動かすようにすることにした。

 渋谷・円山町。大人のホテル街の街。しかし、昔は料亭や風呂屋が並んだ花柳街だったという。明治になって、神泉駅近くに泉が湧き、その水を使って風呂屋と、料亭を開くと、渋谷駅が出来て大繁盛。明治神宮の横に、軍事施設が出来ると、そこの人たちも常連客にますます栄えて、料亭と芸者が集まったのだという。それが、客足が落ちて、どんどん料亭がホテルに転業して、今の大人のホテル街になっていった。今でも4人の芸子が伝統を守っているという。観光バスツアーでの、芸事などを披露して、芸者遊びの敷居を低くするように努力しているのだという。

 円山町にはホテルの他に、クラブといわれる夜の顔もある。店の前で並んでいる客同士のトラブルがないように、店側が街に人たちへの配慮をしている。ふだんから、町内会との交流、祭りへの参加を欠かさない。そうやってお互いの信頼を築いて来たようだ。その他には、映画観もある。そして、映画学校。そういえば、米ちゃんがスペインで撮ってきた、スペイン初めての身障者ポルノ男優を撮った映画を観たのも、ここだったとBSのテレビを観ていたら思い出した。

 よく撮らせてくれたね。と、米ちゃんにいったら、2年間交渉したといっていた。米ちゃんとスペインで初めて会ったのは、ラス・ベンタス闘牛場。HPで知り合って、闘牛が観たいというので、会ったのだ。それから2・3年マドリードに住んでいた。2000年前後だった。アランフェス、アビラに、ホセリートとホセ・トマスの闘牛を一緒に観に行った。その頃から、映画に興味があるという話をしていた。それが、スペインから帰国後に映画学校へ行って、自主映画を撮るようになった。

 何年か前に、米ちゃんに、斎藤さんのドキュメントを撮りたいから、カメラ回して良いといわれた事があった。何撮るの?と訊いたら、HPを作っているところや、闘牛観ているところを撮りたいといっていた。でも、俺とっても誰も観る人いないでしょう。といって断った。それでも、撮らせて欲しいといっていたが・・・。


 2月28日(火) 晴 8603

 天気が良いので、洗濯したり、部屋の片付けをしたりした。医者に行って薬も処方して貰った。一日一納豆という仕事場の同僚と、先日話をしていた時のこと。今年の目標は、名古屋に行くことというと、どうしてと訊くので、NHKで『ドキュメント72H』という番組があって、そこに名古屋の喫茶店が出てきて、そこのコーヒーが、ドリップ式で、布でこすんだけど、コーヒーを入れていたんだよね。つまり二度コーヒーを入れているやつで、そのコーヒーが飲みたいなぁと思って。すると、なんていう店ですかというので、「コンパル」とかいったかな?スマホで検索すると、出てきた。あっエビフライサンドが美味しいらしいとスマホを見ながらいった。そこに行きたいんだよねぇという、明日行きますというので、何で?と訊くと、明日名古屋に行くので時間があったら寄ってみますだって。なんなんだよ。と、ぶつぶついっていた。

 それから数日後。名古屋から帰ってきた彼が、エビフライサンド、美味かったですよ。ボリュームもあって。エビフライがこう縦に入っていて、キャベツ、卵でくるんであって。というから、歯ごたえいいんだ、というと、そうシャキシャキして。14時過ぎに行ってお腹いっぱいになって、夜なんかそんなに食べたくなかったくらいだったから。だって。それで、コーヒーは?と、訊くと、味が深くて、コクがあって美味しいですよ。私好きですああいうコーヒー。だって。もうー。ますます飲みたくなるじゃないか!先に行きあがってとか思いながら、結構こういうパターンってあるんだよなぁと、思った。

 昨日、堀越千秋さんが死んだことを知る。井戸さんも死に、堀越さんも。スペイン関連で知っている人が死んでいく。マドリードに行くと毎年会っていた時期がある。アトリエの近くのヘレスのバルで、落ち合って飲み交わした。あのだみ声と、笑顔が残っている。フラメンコを歌うときの声量も凄かった。闘牛の話もした。パキーリなんかさ、剣刺しの後、牛の前に立て、手を右にやると、牛がそっちに揺れて、左にやると牛がそっちに揺れてばたって倒れるんだよなぁ。あんなやつ、いなかった。とか、クーロ・ロメロってさぁ、退場の時に座布団投げられるでしょう。顔に当たらないように頭の前に手をやって。あれがさぁ、三度笠を押さえてる渡世人みたいでさぁ。哀愁が漂っているんだよなぁ、とか、僕は闘牛の会の末席を汚している。斎藤君は、30年経った伝説になるよ、きっと。と、いわれたことがある。勿論、闘牛のことをいったのだが、そんなこと考えたこともなかった。そういう風に感じて貰えてなんて、ありがたい言葉だと思った。


 3月1日(水) 晴/曇 6370

 散歩に出掛けるなら明るい内が良い。暗くなると、植物の具合が見えないからだ。今日はいつもの道ではない処を歩いた。ボケの花や、梅、桜も咲いていた。名前の知らない植物の芽が紅く色づき、薄い桜色の花を咲かせていた。春の気配を感じた。昨日は散歩の帰り八百屋によって椎茸を買っていたら、オヤジがカリフラワー2個で100円で良いよ。というので、2個じゃ多いというと、1個50円、というので、買ってきた。生で食べるのが、ガッテン流。その通りした。今日は散歩の途中寄った八百屋で、カブとワケギを買ってきた。ワケギと椎茸と、カリフラワーの茎部分を刻んだものを炒めて、肉の添え物にして食べた。

 日曜日、THさんのテンタデロは上手いこと行ったようだ。動画がアップされていて、それを観るとシタールが良い。闘牛にとってもっと重要なものが、シタール(誘う)だと考える。コロカシオン(立ち位置)を考え、牛をしっかりシタールしている。その時、トケ(ムレタをゆする)もちゃんとやっているから、声を出さなくても牛が動き出す。ああいう事が、落ち着いて出来るというのが素晴らしい。動画は、一部しか写っていないかが、非常に良い感覚をもって出来ていると思って観た。公園などで日々練習もしていていたようで、それも動画にアップされていたが、教える人も良い教え方をしたんだろうと思った。

 そして、そういう人に感謝の気持ちを忘れないところも、上手くなる秘訣だろう。堀越さんいってたよなぁ。好きなことして生きていけるっていうのは、幸せなことだと。素直な気持ちを持っているから、今の環境を大切なものと感じていれるんだろうと思う。何故スペインに来たかということの目的が明確で、そのことを謳歌している。今の自分のファエナを出せたのだと思う。素晴らしい。色々良かったところを記憶して、また、練習すれば良いと思う。明らかに次に繋がるファエナだった。最後は肩車で退場した。プエルタ・グランデって感じだ。気分が良かったと思う。オーレ!


 3月2日(木) 曇/雨 7197

 朝方降った雨が一旦上がり、午後になりまた降り出した。出掛けようと思っていたが、天気予報を見ていたので、出掛けるのを止めにして散歩に行った。昨日の『ガッテン』の冒頭で、小野文恵アナウンサーが謝罪した。前回の番組で、「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」「不適切な表現があった」など約3分間に渡って行われた。以前、民放で、「あるある」と視聴者がいう番組があったが、その番組のデータがねつ造したものを使用したために、番組が廃止された事があった。その時、『ためしてガッテン』もデータ不正の嫌疑がかけられた事があった。だから、こういう風に冒頭3分を使っての謝罪になったのだと思って訊いていた。どうでも、良いような事といえば、そうかも知れない。こういう事を、気にする人もいるのだろうなぁ。まあ、関連する研究機関が気になるというのはあるかも知れないが・・・。「今後は一段と正確な情報の収集に努め、皆さんのお役に立てる番組を目指して努力してまいります」と、コメントした。伝え方の難しさがあるのだと思う。あることを強調すると、誤解を受けやすい事になる。


 3月3日(木) 晴 10513

 昨日散歩から戻ってきて、電話した後に、下山さんから連絡があって、夕方会うことになる。雨の中出掛けた。フラメンコの気分じゃないというのに、はめられた。結局フラメンコを見て飲んで食事。ファンというギターリストが上手いと思っていたら、有名な人だった。多分このグループは、ギタリストが中心になっているのだろうと思った。男性歌手のパルマが凄いと思った。それと若い女性歌手も違うこと出来そうな感じがした。ファンの嫁さんのショール踊りがあったが、天本さんと見たブランカ・デル・レイのショール踊りに比べるすべもない。あれはカポーテだった。当時のエル・フリのようだった。

 フラメンコ始まる前に、闘牛の話になり、THさんのテンタデロの話になった。下山さんが、シタールは良いんだけど、パセの時に足がバタバタするでしょうというので、あれは背が低いので、ムレタに合わせているとああなるんでしょうといった。それで思い出した。マンサナレス(父親)なんて、91年92年の頃ってシタールの時に、ムレタを体の前に出してなかったよ。というと、前に出していたのはセサル・リンコンだけ。というので、そう。ホセリートは牛の30cmくらいの処に立ってやったりしてたからあれだけど、オルテガ・カノはセサルと良くやってたから前に出してたけど。他はマンサナレスと同じで前に出してなかった。

 あれから25・6年経って、テンタデロでムレタを体の前に出してやっているのを観ると、それだけ闘牛というものが変わってきたことを感じる。今当たり前のことが、昔は斬新で革新的なものに、当時の観客は感じたのだ。勿論、今の闘牛士はこのスタイルが、当たり前の技術として闘牛場で披露されている。去年2年ぶりにスペインで闘牛を観たとき、そういう思いも再確認した事だ。極端な事をいえば、闘牛はシタールさえちゃんと出来ていれば、後はどうでも良いのだ。それさえ出来ていれば、後は何とでもなる。パセがテンプラールであろうがなかろうが、パセが長かろうが短かろうが高かろうが低かろうが、パセの後の牛の置き方がどうであろうが、最も重要なのがシタールだと思っている。後は経験だ。ビリヤードの名人の様に次の動き予測し置き方が判ってくれば、それは達人だ。

 アントニオ・コルバチョと闘牛場の隣の席で闘牛を観たことがある。その時、コルバチョは、パセの時に牛が闘牛士の体の近くを通さなければならないと言っていた。それは正しいと事だと思ったし、考え方が一緒だと感じた。下山さんがもう一つ言っていたのは、コルバチョは腕でムレタを振るんじゃなくて、中心をしっかりして、腰を回すようにしてムレタを動かすということらしい。それも同意する事だと思った。腕で振ろうとするより、そっちの方が理に叶っていると思う。ホセ・トマスが怪我で手腕が動かないとき、ムレタを持って20cm動くの確認すると、これなら闘牛が出来るといって闘牛をやったという。つまりそういうことなのだ。ムレタを体の前に出し牛に向ける。そこからムレタを振ろうとすると、タキージャドールが体に当たらないように外に一旦振り、それから体の中心点がぶれることなく腰で回す。理屈としてはそういうことなのだ。


 3月4日(金) 晴 8157

 買ってきたカブを塩麹で漬けて、それに芽かぶ(昆布)と唐辛子を入れたモノが、良い具合に漬かった。昨日、東急文化村で、河鍋暁斎展を観に渋谷へ行く。途中本屋に寄る。2つの本屋にはなかったが東急本店の丸善ジュンク堂に『月の裏側』 副題 日本文化への視覚 レヴィ=ストロースがあった。それで、他のレヴィ=ストロースの2冊も訊いたらあったのでそれも購入。美術展の売店で、カタログを買い。その売店で、江戸の本を3冊買った。杉浦日向子の漫画と、田中優子の2冊。それと初めの本屋で、『応仁の乱』を買う。

 河鍋暁斎展は、イルラエル・ゴールドマン、コレクションが中心のもの。去年、三菱1号館美術館でやった河鍋暁斎展は、明治時代に来日して色々な建物を建築したコンドル(弟子)との関係を強調したものだった。そして、今回の1番の目玉は、一休と地獄太夫の絵だ。一休との連歌問答で、悟りを開き、死後九相をさらすように頼んだという。絶世の美女にして、自ら地獄と名のり、着物には地獄変相の絵があったという。風太郎の『地獄太夫』にもある物語。室町時代の話で、応仁の乱前後ではなかと思われる。それをどう描いているかというのが、暁斎の腕の見せ所。

 京都・六波羅蜜寺近くに、西福寺がある。地獄絵・六道十界図、檀林皇后九相図がある。嵯峨天皇皇后・橘嘉智子。別名、檀林皇后。彼女が「この世は無常である」ことを知らしめんと、死後の自分が腐乱する様を描かせた。

九相図とは、屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画である。

1.脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
2.壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
3.血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
4.膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
5.青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
6.噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
7.散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
8.骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
9.焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。   ーーWikipediaよりーー

 いつか、8月の六道参りの頃に行ってみたいと思う処だが、去年現存する『九相図』の一つを観ている。河鍋暁斎の絵。江戸から明治にかけて活躍した浮世絵師であり、日本画家である。暁斎が描いたのは、地獄太夫の九相図である。

 今回は、九相図は展示されていない。そうではなく、地獄太夫と一休の生きている姿を描いている。絵は2つあるのだが、やはりポスターにもなっている絵が印象的だ。三味線を弾く骸骨の上で踊る一休を左に描き中央部に見返る地獄太夫を描いている。着物の袖には閻魔が描かれている。赤い色が印象に残る。それにより一休との対比も強調されている。

我死なば 焼くな埋むな 野に捨てて 飢えたる犬の 腹をこやせよ 地獄太夫(辞世の句)
一休宗純は、文明13年(1481年)、酬恩庵(京都府京田辺市の薪地区)おいてマラリアにより死去。享年88。臨終に際し「死にとうない」と述べたと伝わる。(Wikipediaより)
人の世むなし(1467年) 応仁の乱(日本史年の暗記法)


 3月5日(日) 晴 10313

 スペインで闘牛が始まった。オリベンサの闘牛場は満員になった。フリとフェレーラがプエルタ・グランデ。タラバンテが耳1枚だった。直ぐバレンシアが始まる。これから本格的な闘牛シーズン突入になる。中央競馬も、土日で牝馬・牡馬のクラシック、トライアルが行われた。牝馬は、ルメールのソウルスターリングが順調に勝ち、桜花賞に王手という感じ。弥生賞は、カデナ勝ち上がった。3月は、新人騎手がデビュー。新年度の始まりという感じだ。


 3月6日(月) 曇/雨 11008

 発表直前のサン・イシドロのカルテル情報がネットに載った。しかし、ホセ・トマスの名前はない。ヌニェス・デル・クビジョもビクトリアーノ・デル・リオの牧場も2回ずつ出るのに、そこに名前がない。期待は、失望に変わる。これじゃ、行く意味が半減する感じだ。これから8日発表の日に逆転で出場が決まるって事は、まずないだろうと思っている。シモン・カサスに失望を感じる。ただ1つ、コリーダ・デ・プレンサが未記入になっている。やるのか?やらないのか?定かでない。しかし、牛は?いないよね。


 3月7日(火) 曇/雨 10702

 昨日リハビリ中、ズボンの膝がやぶけた。いつもは、ウール系のものを着ていたが、綿のズボンだったからだ。腰痛は、少し良くなったり、また痛くなったりの繰り返し。昔みたいに、けん引したりはしない。関節を柔らかくする運動や筋肉を付けて、治癒させようという考え方だ。レヴィ=ストロースの『月の裏側』 副題 日本文化への視覚 は、非常に面白い。構造主義の人らしいが、ものの構造を分析して、その哲学を考察するやり方だ。

 例えば、ジョーゼフ・キャンベルの神話学では、神話はこういうものだというを提示して話が進められるが、レヴィ=ストロースは、アメリカインディアンの神話体系と、日本の神話の構造を比較して、日本の神話がインディアンの神話の原型になっていると言うことを、提示する。何故なら、構造がこうだから、時代的な差異もふまえて、日本の並列された神話が基になっているという、考え方。表層だけでものを捉えたり、判断しない。ものの構造がどうなっているのか、その構造でものを捉え、考えるというやり方だ。

 「戦後思想界を主導してきたサルトルの世界観---人間こそが唯一の主体として世界を意味づけ、歴史を形成する---を人間中心、主体中心に偏向した狭小な考え方であるとして批判し、人間を世界の一部として位置づけ、自然の摂理とバランスをとりながら共生していく文明のありかたを説いてポストモダンあるいはエコロジーとよばれるような新たな世界観への展望を開いたのです。」 ーー『100分de名著 茶の本 岡倉天心』よりーー

 サルトルを批判して名をあげたらしいが、そういうのはどうでも良くて、読んでいて面白い。楽しい。キャンベルとレヴィ=ストロースを足して2で割った様な本があれば、神話の世界がより広がっていくと思った。


 3月8日(水) 晴 12840

 雨上がりの後は冷え込んで寒くなった。最近は三寒四温ではなくなってきて、季節感が薄れたような気がする。それでも、花たちは思い思いに顔を出し始めている。切れていたいたパスポートを申請に行った。9時半前に着いて、終わったのは12時前だった。それから久々につけ麺を食べに行った。凄く混んでいて、並んだが、そういう店だ。食べている時に白人が7・8人並んだ。ネットとかで来ているのか、口コミか。中国人もいるし、オリンピックに向かってこういう風になっていくんだろうと思った。

 喫煙所での会話。自分右足短いですよ。だからこうやって立っていると楽なんですよね。というので、俺も左足短いんだよね。どうしたんですか?関節炎で。自分は、骨おったんですよ。あーそうなんだ。俺は骨おった事はないんだよね。心は折ったことあるけど。というと、くっくっくっく。笑いを堪えていた。

 サン・イシドロのカルテルが発表になった。ホセ・トマスの名前がない。ちょっと考えないとと思う。


 3月9日(木) 晴 10711

 色々考えた。1回行って、戻って、また行くのが良いのかも知れない。それでもこの1ヶ月で、ホセ・トマスの動向が分かるだろう。ヘレス、ニーム、レオン、バダホス。この辺りがどうなるのか気になる。

 チャンピオン・リーグで、トーナメント初戦敵地で0-4で完敗したバルサが、2戦目前にルイス・エンリケ監督がカンプ・ノウでやるなら、「相手がうちから4点を奪えるなら、うちは6点を決められるはずだ」と会見でいっていたが、本当になるとは・・・。現実感のない言葉だと思っていたが、結果は、6-1(2試合合計で6-5)で、準々決勝進出した。信じられないことだ。スポーツには、時々こういう信じられないことが起こる。試合後、ルイス・エンリケ監督、ジョゼップ・バルトメウ会長が、「この試合は永遠に記憶に残るだろう」と語ったという。少なくともバルサファンにとってはそうだが、他のファンからは、奇跡ではなく、悪夢だ。


 3月10日(金) 晴 15488

 夕方近くになって、東京国立博物館へ行った。春日大社展をやっていたからだ。ネットで知った、パスポートを申し込んだ。1年間有効で、特別展6つ観れて常設展は、何回でも入れる。それと、東京だけでなく、京都、奈良、九州の国立博物館に入れるものだ。なんだかんだいって、毎年京都へ行くと博物館にも行くし、東京でも何回も観るのでこれは得だと思ったのだ。去年は東京には3回か4回くらいと、京都、奈良に1回行っているので、絶対良い。

 20年に1度の式年遷宮があった春日大社。宝物も新しく奉納された。古い宝物などが展示されている。2つ書くと、刀剣と狛犬について。刀剣は、12世紀、13世紀のくらいものが展示されていた。チャンバラなどで観る日本刀とは反り方が違う。弓のように反っているのだ。14世紀とか15世紀くらいにならないと、チャンバラの日本刀にはならない。そして、剣の波紋。古いものには刃付近の研いである処辺りにわずかにあった。13世紀のものにはちゃんと波紋が見える。日曜美術館でやっていた日本刀を作っている人が、江戸時代の波紋を再現させたといっていたが、それは、日本刀が美術品になって波紋が消えたからだといっていた。その人、包丁を作る人の水に入れる処を観ていたら、切れ味だけを考えて作って包丁に波紋が出来る。そのことに着目して、作ったら江戸時代の波紋を再現できたといっていた。こういうのは訊いていたなるほどと思った。

 もう一つは、阿吽形。春日大社のものは、阿形が獅子になっていて、吽形は狛犬になっている。明確は違いは、角があるかないか。ないものが獅子で角があるのが狛犬。そういうものなのかと思った。これから、神社に行ったらそういうところも観ないといけないなぁと思った。帰りに般若湯が飲みたくなくなったので、買ってきた。

 サン・イシドロのカルテルも発表になって昨日からアボノが発売された。THさんが買ったようだ。まだどうするか決めていない。何か、こんな感じだとホセ・トマスは今年やらないか、やっても2・3回しか出ないのかなぁと感じでしまう。


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