台湾日記 2003年9月
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9月30日
日本の応援歌
○ 僕は、ずっと以前から、「上を向いて歩こう」を日本の応援歌にすればいいのにと思っているのだけれども、どうだろう。先日、村上春樹も同じようなことを言っているのを見つけました。
よい曲ですよね。僕は、「スキヤキ・ソング」を日本の国歌とまでいわずとも、準国歌にすればいいのにと長年にわたって主張しているんだけど、いかがでしょうか?(「村上ラヂオ」)
○ サッカーなどのスポーツの応援をするときに、「君が代」では、ちょっとテンポが緩くて元気がでない。だからといって国歌を変えるのは、大儀だ。僕の通っていた大学では、野球場で応援するときや酔っ払ったときにみんなで肩を組んで歌うのは、習慣として「校歌」ではなくて、いつも「応援歌」だった。「君が代」を否定するものではなくて、用途別に使い分けるものとして、「応援歌」を決めればいいと思う。次のワールドカップまでに、日本の応援歌を決めてくれればいいのに。
○ 日本の応援歌となると、新しく作るか、昔からの曲から選ぶかのどちらかである。新しく作るとなると、僕なら、坂本龍一なんかに頼んでみたいけれども、実際には、おじいさんたちと怖い顔をしたおばさんが一人混じって構成されたなんとか審議会で、なんとかかんとかと議論をして、結局、へんちくりんな結論が出てきそうである。
○ それよりも、一般市民が、昔からある曲の中から、この曲にしようと自然発生的に合意ができると楽しいと思う。そして、自然発生的に合意を作るには、既にある曲から選ばないとできないだろう。候補としては、僕が思いつくのは、「上をむいて歩こう(スキヤキ・ソング)」、歌詞を気にしなければ「となりのトトロ」かな。みんなで声をそろえて歌いやすく、一度聞いたら忘れない強烈なメロディがいいと思う。でも、「乾杯」は、ちょっと、まずいよねえ。
○ 僕の一押しは、「上を向いて歩こう」です。老若男女よく知っている。前向きの歌詞で元気がでる。外国人にも理解しやすい。などが理由です。ワールドカップで、日本が0−1で負けている後半30分に、サポーターみんなで歌っている「上を向いて歩こう」が、スタジアムにこだまする。なんて、状況を想像するだけで、胸が震えてくる。どうでしょうか。でも、誰かに言われたけれども、歌詞をよく聞くと、悲しい曲だともいえます。
○ 話の種に読者の方で、「これを日本の応援歌に!」と思いつく歌があれば教えてください。
9月29日
へぇー
○ 僕が愛読している溜池通信の9月27日のdiaryに「へぇーな話」というのが載っていて面白いですよ。
溜池通信 :http://tameike.net/
○ このサイト、これまでも何度か紹介しましたが、久しぶりに、再び紹介させてください。朝読んで、昼食時に職場の同僚とする話題にピッタリです。
○ 因みに、9月27日の「小泉新内閣への断片的考察」というreportも面白いです。小泉内閣のこれまでの経済政策を「無為の経済政策」と言っているあたりは、僕が言っていることと近くて嬉しく思っています。(台湾日記8月31日「無為の政策」ココ)
○ 政局のことは、よく分かりませんが、自民党と民主党が、トヨタとホンダ、松下とソニーの関係となるならば、野次馬の「消費者」としては、面白いのに、と思うこの頃です。
9月28日
フィリピン
○ 先日、日本からの出張者を台湾のメーカーの工場に案内したとき、工場でフィリピン人労働者がたくさん働いているのをみて、随分驚いておられた。台湾メーカーの方の話によると、フィリピン人労働者の全員が大学卒で、なかには、大学院卒もいる。英語が堪能で非常に優秀だとのことである。そういう人が、生産ラインで、ベルトコンベアーの横に座って、ねじ止め作業をしている。
○ 台湾では、フィリピンやタイの労働者がたくさん働いている。中には、台湾人労働者を一人も使わず、全てフィリピン人といった工場もみかける。確かに、中途半端に混ぜるよりも、労務管理は、やりやすいだろう。食堂だって、フィリピンの人の口に合うものだけをだせばいい。台湾のIT関係の工場を僕が見て回った印象では、全体では、台湾人労働者よりも外国人労働者の方が多いのではないかと思う。
○ 僕が案内したその日本の方は、「大学院卒でラインワーカーか...」と相当ショックだったようで、夜お酒を飲んでいても、しきりに話していた。フィリピンは、かつては、アジアで一番経済力があったことすらある。それを思うと、国の進路を誤るとこうなってしまうという悲劇の一つだなあ。などと僕は、思い始めた。
○ そうすると、別の日本の人が、何年か前に新聞で見た、各国別の幸福感調査の話をしてくれた。「あなたは、今、幸福ですか?」「将来、幸福だと思いますか?」と言う質問を、いろんな国民にする調査である。この幸福度調査では、フィリピンは、「幸福と感じている国」の上位3位ぐらいに入るそうである。もちろん、日本は下から数番目。他の先進国も軒並み下位。上位には、フィリピンのほか、ラテンアメリカの国などがはいってくるとのことである。これを聞くと一概にフィリピンの現状を「悲劇」と決め付けるのは、心の貧しいものの傲慢かもしれないと、思い直したりした。
○ 毎年、先進各国から、発展途上国に巨額の海外援助が送られているけれども、実は、「貧しい国」から「豊かな国」へのプレゼントかもしれませんね。
9月25日
テキサスのビル
○ 1990年頃、僕がテキサスの田舎町に住んでいた時、日本語を覚え始めたビルという、20代のアメリカ人と仲良くなった。ビルは、コンピューターのソフトのエンジニアで、大学の色んな研究をソフトウェアでサポートしていた。190cmもあるまじめなドイツ系の大男だった。
○ 出身を尋ねるとオクラホマと答えるので、「え?じゃあ、おばあさんは、走ったの?」と聞くと、「そう、僕のおばあさんは、走った。」と答えてくれる。オクラホマ州では、「オクラホマ ラン」といって、西部開拓時代に、ある日ある場所に開拓者を集め、ヨーイドンで走っていって自分の開拓地をはやいものがちで取るというようなことが行われていた。ビルは、オクラホマとテキサス以外には住んだ事もないし、旅行でもそこから出たことは、数えるほどしかない、典型的なテキサス人(オクラホマ人?)である。(尚、オクラホマは、テキサスの北側に隣接した州)
○ 当時は「日本叩き」華やかざりし頃、余り対日感情の良くない地域だったので、学校で、日本叩き集会なるものがあったりした。好奇心が強い僕は、行こうかと思ったりしたが、ビルは、「やめた方がいい」と悲しそうな目でいい、心配して「行くならおれも行く」と言ってくれたりした。結局、僕は、日本叩き集会にはいかなかった。
○ 当時、アメリカの都会では、日本の社会や文化など、相当知られていたが、テキサスの田舎では、誰も余り日本のことなど知らなかった。ビルは、何も知らないが故に、却って、日本の文化社会に非常に興味をもっていたようだ。
○ そこで、日本のテレビのビデオを見せた事がある。まず、時代劇を見せると、大層気にいっていた。チョンマゲとチャンバラは、やはり、異文化ショックを十分に感じさせてくれる。最後にビルがまじめな顔をして、「このチョンマゲの格好をした人は、まだ、日本にいるのか?」と聞いたときは、こちらは、腰が抜けそうになった。
○ 「えー。いるわけ無いよ。あれは、100年以上前の格好だぜ。ははは。」と言うと、どうして僕がそんないつにないひどい言い方をするのか彼は不思議そうだった。彼が言った。「だって、西部劇の格好をした人が、今でも、テキサスのショッピングモールに客としていっぱいぶらぶらしているだろう。」これには、まいった。確かに、テキサスでは、ブルージーンズに、でかいバックル、ブーツ、大き目のナイフ、カウボーイハットを身につけた人が、普通に街中を歩いている。
○ テキサス、というか、アメリカの田舎というのは、こういうところなのだと思う。日本から駐在で行くとどうも大都会に住む事になりがちである。僕は、アメリカを知るには、アメリカの田舎の発想にも目配りした方がいいと思っている。現大統領も、こういうテキサスが地盤です。
○ そういえば、その後、これも文化交流の為と、日本のアダルトビデオを見せた。ビルは非常にまじめなので、まるで、科学技術番組を見るように真剣に見た。どうみても、性欲よりも、好奇心の方が刺激されている様子だった。ビデオが終わった後、感想を聞くと。「非常に興味深い。日本のこの手のビデオでは、女性が主人公なのですね。一人の女性が主人公で、色んな人と交際する。アメリカのこの手のビデオでは、強い男が色んな女性と交際する。」と言った。いや実に慧眼です。おそらく、日米の文化の対照を一発でいいあてているのではないだろうか。
9月24日
過剰品質2
○ いつも面白い話を教えてくださる河野さんから(ココなど)、9月14日の「過剰品質」(ココ)に関するご自分のご経験を教えていただきました。しかし、河野さん、相変わらず、語り口も上手ですよね。(青字は引用です。)
○ 一昔前、台湾から写真の額縁を輸入しようと、メーカーに行った時のこと、我々は額縁を見るときに、すぐに裏返します。コーナーの仕上げがどうなっているかを確認するためです。表からはきれいにコーナーが組み合わされていても、裏側がきたないと、安物の評価になってしまうためです。そこで、工場サイドに裏側の加工について、注文を出します。日本との取引に慣れている、メーカーですと、すぐに意図するところが分かるのですが、そのメーカーは、我々が額の裏側を気にすることがどうしても理解できなかったらしく、最後には「日本人は写真を裏返しにして飾るのか!」
○ この手の話は枚挙に暇がないですね。いつも問題になるのが、外装、特に外箱です。商品を保護する目的の箱に我々はいろいろと注文をつけます。しかし彼らは、「中身を保護する箱にキズがあったらだめ」という考えは理解を超えているようです。基本的には我々日本人が異常で、台湾(他の国も大体において同じと思いますが)が正常な神経のような気がします。
○ ところが、台湾人である私の家内は、すでに完璧に、この異常な日本人状態になっており、彼女の買い物の姿勢は日本人の私をも凌ぐ「箱の裏までチェック」する、業者泣かせの消費者になり下がっています。そして台湾の取引業者が日本に来ると、スーパーマーケットに連れて行き、長さの揃ったキュウリや、大きさの揃ったナスを見せ、「日本の消費者はここまでしないと買ってくれない」と、講釈をしています。
○ 実際、多くの台湾メーカー(私の場合ほとんど町工場レベル)とこの手の交渉をして体験したことは、「パッケージの傷をなくせ」「分かりました」では、絶対に傷の無い商品は送られてこない、ということです。なぜ、日本人がこんなところまで注文をつけるのか、ということを、本当に理解してもらわないと、それこそ「値引きの口実づくり」くらいの認識しかしてくれません。
○ いや、全く、台湾でビジネスをしているとうなずく事が大いにあります。先日も、台湾から日本にOEMで通信機器を供給開始した時に、購入者である日本メーカーの品質管理の方が出張にこられました。その方は、工場の生産ラインをみていても、品管の人とは思えぬ程、実に温厚に何もいわずさっさと通り過ぎていきます。ところが、最後のパッケージの行程に来ると、途端に目の色が変わって、実に詳細に聞いていました。この方は、台湾メーカーからの購入にとても慣れた方で、台湾からの輸入では、梱包が最大の問題になることを熟知してからだと思いました。そのときもそうですが、その商品の世界生産シェア、ナンバー3に入るような台湾メーカーが、そうそう、本当の品質問題はおこしません。日本市場向けで、最後まで問題になるのが、梱包だからだと思います。
○ でも、これって、何か変ですよね。
9月23日
階級意識
○ タイに勤務経験のある人から、興味深い話を聞いたことがある。
○ ある日系企業のタイ現地法人の社長が交代し、非常に優秀で、且つ、人徳のある人が新しく本社から来て社長に赴任した。その社長が、赴任最初の、恒例のクリスマスパーティで、例年は呼ばれていない、タイ人の社員の運転手さんたちを呼んだところ、タイの現地スタッフから大変な反感をかい、大問題になったという。身分意識が強いので、現地スタッフが、運転手と「一緒にするな」と言う訳である。
○ タイやインドネシアでは、日本人駐在員の家庭ではメイドがいる。お手伝いさんのいる暮らしなんて、大半の日本人が経験した事もなく、そのメイドと問題を起こさぬように暮らすのも、駐在員の一つの気苦労である。ところが、メイドとのトラブルを起こす日本人というのは、決まって、日本人の目からみて、人徳のある、「いい人」だということである。悲しいかな、優しく接することによって、メイドの方に誤解が生じ、結局、「なめれられて」しまうのが、いけないらしい。
○ その話をしてくれた人も、メイドとのトラブルこそ起こさなかったものの、やはり最後まで、メイドさんの存在が気になって仕方がなかったという。日本人は、メイドさんなれしていないので、例えば、ソファーで新聞を読んでいる時に、メイドさんがソファーの後ろを掃除し始めると、どうしても気になる。ところが、欧米人では、慣れている人が多く、全く存在していないかのように、気にせず暮らせることが多いらしい。もちろん、メイドとのトラブルも、欧米人の方が、日本人より少ないとのことである。
○ 経済的に豊かな台湾では、コストが高すぎて、ほとんどの日本人駐在員の家にメイドさんは、いない。台湾では、一部富裕層の家庭で、フィリピン人のお手伝いさんがいるようであるが、それも100年も続いた伝統とは思えない。概していうと、中国や台湾では、日本と同様、余りこの種の階級意識は、残っていないのではないかと思う。
○ 結局、こうした階級のない、台湾、中国、日本といった社会と、階級の残るタイ・インドネシアといった社会の間には、社会の成り立ちに大きな違いあるように思える。その違いを見つけることは、また同時に、台湾、中国、日本の社会の共通項を示す事になると思う。
9月22日
赤とんぼ
○ 門司から情報発信をされている魚住様からmailをいただきました。
(御参照:http://www.mojiko.com)
○ 僕が書いた、「東洋哲学というのは、言葉以前のものに注目するところにその本質がある」ということについて、それは中国語と漢字の影響ではないかとの御指摘でした。なかなか興味深いご指摘で、楽しくmailをやり取りさせていただきました。
○ ところで、魚住様から、こんな話を伺いました。
○ お世話になっている下関の老jazzマンが、先日台湾の老人ホームを慰問
した時、「赤とんぼ」の合唱で迎えて貰えたことに痛く感動しておりました。
○ これは、これは、いい話ですね。
この「赤とんぼ」には、カラヤンだってかなわないかもしれません。
9月21日
奥の細道
○ 「奥の細道」、「直木賞」、「HERO」、「大紐約」(大ニューヨークの意)、「亜曼之旅」、「霞ヶ関」という名前をみて、なんの名前か分かりますか?
○ これらは、みんな、台湾の町で見かけた看板です。どれも一つの商品群の名前ですが、各商品名がこんなに色々なのです。「奥の細道」なんて看板が、ロードサイドにでっかくあがっているのを最初に見たときは、日本へのパック旅行の宣伝かとも思いました。それにしても看板が立派で、且つ、多過ぎます。(もちろん、「の」は、立派なひらがなの「の」が書かれています。)
○ では、もう少し理解しやすい、「月光花園」、「銀河水都」、「温泉会館」という他の例を挙げると分かるかもしれません。これらの名前は、スナック菓子の名にしては、ちょっと画数が多すぎますし、林森北路の飲み屋の名前にしては、堅気が過ぎます。なんと、これらは、みんな、台湾の高級マンションの名前なのです。「安室奈美恵」というのもあったという人もいますが、僕は、さすがに半信半疑です。日本でも、マンションの名前に英語やフランス語が使われていますが、ネイティヴスピーカーが見ると妙な名前かもしれませんね。
○ 日本では、「トリビアの泉」というテレビ番組の人気があると聞きました。読者が投稿した興味深い写真などに、審査員が「へえ」と思った回数だけボタンを押し、押した回数分だけ、投稿者に賞金がもらえるという番組だそうです。僕もこのサイトで紹介している(ココ)、台湾の「走る信号機」が、先日、「トリビアの泉」で紹介され、そこそこの賞金を得たそうです。
○ 上に挙げた、台湾の高級マンションの看板なんて、「トリビアの泉」に投稿すれば、たくさん「へえ」をとれて、賞金がもらえると思いますがどうでしょう。たまには、このサイトも読者に実益をもたらしたいものです。
9月19日
外向きの分節化
[昨日の内向きの分節化(ココ)の続きである。]
○ アメリカの文化ではこれとは、対照的に、核になる中心は、秩序の中心であり、分節化の基盤である。その中心から周辺に向かって、上下左右あらゆる方向に分節化を進め、自らの領域を拡大していく。丁度、雪の結晶が核を中心に結晶を伸ばしていくように。一方で、周辺にあるフロンティアは、秩序の無い混沌の世界だが、この未分節のフロンティアこそが活力の源である。アメリカ文化では、このように、「基盤となる中心」とその中心からの「外向きの分節化」が特長となる。
○ 従って、アメリカのリーダーは、まず、中心となる理念を示さねばならない。その後、その理念に応じて組織のテリトリーを拡大し、確定していく。つまり、自分達の組織の理念には息苦しいほどこだわるが、自分達の組織の活動範囲については、恐ろしく柔軟に、時に場当たり的に考える。現大統領のイラクの戦なども典型例であろう。
○ 上記のように分節化の方法について、日米の文化を比較してみると、いくつか興味深い事に気付く。
○ まず、第一に、日本にしろアメリカにしろ、ある文化というものは、分節化の方法について、社会と組織の形成方法から個人の内面の考え方に至るまで、共通するものがあると思われる。「分節化が行われる基盤」、「分節化が行われる方向性」、「未分節の混沌(あるいは、「空」)のあり場所」を分析することが、その文化の固有性を知るのに便利だと気付く。しかし、冷静に考えればこれはむしろ当然のことかもしれない。「分節化の方法」というのは、ほとんど、「文化」という言葉の定義に近いものだから。
○ 第二に、日本の文化とアメリカの文化が、ある意味で、非常に美しい対照を作っている事である。そして、ここまで美しい対照を見れば、一概に日本の文化を否定し去るのも、間違っているのではないかと気付く。少なくとも同等の固有性と価値とを持っている訳であり、軽々に、アメリカ型に乗り換えようとしても、却って大変な困難に直面しそうである。
○ そして、第三に、一般的にいって、美しい対照を示している一対の事象は、ある一面では、著しい共通性をもっているものである。日米の文化についても、共通性について、対照性と同じくらいに重要な関心をもつべきだと気付かされる。その日米の共通性を見つけるためには、欧州や、日本以外のアジアの国の視点が必要だろうと予想する事が出来る。
○ 第四に、この上記の分析から、日米文化の共通点の最初の一つをすくい取るなら、日米共に、動的に均衡する仕組みを内包した文化であることだろう。それは、現在の産業社会において世界中で最も成功したNo1.1とNo.2の国が持つ共通の特徴であり、産業社会そのものの本質を指し示してもいるようである。
9月18日
内向きの分節化
○ 河合隼雄が日本の文化は、中空構造をしていると主張している。(ココ)その中空の「空」を、なにも無いただの空っぽと理解せずに、井筒俊彦のいう「限りない存在分節の可能性を孕んだ「有」的緊張の極限」と僕は理解したい。そうしたエネルギーに満ちた存在でありながら、一切の言語化、分節化がされていない「空」が、日本文化の中心に位置していると考えると、色々なことが理解しやすいと思う。
○ 中心が上記のような「空」であるとすると、周辺は、言語化され分節化されたものになってくる。それは、漫画的に次のように表現できる。一つの円の中心部がブランク(=未分節)で、周辺部に模様が入っている(=分節)、5円玉のような漫画である。これは、一つの円の上部半円がブランク(=未分節)で、下部半円が模様で埋まっている(=分節)井筒の書いた図(ココ)を「中空構造」に変えたものである。
○ この場合、日本文化の中空構造で、中心にある「空」は、静的なものではない。どんどん外から分節化されながらも、中心の中心から未分節の「空」が沸いて出てきており、決して中心の「空」が分節化され尽くして消えてしまうことがない。そういうエネルギーに満ちたものである。
○ 一方で、周辺部では、一番外側の円の周から中心に向かってどんどん分節化が行われている。つまり、既に分節化された周辺部を土台として、「空」が充満している内側に向かって分節化が行われている。
○ ここで注目したいのは、分節化の土台が、中心ではなく、周辺部の枠であることと、分節化の方向が内向きになっていることである。つまりこの、「基盤となる周辺の枠」と「内向きの分節化」というのが、「中空構造」の日本の文化の特徴ではないかと思われる。
○ 日本の組織はまず、外枠を規定し、その外枠の規定を基盤として、組織内部の秩序を内向きに形成していく。従って日本のリーダーは、まず最初に、組織の範囲を明確に規定しようとする。日本の首相は、隣国に連れ去られた人も日本人であると命がけで確認し、日本人の範囲を明確にしたことによって人気を得た。また、よき日本の会社の経営者は、ホワイトカラーも労働者も掃除をする人もみんな我が社の社員だといって、士気を高める。しかし、彼ら日本の優れたリーダーは、明確な組織の目標や、コア(=中心)になるようなヴィジョンを示す事はない。
○ リーダーであれ、思想であれ、日本の文化では、「中心」というものは、活力の源足りえるけれども、秩序の中心足り得ない。権威はあれども権力はない。このひとつの典型が天皇制でもあるように思える。思想の土台、秩序、権力の基盤は、実は、周辺の外枠にあるのである。
○ アメリカ文化の「外向きの分節化」という特徴については、次回、述べてみたい。
9月17日
井筒俊彦「意識の形而上学」(中央公論新書)
○ 井筒俊彦の文庫本をたまたま見つけたので、読みました。コーランの日本語訳をだしたイスラム教の大家であるばかりでなく、最先端の西欧の哲学にも詳しい東洋哲学の巨頭です。1993年没。
○ 僕は、この人の「意識と本質」を電車の中で読んでいて、しびれるほど熱中してしまい、自宅のある駅で降りそこなった事もあります。ここでは、とても難解な話を、よく理解してないらくちんが書くので、とても分かりにくいと思いますので、ご用心ください。尚、青字は、「意識の形而上学」からの引用です。
○ 言葉というのは、ものを区別し、切り分けること、即ち、分節化することなしに成立しません。「対象を分節する(=切り分け、切り取る)ことなしには、コトバは、意味指示的に働く事が出来ない。」そして、世界を分節化することに関心の高かった西洋の文化に対し、東洋の文化は、分節化されていない存在、コトバ以前の意識に、高い関心を向けてきました。「一般に東洋哲学の伝統においては、形而上学は、コトバ以前に窮極する。」
○ このコトバ以前の状態について、言葉を使って語ろうというのですからどだい無理があります。しかし、井筒俊彦は、東洋哲学の真髄がこのコトバ以前の状態への関心にあることを自覚しつつ、それをコトバで語ることにこだわってきました。井筒俊彦は、一部の禅の修行者のようにコトバを放棄する方法を、固くなに拒否しています。「言語を超え、言語の能力を否定するためにさえ、言語を使わなければならない。」「生来言語(ロゴス)的存在者である人間の、それが、逆説的な宿命なのであろうか。」
○ この本では、分節化されない状態の窮極として、「絶対無分節」の状態が想定されます。これは、何もない虚無だとか、何の動きもあり得ない静かに凍りついた世界とは、違います。「たんに一物もそこに存在しないという消極的状態ではなくて、限りない存在分節の可能性を孕んだ「有」的緊張の極限」です。荘氏は、これを「混沌」にたとえています。しかし、「この場合、「混沌」とは、普通の意味のカオス、すなわち、種々様々のものがごちゃごちゃに混在している状態、ではなくて、まだ一物も存在していない非現象、未現象の、つまり絶対無分節の、「無物」空間を意味する。」
○ この混沌の神様の話は、僕も以前、使ったことのある話です(ココ)ので、ここで井筒流に紹介しているのをそのまま引用してみます。尚、原典は、荘氏の内篇、應帝王。
○ その昔、まだ現象世界が存在していなかった太古の時代に、「混沌」の神が居た、と荘氏は語りだす。この神の顔は、目も鼻も口も耳もない全くのノッペラボウ。同情した友人の神々が、苦心惨憺してその顔の表面に「穴」をほってやる。ところが、「穴」が全部ほりあがって、目と鼻と口と耳が開いたとたん、「混沌」の神はパッタリ死んでしまったのだった、と。
○ 次に、井筒俊彦は、興味深い図を示します。(45ページ)それは、「存在と意識のゼロ・ポイントであるとともに、同時に、存在分節と意識の現象的自己顕現の原点、つまり世界現出の窮極の原点」である「真如」の説明として使っています。その図は、一つの円が、真ん中の直線で上下に区切られた、二つの半円で構成されており、上の半円(A)は、ブランクで、下の半円(B)に無数の模様の入ったものです。Aの部分は、無分節、非現象、形而上を表しており、Bの部分は、分節、現象、形而下を表しているといいます。
○ このあたりの、難しい事を言っていながら、さくっとマンガにしてしまうあたりが、井筒俊彦の魅力の一つです。僕自身も、こういう、意識のあり方を図示した説明というのは、馬鹿にしたものではなくて、各文化・社会をかなり上手く説明し、建設的な議論を行うのを助けるとさえ思っています。この図を紹介したくて、「意識の形而上学」について書き始めたので、唐突ですが、この本の紹介は、ここで終わりにします。
○ いずれにしても、分節化される前の意識や存在の重要性を強調してやまないのは、改めて、東洋の文化を感じます。そして、その分節化されていないものが、どういう順序と方向で分節化されていくかということこそが、一つの文化において、社会・組織のあり方から、個人の内面の精神形成まで、共通して広く影響を及ぼす文化の固有性だと、僕は思います。そうした分析が日本文化でできるといいのに、というのが、僕の夢想です。次回は、その夢想の断片に就いて書いてみます。
9月16日
ヴェンチャーキャピタルの穴場
○ 今日、ある日系ヴェンチャーキャピタルの人と話した。なんでも、一年分の投資を殆ど上半期に済ませてしまいそうだとのことだ。案件不足に悩む日本の本社の同僚を尻目に、彼らは年末の休暇の過ごし方を考えている。台湾は、彼らにとって、実に恵まれた場所のようである。
○ その方が口頭で述べたものを、統計の再確認もせずに記せば、次のようである。記憶違いで間違えがあれば、らくちんの責である。
台湾 日本
新規公開企業の数
昨年 137社 100社
今年1−7月 57社 50社
一社当たり
公開示時時価総額 100億円 30−40億円
○ これだけ台湾と日本で差があれば、日本でヴェンチャーキャピタルをやっている人がかわいそうになってくるほどである。ただ、昨年、今年などは、日本市場は、まだ他の国の新興企業市場に比べてまだましなほうだった。つまり、これは、日本が悲惨なのではなく、台湾が元気なのである。ナスダックだって、他のアジア株式市場だって、台湾ほど公開件数は、多くないし、公開時時価総額は大きくない。
○ この方によると、台湾は、殆どの小規模の会社の経営者が上場・公開意欲を持っているのでやりやすいとのことであった。また、彼の個人的な見解とことわりながら、世間で注目を浴びるハイテク会社よりも、技術的には、半歩下がってアナログが入っているような会社への投資の方が、収益率が高くていいそうである。
○ もうこれでは、畑も種も耕作者の腕も格段に違っており、勝負あったというべきだろう。日本や他の国でヴェンチャーキャピタルをやっている人は、今すぐに、台湾に引っ越した方がいいですぞよ。
9月14日
過剰品質
○ 日本メーカーの過剰品質問題は、なかなか興味深い。15年も昔の頃、日米半導体摩擦が真っ盛りで、日本の半導体メーカーが輸入を増やそうと血眼になっていたときがある。今となっては隔世の感があるが、日米の実力差は甚だしく、探しても探してもアメリカ製の半導体でまともに使えるようなものは、CPU以外に殆どなく、日本の半導体メーカーは、困り果てていた。品質が悪くて、値段が高くて、納期対応が悪くても、とにかく輸入品を買えよ増やせよの時代であった。あげくは、ICでなくてもいいから輸入せよとも言われ、アメリカ製ヘリコプターの輸入まで真剣に検討していた日本のICメーカーがあった程である。
○ 当時、ICの輸出入を担当し、このような状況を日本のICメーカーから聞いていた僕は、ICの梱包に使われていた長さ60cm程の透明なプラスチックのチューブを、香港から輸入しようと思いたった。静電気を防ぐ為の導電の処理をする以外は、何の変哲もないケースであって、日本製を使っている方が妙に思える商品である。いざ、販売活動をしてみると、日本の大手ICメーカーは、輸入部材の紹介というと、喜んで会って下さったものの、どうも反応がよくない。ある日、担当者が、こちらが持ち込んだサンプルを手にとって、ブラスチックのチューブの断面を指差して、教えてくださった。「ほら、見てごらん。断面が白く濁っているでしょう。だから、輸入品は、品質が悪くて使えないのですよ。」
○ 性能面では、全く問題がないが、見栄えが悪いと言うわけである。日本製のものを見せてもらったが、確かに断面が透明であった。長いチューブを一定の長さで切るときに、圧力とか、温度を最適に制御すると、断面が透明になると言う説明であった。パソコンメーカーなどに部品として収めるときに使う梱包であって、消費者の目に触れるものでもないのに、見栄えを気にしているのには、大変驚いた。一担当者が変わっていただけかもしれないが、こんなやりとりをずっと続けるのはかなわないと思い、僕は、このビジネスから早々と尻尾をまいて退散した事がある。
○ その後、アメリカに2年程住むことがあり、また、品質について、色々と考えさせられた。アメリカでは、クリスマスの後、ウォルマートなどのスーパーに行くと、長い行列ができている。何かと思ってみると、クリスマスに購入したものの不良品の交換をする行列であった。僕も、クリスマスツリーにつけるライトが故障していたので、取替えにいった。驚いた事に、お店の人は、レシートだけをみて、故障の有無さえ調べず、さっさと新品に換えてくれるのである。
○ アメリカでは、このように、販売されているものに多少不良が入っていても、消費者もメーカーも余り気にしないようである。不良があれば、速やかに取り替えればそれでよし、といった風情である。考えてみれば、この方が効率的ともいえる。一般的にいって、不良が含まれる率を、96%から99.5%にしようとすると、10%以上コストが上がるように思われる。そんなことなら、消費者の側からしても、不良なら取り替えるつもりで、安い値段で買う方が得である。この辺の割り切りが日本の消費者もメーカーもなかなかできない。
○ 1990年代最初に得意の絶頂であった日本の自動車産業も、90年代半ばには、生産性の面で、アメリカ企業にかなり追いつかれ始めた。この重要な原因の一つが、日本メーカーの過剰設計、過剰品質問題だった。(藤本隆宏「能力構築競争」)
○ また、日本のパソコンメーカーが世界市場で敗れていったのも、冷蔵庫、テレビと同じ品質管理基準をパソコンに当てはめようとした、日本メーカーの過剰品質問題の為であった。確かに、パソコンというのは、すぐ停止していまい、家電製品の品質管理をしていた人からみると、とても消費者マーケットにだせるような代物ではない。しかし、一般の消費者がそれを認めてしまっている限り、そのパソコンの基準で品質管理しないと、台湾製アメリカブランドのパソコンに価格性能比で勝てなかった。
○ 1990年代後半に入って、日本メーカーのこの過剰品質問題は、随分、自覚的に変更されてきた。自動車メーカーも90年代半ば以降、設計の簡素化、品質管理の適正化を行い、再び、競争力を伸ばしてきた。また、パソコンメーカーも、IT製品だけ家電とは異なる品質管理基準を作って運用し、台湾製基幹部品の輸入を増やしたりした。
○ しかし、IT製品については、まだ、「過剰なカスタマイズ志向」という、似た問題が残っていると思う。日本のメーカーに部品を供給する話をしていると、すぐ「弊社に納入するものについては、ここを改善(または変更)したものにして欲しい。」と要望してくる。製品差別化を行おうとして、製品のあらゆる場所に注文部品(カスタマイズ)が配される。あげくは、値段が高くなってしまう。
○ 一方で、台湾のIT製品メーカーと打ち合わせると、標準パーツの方が好まれることが多い。「他にも売っているそのパーツをそのまま持ってきてください。」とよく言われる。余計にカスタマイズしていない標準部品であれば、納期も短いし、量が出るので価格も安い。基本性能を出すところは、標準部品による標準仕様で済ませてしまい、製品差別化は、製品の仕上げのところで、最後の数%のコストだけをかけて行うのである。
○ 品質管理というのは、もともと、「効率」の概念と矛盾する契機を含んでいる。メーカーとして長く生き残るには、「たとえお客が望んでも、品質の悪い製品は、出さない。」といった気概が必要である。日本の大手メーカーで偉くなるには、品質管理で重要なポストをこなすことが求められることも多い。
○ しかし、その品質重視の体制が硬直的に運用されることによって、組織と商品作りにみずみずしさがなくなってくると、問題である。IT関係のように、度を越して「みずみずしい」商売、言葉を悪く言えば、やや水商売っぽいビジネスにおいては、商品全体のバランスをもう少し考慮するべきだと思う。そうでなければ、職人芸的な奢侈品の製造だけになってしまう。
○ 日本のIT製品メーカーは、今、中国・台湾との競争を避け、高級品志向であり、それはそれで、十分理解できる。しかし、日本の自動車産業は、ちゃんと中級品(ミドルエンド)の量の出る商品群(ヴォリュームゾーン)でも勝負している。日本のIT分野でももう少し、ミドルエンドで、勝負してくるメーカーがでてきてもいいのではないかと思う。時々みかける、最先端の技術を使ってコストダウンし、中級・廉価版商品を作る例などが増えて欲しい。適正な品質管理、商品コンセプト作りをすれば、まだまだ、日本メーカーも中級品で勝負できるのではないかと思うこの頃である。
9月10日
フォワード中田
○ サッカー日本代表の対セネガル戦は、1−0で負け、残念でした。僕は、ここのテレビでは見られないのでインーネットでレポートなどをみているだけです。また、全くの素人で技術的な評価をする目が全くないのだけれども、それでも、何かといってみたくなる。ま、いいじゃないですか、日本代表というのは、こういう素人からもああだこうだと言われる対象になるのも、お役目でしょう。
○ サイトなどによると、セネガル戦の試合は、かなり日本ペース。しかし、相変わらずの決定力不足。柳沢は、どフリーの決定的場面でカスあたり。大久保は、オフサイドトラップにかかってばかりという状況。朗報は、復帰した小野と新たに起用された本山が良かったことだった。中田(秀)が、「強い相手でも自分達のサッカーがそこそこできるのが分かったのはよかった。しかし、決定力不足は、深刻だ。」との発言があったようだが、これが丁度、チームの状態を表していると思う。
○ 僕は、中田(秀)をフォワード(FW)、小野を攻撃的ミッドフィールダー(MF)として起用するオプションをそろそろ試すべきだと思う。
○ 理由の第一は、FWの決定力不足対策。特に、高原が出られない時に、今のままでは、がくんとFWの力が落ちると思う。中田本来のポジションでないにしても、精神面も考えれば、今の日本のFWよりいいように思える。
○ 第二に、日本が有り余る程もっている優秀な守備的MFの有効活用。守備的MFは、今の所、稲本、遠藤、小野の3人のうち2人かと思われるが、この3人以外の、福西、戸田、中田(浩)の誰がでてもそれほど、力は落ちない。レギューラークラスの実力を持った6人のうち4人もピッチに上がれないなんて、もったいない。中田をFWに、小野を攻撃的MFにすれば、戸田、福西など、守備力のある選手を守備的MFに使う可能性も増え、各選手の持ち味が出やすいと思う。
○ 第三に、小野を攻撃的MFで使うオプションは、用意したい。中村か中田がでられないとき、小笠原もよいが、小野が2列目ででてくる準備をしていてもいいと思う。その方が、小野の持ち味も出しやすいと思う。結局、攻撃陣が、高原、中田、中村、小野という布陣となる試合を、ファンなら一度は、見てみたいものである。
○ あーあ、20年後でいいから、日本代表の監督になりたいなあ。
9月9日
台湾正名運動
○ 「中華民国」を「台湾」に改め、企業などの名称につく「中華」や「中国」という名を「台湾」に改めようという台湾正名運動のデモが6日台北市で行われ、15万人(主催者側推計)が参加した。台湾史上最大のデモであった。
○ 総召集人は、李登輝前総統。李前総統は、中華民国が存在しない三つの理由を説明した。
1)中華民国が成立した当時、台湾は領土に含まれていなかった。
2)中国大陸は、中国共産党に占領されたため、中華民国は、領土がなくなり、国号だけとなった。
3)1971年に、中華人民共和国が国連で中華民国の代表権を失った。
○ 今回のデモは、李登輝が率いる政党、台湾団結連盟(台連)が中心となり、与党民進党が支持して、大量の参加者を実現した。陳水扁総統は、「もし総統でなかったら、孫と一緒に参加していた。」と賛意を示した。運動開始当初は、10万人を目標にしていただけに、主催者側にとっては、大成功だったといえる。
○ 確かに課題の設定が上手い。「中華民国をやめて台湾と呼ぼう」と叫ぶ人に、大陸の中国が、ミサイルを撃って攻撃するわけには、いかない。いくらなんでも、中国共産党が、国民党を助けるために、ミサイルを撃つのは、出来ないからだ。つまり、台湾の独立をいうと、台湾内の穏健な層を取り込めないが、「台湾と呼ぼう、中華民国をやめよう」といっている限りにおいては、必ずしも「独立派」でない台湾人をも取り込める。
○ この運動には、日本人も130人参加したという。また、中華民国体制を支持するデモも翌日行われ、国民党・親民党が気勢をあげた。とはいえ、月曜日の8日には、もう何もなかったように、テレビニュースも人も、他の話をしている。パレスチナ、イラク、アフガニスタンに比べて、なんと平和な事であろうか。来年の総統選挙が楽しみである。
○ なんて、ある台湾の人に言ったら、「選挙の頃には、家族を日本に帰した方が安全ですよ。」なんて、半分真顔で、でも、微笑とともに、忠告してくれた。このあたりの、リアルでブラックなユーモアが、台湾人の凄みである。
9月7日
コンタクトレンズ
○ 台湾で買った眼鏡がどうも合わず、目が疲れるので、日本で新しい眼鏡を買いました。また、同時に、最近の使い捨てコンタクトがたいそう便利だというので、ついでに一日で使い捨てのコンタクトレンズを使い始めました。
○ 僕は、裸眼では、視力が0.1もないので鏡にうつる自分の顔は、ぼんやりとしか見えません。ですから、僕のように小学生の時から眼鏡を使っていた人間は、眼鏡をとった自分の顔というのをはっきり見たことがないのです。それが、コンタクトをすると、ほとんどもの心ついてから初めて、「眼鏡をとった自分の顔」なるものをみることになります。それはもう、ちょっとした驚きです。「こいつは、なんだ?」と思ってしまいます。
○ まず、やたらとでかい。僕のように度の強い眼鏡をかけていると、ものが小さく見えます。それが、コンタクトになると大きく、はっきり見えます。いきなり、でかい顔が、鏡のなかにぬうと現れると、わが顔ながら、そら恐ろしくなります。
○ それに、なにか、目と目がはなれていて、間が抜けているようにも思えます。見も蓋もない言い方をしてしまえば、「ぶ男」の部類にはいる類の顔です。眼鏡をかけている顔がとりわけりりしい訳ではありませんが、見慣れている分救いがありました。しかし、見慣れていない裸眼の「ぶ男」には、眼鏡があるからという言い訳を許さぬこともあって、自分自身に逃げ場のないコンプレックスをつきつけます。「お前は、素顔から、ぶ男である。」と。あな、醜し。
○ 「40歳になれば、男は自分の顔に責任を持つべし」だとか。しかし、それは、文字通り、いい顔を持てる、且つ、女にモテル男の論理であって、僕のような、モタザルものには、余りに酷な言です。若かりし頃、女性と飲んでも、ひたすら盛り上げ役をしているのは、今思えば、けなげであったとすら思えます。黙って飲んでいても「かっこいい」と言われるハンサムな友人の真似をして、黙ってグラスを傾けていると女性から「クライ」と言われて、世の理不尽を教えられたものでした。「同じことしてんねんで」と。
○ 「責任をとる」いう言葉を、「失敗した時につらい目にあう」と意味で使うなら、「ぶ男は、40歳までに、自分の顔の責任をとらされている。」という気がしてなりません。同情されこそすれ、批判されることはないと。
○ それにしても、これが顔ぐらいならまだいいのですが、その他の事で、「あるとき自分の本当の姿を自分の目の前に突きつけられる」というのは、そらおそろしいことに違いありません。やだやだ。
9月3日
仕切るリーダー
○ 日本のリーダーについて引き続いて書いてみたい。日本のリーダーの動作を表現するのに、「指導する」とか、「管理する」とかという意味で、よく「仕切る」という。「取り仕切る。」「あの人は、仕切り屋だ。」と使われる。しかし、「仕切る」という言葉の元々の意味は、「区分する」とか、「境をもうけて隔てる」といった意味である。なにかと包み込み、受容し、接続する文化である日本において、リーダーの重要な役割として、「仕切る」ことが期待されていることが、興味深い。
○ これとは対照的に、アメリカのリーダーは、カリスマ性と求心力が求められ、人々を団結させ、組織化することが期待される。こちらは、なにかと、切断し区分する文化であるアメリカにおいて、リーダーの役割として、結びつけ、結合する能力が強調されているのが興味深い。
○ ところで、日本の社会について、「仕切る」という言葉を語る時、思い起こされるのが、村上泰介の「仕切られた競争」という概念である。日本の経済成長の過程をみたとき、No.1以外の構成員が死に絶える程の競争ではないが、限られたメンバーとルールで、激烈な競争を継続的にしながら日本の企業が伸びてきたことを説明している。そして、この「仕切られた競争」が実現したのは、通産省や業界団体がとり「仕切った」からでもある。
○ 上記の論と、先日の論(ココ)をあわせて考えると、日本の文化として次のような特徴があると思われる。日本のリーダーと言うのは、自分が明確なビジョンを示したり、積極的に内部で自ら動いたりしないけれども、メンバー間の「仕切り」を上手にすることが主な役割になる。メンバー間の力関係も時とともに変わるために、その「仕切り」は静的なものではなく、動的な、ダイナミズムをもったもので、ときに「仕切りなおし」が行われる。また、外部環境が大きく変わった時には、リーダーは、外部から「異物」を取り込み、巧みに仕切りを作って、その異物と従来のメンバーとの動的な均衡を保つ。その動的な均衡を保っているうちに、組織自体を大きな変革に導いていく。
○ ここでの「仕切り」は、完全に離れ離れになってしてしまう分離とは異なり、同じ空間にいながら、間に隔てをつくることである。つまり、日本の文化が、受容し接合することを特徴としているからこそ、リーダーには、「仕切る」能力が期待されるといえる。一方で、アメリカのリーダーは、もともと組織の構成員自体が、離れて、分離いるが故に、つなぎ、まとめる能力が期待されるわけである。
○ さて、こんなところで、僕は、日本の文化を上手く仕切れただろうか。
9月2日
日本のリーダー
○ 日本の組織や社会のリーダーは、アジア的な調和を重視しているが、一方で、環境の変化へダイナミックに対応して自己変革を行う仕組みを組み込んでいる点で、近代西欧と共通するものも持っていると思う。もちろん、自己変革の方法は、西欧とは、対照的なほどに異なっている。こうした、アジア的なるものと、西欧的なるものの微妙な配合が、長所短所を含めて、日本の文化の特徴だと思えてならない。
○ ここでは、日本型のリーダーの特徴をみてみたい。結論から言うと、日本型のリーダーは、第一に、受容性を特徴とする。欧米でよくある先頭を切ってビジョンを示したリーダーが最後まで成功した例は少ない。それだけでは、自己変革の速度が十分でないときに、日本的リーダーは、人材や考え方などで「異物」を組織に取り込み包み込む。この「異物の包み込み」が日本のリーダーの第二の特徴だと僕は思う。そして、第三に、組織内部では、精神的で調整型リーダーでありながら、組織外との交渉では、実利的で果敢である。
○ こうした日本的なリーダーシップの特徴は、明治の近代化、第二次大戦後の復興などでみることができる。また、小泉首相のリーダーシップも、一つの変わった、しかし、典型例の一つとして、挙げて説明してみたい。世間では、小泉首相のスタイルを、従来の日本のリーダーと大層違っている「変人」に分類しているが、実は、日本的リーダーの現代への適応の一つのあり方を示しているようである。
○ 第一に、日本社会においては、「能動的な受容性」が大きな役割を果たすことが多い。この点については、日本の神話の分析を通じて(ココ)、また、小泉首相の公約に関して(ココ)、触れた。この視点でみると、無為と受容性を特徴とする小泉首相の政治スタイルは、日本的なリーダーシップの特徴を持ち合わせている。
○ 第二に、僕が日本的リーダーの一つの特徴と考えているものに、「異物の包み込み」がある。環境が変わって、社会や組織も大きく変化しなければならないとき、日本的なリーダーは、自分が先頭を切って変革するのではなく、社会にとって「異物」ともいえるユニークな人材や考え方を「えいっ」と社会に取り込む。
○ 取り込んでその「異物」の考え方とおりリーダーシップを発揮して、実行するかというとそうでもない。しかし、その「異物」が従来の社会のメンバーと共存し、ある種の均衡を得るまで、リーダーは、摩擦がある程度以上にならないように「異物」と従来の社会をじっと包み込んでしまう。時には、大勢に反して、「異物」の側に味方をし、時には、その「異物」を突き放したりする。そして、時間がたてば、その「異物」の効果もあって組織は、内部変革されていく。その間、実は、「異物」もかなり変容してしまうのであるが。
○ このような変革は、明治維新や終戦後など、日本が大きな変革に成功したときにみられたものだと思う。変革を成功させた欧米のリーダーに比べ、日本の変革期を成功させたリーダーは、必ずしも明確なビジョンを持っていたとは言いがたい。しかし、欧米近代の技術や制度を、「えいっ」と一旦丸呑みしたのは、確かだ。丸呑みしておいて、組織が消化するまで、吐き出さないようにぐっとこらえるところに、日本のリーダーは、一定の役割を果たしている。
○ この点においても、小泉首相のリーダーシップは、日本的リーダーの特徴をもっている。竹中氏などの異物を取り込み、結果的に成果をだしたとさえいえる。明治期に流入した欧米の文物にせよ、終戦後のマッカーサーにせよ、実際に取り込んだ異物は、それほど上等なものではなかったが、この点にいたるまで、小泉首相が取り込んだ「異物」にも、あてはまるような気がする。
○ 日本的リーダーの「異物の包み込み」という特徴の一つの系として、日本の調整型リーダーが異常なほどに人材確保にこだわる傾向がある。僕は、サラリーマンをしていて、時々、人徳があって腹が据わっていて、でも自分からは積極的に動かない、これぞ優秀な「日本的リーダー」というのをお目にかかったことがある。そういう日本型リーダーで優秀な人を見ていて驚かされるのは、人材確保には、日頃の温厚さから想像もつかないほど強引な事である。考えてみれば当然で、自分でぐいぐいと引っ張っていく欧米型リーダーよりも、日本の調整型リーダーにとって、内部の人材の確保は、組織にとって死活的に重要である。端的に言えば、人材確保に強引でない調整型リーダーは、全く駄目なリーダーである。
○ 第三に、日本のリーダーは、組織内部には温厚で精神的な言動を頻繁に行うが、組織の外部との交渉では、ややこずるいほどに実利的で、時機を逃さず果敢であることが多い。日本型リーダーの代表者である西郷隆盛などは、内部では、人徳の高さで尊敬されていたが、他の藩との交渉などは、実にずる賢く立ち回っている。この組織のウチに対する時とソトに対するときで、同じリーダーの行動スタイルが対照的なほどに違うのが、日本のリーダーシップの特徴である。小泉首相は、内政においては、結局、「無為の公約」を実行し何もしなかったが、外交では、積極的且つ果敢に動きポイントを稼いだ。
○ 以上三つの点で、従来の日本型リーダーシップの特徴を挙げ、それが、小泉首相にもあてはまることを見てきた。最後に、小泉首相が、従来の日本型リーダーと違うことを挙げてみたい。
○ 小泉首相が、従来の日本型リーダーと違うのは、大多数の名もなきマスと直接コミュニケーションをとることが上手な事である。従来の日本型リーダーは、組織の階層ルートに沿ったコミュニケーションが多く、また、忠誠心の高い側近を通じた組織内部とのコミュニケーションが中心であることもままある。余りにマスに漏れ出る情報が少ないために、時には、側近により偶像化されることすらある。ところが、よく知られるように、小泉首相には、忠誠心の高い側近などは見当たらない。記者クラブや番記者との関係も淡白そうである。そのわりに、スポーツ紙やテレビを相手にした会見は上手だ。つまり、国民との会話は、直接自分が行うことが多く、それがまた上手い。「感動シタッ」などは、典型例である。
○ これは、コミュニケーション手段が発達し、それに人々が慣れた現代において、日本のリーダーに必要な変革ではなかったかと思う。例えば、会社などであれば、電子メールや、社内のイントラネットで、直接、且つ、上手に平社員にコミュニケーションをする能力が、日本型リーダーにも求められているように思える。
9月1日
日本人扱いの下手な企業
○ 先日、台湾のデジタルカメラ業界のトップを走るメーカーについて、あるヴェンチャーキャピタルの台湾人に聞いたところ、面白いコメントが返ってきた。もちろん、そこの技術力や評判が台湾で最高である事を認めた上で、その会社には、問題点が3つあるという。ここでは詳述しないが、一つは、マーケティング上の問題で、もう一つは、技術上の問題だ。最後に日本人である僕にニヤッと笑って三つ目の問題点述べた。「あの会社は、余りに欧米風で、日本人扱いが下手だ。」
○ 彼によると、この会社は、ずっと欧米の大手企業向けのOEM供給で伸びてきた。最近、日本の大手デジタルカメラメーカーへのOEM供給の商談がほぼ成立するところまできたが、最後の最後に商談を決裂させた。第三者が聞けば、この台湾メーカーがその顧客である日本のメーカーよりもずっと筋の通ったことを言っているのは、明白だった。しかし、それでも、一旦は、日本メーカーの筋の通らない要求をのんで、それからその要求を骨抜きにしなければならないという訳だ。
○ つまり、OEMが中心の台湾メーカーは、欧米企業が顧客の時と、日本企業が顧客の時とで、対応を全く変えている。そんなことは、他の台湾メーカーは、みんなできているあたりまえのことなのに、この会社ができていない。日本人扱いが下手だということは、台湾のOEMメーカーとしては、重大な欠点といえる。と、言う説明である。台湾企業のしぶとさを語る逸話ともいえなくはないが、日本人としては、ここまであからさまに言われると、やや複雑な思いになってしまう。「日本人扱いが下手」などという表現が台湾の経済人の間で一般に語られているかと思うと、背中がむず痒くなる。
○ アメリカをよく知る日本人や、日本をよく知るアメリカ人が、日米の文化の比較をしているのをよく見かける。それはそれで、重要な示唆をみてとれ、実に興味深い。しかし、客観的に、且つ、最も現実的に、命がけともいえる真剣さで、日本とアメリカの文化の違いと共通点を知っているのは、台湾の人達なのだろうなあ。きっと。
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