断腸亭日常日記 2017年 11月 高野山・京都旅行

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年、2017年のスペイン滞在日記です。
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 11月13日(月) 晴 14322 高野山、宿坊にて

 滋賀から電車を乗り継いで、高野山に来た。麓の橋本までは電車で、その先は、この前の台風で不通になって、バスで来た。到着して直ぐに、宿坊へ行き荷物を置いて昼食を取った。これから金剛峯寺に行き、阿字観が出来るか訊いたら、13時半から出来るということだったので、申し込んでお寺を観た。狩野探幽の襖絵などがあった。また、日本で1番広い石庭、蟠龍庭は、2340平方メートルあり、140個の花崗岩が使われている。新別殿では、お茶と煎餅が無料で出されている。

 阿字観は、高野山東京別館で、やったことがある。でも、今日高野山で、教えてもらったやり方とは全く違うと言ってもいいくらい違った。①調身(ちょうしん)②調息(ちょうそく)③調心(ちょうしん)④出定(しゅつじょう)。高野山では、般若心経を唱えない。①では、姿勢を整え、肩の力を抜き、背筋を伸ばしゆったり座る。姿勢の整え方のやり方も教えてもらう。②鼻から3秒くらいで吸気し、ゆっくりと口から呼気する。③呼気の時、「あ」の声を出し、少しずつ小さくしていく。吸気呼気を繰り返し瞑想に入っていく。④瞑想から元の状態に戻り方。吸気しながら両方の手のひらを顔に近づけ、呼気しながら手のひらを下にして膝に近づけそれから腕を伸ばし、胸の前で手を合わせて合掌する。これを3回くらい繰り返し礼をして終わる。それからふくらはぎから足首にかけて軽く揉むように触り、血流が戻っていくのを確認する。それから手を畳に添えて、膝で立ち足に血が通ったか確かめる。それを繰り返して立ち上がる。

 そんな感じで、やっぱり、座禅よりも阿字観の方が、足が痛くなくていい。椅子に座ってやっても良いと、いうのだから嬉しい。こっちの方が俺には合っている。それから、奥の院へ行った。思ったほどではなかった、武将の墓などがあり、ここは敵も味方も関係なく受け入れ、沢山の墓がある。空海は、寛大だ。比叡山延暦寺は、他の宗派を排斥した。だから、親鸞などは今の福井の方に活動の場を移した。信長にも焼き討ちされた。最澄と空海の違いは明らかだろう。


 11月14日(火) 雨 15635 高野山、宿坊にて

 朝、奥の院の弘法大師御廟へ行く。6時から食事を捧げる儀式があるからだ。宿坊を5時半前に出て、着いたのが5時50分。誰もいない。お堂の中に坊さんが二人いた。トイレに行って戻ると、4人来ていた。女性が近づいて来て、初めてなのでここで待っていた方が良いのか、先に中に入っていた方が良いのか、来たらついて行っていいのか、分からないですが知ってますか?と、訊かれたが、こちらも初めてで分かりません。さっきお坊さんが二人いましたけど、などと話していると、お坊さんが来たので、訊いてみた。すると好きなようにして良いということだった。

 お膳を乗せた輿をを担いで、暗闇の中始まった。御廟橋を通り、聖域に入る。先頭のお坊さんは、下駄をはき、腰を担いでいる二人が草履をはいている。石畳の上を歩くのに、下駄の音がしない。草履のする音が出ない。御廟の中に入る。お供えの儀式が、厳かに行われる。そして、お経を唱える。終わったのが、7時過ぎなので、1時間くらいお経を唱えていたことになる。お経の途中、女性が焼香して合掌してお祈りした。なんだろう、お香を蒔くときの手さばきが、色っぽいというのでもなく、ワイセツというのでもなく、何か引き付けられた。お香が全体に蒔かれたので、煙が一杯出ている。お香の香りも漂う。次の人は蒔き方が下手なので、煙が出ない。ここは弘法大師空海の真言密教なので、3回焼香する。外国人観光客も二人いたが1時間無言でお経を聴いていた。

 宿坊に戻ったのは、7時半過ぎだった。それから朝食を食べて、朝ドラを観ていたら眠くなってきた。外は雨。この中を歩くのかと思うと、ちょっと憂鬱だった。でも大門まで行き、町石道が観たかった。それで歩いて行った。雨にけむる大門、町石道を観て、壇上伽藍に戻る。中門、六角経蔵、金堂、西塔、御影堂、根本大塔、三鈷の松。『ブラタモリ』でやっていた、空海が唐から投げた三鈷が掛かっていたという松で、ここに寺を建てることを決めた松。この松の葉っぱを持っていると幸せになれるというご利益があるという。松の葉は不通2つにあるが、3つあるとよりご利益があるという。それを探していたら、なんとあった。枯れた葉っぱだけど、しっかり持ってきた。誰も探している人がいなかったから、見つかったんだと思う。

 蓮池から国宝、不動堂を観て、お守りを買っていたら、大塔の鐘が鳴った。それから紅葉に誘われるように、蛇腹路を通り、昼食を食べた。食堂を探していたら、良い処があった。迷わず、かき揚げそば。海老、イカなどが入ったかき揚げそば。もう雨に濡れ、靴から浸みる。あったかいかき揚げそばが、体を温める。東海林さだおの文章の様に食べたかったが、モロモロにはならなかったが、フワフワを食べた。

 食後は霊宝館へ行った。運慶作の八大童子像(国宝)は、東京国立博物館の『運慶展』出展の為、なかった。金銀字一切経(中尊寺経)は、中尊寺でも観ているが、ビックリしたのが、義経が高野山宛に書いた書状が国宝になっていた。下手くそな字だけど国宝。伝源義経守本尊、千手観音菩薩像。のちに、名前が彫られた可能性があるらしい。面白いものでは、大塔を再建した平清盛が高野山に参拝した際に、弘法大師に出会ってそれで、厳島神社を再建することになった。それで、信心から、画材に自分の血を混ぜて描いたという、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅。そういう話があったというのは、初めて知った。他には、快慶の仏像があった。こっちは重要文化財。なかなか良い。運慶の様に動きがある。

 それから紅葉求めて散策を続け写真を撮ってきた。宿坊に泊まっているので、朝夕精進料理。そういうのも良いもんだと思う。


 11月15日(水) 晴 23130 京都のホテルにて

 今日は、坂本龍馬の誕生日であり、暗殺日だ。高野山から降りて、京都に戻ってきた。結衣さんと会うことになっていたが、昨日仕事が押しているということで、中止になった。荷物を預けにホテルに行くと、安いランチがあったので取ることにした。お腹一杯になった。それから泉涌寺・塔頭、雲龍院に行った。東福寺駅から歩いて行ったが、たぶん25分くらいかかっている。期待していた紅葉な残念ながら・・・。1番観たかった龍華殿の入口側の紅葉だ。それが、ほとんどダメで、葉の外側がうっすらと赤くなっている程度だった。それでも、好きな塔頭なので、ちゃんと見た。写経をする霊明殿。れんげの間、清浄の間、月窓の間、悟りの間、最後にはしり大黒がある部屋。帰りは下り坂なので、15分で駅に着いた。

 それからホテルにチェックインして、友達と連絡した。夕方になり、予約を入れていた滋賀の店に出掛けた。そして、さっき帰ってきた。おそらく、京都で同じ物を食べたら、1万5千から、2万くらいするだろう。でもその半分以下で済んだ。京都の有名な店で働いていた人が開いた店で、昼は、半年先まで予約が取れない処らしい。ほんまかいな。がっつり食べた感じと、美味しものが多かった。ご飯は土鍋で炊く。蒸らし前、蒸らした後、オコゲの3つの楽しみがある。子供の頃お祖母ちゃんが炊いたご飯は、薪などで炊いていたが、その時の味を思い出した。作意で、オコゲを作るのは技術。お祖母ちゃんのオコゲは、失敗。でも、あのオコゲも懐かしいんだけど・・・。焼き物は、たぶん、備長炭を使って焼いていた。魚の焼き物も美味しい。サンマの寿司、サバの寿司も、白味噌の椀も美味しかった。栗の素焼きというのは、初めて食べた。なるほどと思った。また、今風の工夫も感じられた。


 11月16日(木) 曇 20027 京都のホテルにて

 今日は再び、京都国立博物館へ行って『国宝展』第Ⅳ期を観に行った。火焔型土器、尾形光琳の『燕子花図屏風』、与謝蕪村など、第Ⅳ期にしか観れないものがあるからだ。蕪村の絵は、近くで観ると下手さが目立つ。しかし、遠くから観ると、味がある良い絵に見えるから不思議だ。光琳の『燕子花』は、金箔の屏風に型をはめて色を塗ったというやり方で描かれているのだという。えっと思うが、実家の商売が呉服屋である。反物にする着物は、染色される。そのやり方は、型を使って染色をする。それと同じやり方をしたのだという。東京で観た、酒井抱月の『燕子花図屏風』の描き方とは違うのだ。

 「芸術は爆発だ」の岡本太郎が、「何だこりゃー」を驚いたのが、火焔型土器。それ以前は、この土器を芸術品という見方が存在しなかった。教科書にも出ているこの土器は、今や国宝である。狩野松栄(永徳の父)の墨絵もなかなかよかった。永徳の絵よりは好きだ。それから博物館前で待ち合わせて、車で長岡京の光明寺へトギちゃんと行った。横に料亭があり、そこで湯豆腐付の食事を取った。京都で初めて食べたが、美味しかった。こういうのは、高校生で修学旅行で来て食べても、美味しいとは思わないと思う。

 光明寺は、良い色の紅葉が観れた。良い色の処、もう少しの処、まだの処。紅葉は難しい。ただ、ここは確かに人を呼べる紅葉が観れる処だと思った。トギちゃんは写真を一杯撮っていた。面白かったのは、紅葉の鉢を500円で売っていた。話しを訊くと、12月の紅葉の後に、楓の種を寺の許可を貰って取り、1・2月頃に植えて、4月頃には芽が出て、夏場の管理をしっかりすると、今の時期には、紅葉の鉢が出来るのだという。種の採取も、色々な処でするので、それを鉢に入れるときにバランスよく5本を一組にするのだという。そして、東本願寺の管理している、渉成園を観た。石川丈山の作った庭がある。いつも来よう来ようと思っていて来ていない処だった。ギリギリだったので、ゆっくり観れなかったが良い処だった。建物はめられたガラスが歪んでいた。これは、昭和30年頃まで使われていたガラスだ。こういう歪んだガラスを観ると、鈴木清順の大正ロマンを描いた映画を思い出す。そして、京都ローカルの小川珈琲でコーヒーを飲んでスペインの話などしてホテル付近まで送ってもらった。

 預けていた荷物を取る前に、喫煙室でタバコを吸っていると、知らない人から話しかけられた。神戸から京都に移り住んで12年。修学旅行のガイドをやっているのだという。京都が好きで、住んでいるけど、住めば住む程、京都が嫌いになってくると嘆いていた。生徒には、問いかけながら京都の面白さを伝えているのだという。その人が、京都で1つどうして観て欲しい処は、三十三間堂と断言していた。今回観たので、唸ってしまった。話が長く代わるホテルに着いたの遅く、それから夕食を取った。


 11月17日(金) 17808 東京にて

 夕方、京都から東京へ戻った。最後になった昨日のホテルは、駅から遠かった。朝食は、京都駅に荷物を置いて、四条の喫茶店で取った。それから、電車を乗り継いて、叡山電車で三宅八幡へ。そして蓮華寺を観た。小さな駐車場があった。入口も小さく、もう紅葉が観える。婆さんに拝観料を払って中へ。建物の中へ入ると庭があった。小さな池があり、楓が程よく色づいている。昨日、光明寺で観た紅葉の色を観ていて、トギちゃんに思わず、色っぽいってこいうことかも、と言ったら笑って、そうかも知れないと返ってきた。

 この池の小ささなどの感じから、長楽寺の相阿弥が作った庭を思い出した。静かで人がほとんど来ない庭なのに、何か落ち着く。それが長楽寺の庭。ここもそれに近いが、口うるさいお寺の人がいて、みんなに注意している。それに、思ったより人が多い。カメラオタクのような青年がバシバシ写真を撮っている。回廊で、写真を撮っていると、そこで写真を撮らないように。でも、良い庭だ。池には魚がいないが、透き通って綺麗だ。波もないので、水面に映る楓の色が鮮やかだ。入口付近の紅葉も鮮やかで、スマホで写真を撮っている。

 隣の神社の参道は、紅葉のトンネルと書かれていたが、全然だめだった。その隣に紅葉が綺麗なお寺が観えた。そこはガイドブックにも載っていない処。観れるのか分からないが、行ってみた。老夫婦がそこに入って行こうとしているので、訊いたら、住職が代わったので分からないと。ついて行くと、禅の修行の寺で、なんちゃらと、書いてあって、それでも拝観したい人は、一人500円程度のを入れて下さいと、書いてあった。横に竹筒がありそこにお金を入れて観ることにした。

 ここは、隠れた名所。建物も素晴らしいし、紅葉も良い。お堂のガラスに映る紅葉がまた綺麗。お堂からの紅葉も美しい。新しいものを発見した気分になった。老夫婦の婆さんが、昔は100円だったけど・・・。と、言っていたが、ここはいくら入れても構わない。何故なら人がいないからだ。見に来た人の良心に託されているのだ。こういうお寺があったんだと思いながら駅への帰り道、石の壁とコンクリートの地面の間から大きな草が生えていた。こんなに環境が悪い処で、こんなに大きな葉を何枚も出している姿を観て、この草の逞しくに感心した。俺もこういう風に逞しくなりたいと思った。

 いにしへも 今もかはらぬ 世の中に こころの種を 残す言の葉 細川幽斎


 11月18日(土) 曇/雨 17329

 高野山の宿坊で食べた、高野豆腐が滅茶苦茶美味しかった。高野豆腐の煮物。包丁の跡が残るそれを一口食べると、口の中で溶けていく。こんなに美味しい高野豆腐があったのかという、感動が口から脳に伝わっていく。目に水分が供給されておそらく輝いているのだろう。顔に笑みが浮かぶ。そして、お土産屋で高野豆腐を買ってきた。それも2種類。1つは、0.5cm角の小さなもの。これはみそ汁などに入れて手軽に食べられる。煮物にも使える。もう1つは、高野豆腐の粉。どうやって使おうか?これも楽しみだ。田舎では、高野豆腐とは言わない。凍み豆腐という。田舎では、凍み大根というのがある。これが煮物とかに入れると滅茶苦茶美味しい。これだけ食べていても幸せな気持ちになる。

 あえいうえおあお かけきくけこかこ させしすせそさそ たてちつてとたと ・・・。

 「 穂波孝 『おじさんの傘』を読む予定でしたが、変更します。 父親 あれは。 穂波孝 僕の夢。穂波孝。僕の心には、いつもぱっかりとした空間がある。だから僕はこの世に完璧なんてないことを知っている。いつだって世界はどこかで戦争はあるし、給食はおいしい日もあればまずい日もあり、女子はすぐに誰かをシカトし、先生は目立つヤツばかりひいきする。でも四年生になって僕は少し未来に希望が持てるようになった。それは、《メビウスの輪》を知ったからです。こんな完璧なものが存在するなら、完璧な幸せもどこかにあるかもしれない。そう思えるからです。だから、もっと勉強して、そして数学者になって森羅万象を知り尽くし、世界中の誰もが完璧に幸せなる、完全基本定理を発見したい。 福島邦夫 すげーな。 穂波孝 もちろんその前に、数学オリンピックで金メダルを取り、数学のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞も取る。そういう夢に向かって、僕はこれからも進んでいきたいです。 (小学校の卒業文集を閉じる) それから、35年。数学オリンピックも、フィールズ賞も、夢はかなわなかった。でも、世界中を完璧に幸せにする夢だけは、これからも追い続けていくつもりです。 東原正規 いいぞ、数学馬鹿。 観客拍手。」 --NHKドラマ『この声をきみに』より--

 「佐久間宗親 最後は私の朗読です。この詩を、何度も読んだ人と朗読したいと思います。京子先生。 江崎京子 いや、私は。(首を振る) 穂波孝 先生こそ、ひねてないで、もっと自分に自信をもって。 京子 はい。 佐久間 お願いいたします。 京子 うなずく。 佐久間 言葉は、優しく美しく、響き良く。美しい言葉は、相手に気持ちよく伝わる。 京子 響きの良い言葉は、相手の気持ちを和やかにする。 佐久間 言葉で語り、言葉で受け応える。 京子 言葉で励まし、言葉で礼を言う。 佐久間 よく分かる言葉ほど、嬉しいものはない。優しい言葉使いは 京子も加わって お互いの心を結びつける。 磯崎泰代 先生たち楽しそうね。 柏原喜巳子 ええ、ちょっと焼けるわ。 佐久間 言葉は、いつも一緒にいる。 京子 言葉で動き、言葉で喜ぶ。 佐久間 言葉で嘆き、言葉でうなだれる。 京子 美しい言葉は 佐久間が加わり 相手に気持ちよく伝わる。 佐久間 響きの良い言葉は 京子が加わり 相手の気持ちを和やかにする。 観客から拍手が沸く。」 --NHKドラマ『この声をきみに』より--

 「 穂波孝 結局京子先生は、一度実家に戻り、長い間疎遠にしていた家族と、しばらく一緒に暮らすらしい。 金曜日の朗読教室 誰かに会いたくて、何かに会いたくて、生まれてきた。そんな気がするのだけれど、それが誰なのか、何なのか。会えるのはいつなのか。お使いの途中で、迷ってしまった子供みたい。途方に暮れている。それでも・・・ 穂波孝 またここに戻ってくることを、みんな信じている。 朗読教室みんな だから、会いたくて。

 そして、春になり。 穂波孝の講義に京子が訪ねてくる。 穂波孝 最初に授業を始める前に、新入生の皆さんに一つ、大先輩の言葉を贈りたい。数学や文学や芸術で最も大切なものは、美と感動だと思う。これらは、金儲けに役立たないし、病気を治すにも、平和を達成するのにも、犯罪を少なくするにも、ほとんど役立たない。しかし生まれてきて良かったと、感じさせるものは、美や感動において、他にはないだろう。 京子と目が合いうなずく。 穂波孝 君たちはこれから物の形や繋がり方について、徹底的に考えることもあれば、眼に見えない高次元や虚数の世界を、時に虚しく感じてしまうかもしれない。だがどの探求も、究極には人の喜びの為にある。 ・・・ 穂波孝 子供の頃の自分に言ってやりたい。心のぱっかりがなくなることは、永遠にない。でも、不意に心が熱くなる瞬間があって、人生は悪くないよって。そう思えるよって。むしろ、ぽっかりがあるからこそ、そういう瞬間が訪れるのかも知れない。いずれにせよ・・・」 --NHKドラマ『この声をきみに』最終回より--

 こういうドラマを観ると、良い気分になってくる。大事なものは、無くなってから気付いたりする。そうなる前に、何とかなるようにしなければならない。人生は悪くない、というより、素晴らしいと言えるものにしていかなくてはならないだろう。


 11月19日(日) 晴/曇 7265

 今の時期、京都では間人(たいざ)のカニが旬を迎える。越前ガニが一般に有名かもしれないが、知る人が知るカニの最高峰。滋賀で夕食を食べたときに、そこの職人が話していた言葉が耳に入ってきた。そこでは、今日初セリで間人のカニが4万円で落とされたという。セリでそれなら、料亭で食べるとなると、いったいいくらになるのか。間人で食べると安くなるだろうが、京都からも遠い丹後である。それにそんな金何処にある?ふぐより高い。ふぐなんてあんな高い金出して食いたいとは思わない。それなら、あんこう鍋の方がずっといい。といっても高くなったけど。子供の頃、あ祖母ちゃんが作ってくれたタラの鍋の方が馴染みだ。白子が大好きだ。ふぐなんて、関西人じゃないので、大阪で食べるまで、まったく口にしたことがなかった。ただ、間人蟹は一度食ってみたいけど・・・。

 Eテレの『達X達』古田新太X古屋雄作を観た。俳優の古田新太と、今年3月に、『うんこ漢字ドリル』を出版し300万部弱を売り上げた古屋勇作。小学1年生から小学6年生用の漢字ドリル。全ての例文にうんこという言葉が入り、しかも、答えを書く空間に、うんこがデザインされている。子供たちが喜び、母親たちにも気に入られたのが、売れた原因らしい。うんこに徹底的にこだわって、しつこくやり続けた結果のようだ。

 例えば、文学というは、純文学と大衆文学があって、純文学の方が高尚だ。みたいな、見方があった。お前何読んでるの?そんなの読んでるの。へぇー。みたいな、言い方がをされたことがある。片山先生が、ある時、言っていた。名前は忘れたが、ある評論家が、文学っていうのは2種類しかない。面白い文学と、つまらない文学。それを読んで、その通りだと思ったと、言ったことがある。面白いが重要だというのは、基本だと思う。どこがどう面白いか。楽しいものもあれば、悲しいものもあるだろう。感動するものもあるだろう。

 またまたミルコ、またミルコ!今日の京都競馬場で行われたマイルチャンピオンシップは、大外18番の3歳馬ペルシアンナイトが、ミルコ・デムーロを背に、エアスピネルのムーアをゴール前競り落とし優勝した。これでミルコ・デムーロは、GⅠレース10戦連続3着以内という記録を打ち立てた。ムーアが勝ったと思ったら、馬体を合わせて鼻差で制した。ムーア悪いわけじゃない。ミルコが凄い!寒い今日。京都はレース前降っていた雨が上がりミルコの腕が冴えた。


 11月20日(月) 曇 7299

 高野山で買ってきた、塗香を手でもんですりこみ、部屋で阿字観を始めた。塗香があった方が、始める合図になるだろうと思ったからだ。部屋の電気を消して薄暗くして呼吸を整え、吸気と呼気をゆっくりと繰り返す。薄っすらと汗が出てきた。瞑想までは、行かない。慣れないとそうならないだろう。取り合えず続けて行こうと思う。それから、散歩に出かけた。

 出掛ける前に、BSで2009年WS第6戦の松井秀喜のスポットを当てたダイジェストをやっていた。MVPになった松井の活躍。先制2ランホームランの時も、試合を決めたタイムリーも、ダメ押しのタイムリーの時も、打った後、顔色を変えない。笑ったりしていない。無表情だ。ホームランの後など、ベンチに戻ってから、ベンチに座り、カメラの映った表情はむしろ、寂しそうなにさえ見えるのだ。何なんだろう?と思ってしまう。イチローにしてもそうだが、日本時の野球選手は、喜びを表に表さない。そこは同じスポーツ選手でも、サッカー選手とは明らかに違う。

 イチローや松井には、本物の「もののふ」を感じる。むしろ、チームメイトの喜び方の方が派手だ。この試合の2試合前か何かに、逆転のホームに、スライディングしてから物凄く喜んでいたが、そっちの方にビックリした記憶がある。この試合での存在感は圧倒的だった。観客から松井に、「MVP」コールが鳴る。それでも、無表情で2塁ベースに立っていた。

 そんな松井の事を考えながら散歩した。阿字観の後、良い気分で散歩できた。眼に映る風景がいつもと違って見えたような気がする。中学時代、自分だけが飛びぬけた選手だった松井が、敬遠に怒りの表情で1塁に歩いて行くと、その時の監督が「お前、何考えて」とボコボコに殴った。それから、松井は、そういう気持ちを持って野球をやることがなくなったようだ。だから、甲子園で、5打席連続敬遠されても、静かにバットを置いて1塁に走っていった。正しい教えは、その人の成長をそくす。今の時代、中学の監督の様なことをやったら、大問題になりかねないが、昔なら当たり前という感覚があった。

 松井の無表情を考えながら散歩をした。こういう処が、何故か魅かれる。たぶん、ニューヨークのヤンキースファンには解らないのだろうけど・・・。


 11月21日(火) 晴/曇 13822

 商店街を通っていたら、タバコ屋のおばちゃん?じゃない。もう婆さんになった。染めるのをやめたので、頭は白くなっている。そのタバコ屋の婆さんに呼び止められた。29日に京都へ行くんだけど。紅葉どう?どこへ行くか訊くと、1度観たかった永観堂へ行くのだという。まだ、黄色い様なのでギリギリ赤い紅葉が観れるでしょう。あそこは真っ赤だから凄いよと教えてあげた。嬉しそうだった。

 京都で思い出したが、山本健吉『いのちのかたち』を読み返した。神護寺の3つの肖像画『伝源頼朝』『伝平重盛』『伝藤原能光』。重盛の肖像画には胡坐をかいている足が描かれていない。能光の足は組まれていて、右足が上になっている。頼朝の足は、左右の足が離れて描かれている。博物館で観たときは、重盛の足はなかった。でも、図録の写真には、何やら左足だけが描かれた跡、痕跡があるように見えるのだ。

 それは、山本健吉が書いた通りなのかもしれないと思った。絵が古く、劣化したから足が消えたのではないか?しかし、マルローは、足をはぶいたと言ったのだという。作家でありドゴール政権下長い間、文化相をやっていたフランス人。彼の見識はおそらく高いだろう。足を描くことをはぶいたと、いうのは正しいのかもしれない。彼は、『伝源頼朝』よりも『伝平重盛』の肖像画を素晴らしいと絶賛した。その辺がよく解らないのだ。

 そして、日本画の場合、肖像画で最も重要なのは、眼である。頼朝と重盛の眼の違いでも、頼朝の方が征夷大将軍としてのキリリとした眼をしているような気がする。重盛の眼には、そういう処が感じられない。なのに何故、マルローは、頼朝より重盛の肖像画を讃えたのか?モヤモヤする。マルローの本とかにそれが書かれているのか?それすら分からない。

 ところで、高野山へ行く前からちょっとおかしな気がしていたが、日曜日の夜くらいからはっきりと風をひいたような症状が出ている。鼻水が出る。散歩していても、阿字観していても、鼻が詰まる。龍角散とか取ったりしている。


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