断腸亭日常日記 2018年 1月 その1

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

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 1月17日(水) 曇のち雨 15132

 本を読んでいたら、こんな文章があった。「むかしの人も知恵があった。気象衛星とか気象台とか、レーダーとか、科学的に天候、気候を測るものがなかった頃は、森羅万象に人間の知恵を働かせて、自然界の動きというものを知ろうとした。
 一年を十五日づつに区切って、二十四節気というものをこしらえた。立春もその一つ。そして一つの節気を更に五日づつに分けたのが七十二候。この二十四節気と七十二候とが、暦の重要な基準になっていたんだそうですな。よく私たちが使っている、「気候」という言葉。これは二十四節気の気の字と、七十二候の候の字とを、つなぎ合わせたものだということでございます。」 --『志ん朝の風流入門』 古今亭志ん朝・齋藤明著 より--

 日本語って面白いものだと思った。言葉を商売とする落語。久々に末広亭に行った。夜の部のトリが小三治だったからだ。落語以外の出し物は、どうも苦手で、漫才はどうもダメ。テレビで観ているような芸人ならまだいいが、ちょっと退屈だ。中入りの後、正月という事で、寿獅子を観る。こういうのも良いものだ。トリの前に紙切りを観る。こういう芸が、残っているのは、良い。客の注文に応えて三味線に合わせて紙を切る。その出来栄えも素晴らしい。寄席にこういうのがなくなったら寂しいと思う。柳家正楽は、紙切りの第一人者なのかもしれない。

 そして、小三治。初詣での話からはじまり、明治神宮は昔、野っ原だったこと、そこに薩長の明治政府が天皇を神様にするために、明治神宮を作ったことを話す。こんな話をしても、赤じゃないんですよ、と笑いを取る。廃仏毀釈の話を入れて行く。早稲田の辺りで生まれ育ったので、神社と天神さんの敷地の境があって、こっから先が神社で、こっちが天神さん。そして、年末のあった事件の話。あの時の日本刀は、名刀だったのかどうか調べたら、33万円のものと、55万円の二本だった。55万たって高くないんですよ日本刀は。駄刀ですよ。名刀政宗とかそういうのか思ったら。

 思い出したのは、雷蔵の映画だ。『眠狂四郎』で、金がないから安い刀を買って決闘していると、刀が折れる。その浪人が折れた刀を観て、「三両か」とつぶやくシーンだ。確かあの事件では、片腕を切り落としたが、首を切ろうとして、刃が折れた。それも同時に思い出した。小三治は、あそこは、今二つに別れてますね、深川不動尊ともう一つに。昔は一緒だったんですと言っていた。江戸っ子の小三治。徳川時代の江戸から東京に変わったことを、薩長の明治政府が出来て、江戸の町が変わった悔しさとか不快感みたいなものを言っているんだと思った。それは、幕臣や武士階級も同じであっただろう。でも、江戸の武士ではない庶民がそういう感覚を持っていたことが、瓦解の変革の根深いといえば根深さなのだと思う。

 そういうのは、漱石や荷風が感じた、町の変わりようと時代の変わりように、流されずに自分という物を見つめ直す、冷めた目として持っていたのと同じ感じ気がした。江戸っ子っていうのは、京都人とは天皇に対する感じ方が全く違うのだと思う。終演の21時になっても、まだまくらの話。このまま、まくらで終わるのかと思ったら、突然、浄土真宗の父親と耶蘇(ヤソ)(キリスト教)の息子の噺が始まった。小三治は、面白くもなんともないような顔をして、飄々と話す。それが、面白いのだ。頭は薄くなってきたが、芸は落ちていない。落ちは、親子喧嘩の仲裁に入ったズーズー弁の使用人に、お前も真宗かと、訊くと、真宗を信州と聞き間違えて、いえ、仙台です、というものだった。末広亭は、二階席まで立ち見まで出る満員状態。これも小三治がトリを取るからだろう。小三治は飄々としていたが、その前に出ている噺家は、二階席まで満員を観て驚いていた。小三治は、結局40分ぐらい話していた。


 1月18日(木) 曇 9492

 道路は濡れているところがあり、空には雲がいっぱいある。パソコンに酒がこぼれたので、違うパソコンをしばらく使うことにする。1週間か10日は放置しておく方が良いだろう。昨日、『ガッテン』で、葉酸の事をやっていた。別名ビタミンM。貧血を起こす猿と、起こさない猿を、調べていたら発見された物質。猿から発見されたからMが付けられたという。一般的には、葉酸という。貧血だけでなく、成長を促したり、認知症にも効果がある様だ。動脈硬化、骨粗鬆症などにも効くという。鶏のレバーなどに多く含まれている。他には大豆やほうれん草、海苔、緑茶、など。大豆だから、納豆、きなこなども。出演していた女優が、妊婦の時に葉酸を取るように医者に言われたと言っていた。その時は、2倍摂取するよう言われたという。悪さをするホモシステインの抑制や代謝を促すのが葉酸。多分、日本食はそういう物を多く食べるよう工夫されてきた食事の様だ。


 1月19日(金) 曇 9031

 昨日より今日の方が冷たい。昨日は雲が黒かったが、今日はそうでもないのに寒いのだ。天気は気まぐれだ。丹波の黒豆で作った甘い豆に、きなこをかけて食べたら美味しかった。甘いしるにきなこが絡んで丁度良い。わらび餅もきなこが良い感じだがこっちの方が美味しいかも知れない。ただあわてて口に入れようとすると、きなこの粉が肺の方へ行ってむせる。しるときなこが絡んで色が変わる。粘りが出る。それをスプーンですくって口に運ぶ。黒豆も美味いが、これも美味しい。口の中に広がる楽しみ。熱い煎茶が良いのだろうが、そこは葉酸の方から考えると、抹茶が良い。何も甘味屋へ行かなくてもそういう楽しみ方が出来るというものだ。


 1月20日(土) 曇/晴 12856

 90年代にあれだけ社会不安を煽った事件を起こした、一連のオウム真理教事件。その最後の幹部の裁判が結審したという。これからは13名の死刑が執行の段階に移っていくのだという。今までは、裁判の関係で、証人として出廷する事があったので、死刑執行が行われていなかったという。しかし、あの事件の真相は解明したのだろうか?

 あの当時、取材した江川紹子は、「何処にでもいる真面目な人間があのような事件を起こしたという事を忘れないで欲しい。」と言うような事を言っていた。同僚だった坂本弁護士事件を追って、オウム事件に深く関わった滝本太郎弁護士は、去年だったか、麻原彰晃の四女の社会復帰の支援をしているという。それにしても、忍耐強く事件に関わり、根気強く、それぞれの役割を果たしたのだと思う。泣きたくなるような事が沢山あったのだと思う。

 17日は阪神大震災の記念日だった。その約2ヶ月後に地下鉄サリン事件が起きた。激動の95年だった。高速道路が倒壊した映像が、地下鉄サリン事件の映像でかき消されていった印象だ。この二つの出来事が当時の日本に、大きな衝撃を与えたのは言うまでもない。


 1月21日(日) 晴/曇 9625

 今日は大丈夫だったが、明日は雪予報。交通機関の混乱が予想される。闘牛も動き出している。ニームが5月18日から21日まで。マドリードのラス・ベンタス闘牛場がドミンゴ・デ・ラモス(3月25日)の開幕の様だ。そして、ホセ・トマスがカステジョンへ出場する可能性が強くなった。どうしよう。カステジョン、バレンシア、セビージャ、ヘレス、マドリード他にホセ・トマスが出場することになったら・・・。


 1月22日(月) 雪 12733

 東京は、朝から雪がちらつきはじめ、16時には10cmの積雪を記録した。0時頃まで降るという予報で、交通機関は混乱してきている。

「21日午前6時40分ごろ、東京都大田区の多摩川河川敷で、「男性が川に飛び込んだようだ」と110番通報があった。駆けつけた警視庁田園調布署が男性を救助し、病院に搬送したものの、まもなく死亡が確認された。死亡したのは評論家の西部邁(すすむ)さん(78)で目撃情報などから自殺とみられ、同署で当時の状況を調べている。」(産経新聞)付近には、遺書のような文章があったという。

「この頃は何となく浮き世がいやになりどう考へても考へ直してもいやで立ち切れず、さりとて自殺するほどの勇気もなきはやはり人間らしき所が幾分かあるせいならんか。フアウストが自ら毒薬を調合しながら口の辺りまで持ち行きて遂に飲み得なんだというゲーテの作を思ひ出して自ら苦笑ひ被致(いたされ)候。  ・・・(中略)・・・
 これも心という正体不明の知れぬ奴が五尺の身に蟄居(ちっきょ)する故(ゆえ)と思へば悪(にく)らしく、皮肉の間に潜むや骨髄の中に隠るるやと色々詮索すれども今に手掛かりしれず。ただ煩悩の焔(ほのお)熾(さかん)にして甘露の法雨待てども来(きた)らず。慾海の波険にして何日(いつ)彼岸に達すべしとも思はれず。己(や)みなん己みなん。目は盲になれよ耳は聾になれよ肉体は灰になれかし。」 --明治二十三年八月九日夏目漱石が、松山に帰省している正岡子規宛に書いた手紙より--

 漱石の弟子に当たる芥川龍之介が自殺した昭和2年7月24日。発見された遺書には、「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」と書いていた。西部邁はたぶん自殺だと思うが、何故死んだんだろう?漱石は、時代に対する不安を感じていたんだろうと思うし、芥川もおそらく同質のものだったと思う。西部も同質のものなのか?娘の証言では、背中の持病で、激痛に襲われる事があり、そのせいで周囲に死にたいと言っていたという。「朝まで生テレビ」保守の論客として活躍した。

 「14年には高校の同級生だった妻に先立たれ、大きな喪失感に襲われ「病院では死にたくない」として自死への憧憬(しょうけい)を周囲に明かした。「朝生」で共演したジャーナリスト、田原総一朗氏(83)は「死ぬ時は自殺したいと言っていた。自分のことは自分でけじめをつけるということで、体が不自由な状況が許せなかったのでは」と悼んだ。過去の出演番組で自殺について言及したことも。前日の20日に放送されたTOKYO MXテレビ「西部邁ゼミナール」(前7・05)では「僕の人生はほとんど、無駄でありました」と意味深な言葉で締めていた。」 --ースポーツニッポンより--

 こんな死に方をする人だとは思わなかった。でも、田原総一郎に死ぬ時は自殺と語っていたというのは、意外だった。考え方は全然違う人だが、「僕の人生はほとんど、無駄でありました」とは言って欲しくない思いが強いのだ。

 『紅白』にダンサーで出場した片足の大前光市。振り付けを担当した辻本知彦。ダンサーに感情を込めないで踊るように言う。戸惑う大前。「去年の第68回NHK紅白歌合戦で、平井堅さんの歌「ノンフィクション」をダンスで表現した義足のプロダンサー・大前光市さん(38)に密着。大前さんと、今回のステージで振り付けを担当した辻本知彦さんとの熱い創作の日々を描く。大前さんが注目を集めたのは2年前。リオパラリンピックの閉会式。片足で連続4回のバク転という圧巻のパフォーマンスで鮮烈な姿を世界に印象づけた。そして紅白では、歌の世界観である「絶望と向き合う苦しみ。その先に見える希望」を全身で伝え、深い感動を呼んだ。この舞台の陰に、知られざるもうひとつのドラマがあった。大前さんと辻本さんは、かつて同じ舞踊団を目指した因縁の相手だった。15年前、大前さんはオーディションの直前、交通事故に遭い、左足を切断。一方、辻本さんは、その舞踊団に見事合格。注目を集め、瞬く間に活躍の場を世界へと広げていった。光と影、別の道を歩んできた二人が、紅白でタッグを組むことになった。胸に秘めた葛藤、意地とプライド、互いをぶつけ合い新たな表現に挑んだ二人のダンサー。その日々を追った。」 --NHKのHPより--

 二人の不思議な関係。そして、紅白を踊りきった後、振り付けの辻本が涙を流して喜んでいた。大前もやり切った満足感を口にしていた。今、アメリカからオファーを受けダンスの練習をしている。義足の先に地面をこすると火花が出るよう仕掛けをした義足を付けて踊っている。それを見ていた少年が紹介される。この少年は大前と同じ左足に義足を付けている。どうだったと訊かれた少年は、「凄かった」と、目を爛々と輝かせていた。こういうのが好きだ。理屈ではない、ときめきとか希望とかいうのが。大前がこの少年の心に灯したモノが、少年の道を照らしてくれるだろうと思うからだ。


 1月23日(火) 晴 10410

 昨日の東京都心の積雪は23cmだった。雪を観ていると理屈抜きにウキウキする。子供の頃の気持ちになるようだ。雪合戦したり雪だるま作ったりした楽しいことを思い出すのかも知れない。テレビを観ていたら、雪を知らない外国人が喜んでいた。朝、近所を歩いたら、母親の手を離れてヨチヨチ歩きの小さな子供がニコニコしながら歩いているのを観た。いつもと違う風景に、ウキウキしている。

 寺に行くと、門の前、境内も雪かきがされていない。そこを、長靴で歩く快感。気分が良い。小学校の帰りに、田んぼに長靴で入って氷を割って遊んでいたことを思い出す。なんであんなに楽しかったんだろう。寺の屋根には、ソーラーパネルがあり、その上にあった雪は、滑り落ちていた。その落ちた雪が、賽銭箱の前の所に積もっている。その横の石段を登ってお参りした。

 裏町や 貧しき寺の 冬木立 荷風
 消えやらぬ 残り雪や 門の闇 荷風


 1月24日(水) 晴 9636

 雪はやんだが、シベリアからの寒気団が南下して、非常に寒い。金曜か土曜辺りまで続く見込みらしい。北陸や北海道など日本海側には強風と大雪が降っているようだ。東京は、雪が未だ溶けきっていない状態で、チェーンをした車が街を走っている。道路をよく観ると、チェーンで路面が傷ついている。道路の端には、雪があり、裏道は夕方になると、残っている雪と、溶けた水が氷はじめる。降雪時よりその後の方が、滑って転んだりする怪我が多いという。勿論、積雪時の交通事故は、チェーンなど付けていなかったために多かった様だ。東京も昼から風が冷たかった。

 サラゴサとエル・プエルト・デ・サンタ・マリアの闘牛の開催が危ぶまれているという。


 1月25日(木) 晴 11218

 都内では今朝氷点下4度を記録して、水道の水が出ないという問い合わせのようなモノが多数あったという。土曜日くらいまで最上級の寒気団が日本列島を覆うようで、こういう事が続くのかも知れない。昼は晴れているのに風が冷たい。日が暮れると、0度近くになり寒い。

 大谷昇平がもうすぐ、大リーグのエンジェルスのキャンプに合流する。それに先だって、GMが来日して大谷の育て方について、栗山監督と話し合いがもたれたという。栗山監督は、球団のGMの二刀流に対する本気度を強く感じたという。その中で、多少痛いところがあっても、「大丈夫です」という性格の大谷の事を話、そこを押さえるのは、「あなたの役目ですよ」とGMに伝えたという。GMは、その役目をしっかり果たしたいと言ったという。いま、千葉にある鎌ヶ谷の日本ハムの施設で、合流前の準備をしているようだ。怪我をしないように体を作っていって欲しい。


 1月26日(金) 晴 13014

 上野の国立西洋美術館へ行って、『北斎とジャポニスム展』を観た。カミーユ・クローデルの『波』は、『神奈川沖波裏』を題材にしている。全部石だと思っていたら、波の下でそれぞれ違うポーズで波を観ている三人の裸の女はブロンズで作られていた。この展示は、印象として絵よりも、版画やポスターの方が良いし、陶器とかデザインが素晴らしいと思った。北斎及び、浮世絵などが、印象派などに与えた影響は非常に大きいことが解る。春画の処には、ロダンのスケッチやクリムトモノがあった。東京都美術館でやった、『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』でも思ったが、学芸員たちの努力が表れている美術展になっていると思う。

 情報によると、ペピン・リリアが闘牛士に復帰するという。彼の闘牛が好きだったが、今更復帰して何をするという感じだ。それは、エスパルタコが復帰した時の感想と同じ。あの頃の闘牛より、良い闘牛をしてもほぼ何も感じないだろうと思うからだ。そうあの頃、ベンタスでプエルタ・グランデして欲しかった。ビクトル・バリオ、イバン・ファンディニョのオメナッヘの闘牛にも出場するようだ。アルテルナティーバ25周年になる記念の様だが・・・。フリがセビージャに2回出場するという。自分が要求した通りにはならなかった様だ。サン・セバスティアンの闘牛は議会が闘牛開催を拒否した。なんかドンドン闘牛の開催が少なくなって行く。経済状況が良くないこともあるのだろうけど・・・。

 アルバロ・ヌニェスのことが、ネットの記事になっている。その前に、下山さんから詳しい話を訊いた。そういうことなのかと思った。


 1月27日(土) 晴 10468

 寝る前に、志ん朝の落語を聞いていた。圧倒的に落語を聞いている気分になる。志の輔では、足りない。小三治とは違う語り口。談志はどっか合わない。関西の噺、京都を舞台にした『愛宕山』をああいう風にやるというのは、新鮮だった。語りが聞きたいと思える落語家だ。志の輔の噺を聞いていると、どうも客をいじっている感じがする。そういう事はあまりやらない方が良いと思う。語りが聞きたいのだから。テレビに出ていると、談志のようにいじることを覚えてしまうのかも知れない。それは、残念だ。


 1月28日(日) 晴 8080

 寒い東京。アスファルトの上に氷が、5cm以上固まっている処がある。寒いから溶けないのだ。昨日の京都競馬場メインレースでは、大粒の雪が降っていた。今日も京都・中京で雪がちらついていた。

 夜中、テレビをつけていたらアンティーク物をやっていた。それで思ったが、陶器などの絵付けは、ヨーロッパでも日本画のように影をつけない。絵の具の濃淡で描く。『北斎とジャポニスム展』で観た陶器などの工芸品に描かれた物も同じだ。つまり、北斎のデザインは、そのまま使用されやすいのは、そういうためなのではないかと思った。『北斎漫画』などのデザインが新鮮に見えたのは、それを活用できると思った人たちが多かったからなのではないかと思った。


 1月29日(月) 晴 11954

 道路の雪は大分溶けてきたが、配送の車はまだチェーンを付けて運転している。ところどころ氷っているので、坂道などは危ないからだ。水曜日くらいには溶けると思うが、木金でまた雪の予報になっている。寒波は続きそうだ。

 考古学世界では今、今までの常識が通用しない状態になってきたのだという。眼で見た物を判断してしたのが、最新の機械や技術などで、眼に見えなかったものが分かるようになって来たからだという。例えば、青銅器の剣の柄の部分に鉄の芯が発見されたり、縄文土器から豆や、ゴキブリの卵や虫などが発見されたりしているという。そこから、技術の発展や、人間の食性などが想像できるようになって来たという。縄文人は、狩猟だけでなく、食物を栽培し品種改良をしていたのではないかと、想像されるようだ。だとすると、本当に今までの常識が覆されることになる。Eテレ『サイエンス・ZERO』でやっていた。


 1月30日(火) 曇 11399

 昔、急に寿司が食いたくなって、近くにすし屋に行って千円札を一枚出して、これで寿司を握ってくれますかと頼んだことがある。当時は、スーパーで寿司を売っていなかったし、今みたいにコンビニがなかった頃だ。職人は、たぶん呆れただろう。木の折に四本の海苔巻きを入れてくれた。それを食べながら、握りが食いたいと思って食べていたら、ちょっとわびしい気持ちになった。志賀直哉の『小僧の神様』は、金のない小僧に寿司をおごってやる話で、小僧にとって、寿司をおごってくれた人が神様に見えるという話だった。この話から、小僧寿しチェーン店が出来る。小説から取った名前だ。

 あの頃は、気軽に寿司を食べれる時代ではなかった。志賀直哉の小説の頃は、もっとそうだっただろう。ましてや丁稚奉公の小僧にとっては。今なら、スーパーやコンビニで、500円くらい出せば握りの寿司が簡単に食える。先日BSプレミアムで、伝説のすし職人、藤本繁蔵のことをやっていた。『究極の鮨(すし)~職人・藤本繁蔵の世界~』。それを観ていると色々なことが分かった。来ていた客の顔ぶれが凄い。北大路魯山人、白洲次郎、武者小路実篤、高峰秀子、五木寛之、中村芝翫など著名人が多く通ったという。白木のカンターやおまかせというシステムを採用したのが藤本繁蔵だったという。


 1月31日(水) 晴/曇 12025

 晴れたり曇ったりしているが、夜になると曇の予報。今日は皆既月食。雲に隠れて見えないかもしれない。でも、雲の切れ目から月が観えるだろうか。予報だと、皆既月食と言っても黒い月になるのではなく、赤い月になるのではないかという。どんな月が観れるのか、寒空を仰いでみたい。

 ちょっと調べてみたが、竹取物語というのが面白いと思った。かぐや姫は、この世のものではないのかもしれない。竹から出てきて、同じ竹林へかよう翁が竹から金を見つける。言い寄る多くの男の中から5人に、とても出にないような難題を与える。その5人が、壬申(じんしん)の乱の頃の人。負けた大友皇子(弘文天皇)についた人、勝った大海人皇子(天武天皇)についた人がいる。そして、多くが天武・持統天皇時代に高い官位に着いた人たちのようだ。

 いまはとて 天の羽衣 着る時ぞ 君をあはれと おもひいでぬる

 という歌と手紙と不死の薬を残し、天に昇って行った。帝は手紙を読んで深く悲しんだ。駿河の国に日本で一番高い山があると訊くと、そこで不死の薬を焼くようにと命じた。その山を、「ふじの山」と名付けたという。

 おそらく、日本の古代史の中で、最も重要で面白いのが、この天武・持統天皇の時代だろう。『日本書紀』や『古事記』の編集が始まり、伊勢神宮遷宮を決めたり、律令制度を確立したり、後の日本の方向性を作った時代だ。この時代がなければ後に出来る『万葉集』も出来ていなかったかもしれない。そして、そこにこの時期を扱った『竹取物語』が平安時代に作られたというのは、非常に面白い。その物語の中心に「月」があるというのも、実に面白い。


 2月1日(木) 曇のち雨 11818

 昨日の皆既月食は、雲に隠れることなく観れた。赤い月。赤銅色というらしい。何故赤く見えるか?それは太陽の光が、地球の大気圏を通る時に、青い色が抜けて、赤い色だけが月に当たる為だという。普段より大きく観える月。ひと月に2回の満月。そして、皆既月食。NASAは、スーパー・ブルー・ブラッドムーンと言っているらしい。昼過ぎから雨が降って来た。雪にはまだなっていない。予報では、21時頃から降るという。最新情報では、八王子では雪が降っていて、都心でももうすぐ気温が下がり雪になるという。

 今週は、去年9月に放送した、『京都人の密かな愉しみ Blue 修行中』が29分の番組にして、4回放送されている。

「幸太郎の母が営むBar Forest Down に、集まった高校の同級生たち。 釉(ゆう)子(陶芸家見習い) 正確に物を作れる技術も必要やと思います。でもうちは産業ロボットやあらしません。人間の感性と手でしか作れへん、たった一つの物を作りたい。それがアートやと思います。 甚(板前見習い) 感性、アート。頭でイメージしたものを正確に手で、再現する技術もないお前が、芸術を語る気か。千二百年、早いわ! 釉子 笑いだし、めっちゃ似ている。 甚 お前のお父ちゃん、キャラ立ち過ぎやから、真似しやすいねん。 釉子 千二百年早いわってなんどす。 幸太郎(庭師見習い) 平安京遷都以前の問題やということと違うか。 釉子 そうか。 甚 なるほどな、ってお前がゆうてる意味が、全く判らへん。 幸太郎 えっ。 志保(幸太郎の母) 千二百年経って京都の人間が作り上げて来たもんは、生半可なことでは超えられへんゆう意味やないの。 甚 はー。 釉子 納得。 甚 さすがおばちゃんは、ええこといわはる。 --中略--

 釉子 そやけど腹の虫がおさまらんわ。何とかしていっぺんあのおっさんの鼻を明かしてやりたいねんわ。 幸太郎 釉子、口悪い。なんぼ父親でも天下の宮坂羊山を、あのおっさん呼ばわりはないやろ。 釉子 爺とか。 幸太郎 もうええわ。 釉子 ああああ、何か認めさせる良い方法ないかな。しかもアートのやり方で。 志保 お肉焼けるまで、これ飲んで、腹の虫おさめとき。 甚 びしぞうはつどすやん。 志保 ちょっと違いますけど。 甚 えっ。わーめっちゃ美味しい。 志保 甚君、当ててみ。 甚 山科茄子どすな。 志保 正解。 甚 しかも、牛乳の代わりに、豆乳をつこうてるのがみそや。 志保 あんたほんまに凄いなぁ。 釉子 この茶碗。 志保 綺麗やろ。もう使いだして十五年なるけど。形と言い、持った時に手になじむ重さと言い、年々ようなる。 釉子 父が焼いたものですか? 志保 うちは器だけが唯一の趣味やから、買う価値のあるもんは自分なりの見分ける基準は厳しいつもりやけど。羊山先生の器は、見た目や味わいだけとちごうて、使う人間や盛る料理のことを真剣に考え抜いてはる思うんやわ。

 羊山窯工房。 窯を開ける羊山 バラつきが多すぎる。廃棄処分やな。 釉子 正確に同じ物を作れる技術も必要や思います。でも、うちは産業ロボットやあらしません。人間の感性と手でしか作れへん、たった一つの物を作りたい。それがアートやと思います。 羊山 感性、アート。頭でイメージしたものを正確に手で、再現する技術もないお前が。芸術を語る気か。千二百年、早いわ!儂は宗匠がたに頼まれて、年一回しか使われへんような茶道具も焼くけど。儂が作りたいんは、日々愛され手に馴染んで、空気の様にそこある、普段使いの器や。桐の箱に収まってるようなもんやのうて、使われることによって、時間を吸収し表情を変えていく、前に出ず後ろに下がらず。使えば料理と共に引き立て合う。それが儂の理想の器や。 釉子は伏目がちになる。焼き上がった器が釉薬(ゆうやく)にヒビが入るチリンという音が静かに鳴る。 羊山 お前は自分が焼いた器を、買うくれたお人が、それで美味そうに飯を食うてるところを。想像したことなんかないやろ。」 --『京都人の密かな愉しみ Blue 修行中』 (2)ボクらの悩み編 より--

 「どんな師匠に巡り合うかが、職人の人生をほぼ決めてしまう。名声で選ぶか、技量で選ぶか、はたまた人柄や性格で選ぶか。師匠にも色々タイプがある。」 --『京都人の密かな愉しみ Blue 修行中』 (1)ボクらの師匠編 より--

 修行はいろいろ大変だ。独学もまた同じだ。結果は、自分が評価するのではなく、他人がするものなのだから。


 2月2日(金) 雪のち曇 6742

 夜中から降り出した雪は昼過ぎには上がった。雪はそんなに積もっていない。一応3cmの積雪。

 「中学生棋士の藤井聡太四段(15)は1日、東京都渋谷区の将棋会館で指された名人戦C級2組順位戦9回戦で梶浦宏孝四段(22)に勝ち、9戦全勝でC級1組昇級を決め、同日付で中学生初の五段に昇段した。

 15歳6カ月での昇級・昇段は、加藤一二三九段(78)の15歳3カ月に次ぐ年少記録。ただ加藤九段の頃は昇段日が年度初日と決まっていたため、五段になったのは高校1年生だった。現在は昇級確定日に昇段する規定に変わったため、初の「中学生五段」が誕生した。

 藤井五段は17日には朝日杯将棋オープン戦の準決勝で、羽生善治竜王(47)と対戦する。羽生竜王に勝ち、同日行われる決勝も制して優勝すれば、六段に昇段する」 --毎日新聞より--

 実は昨日、テレビを見ながら泣いていた。『カンブリア宮殿』である。MCは村上龍と小池栄子。それは、愛知ドビーのバーミキュラとライスポットである。兎に角というか、めっちゃ凄いと思った。これを買いたいと強く思った。使いたいと思った。料理したいと思った。社長の土方邦裕と副社長の土方智晴。兄弟である。創業者はお爺さん。父親の考えで、異業種に兄弟は就職する。密閉性の高い鋳物ホーロー鍋というは、愛知ドビーでしか作れないという。下請けの町工場がメーカーに変わって行った。

 特徴は、この鍋で美味しいご飯が炊ける。そして、最大の特徴は、野菜だけを入れて、無水料理が出来る。野菜の水分がホーロー鍋の中に溜まる。何故かと言えば、100分の1ミリの精度が鍋と蓋にあるからだ。このバーミキュラで作った野菜の無水料理に、子供たちはニンジンなどパクパク食べる。子供の嫌いな食べ物の代表のような、ニンジンが美味しいという。愛知ドビーには、バーミキュラで炊いたご飯が美味しいという反響が届く。しかし、火加減が難しいという意見もあった。それを解決したのが、ライスポット。温度設定が簡単に出来る。保温温度の設定もできる。料理人たちも使っているという。

 村上龍が言っていた。僕、ライスポット使ってるんです。知り合いからの紹介で。その人も知り合いからの紹介だったそうですと。創業は、愛知で盛んな織物を作る織機(ドビー機)。繊維産業が下火になると、自動車会社の下請け。業績がどんどん悪くなる。兄が安定したディーラーを辞め入社。遅れること5年、弟がトヨタ自動車を辞め入社。しかし、下請けでは受注会社から外国では1/3の値段だから1/3にしてしてよとよく言われたという。このままでは未来はない。そんな中、弟が何気なしに本屋に立ち寄る。そこで『ホウロウ鍋で作るおかず』をいうフランス製鋳物ホーロー鍋で作る料理本。鋳物ならうちでも作れる。早速その鍋を購入し料理を作る。すると凄く美味しかった。鋳物でホーロー鍋を作りたいと、それを兄に食べさせる。「鍋によって味は変わる」という事を初めて知る。「メーカーになると、自分たちで市場を開拓できるし、値段を決められる。それなら一回やってみようか」と思い開発を始める。

 実は鋳物ならすぐにできると思っていた。しかし、ホーロー鍋はフランスの3社以外はほどんど良いものが出来ない難しいものだった。問題はホーロー加工。鋳物やホーロー加工を工夫し何度かめどを立てる。しかし、これではフランス製の類似品でしかない。次に取り組んだのが、無水料理が出来るステンレス鍋。遠赤外線が出る鍋と無水調理。これを組み合わせれば、誰も作っていない鋳物ホーロー鍋が出来る。精密加工を始めるが、加工してもホーロー加工するときに、800度の熱を通すと歪が出来る。すると密閉性が悪くなる。そんな時に、リーマンショックによる大不況。下請けの注文が激減。週3日稼働になる。しかし、ベテラン社員が、「今月も厳しいね。なんとかしようよ」と励ましてくれた。

 失敗作は1万個。厳しい状況で、しかし、もう少しで出来ると思っていたという。もう少し、もう少しと続けられた開発は3年。一つだけこれならという試作品が出来た。それで無水料理を作る。社長が嫌いなニンジンもたっぷり入っているカレー。試食した社長が、「こんなカレー、初めてだ」と言って、ニンジンを探して口に入れる。弟が兄ちゃんニンジン嫌いなんじゃないのと訊く。ニンジンが甘い。これなら食えるよ。弟がその姿を観て「これはいける」と思ったという。従業員にも食べさせると驚きの反響。

 本来鋳物は密閉性が悪い。こういう今までの商品を観ていて、すぐ出来ちゃうよねと思って始める。3か月もあれば出来ると思っていた。なかなか出来ないので、工業研究所の先生に会いに行って、難しいことが分かる。「君たちここまで出来ているから、僕より出来ているから、あとは自分たちで頑張りなさい」と言われたという。鋳物成分13種類の金属の中で、100分の1パーセント配合が変わると全く違う物になる。金属の組み合わせ、精密加工の削り方、吹き付け方、焼き方、何度で何分を3回焼くが、組み合わせは無数にある。村上龍がいう。そういうことを考えると、良く3年で出来ましたね。3年たっても、完璧ではなかった。それから今まで7年8年やってきて、技術の改良をやっている。実は、発売開始してから1個も作れなくなってしまった事もある。龍が何故?と訊くと、技術的に何故なのかは分からないが、ポイントを掴んでいなかったからという。発売してから何か月待ちとなってから、1個も作れなくなってしまった。小池栄子が、怖い。そういう時、ご兄弟だから乗り越えれる事ってあるんですか?目標が一緒。そもそも愛知ドビーという祖父がやってきた会社を僕たちの代で潰さずに、継続して成長させていくのが、元々の目標なので、そこが一緒な限り、協力してやっていけると思う。

 なんか弟を思い出した。無性に顔が観たいと思った。近く盛岡に行こうと思った。

 ライスポットに、バーミキュラをセット。調理モードで1度単位で保温設定が可能。下準備をしっかりすれば、失敗がないという。このライスポットとバーミキュラでアメリカ進出をもくろむ。簡単にローストチキンが出来る。出来上がりは、胸肉までジューシーがローストチキンが出来るという。アメリカのユーザーにも好評だった。龍が訊く、何故社名を、愛知ドビーのままにしているのか。バーミキュラでも良いんじゃない、と。それは祖父が作った会社で、ドビーがあったからバーミキュラが出来た。そこはリスペクトするべきだと思っている。変えようと思ったことすらない。と兄はいう。弟は環境や時代によって、選んでいけばいいのではないかと。龍が、お兄さん絶対やだって言ってますよね。兄、僕は保守的なんです。「あれはだめ」と言うと「そういうことを言うと開発が進まない」と副社長から言われる。「それを打ち砕いて、新しいものはできるのだから、やらなければダメだ」と言われて、いつも言いあいながら、「ちょっとやってみようか」とやると大体できる。弟 社長がそう言ってくれるんで、僕は思い切ったことを言える。間違ったことを言ったら止めてくれる。そのこのバランスは信頼している。 龍 そういうことで、奇跡が起こったんですね。

「幸太郎(ナレーション) 職人の職いう字に、耳が入っているのは、師匠や先輩の職人の教えをよう訊き、わきまえる意味や。って棟梁がいうてはった。細部までわきまえ、注意深こう仕事をする人間。それが職人やと。また書いて字のごとく、職人の人の字は、確かな技能と経験を以て世の中に立つ一人前の人間を指すらしい。一人前かどうかは、他人が決めることやとも。」 --『京都人の密かな愉しみ Blue 修行中』 (1)ボクらの師匠編 より--

太郎と眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。  『雪』三好達治より

 もう一つ印象の残ったこと。それは、オーナーズデスク(コールセンター)で、オペレーターが受けたのは、5・6か月の子供の離乳食に対応できるレシピを教えて欲しいという問い合わせだった。時間を貰い、隣にあるテストキッチンへ行く。そこには、専属のシェフが待機している。1本の電話から、待機しているシェフが料理を試作する。作ったことがない料理があれば、直ぐにやってみる。無水料理で、野菜100%のスープを作る。煮だした野菜も、ペースト状にして食べられる。これを電話をかけて提案する。こんなコールセンター見たことがない。しかも、このコールセンターで働くオペレーターもみんな、バーミキュラで毎日料理をしているのだという。そうでないと、問い合わせには応えられないからだという。凄いことだ。

 今は野菜高いので、安くなったらバーミキュラを買ってきて無水料理をしたいと思った。


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