断腸亭日常日記 2017年 9月

--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年、2017年のスペイン滞在日記です。
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 9月12日(火) 雨のち曇 12293

 冷蔵庫にある物でしのいでいたら、大分隙間が出来た。雨があがってスーパーに買い物に行った。東京モノレールが停電のため全線で運行を停止した。17時前に復旧したが、このところ、公共交通機関の運行停止が目立っている。テクノロジーの発達で、スイッチ一つで何でも出来ると思って仕事をしている人が増えて、単純な操作ミスで、運行停止になった例もある。現場を知らないとどうしようもないし、全体の構造をかみ砕いて理解していないと、単純なミスが起きやすいのだろう。

 この前『COOL JAPAN「怪談~Kaidan~』で、出演者の外国人が、日本の怪談は、物語で引き付けたり、音で怖さを感じさせたりする。物語が途中で切れた様に終わったりして、あとは聞いた人の想像力にまかせる。そういう処が面白いといっていた。怖い話も物語にして、話すことによって、聞いている人たちの反応の良いところが残り、強調されて、より面白い話になっていったのだろう。これは落語と同じ感じだ。怪談は、江戸時代、百話などで発達して庶民の楽しみにもなったようだ。

「ナレーション 何故、八雲は日本のお化け達に惹かれたのでしょうか?今日は怪談に隠された八雲のメッセージを紐解いていきましょう。
 「音」  芳一は目の見えない貧しい琵琶法師でした。 芳一、芳一。 「はい」 ある高貴なお方が、お前のその琵琶をききたいと申しておる。ついて参れ。 「はい」 開門。 芳一、琵琶の音に合わせて平家物語を語りきかせよ。 「諸行無常の響きあり」 明日の晩も必ずおきかせ願いたい。でもこのことは、決して誰にも言ってはなりませぬ。

 『耳なし芳一』の舞台、壇ノ浦です。芳一が琵琶をきかせた相手、それはこの海で滅んだ平家一門の亡霊でした。平安時代末期、幼い安徳天皇を盾に、源氏と死闘を繰り広げます。そして、海の藻屑と消えたのです。今でも壇ノ浦一帯の海では、不思議な出来事があるといいます。 漁師「今でも船の上で、寝ちょるところで、チリリン、チリリンという音を聞いたよ。こっちから聞こえるんか思ったら、こっちから聞こえるんか思ったり。平家さんの事があるから、そうかなと思ったりする」

 かつて、歴史の壮大な悲劇を語るのは、芳一のような琵琶法師でした。八雲はその世界へ、読者を巧みに誘いました。  早稲田大学名誉教授・翻訳家・池田雅之 『耳なし芳一』をいう作品が、1番八雲の文学の特徴が出てて。僕らは、耳の文学といったり、声の文学といったりしてるんですけど、作品から聞こえてくるのはやっぱり音なんですよね。耳から響いてくる。そういう物を大事にした文学だなぁと思いますね。

 音が物語を豊かに紡いでいるんです。今日一つ目の壺は、魂の声を聞く。 ・・・ 

「私が本を見ながら話をしますと、本を見るいけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません。と、申しますゆえ、夢にまで見るようになってまいりました。」 ーー『思い出の記』小泉セツ 著よりーー

 セツの言霊を受け止めながら、八雲は物語の本質を見いだして行きました。そして、芳一が弾く琵琶の音の表現に魂を注ぎました。 池田 荒れ狂う海での、戦のくだりを語り始めました。艪を漕ぐ音、船が突き進む音、矢が空を切って飛ぶ響き、雄叫びの声、強者達が踏みならす足音、兜を打つ太刀の音、斬られた者が海に落ちていく音、それらの物を芳一はみな琵琶で巧みに弾き分けました。

 音には、その時その瞬間を鮮やかに蘇らせる力があることを、八雲は知っていたのです。 臨済宗僧侶・琵琶奏者・関川鶴祐 観ずる世界。心では観ているわけです。芳一は。ここの世界で、安徳天皇とか観ているわけです。その前で演奏している。思い込んでるわけです。芳一が観ている世界が真実だと思う。“観”の世界というのは、決して勘違いとか、その人の思いこみではなくて、真実だと思うんですよ。

 お前は平家の悪霊に取り憑かれてしまっているのだ。経文を体に書けば、助かるやもしれぬ。  芳一、芳一。耳が二つあるだけではないか。仕方あるまい。我が君に持っていこう。 和尚は、耳にだけ経文を書き忘れていたのです。以来芳一は、耳なし芳一と呼ばれるようになりました。」 ーー『美の壺 怪談』よりーー

 番組の中で龍笛の音で亡霊を表していた。能管と龍笛は、音がどう違うんですかと、問われ、「能管は、この世の音。龍笛は、あの世の音。」という台詞が、『京都人の密かな愉しみ 月夜の告白』であった。まさにあの世の音を龍笛で表していた。

「クワクボ リョウタ(アーティスト) 影が非常に面白いのは、元々物が持っていた重さとか、大きさっていうものから逸脱したものになれる。影を映したときに、見る人がイマジネーションを働かせられる。そこに、思いを投影できるのが影の良いところかなと思います。」

「手妻師・藤山新太郎 障子を利用するって言うのは日本だけですよね。で、向こう側から手影絵を見せて、お客さんはその手影絵の作業が全然見えない状態で眺める。で、時々障子を開けて見せて、こんなことしてるんですと、みたいなことを見せるんです。そうすると昔の人は、なるほどこういうこと考えたんだと。またここで納得するわけです。

 わたしらの先祖、200年300年前の人たちっていうのは、ちょっと信じられないくらい、一つの芸能に対する想像力が深くて、見せる力と想像するお客さんの能力によって、芸能って成り立っているわけです。」 ーー『美の壺 影絵』よりーー

 最近思うのだ。銀閣寺を作った足利義政。もう将軍としての地位を放棄して、文化にしか興味がなくなって銀閣を作り、作庭した。応仁の乱などお構いなしである。仙洞院御所や桂離宮、修学院離宮など。安土・桃山時代から徳川の時代への変わり目。後水尾天皇など貴族が、今に残る御所や離宮を造った。それは、どういう事?人の興味は、色々なものにある。政治に興味がある武士は、戦や殿様のために奔走した。そんな武士でも、細川忠興、古田織部、小堀遠州といった茶人は、文化の側面から名が残っている。時代が変わるからこそ、普遍的な物を感じられる文化に接する事で、心の迷いがなくなり、大事なものが見えてくるのではないかと、思ったのではないか?そういう風に感じている。朝ドラ『あさが来た』の夫・新次郎が道楽者で三味線しか興味がなく、商売など何もしていないのに、商売始めるとちゃんと出来るというのは、人との繋がりを大事にした道楽からの人間関係や、三味線から何かの本質を感じていたからだろうと思う。


 9月13日(水) 晴/曇 9018

 昨日札幌ドームで、大谷が先発して6回途中で、降板したが失点0に抑え今シーズン初勝利をあげた。大リーグからは、16球団32人が視察にしたという。最速163キロの速球を投げたが、米メディアは、5回2死2-2から島内に投げたスライダーで、空振りの三振。あまりの変化に、空振りのあと尻餅を着いた。大リーグ公式ホームページには、「全くもってアンフェアなスライダーを放つ大谷を見よ」と特集記事を掲載された。CBSスポーツは、記事の中で、「これまで見た中で最もえげつないスライダーの一つを投げた」と書き、動画には、「17歳未満閲覧禁止のスライダー」という一言が添えられていたという。そして、シーズン終了後、大リーグへ挑戦するという記事が載っている。

 京都迎賓館の夜間拝観が抽選で当たったので、京都へ行ったが、本来の予定を書けば、12日から14日まで札幌で日本ハムの試合を観ようと考えていた。多分、生で大谷のピッチングは見れないだろうと記事を読んで思った。仕方ない事だ。大谷を観れるのは、あと1回だけだろう。彼が彼のペースで、体調を整えてプレーすればそれで良い。それにしても、「17歳未満閲覧禁止のスライダー」ってどういう意味なんだろう。ただ単に気を惹くための文言なのか、17歳以下の打者には、見せてはいけいないということなのか? 


 9月14日(木) 曇 10321

 病院へ行き処方して貰う。この前の健康診断の問診で、気になったことをいったら、検査しましょうといわれた。電話して検査機関でCTなど撮る手はずになった。来週行くことになる。セブンイレブンへ行って切符を二つ買った。大リーグ、ドジャーズのダルビッシュが7回3安打無失点で勝ち投手になった。

 用事があり新宿へ行った。紀伊国屋で欲しかった雑誌2つとNHKテキストを買う。『和楽 10・11月号 天才絵師、北斎のすべて!』と『ニッポンの国宝100』と、NHKテキスト『趣味どきっ 柔軟講座』。帰りの電車で、『国宝』を読んできて気づかされることがあった。興福寺の阿修羅像の憂いを帯びた表情だ。顔が3つ、腕が6本。有名が天平時代の国宝だ。何度か観たことがある。阿修羅像なのに怒っていない。そのことを気づかされたのだ。何故、怒っていないのか?眉を寄せ、こまったような表情にも見える。当時仏像を造るのに用いられた代表的な「脱活乾漆造」。塑土で造った原型に、麻布を漆で塗り重ね仕上げる技法。繊細な表情を表現できるという。

 だからだろうか、仏像の表情にはほとんど興味がないのに、この阿修羅像の表情は記憶に残る。つくづく不思議な表情の阿修羅像だ。教科書で観て、修学旅行で観て、東大寺のお水取りの時に観て、他にも何処かで観たような気がする。藤原氏の菩提寺の興福寺だが、これを造ったのは、聖武天皇で、光明皇后がその表情に関わったのではといわれているらしい。

 昨日夜、BSで、『インタビュー・ドキュメント 自伝 なかにし礼~わが恋 わが愛 わが命』を観た。Eテレのインタビューでやっていた事にプラスして、石原裕次郎と美空ひばりの事や、借金ばかりした兄の話。満州からの引き揚げの港、葫蘆島(ころとう)を訪ね到着した駅舎などを観ていた。売れっ子シャンソン訳詞家から、歌謡曲の作詞家へ。それから小説家へ。節目節目で、人の出会いがあった事が判った。


 9月15日(金) 曇のち雨 13062

 非常に強い台風18号が明日から3連休の日本列島を通過しそうだ。九州北部は、あんなことがあったので、未だ片付いていない処もあるだろう。ほぼ直撃しそうな感じだ。どれだけの被害が出るのか分からない。おいおい、また北朝鮮がミサイルを発射した。北海道上空を通過して太平洋に。何なんだろう?前日北朝鮮は、日本列島を核兵器で海に沈めると、発表していた。国連の制裁合意も何も関係ない状態だ。もう死に物狂いの状態になってきた。金体制維持出来るかを考えて、あらゆる、威嚇を含めてなりふり構わない。最悪のことにならなければ良いのだが…。

 『カンブリア宮殿』を観ていて、ちょっと凄いなと思った。ちょっとと、書いてけど、ちょっとじゃない。かなり凄いということだ。「ある講演会で。 山口絵里子(マザーハウス社長) やっぱり、夢を言いまくっていた。ということなのかな。それは、友達にも、こうした場所でもそうだし、自分の意志や、持っていきたいことを、言葉に何回するかで、単純に集められる人数が変わると思っていて。 講演の後は、質問攻めがお約束。……そもそも山口は何故、途上国ビジネスを始めたのか?1981年埼玉生まれ。小学生時代、イジメで不登校。その反動から中学時代、髪を染め非行少女に。そんな彼女が立ち直る切欠になったのは、柔道との出会い。金髪を黒く染め日夜柔道に打ち込んだ。 山口 私は、小学校の時にいじめられていので、強くなりたいと思ったのと、道場の前を通ったときに、男の子が女の子に投げ飛ばされているののを観て凄いと思った。 高校は柔道の強い大宮工業高校。男子部員しかいない処に初めの女子部員。 当時の柔道部顧問が、毎日泣いてました。練習の途中で「もう嫌だ」と言って道場を出ていって、さすがに心配だったんで、3年生に「ちょっと見てこい」と言って、見に行くと、水飲み場で泣きじゃくっていた。その子が抱え上げて、お父さんに抱えられて駄々こねている子どもみたいに、上で「嫌だ嫌だ」。 つらい練習は実を結び3年生時、全国大会で7位となった。柔道部を引退すると猛勉強。開校以来初めて受験で慶応大学に現役で合格。

 その慶応での授業が転機となる。 山口 経済学の授業で、元々いじめられていたので、教育とかに興味があった。その時に、教育を受けられない子供が何億人もいて、そういう途上国には国際協力が必要だと初めて聞いの。 その後、アメリカの国際機関でインターンとして働く。そして、途上国の現状を自分の目で見たくなり、ネットで、アジア最貧国を検索。バングラデシュに飛び立ったのだ。そこで目の当たりにしたのは、援助が貧しい者に届いていない現実を知る。すると2週間の滞在の最後に、現地バングラデシュの大学院に行き、入学の申し込みをする。当日編入試験を受け合格する。慶応卒業後、2年間バングラデシュに住むことを決めた。

 そして現地で暮らす中、物作りをする切欠を見つける。ジュートという素材で作られた麻袋。調べると世界のジュートの9割がバングラデシュ産だった。 山口 この人達、麻袋をいっぱい作っているけど、本当にこれしかできないのかなと。ジュートでかわいいバッグを作っているイメージが湧いた時に、しかもそれを持っている、お客さんのかわいい女性の姿が浮かんだ時に、「これじゃん」って。 独学でバッグをデザイン。それを160個バングラデシュの工場に作ってもらい、日本に持ち帰り売り切ったのだ。2006年マザーハウス設立。アルバイトして貯めた金を持って、バングラデシュへ行き、現地生産できる工場を探す。発注した工場に前金で半分のお金を出したが、納品日に誰もいなかった。いわゆる詐欺にあう。その後は、納品されるも不良品ばかり。それで、自分で工場を造ろう。それしか手はないと思った。2008年従業員3人で自社工場設立。創業当時から働くムンナ(スタッフ)はいう。 ムンナ 彼女は、当時からよく言ってました。「いつか大勢の人を雇える工場にしたい」「バングラデシュのために何かしたい」と。 今マザーハウスの自社工場では200人が正社員として働いている。山口は大きな試練を乗り越えここまで来た。

 山口 自分の心を曲げて、何かをやるのは大嫌い。続かないことが分かっているから、本当にやりたいことは何かなを、いつも考えている。 村上龍 イジメに遭って、不登校になって、学校へ行こうを思って、最初1時間目だけ授業受けて、次に2時間目だけ受けるというふうにして、学校にいれるようになった。それはやっぱり、人生の中で印象に残ったことですか? 山口 一番大きい経験で、それがなかったら、マザーハウスはなかったと思ってるんですけど、門まで行ってダメな時のあって、その次は下駄箱まで行ってみようとみたいな、ちょっとずつ勝たなきゃいけいないのは、“前の自分”であってクラスにいられる人をうらやましいと思ったら一歩も進めない。「昨日よりは進もう」というスタンスはずっと子供の時からあります。 龍 小学生ですよね。 山口 はい。 龍 凄いなと思いました。 ……

 龍 バングラデシュでバッグを作るのは、無謀なことのように思えるけど。 山口 無謀だと思ってない。 龍 無謀だと思ってないわけですね。無謀だと思っているのは他人だけで。それで生産に乗り出すわけですが、詐欺とか資金の持ち逃げとかにあうわけですが、それでもバングラデシュで工場作って生産する決意は変わらなかったわけですね? 山口 変わらなかった。 龍 一度も変わらなかったですか? 山口 はい。生産委託の中で、工場に行ってみたら何もなかったとか、検品している時に、パスポートを盗まれたりいろいろなトラブルがあって、その時は諦めようと思ったんですけど、最後の最後、「持っているカードを全部出し切ったかな」という瞬間があって、最後のカードは「自分で工場を持ってみよう」。それがダメだったら諦めようと思った。」 ーー『カンブリア宮殿』よりーー

 今では、マザーハウスで、バングラデシュ産バッグ。ネパール産シルクのストール。インドネシア産銀細工のアクセサリー。スリランカ産サファイアのリングなど4カ国の商品が並ぶ。いずれも山口さんオリジナルデザイン。

「龍 山口さんの本なんかを読むと、小さい頃から、何のために生きてるんだろうとか、ずっと考える子供だった。取りあえずは成果があがってるじゃないですか。何らかの答えみたいなものあったんですか? 山口 見つからない。はい。何か結果が出たと思えた瞬間は、一瞬。「まだここか、まだここか」と毎日思っている。でも、けっかよりは、今、手を動かして、「ベスト・オブ・カントリーを作っているんだぞ」。関われることは、うそじゃないから、そこは納得している。 龍 小さい時からいろんな出来事があったり、つらい時間があったりしましたけど、どうですかね。無駄とか、無意味な時間というのはなかったんじゃないですか? 山口 絶対にないですね。遠回りに思えるけど、どこかで必ず役に立っていて、たとえば柔道も毎日打ち込みを100回やろうと決めていたんですけど、それって、ミシンが真っ直ぐ縫えるようになることと似ている。結局は、全部本質的に大事なことは、どこまで続けるかと思うから、その覚悟は常にもって、また歩いて行きたいなって思います。

 村上龍編集後記
 山口さんは、いじめ、非行、柔道、そして途上国における起業と、非常にユニークな人物に見える。だが実は、「アンフェアに立ち向かう」という、オーソドックスな価値観に貫かれている。マザー・テレサやチェ・ゲバラと同じだ。「根性」という言葉が苦手らしい。根性でサバイバルできるような安易な時代状況ではない。現場に行き、目標を発見し、その実現に必要なことは全部やる。その過程で、さらに多くの重要なことに気づき、信頼に支えられたネットワークが作られていく。ユニークでも何でもない。経営者の王道を歩んでいる。」 ーー『カンブリア宮殿』よりーー

 番組の冒頭、村上龍は、この人変人だねと、言っていた。それが番組が進むにつれ、山口さんという人と、やっていることに引き付けられている行くのが分かった。

 マザーハウスでは、1年に1度、職人とお客さんとを引き合わせるイベントをする。イベント終了後には、ふれ合う場を作っている。途上国のためには何が出来るかを考えて起業。目標と目的がハッキリしている。素晴らしいなぁと、思った。夢のような話。でも、山口さんは、夢を言いまくる事から始まったと言っていた。希望を感じる企業だ。


 9月16日(土) 曇 15100

 台風は少しずつ動いている。東京にはそれほど影響がない。月曜日にやる北斎と娘・お栄のドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』の宣伝で、宮崎あおいと長塚京三が出演して、ドラマの話や、『篤姫』で競演したときも親子役だった話などをしていた。その後、競馬中継をかけずにNHKを観たいたら、武満徹の『小さな空』が流れた。武満が子どもの頃いた、駒込や多摩川の話など。何だろうな、こういう歌を聴くと、胸が熱くなる。木下恵介の子供映画出てくる子供の声の歌は、観客に涙を流させる作用を考えていると思うのだが、『小さな空』は、純粋に原風景をかいているのだと思う。

 この歌は珍しく作詞もかいている。子どもの頃感じた物がこの中に詰まっている様な気がする。非常に印象に残る歌だ。人は子どもの頃感じたものが、突然沸き出してくるときがある。理屈でないもの。それは、歌とかになりやすいのだろうし、歌になるから感じるものがあるのだと思う。

♪青空みたら 綿のような雲が
 悲しみをのせて 飛んでいった
  いたずらが過ぎて 叱られて泣いた
  こどもの頃を 憶いだした

 夕空みたら 教会の窓の
 ステンドグラスが 真赤に燃えてた
  いたずらが過ぎて 叱られて泣いた
  こどもの頃を 憶いだした♪  ーー『小さな空 Small Sky』武満徹よりーー


 9月17日(日) 雨 8036

 いよいよ台風が九州に上陸した。その後、四国に上陸し関西に向かっている。それなのに阪神競馬場は、やや重馬場から、良馬場に馬場が回復した。まだ雨が降っていない。さずがに最終レースでは、アナウンサーのマイクが風の音を拾っていた。東京は夜中から雨が降り続いている。

 リーガ・エスパニョーラ第4節。ヘタフェ対バルセロナ戦で、柴崎学がボレーシュートで先制点をあげた。PA外から20mの左足のシュートだった。あれを入れられたらどうしようもないような、素晴らしいゴールだった。バルセロナは、今シーズン初失点。前シーズン最終戦でエイバルの乾が2ゴールをあげているので、日本人から3連続失点という結果になった。そして、柴崎は日本人唯一レアル・マドリードとバルセロナから得点した選手として記録に残ることになった。

 スペインの、「AS」や「MARCA」は、柴崎を讃える記事を書いているようだ。また、イギリス、フランス、イタリアのメディアも同様の記事を載せているという。試合は、柴崎が退場してからバランスを崩したヘタフェが1-2と逆転負けした。記事を読んでいると、先制の前にPKだったのではとか、同点の前に反則があったという記事が載っている。いわゆる誤審。ヘタフェの監督は、どうしてもビッグクラブの時は、審判がためらう判定をする傾向にあると言うことをいっていた。こういう風な言い方は、批判的な色合いが薄れるなぁと思った。それより、唯一無二の存在と言った柴崎の怪我を心配していた。


 9月18日(月) 雨のち晴 11435

 台風一過で、東京は暑くなった。昨日の寒さに比べて、気温差がありすぎ。昨日は長袖が欲しい感じで、今日は半袖でも暑い。台風は、北海道の北にあるが、NHKでは、白老町とか馬産地の風雨の状態を流していた。去年の雨で、ジャガイモなど不作があったが、今回の台風でどんな被害が出るのか。

 昨日は、阪神に遠征して、メイン、ローズSで、人気薄で逃げて、あわやという感じで2着に残り、今日は、2番人気で直線まで末脚を溜めて、ルメール騎乗の皐月賞馬アルアインをあっさり交わして、優勝した横山典弘。皐月賞馬を子供の様にあしらったレースぶりは、相当の器を感じさせるものだった。このトライアル2頭で最後のクラシックに、出走することになるだろう。今日セントライト記念を勝ったミッキースワローは、本番の菊花賞でも面白いと思う。クラシック登録がなかったが、オーナーの許可を取って菊花賞へ向かうと菊沢調教師が明言したという。菊が見えてくる走りだった。

 柴崎のゴールについて、サッカーダイジェストが海外メディアがどう伝えたかという記事が載っていたので、まとめておく。
「 リーガ・エスパニョーラ4節、ヘタフェとバルセロナの一戦で、日本代表MF柴崎岳が、世界中に衝撃を与えるゴラッソをねじ込んだ。 試合はホームのヘタフェが1-2の逆転負けを喫し、柴崎自身は54分に足首を痛めて負傷交代となったが、その鮮烈なパフォーマンスに対し、称賛の声が相次いでいる。
 
 以下、欧米の有力メディアが伝えた“賛辞”を一挙紹介しよう。
 
●スペイン紙『La Vanguardia』
「シバサキがボルダラス監督の4試合連続スタメン起用に、報いて見せた。つねに足を止めずにボールを追い続け、バルサにプレッシャーを感じさせた。極めつけが先制弾。阻止不可能な左足ボレーで、カタルーニャの巨人を沈黙させたのだ。しかしながら彼の負傷交代(54分)を潮目に、流れはバルサに傾いた」
 
●米スポーツ専門チャンネル『ESPN』
「左足から放った甘美なボレーショットが、ヘタフェのサポーターに特大の夢を与え、世界中のファンを熱狂させた。あれはテア・シュテーゲンでもノーチャンスだ。まるでロケットのようにゴールに突き刺さった」
 
●英テレビ局『Sky Sports』
「信じられないボレーでバルサを撃ち抜いた。ベルガラが頭で返した浮き球を、猛々しいショットでゴールにねじ込んだのだ。バルサに与えたショックは大きく、彼らはリカバーするためにさらなるハードワークを強いられた。後半もスタートから勇猛に戦ったが、54分に負傷交代」
 
●オランダ・サッカーサイト『Voetbal International』
「良くないながらも前半のバルセロナ・ディフェンスは、致命的なピンチには陥らなかった。だが、39分に突如として悪夢に見舞われる。ガク・シバサキがパーフェクトな左足ボレーを放ち、テア・シュテーゲンの頭上を抜いたのだ。ドイツ代表GKはこの試合を通して終始素晴らしい出来だったが、あの一撃だけはさすがに止められなかった」

●オランダ全国紙『AD』
「ガク・シバサキが、まるで左足に魔法をかけたかのようなショットで、ヘタフェにリードをもたらした。結果的にバルサ相手に大金星をもたらすゴールとはならなかったが、ファンの間であの名シーンは長く語り継がれるだろう」
 
●スペイン全国紙『AS』
「39分にガクが左足で放ったショットは、本当に鮮やかな一撃だった。プレシーズンでもゴールを決めていたが、プリメーラ(1部)では4節にして初めてのゴール。日本人選手としては、6番目だ。バルサ相手となると、昨シーズンにイヌイがカンプ・ノウで2得点を挙げている。怪我の状態が気になるが、この調子ならもっとたくさんのゴールを決めるだろう」
 
●スペイン全国紙『Marca』
[なんてことだ。日本人が生涯一のゴラッソをバルサ・ゴールに蹴り込んだ。ヘタフェでもっとも才能に溢れる男は、エリア手前からテア=シュテーゲンにとって絶望的な一撃をお見舞いした。バルサの今シーズン初失点であり、リーガでは450分間無失点を続けていたが、その記録も阻止。天才的な閃きで決めた、きわめて価値が高く、輝かしいゴラッソだ。リタイヤは残念だったが、間違いなく今日のメインキャストのひとり。(クラブワールドカップ決勝で)レアル・マドリーにしでかしたことを、バルサ相手にもやってのけたのだ」
 
●フランス全国紙『Le Quipe 』
[元鹿島アントラーズのMFは、昨年末のクラブワールドカップ決勝でレアル・マドリーを相手に2ゴールを挙げた時と同様に、世界中の人びとの目を釘付けにした。彼はビッグクラブとのゲームがきっと大好物なのだろう。圧巻のゴールだった。あれは阻止不能だろう。テア・シュテーゲンが可哀そうに思えるほどの甘美なボレーショットだった」

●ドイツ専門誌『Kicker』
「この日のバルサをふたつのショックが襲った。ひとつは前半、ウスマンヌ・デンベレの負傷交代。巨額を投じて獲得した新戦力がハムストリングを傷め、離脱を余儀なくされたのだ。その10分後の39分にもうひとつの衝撃が訪れる。ヘタフェのガク・シバサキが目の覚めるようなボレーをバルサ・ゴールにねじ込んだ。前半のバルサは混乱のままに、45分間を終えた」
 
●イタリア全国スポーツ紙『Gazzetta dello Sport』
「シバサキがゴラッソでヘタフェに途轍もなく大きなアドバンテージをもたらした。ダミアン・スアレスのロングボールをマルケル・ベルガラが落とし、素晴らしい左足のインパクトで、451分間無失点のマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンの牙城を崩したのだ」
 
●アルゼンチン全国スポーツ紙『OLE』
「クラブワールドカップ決勝のあの衝撃に匹敵するゴールを決めた。もはやバルサとマドリーにとって、ガク・シバサキは“処刑執行人”と言ってもいいだろう。バルサ戦の左足ボレーは完全なる自信がなければ決まらないショットであり、本物のクオリティーを有していた。惜しくもヘタフェは敗れてしまったが、ガクはあらためて世界にその名を知らしめたのだ」
 
●南米サッカー専門サイト『depor.com』
「いったいガク・シバサキはどの惑星から来たんだ? あのバルサを相手に、あんな情け容赦ないゴラッソ決めるなんて、普通のフットボーラーではない。テア・シュテーゲンは目いっぱいに身体を伸ばしてセーブしようとしたが無駄だった。ガクはレアル・マドリーとバルサの両雄からゴールを奪った初めてのハポネス(日本人)だ」 」 ーー「サッカーダイジェスト」よりーー


 9月19日(火) 曇 7387

 毎朝流れる朝ドラ『ひよっこ』の主題歌、『若い広場』の桑田佳祐の声を聴く。ドラマの中でも1967年頃の『恋のフーガ』など当時の流行歌が多数流れる。『若い広場』というNHK教育テレビで放送をやっていた若者番組が昔あった。当時の若者の思いを語り合ったりしていた。それが、『YOU』という番組になって、糸井重里が司会をやり、著名人が出るようになり評判になった。桑田は、当然『若い広場』を観ていたのだと思う。

♪幼い頃の大事な宝物だけは
 ずっとこの胸に 抱きしめて来たのさ♪ ーー『若い広場』 桑田佳祐よりーー

 昨日は、テレビばかり観ていた。『アナザーストーリー』ハドソン川の奇跡、日活再生のためのロマン・ポルノ、そして、オグリキャップ最後の有馬記念。その後、BSで親子2人旅奈良を観て、途中から、『眩(くらら)~北斎の娘~』を観て、映画『るろうに剣心 京都大火編』を観る。思いの外、『るろうに剣心 京都大火編』が面白かった。来週続編をやるようなので、観たいと思った。『アナザーストーリー』のハドソン川の奇跡は、アメリカ空軍上がりの機長が離陸直後にバードストライクの寄って、2つあるエンジン両方が停止して、空港へ引き返せず、ハドソン川に不時着するという事件。次は日活が、カラーテレビ全盛を向かえ、斜陽した映画界でポルノによって再生を目指すという方針が打ち出される。監督他スタッフが300人が日活を去り、裸になる女優がいない状態で、中小が作る成人映画で、もっと色っぽいと言われた、白川和子に出演交渉をする。

 白川は、何故大手が、ポルノをやるのか憤慨していた。どうせ会うなら、言いたいこと、言ってやろうと、思ったという。その後、それでも台本が送られてきて、しかも、主演であることにビックリしたと言う。現場に行き、スタッフの揺れる気持ちを感じる。一生懸命演じた、日活ロマン・ポルノ第1作『団地妻 昼下がりの情事』の社内試写は社員は度肝を抜く。これからこういう映画を作るのかと、覚悟を決めたという。

 石原裕次郎、吉永小百合などのスターを抱えていた日活。白川は、映画館に行って映画を観る。劇場に入りきれないほど観客が溢れていた。それまでの日活の興行記録を塗り替える大ヒットになった。実は昔、『笑っていいとも』に、白川和子が出て、タモリと話したことがある。それで、本を買ってきて読んで号泣したことを思い出す。結婚した旦那の連れ子が、暴走族。真正面から当たって、子供が更正する話だった。ああいう覚悟という物が、白川和子にはあるのだ。日活ロマン・ポルノからはのちに活躍する監督を多くの排出する事になる。また、日活とか大映とかを辞めたスタッフが、当時流行始めた、カラオケの映像を手掛けたとも訊く。良い映像のカラオケがあったのはその為のようだ。

 『眩(くらら)~北斎の娘~』を観る。北斎の娘・お栄(宮﨑あおい)が恋心を寄せる、溪斎英泉(けいさいえいせん)は、松田龍平。美人画の名手として名が知られているようだが、山田風太郎の『八犬伝』では、北斎の紹介で、滝沢馬琴の『八犬伝』の挿絵を描く。風太郎の『八犬伝』は、虚の世界で、八犬伝の物語を書き、実の世界で、馬琴の生活を書く。馬琴の話す八犬伝を訊いて、北斎が印象に残った処を、絵を3枚くらい描く。それを観た馬琴が、凄いとうなり、絵をくれとと言うが破いて捨てる。挿絵を描いてくれ頼むが断るという話が繰り返し書かれている。

 あらためて思うのだが、八犬伝には、馬琴の娘と、北斎の娘が出てくる。馬琴の娘、お路は長男の嫁。文盲なのに、のちに失明した馬琴に代わり八犬伝の口述筆記をする。大変な努力である。北斎は、娘のお栄をあごと呼んでいた。画名、葛飾応為(おうい)。一説では、お栄を呼ぶときに、おーい、おーいと言っていたからとも言われるという。美人画で有名になり、北斎から美人画では、かなわないと言われたと言う。吉原格子先図、春夜美人図、三曲合奏図などが出てくる。

 『眩(くらら)~北斎の娘~』を観ていて、風太郎の『八犬伝』を思い出し、そして、2人の娘の事を思い出した。お路のことを、2人の女性作家が小説にしている。『馬琴の嫁』群ようこと、『ゆずらうめ 江戸恋愛慕情』梓澤要。北斎の娘、お栄を書いたのは今回の原作になっている、『眩(くらら)~北斎の娘~』朝井まかて。

「中気で倒れた北斎を見舞う馬琴。 馬琴(野田英樹) 無様よなぁ。葛飾北斎が。こんな掃き溜めで恍惚としおって。絵師風情が、このまま枯れ木の如く枯れ果てようと、儂には何の痛痒もござらん。人並みの往生を望もうとも、儂の知ったこっちゃない。だが。儂はかような往生は望まんな。たとえ右腕が動かずとも、この目が見えぬ仕儀に至りても、儂は必ずや戯作を続ける。まだ何も書いておらん。己の思うように書けたことなどただの一度もござらぬ。その方も、左様ではなかったのか? 北斎 無言。 馬琴 葛飾北斎。いつまで養生しておるつもりだ。これでもう満ち足りたのか?描きたきこと挑みたきことはまだ山ほどあるのではないのか。 お栄 野郎。 階段を下りて馬琴が追ってきたお栄に言う。 そなたがお栄さんか。拙宅で取れたゆずだ。これを細かく刻んで酒を加えこがさぬ様に煮詰めろ。水飴の如き様子にならば火からおろし、白湯で割って口に含ませてやれ。 お栄 ゆずと酒。 馬琴 左様。酒の毒は煮詰めれば飛ぶ。ゆずを刻むは竹べら。煮るは土鍋に限る。」 ーーNHK『眩(くらら)~北斎の娘~』よりーー

 それからお栄は竹へらで刻んだゆずを酒で煮詰め北斎に飲ませる。それから治って、富嶽三十六景が生まれる。そして、ここでは出てこないが馬琴は、『里見八犬伝』を書き続ける。そう、「たとえ右腕が動かずとも、この目が見えぬ仕儀に至りても、儂は必ずや戯作を続ける。」と言った通りお路の助けを借りながら。


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