断腸亭日常日記 2006年

−−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

por 斎藤祐司


過去の、断腸亭日常日記。  −−バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で−−

太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年のスペイン滞在日記です。

99年4月15日〜5月11日 5月12日〜6月4日 6月7日〜6月10日 2000年4月20日〜4月29日
5月1日〜5月14日 5月15日〜5月31日 6月1日〜6月15日 6月16日〜6月29日
2001年4月19日〜5月3日 5月4日〜5月17日 5月18日〜5月31日 6月1日〜6月11日
6月12日〜6月22日 2002年4月16日から4月30日 5月1日〜5月15日 5月16〜5月31日
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1月29日〜2月25日 2月26日〜3月30日 3月31日〜4月24日 4月25日〜5月22日
5月23日〜6月16日 6月19日〜7月28日 7月29〜8月13日 8月14日〜9月7日
9月8日〜10月7日 10月9日〜11月10日 11月11日〜12月31日

 2006年1月2日(月)

 今までは、必ず1月1日から日記を書き始め詩で始めていた。昨日は疲れていたので日記を書かなかった。TVの予約をしていたらチャンネルを間違えて自分で自分に頭に来て観れないことにガッカリした。観たかったな、NHK教育TV、人間講座の特集でやっていた、『古今亭志ん生〜えー、人間というものは』。帰ってきたのが、遅かったので池波正太郎を途中から観た。だから、途中からの録画になった。太田光がやった『向田邦子〜女と男の情景』は実に面白かった。一緒に出た村松友視は、完全に食われていた。話が実に面白い。視点が抜群に鋭いのだ。

 今日の朝はアメリカのブロードウエイで活躍したジークフェルドなどの事をやっていた。寝ぼけ眼で頭の中に全然入っていないが非常に面白かった。ここにはアメリカのショービジネスの原点があるようだ。勿論その後のハリウッドや音楽への影響を物凄く与えていったのだろう事は想像に容易かった。午後、大学ラグビー準決勝同志社対関東学院の前半を観た。それから、録画していた『あなたのアンコール』の中の、『生きていてくれて、ありがとう・夜回り先生・水谷修のメッセージ』を今観ている。水谷修さんの講演の話はいつ観ても強烈だ。涙が出てきて胸が苦しくなってくる。夜眠らない子どもたちと、夜眠れない子どもたちを相手に、自分病の子どもたちを立ちなおさせるように日々時間に追われている。この努力と労力は大変なものである。絶対に長生きできないだろう。人のためにこれだけを事が出来る人は尊敬以上の感情を持ってしまう。

 「・・・今日本で多くの子どもが苦しんでいることに気付きました。僕は1番大切な子どもたちを見落としてきた。僕はこの子どもたち、リストカット、OD(麻薬などの過剰摂取)、摂食障害や自殺願望の子どもたちを、「夜眠れない子どもたち」と呼んでいます。「夜眠れない子どもたち」との初めての出会い。そして、驚愕でした。余りの数の多さに。今専門家の間では、日本のリストカッター、心を病む、病み始めた子どもたちが100万人を超えたろうと言われている。子どもたちの人この7%です。この数値が正確なものであるとしたなら皆さん方のお子さんの7%はリストカットをする。今リストカッターのいない中学校、高校はこの日本には存在しない。もう学校レベルからクラスレベルへと広がってきていると言われています。大変な時代が来ています。

 皆さんどうします、自分の子どもがリストカットりたら。殆どの親がこう言う、「何馬鹿なことやってんの、痛いでしょう、やめなさい」と言うでしょう。ダメですよ!リストカットは止めちゃいけない。問題なのは切っている事じゃないです。何故切らざるを得ないのか、その元にある原因。親の過剰期待なのか?親の虐待なのか?学校のイジメなのか?教員との人間関係なのか?その元の原因を取らずに、切ることだけを止めてしまったら、これでガス抜きをしてるわけですから、パンパンになった心のガス抜きが出来ない。破裂するか、しぼんでしまうか、どっちかなんです。

 日本は優れた国ですよ。かつて先人は何と言いました?子どもは10誉(ほ)めて1叱(しか)れと言った。10誉める中で心の人間関係を作り、心の強さを作った上で、1ヶ所を子育てや躾けや教育をして行こう。でも、今の日本は、10叱って1も誉めてないじゃないですか?親も教員も。ここを考えて欲しいんです。水谷は良く子どもを誉めた。「お前そのTシャツかっこいいなぁ」「先生昨日も同じTシャツで言われたけど」「お前なぁ、2日誉めるほど良いTシャツ」。「お前良くこの問題解けたなぁ」「お前ゴミ捨ててきてくれたのか、昨日。ありがとう。よーし今日先生、ラーメンご馳走してあげよう」。その度に子どもたちの目が輝いている。子どもたちの目が輝くほど美しい物がこの世の中にありますか?僕はあれを見たい。

 夜の街の腐った、沈んだ街の子どもたちの目の中にあの輝きを観たいから夜回りがやめれない。あの輝きを観れば、全ての疲れが取れる。でも今、日本の多くの大人は、子どもたちの目からあの輝きを奪おうとしているとしか思えない。幼稚園、小学校低学年、良い目をしている。輝いている。何で教育を受けていくごとに子どもたちの目は死んでいくんですか?何で親が育っていくごとに子どもたちの目は・・・目から光が消えていくんですか?もっと誉めてやってください。

 多分皆さん方はこう言う。「何で叱ってんの、お宅の子どもさんそんな悪いの?」と言うと、「いえいえ先生、家の子はこんな良いとこ一杯ある。でも、ちょっぴり悪いところあるからそれを叱ってもっと良い子にするんです」。多分皆さんそのつもりでしょう。でも、子どもが自分の良いところに気付いてなかったら・・・。叱られてばっかりいるわけですから、自分はダメな人間だと、ダメな人間だ、ダメな人間だ。自分を追い込んでしまうんじゃないですか?是非誉めてやってください。お願いします。子どもたちは待ってる。誉める度に子どもたちの目に輝く、輝き、素敵ですよ」 ーー『生きていてくれて、ありがとう・夜回り先生・水谷修のメッセージ』の中の親たちへの講演よりーー

 強烈の言葉が続く夜回り先生・水谷修のメッセージ。

 29日カリ(コロンビア)でイバン・ガルシアがサンタコロマ・デ・エルネルト・ガンサレス・カイセド牧場の牛をインドゥルトした。2006年1月1日カリ(コロンビア)で、ラス・ベンタス・デル・エスピリトゥ・サント(セサル・リンコン)牧場(血統はマルケス・デ・ドメク牧場)の“コロンビアーノ”という若牛(434キロ、NO215)と、“オンラド”という若牛(432キロ、NO245)、2頭インドゥルトした。闘牛士は、エル・シドとイバン・ガルシアだった。イバン・ガルシアは2回続けてのインドゥルトだった。

 26日の結果。 カリ(コロンビア)。エル・シド、耳なし。セサル・ヒメネス、罵声。ルイス・ボリバル、耳1枚が2回。

 27日の結果。 カリ(コロンビア)。エンカボ、耳1枚。パキート・ペルラサ、耳2枚。カステージャ、耳なし。

 28日の結果。 カリ(コロンビア)。セサル・リンコン、耳なし。セサル・ヒメネス、耳なし。ルイス・ボリバル、耳2枚。

 29日の結果。 カリ(コロンビア)。エンカボ、耳要求で場内1周。パコ・ペルラサ、耳2枚。イバン・ガルシア、シンボルとしての耳2枚(牛、インドゥルト)。

 30日の結果。 カリ(コロンビア)。セサル・リンコン、耳2枚。コヒーダ。エル・シド、耳1枚。カステージャ、耳2枚。

 31日の結果。 カリ(コロンビア)。闘牛士、パコ・ペルラサ、カステージャ、耳なし。ラミロ・カデナ、口笛。イバン・ガルシア、耳2枚。騎馬闘牛士、ディエゴ・ベントゥラ、耳2枚。

 2006年1月1日の結果。 カリ(コロンビア)。フェスティバル闘牛。セサル・リンコン、耳2枚。ディエゴ・ゴンサレス、耳なし。エル・シド、シンボルとしての耳2枚(牛、インドゥルト)。セサル・ヒメネス、耳1枚。イバン・ガルシア、シンボルとしての耳2枚(牛、インドゥルト)。ルイス・ボリバル、耳なし。


 1月4日(水)

 2日カエルさんの所へ遊びに行っておせちをご馳走になった。ディランの話や音楽の話を中心にした。かかっていた音楽は、オールディーズやバンドのレボン・ヘルムや、日本の60年代頃の歌謡曲。カエルさんはマメだ。ああいう料理を手作りしている。モチゾーさんは、面白いことを言っていた。感情だけに訴える物は、凄く感動する。でも、それだけじゃダメなんだよね。だからといって音楽理論で作った物だけでも面白くない。そういうのを超えたところに良い音楽がある、と。それを聞きながら、闘牛も同じだと思った。闘牛技の理論だけでやったのでは面白くない。正しい物が面白いとは限らないのだ。人間の感情に訴える闘牛だけでも闘牛は成立しない。そのバランスが上手く取れた物が優れているのだ。

 ビートルズなんかは全然良いと思わない。CDだって持っているかどうかも判らない。スートンズなら一杯持っている。ビートルズよりCCRの方が気分にピッタリする。ヒット曲だって多いしアメリカ音楽の重要な部分をちゃんと押さえているし・・・。勿論、ボブ・ディランは1番好きだ。あの音楽を聴かない人は可哀想だ。アメリカ音楽の全てがある。そういうのを判らない人は多いかも知れないけど。

 NHKでやっていた、『おばあちゃんたちの葉っぱビジネス』を観る。これは料理の飾り付けに使うカエデとか色々な葉っぱをおばあちゃんたちが山などから取ってきて農協を通して売って高収入を得ている徳島の過疎地の話だったが、みんな生き生きしていて、「とっても幸せ」と言っているおばあちゃんが印象に残った。

 2日の結果。 アルメリア。エスプラ、耳1枚。ラモス、耳1枚、場内1周。

 3日の結果。 マニサレス(コロンビア)。ペルラ・ルイス、耳なし。エンカボ、ウセダ・レアル、耳1枚。


 1月5日(木)

 『南総里見八犬伝』を観ていたらストーリーがおかしいなぁと思って本を読み直そうかと思っていたら、「あれは全然違う風にやってます」と、言われた。大体名刀村雨が何であっちに行ったり、こっちへ行ったりするか判らなかったからだ。その言葉を聞いて安心した。記憶は間違っていなかった。TVの良いところは名刀村雨を振るとつゆがほとばしるように水滴が湧き出るところをちゃんと表現できていたところだ。ああいうのは今の技術だと出来てしまう。昔は出来なかったことだ。マニサレスは雨が降っているようだ。


 1月6日(金)

 昨日は大チョンボをしてしまって自分で自分を戒めていた。起きてしまったことは仕方がないので、素直に反省した。

 同じ5日中山競馬場11R中山金杯の馬場入場時に、ワンモアチャッターに騎乗していた横山典弘騎手が落馬して左鎖骨遠位端骨折と診断された。全治には約3ヶ月かかる見込みで、近日中に手術が行われる予定となった。この日3連勝を含む4勝を上げ絶好調で新年を迎え爆発を予感させる年を迎えたかに見えたがこんな事になってしまった。

 4日雨で中止になったマニサレスの闘牛は5日に延期になり午前中に開催された。

 5日の結果。 マニサレス(コロンビア)。セサル・リンコン、耳1枚。エル・シド、耳なし。アンドレス・デ・ロス・リオス、耳2枚が2回。 マニサレス(コロンビア)。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、ディエゴ・ベントゥラ、耳なし。闘牛士、パコ・ペルラサ、ルイス・ボリバル、耳なし。


 1月7日(土)

 ロックンロールが始まったのは、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツが歌った、『ロック・アラウンド・ザ・クロック』であると後に言われるようになった。『ボブ・ディラン自伝』は、その歌が録音されたちっぽけなスタジオを訪ねその後、ボクサーのジャック・デンプシーに紹介される処から始まる。本の帯には、伝説が終わり、真実が始まると、書いてある。色々な噂があるボブ・ディラン。ここに書かれたのは自身による自伝。だから伝説ではなく、真実なのだというわけである。これは自伝3部作の第1弾。後2冊出る。

 『ボブ・ディラン・スクラップブック 1956−1966』も興味深い本だ。こんな本、ディランの本じゃなかったら5200円も出して買わない。


 1月8日(日)

 正月明けで、コンビニのワカメサラダを食べて食あたりをした同僚がいた。医者に行ったが腹痛が治らず苦しがっていた。下山さんがスペインから来て夜、会った。日本に来て水が会わず下痢気味だという。今回はおじいさんのお見舞いに来たのだそうだ。新年になって携帯でメールのやり取りをしたそうだが、ビクトリーノ・マルティン、ヌニェス・デル・クビジョ牧場の牧場主、アントニオ・コルバチョからの短いメールを見せて貰った。アントニオ・コルバチョは、「どうも、ありがとう」と書いてあった。

 ホセ・トマスは、ヌニェス・デル・クビジョ牧場に来て練習をしているという。いつでも復帰できる準備が出来ているという。ただ、ネットに出ているフェスティバル闘牛には、昔から出場しないといっていたらしい。アントニオ・コルバチョは、後はホセ・トマス次第だと、言っているそうだ。

 色々話したが、未だ車の免許は取っていないそうだ。と言うか、取れていない。帰ったら試験があるという。セビージャに行く頃には取っているだろうが、車が間に合わないだろう。ヌニェス・デル・クビジョ牧場へ行ってホセ・トマスに会いたいが、闘牛場で会えれば最高。夕食を一緒にとってコーヒーを飲んで別れた。また、今週の末に会えるだろう。

 6日の結果。 マニサレス(コロンビア)。フェスティバル闘牛。セサル・カマチョ、フィニート、口笛。セバスティアン・バルガス、耳1枚。ファンディ、耳1枚。カステージャ、耳なし。ランセス、耳1枚ともう1枚要求。 カルタヘナ・デ・インディアス(コロンビア)。マンサナレス、耳なし。セサル・リンコン、耳1枚、耳2枚。ホセリージョ・デ・コロンビア、耳1枚が2回。


 1月9日(月)

 気分の悪いことに武豊が昨日7勝をして2700勝も達成した。下山さんは、書くなら競馬に行かないとかすればと言ったが、僕は、競馬は闘牛と同じで物の見方だからそれは出来ない、と言った。人と動物が関わってどういう風に人間が結果を出すかという物ほど面白い物はない。競馬をただ単にギャンブルとしか捉えていない人にはそういうことは判らないだろう。競馬はスポーツであり、僕の物の見方と関わっているのだ。競馬は調教をするが、闘牛は調教をしない。そのままアレナに出てくる。それを闘牛士が思うように動かしていく技術を調教という言い方をするかも知れないが、競馬の調教とは根本的に違うのだ。

 闘牛のことを書くには、ある程度の時間がかかる。短編の小説ならそれよりはずっと時間がかからないだろう。だから、そっちの方が先に出来るだろう。また、やらなければいけないことだ。今年は戌年。犬の話を書こうと思っていたので今こそ書かなければと思っているのだ。

 ドゥイタマ(コロンビア)の闘牛が始まった。闘牛場の名前は、セサル・リンコン闘牛場という。今を生きる偉大なる闘牛士の名前が付けられているのだ。

 7日の結果。 マニサレス(コロンビア)。フィニート、耳1枚。ファンディ、耳2枚。マヌエル・リバルド、耳なし。 ドゥイタマ(コロンビア)。パキート・ペルラサ、耳2枚。カステージャ、耳1枚。セサル・ヒメネス、耳なし。 カルタヘナ・デ・インディアス(コロンビア)。セサル・カマチョ、耳1枚。フリ、耳1枚、耳2枚。エル・シド、耳なし。


 1月10日(火)

 今日からNHK教育TVで、『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』〜山田風太郎〜が放送された。生前の風太郎のインタビューに答えている姿などが映されていた。テキストは読んでいたので内容の方は判っていたので、生前の姿には感動した。風太郎は、物語の魔術師。その考え方の一端を話していた。ボブ・ディランと山田風太郎と岡部幸雄と、セサル・リンコンとホセ・トマス。僕にとって重要な物がここにある。

 5日の大チョンボの件で、結論が出た。なるようになった。人間信頼され信用されているというのは財産なんだと思った。顧客からの信頼、上司からの信頼。勿論職場内での仲間からの信頼。そういう物がなかったらなるようにはならなかった。昔、仕事場である人から言われた言葉を思い出す。「この仕事は1人では出来ない。困ったときにどれだけの人が助けてくれるか。多くの人が助けて貰えるようにいつも仕事していないとそういうときは困るよ」。自分1人で仕事をしている訳ではない。みんなでやっているのだ。今回はそういう風に普段から自分が仕事をして来れたのかとも思った。また、良い同僚、良い上司にも恵まれたのだと感謝した。

 NHKで、『プロフェッショナル 仕事の流儀』〜「信じる力が人を動かす 経営者・星野佳路の仕事」〜を観た。凄い人だなぁと思った。赤字を抱えた老舗旅館の再建を手掛ける人で、「再建といえばリストラが定番だが、星野は、既存の社員を最大の財産と考える。そして、自信ややる気を失っている社員のモチベーションを上げるために、ありとあらゆる手を尽くす。会議の決定権を社員にゆだね、自分は社長室さえ持たない。組織を大胆に変え、「主人公は君たちだ」と語り続ける。30代で経営者になったとき、社員が次々と辞めたどん底体験から生み出した星野流の経営術である。どうすれば、人は動くのか。」ーーNHKのHPよりーー

 どうすれば、人は動くのか。というのは、赤字を抱えて給料を上げることも出来ないし、既存社員でやる気を増幅して再建を成功させる話だ。人間は金では動かない。僕もそうだ。だから、やる気を呼び起こしていくのだ。そうすれば、ああしろ、こうしろと、言わなくても良い方向に物事は向かっていく。「仕事を任された若手達は、自分で考え、自分で決めることに醍醐味を感じ、目をみはるほど、生き生きと働いていたのだ。」ーーNHKのHPよりーー 重要なのものは、再建の為の明確なコンセプトを提示していくことなのだ。細かいことからではなく、柱の部分からの改革であり、再建なのだ。「現場をもっともわかっているのは、これまで働いてきた社員達」。「社長は偉くない」と、言う。この人は、人間のやる気を勃起させる術を知っている。

 それを観ながら、こんな言葉を思い出した。「考えるな。感じ取るんだ」--ブルース・リー--

 普段仕事で感じている物で、具体的な改善案などは直ぐに出てくる物だ。人を信じることが出来れば、後はやる気を刺激し続ければ上手くいくのだろう。

 8日の結果。 メキシコ。ホルヘ・グティエレス、耳なし。ソトルコ、耳2枚。ホセ・マリア・ルエバノ、耳要求。 マニサレス(コロンビア)。セサル・リンコン、耳2枚、耳1枚。モランテ、罵声、場内1周。カステージャ、耳1枚、耳2枚。 ドゥイタマ(コロンビア)。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、アンディー・カルタヘナ、耳1枚。闘牛士、エンカボ、耳要求で場内1周。マヌエル・リバルド、耳なし。


 1月11日(水)

 『ノー・ディレクション・ホーム』をまた観てきた。やっぱり凄い映画だ。マーティン・スコセッシは、『ウッドストック』の編集から『ラスト・ワルツ』を経て『ブルース・プロジェクト』の作品群と『ライトニング・イン・ア・ボトル』、そして、ボブ・ディランの映画と辿り着いた。これだけ、ロック映画、アメリカ音楽映画の重要な作品を送り出した。後世に語り継がなければならない物を映画という形として残したことだけでも監督、編集者として非常に重要な仕事をした。特に今回のディランの映画は今までの集大成のような作品になったと思う。これだけ観ても、60年代のアメリカの政治状況と、音楽状況やその影響力が判る。社会と密接に関わりながら音楽が変わっていった。

 その中心にディランがいたのだ。それが良く判るし、何よりディランが面白い。歌い方、歌っている表情、インタビューでの話。マスコミに追いかけられながらくだらない質問に対しての切り返しも面白い。ニューポートの事件以来、エレキサウンドへの批判が続くが、コンサートでのファンのヤジに対して、言葉や行動がまた面白いのだ。

 年度代表馬がディープインパクトに選出された。各代表馬は関西馬ばかりで興味を持てない。それでも角居厩舎は、凄い。ハーツクライ、シーザリオ、カネヒキリで4部門制覇した。騎手部門はまた武豊が3部門独占で騎手大賞を獲得した。そんなに勝って嬉しいか。獲得賞金が50億を超えているので単純計算でその5%の2.5億円の年収になる。おそらく俺の馬券の半分は武のためにはずれている。「武豊被害者の会」会員としては被害者請求をしたいくらいだ。

 ホセリートが一時ライバルとして名前を上げたことがあるセビージャの闘牛士フェルナンド・セペダが引退を表明した。彼のシンプルなカポーテ捌きは闘牛場を熱狂させた。ナトゥラルも良かったが、去年復帰してからは殆ど良いところがなかった。去年バンデリジェーロとして付いていたエル・チャノは何処へ行くのだろう。サン・イシドロで観たいなぁ。

 9日の結果。 ドゥイタマ(コロンビア)。セサル・リンコン、耳なし。エル・シド、耳1枚。ルイス・ボリバル、耳2枚。


 1月12日(木)

 14日の闘牛の会は荻内先生とTELで話した結果、急遽僕がやることになった。何の準備のない状態で14日の発表を迎えなければならない。それで前から考えていた事をやろうと思う。コンセプトは決まっているし、話の筋道も出来ている。後はそれに合わせたビデオを作ればいい。が、これもある程度時間がかかるがそれも出来るだろう。簡単な話、闘牛をどう見れば今まで見えてこなかった良い闘牛の像が浮かんでくると言うことだ。原稿はすでにプリント・アウトしているのでそれに合わせて練っていけばいいだろう。


 1月13日(金)

 明日の闘牛の会用ビデオを制作中。時間が決められているのでそれに収めなければならないので編集に時間がかかる。所で、先日気になって、トラヴェリング・ウィルベリーズの事をネットで検索した。僕が持っているのは、ヴォリューム・ワンとヴォリューム・スリーだけだったので、ツーが出ているだろうと調べたのだった。そしたら、それはメンバーの1人が死んだために録音し直したと言うことでワンからツーを飛び越えてスリーになっていることが判って一安心した。トラヴェリング・ウィルベリーズとは、ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、ボブ・ディラン、ロイ・オービンソン、トム・ペティの5人が作った覆面バンド。レコード会社の関係でこう言うことになったらしいが、そういうことで今は廃盤。良かった持っていて。オークションでは高値で取引されている。

 バレンシアのカルテル情報に続きセビージャのカルテル情報もネットに載りだした。いよいよ闘牛シーズン到来を感じさせる時期になってきた。


 1月15日(日)

 昨日の闘牛の会の発表は、非常に面白かった。来なかった人は損をしただろう。1時間の予定が、1時間半くらいかかった。荻内先生が言うにはあれくらいの間を取ってやった方が聞いている方は分かりやすいと言っていた。『闘牛を解く親鍵』(闘牛、秘数3)は分かり易い間で話をしたので聞いている方を引きつけたようだった。原稿は近いうちにアップしようと思う。が、闘牛の会の会員用に送るのが先の方が良い間も知れないのでそれは考える。

 今年の会の初めは、『モンタレー・ポップ・フェスティバル』からジャニス・ジョップリンの『ボール・アンド・チェーン』のDVDをかけて始めた。使用したビデオは、15年か20年前のマニサレス(コロンビア)でオルテガ・カノがやったインドゥルトの闘牛。入場行進、牛を迎える時の闘牛士の姿をツーパターン。闘牛士のバンデリージャの競演。マヌエル・カバジェーロとホセ・トマスのキーテ。セサル・リンコンの92年のグラン・ファエナ。ネットを観て始めてきた来た人がいた。その人にも話が通じたと思うけど、どうだろう。

 会の後の飲み会も面白かった。6人だけでいつもに比べて少なめだったが、色んな話が出ておかしかった。そして、何と言っても帰りの電車が決定的に凄かった。荻内先生が、転び伴天連と近松。近松と大石内蔵助の話をした。これが物凄く面白かった。基の話が『近松門左衛門の真実』と言う本の話。これは風太郎的な味付けをしたら3部作が出来るだろう。これは小説的な鉱脈と言って良い1つの発見というか、事件だ。それと、近松と西鶴と鶴屋南北という所を調べたら、これは相当面白い物が生まれそうだ。


 1月16日(月)

 正月食あたりした同僚のその後の話。医者に行って、鎮痛剤、下痢止めなどの薬を貰ったようだ。それでしばらくして腹痛がやんで下痢も止まった。しかし、今度は便秘になった。ウンコが出ないと言って今度は反対の苦しみが待っていた。4,5日出なくて苦しんでいた。今日久々にあったて訊いたら、「ようやく出ました。凄いのが出ました。手首くらいあるやつで、お尻が裂けて血が出ました」というので、「流れなかったんじゃない?」と、訊いたら、「これは一杯出るなと思ったから2回に分けて出したので、ちゃんと流れました」とのこと。

 もう本当に嬉しそうにウンコ話をした。顔が喜んでいた。それはそうだろう、苦しかったのが楽になったのだから。冗談で、「男色も出来るようになったんじゃない?」と言ったら、ガハハハと笑っていた。便秘から解放されて、元気で明るくなった。人間毎日おならもウンコもしないと元気がなくなるのだ。

 ネットで近松関連の事を観るとかなりの情報が載っている。面白いことや気付いたことも結構ある。「虚実皮膜の間」と言う言葉は面白いと思った。

 15日の結果。 メキシコ。セサル・リンコン、耳1枚ともう1枚要求。ソトルコ、耳1枚。ホセ・ルイス・アンヘリノ、耳なし。


 1月17日(火)

 虚実と言えば、直ぐに山田風太郎の小説が思い浮かぶ。この作品群は巨大だ。その中で風太郎が書いた、『八犬伝』は、実の世界で、滝沢馬琴が出筆中の『八犬伝』を北斎に読んで聞かせ、それを聞いた北斎が筆を取り絵を描いて見せ、馬琴が感心しイメージを膨らませ、その絵を欲しいと思うのだが、北斎は破いて捨てて去っていく事が何度か繰り返される。虚の世界では、『八犬伝』が語られる。虚の世界と実の世界が交互に構成されている。風太郎は凄いなと思った。その中に、鶴屋南北が、『仮名手本忠臣蔵』と『東海道四谷怪談』が2日間にわたって上演された話が出て来る。

 「二つの狂言は「実」と「虚」が互いに犯しあい、ひっくりかえりながら姦通しあう。いわば「鋳型」と「逆鋳型」の関係になっている。これはヨーロッパの演劇史や近代演劇の観点からいえば、とんでもないリバースモールドな上演趣向だった。初日に『忠臣蔵』の初段から六段目までをやり、次に『四谷怪談』の序幕・中幕を見せて「隠亡堀の場」へ。後日(2日目)はその隠亡堀から始めて、『忠臣蔵』七段目から十段目のあと、『四谷怪談』の四幕・大詰(「夢の場」「蛇山庵室」)を入れ、最後は赤穂浪士討入りの十一段目大切で終わる。初日と後日をつなぐ隠亡堀の場は、戸板の裏表に釘付けされた小仏小平とお岩の死骸が見せ場の「戸板返し」のリバース・クライマックスで、そこが生と死、男と女、霊と魂、善と悪の折り返しとなって、2作を裏表に蝶番したという工夫だった。 」 ーーホーム・ページ 松岡正剛の千夜千冊よりーー

 風太郎も巧みだが、南北の話を読んだときにこいつも凄い奴だと感心した。「芸術は、虚実皮膜の間」と近松が言ったが、この辺が非常に面白い。虚実の世界を混同して幼女を殺害した宮崎勤の最高裁判決が今日言い渡される。彼は獄中で、18年前に比べてオタクが増えたと、言ったそうだ。時代は昭和から平成に変わった時。事件にはならなくても、今は心の内側に宮崎勤的な内面を内服した青少年が確実に増えているようだ。そういう子たちを、普通の子と言っているような気がする奇妙な時代が今なのかも知れない。

 同じ虚実でも、近松のように、「さりとても 恋はくせもの」などと、粋でないと話にならない。金に狂ったか、惑わされたか、堀江貴文社長とライブ・ドアが東京地検特捜部の強制捜査を受けた。ヒューザーの小島進社長の国会での証人喚問が行われる。また今日は阪神淡路大震災から11年でもある。それからこの大雪での死者が100人を超した。


 1月18日(水)

 届いた、『近松門左衛門の真実』近松洋男(近松家9代目)著を、つらつら読んだ。序文を書いているのが20年以上の付き合いという前駐日スペイン大使、ファン・レーニャ。9代目、近松洋男は京都大学文学部大学院修了後、ナバラ大学哲学部を経て京都外語大学などでスペイン語を教えていた。スペイン文化勲章・アルフォンソ10世賢王勲章などを受賞しているスペイン通である。どうやらスペイン語、特に中世スペイン語を勉強したのも先祖の近松門左衛門の影響だったようだ。

 それと合わせてネットで調べたことでは、元禄15年(1702)赤穂浪士討ち入りから8年後の宝永7年(1710)赤穂事件を世に問う、『兼好法師物見車』『碁盤太平記』を竹本座(浄瑠璃)で上演している。後の『仮名手本忠臣蔵』の基になる話で、すでにこの時点で、浅野内匠頭長矩を塩治(しおや)判官に、吉良上野介義央を高師直(こうのもろなお)に、大石内蔵助良雄を大星由良之介に擬して書かれている事が判った。ほぼ『仮名手本忠臣蔵』と同じである。由良之介が由良之助に代わっているだけである。それと面白いのは、歌舞伎と浄瑠璃が同時期に競い合うようにして町民文化に花を咲かせたことだ。そして、その創世記に近松がいたのだ。近松は浄瑠璃、歌舞伎、浄瑠璃の順に出し物の発表の場を変えていることも注目に値する。同時期に、西鶴が居、歌舞伎でも元禄時代に基が築かれたようだ。

 宮崎勤の最高裁死刑判決が下された。当然の判決だと思う。ライブドア・ショックで株価は全面安になり2日で900円ほど下げた。その影響で為替も下がった。投資家はショックを受けている。東証は終了前に取引を全面停止した。


 1月19日(木)

 『ボブ・ディラン自伝』を読んでいるとディランが物凄い記憶力も持ち主であることが判る。『ノー・ディレクション・ホーム』の中でも言っていたが1回か2回で曲を覚えることが出来るそうだ。それと、非常に分析的だ。誰々はこう言うことをが出来るが独創的ではないとか、そういう語り口が結構ある。正月カエルさんの所に行ったときに、モチゾーさんがこういう人は、1つだけ才能が飛び抜けているんじゃなくて、3つくらい飛び抜けた才能があるんだねって。その通りかも知れないと思ったものだ。

 タウロベンツが、サン・イシドロの後にミニフェリアを開催するらしい。


 1月21日(土)

 外は白い世界が広がっている。道行きにはもってこいの日かも知れない。アメリカからの輸入牛肉に危険部位である背骨が入っていたことが判明して全面禁止処分を下した。非常に良いこと。アメリカは舐めていることをする。文句あるなら戦争するぞ、と脅している。まるで、ピストルで強姦しているのに和姦だと言っている犯罪者のようだ。アメリカ国家には誠意などないと思った方が良いかも知れない。1つの施設の、1回の出荷だ。と、関係者の1人が言っている。心の広いお言葉だ。いつもあなた達は身内には、広い心で許すが、外や敵には徹底的に心が狭く絶対に許そうとしない。だから、疑惑だけで宣戦布告をせずに戦争が出来るのだ。世界はアメリカの植民地とでも思っているのだろうか。それが、現代アメリカの民主主義の根本にあるような気がする。内に人種差別を未だに抱えて、それを外の世界に意識を向けるためにやっていることなのだろうが・・・。

 今の僕にとっては、ライブドアや耐震偽装事件などのニュースなどより、ディランの歌や自伝、『近松門左衛門の真実』の方がずっと現実の問題のような気がする。


 1月22日(日)

 NHKでこの冬の豪雪の番組をやっていた。雪国の人間はひたむきで真面目で忍耐強く寡黙だ。顔にシワを刻んだ年寄りしかいない過疎の村で、屋根の雪下ろしを共同で行っていた。老人たちは豪雪になっても生活の知恵を持っている。野菜などの食料を確保しているが、若い人たちは確保していないので食べ物がなくなる。停電もしても灯油がなくなっても暖房を豆炭で取ることが出来る。便利さになれていると、こういう非常には対応できない。温かいところに生まれた人には分からない事だ。

 雪が降って溶けて寒くなって凍ったときどうする。金槌で叩いて氷を割ると言うが、砂をまいた方が良いと言った。そしたら、氷が溶けるんですかと言うので、滑らなくなるからと言った。あーあ、本当は灰をまきたいけどそんなのはないから砂をまくのに、どうして金槌で氷を叩くって発想が出てくるのか・・・。雪を知らない人は、時間とか実用的だとか、そういうことは考えないのか、考えられないのか。訳の分からない感覚だった。


 1月23日(月)

 TVを観るのは悪いこともある。本を読むことが出来ないからだ。面白い番組なら良いが、ダラダラ観ているのが1番悪いこと。NHKの大河ドラマは今のところ悪くない。『風のハルカ』は今面白いし、教育TVの、『知るを楽しむ』シリーズは面白い。山田風太郎、伊奈かっぺいの私の母語は津軽弁は非常に面白い。そして、『近松門左衛門の真実』は、実に面白い。

 20日レオン(メキシコ)でソトルコが、ベゴニャ牧場の“トゥリンファドール”という名の牛(NO31、478キロ)をインドゥルトした。また翌日セサル・リンコンはグラン・ファエナをした。

 20日の結果。 レオン(メキシコ)。セサル・リンコン、耳1枚。ソトルコ、耳2枚、シンボルとしての耳2枚と尻尾1つ(牛、インドゥルト)。ラファエル・オルテガ、耳1枚。

 21日の結果。 メデジン(コロンビア)。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、ディエゴ・ベントゥラ、耳1枚。マリ・パス・ベガ、マヌエル・リバルド、耳なし。 レオン(メキシコ)。セサル・リンコン、耳要求で場内1周。ホセ・マリア・ルエバノ、イスマエル・ロドリゲス、耳1枚。


 1月24日(火)

 15時くらいという遅い時間に昼食を取ったので、お腹が空く時間になっても空かない。疲れているので横になって1時間弱寝たようだ。それから、起きて読書。風呂に行こうとしたが、NHKで、『プロフェッショナル 仕事の流儀』〜あたり前が一番むずかしい ペティシエ・杉野英実 〜を観る。フランス留学中に憧れのペティシエの所で3年越しの望みが叶い働けることになった。しかし、使っている素材、分量は学校で教えて貰った物と変わらないのに、比べものにならないくらい美味しい。何故なのか?それは、傷んだ素材を丁寧に取り除き、1つ1つ当たり前に仕事の積み重ねを徹底的に行う。それが、他の所でやってきた仕事との違いだった。

 観ていて、先日大魔神・佐々木とイチローの対談を思い出した。その中でイチローは、「誰が観ても凄いなと思うことは、僕は凄いことの定義からははずしているんです。普通のプレーの凄いことが良い選手とそうでない選手の違いなんです。」と、言っていた言葉と重なる部分があるからだ。所で番組中、キャスターで脳科学者の茂木健一郎が、「化学の実験だと、使っている素材、分量が同じであるとなると結果はいつも同じになるんですが、そうならないわけですね。それがプロの技術なんですね」と、言っていた。これは、分かり易い言葉だった。対して、杉野英実は、「音楽では音符がありますが、演奏家によって奏でる音楽に違いが出るように、ケーキにも違いが出てくるんです」、と。これまた、分かり易い言葉だった。

 『近松門左衛門の真実』読了。索引などから色々読んでいたので通読したので2回くらい読んだくらいになるだろう。


 1月25日(水)

 体調があまり良くない。病院に行った方が良いようだ。昨日の『知るを楽しむ』こだわり人物伝・山田風太郎の中で、古典という物から作家は新しい作品の発想やヒントを取っていると言っていた。風太郎の半端じゃない読書量はそういう物を支えていたのは当然だ。その中から、小説では3度くらいはひねりを入れた展開で読者を驚かしていた。ああいう引きつけ方は、手本になる。が、なかなか難しいことだ。 


 1月26日(木)

 病院へ行き問診。心電図、胸部写真を撮った。結果は異常はないと言うことだったが、コレステロールや高脂血の状態なので、薬を出すと言ったが、断って食生活の改善をすることにした。目の周りの凝りや肩こりは疲労などによる物だろうと言うことだった。しかし、疲れている。

 嫌な予感があった。こんな言い方は誤解を招くかも知れないが・・・。セビージャの開幕戦、ドミンゴ・デ・レスレクシオンにセサル・リンコンが出場する。と、なると4月16日に是が非でもセビージャにいなければならないのだ。もう少し遅く行くつもりでいたのでガッカリした。それでも、セサルは、セビージャのドミンゴ・デ・レスレクシオンに出場するのは初めてな筈だ。それは非常に嬉しいことではある。そういう予定を組まなければならない。

 21日の結果。 メデジン(コロンビア)。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、ディエゴ・ベントゥラ、耳1枚。闘牛士、マリ・パス・ベガ、マヌエル・リバルド、耳なし。 レオン(メキシコ)。セサル・リンコン、場内1周。ホセ・マリア・ルエバノ、イスマエル・ロドリゲス、耳1枚。 サンルカール・デ・バラメダ(カディス)。マンサナレス、場内1周。フィニート、耳2枚。クーロ・ディアス、サルバドール・ベガ、マンサナレス(息子)、耳1枚。

 22日の結果。 ビスタレグレ(マドリード)。ルギジャーノ、耳1枚、耳2枚。エウヘニオ、アブラアム・バラガン、耳なし。 ラ・プエブラ・デル・リオ(セビージャ)。アントニオ・マヌエル・プンタ、ホセ・マリア・ベハラノ、耳1枚、耳2枚。フェルナンデス・ピネダ、耳2枚が2回。

 メキシコ。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、ロドリゴ・サントス、耳なし。闘牛士、セサル・リンコン、耳1枚。ソトルコ、耳2枚。 ボゴタ(コロンビア)。エンカボ、マリ・パス・ベガ、クリストバル・パルド、耳なし。


 1月27日(金)

 昨日病院に行ったら来ている人は老人ばかりだった。看護婦も接し方を心得た物で、「久しぶりに外出したので死にそうだ」と言っている老人を丁寧に診察室に連れて行った。普段の日常生活では観ることが出来ない、もう一つの世界があるのを実感した。東京はと言うか日本は、若者中心の社会だ。老人や女性やそして全ての人が居心地の良い社会ではないのだ。社会のシステムが根本的に間違っていることを意味していると思う。

 パレスチナ自治政府は、選挙の結果、イスラエルとの武装闘争とテロを続けているイスラム原理主義のハマスが、過半数の76議席を獲得して第1党になった。中東情勢は、強硬派から路線を転換したシャロン首相が脳出血で倒れたばかりで、波乱の様相になってきた。

 長崎県警の警部補が銃口を顔の向けて自白を迫ったとして逮捕された。普段から奇行があって住民から怖いという連絡が入っていたという。「今月12日に付近住民から大浦署に「意味不明なことをつぶやいたり、叫びながら歩き回っている」と入江容疑者の奇行を伝える電話があり、県警は住民が怖がっていることを理由に20日付で同署地域課に異動させた。」ーー共同通信よりーー

 一夫多妻制を集団で実践していた男性が逮捕された。容疑は、脅迫。京大の元アメフト部、部員3人が集団暴行(おそらく強姦のこと)容疑で逮捕された。3人は容疑を否認している。京大は、陳謝の記者会見を行った。


 1月28日(土)

 どうも夕方から胸がおかしい。ずっとドキドキしている状態で落ち着かない。苦しくも何ともないし、生活に支障があるわけではないが・・・。事件は、その時代を映す鏡だと言うことを言っていた人がいる。そうだと思う。嫌な事件や聞きたくも考えたくない様な事件が多すぎる。そもそもそういう気持ちになること自体が、嫌な事件に慣れてきている証拠かも知れない。

 25日の結果。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。ミックス闘牛。騎馬闘牛士、ルイス・アウグスト・ロドリゲス、耳なし。闘牛士、ハビエル・コンデ、罵声が2回。エル・ピノ、口笛。セサル・ヒメネス、耳なし。

 26日の結果。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。セサル・ヒメネス、セラフィン、耳2枚。レオナルド・リベラ、耳1枚。


 1月30日(月)

 時々変な夢を見る。この前見た夢は、トイレで何度紙で拭いても、紙が黄色くなる。紙を変えても、何度も変えても黄色くなる。尻が痛くなってくるので段々触れるくらいに拭くが紙が黄色い。血は出ないが黄色い。悲しくなって泣きたくなって、「ウォシュレットーーーー!」って叫びそうになって目が覚めた。

 「乾燥したタイプと湿ったタイプの2つがある人の耳あか。どちらのタイプになるかは、遺伝情報を担うDNAの塩基配列の、たった1カ所の違いで決まることを新川詔夫長崎大教授(分子医療)らが明らかにし、29日付の米科学誌ネイチャージェネティクス電子版に発表した。
 実は、耳あかは本来湿っているもので、乾燥したタイプは耳あかではなく、単に皮膚がはがれたもの。乾燥タイプの人は耳あかが出ない“突然変異”で、日本人は約8割がこのタイプだという。
 新川教授らは、日本人126人の塩基配列を調べた。その結果、ある1カ所の塩基が変異した遺伝子を両親双方から受け継いだ人は「ABCC11」というタンパク質が合成されず、耳あかが出ないことを突き止めた。
 さらに、世界の33民族、計約3200人について調べたところ、耳あかの出ない人は日本を含む北東アジアに多く、南方や欧米、アフリカに行くにしたがい徐々に減ることも判明した。」 ーー共同通信よりーー

 僕は突然変異でない遺伝子を持っていることになる。だからと言って耳かきをするとき、「クチュクチュしちゃうの」とは、言わない。「だってなんだか だってだってなんだもん」って何だか全然意味が判らないけど、あの断定的で思い切りが良いところが凄いよなぁ、あの歌は。

 29日米フロリダ州マイアミのアパートでビデオ・アーティストとして国際的に知られる韓国のナムジュン・パイク(白南準・73歳)が死去した。彼は60年代ニューヨークで活躍した。小野ようこと同時期に前衛芸術運動をやっていた。僕が読みたいと思う物の1つにナムジュン・パイクが東京大学の卒論で書いた、『シェーン・ベルク』がある。

 27日サン・クリストバル(ベネズエラ)でインドゥルトが3回あった。ハビエル・コンデが相手にしたエル・プラド牧場の“グランヘロ”というの名の牛(435キロ、NO98)と、マラビジャが相手したランチョ・グランデ牧場の“ゴメシスタ”という名の牛(435キロ、NO37)をインドゥルトした。また、夜のフェスティバル闘牛でヘスス・ミジャンが相手したランチョ・グランデ牧場の若牛をインドゥルトした。また、セサル・リンコンは2日連続でグラン・ファエナをした。29日にもサン・クリストバル(ベネズエラ)で、セサル・バネガスが相手にしたランチョ・グランデ牧場の牛をインドゥルトした。また、29日メキシコで牛が観客席に飛び込んで観客が怪我をした。

 27日の結果。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。ミックス闘牛。闘牛士、ハビエル・コンデ、シンボルとしての耳2枚と尻尾1つ(牛、インドゥルト)。フリ、耳1枚。マラビジャ、耳2枚、シンボルとしての耳2枚と尻尾1つ。騎馬闘牛士、ホセ・ルイス・ロドリゲス、場内1周。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。フェスティバル闘牛。騎馬闘牛士、ホセ・ルイス・ロドリゲス、耳1枚。闘牛士、ハビエル・コンデ、耳なし。ヘスス・ミジャン、シンボルとしての耳2枚と尻尾1つ。セサル・ヒメネス、エル・ピノ、耳1枚。セラフィン・マリン、耳なし。

 28日の結果。 メデジン(コロンビア)。セサル・リンコン、耳2枚。エル・シド、罵声。カステージャ、耳1枚、耳2枚。 ビスタレグレ(マドリード)。マヌエル・アマドール、アントン・コルテス、アルバロ・フスト、耳なし。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。エンカボ、ハビエル・カルドソ、耳なし。ヘスス・ミジャン、耳1枚。

 29日の結果。 ボゴタ(コロンビア)。セサル・リンコン、耳1枚が2回。エル・シド、耳1枚と強いもう1枚要求、場内1周。 サン・クリストバル(ベネズエラ)。ソトルコ、耳1枚。フリ、耳1枚。セサル・バネガス、シンボルとしての耳2枚と尻尾1つ。 レガネス(マドリード)。エスプラ、弱い耳要求、耳1枚。ルイス・ビルチェス、耳2枚。アントン・コルテス、耳なし。 アハルビル(マドリード)。サンチェス・バラ、耳1枚、耳2枚。ラファエル・デ・フリア、耳なし。トレス・ヘレス、耳1枚。 バレロ(サラマンカ)。セラフィン、耳1枚が2回。


 1月31日(火)

 国会で中川農水相はアメリカ産牛肉輸入再開前に閣議決定に反し、現地調査を実施しないまま輸入再開を決定したことを認め陳謝。そのことに対して、野党は辞任要求をして反発を強めている。輸入停止処分を決定したところまでは良かったが、その後が良くない。牛肉輸入再開には時間がかかりそうだ。スペインでも闘牛が始まった。屋根付き闘牛場があるマドリードのビスタレグレとレガネスの闘牛場で開催された。Kadoyanが掲示板で報告してくれた。

 骨折していたマティアス・テヘラの復帰はオリベンサからになるようだ。


 2月2日(木)

 何とラス・ベンタス闘牛場の興行主タウロベンツが今年のベネフィセンシアをハンディージャ牧場の牛で、セサル・リンコン、エル・シド、セバスティアン・カステージャで行うと言った。非常に良いカルテルが、このカルテルは、去年やるべきだった。今年じゃ、サン・イシドロがどうなるかは分からないので状況が変わる可能性が大きいからだ。本来ベネフィセンシアは、その年のサン・イシドロで活躍した闘牛士が出るべきなのだ。その為にサン・イシドロが終盤になるまでカルテルを発表するべきではないのだ。

 勿論、今年期待する闘牛士を上げるとすれば、上記3人と、モランテ・デ・ラ・プエブラになる。ミゲル・アンヘル・ペレラ、とか、カリファとか、アベジャン、セサル・ヒメネスなど期待の闘牛士は色々いるが・・・。 


 2月4日(土)

 アメリカでは、喫煙者が就職できない事が多かったようだ。ある市の警察では喫煙者は採用されなかったが、最近市は方針を転換した。優秀な人材が集まらない状況が続きその条項を削除した。結果、治安が良くなったという。CNNも13年間喫煙者の採用を見合わせていたが、人材難で同じくその条項を削除して喫煙者の採用を再開した。

 イギリスで発覚したBSE(狂牛病)は、牛を草食動物としての特性を無視する形で、肉骨粉やホルモン剤を餌に与えることによって成長を促進させて、畜産の効率だけを追求したツケが、重大な弊害して判った。動物はその動物が持っている特性を生かして飼育されるべきだし、人間が作為的に効率を上げることだけを追求することは自然を無視した考え方だ。

 寄り道は、楽しい物だ。小学校の時に色んな所で道草をして家に帰るのは学校の勉強以上に楽しかった。そういう遊びの中から授業では覚えられない大事な物が学べた。アングロサクソンは、あまりにも、健康とか、効率とかを言い過ぎるし、押しつけすぎる。禁煙者が何故喫煙者を排除するのかと言う根本的な考え方を、自分の中で消化しているのだろうか?俺の中で健康という物は、息をするようにタバコを吸っていられる状態を言う。ハンフリー・ボガードやクリント・イーストウッドがタバコや葉巻をくわえていなかったら、それは映画にはなかっただろう。

 俺は野球場からタバコが排除されたら野球場へは行かなくなった。競馬場や闘牛場は同じようにすり鉢型の形をしている。よく言われる比喩だが、それはコーニョのような物だ。観客を引きつけ、興奮させる。物事や感動が生まれるところなのだ。そして当然そこにはタバコがある。インディアンのシャーマンが、神や精霊と対話するために吸ったタバコは、いわば死を見詰めることや感じ為には必要な物なのだ。だから、観戦の為には必要不可欠な物なのだ。そうすれば、よりよい形で闘牛を見詰めることが出るはずだ。

 寄り道は、誰でも感じる大事で必要な事だ。そういう無駄が人間には必要なのだ。タバコも僕にとってはそうだ。牛や豚、羊、ニワトリなどの飼育も、ブロイラーのような効率を追求したりすると味も落ちるし、健康な動物の状態じゃなくなる。闘牛用の牛のように自然飼育に近いかたちが効率が悪くなるかも知れないが、動物が元気な状態でいれるのだ。スペイン人はそういうことを伝統的に知っている。逆にアングロサクソンのやり方は、世界を破滅させる。

 「米農務省の監察官事務所は2日、米国内のBSE(牛海綿状脳症)予防策の実施状況に関する内部監査報告を発表した。監査した12の食肉加工施設の4分の3にあたる9施設で、脳などBSE感染の特定危険部位を除去したかどうか記録が残っておらず、検査のずさんさが改めて浮き彫りとなった。さらに、各施設に派遣されている農務省の検査官が、どの程度の頻度で検査していたかの記録もなく、検査が適正かどうか「判断のしようがなかった」と厳しく指摘した。1月にニューヨーク州の加工場で検査官が日本の輸入基準を知らずに背骨付きの違反牛肉を出荷して輸入が再停止されたが、監査報告は、いい加減な検査体制が例外的ではないことを裏付けた。」 ーー讀賣新聞よりーー

 「シーファー駐日米国大使は3日、米議会は日本の米国産牛肉の禁輸に対して「忍耐が切れた」と述べ、この問題が「比較的短期間で」解決することを望むと付け加えた。
 同大使は記者団に対し、「もしこれが貿易戦争の火種となるなら、それは非常に不幸なことだ。議会がこの問題に関してすでに忍耐が切れたことは疑いようもなく、それはよい状況ではない」と指摘。また、今回の危険部位混入の背景に関する調査は「あと1週間ほどで」終了するという見通しを示し、同じような問題の再発を防ぐためのシステム構築に関して発表が行われると述べた。2003年に米国で牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)が発見された際も、年間約13億ドルに上る米国産牛肉の輸入が禁止された。」 ーーロイターよりーー

 ああまた、脅しが始まった。この状態で輸入を再開しても消費者はアメリカの輸入牛肉を買うのだろうか?おごる平家は久しからずって言葉は、アメリカにはないんだろうけど・・・。

 バレンシアとカステジョンのカルテルはほぼ完成した。おそらくオフィシャルもアップした物と変わらないだろう。


 2月6日(月)

 昨日東京競馬場へ行ってきた。本命のフサイチリシャールは、ゴール前で、アドマイヤムーンに差されて負けた。3着は、マッチレスバロー、4着は、ショウナンタキオン。レースが終わった後、隣の爺さんたちが、馬観なきゃ1点で買えたのによー。そうなんですよねぇ。でも、パドック観て判ったことは、少なくてもショウナンタキオンよりも、マッチレスバローの方が良い馬だって言うことと、アドマイヤムーンは舌を縛られてそれを気にして首を振ったりして周回を重ねているようにまだまだ子どもで、その状態でフサイチリシャールを差しきったのはお見事って言うことだ。

 バレンシアとカステジョンのカルテルはオフィシャルが発表された。アルル(フランス)も発表された。


 2月7日(火)

 今修理が注目を集めているという話題を、東京12チャンネルの『ワールド・ビジネス・サテライト』でやっていた。靴に時計と裏方だった仕事が特徴を生かした企業戦略が下請けの立場まで覆して表舞台に立とうとしているという。物を大事にする考え方は、10万円前後する高級靴を6000円くらいの修理で何十年も使う発想で、高い物は長持ちするので安い物を買うよりも長い目で見ると安くなると言う物。お金が充分ある人には、こういう商売が受けるのだろう。良い考え方だが、金銭的な体力がないので無縁なことだが・・・。

 体調が悪い。今度はトイレが異常に近い。行っても少ししか出ない。腎臓が悪いのか膀胱炎なのか。それとも養老孟司が言うように、体の表面の感覚は発達しているが内部の感覚はいい加減なので本当は何処がおかしいのか判らないのだろう。ただ単に腹が張っているだけかも知れない。目も腫れてものもらいの様になっているし、最近おかしい。


 2月8日(水)

 日曜日東京競馬場で、「隣の爺さんたちが、馬観なきゃ1点で買えたのによー。」と、言った後、「今年も関東馬はクラシックに関係ないなぁ」と言っていた。関東の大関格ジャリスコライトが出ていなかったが、感覚としてそんな感じだった。もう全く頭に来る関西勢だ。西高東低と言われて久しい。冬型の気圧配置じゃあるまいし、何なんだよ。唯一救いは、骨折で長期離脱している横山典弘が3月の中山で復帰できる様なのでそれが明るいニュース。今は、典弘と蛯名正義が骨折で長期離脱している。柴田善臣や田中勝春、中館英二、後藤や吉田、芝山じゃ競馬に行く気になかなかなれない。

 マドリード、ラス・ベンタス闘牛場の興行主タウロベンツが今シーズンの予定を発表した。今年は75回の開催がされる。サン・イシドロの後にミニフェリアが開催されてそこにフィグラが集結するようだ。ポンセまで出てくるのには驚きさえ感じる。それでふと思ったのだが、サン・イシドロは多分今年もディヒタル・プルスが闘牛中継をするのだろうが、フィグラが集結するミニフェリアは何処が中継するのか?と、思ったのだ。去年の例からするとこれを1回ごとの有料中継にするのではないかと危惧したのだ。そんなことを思っていたら、タウロベンツが、そのことは喋らないと言った。益々そう思える状況になったような気がする。


 2月9日(木)

 グラミー賞、受賞が発表された。「U2が最優秀アルバム賞や最優秀楽曲賞など、ノミネートされた5部門すべてで受賞した。U2のグラミー賞受賞数はこれで通算22となり、歴代6位となった。最優秀アルバム賞受賞のあいさつで、ボーカルのボノは「何と言っていいのか分からない。バンドにとって本当に素晴らしい夜だ」と喜びを語った。一方、アルバム「MIMI」が昨年に米国アルバム売り上げトップになるなど華々しい復活を果たし、8部門でノミネートされたマライア・キャリーは、3部門での受賞にとどまった。最優秀アルバム、最優秀楽曲、最優秀レコードと主要3部門すべてでノミネートされた唯一のアーティストだったが、いずれも受賞を逃した。」 ーーロイターよりーー

 また、最優秀長編ビデオは、ボブ・ディラン主演でマーティン・スコセッシ監督の『ノー・ディレクション・ホーム』が受賞、最優秀サウンドトラックは、『レイ』が受賞、最優秀トラディショナル・ブルース・アルバムは、B・B・キングの『80』が受賞、最優秀ラテン・ロック・アルバムは、シャキラが受賞、最優秀ライナーノーツは、The Complete Library Of Congress Recordings By Alan Lomax John Szwed, album notes writer のJelly Roll Mortonが受賞、ダイアナ・クラールは2部門での受賞を逃した。

 『ノー・ディレクション・ホーム』が受賞しなかったら一体何が受賞しなければならないのか?それは、ディランやスコセッシの否定になるだろう。そんな馬鹿なことがあるわけがない。本当に良い映画だった。アメリカではTVで放送されたので長編ビデオ部門になった。また、映画部門では、『レイ』があったからだと思う。

 U2のボノがディランの家を訪ねてきてプロデューサーを紹介して貰い『オー・マーシー』のレコーディングが始まったことが、『ボブ・ディラン自伝』に書いてある。その中でかなり苦労をしながらレコーディングをするのだが、「魔法」という言葉が何度か出てくる。言葉で言い表せれないすばらしいことを「魔法」とディランは言っている。セサル・リンコンとインタビューをしたときに、セサルもあのファエナは「魔法」のようだったと、何度か言ったことを思い出す。偉大なボブ・ディランと同じように偉大な闘牛士セサル・リンコンの言葉が同じなんだと感慨を覚えた。


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