断腸亭日常日記 2014年 その10

−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年のスペイン滞在日記です。
太字で書いたモノは2010年11月京都旅行。2011年3月奈良旅行東日本大震災、11月が京都旅行、2012年4月、11月、12月の京都旅行、2013年4月京都旅行5月出雲遷宮旅行10月伊勢神宮の遷宮旅行11月京都旅行、2014年5月6月、7月の京都旅行滞在日記です。

99年4月15日〜5月11日 5月12日〜6月4日 6月7日〜6月10日 2000年4月20日〜4月29日 5月1日〜5月14日
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 9月18日(木) 晴 15842

♪北風吹きぬく 寒い朝も
 心一つで 暖かくなる♪

 吉永小百合が歌う『寒い朝』は、こんな出だして始まる。阪神大震災から1年経った時だっただろうか、ラジオから流れた。1月17日その日も寒かった。こんなちんけな歌詞なのに、胸に沁みて涙が出た。被災者の人たちを思うと胸が苦しかった。

 何故『寒い朝』を思い出したかというと、NHKで、作曲家吉田正が戦後のシベリア抑留生活時代に、50曲モノ歌を作って、その歌が、零下40度の極寒の中で抑留者たちに歌われ勇気づけられ、希望を持って日本に帰ってきたと言う話をやっていたからだ。朝ドラ『あまちゃん』で、天野夏が、若い頃コンサートできた橋幸雄とデュエットで『いつでも夢を』を歌った思い出があり、何かあると、『いつでも夢を』をみんなで歌っていた。

 吉田正は、戦後シベリアに3年間抑留された。仲間が死んでいく中で、歌で抑留者へ希望を持たせた。抑留から帰って作曲家として有名なるが、シベリア抑留時代の事は、一切口にしなかったという。そして、最近になって、抑留時代に吉田の歌を歌っていた人たちが、書き留めたものを、レコード会社に申し出て、発覚したのだという。もう長くない自身の人生から、あの時代に心の支えとして歌った強い思い出と、この歌を後世に残すべきだという思いからだった様だ。

 もし吉永小百合が、『寒い朝』を歌わなかったら、単なる慰めの歌になっていただろうし、それがそうならなかったのは、吉永小百合というキャラクターの配置など絶妙のバランスがあったからだと思う。『いつでも夢を』についても同じような事が言える。どちらも吉田正が作曲した歌だ。

 彼は抑留から帰国して一貫して戦後の日本に流行歌で、希望を伝えていった。吉田正の流行歌がラジオやテレビで流れていても、抑留者にとって、あの時代に歌った歌が、吉田正だったのだという。

 人の価値とは何なんだろう。流行歌でお金を稼いでも、零下40度のいつ死ぬか判らない絶望的な状況に置かれた人に、かすかでも希望の光を与えた吉田正は、やはり燦然と輝いているような気がする。彼はどんなに仕事が忙しくても、校歌の作曲を依頼されると断らずに、作品を提供したという。彼の人生は、どんなときでも諦めずに生きていかなければならない。だから人の心に希望の火を灯し続けて行こうと思っていたようだ。


 9月23日(火) 晴 71269/5

 左肩が痛い。寝るときに左肩を下にすると痛いし、腕を肩より上に上げようとすると痛くなる。肩の後の筋肉が痛いのと、周りの筋肉が痛い。動脈硬化の薬を飲み続けているので、こういう弊害が起きているのかも知れない。少し筋トレをしないとダメな気がしてきた。『ためしてガッテン』の筋トレ特集を参考にして、有酸素運動した後に、牛乳を飲むと言うのを繰り返さないと、と思うのだがそれがなかなか出来ないのが現状。


 9月24日(水) 曇 12273

 9時に台風が温帯低気圧なったが、これから西では雨が降るようだ。ここのところ台風だと大雨で土砂崩れなど被害が多い。地球温暖化の影響がこういうところに出て来ているのだろう。自然環境は、人間の手に負えないモノとなのだが、温暖化などの原因は、人間が原因である。

 神戸の聞きたくない事件は、ニュースで観ていると本当に不快だ。異常だ。人の心の中にある、闇がこういう事件を起こすのだろうか。


 9月25日(木) 曇のち雨 18694

 ビデオの編集は終わった。後は当日にどういう風にビデオを見せるかという事になる。音楽は、話はと色々考える。

 仲間由紀恵が結婚した。相手は、田中哲司。仲間由紀恵の顔を思い浮かべる事の出来る人は殆どだろうが、田中哲司の顔は浮かばない。最近であれば、大河ドラマ『軍師官兵衛』に出ていた、荒木村重役をやっていた役者がこれである。信長に仕えていたとき、謀反を起こしたときは、そうでもなかったが、千利休の弟子、道糞になった時の演技はなかなか良かった。


 9月26日(金) 晴 10032

 先週、佐藤哲三騎手が引退を発表した。2年前の京都競馬場で死んでしまうんじゃないかという落馬事故を起こし、6度の手術しても左腕が動かない状態が続いていた。「穴の哲三」は、リハビリに終止符を打ち引退を決めた。2年前、ISOさんがあの馬はモノが違うと言ったのが、新馬、特別と連勝した、キズナだった。その馬に乗っていたのが、哲三だった。その直後の落馬事故。武豊に乗り代わり、翌年ダービー馬になった。

 引退を決めたときに、ノースヒルズの前田オーナーが調教師になるなら全面的に支援すると言ったが、哲三は、馬に乗れない体では調教師は出来ませんと断ったという。ノースヒルズは、キズナ、今年のダービー馬、ワンアンドオンリーの生産、馬主である。これからは、ファンとの交流をして外から競馬界に関わっていきたいという。

 落馬事故についても、ああいう乗り方をしていなかったら、こういう成績を残せなかったと思うと語っていた。悔いは残るが仕方がないことというニュアンスだった。後藤浩輝騎手も落馬事故で、現在リハビリ中だ。彼も左手に力が入らない状態でリハビリをしている。競馬も闘牛と同じで、いつ身体的な障害を負うリスクが高い職業なのだ。


 9月29日(月) 晴 19042/3

 土曜日の夜、スペイン闘牛ビデオ上映会を開催した。今回は始めてきた人もいた。挨拶もそこそこに移動し、そこで準備でと言うことで待たされて、それから始まった。始めてきた女性には自己紹介をして貰い、ロシー監督の映画『カルメン』の冒頭部分の闘牛シーンから始めた。8月22日、23日マラガの闘牛からビデオを流した。22日、この日3頭目のホセ・マリア・マンサナレスの耳1枚の闘牛。落ち着きがあれば、牛が体の遠くを通っていても良い闘牛に見える。次が、5頭目のモランテ・デ・ラ・プエブラの闘牛。アンダルシアには、熱烈なモランテファンが多い。

 ビデオを流しながら、各自それぞれに会話。こういう自由な雰囲気が良いのかも知れない。23日は、全部流した。この日は、騎馬闘牛士パブロ・エルモソ・デ・メンドーサと闘牛士ホセ・トマスの変則のマノ・ア・マノ。入場行進。メンドーサの1頭目。馬が良い。相当な調教をしてアレナに出ていることが判る。ホセ・トマスのはじめの牛が良くなかった。それも観て貰った。そして、メンドーサがこの日1番良い騎馬闘牛をした4頭目。最後の馬が剣刺しの後、倒れそうな牛の向かって立ち、鼻面をこするほどにしていた。

 一旦休憩に入った。続きは次回の日記に書くこととする。


 10月1日(水) 雨 16584/2

 木曾の御嶽山が噴火した。山頂に登っていた人は、噴火の噴石・灰・ガスなどで50人くらいの人が心肺停止状態で取り残された。その救出作業が行われている。気道に火傷を負って呼吸が出来なくなって死んだ人もいるのだろう。こうなると火事と同じ状態になる。気道が火傷でくっついて呼吸不能になるのだ。前兆がなかったという。しかし、地震計が壊れていて、それを直していない事などが判った。大変な自然災害だ。日本は、火山が一杯あり、地震が多い国。だから、こういう事が起こるのだろう。


 10月2日(木) 曇一時雨 16347

 今日しか行けなかった、『トイレ?行っトイレ!ボクらのうんちと地球のみらい』を日本科学未来館で観た。通称トイレ展と僕が勝手に呼んでいるが、面白かった。開館前に到着すると、小学生が一杯いた。10時に切符売り場が開き、切符を買って入館。まず便器が怒っている。トイレを大事にしないから水を流さないと。トイレは汚いところ、恥ずかしいところなど、そういう考えを無くそうという展示だ。

 動物の色々な糞。人間のうんこの模型。水分が80%といううんこ。水分が不足しているうんこから水のようなうんこまで。そして、下水道の歴史。おむつのこともやっていた。赤ちゃんのおむつ、老人用のおむつ。そして、おむつが布の時代に1歳に満たない頃に一人トイレに行けたのに、紙おむつの今は、3歳にならないと一人トイレに行けないという。驚きである。トイレ?行っトイレ!

 おむつをしないところもある。だっこして赤ん坊の顔を観ているとおしっこするタイミングが解るのだという。色々なトイレもあったし、色々なトイレのアイディアも募っていた。文章だけでなく、模型や写真などで子供にも分かり易く展示されていた。夏休み期間は、親子で一杯だったという。5日までだったので行けて良かった。

 ヨーロッパ、チャンピオンズ・リーグ第2節が行われてアトレティコは、ユベントスに1−0で勝った。レアル・マドリードも勝ったが、バルサは負けた。リーグ戦では無失点で無敗だったが、こういう落とし穴があるのがサッカーだ。ドルトムントは香川の活躍で、3−0で圧勝。ホント香川は生き返った。理解ある監督と熱烈なファン、気心が知れたチームメイトという環境の中で、体調が悪いながら、輝いていた。人間金じゃない。こういう環境が人を輝かせる。内田篤人もファンから愛されている。スペイン、イタリア、イングランドの厳しい目で見られる環境もあれば、ドイツのように、受け入れられると、それを信頼してくれる環境の方が良いのかも知れない。


 10月3日(金) 晴 10609

 御嶽山の救助活動は、雨が降っているために中止されている。台風も近づいている。視界も悪く靴に火山灰がくっつき歩きにくく、ガスも発生したり、困難な状態。二次災害が起こる可能性が高い。安否が確認されていない人が複数いるらしい。その中には、小学生の女の子が2人いたという情報がある。死者は47人になった。

 そういえば、録画していた『ためしてガッテン』の便秘の中で、使われていた滑り台は、『トイレ?行っトイレ!ボクらのうんちと地球のみらい』で展示されていたものが使われていた。


 10月6日(月) 雨のち晴 10662/3

 朝から昼にかけて、首都圏を直撃した。電車などの交通網は運休などがあいついだ。昨日の夜中、フランスで凱旋門賞が行われ期待の日本馬3頭が出走したが、スタート直後から後方を進み、見せ場なく完敗した。こういう結果を殆どの日本人は予想していなかっただろう。期待が大きかっただけに、ガッカリして力が抜けた。こんなモノなのかと、溜息混じりにつぶやいた。

 世界を相手にするということは、非常に難しい。それをやっている事は素晴らしいことだし、物凄いことだ。野球でもそうだし、サッカーでもそうだ。ザッケローニから、アギーレに替わって、日本代表の海外の選手は、活躍が続いている。本田、岡崎、香川など調子が良いようで、結果が出ている。香川は、ドルトムントに戻り、何万人もの、「カガワ」コールを浴びている。本田も大活躍だ。それでもチームは、良い成績を残せていない。特にドルトムントは、この7戦で勝ち点7点というのは、クロップ監督にとって絶望的な成績だ。チャンピオン・リーグが2連勝で首位に立っているのが唯一の救い。怪我人が多く、チームのやりくりが大変な状況で、低迷も仕方がないところだが、これで4位以内になれないと来年のチャンピオン・リーグ出場が出来ない状況になる。


 10月9日(木) 晴 29741/3

 満月の夜、皆既月食が観られた。丁度その頃、人が多いところにいたので、街角で多くの人たちが立ち止まって夜空を見上げて、携帯やスマホで写真や動画を撮っているようだった。その携帯やスマホに使われているし、今や照明のシェアは、50%と言われるLED。テレビやモニターにも使われてブルーレイもそう。生活の中に溶け込んでいる、青色発光ダイオードを開発した3人の日本人がノーベル物理学賞を受賞した。

 LEDは5万とも10万時間ともいわれる寿命と消費電力が、蛍光灯の1/20ともいわれている。赤色の次に緑が開発され、青は20世紀中には出来ないだろうといわれていたが、それを、赤崎勇、天野浩両氏が開発し、中村修二氏が商品化した。中村修二氏が、日亜化学工業の社員時代商品化し、会社は開発研究費3億円の許可を出した。当時の社長の判断だったという。開発し商品化して得た報酬は、2万円だったという。会社は、1200億円の利益を得ていた。会社を辞めた後、特許訴訟を起こし、裁判所は、その半分の権利があると認め、200億円の支払いを命じた。しかし、会社側が提訴して、和解が行われ8億円強を受け取ったが、記者会見で、「日本の司法は腐っている」と怒りを露わにした。

 あの当時、テレビニュースでそれを観ていて、正しいのは、中村修二氏だと思ったモノだ。あの時、この人ノーベル賞を取るんじゃないかと思った記憶がある。青色発光ダイオードは、中村修二氏が発見したモノだと思っていたが、今回のノーベル賞発表で違うことが解った。しかし、研究とは、失敗の連続で地味な世界。たった1回の成功が発見を確信させる。強い意志を持たなければ、世界で初めてのモノを発見できないのだ。

 満月を 覆う影 写すカメラは ロマンをかえて ウサギはいない  風吟
 青色は 星と宇宙に 輝く灯 運命変える 色の発見  風吟


 10月10日(金) 晴/曇 6748

 村上春樹は、またノーベル文学賞受賞を逃した。と記事に書かれてある。しかし、この人の本は読んだことがない。読む気もしない。時代にあったAKBのように親しみやすさが売りなのではないかと思ってしまう。何の思い入れもない作家だ。

 京都の修学院離宮は、後水尾天皇が作った。あの壮大な眺めは世界を忘れさせる。政治の世界から譲位して文化の世界に身を置く。立花など今の京都への影響が及んでいるという。修学院離宮建設のために資金は、妻の和子は、徳川幕府から政略結婚した。しかし、夫婦は仲が良かったという。そして、徳川家からの資金で、離宮を完成させたという。修学院は、心の中でいつまでも忘れることが出来ない京都の大庭園だ。


 10月15日(水) 曇のち雨 58159/5

 台風の影響で中央競馬は4日間の連続開催になった。ちょっと疲れた。台風被害は、少なかったようだが、東京では先週の台風に比べれば、交通機関も運休が少なくほぼ在来線は、通常運転をした。昨日は、対ブラジルのサッカーの試合があったが、0−4の完敗。前半は、0−1と善戦したが、後半はメロメロだった様だ。ネイマール1人に4失点。日本実力は、かくのごとし。凱旋門賞の日本馬の敗退より実力差を感じる。

 日本人のメンタリティーに問題があるのかも知れない。最近思うのは、何かあると自分がやったことを省みる前に、反射的に他人のせいにする。盲導犬の背中を刺したり、盲学校の生徒が蹴られたりという事件があったが、通勤ラッシュに、「邪魔」だという書き込みがインターネット上で、書き込みがあるという。それは、弱者に対しての、本質的な存在否定だ。今でも、座敷牢的な考え方が、心の中を占めている。

 これは、対弱者に対しての問題だけでなく、強者に対しても同じだ。スポーツで、ジャイアントキリングなんて本田は、良く言うが、自分たちの何処がダメで、足りないのかを分析をしないと、改善は出来ないのに、いつまで経っても、ブラジルには勝てないだろう。人のせいにしないで、自分の行いや考え方が本当に正しいのか考え直す必要がある。特に感じるのは若い世代のこういう感じ方だ。ネットだと匿名で、好きなことが言える。それに同調する人が現れれば、それで良いと、間違った考えを訂正しないで、生き間違えている様な気がする。


 10月16日(木) 曇 20092

 仕事って何だ?ちゃんとやっていない人のせいで、負荷がかかるのはある意味仕方がない場合がある。でも、それによって、肉体の限界のような世界に入っていくのは割に合わない事。そんな事が、進行している。そういう人って普段から危なっかしい事をしている。そのことに、自覚がないからこういう事になる。そういう人にどういう風に話をすれば、ちゃんとしてくれるんだろうかと、考えてしまう。


 10月22日(水) 雨 70806/6

 先週末の天気予想では、今週は晴れだったが、月曜辺りから雨が降り出した。こういう天気こそ秋である。京都では、時代祭が行われている。最近は朝夕が冷え込むことが多い。先週京都は10度だった。今年の紅葉の見頃はいつ頃になるのだろう。今年も紅葉を観に京都へ行こうと思っているが、忙しくてどうなるか解らない。休み取れるのかという不安がある。

 阪神が巨人を破り、セリーグ代表としてソフトバンクと日本シリーズを戦う。大リーグのワールドシリーズは今日開幕した。イタリアでは、本田が活躍を続けている。称賛がメディアを通じて流れている。明けると未明には、チャンピオン・リーグで、レアル・マドリードとアトレティコ・デ・マドリードの試合がある。スペイン勢は、上位にいるので予選リーグを突破して欲しい。調子の悪いドルトムントも出場する。リーグでは低迷しているが、チャンピオン・リーグでは2連勝している。このまま予選を通過して欲しい。


 10月27日(月) 雨のち晴 43630/5

 日曜日、京都競馬場で3歳牡馬三冠最後のレース菊花賞が行われた。ドラマがあった。金曜日の前売り時点で、単勝1倍台で1番人気なったのは、ダービー馬ワンアンドオンリーではなく、トーホウジャッカル。レースは平均ペースで進んだ。フジテレビのレース実況はこうだった。

「ワンアンドオンリーここから伸びるのか、トーホウジャッカルが先頭に立つトーホウジャッカル先頭 内からサウンドオブアース、トーホウジャッカル抜け出した ワンアンドオンリー苦しいワンアンドオンリーピンチだ、ワンアンドオンリーもがいている トーホウジャッカルかサウンドオブアースか最後の一冠 トーホウジャッカルだ 最後の一冠を渡しません 初めての菊花賞酒井学 なんと3分1秒0のレコードタイム。とんでもないタイムが出ました。ソングオブウインド3分2秒7を超える3分1秒フラットというレコード。会心の騎乗です、酒井学。やりました。手綱を通して喜びを共有していますトーホウジャッカル。ダービーの前日にデビューしたこの馬です。デビューから149日目での菊花賞制覇は史上最速です。初めての菊花賞でやりました酒井学。直線伸びませんでしたワンアンドオンリー。ダービー馬、馬群に沈みました。そしてトゥザワールド川田騎手下馬しています。金色の髪がなびいて勝ったトーホウジャッカル最後の一冠を手にしました。実はこの馬は2011年3月11日、ですから東日本大震災のあった夜に生まれました。北海道沙流郡日高町で生まれたこのトーホウジャッカルです。牧場の方たちは、その東日本大震災の被害の状況に心を痛めながらの出産だったそうです。2歳の夏に腸炎になって生死を彷徨いました。50キロ体重が減りました。そしてそこから復活しました。生命力、成長力この2つで、この最後の菊の大輪を手にしました。ゆっくり勝利の喜びに浸る酒井学とトーホウジャッカルです。酒井学ジョッキーは、デビューで敗れて悔しさを味わいましたが、しかし先生、またこの馬に乗せてください。そういって手綱を放そうとはしませんでした。前回トライアルで敗れて、ダービー馬の底力に屈した時には、この悔しさを晴らすためには、菊花賞でしかない。そういう思いを胸に、トーホウジャッカル酒井学は今日に望みました。高橋さん、改めてこのトーホウジャッカルなんですが、デビューがダービーの前日なんですよね。そうですね。くしくもワンアンドオンリーが3歳馬の頂点に立ったのと同じ週にデビューして、その時は18頭立ての10着。ほぼレースでは見せ場を作れなかったんですが、それが3戦目で勝ち上がり、そしてねぇホントにレースを積むごとに経験を積んで、ホントに立ち回り自体はホントに上手いなという印象があったんですよね。そしてやはり驚かされたのは前走の神戸新聞杯ですよね。ええ。ゴール前ワンアンドオンリーに馬体を合わせにいったとき、スペースがなく不利があった。そしてゴール前は両馬をしのぐ勢いで差し込んできたんですよね。ですから、それなりにこの舞台でも走れるんだなと思っていましたけども、一気に頂点に立ちましたね。素晴らしいです。岡部さん、この酒井学騎手は初めての菊花賞だったんです。会心のの騎乗です。そうですね。GTレース惜しいところに何回も来てるもんですが、なかなか手が届かなかったですからねぇ。そんな中での騎乗。岡部参道振り返りますか。あの枠順も良かったと思うんです。やはり内枠で、こうじっとしてられたというのは、やっぱりしまいあれだけの脚が使える基になったと思いますしねぇ。岡部さんワンアンドオンリーはどう思いますか。横山騎手が戦前から言ってた様に、内枠が欲しいって言ってたのは、やっぱりこの事なんですよね。結果的に馬を前に置くことなく、外外に行きましたよね。壁が出来なかったんですよ。ダービーの時のように内側に入って壁が作れてっていうレースに、運べなかったですよね。外外でこう馬にこう、ちょっと丁度1周廻ってくるスタンド前辺りでね、それ過ぎてからですよね、ようやく馬の後に入れたのは。それまでにかなり馬が、こーなんてんですかこー、ファイト出しちゃって、ハイ、かかってましたよね。あれがやっぱり最後に響いちゃいましたよね。」

 東日本大震災の日に生まれて、腸炎で生死を彷徨った馬が、デビュー149日目での菊花賞制覇の快挙だ。上位3頭の馬券は全て買っていたが、何せワンアンドオンリーとトーホウジャッカルの2頭軸の3連複だったのでガッカリだが、トーホウジャッカルが勝って3着にゴールドアクターが入ったのは、馬券を外して、勝負には勝ったような気持ちになった。この日は調子が良かった。それなのに馬券が買えなかったり、買ったつもりでいて買っていなかったりの散々だったが、福島の最終を取り、京都の最終は、3連複1点で取って快勝気分で競馬が終わった。良い日曜日だった。


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