ウダイ シャンカールのこと

Indian Classical Dance Troupe

  

インドで流通しているウダイ シャンカールの切手
                                                   


   カルカッタではウダイ・シャンカールを記念してウダイ・シャンカール・ダンスフェスティバルが毎年、州政府主催のもとで
   開催され、インド各地から名だたる舞踊家が参加して華やかな舞踊の
 祭典が一週間にわたり繰り広げられます。
   現在もインド本国やイギリスなどではウダイ・シャンカールについての伝記やそれに類する多数の書籍が出版されています。

ウダイ・シャンカールの伝記本

表紙                 背表紙                裏表紙


ウダイ・シャンカールのこと

 シタール奏者として西洋音楽やビートルズに多大な影響を与えたとされるラビ シャンカールの名は世界的にも著名である。それに反し兄であるウダイ シャンカールの名はそれほど人口に膾炙されてはいない。もちろん「日本では―」という但し書きが付く。
 ラビ シャンカールの音楽の感性は彼が「ウダイ シャンカール舞踊団」で活躍していた当時に培われたものだということは、もっと日本の人々に知られて好いはずである。
 ウダイ シャンカールはインド舞踊史上、それまでの古典舞踊一辺倒から創作舞踊の道を切り拓いた先駆者しとてよく知られており、またインド舞踊とその音楽を世界に紹介した最初の一人でもあった。
17歳の英国留学時代にタゴールと邂逅し、その親交はタゴールの死まで続いた。創作舞踊における『ウダイ シャンカールスタイル』を創始し、コルカタではウダイ シャンカールの業績を顕彰する意味において、ウダイ シャンカールの名を冠した舞踊祭が毎年12月に「ウダイ シャンカール ダンスフェスティバル」としてインド西ベンガル州政府主催のもと、インド各地から著名な舞踊家や舞踊団を招き一週間にわたり華やかな舞踊の祭典が繰り広げられている。
 現在ウダイシャンカール舞踊団はその愛娘である「ママタ シャンカール舞踊団」に受け継がれ広く世界に伝えられている。因みに私はママタ先生の直弟子であり、私の生徒はママタ先生の孫弟子にあたる。従ってウダイ・シャンカールよりすれば私の生徒は曾孫弟子と言うことになる。この偉人の曾孫弟子であり、直系であることに自信と誇りを持って生徒のみなさんには練習に励んでもらいたいと心から、私自身の自戒も含め願っている。










  






ラヴ シャンカール

弟のラヴ・シャンカールがウダイ・シャンカール舞踊団で団員として踊っていた頃の貴重な写真です(左写真)。
(兄と見まごうほど二人の顔はよく似ていますね)
    

ウダイ シャンカールから何やら指導(注意)を受けているめずらしいスナップ

 〜ラビ シャンカール先生のことなど〜


 ラビ シャンカール先生がお亡くなりになられた。
 多言を要さずとも音楽の世界ではインド古典音楽にとどまらずロックやポピュラー、映画音楽など様々な分野に進出された、その功績と後世に与えた影響ははかり知れないものがある。
 ラビ シャンカール先生は私の師であるママタ シャンカール先生の父ウダイ シャンカールを兄とし、ママタ先生にとっては叔父にあたられ、《ウダイ シャンカール舞踊団》の一員として舞踊の世界で活躍されていた一時期があり、その意味では私が主宰するインディアン クラシカル ダンス トゥループのメンバーにとっても浅からぬ縁で結ばれていると言えるだろう。
 在世中はママタ シャンカール舞踊団の関係から幾度もお目にかかったことがあり、ニューデリーではラビ シャンカール先生のお招きを受け、ご自宅に伺ったことも少なくない。
 いつの年であったかご自宅のパーティの席で古典声楽を学んでいたことのある私が乞われ、ラビ シャンカール先生の前で拙い歌声を披露したことがあった。盲蛇に怖じずというか若気のいたりというのか、今から思い返しても顔から火の出るような恥ずかしさが伴うのだが、しかし私が歌い終えると笑顔で拍手をしてくださったその時のラビ シャンカール先生のお姿を私は生涯忘れない。
 新聞やテレビで報じられる情報以上にママタ先生からラビ シャンカール先生の私生活についての細かなお話を聞く機会も多かったが、ことに三度目の結婚の時にはシャンカール一族がかなり揉めたというお話を伺ったこともある。今なら笑い話で済まされる事も当時であれば深刻な問題としてママタ先生の心を悩ませていたのだと知るのである。
 あらゆる意味でラビ シャンカール先生の身近に接し、その薫風に触れる機会を得たことは私のその後の人生に大きな示唆を与えていただいたように思う。敢えて言葉にしてみれば《古典も創作》も舞踊で括られるという一事であり、その下にインドの《伝統や文化》を忘れなければ舞踊表現は無限だということであった。少なくともラビ シャンカール先生自身の人生はそのようであったし、遺された功績が見事にそれを証しているのである。
 私はこの教えを座右の銘とし、その精神は今では私のもとで舞踊に励むインディアンクラシカルダンス トゥループのメンバー、一人ひとりの心に確実に受け継がれて来ている。
 今回の悲報に接しインディアン クラシカル ダンス トゥループも哀悼の意を表し、ママタ先生を通じ花束を贈らせていただいた。上に載せた写真がその花束である。
 心よりご冥福をお祈りする次第である。

小久保 シュヴァ


ウダイ・シャンカール夫人 (ママタ先生のお母さんです)

現在も現役で教室を開き多数の生徒たちに舞踊を指導しておられます
 



現在のお姿(2003年、自宅にて)

夫人と共演した映画の一場面

   

ウダイ・シャンカール舞踊団で活躍していたころのママタ先生


アンナ・パブロワ

ウダイ・シャンカールに舞踊を勧めたロシアの一流バレリーナ  「瀕死の白鳥」はあまりにも有名。
映画評論家の故淀川長治は日本公演のおりにパブロワの舞台を観ており、その感動を生涯にわたり語り続けていた。


ラビンドラナート・タゴール。

ウダイ・シャンカールとも親交のあったベンガルの芸術家。
東洋ではじめてノーベル文学賞を受賞、ベンガル州が生んだ詩聖
 

タゴールからウダイ・シャンカールに書かれた手紙(全文)

各界の著名人等と

  





サタジットレイ夫妻と











表紙                              背表紙                          裏表紙
  

1966年ウダイシャンカール舞踊団 アメリカ公演時のチラシです
  

ロンドンの古書店で売られているのを見つけたものです。
 


公演で使われた楽器
 

2012年5月 《カンヌ映画祭》 ママタ先生とお母さん ママタ先生との電話で 〜とても嬉しい、ビッグニュースです!!〜

 ウダイ シャンカール 1948年制作の映画「カルパナ」が第65回カンヌ映画祭で復元される1本に選ばれました。
 
ウダイ シャンカールの舞踊が収められている貴重な映画です。

レッドカーペットを歩むママタ先生とお母さん(写真左の白いサリー)とお母さん(写真右の黄色いサリー)

★古典舞踊解説 ★Kokubo Subhaプロフィール ★1写 真 ★2写 真 ★1ムドラー ★2ムドラー ★パダヴェダ ★よく使われるムドラー ★ダシャバタラム ★練習着について ★ナバラサ 
★バーラタ・ナッティヤム素描 ★遺跡のなかの踊子たち ★衣装とアクセサリー ★古典と創作私の先生について ★ウダイ・シャンカールのこと ★練習風景 ★トゥループの記録 
★トゥループの〜折々の事〜 ★トゥループのチラシ&パンフレット1 ★トゥループのチラシ&パンフレット2

★1999年第1回インド公演それぞれのインド ★2004年第2回インド公演それぞれのインド ★2004年インドの思い出 ★2007年第1回アメリカ公演 それぞれのアメリカ
★2008年インドの思い出 ★2008年第3回インド公演それぞれのインド ★2010年第2回アメリカ公演 それぞれのアメリカ

★インドのバザールについて ★カルカッタの名所旧跡及び近郊 ★インド料理の作り方 ★インドの貨幣について ★インドの神々と日本仏教の相関関係 ★インド・データガイド
★インドと国境を接する国々
 ★インドの歴史 ★インド神様ポスター図解 ★ブッダガヤ探訪 ★カルカッタの風景 ★インドのお土産さまざま ★インドの細密画
★インド牛のいる風景 ★死の季節 ★ブバネシュワル探訪 ★プーリ探訪 ★コナーラク探訪 ★ニューデリー探訪 ★ベナレス探訪 ★アグラ探訪 ★在米インドの人々 ★ベンガルのシネマ
★コルカタところどころ ★コルカタの街角で ★NABCについて ★ママタシャンカール舞踊団

★1999年 第1回自主公演「インドの夕べ」 ★1999年 第1回インド公演 ★2000年 公演「Subha Chakrabortyの世界」 ★2001年 第2回自主公演「インドのこころ」
★2001年 アジア民族舞踊フェスティバル ★2003年 日印国交50周年記念特別公演 ★2004年 インドの物語公演 ★2004年 第2回インド公演
★2005年 第3回自主公演「インドへの道」 ★2007年 第4回自主公演「インドの風・日本の風」 ★2007年デトロイト公演
★2008年 第3回インド公演 ★2009年 第5回自主公演「インドへの祈り」 ★2010年 チャリティ合同公演 ★2010年アトランティックシティー公演
★タゴール生誕150周年記念公演 ★ナマステインディア2011 ★2012年 第6回自主公演「インドからのおくりもの」 
★2012年 東大寺奉納舞
 ★2013年 名古屋国際センター
 ★2013年 東大寺奉納舞

★Subha他・資料 97年 ★Subha他・資料 98年 ★Subha他・資料 99年(前) ★Subha他・資料 99年(後) ★Subha他・資料 00年(前) ★Subha他・資料 00年(後)
★Subha他・資料 01年(前) ★Subha他・資料 01年(後) ★Subha他・資料 02年 ★Subha他・資料 03年(前) ★Subha他・資料 03年(後) ★Subha他・資料 04年(前)
★Subha他・資料 04年(後) ★Subha他・資料 05年(前) ★Subha他・資料 05年(後) ★Subha他・資料 06年(前) ★Subha他・資料 06年(後) ★Subha他・資料 07年(前)
 ★Subha他・資料 07年(後) ★Subha他・資料 08年(前) ★Subha他・資料 08年(後) ★Subha他・資料 09年(前) ★Subha他・資料 09年(後)

★Subha他・資料 10年(前) ★Subha他・資料 10年(後) ★Subha他・資料 11年(前) ★Subha他・資料 11年(後)  ★Subha他・資料 12年(前) ★Subha他・資料 12年(後) 
★Subha他・資料 13年(前) ★Subha他・資料 13年(後) 
★3.11 七ヶ浜町震災慰問報告 ★写真アラカルト

★1書籍の紹介 ★2書籍の紹介 ★3書籍の紹介 ★4書籍の紹介 ★5書籍の紹介 ★6書籍の紹介 ★7書籍の紹介 ★8書籍の紹介 ★9書籍の紹介

★公演情報 ★教室案内

このページをごらんになられ、ご意見、ご感想など
 
ございましたら下記メール迄お寄せ下さい。