written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Ricordanza V



 冬月コウゾウ戦略自衛隊多国籍軍派遣部隊総司令(陸将補)。

 彼は京都大学理学部博士課程終了後、当時の陸上自衛隊に入隊するという、自衛隊内の一般大学出としても一、二を争う珍しい経歴の持ち主である。

 形而上生物学と言う聞きなれない分野を修めた彼は、戦場という極限状態において神という存在を確かめようとしたのである。

 幹部(他国で言う士官)教育課程を優秀な成績で終えた彼は、当時習志野に駐屯していた第一空挺団で一個中隊を任された。

 そんな時、日本国国会はカンボジアPKOへの自衛隊部隊派遣を決定したのだった。

 それは金しか出さなかった湾岸戦争の時の汚名を注ぎ、国際的発言力を増し、前例を作り、国連安保理常任理事国の席をモノにしようという外務省の思惑による物だったが、当然と言うかなんと言うか、アジア諸国の反発は大きかった。国内も同様だったが、平和目的と言うことで無理押しした。

 ちなみに、日本の歴代内閣の公式見解によると自衛隊とは軍隊ではないらしい。(戦車や戦闘機、戦闘用艦艇を持ち、ライフル担いだ人が沢山いる集団を軍隊と呼ぶと思うが・・・)

 それはともかく、自衛隊部隊派遣が正式に決定されたため、現地の状況を偵察すべく先遣部隊として冬月が所属する部隊を含む空挺団の一部がカンボジアへと極秘裏に出発した。

 秘密とされたのは、「平和目的」を強調したい外務省としては「非武装の施設部隊(こう言うとまるで土建屋のようだが要するに工兵の事である)が道を作りに行く」というような姿勢をアピールするのに、「一番乗りが落下傘部隊」では外聞が悪いとごねた為である。

 そのような事情に釈然としない物を感じつつカンボジアに到着した冬月が目にしたのは、事前の説明とは全く異なる地獄のような状況だった。

 言葉通りの地雷の海、カンボジア国軍への援助として与えられたばかりの武器が横流しで並ぶ闇市場、迂闊に歩けばブッシュから銃弾が飛んでくる・・・

 冬月達幹部は本国へ「時期早尚、未だ戦闘継続中」と報告した。

 だが、「万能にして無謬なる」日本国外務省は一度やると言ったことは曲げないので、彼らの報告を無視して施設部隊を送り出した。

 しかも韓国などへ配慮して自動小銃などの個人装備は後方で纏めて管理すると言う方針だった。

 つまり襲撃されたら身を守る手段とて無くその場で死ね、と言っているに等しい。

 冬月はこのあまりに酷い命令に激昂し、上官である大隊長のところにねじ込んだ。彼と同じく不機嫌そうな大隊長は、

「彼らの護衛を存在しないはずの俺たちがやればいいのさ」と言って冬月を宥めた。それを聞いて一旦冬月は引き下がった。

 その数日後、恐れていたことが現実となり、施設部隊がポルポト派ゲリラに襲われた。

 冬月は初の実戦だったが見事に中隊を指揮し、鮮やかに敵を撃退した。だが、不幸にも彼の部下の何人かが戦闘行動中に地雷を踏み殉職したのである。

 彼は深い悲しみを覚えた。下らない外務省の面子のためだけの戦闘で死ぬなんて・・・と。

 だが、そんな彼の心を更に踏みにじるような方針が本国で決定された。

「PKOに向けた国民の機運を損なう恐れがあるのでこの件については口外することを禁ずる」、それが本国からの命令だった。

 彼の部下の死は報道すらされず、遺族にも訓練中の事故とのみ伝えられた。冬月はこれで完全に愛想をつかしてしまった。

 彼は起こらなかった戦闘で勇敢に戦ったことで一尉から三佐に昇進したが、暗く冷笑しただけだった。

 そして帰国するなり予備役編入を申し出て、母校京大で教鞭をとったのである。(この時、ゲンドウやユイを指導した)

 しかし冬月が望みどおり研究に人生を捧げる事は出来なかった。

余談だが、西暦二千年四月一日より施行された法令により、全日本人は姓を漢字、名をカタカナで登録される事になった。
これは時の政権が21世紀に向けたミレニアムプロジェクトとして打ち出したもので、当て字により難読な名前が増えてきた事に対する対策でもあった。
もちろん事が(脳天気な首相の思惑とは異なり)そうすんなり運んだわけではなく、特に人口の7割を占める40台以上の人はこれに猛反発。
名のカタカナ化によって巨大な需要(名刺の印刷など)が見込める印刷業界や製紙業界、名簿業者、SEなどデータベース管理職が猛烈にプッシュ。
文部省や神道系宗教団体なども絡み、かなり陰湿な戦いが繰り広げられ、最終的には何人かの「自殺者」まで出したが
都市部浮動票の取り込みを狙った政権党のごり押しによって遂に成立したのだった。
 2005年、三自衛隊は統合されて戦略自衛隊となり、防衛庁は防衛省へと格上げされた(官僚は憲法改定、国防省、国防軍を目指しているが当分実現しないだろう)。

 若年人口減少に伴い、不人気業種ダントツトップである自衛隊は、存続の危機に瀕するほど人手不足に悩んでおり、予備役再召集を決定、冬月もいやいや古巣に戻った。

 彼はすぐにも退官しようと考えていたが、かつての同僚たちに説得され、致命的な若者不足を解決すべく結成された外人部隊を率いることになった。

 そして世界中いたるところへとPKF任務で派遣され、戦自で最も豊富な実戦経験を持つ指揮官として今回の総司令職就任と相成ったわけである。

 彼は柔らかい人当たりと部下思いの性格、そして数多の実戦を生き残った強運の持ち主として部下に慕われていた。

 彼を好ましく思っていない官僚たちも、いくら文民統制とはいえ、制服組の意向を無視できなかったのだ。

 そんな冬月は海上部隊の司令と打ち合わせをしつつも頭をひねっていたのは、いかにして部下を全員無事に連れ戻すか、である。

 今回は現在の彼の原点とも言うべきカンボジア(及びその他)の平和回復が目的である。

 冬月は部下の安全のためなら他国軍をすり潰しても良い、そのための権力も自分にはある、と暗い思考を巡らしていたのであった。











 思わしくない空海軍の攻撃の結果を受けて、冬月達多国籍軍地上軍主力部隊はカンボジアへ上陸していた。

 経空攻撃がほぼ100%、あの化物によって防がれているので空挺部隊の先遣は中止されており、予め上陸予定地点をミサイルと艦砲によって掃討してからである。

 ゼーレ側地上軍は、あまりに急激に拡大された領土を防衛するには絶対的に戦力が足りず、港に居た部隊を除いて付近には見当たらなかった。

 しかしそんな中、冬月はじっくりと腰を据えてかかり、中々進撃を開始しなかった。

 ゼーレ側潜水艦の活躍によりあまり思わしくない補給状況を盾にとってゆっくりとしか進まない。

 冬月は数多のPKFに参加した長い経験――「海外ドサ回り」で培った伝手から得た情報で化物の能力をかなり正確に把握しており、部隊を分散配置して襲撃を警戒していた。

 ゼーレ側はこれを見て部隊の戦意は極めて低いと判断し、陸軍及び空軍による襲撃を行った。

 所がこれは意外な反撃を食らった。冬月率いる多国籍軍主力たる戦略自衛隊の得意分野だったのだ、拠点防衛は。

 徹底的にアウトレンジから迎撃し、敵が押せば引き、引けば押す、場合によっては限定的攻勢にまで出て敵を叩く、だが叩きのめしはしない。

 辛うじて勝ったように見せることでゼーレ側部隊に援軍たる化物を呼ばせないためだった。

 そんな戦闘指揮の最中、冬月の個人通信機から不意に女の声が流れ出た――それも日本語が。

『お久しぶりです、冬月先生。お元気ですか?』

「君は・・・」











 所で、ゼーレもいわゆる大量殺戮兵器による先の攻撃を受けて素知らぬ顔をしているつもりは無かった。

 START条約によって廃棄されたはずの旧ソ連邦、現ロシア共和国の核弾頭、それをゼーレは密かに入手していたのだ。

 さすがに開発されたばかりのN2弾頭は未だ先進国のみが所有しており闇市場にも流れていない。

 独自開発も恐らく可能だっただろうが、EVAにかまけていたゼーレにその暇は無かったのである。

 ゼーレはこの隠し玉を使う良い機会だと判断した。

 なんだか判らないEVAという戦力による攻撃は敵の恐怖を誘う。

 だが、核弾頭を用いた攻撃という誰にでも判る方法もまた示威活動として適切であることも真実である。

 いくら綺麗だかなんだか知らないが、核兵器の一種であるN2兵器で攻撃したのだ、相応の反撃は覚悟してもらおう、という訳だった。

 さすがにICBMまでは入手、開発していないし、爆撃機というオプションも考えられたが、運搬に一番信頼が置けるのはEVAの使用だった。

 そんなわけで今、アスカの目の前には核弾頭が鎮座ましましていた。











「核弾頭?!私にそんなものを撃てと言うの?」

 アスカは躊躇いを見せていた。それは確かに今までアスカはEVAに乗って沢山の人を殺してきた。

 だが対象は自分を攻撃してくる敵国軍人であったり、金権政治家や独裁者であり、あまり良心を痛めることも無かった。

 が、今回は核攻撃。

 主目標こそ多国籍軍艦隊だが海上での核爆発は周辺生態系に致命的なダメージを与え、しかも風向きによっては彼女が属する国の民が放射線を浴びることになる。

 そしてこの時期、風は陸上部隊の揚陸を終えて海岸から遠ざかっている艦隊の位置する南の沖合いから陸に向かって吹いていた。

(当初、揚陸作業前の艦隊を襲撃する案も出ていたが、あまりにも犠牲者数が多くなり外聞が悪いという理由で取りやめられた)

「駄々こねるんじゃないわよ、アスカ。抗命すると独房入りよ、チルドレンのあなたでも。」

「だからって、今の時期に核なんか落としたら放射能が・・・」

「そんなことも考えずに命令出すはず無いでしょ?大丈夫、国民に被害は出ないわ。さ、出撃よ。」

 ミサトの説明を受け、アスカはなお不満を残しながらも出撃に応じた。

 南の沖合いに向かって飛び、すぐに艦隊を発見する。軌道上にはゼーレの衛星しかないので、いくらでも偵察衛星を打ち上げられるのだ。

 世界中をカバーするのに足るだけの数の偵察衛星が軌道上に居り、そのデータはリアルタイムでEVAへも送られていた。

 空軍及び潜水艦の攻撃を警戒して見事な輪形陣を描いている多国籍海軍艦隊、その中心に居る戦略自衛隊航空護衛艦(空母)の直上に核爆弾を投下する。

 雨のように降り注ぐ迎撃ミサイルを全く気にすることなくATフィールドで弾きつつ、アスカはさっさと退避した。

 パラシュートを使って設定された速度で落下する弾頭はレーザー高度計によって200mの高度に達した時、そのシステムを作動させた。

 クリトロン・スイッチを利用して全ての高性能爆薬ブロックが同時に爆発し、中心点にあるプルトニウム239へと秒速18600mで集束。

 プルトニウムは何百万気圧もの力によって爆縮され、それと同時に大量の中性子が打ち込まれ、核分裂・連鎖反応が始まる。

 このときに放出される光速のγ線が途中の仕掛けによりプラズマとなって重水素化リチウムを襲い、恒星中心部さえも及ばない高圧力で叩く。

 それが起こすのは核融合と言う名の燃焼である。

 それもTNT爆薬換算で0.5メガトンの威力を持つ戦略核弾頭の、炎の華だった。

 広島で落とされた世界初の原爆は高高度で爆発したため、主な威力はより低圧な上空へと抜け、地上にはさほどの効果をもたらさなかった。

 (注:もちろん、広島市民がそう思ったわけではなく、アメリカが意図したほどの効果は、という意味である)

 ところが今回は海面付近で爆発が起こり、その威力は絶大な物があった。

 まずは付近の物が全て燃え、ついで衝撃波によって吹き飛ばされ、爆発によって一時的に低圧となった爆心地付近に猛烈な吹き返しが起こり、巨大なキノコ雲が発生した。

 海上には膨大な熱量によって海水が蒸発して発生する水蒸気による濃霧・ベースサージが生じる。

 そのベースサージが晴れた後に残されたのは傾いた船ばかりだった。

 直撃を受けても、空母は隔壁が多いので発泡スチロールのようなものであり、浮力が大きく轟沈とはなかなかいかない。

 だが今回は違った。弾頭威力が大きすぎたのだ。

 アイランドは打ち倒され、周囲にあるもの及び弾頭直下だった艦首から三分の一は全て蒸発し、甲板上にあったもの全ては吹き飛ばされ、甲板すら引き剥がされ、爆風・熱・放射線によって乗組員の大半が即死、手の付けられない火災が発生し・・・そして弾薬庫が誘爆した。沈没は一瞬だった。

 現代の輪形陣の半径とは長大であり(最外郭で20km近い)、護衛艦は物理的被害は大して受けていない。

 だが、艦隊が壊滅していることは誰もが認めるだろう。
E   M   P
 爆発によって生じた火花放電現象がもたらす 電磁波パルス によって半導体は全てがイカれて船は浮かぶ棺おけと化していた。

 一般的に懸念される放射線については、艦艇はかなりの防御力を持つが、さすがに大威力弾頭ゆえに人員はばたばたと死んでいた。







 海風に乗って運ばれる放射性物質は零号機と初号機が広域ATフィールドを張って現場まで飛び、中和した。

 これはレイが紛争前にテストした結果判ったことなのだが、ATフィールドを通過させると何故か放射性物質が中和されるからである。

 この攻撃によって今までゼーレ側の潜水艦や航空機、EVAによる襲撃に生き残ってきた艦船も全て葬り去られたのだった。

 これで多国籍軍にもゼーレの意思が伝わった、すなわち「黙ってやられるつもりは無い、目には目を、歯には歯を」である。











 帰ってきたアスカの顔は暗かった。出迎えるミサトを避けるように何も喋らずにシャワーを浴び、淡々とデブリーフィングを終えると自室に戻っていった。

 暫く一人になりたかった。

 今日、自分は70年ぶりに史上3回目の核攻撃を行った。

 それは見事なまでに成功に終わり、多国籍軍の艦隊を一つ丸ごと壊滅させた。

 核・・・

 今までだって化学兵器を使った攻撃などを行っているが、ここまで罪悪感に駆られた事は無かった。

 相手だって散々N2兵器を投げつけてきている。自分だけがこんなに思い煩う必要は無いはずだ。だけど・・・

プシューッ・・・

「アスカ、寝てるの?」

 シンジだった。扉を開いて入ってきたものの、電気のついていない部屋を見てアスカが既に寝ているものと思ったらしい。

「起きてるわよ。」

 アスカは気だるそうに答えた。

「アスカ・・・今日のこと、どう、思った?」

 シンジがいきなり核心をつく。アスカはシンジを睨んだ。

「最っ低、の気分よ、今。」

 そう吐き捨てる。シンジは小さく頷いた。

「僕も、だよ。この間、ミサトさんに励ましてもらったけど・・・けど・・・」

「・・・そうね。私もそう思うわ。」

 二人とも心に去来する思いは同じ。

((もう戦争、人殺しにはうんざりだ・・・))

 だが・・・

「アスカ、今日のニュース見た?」

「え、ううん。なんかやってた?」

「うん・・・BBCの企画なんだけどね、この国の人に今回の戦争をどう思ってるかについてインタビューしてたんだ。」

「それで?」

「それが・・・皆、嬉しそう、なんだ。」

「・・・嬉しそう?」

「そう。ほら、僕たち都市部ではほとんど戦闘して無いでしょ。だから死んだのは兵隊ばっかりなんだ。あとは政府職員とか官僚。」

「そう、ね。」

「それに最近の相手は多国籍軍、つまり西洋人と日本人だよね?」

「・・・そう、ね。」

 シンジの話の運びでアスカは大体先が見えた。

「ざまあ見ろ、って感じみたいなんだ。勿論遺族の人たちなんかは嘆き悲しんでるんだけど、無関係な人たちは・・・お祭りみたいな感じで捉えてるみたいだ。」

「なるほど、ね。まあ、確かに今まで偉そうにしてた奴らがばったばったとやられるんだからね・・・」

「勧善懲悪、みたいな感覚なのかな?」

「そうかもね。」

「この戦争って、なんなんだろ?」

「さあねぇ・・・一概に戦争は悪いもの、とは言えないわよね。技術レベルは上がるし、資本主義の原理から言っても・・・」

「うん。それに国家体制を選ぶべき国民が歓迎してるんだから・・・」

「それは判ってる! 判ってるけど、もう人殺しは・・・」

「・・・先にレイとも話したんだけど、レイも同じみたい。」

「そっか。そうよね。誰だって・・・」

「うん、だから何か考えていったほうが良いんじゃないかな、てね。」

「そうね、そうしましょ。」

 大分アスカが普段どおりになってきたのを見届けてシンジは就寝の挨拶をすると、部屋を出た。

 残されたアスカは再びベッドに寝転がりながら小さく呟いたのだった。

「ありがと、シンジ、レイ・・・」





to be continued...







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