−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
por 斎藤祐司
過去の、断腸亭日常日記。 −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−
太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年のスペイン滞在日記です。
8月27日(土) 雨/曇 24518
雨が降り続いて、大雨になった。叩き付けるような土砂降りの雨が続き、風景が白くぼやけた。人通りはやみ、ただ雨が降る音だけが聞こえる。雷が近くで何度もなって、大きな音が聞こえ、空が暗くなり、それから凄い雨が降った。その雨の中を傘も差さずに歩いて帰ったという奴がいる。家に着いたら、濡れていないところがないずぶ濡れになったという。そうやって、諦めて帰った人は少ないだろうが、そういう人もいる。かえって気持ちよかったのかも知れない。
8月29日(月) 晴 31572/2
民主党代表選が行われ決選投票に残ったのは、小沢・鳩山グループが押す海江田万里と、財務相の野田佳彦。代表になったのは、前原、鹿野の票を取り込んで逆転で党代表=総理大臣に就任することになる。大連立を模索する動きをしている。日本という国家国民を考えると大連立が望ましい。そうすれば被災地復興にも良い影響が出るだろう。しかし、これも、大連立するにしても期間限定的になるだろう。
それというのも、復興には法案が通りやすくなる反面、財政再建など政策では一致することがないだろうから、落としどころが難しくなってくる。それと民主党も自民党も党内がガタガタになっていて、政界再編のための前段階と観た方が妥当だろう。その中で消え去る人たち、表に出てくる人たちがハッキリしてくるだろう。
8月30日(火) 晴 5121
またやってしまった。扇風機をつけたまま寝たら体が冷えて頭が痛くなった。おとといは、冷房のつけっぱなしで頭が痛くなり、汗が出るくらいの温度の所に10時間以上もいてようやく頭痛が治った。正直、自然の風ならこんな風にはならないのに、人工的なモノは、人体には影響を及ぼすということ。こういう季節の変わり目には、気を付けないといけないという事。
8月31日(水) 曇/雨 14510
台風が近づいてきて曇り空から雨が降ってくる。気温は低いがちょっと蒸している感じ。97年のホセ・トマスのビデオを観ている。初めてサン・イシドロでプエルタ・グランデした年の地方の闘牛だ。これを観ていると、いかに凄いことをやっているかが判る。牛の前に立って、角を太股でわざと触ってみたり、足の位置を決めたら動かずにファエナを続けたり、派手ではないが(本当の意味で、闘牛の本質的には派手)、凄いことをしている。
2002年9月に引退状態になって、2007年6月17日に復活してから、それまで以上の闘牛をやってきたと僕は言い続けてきたが、少なくても今年のホセ・トマスは復活してから1番良くない状態のような気がする。これは、精神的な事よりも肉体的な事による要因が大きいと思う。タンダ・デ・ムレタソ後のアドルノなど飾りの部分が目に付くが、97年の闘牛の状態にはないと思う。当然、2007年2008年の物凄かったホセ・トマスの比にはない。
ビデオを観ていて、残念ながらそう思った。それでも、9月のバルセロナにホセ・トマスを観に行こうとしている。悪くなって引退間近になってもジダンを観に行き続けるのと一緒。トウカイテイオーのレースを観に競馬場へ行くのと一緒。見続けることによって、それを記憶し、変化を感じ、理解しようとするという行為を続けようと思うからだ。これがセサル・リンコンから始まった闘牛への落とし前の旅の続きだからだ。
9月1日(木) 曇時々雨 4260
マドリード到着後の予定など考えながらホテルの予約を入れる。1度泊まってみたいと思っていたホテル・グループに予約を入れた。バルセロナ行きのAVEの予約や東京へ戻る前のホテルの予約はまだ入れていない。今週くらいに入れようと思っている。
これから台風がどういう動きをするか。雨はどれくらい降るのか。それによって、こっちの行動が変わってくる。
風太郎が読みたくなった。本棚から『金瓶梅』と『八犬伝』を取り出して本を開いたりしている。
9月2日(金) 曇時々雨 31345
台風が来る思って長靴を履いて出掛けたが外を歩いているときに殆ど雨が降らず、傘さえ使わなかった。昼過ぎからスパに行く。湯に浸かり、低温サウナに入り体を洗い、岩盤浴。2度ほど岩盤浴に入り昼寝。目が覚めて夕食を取り、岩盤浴。そして、日本対北朝鮮戦のサッカーを観る。ボール支配率は圧倒していてもゴールが遠い。前半が終わってタバコを吸って岩盤浴。後半はどうも左サイドの駒野や香川ではゴールの気配を感じなかった。柏木に代わって、清武を投入すると動きが良くなる。右サイドを、内田や長谷部が上がるとチャンスが出来る。
残り時間も5分を切った。ハーフナーマイクも機能している。惜しいシュートがバーに弾かれたりした。攻め続けているが後半45分。ロスタイムは5分の掲示。猛攻もゴールキーパーのファインセーブでゴールネットが揺れない。スパの中ではその度に溜息が漏れる。退場者を出して1人少ない北朝鮮。粘る。ロスタイムも3分が過ぎた頃、ショートコーナーから長谷部、清武と繋ぎ吉田がヘッドでゴールを決めると歓声が上がり拍手が鳴った。
ようやくかよ。ザック叫びながらガッツポーズ。チョンテセはベンチでガックリ。気分良くして最後の岩盤浴。そして風呂に入り体を洗いシャンプーして帰ってきた。風が吹いているが雨は降っていない。最寄りの駅を降りてコンビニで一番搾りを買って飲みながらタバコを吸って家に買ってきた。冷や冷やだったが、良い夜だった。そして、山田風太郎の『八犬伝』読んでいるがやはり面白い。特に馬琴と北斎の会話の所は、風太郎自身の内面を書いているような気がした。
9月3日(土) 曇 強風が吹く 7084
昼過ぎに、中村さんから電話があった。こっちから電話しようと思っていたので丁度良かった。今度のスペイン行きの話や僕が訊きたかった事を話したら、大乗り気で話が進んだ。これで何かか動き始めた予感がした。来年に向けて準備を始めたことになる。これが、良い方向になれば非常に嬉しい。
アナスタシアさんからメールがありMEGUさんと電話で話す。スペイン行きの準備も始めないといけない。それとスペイン闘牛ビデオ上映会開催の連絡をする。これから『八犬伝』を読んだりスーパーへ行ったりして準備するつもり。雨は時々降るがそんなじゃない。夜はなでしこ。快勝して欲しい。
9月4日(日) 曇 1509
台風が過ぎたのかどうか?昨日のなでしこはようやく勝ったような試合だったようだ。観ていないから判らない。もっと簡単に勝てるのかと思ったらミスから失点したり、どうも上手くいかない。それでも単独首位になったことは良いこと。
昨日の中村さんと話した件だが、これもそう簡単には上手くいかないだろうと思う。世の中そう甘くないからだ。上手くいけばいいが…。
9月6日(火) 曇時々雨 27530/2
日曜日の朝に出て今日家に帰ってきた。そうしたら直ぐに返事を書かなきゃならないメールが複数来ていた。こんな時に限ってそうなのだ。スペインに2通返信して、後は電話した。昨日からネットでバルセロナのアボノを売っていた。これもショック。どちらにしろ昨日は買えなかった。しょうがないので、買えるソンブラのアンダナーダを買った。ホセ・トマスの復帰戦でバルセロナの闘牛場に朝早くから並んで買った切符と同じだ。これはこれで良しとする。
なでしこは勝って3連勝。あと1勝でオリンピック出場が決まる。今日は夜中に男子のワールド・カップ予選がある。こっちも勝たなければダメだ。
9月7日(水) 曇 7864
ハッキリしない天気続いている。残暑もこのまま過ごしやすい気温に落ち着けば嬉しい。今日の朝の時点で、すでにバルセロナのアボノは売り切れになっていた。ホセ・トマスを観るために1枚だけの切符がこれから売り出されるだろう。それも枚数が少ない上、買うのは非常に難しいだろう。
昨日は健康診断をした。血液検査の注射器を抜くとき痛かった。どうも刺すときもへたくそな感じがしたが、やっぱりそうだった。そういう細かいところに注意が行かない人なのだ。丁寧に出来ないがさつさが、嫌な気分にさせる。久しぶりに会った人が何人かいるがみんな年食った顔や体型をしていた。取りあえず元気そうだった。どうやらバリウムはほぼ排泄したようだ。
9月8日(木) 晴 27579
スパ行ったりなんやかやで、着信しているのに携帯が取れず、電話しても繋がらず、とかあったけど、ようやく繋がって話をした。良い方に進んでいるような感触だ。今日といっても、日本時間では明日になるがバジャドリードにホセ・トマスが出場する。ネットでは、ラジオ中継が行われる。セサル・リンコンは、おそらくラス・ベンタス闘牛場で、7日ステートメントを発表し、「少ない闘牛士の歴史の中で、彼は(ホセ・トマス)本当に素晴らしい仕事をしてきた。それが何であるか、毎日実証する必要がない。」と言った。
やっぱり、セサル・リンコンの牧場にテンタデロに来ていたのだろうか?それとも牛の交配についての話なのかスペイン語が訳せないよく分からない。いずれにしろ、ホセ・トマスを讃えている。
9月9日(金) 曇 6834
結局、8日バジャドリードの牧場がエル・トレオン牧場。つまりセサル・リンコンの牧場だった。レアンドロが耳2枚でホセ・トマスは耳なしだった。しかし、1番観客を沸かせたのはホセ・トマスだった。コヒーダもあったようだが大丈夫だ。
9月11日(日) 晴/曇 46825/2
「ハヤシの王子様」って何処で売ってるのか、子供を持っている職場の人間に訊いたら、スーパーとかマツキヨの大きいところと言うので、薬局でも売ってることを初めて知った。スーパーは普通に行くがなかなか置いていない。「カレーの王子様」や「シチューの王子様」は置いていてもハヤシは置いていない。多分このシリーズは、香辛料が少なくなっているのだろう。
薬局で、離乳食を観ていたら、乳児をおんぶした母親が横に立った。そこで、離乳食のことを訊いたらこの辺なら、あそことあそこに置いているかも知れないですと教えてくれた。まだ行っていないが、近日中に行って買ってこようと思う。
今日もスパ通い。風呂に入って低温サウナ。それから体を洗って岩盤浴。時間があれば何度も岩盤浴をして最後が風呂に入って再度体を洗う。あのボーとしている時間がなんと意義のあることかと最近思う。
9月12日(月) 晴 11675
ラグビーのワールド・カップが開幕して、日本は第1戦フランスと対戦した。後半開始の猛攻。ゴールライン内にフランスが2.3度雪崩れ込んだが、トライの判定はビデオによって行われて、トライ認定はされなかった。そこから日本が反撃して、1トライ1ゴール1ペナルティーゴールで4点差になって、これはヒョトしてフランスに勝つのか?と思ったら、観ていて凄く興奮してきた。多分、涙が流れていたと思う。スポーツの中で1番観ていて興奮するのが、ラグビー。ヨーロッパの今日からの勝利が目の前にちらついた。ハイパントがフランス陣22mラインを超えて上がり、日本が攻め上がる。バックスが取り損ねる。ノッコンのはずだが、そう判定されず試合は続いた。前はラグビーをよく観ていたのでルールについても詳しかったが、今は細かな規定が変わるのでどうなっているのか知らない。あの判定から流れが変わった。そして3トライを奪われて負けた。
「ラグビーW杯・ニュージーランド大会第2日(10日、フランス47−21日本、オークランド)IRBランク13位の日本は、1次リーグA組初戦で同4位の強豪・フランスと激突。21−47で敗れたが、W杯デビューしたNZ生まれのSOジェームス・アレジ(32)=ノッティンガム=が全21得点をマークする活躍を見せ、一時は4点差まで追いすがった。
一時は4点差に追い上げられたフランス陣営からは、カーワン・ジャパンへの称賛が相次いだ。「日本はボールを与えるととても危険なチームだったし、ダイナミックなプレーで観客を魅了した」と真剣な表情で語ったのはFLデュソトワール主将。1次リーグの残り3戦での活躍に太鼓判を押した。リエブルモン監督にいたっては「4点差に追いつめられたときには、それが現実とは思えなかった。今日の敗者は日本ではない」と、まるで自分たちが負けたかのような落ち込みようだった。」
「日本代表が善戦したフランス戦から一夜明けた11日、地元紙は桜のジャージーを絶賛した。オークランドを拠点とする有力紙「ニュージーランド・ヘラルド」日曜版では、各試合を1ページずつ取り上げるなか、日本戦の紙面はフランスの記事を掲載せず、日本をたたえる記事で埋めた。
「桜の勇猛さもむなしく」と見出しをつけ、「後半は途中まで試合を支配した」とリポート。「過去にW杯で1勝しかしていない(IRBランク13位の)日本が、IRB同4位のフランスに一時は4点差まで追い上げた」など、日本選手の奮闘を高く評価した。」 ーーサンスポよりーー
しかし、善戦は善戦で勝ちではない。なでしこのように勝たなくてはダメなのだ。でも、ああやって強豪にも怯まずにタックルし向かっていく姿勢が何よりも美しい。そこは最大限賞賛すべきだ。
9月13日(火) 晴 22394
まだ暑い。30度を超え蒸し暑い日が続いている。第178臨時国会が13日、召集された。野田首相が所信表明演説を行った。「第178回国会の開会に当たり、東日本大震災、そしてその後も相次いだ集中豪雨や台風の災害によって亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。また、被害に遭われ、不自由な暮らしを余儀なくされている被災者の方々に、改めてお見舞いを申し上げます。
この度、私は、内閣総理大臣に任命されました。政治に求められるのは、いつの世も、「正心誠意」の四文字があるのみです。意を誠にして、心を正す。私は、国民の皆様の声に耳を傾けながら、自らの心を正し、政治家としての良心に忠実に、大震災がもたらした国難に立ち向かう重責を全力で果たしていく決意です。まずは、連立与党である国民新党始め、各党、各会派、そして国民の皆様のご理解とご協力を切にお願い申し上げます。
あの3月11日から、はや半年の歳月を経ました。多くの命と穏やかな故郷での暮らしを奪った大震災の爪跡は、いまだ深く被災地に刻まれたままです。そして、大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故は、被災地のみならず、日本全国に甚大な影響を与えています。日本の経済社会が長年抱えてきた課題は残されたまま、大震災により新たに解決が迫られる課題が重くのしかかっています。
この国難のただ中を生きる私たちが、決して、忘れてはならないものがあります。それは、大震災の絶望の中で示された日本人の気高き精神です。(宮城県)南三陸町の防災職員として、住民に高台への避難を呼び掛け続けた遠藤未希さん。防災庁舎の無線機から流れる彼女の声に、勇気づけられ、救われた命が数多くありました。恐怖に声を震わせながらも、最後まで呼び掛けをやめなかった彼女は、津波に飲まれ、帰らぬ人となりました。生きておられれば、今月、結婚式を迎えるはずでした。被災地の至るところで、自らの命さえ顧みず、使命感を貫き、他者をいたわる人間同士の深い絆がありました。彼女たちが身をもって示した、危機の中で「公」に尽くす覚悟。そして、互いに助け合いながら、寡黙に困難を耐えた数多くの被災者の方々。日本人として生きていく「誇り」と明日への「希望」が、ここに見いだせるのではないでしょうか。
忘れてはならないものがあります。それは、原発事故や被災者支援の最前線で格闘する人々の姿です。先週、私は、原子力災害対策本部長として、福島第1原発の敷地内に入りました。2千人を超える方々が、マスクと防護服に身を包み、被(ひ)曝(ばく)と熱中症の危険にさらされながら、事故収束のために黙々と作業を続けています。そして大震災や豪雨の被災地では、自らが被災者の立場にありながらも、人命救助や復旧、除染活動の先頭に立ち、住民に向き合い続ける自治体職員の方々がいます。ご家族を亡くされた痛みを抱きながら、豪雨対策の陣頭指揮を執り続ける那智勝浦町の寺本真一町長も、その一人です。
今この瞬間にも、原発事故や災害との戦いは、続いています。さまざまな現場での献身的な作業の積み重ねによって、日本の「今」と「未来」は支えられています。私たちは、激励と感謝の念とともに、こうした人々にもっと思いを致す必要があるのではないでしょうか。
忘れてはならないものがあります。それは、被災者、とりわけ福島の方々の抱く故郷への思いです。多くの被災地が復興に向けた歩みを始める中、依然として先行きが見えず、見えない放射線の不安と格闘している原発周辺地域の方々の思いを、福島の高校生たちが教えてくれています。
「福島に生まれて、福島で育って、福島で働く。福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てる。福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢です」
これは、先月、福島で開催された全国高校総合文化祭で、福島の高校生たちが演じた創作劇の中の言葉です。悲しみや怒り、不安やいらだち、諦めや無力感といった感情を乗り越えて、明日に向かって一歩を踏み出す力強さがあふれています。こうした若い情熱の中に、被災地と福島の復興を確信できるのではないでしょうか。
今般、被災者の心情に配慮を欠いた不適切な言動によって辞任した閣僚が出たことは、誠に残念でなりません。失われた信頼を取り戻すためにも、内閣が一丸となって、原発事故の収束と被災者支援に邁(まい)進(しん)することを改めてお誓いいたします。
大震災後も、世界は歩みを止めていません。そして、日本への視線も日に日に厳しく変化しています。日本人の気高い精神を称賛する声は、この国の「政治」に向けられる厳しい見方にかき消されつつあります。「政治が指導力を発揮せず、物事を先送りする」ことを「日本化する」と表現して、やゆする海外の論調があります。これまで積み上げてきた「国家の信用」が今、危機にひんしています。
私たちは、厳しい現実を受け止めなければなりません。そして、克服しなければなりません。目の前の危機を乗り越え、国民の生活を守り、希望と誇りある日本を再生するために、今こそ、行政府も、立法府も、それぞれの役割を果たすべき時です。
言うまでもなく、東日本大震災からの復旧・復興は、この内閣が取り組むべき最大、かつ最優先の課題です。これまでにも政府は、地方自治体とも協力して、仮設住宅の建設、がれき撤去、被災者の生活支援などの復旧作業に全力を挙げてきました。発災当初から比べれば、かなり進展してきていることも事実ですが、迅速さに欠け、必要な方々に支援の手が行き届いていないというご指摘もいただいています。
この内閣がなすべきことは明らかです。「復興基本方針」に基づき、一つひとつの具体策を、着実に、確実に実行していくことです。そのために、(平成23年度)第3次補正予算の準備作業を速やかに進めます。自治体にとって使い勝手のよい交付金や、復興特区制度なども早急に具体化してまいります。
復旧・復興のための財源は、次の世代に負担を先送りすることなく、今を生きる世代全体で連帯し、負担を分かち合うことが基本です。まずは、歳出の削減、国有財産の売却、公務員人件費の見直しなどで財源を捻出する努力を行います。その上で、時限的な税制措置について、現下の経済状況を十分に見極めつつ、具体的な税目や期間、年度ごとの規模などについての複数の選択肢を多角的に検討します。
省庁の枠組みを超えて被災自治体の要望にワンストップで対応する「復興庁」を設置するための法案を早急に国会に提出します。被災地の復興を加速するため、与野党が一致協力して対処いただくようお願いいたします。
原発事故の収束と福島再生に向けた取組
原発事故の収束は、「国家の挑戦」です。福島の再生なくして、日本の信頼回復はありません。大気や土壌、海水への放射性物質の放出を確実に食い止めることに全力を注ぎ、作業員の方々の安全確保に最大限努めつつ、事故収束に向けた工程表の着実な実現を図ります。世界の英知を集め、技術的な課題も乗り越えます。原発事故が再発することのないよう、国際的な視点に立って事故原因を究明し、情報公開と予防策を徹底します。
被害者の方々への賠償と仮払いも急務です。長期にわたって不自由な避難生活を余儀なくされている住民の方々。家畜を断腸の思いで処分された畜産業者の方々。農作物を廃棄しなければならなかった農家の方々。風評被害によって、故なく廃業に追い込まれた中小企業の方々。厳しい状況に置かれた被害者の方々に対して、迅速、公平かつ適切な賠償や仮払いを進めます。
住民の方々の不安を取り除くとともに、復興の取組を加速するためにも、既に飛散してしまった放射性物質の除去や周辺住民の方々の健康管理の徹底が欠かせません。特に、子供や妊婦の方を対象とした健康管理に優先的に取り組みます。毎日の暮らしで口にする食品の安全・安心を確立するため、農作物や牛肉などの検査体制の更なる充実を図ります。
福島第1原発の周辺地域を中心に、依然として放射線量の大変高い地域があります。先祖代々の土地を離れざるを得ない無念さと悲しみをしっかりと胸に刻み、生活空間にある放射性物質を取り除く大規模な除染を、自治体の協力も仰ぎつつ、国の責任として全力で取り組みます。
また、大規模な自然災害や事件・事故など国民の生命・身体を脅かす危機への対応に万全を期すとともに、大震災の教訓も踏まえて、防災に関する政府の取組を再点検し、災害に強い持続可能な国土づくりを目指します。
三、世界的な経済危機への対応
大震災からの復旧・復興に加え、この内閣が取り組むべき、もう一つの最優先課題は、日本経済の建て直しです。大震災以降、急激な円高、電力需給の逼(ひっ)迫(ぱく)、国際金融市場の不安定化などが複合的に生じています。産業の空洞化と財政の悪化によって、「国家の信用」が大きく損なわれる瀬戸際にあります。
エネルギー政策の再構築
日本経済の建て直しの第一歩となるのは、エネルギー政策の再構築です。原発事故を受けて、電力の需給が逼迫する状況が続いています。経済社会の「血液」とも言うべき電気の安定的な供給がなければ、豊かな国民生活の基盤が揺るぎ、国内での産業活動を支えることができません。
今年の夏は、国民の皆様による節電のおかげで、計画停電を行う事態には至りませんでした。多大なご理解とご協力、ありがとうございました。「我慢の節電」を強いられる状況から脱却できるよう、ここ1、2年にかけての需給対策を実行します。同時に、2030(平成42)年までをにらんだエネルギー基本計画を白紙から見直し、来年の夏を目途に、新しい戦略と計画を打ち出します。その際、エネルギー安全保障の観点や、費用分析などを踏まえ、国民が安心できる中長期的なエネルギー構成の在り方を、幅広く国民各層のご意見を伺いながら、冷静に検討してまいります。
原子力発電について、「脱原発」と「推進」という二項対立で捉えるのは不毛です。中長期的には、原発への依存度を可能な限り引き下げていく、という方向性を目指すべきです。同時に、安全性を徹底的に検証・確認された原発については、地元自治体との信頼関係を構築することを大前提として、定期検査後の再稼働を進めます。原子力安全規制の組織体制については、環境省の外局として、「原子力安全庁」を創設して規制体系の一元化を断行します。 ーー中略ーー
東日本大震災と世界経済危機という「2つの危機」を克服することとあわせ、将来への希望にあふれ、国民一人ひとりが誇りを持ち、「この国に生まれてよかった」と実感できるよう、この国の未来に向けた投資を進めていかなければなりません。
分厚い中間層の復活と社会保障改革
かつてわが国は「一億総中流」の国と呼ばれ、世界に冠たる社会保障制度にも支えられながら、分厚い中間層の存在が経済発展と社会の安定の基礎となってきました。しかしながら、少子高齢化が急速に進み、これまでの雇用や家族の在り方が大きく変わり、「人生の安全網」であるべき社会保障制度にもほころびが見られるようになりました。かつて中間層にあって、今は生活に困窮している人たちも増加しています。
諦めはやがて、失望に、そして怒りへと変わり、日本社会の安定が根底から崩れかねません。「失望や怒り」ではなく、「温(ぬく)もり」ある日本を取り戻さなければ、「希望」と「誇り」は生まれません。 ーー中略ーー
日本人が「希望」と「誇り」を取り戻すために、もうひとつ大事なことがあります。それは、決して「内向き」に陥らず、世界に雄飛する志を抱くことです。
明治維新以来、先人たちは、果敢に世界に挑戦することにより、繁栄の道を切り開いてきました。国際社会の抱える課題を解決し、人類全体の未来に貢献するために、私たち日本人にしかできないことが必ずあるはずです。新たな時代の開拓者たらん、という若者の大きな志を引き出すべく、グローバル人材の育成や自ら学び考える力をはぐくむ教育など人材の開発を進めます。また、豊かなふるさとを目指した新たな地域発展モデルの構築や、海洋資源の宝庫といわれる周辺海域の開発、宇宙空間の開発・利用の戦略的な推進体制の構築など、新しい日本のフロンティアを開拓するための方策を検討していきます。 ーー中略ーー」
と言ったそうだ。本当に希望がある社会になれば嬉しい。そうじゃないから、社会全体、国民が政治に強く不信を抱いているのだと思う。これでまた、野党からの足のひっぱりっこが始まるとうんざりする。協力して復興に当たる気が自民公明にはない気がする。民主党内もゴタゴタして一つにまとまっているとは言えないし、どうなることか・・・。
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