下タ沢会によせて(覚書)

目次

0201 黄色い軍服 − 紺から黄色へ −
0202 元山に何人くらい住んでいたか
0202 ブリキの時計 − テンポとは −
0203 元山こぼればなし − 火の海・泥の海 −
0203 火の海の第一発見者
0204 60年目の観音さま
0205 観音様が住んでいた元光庵とは
0206 どこを本寺としたか
0206 どのようにして本寺を決めたか
0206 お尚さんはいたろうか
0207 焼けた後お寺はどうなったか
0207 尾去沢のお寺の移り変り
0208 ゴトクとは − 笹小屋大慈庵の火事 −
0208 庵寺などの封建時代 − 尾去沢になぜ正式?の寺院がなかったか −
0209 円通寺のこと
0209 その外のお寺
0210 尾去沢と縁の深かったお寺 − 花輪の円徳寺 −
0210 宗門改めなど
0211 もう一つ円徳寺の縁と湖南先生
0211 元山の山神社のこと
0213 現在の山神社は
0213 合祀された神社はその後どうなったか
0213 両社神社のあった場所は
0214 両社ということ
0214 水晶山神社について
0214 神さまにちなむ話し − お供へ物など −
0215 神さまの等級?
0215 元山神社のこと − 蟹沢に建立 −
0218 元山神社の現状
0218 ふる里へ帰ろう
0219 澤出家のこと
0220 善右衛門沢と澤出家
0221 澤出家の代々
0222 わらじ洗って10万円
0222 長坂金山のこと
0223 長坂千軒崎千軒
0224 六代目忠右衛門は武術の達人?
0225 山口流のこと
0226 相馬大作登上
0227 打首獄門
0228 獄門台
0229 市中引き回し
0230 小塚原異聞
0230 二男、澤出源佐久 − 澤出家兄弟 −
0231 時は流れる
0232 消えていった唄
0232 澤出家の没落
0233 善右衛門沢とは
0234 善太夫の通ってきた道
0235 新通洞はいつ頃できたか
0237 新通洞余談 − 熊の出る話し −
0237 新通洞新時代 − 下タ沢は楽しかった −
0239 下新田の人達が歩いた道
0239 戊辰戦争
0243 その頃どれだけの従業員がいたろうか
0244 小屋と水呑み
0245 金掘りの動員は何%か
0245 出陣の身支度など
0249 いざ出陣
0249 大振尻子とは誰のこと
0250 星はすばる、谷あいもすばる

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