台湾日記  2003年2月〜
  
(台湾日記 バックナンバー 2001年6月〜2003年1月) 


2月28日
二・二八事件
○ 今日2月28日は、お休み。1947年に歴史的な民衆弾圧事件が起こった日なので、陳水扁政権になってから、国民の休日となった。この二・二八事件について、台湾国民中学歴史教科書「台湾を知る(認識台湾)」(日本語版 雄山閣出版)の文を引用したい。台湾を理解するには、この事件を是非とも知っていただきたいし、この事件を既に知っている人にも、台湾の教科書でどう書かれているかを知ってもらいたいからである。( )内は、らくちんの注。

○ 台湾国民中学歴史教科書「台湾を知る(認識台湾)」からの引用
 1945年8月、日本は、無条件降伏をした。(中華民国)政府は、直ちに台湾省行政長官公署を成立させ、陳儀を行政長官に任命し、接収の責任を負わせた。台湾の民衆は、接収に来た軍政人員を熱烈に歓迎した。10月25日、台湾で受降式典と台湾光復慶祝大会が行われ、台湾は正式に日本の植民統治から離脱して中華民国の一省になるとともに、この日は、「台湾光復節」と定められた。

台湾省行政長官公署の組織は大陸各省の省政府と異なり、行政長官が行政、立法、司法、軍事の大権を一身に集め、その権力は省主席よりはるかに大きく、日本植民統治時期の台湾総督とほぼ同様であった為、成立当初は台湾人の批判をつぶさに受けた。
 接収後、行政人員の任用は台湾人の自治への期待に背き、長官公署の重要な職位のほとんどは、大陸から来た人々が占め、台湾人の多くの職位は低く、また職位が同じでも、大陸出身者より待遇が低かった。この種の不公平な施策は、台湾人の深く不満とするところであった。
 これに加え、行政は効率を欠き、官吏は汚職で腐敗し、軍隊の規律は乱れ、世論によるしきりな批判にもかかわらず、改善はみられなかった。このため政府に対する不満が次第に醸成されていった。

 行政長官公署の妥当を欠いた施策は台湾民衆に深い失望感を与えた。加えて経済面では、物価が高騰して不景気となり、失業が深刻化して民衆の生計は苦しくなった。社会面では、言語に隔たりが生じ、治安が悪化したため、台湾人が抱いていた大きな期待は失望へと変わり、ついに偶発事件が原因となり、全島規模の反政府行動が発生した。
 民国36年(1947年)2月27日、台北市内で煙草・酒専売局の蜜買取締員が、煙草の密輸調査で妥当を欠いた処理を行い、民衆を殺傷した。これに憤激した群衆は警察局を包囲して犯人の処罰を要求したが、満足のいく回答は得られなかった。翌28日、台北市民はストライキや非売同盟を行い、また群衆は請願のため行政長官公署へ向かった。しかし不幸にもまた、行政長官公署の衛兵が発砲して死傷者を出したため、民衆は感情を激昂させた。これにより全島規模で、政府に対する反抗と省籍衝突の事件が発生したのである。
 事件の拡大後、各地のリーダーは進んで処理委員会を組織し、台湾政治の全面的な改革を要求した。しかし、陳儀は事態の重大性を誇張し、台湾人の「反乱」を理由に、中央に対して鎮圧軍の緊急派遣を建議した。
 3月8日、国軍は上陸すると、各地で武力を用いた掃蕩と鎮圧を行い、深刻な数の死傷者を出した。それとともに清郷を実施し、戸籍を徹底調査して、犯人の逮捕や武器の回収を行い、自首や改悛者を受け入れるなどした。多くのエリートは逮捕されて殺されるか、または冤罪で下獄した。無辜の民衆の生命と財産が厳重な損害を受けたこの一大悲劇は、その後の台湾政治の発展や社会の融合などに良からぬ影響をもたらした。
 近年来、政府はあいついで一連の善後処置を採り、この事件の傷跡を癒している。


○ この事件は、何度読み返しても、つらい思いが消えない。それだけに、今後もずっと、「国民の休日」で続けるのがいいのかどうか、と思ってしまう。

○ ところで、この台湾日記の「アメリカとヨーロッパ」(2月25日分、ココ)が、ドイツ関係サイトのUmemoto's Web Siteに引用していただきました。光栄です。このサイトは、ドイツの動きや雰囲気をみるのにいい、毎日チェックしているサイトです。


2月25日
アメリカとヨーロッパ
○ アメリカと欧州各国が手の込んだやり取りをしているのを、野次馬根性の目でみると、結論はともかく手続きの方は、イラクとアメリカのやり取りよりも興味深くさえなってきました。僕は、ヨーロッパについては、住んだこともなく、感覚が分からないのですが、アメリカには、90年頃2年間住んでいたので、アメリカと欧州について、そのときに面白く思ったことを書いてみます。

○ 日本人にアメリカ社会の印象を聞くと、「自由」「多様性」「個人主義」と言った答えがよくかえってきます。アメリカ人も自分たちのことをそう表現することが多いようです。しかし、これが、他の国から見ると必ずしもそうではないようです。

○ 友人のフランス人の留学生、アメリカ人の学生と僕の3人でお酒を飲んでいた時に、僕がフランス人の留学生にアメリカ人の一般的印象を聞きました。すると、そのフランス人が実にきっぱりと「アメリカには、個人主義が無い。」と断言したので驚きました。「さすがは、個人主義の国フランスから来ただけのことはあるなあ。日本人には、とても言えんわい。」と、感心したものです。アメリカ人の友人も驚いたようですが、そこは、アメリカ人。なにかと理屈をつけて反論していましたけれどね。

○ それで思い出したのですが、アメリカ研究の古典的名作「アメリカの民主主義」の著者トクヴィルもフランス人で、アメリカについて、「こんなに広い国土なのに、南にいっても北に行っても、同じように挨拶し、同じように話す」と驚きをもって描写しています。ある意味でこの洞察が名著「アメリカの民主主義」の分析の一つの土台になっています。

○ もう一つ。僕が、シアトルのマイクロソフト社にいたときの同僚夫妻との会話です。イギリス人の旦那の方は、難しいアルゴリズムの開発をして回りから尊敬されている技術者です。彼は、深い教養とユーモアのセンスをもち、若いアメリカ人の同僚が「彼と話すのはおもしろいけれど、おおきな辞書を用意しなきゃいけない」と笑いながら言っていた好人物です。

○ 奥さんの方は、シカゴ出身のアメリカ人で、社会活動に熱心。当時は、「ぴっぐいりーがりぜーしょん」つまり、ペットとしてブタを飼うことを非合法化する運動のリーダーでした。僕は、何度聞いてもこの「ぴっぐいりーがりぜーしょん」が聞き取れませんでしたが、この言葉以外は、聞き取りやすい英語で話してくれ、実に、アメリカ的、中西部的な人という印象を受けました。ペットとしてブタを飼うことがコミュニティーとして許せないというあたりが、なんとも、アメリカ的なるものを愛するいいアメリカ人という感じがしたものです。(因みに、マッカーシズムがでてきたのも中西部です。)

○ この夫妻の自宅に招待されたときに、よせばいいのに、僕は、また、酔いがまわって、イギリス人の旦那に、アメリカ人の一般的印象を聞いてみました。すると、実にきっぱりとそれも即座に"UNIFORM"と答えたので驚きました。僕よりも、実は、横で聞いていたアメリカ人の奥さんの方が驚いたように見えました。

○日本人にはともかく、ヨーロッパから来た人にとっては、アメリカというのは、実に多くの人種が広い国土にちらばって住んでいながら、同じように暮らし、同じような価値観をもっている奇妙な人々と映っているのかもしれません。

○ 最後は、アメリカの外に住んでいるアメリカ人のコメントです。僕が、チリからアルゼンチンに飛行機で向かっているとき、隣に座ったアメリカ人と仲良くなりました。彼は、アルゼンチンで働いており、文化の違いが大きく、苦労が絶えないとぼやいていました。一方、僕は、アルゼンチンでクレイムにひっかかって困り果てていたときでしたので、二人でアルゼンチン人の悪口を言って鬱憤をはらし、話が弾んだものです。

○ 僕は、半ば話を合わせるような調子で、「アルゼンチンと違って、アメリカは、いいじゃない。色んな変わったことをしても受け入れてくれるから。」と言いました。すると、急にそのアメリカ人は、しばらく黙りこくって、常々思っている残念な確信を吐き出すように言いました。「確かに、あなたが、一つだけ変わった特徴をもっていてもアメリカ社会は受け入れる。でも、二つ以上変わっていると受け入れない。よく覚えておいた方がいいよ。変わってていいのは、一つだけなんだよ。アメリカは、残念ながら、そういう社会だ。」と、自分も痛い目にあって学んだことを、友人に教えるような表情で話してくれました。

○ 今でも、アメリカともめている国をみると、あの機内の暗い照明の中で、「ひとつしか許さないんだよな」と申し訳なさそうに言っていた国際派アメリカ人の表情を思い出します。


2月24日
「決断」
○ 2月22日分について、いつも応援してくださるかんべえさん(「溜池通信」 ココ)から、emailを頂きました。

ぜひこれを読んでほしい。
http://www.h2.dion.ne.jp/~sws6225/story/01.html
らくちんさんは小さい頃、「決断」というアニメを見てた?

いやあ、知りませんでした。面白いですねえ。
日本のアニメは、奥が深いですねえ。

○ ところで、日銀総裁が決まりましたが、このかんべいさんは、こんな傑作ネタの作者でもあります。日経金融新聞にも引用された、業界でも有名なジョークです。

「みずほ銀行券」(http://tameike.net/jokes/mizuho.htm)

○ 現実は、「にせがね」どころか「ほんもの」がでてきましたね。


2月23日
偽物
○ 僕は、今、郊外の街の中にある商店街の真ん中のようなところに住んでいる。台湾では、こういう人通りの多い道の上で服やアクセサリーをよく売っている。これが結構安い。僕も、台湾研究の一助になればと2千円くらいの「BOSS」の赤いポロシャツを、私財を投げ打って買ってみた。 しかし、色落ちが激しく、一緒に洗った白い下着がピンク色になってしまうので、あえなく箪笥の肥やしになってしまった。

○ 台湾最大の夜市、士林夜市に行くと、この手の路上店舗がたくさんでている。歩行者だけの通りの真ん中にまるで中央分離帯のように店が並ぶ。大きな風呂敷のような敷物の上にきれいに服を並べている。そこでは、本物か偽物かよく分からない安い服がたくさん売っている。一方、道路の両側沿いの固定店舗で売っているブランド品は、日本と値段が変わらない。台湾の人にどれが本物でどれが偽物なのかと聞くと、「高いのが本物、安いのが偽物」と、いう明確な答え。いや、タメになります。

○ 士林夜市に警察の取締りが来ると、その路上店舗の人は、目にも止まらぬ早さであっという間に商品を片付け、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまう。これが面白い。商品を手にとって見ている客などそっちのけで逃げるので、客は、唖然とした後、ニコニコして商品を持って帰る。その後30分ほどすると凝りもせず、また、涼しい顔で、店を出してくる。店の開き閉めのその手早さは、僕には、ちょっとしたパフォーマンスのように見え、士林夜市の見所でもある。

○ 先日、まさに僕の住んでいるアパートの目の前に、新手の路上店がでてきた。見た目に、他の路上店舗よりもやり口が荒っぽい。他の店は、きれいに服を並べて売っているのに、この店は、大きな風呂敷のようなものを広げ、雑然とブランドものを山盛りにして売っている。バーバリー、プラダ、ディーゼル、アニエスべー。どれでも2着で300元(1000円くらい)という値段は、偽物屋と思われる周囲の路上の店と比べてすら、べらぼうに安い。また、殆ど同じ商品が2つ以上ない。余りに異色なので、せっかくだからと、また、台湾研究の為に私財300元をはたいてみた。

○ 僕は、今度のものは、やりくちが他の偽物屋と余りに違うので、本物ではないかと思っている。まず、理不尽な程に安い。さらに、同じものが二つとしてない。偽物は偽物で偽物として製造し、流通ルートがあるはずで、それなりの値段と販売方法が確立されている。今回のものは、いかにも、一時的なルートに見える。しかし、謎は多い。倒産した会社からのバッタものかもしれないが、それにしても安いし、ブランド系なら、流通店が倒産しようが、商品が安く流出しないようにしているはずだ。

○ 台湾の人に、この話をして、「どうも妙なので、本物じゃないかと思っているのだけれどどうだろう」と聞いてみた。しばらく考え込んで、その人は、「盗品じゃないですか。万引きしてきたものとか。」なるほど!深いですねえ、台湾は。それにしても、僕は、喜んでいいのやらどうやら。


2月22日
戦略つれづれ
○ 2月16日(ココ)に書いたパウエルの引用した文だが、日本軍との対比がされているのは、どうもむずかゆい。僕は、当時の国際関係における日本の外交は、今の国際関係におけるイラク程、ひどくはないとの思いが強く、比較するのもバカバカしいと感じている。しかし、一方で、今回のイラクvs.アメリカを見ていると、どうしても第二次大戦の歴史を思い起こしてしまう。落としどころを全部つぶして詰め寄ってくるアメリカの交渉スタイルは、今後もきっと、ずっと変わらないのだろうなとも思う。

○ ところで、アメリカでの山本五十六の評価について、空母機動部隊を活用した「作戦家」としての評価は、高いが、パウエルの本にもでているように、日米戦争を指導した「戦略家」としての評価は低い。日本人には、やや意外ですらある。真珠湾作戦は、戦術的には、画期的成功でありながら、戦略的には、絶望的失敗となった、「戦略とは、何か」と考えさせられる典型的な作戦と理解されている。

○ アメリカと戦争をするとすれば、ベトナムがしたように、アメリカ世論を怒らせず長期戦に持ち込み厭戦気運がでてくるようにするしかない。まあ、ひどいたとえをいえば、アメリカ人にとって、真珠湾作戦は、今、イラクが、アメリカ本土にミサイルを一発打ち込むようなものだったのかもしれない。絶対不可能と思ったことを実行したことに驚くとともに、怒りをもってアメリカは、一致した世論の支持を受け、全力で叩きにくる。それでは、戦略的失敗だというのだ。

○ 閑話休題。僕は、大学の時に、当時としては、珍しく、所謂「ビジネス戦略」ではなく、安全保障上の戦略論、つまり、本物の戦略論をやっているゼミにいた。(今でも珍しいかもしれない。)できの悪い学生であったが、その時のゼミの影響もあって、今のビジネスマンや言論人が、目先のちょっとした勝った負けたの結果についてでさえ、ついつい「戦略」とか「戦略性」云々と言っているのを聞くと、僕は、馬鹿馬鹿しく思えてしまう。ビジネスでプレゼンテーションにでてくる「戦略」の大抵は、「すぐにお金が儲かる方法」ともいうべき、戦闘や局地戦への対応方法であって、ちゃんとした軍事戦略家達が使う「戦略」という言葉には、あてはまらない。それは、真珠湾作戦に対する評価をみても分かると思う。安易な「戦略論」の危うさを痛感する。

○ さて、山本五十六の戦略性についてであるが、僕の思うに、山本は、アメリカ人がここでいう、戦略については、分かっていたのではないかと思う。アメリカと日本では、戦力と国力が違いすぎ、普通にやると厭戦気運が出る時間すら稼げないので、最初の一発で米軍の戦力を落としてしまわなければならない。真珠湾作戦は、宣戦布告が事務手続きミスで開戦前にちゃんと届かなかったということと共に、相手の主力を叩きもれていた分、実施面での失敗があった。日米戦争は、山本にとって、それくらい万に一つの勝ち目、いや引き分け目、しかない戦争だと、十分認識していたばくち的作戦だったと思う。このあたりの追い込まれた感覚が、アメリカ人には、理解できず、山本の戦略性に対する疑問になっていると思う。

○ ところで、イラクであった。今回は、フセインに見るべき戦略眼があるようにも思えず、参考になるべきことはないだろう。縁台将棋の見物人としては、圧倒的上手であるアメリカが何手で詰ますか、それをアメリカが宣言した手数で詰ますことができるかという軍事作戦面に関心が向いてしまう。確かに21世紀の新しい戦争の仕方がお披露目されるだろう。さらに見物人的コメントを続ければ、今回の戦争は、アメリカがアメリカ大陸以外で先制攻撃を行うほぼ初めての試みであって、どういう結果になろうとも、「健全なアメリカの覇権」が今後どのように成立ちうるかという意味で、戦略的に重要なのだと思う。


2月17日
連宋・戦争・経済成長
幾つか近況報告です。

● 連宋提携 −まずは、台湾の政治から。
連戦・国民党主席と宋楚瑜・親民党主席が14日に会見し、2004年の総統選挙に協力して臨むことで合意。手を取り合ってテレビに出てきた。どちらが総統になるかについて、宋主席は「連主席の意見を尊重する」と述べ、事実上、連主席が総統、宋主席が副総統で立候補するということになった。 今、台湾で最も人気のある政治家である、馬英九台北市長(国民党)もこの合意を全面的に支持。選挙で重要な役割を果たすと見られている。再選を目指す陳水扁総統もこれで、なかなか大変になった。らくちんは、本当に最後まで宋楚瑜が連戦の下でおさまるのかなあと、疑問が消えません。

● 僕の書いた「戦争」という文について(台湾日記 2月15日 ココ
以前、自動車泥棒との交渉の話(ココ)を掲載させていただいた河野さんからmailがありました。(以下、青字は、引用です)

日本の国会の小泉さんの発言を聞いていると、「国際社会の動向を云々」などと、わけのわからんことを言っていますが、大半の人は「アメリカの言うとおりにします」、と理解しているのですから、いっそはっきり言った方が良いような気がしますがね。
「今アメリカの言うとおりにしないで、北朝鮮と事が起こったときに、アメリカに助けてもらえるのか」っていって、説得力のある反論をできる人はいないと思うのは、私だけでしょうか。


おっしゃるとおりですね。でも、公約違反についてはっきり「たいしたことではない」と言っちゃって失敗した直後ですから、「いっそはっきり」は、言いにくかろうとは思います。

● 日本の経済成長(台湾日記 1月12日 「日本の経済成長」御参照 ココ
○ 10-12月の実質GDP成長率が、0.5%、年率換算2%だったのこと。めでたいではないか。素直に喜びましょうよ。油断しちゃいけないけれども、そして、今後も1%やそこらのマイナスなんかもあるだろうけれども、時には、ほら、いいこともある。もしかしたら、何かのよい兆候かもしれない。色々試みた中で一個ぐらいいいことがあったのかもしれない。引き続いて、みんなで頑張って良くしていきたいですよね。

○ それにしても、日本のメディアは、こんなにめでたい話を余りに悲観的に報道するので驚きます。やれ、個人消費が悪化しているからいかんとか。あげくは、名目成長率が体感成長率であって、それがマイナスなので、全然いい数字とはいえない云々。新聞では、昨日まで、不景気だ不景気だと書いていたのが、今日からどう書くのかと思っていたら、「景気の先行きに不安が広がっている今…」と書いてあったので吹き出してしまいました。

○ 家庭教師にいつも「あほう、あほう」と言われ、自信なく受けた試験の結果がたまたま良かった。その試験結果を見た家庭教師に、「いいや、先生は、どうもこの試験結果が気に入らん。そうだ、今からだ。今から、お前は、あほうになるのだ。あほう」といわれたような気がします。実際にビジネスをやっている身からすると、「誰があほうにしとるねん。」と言いたくなりますわなあ。

○ 実際、僕の拙い経験からいっても、ビジネスの世界で伸びる会社や人は、大抵、明るく朗らかです。特に新規ビジネスの開発は、そうです。明るくないと人も情報も集まってこない。僕は、よく言うのですが、きれいなお金は、明るいところに集まって来ます。「小商人の銭儲けとマクロ経済は、違う」としかられそうですが、そう眉間にしわ寄せて小難しいこと言わずに、笑顔で景気回復といきましょうや。


2月16日
戦争の終わり方
○ 昔読んだ、アメリカのパウエル国務長官の自伝、「マイ・アメリカン・ジャーニー」(角川文庫)をめくっていたら面白い箇所(文庫本の3冊目、202頁)があったので、長いのも気にせず引用する。尚、( )内は、らくちんの注。

(湾岸戦の)地上戦が始まる前に、部下の一人から、フレッド・アイクルの「すべての戦争は終わらなければならない」という本を贈られた。(中略)この本のテーマには、興味をそそられた。私(パウエル)自身、二度にわたって、終わりが見えない、そしてしばしば無意味と思われる戦争に従軍した経験があるからだ。戦争とはあまりにも夢中になりやすい事業なので、政府は先端を開くや、終結すべきタイミングを見失う可能性がある、とアイクルは書いている。少し引用してみよう。

(アイクルの著書の引用)
このように、軍人は、細かい作戦と複雑な策略の連携には手腕を発揮する一方で、軍事行動の結果ではなく、それを包括する戦争の結果こそが、彼らの立てた計画がいかに国家の利益に適切に資するかを決定する要因であることを忘れてしまいかねない。この盲目ぶりは興味深い。同時に身分のある政治家も、こうしたみごとに立案された軍事行動を、戦争終結のための明確な思考と結びつけるようにとは、なかなか言いだせない。
(アイクルの著書の引用の終わり)

実例として、アイクルは真珠湾への奇襲攻撃をあげている。計画は巧妙に練りあげられたのだが、それとは対照的に、日本は自ら仕掛けた戦争を終わらせる方法については、ほとんど考慮していなかった。私(パウエル)は、アイクルの考え方にえらくいたく共鳴を覚えたため、重要な部分をコピーして、統合参謀本部の参謀だけでなく、チェイニー国防長官(現副大統領)とスコウクロフト補佐官にも渡した。われわれは、限定的な目的のために、限定的な権能のもとで、限定的な戦争をしていた。そしてまもなくその目的を達成できる運びであった。責任ある人びとは、戦争を終結させる方法を考えるべきだと思った。
(パウエルの著書の引用終わり)


○ 間違いなく、今、アメリカ政権内の何人かが、「軍事行動の結果ではなく、それを包括する戦争の結果」が国家の利益に適切に資するかどうか、そして、軍事行動と戦争終結のための明確な思考をどう結びつけるか、必死に検討していることだろう。

○ しかし、この湾岸戦争の結果、フセインを政権から追い出さずに戦争を終わらせたから、今回の件になったとも言える。そういう意味でも、このパウエルの文章は、興味深い。


2月15日
戦争
○ パウエル国務長官の国連演説について、どうも、メディアの報道や学のある方々の意見は、「インパクトに欠ける」というもので、ドイツやフランスの態度に共感を持っているようだ。僕には、ピンとこないでいる。一方で、原材料の商品市況は、はっきりしていて、既に戦争は、不可避として高騰しており、戦争相場に突入している。こちらの方が、僕には分かりやすい。

○ 僕も含め、あの演説をニュースで数十秒だけ見た普通の人は、なんと思っただろうか。「パウエルは、国連安保理決議1441にイラクが違反しているのを証明した。」とか「していない」と思っただろうか。僕だけが変わっているのかもしれないが、恐らく多くの人が「ああ、アメリカは、必ず戦争をする気なのだなあ」と確信したと思う。

○ パウエルも図や写真を使いながら、結局、言おうとしているのは、この点だと思う。「オレは、本気だ。オレが本気だということは、アメリカの軍も政府も一致して本気だ。必ずやる。」と

○ パウエルを典型として、冷戦後のアメリカ軍の主流は、陰に陽に開戦について明確な基準を示している。1)非軍事的手段を尽すこと。2)戦争目的が明確であること。3)短期間で勝利するのに十分な戦力配備をしてから開戦をすること。4)アメリカの世論の支持がえられること

○ 非軍事的手段を尽くしたかどうかというのが、ドイツやフランスと、アメリカの争点だろう。しかし、アメリカにしてみれば、この10年ほど、非軍事的手段を色々尽くしたけれども、イラクがコケにし続けてきたからだという思いだろう。

○ 今回の戦争の目的は、「フセインを政治から排除する。」ということではっきりしているようだ。戦争目的がなんであれ、その目的が達成されれば、今でも戦争準備をやめるだろうし、戦争が始まってからでも、目的さえ達成できればさっと止めるのだ。しかし、この目的が達成されずに開戦を止めるとは思えない。その意味で、もう折り返せるポイントは、過ぎていると思う。

○ 十分な戦力の準備は、3月に整いそうである。1441の国連決議をした時点で、アメリカの穏健派が力をもち、戦争を回避する可能性が増えたと見た人もいたようだが、それは間違いだった。パウエルなどの穏健派は、戦力の準備が整うまでの時間を利用して、国際世論と国内世論のために1ステップ踏んでみたにすぎない。待ち時間に一度スピーチすることによって、終戦後にどうしても必要になる国際社会の支持を少しでも得られるかもしれないし、国内世論の支持が1%でもあがれば儲けものだ。パウエルのプレゼン資料のかなりの部分は、1441の国連決議をした時点でそろっていたものかもしれない。

○ アメリカの国内世論は、開戦時には支持を取り付けやすい。後は、戦争を継続していく中で、どれだけ支持を維持できるかにかかっている。これは、米軍の損傷具合や、戦争中のフセインの挙行によるだろう。

○ では、フセインは、開戦を止められることは、できないだろうか。できない。フセインは、現時点で何をしても開戦を止められない。今、フセインは、どんな屈辱的な条件をのんででも、政治的に生き残りさえすれば、「アラブの英雄」となるだろう。それが見えているなかで、アメリカがそれを許容するとは、思いがたい。

○ 開戦を止めるとしたら、フセインの意思と行動とは、全く無関係に起こるアメリカ内部の事故だろう。例えば、イランコントラ風のスキャンダルがアメリカ政府幹部に起ったりすると、アメリカ世論が動揺するかもしれない。それすらも、ブッシュを開戦に急がせる原因にしかならない可能性の方が高い。

○ さて、日本である。開戦するのを前提に身を処するのが普通の対応だと思う。中東の石油に大きく依存していて、危なっかしい北朝鮮にも対峙していて、結局は、その両方とも、米軍のプレゼンスによって、助かっている。その日本としては、余り理屈をこねても仕方がないのではないか。

○ また、イラクは、国連をこの10年バカにしてコケにし続けてきた。それに対して、アメリカは、我慢がならないと言っている。日本は、国連の力に期待するのが憲法上での外交の精神だ。アメリカのやり方は、少し強引かもしれない。しかし、「世の中少しゆがんでいる。でも自分が有利な方にゆがんでいる。」ときに、声高に、世を批判するべきものだろうか。

○ ところで、原材料の商品市況の方はというと、開戦し、最初の弾がドンと一発発射されると、終戦を見越して相場が崩れると言われている。これはこれで、ちょっと世知辛すぎて、いやなものですね。


2月9日
近頃読んだ本
● この数ヶ月で読んだなかで、自分が気に入った本について、幾つか書き留めます。

● 「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」スティグリッツ
ノーベル経済賞をとった経済学者がアジアの通貨危機に対するIMFの対応を、徹底的に批判している。結局のところ、アメリカの金融資本(=ウォール街)の論理がアメリカ財務省を通じてIMFに強く反映しすぎたのが失敗だとしている。これは、当事国にとっては、あまりに悲しい結論だ。この本を読んでから、「自分の国のことは、例え専門知識がなくとも、やはり自分達で考えなければ」と思い直し、経済政策について、このサイトで書くことも増えたように思う。
それともう一つ。IMFは、ジャカルタの5つ星のホテルに数週間滞在するだけで、当事国の国民を艱難辛苦に追い込む現状を無視した政策を作り上げてしまうとこの本は批判している。このあたりを読んだ時、アントニウスのカエサル追悼演説を思い出した。人を説得するのに、理屈だけでは無しに、感情に訴えることがとても大切だというのを再確認させられる。

● 「山本昌邦備忘録」山本昌邦
トルシエをサポートしたコーチ。たくさん思った「やっぱりなあ」を列挙します。
−やっぱり、トルシエって、性格異常者だったのだなあ。
−やっぱり、日本人の現場の人って、どんな駄目なmanagerでもそこそこ、こなしちゃうのだよなあ。第二次世界大戦のときからこの点は、変わっていないなあ。
−やっぱり、サッカーの世界でも、我々サラリーマンが毎日味わっている苦労をしているのだなあ。でも、サッカーでもそうかと思うと、ちょっと夢が無いというか寂しいなあ。
−やっぱり、中田って偉いなあ。
−やっぱり、ジーコに頑張って欲しいなあ。
山本昌邦のホームページもあります。
http://www.masakuni-yamamoto.com/articles/index.html

● 「ローマ人の物語 終わりの始まり」塩野七生
選挙による民主主義を捨て、「民意を反映した皇帝制」とでもいえる制度を採用したローマ帝国が、何故繁栄し、何故衰退していったのかというのが、僕がこのシリーズを読むときの一つの視点になっている。そして、今後、民主化の問題に直面する大陸中国の将来に思いを致さざるを得ない。
もうひとつ。日本の武家や商家の「イエ社会」の分析で、組織としてのイエの家長は、実子に能力が無ければ、能力ある養子に家督を継いだとされている。ローマ帝国でも、世襲による皇帝制といいつつ、実子でない養子が皇帝を引き継いでいるケースが多く、かえってその方が、賢君を生んでいる。ローマ皇帝の中でも最も尊敬されている皇帝マルクス=アウレリウスの実子のコモドゥスがお馬鹿さんで、そのコモドゥスが皇帝を引き継いだとたん、五賢帝の時代が終わり、国が乱れたのは象徴的だ。養子によるリーダーの相続というのが、実は、効率的なリーダーの選出方法かもしれないと思ったりする。

● 「夜光虫」馳星周 (角川文庫)
恐ろしい本だ。台湾のヤクザと台湾のプロ野球賭博を題材として書かれた救いの無い暗黒小説。気の弱い僕は、最後の100頁くらい、恐ろしくて一気に読めず休み休み読んだほど。ただ、馳星周の前作「不夜城」を超えるインパクトは無かった。それは、やはり、不夜城の舞台となった新宿歌舞伎町の裏社会の方が、台湾の裏社会よりも、作者がリアルに分かっているからだと思う。ところで、台湾の町や通りに関するこの本の描写は、実に秀逸で、僕達のように台湾に住んでいる人もみんな雰囲気を上手く伝えていると感心している。

● 「良い政策悪い政策−1990年代アメリカの教訓」アラン・ブラインダー/ジャネット・イェレン
ブラインダーは元FRB副議長。イェレンは、元経済諮問委員会委員長で元FRB理事。この二人で90年代アメリカ経済の成功の理由を次のように指摘している。
1) 緊縮財政と金融緩和の組み合わせは、実質金利を低下させ設備投資を増やした。(らくちんが思うに、グリーンスパンとクリントンの歴史的合意と実行)
2) 1)により景気が上昇し、失業率が低下したにもかかわらずインフレが無かった為に、金融緩和を維持し、景気を持続させることができた。
3) インフレが無かった理由として、@労働者の雇用者に対する交渉力の低下(「雇用不安のトラウマ」)、Aドル高と原油安による輸入価格の低下B生産性の上昇。90年代の生産性伸び率の上昇がしばらく気付かれずに賃金・物価の上昇を遅らせたことに注意を喚起している。
4) FRBの微調整による94年-96年の景気軟着陸の達成
グリ−ンスパンのFRBでのかつての同僚である著者二人が、グリーンスパンのことを「微調整の巧みさで歴史上最も偉大な人物」といっているのは、傑作だ。
5) 結論を一言でいうと「運が良かった」となる。これが、お茶目で面白い。

この本を読んでいてふと思ったのだが、世間が言うように、日銀がデフレ対策として国債や株式の買い上げなどの「超」金融緩和策をとったとする。その時、漠然と、景気刺激型の財政政策をとるのが当然とみんな思っていないだろうか。90年代のアメリカと今の日本では、随分状況が違うので、一概にどちらが正しいとは言えないが、日銀が「超」金融緩和を実行したときに、緊縮財政をとることも十分検討するべきだと思う。(せざるを得ない?)その時に、円は?株は?銀行は?どうなるのだろう。いずれにせよ、少なくとも、どのような財政政策がとられるか見通しがないと、日銀も動きづらかろう。


2月6日
日本での観光
○ 新年快楽 (あけましておめでとうございます)
今年は、2月1日が、こちらの旧暦のお正月。そこで、その旧正月(春節)休みを利用してプライベートで九州を旅行してきました。ハウステンボス、長崎、雲仙、柳川などを車で回り、最後は、福岡のスーパーと100円ショップで、1日かけて日本食と便利グッズを買い込みました。その時の全般的な印象を書きます。

○ かっちりしている
日本の観光地というのは、サービス、施設共に実にかっちりしていると、再確認しました。弥生時代の遺跡が復元されている吉野ヶ里遺跡でも、実に丁寧な解説付です。ハウステンボスも、ハリボテではなく、ちゃんとレンガを積み上げて作ってあって驚きました。しかし、逆にいうと、かっちりしすぎなのかもしれません。この観光客数で、ここまでしていて成立つのかと心配になります。スーパー林道なるものも見ましたが、まあ、かけたお金程は、必要なさそうでした。

○ 高い
やはり、観光地としては、他の国と比べてべらぼうに高いですね。何をするにも高い。ということは、やはり、円が高すぎるということでしょう。今回の旅行も、一日一食は、コンビニのおにぎりを食べてしのぎました。いや、でも、日本のコンビニおにぎりは、実に美味です。

○ 台湾人観光客が半分
宿の人とか、柳川の船頭さんとかに聞くと、客の半分が台湾人だとのこと。確かに、こんなに高い日本の観光旅行に平気で来られる人というのは、台湾人くらいでしょうね。それにしても、半分というのはすごい。しかし、それなら日本政府も台湾をもっと大事にすればいいのにね。

○ いずれにしても、日本の自然、文化、歴史というのは、世界中のどの国と比べてもすばらしいと、いつも思います。最も成功した近代国家の一つでありながら、こんなに美しい自然、独創的な文化、ちゃんと保存されている長い歴史をあわせ持っている国は、殆どないのではないでしょうか。海外の色々な国に行けば行く程、日本は、本当に世界中の人に誇れる、観光するのに値する国だと思います。費用が高いのを除けばですが。


台湾日記 バックナンバー
 2001年6月7月8月
9月10月11月12月
2002年1月2月3月4月5月6月7−8月9月10月11月12月
2003年1月

emailください!rakuchin@mvj.biglobe.ne.jp