written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



The Scientist



 急いで本部に帰還したレイとアスカは、上空に浮かぶ初号機を見て驚いた。

 当然だろう、自分たちには無い光翼を六枚も出しているのだ。

 だが、それも一瞬の事、すぐに二人はシンジに呼びかけた。

「シンジ!」『碇君!』

 そして初号機からの通信ウィンドウが開く。

『おかえり、二人とも。心配かけてごめん。それと、ありがとう』

 シンジはいつものように、にっこりと微笑んでいた。

 核弾頭ももう降って来ないようなので初号機もATフィールド展開を止め、三人揃ってケージに戻る。

 エントリープラグから出るとレイとアスカは初号機の元へ急いだ。

 そこではリツコがシンジを出迎えていた。

「お疲れ様、シンジ君。」

「いえ。こちらこそありがとうございました。リツコさん。リツコさんが治してくれたんですよね?」

「ふふっ、それは違うわ。葛城博士と母さんのアイディアでね、初号機に治してもらったのよ。」

「えっ・・・?」

 シンジは思わず呆然とした。

 気がついたときには初号機で空を飛んでいた。無限の力が湧き出てくるようだった。

 とにかく敵意ある物体が多数上空から襲ってくるのに気がつき、とりあえずATフィールドで防いでいたのだ。

 そうしながらつらつらと思い出してみると、自分は宇宙で何かにやられた気がする。

 それが何故か回復して戦闘中だったのだ。適格者主治医でもあるリツコに治してもらったと考えるのが当然だろう。

「それってどーゆーことよ、リツコ?!」

 そこでアスカとレイが話に割って入った。

 リツコも驚きもせず話を続ける。

「あら、あなたたち二人は話を聞いたんじゃなかったの? 修復した初号機とシンクロする事で正常な状態をフィードバックさせたのよ。」

「そ、そんなことが出来るんですか。」

 シンジは呆然とした。自分を傷つけたものが自分を癒してくれたのだ。驚きもする。

 驚きながらもシンジは一つの事実を思い出した。それは随分前から考えていた事が正しい事を証明する事実だ。

 シンジは口を開いた。

「リツコさん、あとでちょっと話があるんですけど・・・いいですか?」

 レイとアスカが不審そうにシンジを見るが、無視された。リツコはちょっと考えたが、すぐに頷いた。

「判ったわ。今日の夜、時間が取れると思うからその時連絡入れるわ。」

「ありがとうございます。じゃ、シャワー浴びてきます。二人も行かない?」

「え、あ、うん。」「ええ。」

 シンジはレイとアスカと共に立ち去り、リツコは暫くその後姿を眺めていた。

(あの感じだとフィードバックの話、って訳じゃなさそうね。残るは・・・アレ、か)

 ふぅ・・・

 リツコは溜息をついてから各EVAの点検作業に取り掛かった。











「さて、それで何なのかしら、話って。」

 リツコはコーヒーの入ったマグカップをシンジに渡しながらそう尋ねた。

 場所はリツコの私室である。

 シンジは短く礼を言ってコーヒーを受け取るとまずその香りを楽しんでから一口飲む。さすがコーヒー党で凝り性のリツコだけあってとても美味かった。

 リツコも同好の士の存在が嬉しいのか表情が柔らかい。やはり味が判っているのかすら定かではないミサトなどに飲ませるのとは大違いである。

「EVA、について、なんですけど・・・」

 ぽつり、とシンジが言った。

「ええ。」

 やっぱりね、と思いながらリツコは頷いて見せた。

「やっぱり初号機には母さんがいるんじゃないですか?」

 シンジはいきなり核心に切り込んだ。リツコ相手に言葉を弄するのは無駄だ。

「何故、そう思ったのかしら?」

 リツコは間接的にシンジの発言を認めながらそう尋ねた。

「最初にそう考えたのは適格者に選ばれた時です。」

 そう聞いてリツコの眉が微妙に上がる。まさか、その頃は確かこの子は12だったはず・・・

「12の子供がそんなことを考えるのは不思議ですか?」

 シンジは薄く微笑みながらそう言った。

「ええ、そうね。ちょっと解せないわね、その思考は。」
ブ ー ス テ ッ ド
「リツコさんはご存知だと思ってましたが・・・僕が 強化されている人間 だと。」

「あ・・・そうね。そうだったわ。」

 迂闊だった、とリツコは一瞬思った。適格者主治医である自分がそれを失念するとは。

「大分母さんには頭弄くられましたからね、相当なマセガキでしたよ。母親が死んだばっかりの12の子供を態々怪しげな兵器のパイロットにするなんて、と。」

「確かにそうね。あなたの推測は当っているわ。」

「そうですか。やっぱり。」

「ところで何故今回急にこんな話を?」

「あの時、綾波の『声』とアスカの声が聞こえて目覚めたんです。その後、急に母さんの存在を感じて・・・」

「そうしたらあの力を振るっていた、ということかしら?」

「ええ、そうです。」

 リツコは科学者としての興味をそそられた。しかし、ふと疑問を感じる。

「今までの話を聞いていると、あなたがユイさんのことを慕っている、というようには聞こえないのだけれど。」

「ええ、勿論。憎んでいる、とは言いませんが特別求めてはいませんよ。むしろ死んでくれてありがたいくらいですね。」

 それを聞いてリツコは再び考え込んでしまった。おかしい、シンクロ補助理論に明らかに反している。

「それにしても母親を人身御供にしてその子供をパイロットに、なんてよく考えつきましたね。そうすると弐号機にはキョウコさんが?」

「ええ、そうなるわね。」

「アスカはこの事を?」

「ええ。」

「そうですか・・・」

 二人はまた黙り込んだ。それぞれ自分の思考を突き詰めるために。

 リツコは考える。

(シンジ君はユイさんを求めていないのにも関わらずアスカと大差ないシンクロ率を誇っている。

 アスカはキョウコさんがいることを承知の上で強く求めているから、シンクロ補助理論どおり高シンクロ率を出しているのに。

 つまりこれはシンジ君かユイさんのどちらかがこの理論を超越している事になる。

 でもシンジ君にはレイ程のPK能力が無い事は判っている、だからこそユイさんを取り込ませたのだから。

 ということは・・・)

 シンジは考える。

(僕もアスカもEVAに母親を取り込まれている。だけど綾波には母親はいない。それは判っている。

 最初に綾波は選ばれた。何故? 何故わざわざ信用も置けない拾ってきた子供を、知識も経験も無い子供をパイロットに?

 僕たちが人と違う所があったからだ。そんなもの・・・PK能力しかない。

 じゃあ、僕、アスカと綾波の違いは・・・PK能力の強弱しかない。

 ということはPK能力の弱さを補うために母親を取り込ませた、ってことなのかな?

 だけど、リツコさん、僕が母親を慕っていないのがさも意外そうだったな。慕ってなければおかしい?

 確かにアスカはお母さんのことを求めているけれど・・・)

 ここでリツコがシンジに質問した。

「シンジ君、こう言ってはなんだけれど・・・ユイさんは執着心はある方だったかしら?」

 そう言われてシンジははっとした。シンジとリツコの思考速度の差は、事前に与えられた情報や今までの経験によるものだ。

(そう、アスカはお母さんを求めているけれど僕は求めていない。でも二人にそれほどの差はない。

 じゃあ、おかしいのは取り込まれた母さん、ってことか・・・)

「多分、そうなんでしょうね。はっきりとは憶えてませんが。」

「やっぱりね。」

(ユイさんの息子への執念がEVAへの支配力を増している、か。凄まじいわね。

 それにどうやらこの様子だとシンジ君も、もう粗方シンクロ補助理論には気がついているんでしょうね。

 全く、悲しくなるほどこういうことには頭の回る子ね・・・)

 思わずリツコはシンジを哀れむように見てしまった。

 シンジは俯いてなにやら考えていたが、ふぅっ、と溜息をつくと勢いをつけて立ち上がった。

「それじゃ、リツコさん、お手数かけて申し訳ありませんでした。」

「いいえ、私にとってもこの話し合いは無駄ではなかったわ。」

「そうみたいですね。」

 そういってシンジは微かに笑うと、リツコの部屋を出て行った。

 残されたリツコの顔色は優れているとは言えなかった。











 適格者たちは今日も今日とて戦闘(という名の虐殺)から帰還し、疲れきった表情でシャワーを浴び、私服に着替え、デブリーフィングに提出する定型書類を書いていた。

「ふーっ、終わったぁ!」

 アスカがわざとらしく大きな声を上げる。

 訝しく思ったレイとシンジはアスカにちらりと目をやる。すると彼女の手元に何か見えた。

 シンジがもっと良く見ようとするとレイの『声』が飛んできた。

『ダメ、碇君・・・』

『え・・・?』

『彼女は監視カメラにも盗聴器にも悟られずに私たちに連絡したかったらしいわ。』

 言われてみると、確かにアスカは自分の体で監視カメラから何か書かれた紙片を隠していた。

『なんて書いてあったか判ったの?』

『適当に話をあわせろ、って。』

 レイとシンジの無言の会話が終わるのを見計らったようにアスカは声をかけた。

「ところでさ、この前言ってたあたしの部屋の模様替えを今日やるから二人とも手伝って。」

 口調は軽いものの、その目は真剣そのもののアスカ。

「うん、判った。」

コクン・・・

 シンジとレイも素直に同意した。





「さ、天井はあたしがやるからあんたたちはあっちの壁ね。」

 報告が終わり、三人がアスカの部屋に集まると、アスカは本当に天井にペンキを塗り始めた。

 シンジはそれが口実だろうと思っていたので不満だったが、彼女の目は真剣なままだし、レイも何も言わずに動き始めた。

 きっと何か理由があるんだろう、そう考え、彼も手伝い始めた。

 さして広い部屋でもないので割とすぐにペンキを塗り終わり、新しい壁紙も張り終わる。

 アスカはステレオの電源を入れ、ジャーマンメタルのCDを大き目のボリュームでかける。すっと立ち上がるとドアの前に小さな機械を置いた。

 それは低周波マッサージ器だった。電源を入れ、振動を「波」にするとドアに触れるようにして、席に戻った。

「ふぅ、これで目と耳はなんとかなったでしょ。」

「・・・ええ。」

 アスカとレイのそれでも小さい声での会話を聞いてシンジはやっと今までの作業の理由がわかった。

 天井にペンキを塗り壁紙を張りなおしたのは埋め込まれた監視カメラを塞ぐため、そして音楽はもちろん盗聴器から逃れるため。

 低周波マッサージ器は、人の会話によるドアの振動を拾うレーザー方式の盗聴器を防ぐためだったのだ。

「・・・で、アスカ。どんな大事な話なの?」

 シンジはさっそく本題に取り掛かった。

 偶然のような振りをしても適格者が三人とも監視の目の届かない所にいようものならすぐに何かしら理由を付けて三人とも呼び出され、また機械が設置されるだろう。

 アスカも同様に考えていたのか些か早口で喋り始める。しかも用心に用心を重ねて声を落として、だ。

「現状をまず纏めておくわよ。

 あたしたちはもう戦いたくない。

 ネルフ、ひいてはゼーレはそれでは困る。

 だけどあたしたちはどうしても嫌だからもう人質取って脅迫されても協力はしない。

 ここまではいい?」

 アスカの問い掛けに真剣に頷くシンジとレイ。

「じゃあ、ここで問題なのはゼーレはそれに対してどういう行動に出るか、ね。

 あたしたちを戦わせたいあいつらは、あたしたちを拷問とか、とにかく肉体的な脅迫は出来ないわよね。」

「うん、怪我してたら戦えないからね。」

 シンジも相槌を打つ。

「そう。ということは・・・精神的に攻撃してくるでしょ。」

「・・・それって・・・」

 レイは話の先が読めて呟いた。

「そうね、洗脳、しかないわ。」

 暫く三人の間に沈黙が下りる。そしてシンジが重い口を開いた。

「僕たちが無理矢理洗脳されたとしてEVAを動かせるのかな?」

「さあ? でも三人居るんだからとりあえず誰かを使って試してみるのも悪くない、あいつらはそう思うんじゃない?」

 レイがすっと顔を上げた。

「そんなこと・・・させないわ。」

 強い意志をもって宣言する。しかしアスカは鼻で笑う。

「フン、どうすんのよ? 食事用意するのは向こう、睡眠薬でも混ぜられて三人ばらばらにされたら? 雁首そろえて討ち死にするの?」

「アスカ・・・」

 シンジが宥めに入る。だが、アスカは続けた。

「受身に入っちゃダメなのよ。あいつらの方が何枚も上手だわ。こっちはよっぽど意表をつかないと勝てない。」

「逃げ出す、とか?」

「そうね、それも一手。だけどあたしの好みじゃないな。あたしなら反乱をおこす、って感じね。」

「・・・反乱?」

 先程アスカに手厳しく言い負かされて唇をかんでいたレイが不思議そうに尋ねた。

「ええ。とりあえず奴らの言いなりになる振りをして、EVAに乗るまで待つのよ。あとはあいつらを叩き潰せば良いだけ。簡単でしょ?」

プシュ

 突然ドアが開いた。

「何やってるの、あなたたち!」

 響く叱咤。驚いて振り向く三人。彼らの視界に入ってきたのは・・・

「リツコ?!」

(やばい! よりによってリツコとは・・・とにかく知らぬ存ぜぬで惚け通して、ダメなら殺るしか無いわね。)

 アスカは一瞬で覚悟を決めた。そっとシンジやレイを伺うとどうやら彼らも同じような考えらしい。

「どうしたんですか、リツコさん?」

 シンジが平然と聞き返す。実は結構悪人かもしれない。アスカもその尻馬に乗った。

「そうよ、もう実験も訓練も戦闘も今日は無いでしょ? プライベートな時間ぐらい尊重してよね。」

 大きい態度で出てみる(もっとも元々態度はでかいという話もある)アスカ。

「ちょっと三人に話があるの。一緒にきてくれる?」

 質問の形を取った命令。リツコの声も鋼のように冷たい。

 ここで逆らってはまずい、ということで三人とも不承不承ながらリツコに従った。





 結構長いこと歩き、やがて何の変哲も無い一室の前で立ち止まる。

「ここよ。」

 簡略にそれだけ告げるとリツコは三人に先に入るように促した。

 三人に続いて部屋に入ったリツコは扉を閉じ、ロックを掛けるなり痛烈な言葉を子供たちにぶつけた。

「あなたたち、無用心すぎね。あんな子供だましの手段で監視を誤魔化せるはずないでしょ?」

「・・・やっぱり無理でしたか。」

 リツコの台詞に思わずシンジはがっくりして聞き返した。

「確かに壁、天井のカメラは潰されたし盗聴器もある程度は誤魔化していたけどね。ベッドの螺子の頭に偽装したカメラなんてあったのよ?」

「・・・」

 アスカは悔しそうな顔をする。

 映像が複数あれば読唇術などで会話は筒抜けだからだ。

「アスカ、あなた仮にもそっち方面の訓練受けたんでしょう? 甘く見すぎよ、あなたのお父上を。」

「もう判ったわよ!そこまで馬鹿にしなくたって良いでしょ!?

 ・・・で、どうするのよ? 私たちが反抗的な態度を示したからといって独房にでも放り込むわけ? EVAに乗らなくて良いなら大歓迎よ!」

 こくこくとレイとシンジも頷く。

「早とちりしないで、私はあなた達の味方よ。」

「・・・味方?」

 リツコの言葉に素早く疑義を挟むレイ。それにシンジも続く。

「僕たち適格者以外誰も信用できませんね。味方なんていませんよ。」

「そうよ、いっつも安全な本部から偉そうに命令だけ寄越すあんたたちなんて信用するわけないでしょ?!」

 シンジとアスカのきつい指摘に、思わずリツコは頬が引き攣った。一瞬でそれを押さえ込むと苦笑を浮かべる。

「そうね、あなたたちがそう考えるのは理解できるわ。じゃあ、こう考えなさい。利害が一致する利用可能な協力者、と。」

「ちょっとリツコ、あんたそんなこと堂々と言っていいわけ?この部屋の監視は・・・?」

「ふふっ、そこらへんは抜かりは無いわ。私はMAGIの管理者なのよ?」

 監視プログラムに手を加えたことをほのめかす。納得したアスカ達を見て話を先に進める。

「あなたたちがEVAに乗りたくないのは判ったわ。でもあなたたちが逆らおうものならすぐにでも洗脳される、そういうことね?」

「ええ。で、リツコはどうして?」

「私はここに連れて来られて研究を続けてきたけど、どうみたってゼーレはもう死に体。私はまだ死にたくないわ。

 ゼーレと共倒れするつもりはないし、もしゼーレが勝利したとしても私たちはゼーレの幹部の顔や色々な情報を知っているのよ?一生自由にはなれないわ。」

「私『たち』ってことははつまりリツコさん以外にもそう思ってる人が沢山いるってことですか?」

「冴えてるじゃない、シンジ君。そう、その通り。そして私たちはある程度渡りをつけてるのよ、外部と。」





 その後、数回に渡って深夜、シンジ達とリツコその他の人々の間で密かに話し合いの場が設けられた。





to be continued...







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