台湾日記  2004年4月〜
 
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4月29日
風邪
○ 風邪を引きまして、昨日、今日と会社を半日ずつ休みました。駐在になる前は、平均気温が高いので、台湾で風邪など引かないのかと思っていました。しかし、実際は、日本にいるときより風邪をひきます。

○ 気のせいか、台湾では、ひく度ごとにどの風邪も実に個性的です。他の症状はほとんど無いのに、お腹にきてひたすら下痢に苦しむもの。ただただ高熱がでるもの。一度かかると4週間くらい治らないもの。などなど。今回のは、ゆっくり引き始めて、微熱しかでないのですが、のどが痛く、咳がでます。ゴホン。そして、ゆっくりと体力を奪っていく感じです。少しやせてりりしい顔になったと自負しております。エヘン。いや、ゴホン。

○ 皆様、くれぐれも、お体ご自愛ください。


4月27日
円安政策
○ 日本の経済復調の理由は、一に、循環的回復、二に、外需ということだろう。構造改革や公共事業のおかげでもないし、ましてや、産業再生機構の活躍によるものでもない。政府の果たした役割は、小さかった。しかし、巨額の為替介入による円安だけは、結果的に、景気回復への影響が大きかったと思う。

○ 小泉首相の経済政策は、「無為の政策」(ココ)を特徴としている。マスメディア向けにちょろちょろと特区だ産業再生機構だとやっていはいるが、本格的に景気対策といえるようなものをほとんど何もしていない。唯一の景気対策といえるようなものが、小泉氏の意思に基づいているかどうか怪しい「巨額の円安介入」だった。

○ 僕は、台湾日記:「楽珍問答」(02年10月28日分)でデフレ対策として、「みんなの景況感に一番ひびくんは、円安かもしれんな。」と書いている。当時感じていたのは、まず、円安政策の効果がでるのが速いことである。公共事業では、工事会社が工事を受注、完成し入金するまでキャシュを手にできない。減税では、減税の手続きをして、減税を実施して、且つ、そのお金を納税者が使わなければ、景気回復につながらない。しかし、円安は、輸出企業にとって、明日の決済での入金額が増える。また、そのお金をすぐに使わなくとも、企業のキャッシュポジションが数字でみるみる向上し、株価も上がる。結局、効果が出るのが早い。また、政治家のばら撒き手続きを経由しないだけ、クリーンにできる。言い換えると、公共事業や減税などの他の景気刺激策に比べて、手続きの社会的コストが低い。

○ しかし、長期的にみると色々と害悪は多い。企業も社会の改革は進まない。諸外国の為替や貿易体制を不安定にする。公共事業や減税よりも劇薬といえるかもしれない。

○ 結局、将来的な日本経済への悪影響や海外からの批判を考慮せず、とにかく掟破りもなんでもありで短期的に景気を刺激するならば、今の日本経済には、円安政策が一番効果的なようである。劇薬ではあるが、「円安」は、車のエンジンでいうと最初の数回転をおこす貴重なスターターの役割を果たすことができると思われる。

○ 今回は、幾つか幸運にも恵まれた。まず、アメリカと中国の景気がよく、外需が強かった。外需が強い時に、円安だと効果が倍増する。次に、こんな天文学的に円安介入してアメリカが怒り出さなかったのは、アメリカの「テロとの戦い」に日本がぶれずに賛成し続けているからである。結局、短絡を承知で結びつければ、戦争でのアメリカへの協力―>円安政策が可能―>景気回復という経路が見えてくる。これを幸運と呼ぶとイラク戦争の犠牲者の方に申し訳ない気がするが、経済的には、間接的にプラスに働いているようにみえる。

○ いいようによっては、テロや中東の不安定により世界中が不幸の連鎖で大変な目に会っている時に、日本は、「困った困った」といって右往左往しながら、結果的には、意図せざるしていい目に会っているのかもしれない。

○ 世界中を惨禍に巻き込んだ第一次大戦で、日本だけは、巧まずして経済成長を果たし国際的地位の向上を実現できた。しかし、その時に、対華21か条要求という、日本の外交史でも最悪の一つに数えられる失敗をしてしまった。今回は、それほどいいことにはなっていないが、それでも調子に乗ってまた大変な失敗をしないで欲しいものである。


4月26日
林真理子と桐野夏生
○ 日本から台湾への機中、寝ぼけまなこでぼうと週刊誌を眺めていると、突然背筋がぞっとする対談に出会ってしまいました。林真理子と桐野夏生の対談です。(週刊文春のゴールデンウィーク特集)立ち読みでも一読をお勧めします。

○ 何でもない会話ですが、僕は、このやり取りを読んで、椅子を座り直し冷や汗をかいた背筋を伸ばしました。

林:桐野さん ご主人いらっしゃるんでしょ
桐野:おります。普通の人です。
林:普通の人?素敵な人なんだ。
桐野:全然素敵じゃないです。
林:お目かけしたことないけど。


○ 不倫小説の極北である「不機嫌の果実」を書いた林真理子と、女の心によるホラーサスペンス「グロテスク」を書いた桐野夏生の会話かと思うと、寒々しいものを感じます。本人達は、「そうおおお。普通の会話じゃないいい。」とおっしゃるだろうが、そういわれると、また却って、僕のような凡夫は縮みあがりそうです。

○ さらに、次のようなことまで言われると、もう、降参するしかありません。

林:
(男は)やっぱり楽屋話は嫌いみたい。「不機嫌の果実」の中で、男はそのとき許されたと思っているけど、十時間前に家を出るとき、下着のクローゼットを開けたときに、もう女たちは許したのであると書いたら、これが、男の人たちにすごく不興でした。


○ 不興なんてとんでもございません。ただ、白旗を揚げるだけです。しかし、不謹慎かもしれませんが、ちょっと、目からうろこではありまする。


4月25日
盛り上がる話題
○ 日本に出張して今の巷の話題を尋ねると、イラク人質事件と植草氏手鏡事件の二つだった。一般的に言うと、みんなが良く知っている話題は、酒席で大いに盛り上がる。しかし、みんなよく知っているだけに各々の別の意見があって、後に討論になってしまい座がしらけたりするものである。ところが、この二つの話題は、大いに盛り上がり、且つ、意見が分かれないので、酒席にも便利ということだった。

○ イラク人質事件については、1)自衛隊は撤退しない。2)全力で人質の安全を確保する。3)行った人質の日本人にも非はある。という三つを同時に認めることで、日本の大多数のコンセンサスがとれているようである。このこと自体は、ある一定の数の反対意見があることを含め、僕にとっては、納得のいく結論だった。しかし、こういう風に短期間に世論が見事に収斂する日本というのは、なんとも興味深いものである。日本に対し警戒心を解いていない国には、少しいやなものだと思う。

○ 植草氏手鏡事件についても、擁護する人もなく意見は割れないだろうし、下ネタ系でもあり話は盛り上がる。なんといっても、賭けているリスクの大きさにくらべ、得ようとした楽しみがあまりにもささやかだ。まさしく、合理的期待を語るエコノミストの非合理的行動..ですね。


4月20日
多様な外省人
○ 台湾のことをそこそこ知っている日本人が台湾の外省人についてもっているイメージが、少し現実と違っているような気がする。人口の10%強でしかない外省人が国民党と戒厳令を通じて半世紀近く強権的に台湾を支配してきたことと、1945年に日本軍撤退直後にはいってきた第一陣の国民党軍の装備が非常に貧弱だったことだけで、イメージが作られているように思う。これらのイメージは、ある意味で事実に基づいており、間違っているわけではない。しかし、それだけで外省人すべての特徴を決めつけてしまうのは、かなり無理がある。

○ 僕の知っている外省人は、もっと多様である。例えば、外国人が住むような少しいいアパートのオーナーは、外省人が多い。一方で、あまり収入は多くないであろうアパートの管理人さんも、外省人が多い。典型的な外省人ビジネスマンは、すらっと背が高くて、礼儀正しくて、アメリカ留学をしていて流暢な英語を話し、非常にスマートなタイプである。一方で、飲食店などで、色々変な難癖をつけてマナーが悪くて嫌われている外省人の一群もいる。出身地も中国大陸全土のあちこちである。だから、台湾には、イスラム系の寺院まである。要するに、貧富、教育、教養の程度、それに出身地などが大きく違い、従って、生活習慣や見た目のイメージも実に多様である。

○ 初期に台湾に入ってきた国民党の兵隊さんは、大陸の色々な出身地から身一つで台湾に渡って来た人である。戦争、戦争で教育もちゃんと受けられなかった人もたくさん含んでいる。典型的には、東部の軍事基地の多い花蓮辺りに住み、原住民の女性と結婚した人も多い。また、台北などの都市部では、アパートの管理人さんをしていたりする。

○ 民間人では、どうみても共産主義政権下でやっていけないと感じた、上海辺りの商業資本家などが多かったようである。金(きん)などの形で持ち込んだ資産と上海商人もちまえの商才を武器に、ときには政治と近づき日本からの接収資産を手にいれ、現在の有力財閥にまで成長しているグループも多い。但し外省人系財閥の全てが必ずしも政治的な動きをしてきたわけではなく、今でも隆々とやっているのは、どちらかというと国民党政権時代から政治と距離を置いてきた財閥が多い。これらの財閥や、そこそこ成功している企業の師弟は、マナーも良いし、アメリカに留学し、教養も高い。

○ 本省人の方で、一部の外省人の生活マナーの悪さや教養のなさを批判している人も、学生のときは、外省人の男性というとかっこよくて優しい印象があったと述べていたり、それなりに、礼儀をしっている隣人もいたように述べている。これは、外省人の多様性を示していると受け取るべきだろう。

○ いずれにしても、日本人が外省人をむやみに悪く言うのは、よくないと思う。国民党の抑圧政治時代に被害を受けた本省人が、外省人のことを悪く言うのを止める気はしない。本当に大変な目にあっているから。しかし、外国人である日本人が、その本省人の友人に同情する余り、外省人の悪口を一緒になっていうのは、行き過ぎだと思う。そういう日本人の言動は、外省人・本省人という省籍の区別を超えて台湾人として仲良く暮らそうとしている良心的な台湾人の心を痛めている。敢えてきつい言い方をすれば、それは、台湾の人に失礼なのである。
(台湾を少し離れるので25日以後まで更新できません)


4月19日
恋の話9:恋と愛
(蛇足を先に加えれば、恋とか愛とかは、男女の仲のみならず、イラクの人達への想い、子供達への想い、台湾の人たちへの想い、日本への想い、家族への想い、チームへの想い、会社への想いを含むものである。そして...)

 恋は、傷づくもの。愛は、傷つけあうもの。


4月17日
日本人の安全観
○ 日本から出張で台湾に来た人に、到着後すぐ、安全の為にしているアドバイスがあります。能書きの前に、まず、挙げてみましょう。

○ 青信号でも左右を見ながら注意しながら渡る。
日本以外の台湾などの大抵の国では、信号無視の車が多くて、青信号で渡っていてもひき殺されそうになります。日本人が杓子定規過ぎると批判するときに、赤信号の時に車が来ていなくても止まって待っているとよく言われています。僕は、赤信号で渡らないのは、たとえ外国人批判されても、悪いことではないと思います。直すこともないでしょう。しかし、青信号で左右を見ない癖は、明らかに直したほうがいいと思います。

○ 手すりや、電車、車のトビラにもたれない
万一その手すりやトビラが壊れていたら危険です。下手をすると簡単に死んでしまいます。そして、日本以外では、しばしば壊れています。

○ 閉まりかけたエレベーターのドアに手を突っ込んで、ドアを開けようとしない。
かくいう僕も先日やってしまいました。いくら手を突っ込んで真ん中のセンサーを押しても、どんどんドアが閉まってきてあせりました。隣にいた台湾人からは、「こいつアホか」という目で見られました。

○ ここで禁止している行為って、みんな、他人を過度に信用しているのですよね。一次的には、人ではなく機械を信じているという場合でも、機械を信じるということは、機械を作った人、メンテナンスしている人を信じるということですよね。僕は、人が人を信じられる社会は、とてもすばらしいと思います。でも、自分の命の危険を冒してまで、見ず知らずの他人を信じる上記のような行為は、海外では、ほとんど狂人扱いです。

○ 僕も、なかなか昔日本にいたときの癖が抜け切れず、時々、やってしまいます。自戒を込めて書きしるします。


4月15日
テーマパーク「工事中」
○ 僕は、台湾に赴任する前は、商業集客施設の企画・運営のような仕事をやっていた。とにかく、色んなプランを次から次へと描いたものである。「スピリチュアル・エンターテイメント」なる怪しげな概念でプレゼンをして、色んな人を企画に巻き込んでみたり、「京都で世界最大のお化け屋敷」を作ろうとしたりした。「東京のど真ん中で世界最大の観覧車」(ココ)というように実現したプランもあるけれども、そのほとんどは、日の目を見ないまま終わってしまっている。

○ 僕の場合は、企画案を作る仕事というよりも、自社のリスクで事業運営をするための収益の計算を含んだ企画立案で、一旦やるとなると、建設、運営までしていたので、そうそうたくさん現実化はできなかったのも仕方がない。

○ 実現しなかった、というか、アイデアだけで企画書の形にもできなかったものの中で、たとえ自分ではできなくても誰か実現して欲しいと思う企画の一つが「工事中」というテーマパークである。

○ テーマパーク「工事中」は、見た目からして建設途上のビルがシンボルタワーである。ビルの上には、建設のためのクレーンがそびえ立っており、時々動いている。もちろん周囲は、工事現場の柵で囲まれ、そこには、例の工事現場の監督さんがお辞儀したまんがが書いてある。

○ 見た目だけでなく、実際に常に工事を続けており、いつまでたっても完成しない。ガウディの聖ファミリア教会のようなものだ。時々、ドドドと地面を掘り返す音がするかと思えば、しばしば、屋上からは、カーン、カーンというハンマーでなにかを叩いている音がする。

○ みなさんは、街で柵に囲まれた工事現場をみると、中に入って見てみたいと思ったことは、無いだろうか。テーマパーク「工事中」は、工事現場の中にもぐりこんで冒険する楽しみを与えてくれる。

○ 鉄骨がむき出しのコンクリートで囲まれたビルに入ると、中には、工事現場用の電球が赤い光を照らしながらぶーらぶーらと揺れている。セメントを運ぶトロッコの形をしたジェットコースターに乗ると、工事中のビルの中を猛スピードで駆け抜けていく。ショベルカーを実際に動かすこともできる。事故を防ぐために動くショベルの部分は、スポンジだけれども..僕は、一度、実際の現物大のクレーンで、クレーンゲームをしてみたい。

○ と、まあ、こんな感じで楽しくつくりこんで、それでいて、鉄骨を耐火被覆する前と後を見せたり、建築というものへの理解を深めるための教育的な配慮も少しして、テーマパークを作ってみたらどうだろう。例えば、震災復興の意味を込めて神戸とかで成り立たないものかしらん。いやいやこれは、工事現場とか、工場見学とかが大好きな僕だけの趣味かもしれない。


4月13日
台湾の明日7:日本の対応 (4月12日分の続き)
○ この連載の最後に、日本の対応を述べてみたい。

○ まず、初めに、筆者は、台湾は、独立を目指すべきだとか、統一を目指すべきだとか、という言い方をしたくないと述べておこう。台湾の人が台湾をどうするかについて、そもそも我々外国人が、とやかくいえた義理ではない。体制による人権侵害行為でもあれば、非難ぐらいはしてみたくはなるが、それも、今の台湾では、可能性0である。将来独立しようとも、統一しようとも、それが台湾住民の決めたものであれば、筆者は、それを尊重したいと思っている。大げさにいえば、台湾の人の為にというのはおこがましくて失礼な気がする。

○ 世の中には、時々、自分の利益と関係なくあなたの為だと言って色々意見する人がいる。概して、それは、自分の利益の為のことが多く、失礼でさえある。例えば、ビジネスで売る側が「あなたのために値を下げる。」ということがある。それはそれでありがたいが、筆者は、ビジネスの世界では、やや不誠実な説明だと思う。一方、「自分の会社にこういう利益があるからここで値を下げる」という説明の方が、はっきりしていて気持ちがいい。自分の利益の為にあなたに対してこうする、という説明に、筆者は、却って誠意を感じる。もっといえば、粋(いき)でさえある。

○ 日本は、台湾の隣国として、台湾のためではなく、自国の利益の為にこうするというのを意思表示すればよいと思う。親日的な台湾の人に同情して支援するなどと下手に言うのは、失礼であるばかりでなく、意思の継続性に疑問を抱かせ、不安にさせるだろう。好きだから応援しますなどといわれても、いつ、好きでなくなるのかしらんと不安になる。こういう利益があるからあなたと付き合いますといえば、関係の継続を長期に維持できるように思える。これは、気分としても、さっぱりもしているし、却って誠実だと思う。

○ では、日本の為に重要なのは、何かというと、「台湾の島に自由で民主的な社会が安定して永続すること」だと思う。これは、例えば、自由で民主的となった大陸中国が台湾と統一すること、台湾が現体制をそのまま維持すること、また、自由で民主的なままスムースに独立に移行することを含む。他にも、様々な特殊な解があると思われる。

○ 田中明彦氏が述べるように、自由で民主主義的な豊かな現代国家同士は、戦争をしない。そういう国は、拡張主義的な戦争に道義的に世論の支持を得られない。また、利害からみても、話せばかたのつく相手と戦争のように高いコストのことをやっていられない。台湾のように日本にとって戦略的に重要な場所に、戦争をする可能性のない社会が安定して成立しているのは、日本にとって、大変ありがたいことである。

○ 台湾は、岡崎久彦氏もいうように、日本にとって戦略的に重要な場所である。南シナ海は、日本にとって石油と東南アジア貿易の大動脈である。台湾は、その南シナ海の北の入り口に位置している。日本と価値を共有しない社会が台湾を抑えてしまうと、まず、この海洋ルートが脅威にさらされ、いちいち顔色をみながら行動せざるをえなくなる。独立した場合でも、統一した場合でも、この台湾の地に自由でなく民主主義的でない社会が存在すると、日本は、大変困る。

○ 台湾の重要性を再述すれば、台中関係は、21世紀前半のアジアの国際政治にとって、最大のイシューである。そして、その大切な台中関係に対して最も大きな影響があり、しかも、変化するかもしれないという意味で重要なファクターは、台湾の民意である。現在の国際政治に最も影響力があるのは、アメリカの世論だとすれば、現在のアジアの政治に最も影響力があるのは、台湾の世論である。外国の人は、こんなに結果に影響を受けるのにアメリカの選挙で一票ももっていないのは、理不尽に思えるほどだと、言うことがよくある。台湾の選挙の前に思ったのだが、もしオークションにかければ、台湾の総統選の一票ほど高値で売れる一票はないだろう。中国だって、アメリカだって、日本だって、許されるならどれだけこの選挙に影響力を行使したいだろうか。それほど、台湾は、重要なのである。

○ 結論を言えば、まず第一に、日本にとって台湾が死活的に重要であることを認識しなければならない。第二に、それが故に、たとえ好意であるにせよ台湾の現実、特に民意の動きを曇った目で見てはいけない。例えば、緑陣営を支持する人が、国民党を支持する本省人の存在を無価値とするのは、彼の目標実現にはマイナスとなるであろう。第三に、台湾人の民意であり、且つ、自由で民主主義的な社会が台湾に存続し続けるのであれば、日本としては、台湾が独立しても、統一しても、祝福するべきであろう。 
(「台湾の明日」シリーズは、一旦これでおしまいです。ちょっと長すぎましたか。それに独断と偏見が多すぎましたでしょうか。すいませんでした。よろしければ御意見御感想をお聞かせください。)


4月12日
台湾の明日6:今後の課題 (4月10日分の続き)
○ 台湾の今後どうすべきかについて、大筋については、政治指導者やマスメディアが出しているコメントの通りだと思う。選挙で分裂した社会を統合し、経済政策をきっちりやって、中国と適正な距離を保ちつつ関係改善をする。まあ、誰でも賛成する話は、きまって、言うは易く行うに難しい話である。ここでは、やや問題の本筋、大筋からは、離れるかもしれないが、かなりの台湾の人が余り考えていないと思われる、筆者の考えを挙げてみたい。

○ 第一に、現時点では、中国が軍事的に侵攻してきても恐らく、台湾単独でも守れるということを指摘したい。台湾に来て少し驚いたのだが、多くの台湾の人が、「中国が攻めてきたら勝てない」と思っていることである。普通に考えて、こんな2400万人もの人がいる海に浮かぶ島を攻略するのは、強大な軍事力がいる。簡単に論拠を並べて見よう。

○ ミサイル
ミサイルだけで降伏した国は、ない。台湾当局などによると、中国は昨年末時点で台湾本土から六百キロ内の中国沿岸に合計四百九十六基の短距離弾道ミサイルを配備しているそうである。ユーゴは、1000発撃たれても平気であった。人口2400万人の社会が、600発のミサイルで落ちると思えない。逆に、現時点では、中国のミサイルが一発でも台湾島に落ちれば、台湾の独立が決まってしまうだろう。

○ 海上封鎖
中国海軍に台湾を海上封鎖する能力は、少なくとも現時点ではない。海上封鎖というのは、なかなか難しく、一本の通り道すら作らせないようにしなければならず、相当の力の違いが必要だ。

○ 制空権
現時点では、台湾の最新鋭の空軍では、制空権は意外と台湾側が取るかもしれない。少なくとも圧倒的に中国が抑えることはない。

○ 上陸
上記のような条件の中で、上陸は、殆ど不可能だろう。軍事上、海の果たす役割は、非常に大きい。その重要性は、ミサイルと空軍が発達した現代でも、まだまだ残っている。

○ もちろん、大陸に住んでいる台湾人や、台湾系企業の工場資産などを人質にとって、色々なことをすることが考えられ、台湾からなにかを仕掛けるのは、相当の不利益があると思われる。しかし、今、現時点で、軍事面だけに限ってみれば、「攻めてきたらひとたまりもない。」とは、思えない。そういう事実は、政治的立場を超えてちゃんと確認しておいたほうがいいと思う。

○ 第二に、かんべいさんのうけうりであるが、「現状維持を目指して現状維持をできない」ことを指摘したい。もう少し正確に言うと、圧倒的に力が優位なものが、力の無いものに対して現状維持を目指して現状維持をすることは、できる。しかし、これは、あくまで強者の戦略である。サッカーでも本当に引き分けを狙って引き分けを確実にとれたのは、全盛期のドイツチームくらいのものだろう。

○ 中国に対しても、台湾は、圧倒的な強者でない以上、現状維持を目指して現状維持の結果を得るのは、至難の道である。具体的にいうと、2008年から2010年くらいまで現状維持した場合、その後現状維持をすることは、ほぼ不可能といっていいほど難しい舵取りをし続けなければならないだろう。これは、薄青(=弱い国民党支持者)の人も薄緑(=弱い民進党支持者)の人も、現状維持を目指す台湾の人は、考えてみたほうがいいテーマだと思う。

○ 逆に、大陸中国の当局の立場になって台湾の統合を目指すならば、小ざかしい嫌がらせを台湾に一切せずに、とにかくにこにこ、台湾企業の大陸進出を熱烈歓迎し続けるのが、もっともクレバーな方法だと思う。そうすれば、20年もすると、熟する柿が落ちるように統合される可能性が高い。

○ 最後に、台湾人としてのアイデンティの問題を述べたい。今回の選挙では、青緑各陣営に分かれて社会の亀裂を生んでしまった。激しい選挙戦とその後の言い争いで、職場でも、誰が緑で誰が青なのか、はっきり分かってしまい、やや気まずい雰囲気になっているところも多い。但し、日本やアメリカの一部のマスメディアが報ずるように社会の完全な分裂とまでは、いっていないと思う。もともと、この程度の意見と立場と、時には、金銭的な利害の違いさえも乗り越えてなんとか一緒にやってきた人々である。本音はともかく、その後もまた大多数は、表面上にこにこ一緒に付き合い始めると思う。

○ しかし、今後社会を統合し、台湾人としてのアイデンティを確立していくことは、ますます重要になったのは間違いない。たとえ、統一を目指すにせよ、大陸中国との厳しい条件交渉を行わねばならず、その時にどれだけ社会の統合が成り立っているかが、よい条件を引き出す鍵になるだろう。また、筆者がとても難しいと思う現状維持を狙うのならば、なおのこと社会全体が分裂することなく迅速且つ大胆に左右に舵を切り続けなければならないだろう。独立を目指すなら、先祖の出身地を超えて台湾に住む人々の統合をする必要があるのは言うまでもない。

○ 台湾人のアイデンティティというと、どうしても中国との違いを意識したものになりがちで、しかも、社会的、文化的なもの故に、政治的な姿勢の違いになりがちである。しかし、筆者は、もっと経済に目を向けて台湾人のアイデンティティの確立を図ればいいとのではないかと思う。

○ 台湾人は、筆者の知るところ、世界一優秀なビジネスマンであって、経営者の優秀さは、日本企業の雇われ社長の比ではない。OEMやSCMやモジュール型生産を収益につながる実際的な形で実行していったのは、台湾人である。アメリカのシリコンヴァレーの起業が成立したのも、台湾の半導体受託製造会社がいたからである。このユニークで着実な実績を残した「台湾的経営」とでもいうものを、実行できたのは、外省人も本省人も含んだ台湾人の特質に他ならない。これを再確認し発展することに台湾人のアイデンティを見出すヒントがないかと思う。

○ 振り返れば、日本が敗戦により社会としてのアイデンティティの喪失から立ち直ったのは、経済の高度成長であり、その成長を支えた「日本的経営」の再確認であった。一部には、農耕民族だからとかという、ややほほえましいほど単純なものまであったが、これらの「日本人論」が自らのアイデンティティに自信を与え、日本人に世界に出て行く勇気を与えたのは間違いない。

○ アイデンティティの確保という文化的、社会的なことに、経済などという世知辛いものを持ち出すのは無粋かもしれない。しかし、省籍や今回の選挙での支持政党を超えて語ることができて、最も台湾が誇れるものであるならば、それを取り上げることも、悪い話ではないと思う。(次回がこのシリーズの最後となります。)


4月10日
台湾の明日5:政策論議
4月7日分の続き)
○ ここまで、有権者がどのような人々かについて、特に弱い国民党支持者=「薄青の本省人」について述べてきた。ここからは、選挙戦の政策上の論点をみてみたい。

○ 選挙戦の一番の論点は、台中関係であった。中国との関係において、まず何より現状維持を目指している「弱い国民党支持者=薄青」と「弱い民進党支持者=薄緑」の中道派の目に、陳水扁と連戦がどのようにうつっただろうか。陳水扁も連戦も次の4年の任期中では、台中交流の強さに程度の差こそあれ、独立とか統一とかという極端な結果を実現できる可能性は、ほとんどないと思われていた。しかし、強いて言えば、陳水扁が独立に向けて後戻りできないことをする可能性は、連戦が統一に向けて後戻りできないことをする可能性より高いと思われていたようである。つまり、どちらも低いと思われていたものの、次のようであった。
 陳水扁が独立に向かう確率>連戦が統一に向かう確率

○ 一方で、万一現状維持ができないとして、今すぐ、統一か独立かを選べといわれると、統一よりも独立を選ぶ人が多いように思われる。それは、「薄緑」の人だけでなく、「薄青」の人の一部も、そうだろう。結局、中道派の人にとっての優先順位は、次のようなものだろう。
 「現状維持」>「遠い将来の統一」または、「遠い将来の独立」>「今すぐの独立」>「今すぐの統一」

○ 結局、連戦の方が現状維持を確保できる確率は高そうであるが、万一、現状維持ができないのであれば、統一よりは、独立の方がましで、陳水扁の方がまだいいかもしれない。そういう心境の人が多かったようである。

○ 選挙でのもう一つの論点は、経済であった。陳水扁政権になって最初の年に、戦後初めてのマイナス成長を記録したことは、経済人にとって殆ど悪夢に近かった。そして、経済自体は回復してきた今でも、三通が進まないことにより、絶好の商機を逃しているという実感が、ビジネスマンの間では、定着してしまっている。

○ 台湾において経済という論点は、経済人の間だけにとどまらず、広く一般大衆にとっての切実な論点になっている。日本などでは、経済政策の巧拙は失業率につながらない限り、経済人以外の有権者にどれほど影響があるのか分からないが、台湾では違っている。台湾の株式市場は、実に取引の80%が個人であり、経済指標の悪化が株式市場の低迷を通じ、直ちに家庭の主婦の財布を直撃する。経済政策の弱さが、陳水扁政権の最大の弱点となった。

○ 結局、政治と経済という二つの論点が、この台中関係、具体的には、三通で結びついている。これも、色々な受け止めがある。企業の幹部のほとんどは、対中関係を融和的にし三通を促進することに賛成していたようである。また、まっすぐ飛べば数時間の上海と台湾の間を香港経由一日かかりで行き来してきた出張者や単身赴任者は、半日飛行機に乗って移動するたびに、三通の停滞の問題を体の節々の痛みとして感じている。自社の中国工場を立ち上げるのに四苦八苦している中堅幹部は、三通に賛成する人が多かったようだ。一般庶民は、複雑な心境だったようだ。三通が促進し、企業業績があがり株価があがることは、大歓迎である。また、しかし、工場のライン労働者層にとっては、生産を大陸にシフトすることにより職を失っているとも思え、三通も一概に大歓迎とは言い難い。ただこれも、もともと台湾内の工場のライン労働者は、タイやフィリピンからの出稼ぎ労働者が多く、急速な生産移転の割には、インパクトが少なかったようだ。南部の国内産業に従事する人は、三通なんてゆっくりやればいいのにと思っていたようである。

○ こうした机上の政策論争のよりも、薄青、薄緑及び浮動票層は、実は陳水扁政権の政治運営の確かさに注意を払っていたのではないかと思う。筆者の独断を敢えて言えば、陳水扁政権は、大所の意志決定と小競り合いは上手だが、二番目くらいに大切な政策を着実に実行していくのが苦手のように見える。

○ 例えば、対米関係をみてみよう。台湾の安全保障は、米国の支援に拠っており、米国の支援を受ける必須条件が、台湾の民主主義の維持であることは、明白である。従って、台湾にとって、民主主義を守ることは、政治上の目的であるばかりでなく、安全保障上の手段とさえいえる状況になっており、死活的に重要である。これは、大局観として正しい。

○ しかし、陳水扁政権をみていると、民主主義さえ守っていれば、米国が助けてくれると過信しているのではないかと思わせることがある。その過信が失敗を招いたのが、例の公民投票に対する米国の予想外の非難ではなかっただろうか。台湾が米国の支援を受けるために民主主義の維持は、あくまでも必要条件であって、十分条件でない。

○ 在米で台湾の独立派を応援している人が、語っていたが、どうも最近の独立派は、本気で自分達の力で、国を守ろうとする気があるのか、疑問に思うときがあり、応援している身としては、がっくりすることがある、とのことであった。陳水扁政権発足当初、ブッシュ政権は、イージス艦の提供は、拒否したものの、ほぼ台湾の要求どおりの武器提供を決定した。ほとんど御祝儀かと思うほどの満額回答であり、大陸中国側が猛烈に反発したのも納得できるものであった。ところが、その武器提供分のかなりの部分が今でも未発注となっているとのことである。アメリカの関係者は、ただ試されただけなのかという気さえすると語っていた。

○ アメリカの産軍複合体に媚びろと言っているのではない。自分達でできるだけのことはやっているがそれでも足りない部分を手伝って欲しいという姿勢を見せないと、純粋な気持ちで台湾を応援しているアメリカの人たちの気持ちが離れてしまう。アメリカの意思決定は多元的であって、「アメリカの意思」などと言うものはない。多くの関係者の様々な思惑のベクトルの総和が意思決定に反映される。「民主主義さえ守っていれば、ブッシュは、いつでも台湾の味方をする」といった単純なものではない。いくら民主主義を守っていても、することをしていないと、少しずつ確実にアメリカ内での台湾への支持を失っていき、アメリカの政権の判断も次第に台湾と距離をおいたものになってしまうと思う。

○ 他の例で、対日関係を挙げてみよう。台湾の安全保障にとって、対日関係は、対米、対中関係ほどは、重要でない。しかし、日本は、米中の次くらいには、重要な国だろう。そして、台湾のおかれた厳しい国際政治の環境を考えれば、日本のような近隣の有力国との関係は、非常に重要なことである。しかし、陳水扁政権発足当時、やはり二番目くらいに大切なことには、手が回らない癖がでてしまったのか、いわゆる日本通という人材が非常に少なかった。日本統治時代の経験のある李登輝世代が老齢化した為でもあるが、国民党政権時代と比べると特に、日本とのパイプの細さが目立ったものである。

○ 陳水扁総統自身が認めるように、対日関係の重要性に後になって気付き、政権内で人材の補強を行ったほどである。例えば、SARSにかかった医師が日本を旅行した件であるが、台湾政府は、日本に対し異例の「べた謝り」を行った。これに対しても、国民党政権時代のように日本との太いパイプがあれば、あそこまでしなくても適当な落としどころがみつけられたはずだという意見もある。こうしたことも日頃からちゃんと手当てしておけば、あげ足取りの批判も避けられたように思う。
(あと二回ほどでこのシリーズを終えます。)


4月7日
台湾の明日4:中国人意識 (昨日の続き)
○ 台湾のことを知らない日本人ビジネスマンで、台湾と中国を一緒くたに考えている人には、いつも、少なくともビジネスタイルについては、「まあ、アメリカとイギリスぐらいは違うと思ってください。」と申し上げている。ビジネススタイルを見る限りでは、台湾と中国は、日本を真ん中に挟んで両極端に位置しているのではないか思うことすらある。

○ しかし、少し台湾のことを知っている日本人に対しては、今度は、台湾人の中国人意識を無視しないように言いたいと思う。このあたりの台湾人の複雑さを過不足なく表現するのは実に難しく、上げたり下げたり、右に行ったり左に向いたり蛇行しながら説明する不親切を許していただきたい。この連載で繰り返し言おうとしているのは、結局、台湾人の多様性と重層性なのかもしれないと、思いはじめてしまう始末である。

○ 多くの本省人の人達は、台湾人であるという意識と同時に、中国人であると意識を持っている。このあたりの感覚を特に日本人は、忘れないようにしたい。日本のメディアに出てくる台湾の人は、日本に好意的な人が多く、統合されるなら日本の方がいいなどと本気で言ってくれたりする。世界の他の社会と比べたとき、日本に統合された方がいいと思っている人の数は、台湾が段突で多いだろう。こういう方々に我々日本人は、本当にありがたく思うし、心から大切にするべきだと思う。

○ しかし、台湾の中で比べれば、日本への統合を望む人は、もちろんごく少数派である。もし、日本も中国も同じように自由で民主的で豊かであり、且つ、台湾がどちらかの国に統合されなければならない状況がきたと仮定すれば、過半数の台湾の人が日本ではなく中国との統合を望むであろう。台湾ファンの日本人である筆者としては、これは残念なセンテンスとなったが、日本人は、台湾人の優しさに思い上がることなく、事実は、事実として直視すべきだと思う。

○ 本省人の中にも、台湾人意識よりも、中国人意識の強い人もたくさんいる。極端な例であるが、本省人の人で、「中国4千年の歴史で、漢民族統治で内戦がなくて版図が最大になったのは、ニ回しかない。一回目は、秦の始皇帝の時代。二回目が毛沢東から今にいたる時代。」とうっとりとした目で言った人がおられた。これは、ややほほえましいくらいに誇張した意見だとは思うが、中華系の民族意識の強さ一端を見ることができると思う。

○ 話は、脱線するが、中国watcherの津上氏も述べておられるように、中国人の民族意識というのは、一般に日本人が思っているより強い。(「中国台頭」)民族意識という情念的なものだけでなく、大国としてまとまっていることによる経済的なメリット、国際政治上のメリットを、大陸の中国人は、冷徹に且つ合理的に十分認識しているように思える。おそらく、現在の中国の政権のレジティマシー(正統性)は、共産主義や、ましてや、民主主義によるものではなく、一に、経済、二に、民族主義であろう。さかのぼれば、日本が半世紀前の戦争で大失敗したのも、中国人のこの根強い民族意識を過小評価し、叩けば分裂すると過信したからに他ならない。今、再び、我々が中国人の民族意識を過小評価したり、歪んだ過大評価によってただ単に中国が怒るからという理由で外交政策をゆがめたりして判断を誤れば、戦争で死んだ日本人に対して申し訳が立たないと思う。

○ 話を戻そう。台湾であった。台湾では、大陸ほどは、強くはないものの、一部の本省人にそこそこの程度には、こうした中国人意識がまだ根強く残っている。そして、この中国人意識がより強い人が、国民党支持に傾きがちなのであり、「薄青の本省人」の一つの大きな構成要素となっている。日本人に好意的な台湾人を大切にすることは、とても重要なことである。しかし同時に、日本人に対しそれほどまでに好意的でなく、中国人意識が強く、しかし、十分に知的で道徳的に立派な人が相当多数いるという事実にも、感情のさざなみをたてずに、過不足なく認識することも重要なのである。それは、日本人が今後も台湾社会と長く付き合うのに必要なことであろう。(まだ、続けるつもりです。)


4月6日
台湾の明日3:薄青の本省人の心
○ 前回(ココ)にも説明したように、国民党をやや弱く支持する本省人という存在が、台湾の政治で今後決定的役割を果たすのは、間違いないだろう。では、この外国人にとって謎であり、緑陣営にも今ひとつよく理解できない「薄青の本省人」とは、どのような人々であろうか。出鼻をくじくようで申し訳ないが、実は、筆者にも、その「薄青の本省人」の本音というのは、分からない。分からないが、重要なのは確かなので、なんとか分かろうと四苦八苦している軌跡を以下に記してみようと思う。

○ 今後の政界再編成の時でも鍵となるであろう彼ら「薄青の本省人」は、国民党政権時代のテクノクラートの経済運営に信頼を置く人や、三通などの中国との経済交流を深めることを支持する企業経営者などである。また、中国人意識もあり、中国との統一は、今すぐはいやだけれども、遠い将来に台湾の民主主義を維持できるように環境が変われば受け入れられると考えている人々もかなり含まれている。

○ その中でも、今回の選挙で筆者にとって非常に印象的だったのは、個人的に会った本省人の会社経営者や優良企業の中堅幹部のほとんどが青陣営支持でだったことである。そのうちの多くが、4年前の選挙で陳水扁に投票した人達であった。今回の選挙では、この企業エグゼブティヴ層が、「薄青の本省人」の重要な部分を占めていたように思う。

○ これらのほぼ全ての経営者が、マイナス成長と三通を語り、民進党政権の経済政策に関する人材不足を嘆いていた。陳水扁政権は、この企業経営者達から、「経済は、全く駄目」のレッテルをはられてしまったようである。前回の選挙で陳水扁を全面的に支援し、EverGreen(「ずっと緑」の意!)という名を持つ長栄グループの総帥すらも、今回の選挙では、不明確ながらも、青陣営の支持を強くにじませた。

○ この「薄青の本省人」たちは、事実を知らないからや政治意識が低いから連戦を支持しているのではなく、十分分かった上で、どぷっと飲み込むように国民党を支持する政治選択をしているように思えてならない。選挙戦最終盤で陳総統の金銭スキャンダルが次々と明るみにでたときに、ある国民党支持の本省人が筆者に言ったのだが、「いいんだよ陳水扁が5億円や10億円私腹を肥やしたって。経済運営さえちゃんとやってくれればね。100億円といわれるとちょっと多いけどね。」この辺りのふところの深さと、限度を数字で示す金銭感覚が、本省人ビジネスマンに共通する特徴をあらわしている。

○ 彼らは、228事件を知っており、政治的自由のない時代も知っているにも関わらず、尚、今現時点で最も良い経済政策を実施でき、独立にも統一にも向く可能性の最も少ない候補者を冷静に選ぼうとしていたのだと思う。

○ この「薄青の本省人」が、過去の恨みつらみを実は覚えていながら、表面上は、わりとあっさりと水に流して次の実利に向かう姿勢をみると、筆者が日頃接する本省人ビジネスマンのビジネススタイルを思い起こさせる。台湾の高度成長を成し遂げてきた本省人のビジネスマンは、内にあっては、国民党政権の理不尽な要求にも応え、外にあっては、売り先であるアメリカ企業のわがままな要求をのみ、不合理に義理と人情と品質にこだわる日本の部品メーカーに頭を下げて、ビジネスを拡大してきた。注文キャンセルの煮え湯をのまされたアメリカのOEM客先に対しても、次に大きなビジネスがあれば、過去を水に流して、にこにこ商談に応じてきた。また、品不足の基幹部品の調達では、後から注文をいれた日本客先に優先的に供給してしまう日本の部品メーカーにも、泣いたり怒ったりしながらも、頭を下げて買い続けたのである。

○ 過去の感情的なしこりよりも、明日の利益を優先できる合理的な判断力は、優秀なビジネスマンの必要条件の一つであり、これらの例は、その「利に辛い」特徴の表れといえるかもしれない。しかし、また、見方を変えれば、台湾ビジネスマンの「ふところの深さ」だと痛感させらるところでもある。

○ その懐の深さと関係あるのだろうが、本省人特有の優しさと平和志向がこの薄青の本省人の特徴だと思う。報復の応酬の続く多くの民族紛争に世界中の国々が頭を悩ませている現代において、台湾では、独裁政治への反政府闘争を母体とする陳水扁政権となった時、外省人に対するあからさまないじめが発生しなかったのは、特筆に価する。いくらかの経済的利権の再分配以外は、外省人に対する特別の報復もなかったようである。これは、「薄青の本省人」が政権党に許さなかったともいえよう。今回の選挙後の騒動を流血なしに収束させたのも、この「薄青の本省人」の静かな視線が、青緑両陣営に抑制を働かせたといえる。(次回に続く)


4月5日
台湾の明日2:薄青の本省人昨日分の続きです)
○結論から言えば、台湾の今後を占うときに鍵になるのは、国民党本土派と言われる人たちであり、本省人の国民党支持者だと思う。台湾では、与野党のシンボルカラーをとって、野党連宋ペアの支持者を「青」、与党陳水扁の支持者を「緑」と呼ぶ。ここでは、この本省人の国民党支持者=「薄青の本省人」について、考えてみたい。後に再述するが、一部の緑陣営支持者のように、彼らを国民党独裁政権下の洗脳教育におかされた無知蒙昧な民と捉えるのは、正確な認識とも言えず、また、緑陣営の今後の対策のためにも、生産的でないと思う。彼らは、静かだけれども賢明で、とまどいを持ちながらも考え抜いて青陣営を支持した人々であった。

○ この鍵となる「薄青の本省人」(弱い国民党支持者)を理解するために、まず、有権者を支持陣営と支持の強さで、4つに分けて各陣営の支持層を見てみたい。支持者の比率は、非常に大雑把にいうと、1/4ずつと考えることができる。
@ 濃い青(強い連宋支持者):外省人、客家人が中心。統一志向。(1/4よりやや少ない)
A 薄い青(弱い国民党支持者):本省人で国民党支持派。企業経営者等。対中現状維持支持。三通支持。
B 薄い緑(弱い民進党支持者):当面は、対中現状維持を目指す本省人。
C 濃い緑(強い民進党支持者):南部本省人など。独立志向が強い。
AとBは、中国との関係において「現状維持派」である。投票行動としては、このAとBの層の間に、政治意識は高いが意図的に棄権した層がいる。そして、このAとBの層が、棄権を含めてどういう投票行動をとるかによって、選挙が決定付けられている。

○ このAの本省人で国民党の支持者(=薄青の本省人)というのが、日本人などの外国人には、分かりにくく、それでいて選挙で決定的な役割を果たしている。外省人が支配する国民党の長い圧政により、政治、軍、マスメディア、金融の分野で差別を味わってきた本省人が、尚、今も、国民党を支持しているというのが、なかなか外国人には理解し難い。また、その「薄青の本省人」は、余り自分達の考えを表立って主張しないだけに、さらにその心境を理解するのが難しい。しかし、実は、選挙においても政局においても、この沈黙する「薄青の本省人」の支持を受けられないと、敗北するのは、明白であって、青陣営も緑陣営もこの有権者層に対していかにアピールするかに腐心している。

○ 一部の日本人を含め熱心な緑陣営支持者のなかには、この「薄青の本省人」を、本省人としての裏切り者とさえ思っている人もいるようである。また、国民党政権時代の思想教育と、外省人支配のマスメディアの偏向報道から、逃れ切れていない無知蒙昧な民と、批判を込めていう人もいる。もちろんそういう要素も一部あるのだが、今仮に、僕が緑陣営の立場にたったとしても、この「薄青の本省人」を「簡単に騙されるバカ」と「私利だけを追求するけしからぬやつ」の集合体だと批判するのは、緑陣営にとって百害あって一利無しの作戦だとアドバイスできるだろう。

○ 僕の知る限り、この「薄青の本省人」は、教育レベルも所得もかなり高く、企業経営者や官僚などが多く、海外の事情に明るく、民主主義に関する知見もあり、また実社会での経験も豊富で相手の発言の隠された意図なんて簡単に見破ってしまう、そういう賢明な人が多い。

○ マスメディアにおいて、公用語の北京語を母国語とする外省人が支配的なのは、事実である。また、新聞でもテレビでも、明らさまに青陣営支持の報道をするメディアは、緑陣営のそれより多い。しかし、報道の自由が、日本人の目からは、度を越して自由すぎる台湾では、青にしろ緑にしろ全ての情報が漏れてしまっており、偏向して体よく加工して報道したところで、少し裏読みできる人なら簡単に実態を把握できてしまう。ビジネスの交渉において、こちらの隠された意図を実に的確に見破ってくる台湾の企業経営者が、マスメディアからあれだけの情報が氾濫してきているなかで、政治家の子供だましの言い逃れに騙され続けるとは、思えない。

○ 今回の選挙後の騒動においても、メディアで表に出ていない多くのことを民衆は常識のように知っている。例えば、宋氏は、テレビに映っている聴衆の前で小さくなって殊勝にしているが、実は暴動を起そうかというほどの強硬論を主張しており、ひよりがちな連氏を色んな手を使って引っ張っている。また、3月27日に総統府前で行われた青陣営の抗議集会では、人員動員の為にお金が配られ、その額は、南の遠くから来た人に多く、また、警察と衝突する最前線で頑張った人に多く配られているという。その金額もひろく知られている。こんなことは、日本でキムタクに何人の子がいるかというのと同じくらい、常識として台湾のみんなが知っている話である。

○ このように「薄青の本省人」は、偏向教育と偏向報道によってのみ生まれているのではない。また、社会がどうなろうとも自分さえ良ければよいと言った考えではない。少なくとも、社会が良くなければ自分が良くなりえないという健全な常識と利害計算のできる人達である。そうでありながら尚、彼らが青を支持した事を緑陣営の支持者は、重く受け止め、この「薄青の本省人」の支持を呼び込むにはどうすればよいかと対策を立てた方が、緑陣営の支持を拡大するためにも建設的だと思うがどうだろうか。緑陣営がそう考えてくれると、今回の総統選で分裂気味になった台湾の社会を、より容易に再統合できると思われる。それは、我々台湾に住む外国人にも喜ばしいことでもある。
(明日に続く)


4月4日
台湾の明日1:民主主義
○ 今回の選挙の結果をみて思いつくことをまとめてみたい。(かなり長く、ある意味で退屈なものを数日続けて掲載することになりそうなので、御覚悟ください。きょうは、「前書き」です。)

○ まず、選挙後の混乱は、一旦は、収束した。今後、このまま一直線に騒乱状態になるとは、想像しにくい。4月10日に青陣営(野党、連宋支持派)だけでなく緑陣営(与党、陳水扁支持派)も大規模な集会を開くなど、まだまだこれから色々ありそうだが、それは、次の政界再編をにらんだ動きであり、別の段階にはいっていると考えるべきだろう。

○ かんべいさんが3月22日に、「「験票」の騒ぎについて。これは1週間くらいで収まるだろうと思います。」と断言していた通りとなった。正直、僕は、かんべいさんにそう判断するのはまだ早いのではないかというようなことを申し上げたりしたけれども、結果をみれば、ぴたりと当たる占いをみているようで、脱帽するばかりである。

○ 選挙後の混乱とその収束は、台湾の民主主義の未熟さと見るよりも、台湾人の賢明さを示したと思う。80%の投票率の選挙で0.2%の得票差で国のリーダーを決めて、もめない方が不思議である。自分の投票した人の対立候補が当選するという事態に、実に有権者の40%が直面した。韓国でもロシアでもフィリピンでもスペインでもイタリアでも、こんなことになると死傷者のでる暴動になっていたのではないだろうか。死傷者無しに混乱を収めた台湾人の賢明さに、青・緑両陣営に対し、僕は、感心している。

○ 台湾の民主主義もこれで、一つステップアップしたと言えるだろう。例えば、次回の選挙のとき、僅差で緑陣営が敗れたとしても、世論の手前、緑陣営は、今回の青陣営の運動以上に乱暴なことをできなくなるし、また、勝った側も、今回の陳総統がとった処置よりも強硬な方法は、とれないと思う。

○ この連載の最後にもう一度述べたいと思うが、台湾に関して、筆者の立場は、次のようなものである。
「台湾に自由で民主主義的な社会が安定して永続すること」が、日本の国益にとって最も大切なものである。幸いにして、この目標は、台湾の大多数の人々から共感を得られと思われる。日本は、(台湾の人の為に、なんておこがましいことを言わずに)自らの国益の為に、国際社会で許される範囲でこの目標の実現と維持を目ざすべきである。

○ この観点からすると、選挙後の混乱を与野党が自制して暴力無しに解決し、台湾の民主主義が一つステップアップしたことは、日本人にとって誠に喜ばしいことである。

○ では、今後、この台湾の自由で民主主義的な社会を維持するのに、重要な要素は、何かと問われたとき、一番大切なのは、「台湾の民意」だと答えたい。今、世界政治を動かしている最大の要素が「アメリカの民意」であり、「アメリカの世論」であるのは、間違いない。それに準ずらいくらいに重要で、21世紀のアジアの国際政治に、最も影響を与えるのは、「台湾の民意」だと思う。

○ その「台湾の民意」の中で、鍵になるのは、本省人の国民党支持者、つまり、「薄青の本省人」だと思う。次回は、その「薄青の本省人」について書いてみたい。


4月1日
政治とビジネス
本質的に、政治はゼロサムゲームであり、ビジネスはプラスサムゲームである。


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