written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Wilde Jagd



「現況報告。」

 軍参謀本部長が命令し、副官がすぐに答えた。

「陸軍侵攻部隊第一波は演習の名目で国境付近において待機中、空挺部隊は滑走路上で待機中、空軍部隊も出撃待機中、NERVからも出撃準備完了の報告入りました。

 カンボジアもある程度警戒態勢を取っているようです。3分後にアメリカの偵察衛星が地平線下に沈むのを待って、まずはNERVが仕掛けます。」

 本部長は簡潔明瞭な答えに満足そうに一つ頷いた。既に関連全部隊の時計は合わせてある。

 そしてその三分後、午前1時丁度に彼は一つの命令を下した。

「オペレーション・テストケースを開始する。」











 作戦開始の命令を受けて最初に動き出したのはNERVの面々だった。

「三人とも、いいわね?」

『『『はい。』』』

 ミサトが最終確認を取り、先程から起動状態で待機していたパイロットも軽く頷いた。

 それを見て取り、ミサトは戦艦の艦橋のようになっている発令所の上部にいる、上司であるキールを見上げる。

「やりたまえ。」

 そのキールの言葉に、ミサトはさっと敬礼を返すと、声高らかに命令を下した。

「EVA全機、発進!」










 ケージから拘束されたまま各EVAは射出口へと移動する。

 上空に敵の衛星や偵察機がいないことを再度確認すると、地上へのゲートがすべて解放され、ジオフロントの直上にある山の裾野部分にある三つの射出ゲートが開く。

 そしてEVAはリニア射出機によって猛烈な速度で地上へと打ち上げられた。

 機械のロック音と共に地上に現われたEVAの拘束具が直ちに除去され、EVAがその威容を地上にさらけ出す。

 もっとも夜中のことなのでそれを見ていたのは近くにいる夜行性の動物のみだったが。

 観客がいないことを気にするでもなく、三機のEVAはそれぞれの役割分担に従って行動を起こした。










 零号機の役目は本部に留まり、もしもの時には本部防衛、そして地平線からやがて現われる各国人工衛星を破壊することだった。

 勿論、人工衛星迎撃は依然として神秘のベールを被るべきEVAを先進諸国の目から覆い隠すためである。

 EVAのFCSは非常に優秀であり、遠距離砲戦を難無くこなす。しかもMAGIのサポートがあるので地上からの人工衛星の迎撃が可能だった。
パワー ジャミング
そして一番重要なのはありあまる 電力 を利用した通信の徹底的な 妨 害 である。

 と言っても、レイがやるのはただシンクロ率を上げてS2機関をフル稼働させるだけであり、実際の妨害はNERVが行う。

 現在の洗練された軍隊にとって通信の遮断は致命的な意味を持つ。

 小は各人員間の連絡に始まり、大は戦略的な見地から後方より戦力の移動や攻撃を掛けるタイミングや退却の決断などの連絡まで、ありとあらゆる行動が阻害される。

 とりあえずレイはまだ当分は暇、ということになりそうだった。

 アンビリカルケーブルを背面スロットに差し込む。これはS2機関によって生じた電力を外部へと送るために新たに付けられた物だった。

 シンクロ率を上げつつエントリープラグで立体ディスプレイを見守るレイが何を考えているかは、彼女自身にしかわからないことだった。










 初号機の役目は各侵攻部隊の援助である。

 まずは敵国内に幾つかある空軍基地の滑走路及び誘導路を破壊、可能であれば対空兵器も破壊する。
A  W  A  C  S
 襲撃前に空に上がれた、もしくは飛行中だった敵戦闘機や偵察機は撃墜する。カンボジアは貧しいので 空中警戒管制機 を買う余裕は無かった。

 これによって味方空軍部隊による敵防空能力の無力化、及び各目的地への空挺部隊の進出を容易とする。(ちなみにゼーレに海軍は無い。港が無いのだから)

 やはりなんと言っても空軍の破壊力と機動性は大きな意味を持つ。これは旧世紀の湾岸戦争で立証された。

 爆弾積んだ飛行機が頭上にやってきたら、歩兵などは物陰に隠れて地面に伏せ、自分の上に降ってこないようにお祈りするしかない。

 最も、やはり空軍力だけで戦争に勝てないのも古来よりの常識である。

 そのあとは陸軍部隊の要請に応じて高抵抗度地点への支援を行う。

 シンジは初の実戦で多少緊張していたが、EVAに乗っての戦闘という物は少々現実感に欠けるものがある。

 どう考えても自分が傷つけられる可能性が無いためである。流れ弾などは身にまとう装甲を突き破ることは出来ない。

 そして自分を徹底的に狙ってこられても、ATフィールドがある限り弾が当る心配は無いのだった。

 よってシンジの緊張は「多少」程度で済んでいるのである。

 とにかくシンジは予定表に従って一番近くにある空軍基地へと飛行を開始した。










 弐号機の役目は最も重要ともいえる、敵指揮中枢の破壊である。

 具体的には国会、首相官邸、各政府機関、軍事施設、通信施設だ。後の統治の時問題となるであろう国民感情に配慮して王宮の破壊は見送られた。

 ちなみに、今までの戦争ならば相手国の体力を削るために、工場などの産業施設も破壊する。

 もちろんこれによって、相手が必要とする物資(武器・弾薬・医療品・食料など)を作らせず、また熟練工の排除も達成するのだ。

 だが今回は行われなかった。

 何故かと言えば、ゼーレは長期戦をする気が全く無かったからである。

 ゼーレは文字通り一晩で戦争に勝とうと思っていた。

 それはともかく、電撃的に敵の頭を潰し、命令を下す者がいなくなることによる下部組織の混乱を狙っている。

 これらの破壊目標はほとんど警備されていない。敵の抵抗を気にすることなくただひたすら効率的に素早く目標を無力化することのみを考えればよかった。

 アスカは多少物足りない思いをしていた物の、一番重要な役目を任されてご満悦で張り切っていた。











「・・・?」

 何かが空を横切ったような気がしてふと立ち止まった。彼はカンボジア空軍憲兵伍長、その晩の歩哨を勤めていた。

 本来の歩哨が親戚の不幸で休暇中のためローテーションが壊れ、本来なら歩哨などするはずも無い彼にお鉢が回ってきたのだ。

 彼はしばらく耳をすましてみたが、風切音やエンジン音が無いため、なにか鳥でもいたのだろうと一人納得して退屈な任務へと戻った。

 何やらゼーレの国境付近がきな臭いらしいが、カンボジア領内深くにあるこのシソポン空軍基地に誰が来るはずも無い。

 彼はそう高をくくっていた。

 クメール・ルージュによる統治以降カンボジアPKOまで続いた戦乱の時代、そしてそれ以降の政治的大混乱の時代を経てなんとか落ち着いてきたカンボジアは、最近軍事色を強めてきていた。

 その結果大量の新兵が現在軍に在籍しており、その練度は必ずしも高いとはいえなかった。それはこの伍長についても当てはまる。

 伍長はふっと自分の周りが翳ったような気がした。月に雲でもかかったのかと思って再び空を見上げた彼の視界に巨大な紫の影が映った。










 突然、見つめていたレーダー画面はいきなり全面が白く輝き、その用をなさなくなった。

 シソポン空軍基地管制官を務める彼は、それを実際に見るのは初めてだった。

 最初は機械の故障かとも思ったが、やがてそれが座学で学んだ電子妨害であることに気付いた。

 彼は顔色を青くすると、敵襲を警告するべく無線を手にとった。だがそれから聞こえてくるのは甲高い雑音のみ。通信妨害も受けているらしい。

 周波数を弄ってもどこも同じ。どうやら敵はこちらの周波数を探知してピンポイントで妨害をかけているのではなく、全ての周波数帯に広域妨害をかけている。

 事ここに及んで彼は漸く空襲警報を鳴らすことを思い出し、ボタンに手を掛けた所で口をあんぐりと開いてその動きを止めた。

 窓の外に大きな二つの光があった。それは巨大な生物の目のように見えた。










べきっ・・・ドン!

 突然管制塔がへし折れ、派手な爆発が起こった。憲兵伍長は爆風に吹き飛ばされ、格納庫に激しく頭をぶつけた。

 薄れ行く意識の片隅で彼は思っていた。

(あれは一体・・・あの悪魔 は一体なんなんだ?・・・・・・)










 シンジはまず管制塔から破壊すると、そこにある瓦礫を幾つか拾って目に入るレーダーアンテナに投げつけて叩き壊した。

 次に大きな瓦礫を格納庫の扉前に放り投げて発進作業を阻害する。その過程で目に入った幾つかの対空砲座も叩き壊す。

 エプロンにいた(そしてショックのあまり呆然として発進しようともしていない)スクランブル待機中の戦闘機数機を踏み潰した。

 そのあと、滑走路上を思いっきり速く端から端まで駆け抜ける。これによって滑走路は穴だらけとなり使用不能となった。

 これと同様のことを、滑走路としても使用可能かもしれない誘導路にも施すと、シンジは残る一つの空軍基地へと向かった。

 勿論これだけではすぐに工兵によって施設は復旧されてしまうだろう。

 だがシンジが飛び立つ頃には基地上空にはゼーレ空軍攻撃機部隊が到着しており、すぐに爆撃を開始した。

 カンボジア側も必死に防空に努めるがレーダーが使えないため効果的な反撃が出来ない。ミサイル類は携帯式の熱線追尾型を除いてほぼ使えなかった。

 一方のゼーレ空軍は、今日この時のために目視照準による爆撃を訓練していたため(初号機の攻撃によって照明には事欠かない)、的確に目標に当てている。

 滑走路破壊用に特別に開発された爆弾が、地中深くに突き刺さってから派手に爆発し、周囲の地面をめくりあげる。

 コンクリートなどで補強された格納庫を、硬目標破壊用徹甲爆弾が次々と破壊していく。

 そして仕上げに大量の孫爆弾を撒き散らす爆弾を数発投下した。

 これは焼夷弾頭や時限発火式弾頭、衝撃によって発火する弾頭など各種取り混ぜてありそう簡単には撤去できる物ではない。

 この攻撃によってこの基地は以後完全に活動を停止した。











 アスカは首相官邸の直上に飛び降りた。当然ビルはEVAの荷重に耐え切れず崩壊する。

 弐号機は腕を振り回しながら適当に歩き回り、あっというまに官邸を廃墟と化さしめた。

 本来ならば寝っ転がって端から端まで転がるのが一番手っ取り早いのだが、それは彼女の美意識が許さなかった。

 シンクロしているのである程度痛いという理由もある。

 建物の地上部分を粗方壊すと、事前に入手してあった情報から地下部分に腕を突き入れてそこをも破壊する。

 次に弐号機が向かったのは軍の中央指揮所だった。

 いくら強い猟犬(戦力)を飼っていても、攻撃する相手を指示する飼い主(政府及び指揮官)がいなければ宝の持ち腐れなのだ。

 ここは地下深くにある上広大なので簡単に壊すことは出来ない。

 そこでアスカは事前に選定してあったポイントで地面に穴をあけ、そこに持参した大型爆弾を放り込む。

 それが爆発して施設に大穴があいたところで、更に持参した毒ガス容器を放り込んで、その穴を瓦礫で適当に塞いだ。

 そのガスは空気より重いのであまり拡散せず一つ所に留まる性質がある上に、持続性は高い。

 事前に特殊工作部隊が他所との連絡通路や施設の出口を爆破してあったのでガスはそこにのみ影響を及ぼした。

 こうやって手っ取り早く目標を無力化すると、アスカは次の目標へと向かった。

 次の目標群は通信施設である。これらにたいしてアスカは停止することすらなく飛びながらアンテナ及び発電施設を蹴り飛ばして破壊した。

 アスカは手ごたえの無さに不満を感じながらも的確に素早く作戦目標を達しつつあった。











 作戦にGOサインが出ると同時に陸軍空挺部隊を乗せた輸送機が大量に飛び立ち、その後に発進した戦闘機、攻撃機の群れがこれを追い抜いていく。

 一部の戦闘機を輸送機の護衛に残すと、その他は敵空港滑走路や敵陸上部隊の爆撃へと向かう。

 今回の作戦において、占領後の統治を容易とならしむる為、インフラ関係−発電所やダム、橋、石油タンクなど−は目標に入っていない。

「α・リーダーよりα各機へ、突入開始!」

 隊長機の命令に従い、編隊は次々と目標への爆撃を開始した。

 全面的なレーダー及び通信のジャミングは彼らへも影響を与えている。

 編隊長がたった今行った通信も、この時のために装備されたレーザー通信機による物である。
H      M      D
 そして目標への攻撃は ヘルメットマウントディスプレイ 上に赤外線映像を映し出し、イメージホーミング爆弾を投じることによって行われた。

 滑走路上には大型爆弾を投下し、敵地上部隊には大量の孫爆弾を内蔵した物を叩きつける。

 これは対装甲部隊用の場合、孫爆弾の数は少なくなるが赤外線センサーを搭載し最終的にはロケット推進するもので、百発百中に等しい。

 対人用は、もっと単純に着発信管つきのものを大量にばら撒く。

 あらかじめ偵察衛星や工作員によって確認されていた対空防御施設には特に念入りな攻撃を加えておき、それから敵戦闘機や敵戦車の群れを破壊する。

 彼らの攻撃は計画通り、ほぼ遅滞無く遂行されつつあった。










 空挺部隊は、空爆とほぼ同時に降下作戦を開始し、主要交通拠点やTV局、ラジオ局、電話局などを制圧する。

 交通拠点を抑える事によって敵部隊の円滑な移動を阻害する。

 そしてTV、ラジオ、電話などを抑える事によって流れる情報を抑える事によって、相手国民の戦意を低下させるのだ。

 緊張感みなぎる輸送機上、既に後部ハッチは開放されており凄まじい風音が響く中、ペイロードマスターがGOサインを点灯させる。

 すると最初の一人を皮切りにばらばらばらばらと人が飛行機からこぼれだしていく。
L    A    L   O
 そして空中に飛び出したのとほぼ同時にパラシュートが強制開傘する。 低空降下低空開傘 である。

 これは高度200m以内からの降下でパラシュートを操る暇は無い。降下のショックを耐えた後にはすぐパラシュートに引っ張られ着地、全ては20秒以内で済む。

 非常に危険ではあるが、いくら敵のレーダーを潰してあるとはいえ、輸送機ごと撃ち落とされるのに比べれば看過できる危険だった。

 隣同士の兵士のパラシュートが絡まる事故によって多少の犠牲が出るも、降下は概ね上手くいった。

 もっとも運悪く着陸したのが石の上で踝を骨折、等といった小さな負傷は数多く発生したけれど、それは誤差修正範囲内である。

 無事降り立った兵士たちは周辺を警戒しつつ自分たちの戦闘装備を整え、彼らより先に投下された大き目の装備品−装甲車や弾薬等−をさっそく回収する。

 これは人の頭上に重量物を投下する危険を避けること、そしてある意味囮として人が乗る輸送機を守る(敵の弾薬を消費させることで)という意味があった。

 部隊及び装備の編成を終了するや、彼らは最小でも中隊単位で其々割り振られた目標へと向かう。

 ビルが林立する都市部への降下など不可能なので都市部にあるTV局等を襲う部隊はさっさと装甲車に乗って進撃する。

 橋や主要道路の交差点などの交通結節点が目標の部隊は割と近くへと降下できるため徒歩で向かった。

 ヘリに搭乗した空中騎兵部隊はより本国から遠いカンボジア南部にある港湾施設を担当している。

 これは外国からの物資流入を妨害するのと同時に、ゼーレにはない海軍戦力を奪い取ると言う目的もある。

 電撃的な作戦であり、なおかつカンボジア側のレーダーや通信などは妨害されているため、さしたる抵抗も無く彼らも目的を果たしつつあった。










 国境付近で待機していた陸軍部隊は進撃を開始し、主要な都市及び基地へと向かった。

 事前に偵察衛星によって地形情報などを入手しており、前方警戒はスカウトヘリを用いてある。通信は効かないので原始的に照明弾を打ち上げる手筈だ。

 本来ならばデリケートな戦車の輸送にはタンクポーター(輸送車両)を用いたい所だが、敵地への侵攻作戦である今回、そのような贅沢は許されない。

 例え敵が貧弱な装備しか持たない上に恐らくこの作戦に気がついていないとしても。

 とりあえず国境のすぐそばにある比較的大きな基地が第一目標だ。準備砲撃をある程度かけてからつっこむ。
ブリッツクリーク
 荒っぽいが、 電 撃 戦 は拙速を尊ぶ。そういうことだった。

 忽ち基地敷地内へと入り込み、歩兵を散開させる。既に空軍からの爆撃を浴び、しかも砲撃を浴びた敵に交戦意欲など無くすぐさま占領作戦は成功裏に終了した。

 このような光景が多数の個所で見受けられた。だが、当然全ての個所においてではない。







「大隊長、我々だけではいくらなんでも敵一個連隊との戦闘は無理です!」

 大隊情報参謀が悲鳴をあげるように大隊長に進言する。しかし大隊長はそれに頷くわけには行かなかった。

 彼らの目標である都市への道の上には敵一個連隊が居座っていた。いくら敵を混乱させても、優秀な部隊は適切な判断を下しうる。その実例だった。

「情報参謀、君が言うことは正しい。だが私たちは敵連隊の後方にあるあの都市を落とさねばならんのだ。もちろん援護は呼ぶ。それまで持ちこたえればいい。」

 大隊長は戦力差をさほど重要視しているようには見えなかった。何か、何か情報参謀の知らない手駒があるに違いなかった。

 彼の知る限りでは空軍機は周辺で暇なものはいないし、それは砲兵部隊についても同様だ。

 大隊長が自分に隠し事をしているのは納得がいかなかったが、もう既に命令は下されたのだ。ならば自分はそれを実行しなくてはならない。

 情報参謀は他の参謀たちと協力して一個連隊相手に壊滅しない作戦を練り始めた。

 30分後、大隊はかなり危機的な状況にはまり込んでいた。

 部下たちは良くやっていた。なるべく遠距離から遮蔽物に隠れて敵を攻撃し、通信不可能な状況においても行動によって指揮を下す敵各級指揮官をまず狙った。

 みな己の任務に忠実に、勇敢に戦いつづけたがもうそれも限界だった。

「大隊長、ここは一時撤退を!」

 大隊主席幕僚が撤退を進言したが大隊長は彼を呪殺せんばかりの目つきで睨んだだけだった。

「大隊長!」

 作戦参謀も主席参謀に加勢した。大隊首脳部に破滅的な不和が生じかけたその時、大隊本部が置かれていたカモフラージュテントの外から部下の叫び声が聞こえた。

「な、なんなんだ、あれは!」

 その驚愕と恐怖と畏怖を含んだ声を聞いて大隊長は無言で外に飛び出た。幕僚も後に続く。そして目にした。

 ・・・・・・・・・奇跡を。










「こちらEVA−01、第2機甲師団第3機械化歩兵連隊第1歩兵大隊ですね。後は任せてください。」

 機外拡声器に向かってそれだけ言うと、僕はスイッチを切った。

 大隊からの救援要請を受けて本部がここを敵の最重要抵抗拠点と判断し、僕がここに送られたのだ。

 確かに酷い状況だった。身を隠す物とてほとんど無い田んぼの真中でこちらは歩兵大隊、向こうはジャングルに隠れた恐らく機械化歩兵連隊、戦力差は圧倒的だった。

 今まで良く持った、と言っても良いだろう。こちら側は損耗率20%に達していた。

(全く無茶するよなあ・・・)

 そんな悠長な考えに浸っていられるのも、ATフィールドのお陰だった。

 上空から降下、着地と同時に敵最前線とこちらの前線との間に広域ATフィールドを展開したのだ。敵の攻撃は通さずこちらの攻撃は通す便利な壁を。

 あとはほっぽっといてもATフィールドさえ張っていればこちらの完勝は間違いないが、それでは僕が暇だ。

 歩兵大隊(のなれの果て)の皆さんも驚きのあまり固まってるし・・・ま、いきなり巨大ロボットもどきが空から降ってくれば驚いて当然だけどね。

 とりあえず味方の皆さんは無視して僕は攻撃を開始した。

 ここらへんには投げつけるのに丁度良いような大きさの岩があまりないので肉弾戦を選択。つまりATフィールドを張ったまま、敵に歩いていった。

 敵は恐慌に駆られて手当たり次第に武器を撃ってくるが全く効果が見られない。それをみて完全にパニック状態に陥った。

 敵は個人装備(ライフルなど)まで放り出して逃げ出す者、その場でこちらを拝み始める者などが続出。

 僕もちょっと翼を広げて飛んでみたり地面を殴ってちょっとした大きさのクレーターを作ったりしてそれを煽り、機外拡声器で投降を呼びかけた。

 敵は忽ちのうちに全員投降、継戦を主張して逃亡兵を2,3人射殺した指揮官が逆に殺されたりもしている。

 大は装甲車から小はナイフまで、敵の装備を全て一箇所に纏め上げると僕はそれを踏み潰した。

 ぶるぶる震えている敵を大隊の皆さんに預けると僕は次の場所へと飛び立った。戦場は沢山あるのだった。










 我々が目にした奇跡は紫色の鬼の姿をしていた。

 ショッキングな味方の新型兵器の登場に皆が呆然としている間に、あっさりと敵は降伏してしまった。

 しょうがないだろう、味方の私たちだって怖いのだ、アレが敵に回ったときのことを考えると恐怖に身が竦む。

「大隊長、アレはいったい・・・?」

 それでも情報担当幕僚である私の職業病か、大隊長にアレの正体について尋ねた。

 大隊長が震える口を開いて答えようとした時に大きな爆発音がする。何事かと音源の方を見るとアレが敵の装備を踏み潰した所だった。

 それからアレはこちらに歩いてくると再び呼びかけた。

「僕はこれから他所の戦闘支援に行かなくてはなりません。捕虜についてはお任せします。」

 どう考えても子供のような声がアレから聞こえ、大隊長が頷き返すと、それは大きな翼を広げて颯爽と空へ飛び立っていった。

「・・・大隊長?」

 思わず口をぽかんと開けて見送ってしまったが、それは皆同じことだった。それに気がついて大隊長を促す。

「あ、ああ。捕虜をなんとかしなければな・・・」

 未だ興奮覚めやらぬ態でそう呟くように答えると、大隊長は命令を下し始めた。

 十数分後、ある程度捕虜に関する問題を片付けると、私はまた大隊長にアレの正体について尋ねてみた。

 彼はようやく落ち着いたように見え、私たち興味津々の幕僚を相手にこう言ったのだった。

「あれこそは我々を未曾有の大勝利へと導いてくれる守護天使だ。」

 その時幕僚たちの心を過ぎったのは奇しくも一つの思考だった。

(天使ってゆーより悪魔って面だろ、あれは)







 結局徹底的な電子妨害を展開しつづけ、相手に状況を把握させず、一晩で軍及び政府以外ほぼ死傷者無しでカンボジアを制圧したのだった。

 そして短い休息・再配置の時間を置いては次の国へと襲い掛かり、なんと3ヵ月後には東南アジア諸国はほぼゼーレの手に落ちた。











 紛争当初、各国情報部は碌なアセットをゼーレ国内に持っていなかった。ありていに言えば、彼らにとってゼーレと言う国など存在しないも同然だったのである。

 ロシアのSVR、 GRU、 アメリカのCIA, DIA, NSA, NRO, INR、 イギリスのSIS、 フランスのDGSE、 ドイツのBND、 イスラエルのモサド、 日本の内閣情報調査室、 戦略自衛隊統合幕僚会議情報本部、 韓国のNIS、 台湾のNSB、 中国の国家安全部 ・・・・・・どこもかしこも皆途方にくれた。

 自然とどこの国も人工衛星や高高度偵察機等の SIGINT、 COMINT、 ELINT、 IMINT、 そして特殊部隊による力を用いた HUMINT が主な情報調達手段となる。











 地表から高度820Kmの上空でKH−12キーホール衛星の側面の小さな通気孔が開き、ヒドラジンのジェット・ガスを僅かに噴出した。

 この最後のささやかな修正によって、衛星の光学、赤外線カメラはカンボジアの首都プノンペン一帯を観測できる位置に収まった。

 KH−12は焦点距離の定まった二つのレンズのほかに一つのズームレンズを備えていた。それによって目標の映像をフィルムだけでなく、電子光学センサーに投影する。

 衛星に搭載されたコンピューターが映像をデジタルに変換し、中継衛星を経てその信号をワシントンD.C.にある国立写真判読センターに転送する。

 地上からの指示を受け、衛星のレンズ・カバーが外されてカメラが目標の全景を捕らえた。障害となる雲はなく、コンディションは絶好だった。

 そのカメラは始動してから11分37秒間、働きつづけた。

 そして11分38秒後、その機能を停止した。










 データがセンターに到着してから半時間後に映像は電子的に解析され、スパコンに通された。

 スパコンによって映像の画質はずば抜けて向上し、人間がカラーモニターで立体的に観察できるほどになった。

 立体画像を調べた後、写真判読員はモニターを消し、レーザープリントのカラー写真を一枚取り上げ、旧式の立体拡大鏡を用いて念入りに点検する。

(一体なんなんだ、このやられ方は。首都が壊滅状態じゃないか。これを一晩で・・・。重要拠点を狙い撃ち、しかも誤爆率・・・1%?!そんなにゼーレ空軍が優秀なんて・・・

 しかし、カンボジアの奴ら、一方的にやられてるな。ほとんど基地内から出てもいないじゃないか。よっぽどゼーレの連中はエリート揃い・・・)

 そこまで考えた彼はある物を見つけて、動きと思考を停止させた。

 首都郊外の交通結節点を占拠したゼーレ陸軍空挺部隊相手にカンボジア陸軍が逆襲をかけて完全に返り討ちにあったと思しき戦場を写した一枚の写真。

 考えてみれば軽装備の空挺部隊一個中隊がいくら弱小とはいえ戦車まで装備した歩兵大隊相手にそんなに圧勝できるわけが無い。

 そう思って彼がじっくり見つめた写真の中央付近には妙な壊れ方をしたカンボジアの戦車が写っていた。

(まるで上から巨大な圧力をかけたような・・・周りもなんだか窪んでいる・・・)

 暫くして彼はある一つの仮説を思いつくと、驚愕を顔に貼り付け慌てて上司の所に赴いた。

「部長、これを見てください!」

 正規の手続きを踏まずにいきなりそんなことを言う部下を怒鳴りつけようとするが彼の顔を見て思いとどまった部長は、写真を手に取った。

 判読員が赤丸をつけたところを見て目を見開いた後、写真判読員に向かって尋ねる。

「いったい何の冗談だ、これは?」

「冗談ではありません。」

 判読員は緊張に強張った口を開いて答えた。

「部長も今ご覧になったように、ゼーレには巨人がいるようです。」

 部長は部下も同じ解釈をしていた事を知り、再び写真に目を落とした。

「一体全体何が起こっているというんだ、あそこでは。」

 老練な彼をしてそう呟やかしめた写真には、巨大な足跡がくっきりと映っていた。





to be continued...







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