written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Feux follets



 三人とも上の空だとは思いもしないリツコがやがてシンジをつれて検査に向かって自然解散になった後。

 別室でアスカはロバートに噛み付いていた。

「パパ! いったいどういうことなの、あれは?!」

「まあまあ、アスカ、何をそんなに怒っているんだ?」

「なんであの馬鹿シンジが適格者なのかって聞いてるのよ!!」

「ん、アスカは彼の事を知ってるのか?」

「あいつは小さい頃からあたしの下僕よ。」










 さて、アスカが何故あの日でシンジと遊ぶのをやめたのか?

 それを知るには更にその前夜、惣流家に割り当てられた居住スペースで起こったことを知らなければならない。





 その晩、珍しくアスカパパことロバート・ラングレーは在宅していた。とかく女遊びに付いて噂されることの多い彼が家で夕食を取るとは実に珍しかった。

 噂については彼の妻にしてアスカの母たる惣流・キョウコ・ツェッペリンもよく知っていたし、おかげで夫婦仲は少々冷戦状態にある。

 だが、完全に冷え切ってはいないところがロバートの面目躍如たる所であろう。

 彼は彼なりに妻を愛していた、それだけは間違いない。ただ妻だけを愛していないということ。彼は恋多い人だった。

 さて、そんな彼が何故にその日は自宅で夕食を取っていたのか? それはその日彼は昇進してご機嫌だったからである。

 彼は女好きというだけではなく有能であり、仕事に対しても熱心でしかも非常に上昇志向が強かった。

 それはかつて彼がラオスに来ることになったことが原因でもある。

 彼はヨーロッパにおける没落貴族の一員だったのだが、半分日本人のキョウコと結婚したのでプライドばかり高い一族によって勘当同然にこの地へ追いやられたのである。

 当時、ロバートの立場は弱く、これに逆らえなかった。当然キョウコも共にきたのだが、さすがにキョウコもこれを喜んでいなかった。

 彼女は結構名の売れたピアニストだったのだが、やはり東南アジアの辺境にいてはコンサートも無理、専業主婦になるしかなかったからである。

 ロバートの父は奔放な母がアメリカに旅行に行った時に捕まって養子に入ったらしいのだが、今回ロバートは姓を捨て、父の姓であるラングレーを名乗る事にした。

 この経験によって彼の脳裏には強烈に弱肉強食、力無き者には発言権すら与えられない、と焼き付けられたのである。

 失意のどん底でこの国にやってきた彼は一族の末端に位置する零細企業の役員だったが、現地犯罪組織に誼を通じ、意外な才能によって立場を強くしていった。

 その才能とは諜報・防諜分野における物であった。

 スパイ摘発、二重スパイの勧誘、対抗組織の構成員の弱みを握ってスパイをさせる等々、割と陰湿な面の多いこの仕事が彼には何故か合っていた。

 犯罪組織においてどんどんのし上がっていった彼はやがてキールと出会い、力こそ全てであると言う共通理念の元ゼーレにおいて活躍。

 この日、ゲヒルンの保安部副部長に昇進したのである。

 彼の構想ではこの後部長になり、それから諜報部へと横滑りして保安部・諜報部両者において確固たる地位を築く予定だった。

 その構想の実現へと一歩近付いたこの日、彼は家族でこれを祝うべく自宅で夕食を取っていたのである。

 そしてこれが偶然にも彼の将来設計に大いに関係してくるのだった。





「ほーら、アスカ。今日はお土産があるぞ。」

「わあ、パパ、ありがとう!開けてみていい?」

「もちろんさ。」

 今まであまり父親のことが好きではなかったアスカだが、この日はあっさり物でつられていた。彼女もまだ子供だった。

「わあ、猿のぬいぐるみ!ありがとう、パパ。」

「ああ。アスカが喜んでくれて嬉しいよ。」

 そう穏やかに答えて微笑ましそうにアスカを見つめるロバートにキョウコがそっと声を掛けた。

「あなた、今日はありがとう。あんなに嬉しそうなアスカは久しぶりに見たわ。」

「ああ、キョウコ。君には色々と苦労をかけて悪いと思っているよ・・・」

 軽くキスを交わす二人。そしてロバートは紙巻を一本口にくわえた。火をつけようとした所でアスカがそれに気がついてロバートに近付いた。

「パパ、あたしがつけて上げる!」

「おお、それはありがとう、アスカ。」

 そう言ってアスカにジッポライターを手渡した。アスカがそれで火をつけようとするがなかなか付かない。

シュッ・・・シュッ・・・シュッ・・・

 それを見てようやくロバートは昼間でオイルが切れていたことを思い出し、アスカを慰めようとした。

「アスカ・・・」

 そう言って彼女に手を伸ばした時、泣きそうな顔をしていたアスカが顔を真っ赤にして声を上げた。

「くっ・・・このぉ!」

シュッ・・・ゴオオオォォォッ!

 突如としてアスカが握り締めていたジッポから火柱が立ち上った。それも天井に届くかと思われるような大きさで。

「はい、やっとついたよ、パパ!」

「あ、ああ。ありがとう、アスカ。」

 嬉しそうに火柱の立ち上るジッポを見せるアスカ。ロバートは少々腰が引けながらもそれに顔を近づけタバコに火をつけた。

 そしてアスカからジッポを返してもらいそれをしげしげと眺めた。

「・・・あ、あなた・・・」

 顔を青ざめさせたキョウコに向かって頷いてみせると火をつけてみる。

シュッ・・・シュッ・・・シュッ・・・

 つかない。キョウコにも試させてみた。やはりつかない。

 二人で顔を見合わせ、同時にアスカを見つめる。それしかない。オイルの切れたジッポからあんな火柱が立つわけが無い。

 ということは、どんなに理不尽に見えようと、あの火柱はアスカが起こしたのだ。二人の脳裏にパイロキネシスという言葉が浮かんだ。

 もう一回二人は顔を見合わせ、揃って頷くとキョウコは戸棚から蝋燭を取り出し、ロバートがアスカに声をかけた。

「アスカ?」

 猿のぬいぐるみで遊んでいたアスカがぱっと顔を上げる。

「何?パパ。」

「さっきみたいにこの蝋燭に火をつけてみてくれないか?今度はライターを使わないで。」

 それを聞いたアスカが吃驚する。

「えっ?パパ、どうしてあたしの秘密知ってるの?誰にも教えたこと無いのに。」

 本当は一人の少年が知っているがそれは秘密だ。

 そんなことは知るはずも無いロバートは思わず満足げに微笑みながらアスカに言った。

「パパは何でも知ることがお仕事だからね。やってみてくれるかい?」

「うん!いいよ、パパ。」

 アスカは自分のことが認められて嬉しそうに頷くと、キョウコが床においた蝋燭に集中した。

 しばらく集中して顔が真っ赤になるほど頑張ると・・・

ボッ・・・

 蝋燭に火が灯った。

「できた!どう、パパ、ママ?」

 にっこり笑って嬉しそうに自慢するアスカにロバートは微笑みながら答えた。

「凄いぞ、アスカ。」

 キョウコもすぐに同調する。

「アスカちゃん、凄いわ。」

「エヘヘ・・・」

 もうアスカは得意そうに「もっとあたしを誉めて!」状態だ。そこにロバートが声をかける。

「アスカ、これは誰も知らない秘密なのかい?」

「うん!」

 本当は一人知っているが、これは秘密なのだ。

「なあ、アスカ?」

「何? パパ。」

「実はな、これは凄い能力なんだ。アスカは特別神様に愛されているんだな。他にこんなことが出来る人は全然いないんだぞ?」

「本当?嬉しい!」

「ああ、本当だ。だけどな、まだアスカはこれが上手く出来ないだろう?」

「うん・・・一生懸命頑張らないと出来ない・・・」

「だからな、こっそり秘密の特訓してみないか?」

「秘密の特訓?」

 ロバートに巧妙に話を誘導され、アスカは密かに練習して一人だけこのことを知っているあの子に上手くなった所を見せて驚かす場面が、ぱあっと頭に浮かんだ。

「うん!やるやる!!」

「はは、そうか、アスカは賢いな。でもそれにはここから引っ越さないとならないな。誰にも秘密にな。」

「うん、秘密だね?」

 嬉しそうなアスカとは対照的に、ロバートが何を考えているのか大体判ってしまったキョウコは余り喜んではいなかった。





 こんなことがあったので、惣流家は誰にも知られず(とアスカは思っていた)引越しをすることになった。

 まあ、引越しといってもあくまで地下基地、通称ジオフロントの中での事なのだが・・・

 そしてアスカは発火能力の訓練、そしてロバートの密かな思惑に従って色々な事を学んでいったのである。










「なるほど、あの頃一緒に遊んでいた男の子か。」

「一緒に遊んであげてたのよ。」

「ふふ、そうか。それで、アスカは何が不満なんだい?」

「あの馬鹿がパイロットになる事よ。パパが言ったんじゃない、パイロットには選ばれたもののみがなるって。」

「ああ、そうだよ。だからアスカが選ばれたんじゃないか。」

「だから納得がいかないのよ。私は今まで一生懸命努力してきた。なのにあんな今までぼんやり生きてきたようなのと同列に扱われるなんて。」

 アスカは彼女の言う通り、大変努力家だった。

 父が課す些か年齢にそぐわないような諜報関係の知識などを一生懸命身につけてきた。

 そしてそれと同時に彼女の精神は些か歪んでしまったのである。高飛車とか高慢ちきとか一般に評されるような性格に。

「そうだね。確かにアスカは今まで頑張ってきた。だからアスカはこれから彼を導いて上げないといけない。それが上に立つものの役目だからね。」

 アスカをそのような方向に育て上げた父・ロバートは娘の扱いにも習熟しており、今回も上手くアスカを持ち上げつつ宥めた。

 ロバートは当初、その発火能力を見込んでアスカをアサシン(暗殺者)に育て上げようと思っていた。

 ところが数年後、この方針は大きく変換する事となる。EVAとのシンクロ理論の解明のおかげで。

 これによって自分の娘が世界でたった三体しかないEVAの貴重なパイロットになる資格を持っていることを知ったのだった。

 使える暗殺者より、EVAパイロットの方が明らかに自分の立場の強化に繋がる。

 そう読んだロバートはそれ以来アスカの教育を軍事教練をメインにシフトしたのであった。

「・・・しょうがないわね。まあ、なんとかあの馬鹿も様になるようにして見せるわ。」

 アスカはそう言うと父と別れて、新たなる同僚達の元へと向かった。











 選ばれし子供たち三人はEVAの操縦訓練に励む事となった。

 ずっと前から乗っていたレイや、ある程度父から教えてもらっていたアスカはともかく、シンジは初めて見聞きする事に驚くばかりだった。

 まず最初に見せられたEVAの姿に驚き。

 ついでパイロットになることを承諾した事を早まったか、と後悔しながら初シンクロテストに臨んでいきなりLCL責めを受けて溺れかけ。

 何故か不愉快な気分になるがそれを我慢していた。

 アスカは何故か心地よく感じる一体感に機嫌よく、しかもシンクロ率が三人中トップである事を聞かされて更にご機嫌状態。

 二人(+つきあいでレイ)は一年ほど掛けてEVAとのシンクロに馴れ、もう一年は様々な事象に関しての実験を繰り返した。

 そして三年目には実践的な訓練に移った。

 格闘術や通信手順、状況判断や三人での連携などなど・・・





 ある日、三人はサバイバル訓練で本部周辺のジャングルに放り出された。一週間後のランデブーポイントのみを教えられて。

 当然貴重な適格者なので護衛が一個小隊ほど遠巻きに付いているが三人の命に支障が無い限り干渉はしない方針だった。

 三人でてくてくと目的地へと向かって歩いていく。なるべくジャングルに逆らわないように、仕方ない時にはマチェットで蔦や叢を切り払って。

 5日目ともなると三人ともかなりストレスが溜まってくる。

 特にアスカは最近EVAのシンクロテストでシンクロ率をシンジに抜かれて以来、気が短くなっていた。

 一緒にいる二人、シンジとレイは無口である。これはおしゃべり好きなアスカにとって結構苦痛であった。

 そして彼女がなんとなく気に食わない事に、シンジとレイは特に喋るわけでもないのに、ふとした仕草が非常に仲が良さそうだった。

(実はアスカが知らないだけで、二人は四六時中テレパシーで喋り捲っているのだ)

 何故かは判らないがそんな二人を見ると無性にイライラしてくる。

 それでも無闇にわめき散らすのも大人気ないので彼女は自ら水汲みを志願して一人キャンプ地を離れた。

 他の二人と一緒にいると、言ってはならない事まで口走りそうだったから。

 シンジは前夜、何故かアスカが首吊りになっている夢を見ていた。それが頭から離れず何故か不安でアスカの後を追った。

 折りしもスコールが降り始め、ジャングルの中は薄暗い。

 段々不安が募る一方のシンジは走り始め、遂に前方にアスカの姿を発見した時、彼女の頭上に不自然に揺れる太い蔦を見た。あれは・・・

「アスカ!」

 そう叫ぶと夢の意味を知ったシンジはアスカに駆け寄り、彼女を突き飛ばす。

「きゃ!」

 アスカがそう叫び声を上げて転ぶのと、

「ぐふっ!」

 シンジが苦しそうな呻き声を上げるのは同時だった。

「あんた一体なにすんの・・・よ。」

 アスカが立ち上がって怒鳴りかけるが振り向くとその言葉も尻すぼみとなってしまった。

 シンジが大蛇に絡みつかれている。つい先程まで自分が立っていたその場所で。自分を助けたのは明白だった。

「シンジ!」

 彼女は直ちに大蛇の頭を発火させて吹き飛ばすが、頭を失っても蛇はシンジの体を離さない。

「くっ・・・しょうがない。シンジ、行くわよ!」

 そう声を掛けるとアスカは腰のサバイバルナイフで蛇を切り払った。良く切れるだけあってシンジも多少怪我を負うが浅手だ。

 のた打ち回る蛇の死骸に見向きもせずにアスカはシンジの様子を見る。

「くそっ!」

 思わず罵声が漏れてしまう。シンジは両二の腕と肋骨を骨折していた。口から血を吐いている所を見ると内臓にも傷がついているかもしれない。

 これでは迂闊に動かすと折れた肋骨が内臓に突き刺さりかねない。だが、こんなところに放置するわけにも行かない。

 どうしようか判断に迷い、とりあえず護衛に連絡を取ろうと無線機に手を伸ばした所で後ろに急に気配が生じる。

 さっと振り向くと、そこにレイがテレポートしてきた。初めて見たその現象にアスカは驚きを隠せないが、レイは全くそんな事には頓着しない。

『碇君!』

 そう心の中で声を上げて、表面上は無口でシンジに駆け寄る。

 レイはシンジが上げた悲鳴と苦痛の呻き声を遠聴で聞くと己の取りうる最速の手段でここにやってきたのである。

 通常、テレポートは移動先を熟知していないと失敗するが、今回はシンジの心の声を道標にうまく跳ぶことができた。

「あ、肋骨を骨折してるから動かしちゃ・・・」

 アスカが注意しようとして言葉を途中で途切れさせた。息を呑む。

 レイが己の腕をシンジの腹に突き刺している。一目でシンジの状態を理解して心霊手術を施しているのだ。

 声を掛けようとするが、額にうっすらと汗を浮かべ口を一文字に結び真剣な目つきで、見るからに集中しているレイを邪魔できない。

 しばらく手をシンジの体内で蠢かしていたレイがやがて手を抜いた。

 色濃い疲労を顔に浮かべつつアスカに要請する。

「護衛を。」

「あ、え、ええ。」

 そしてあたふたと護衛に連絡を入れるアスカを尻目にレイはシンジに覆い被さるように横で寝てしまった。

 連絡を終えたアスカは眠る二人を見つめた。シンジはもうあまり苦しそうではない。どうやら危険な状態は抜け出したようだった。

(馬鹿シンジの癖に・・・何無理してんのよ。多分予知したんでしょうけど、あたしを助けてあんたが怪我してたら世話ないじゃない・・・

 それにファースト、テレポートに心霊手術・・・とんでもない能力ね。それがシンジのために必死になって・・・

 私は精々蛇を殺す事くらいしか出来なかったのに・・・・・・・・・パパから受けた訓練も何の役にも立たなかった。)

 アスカは思う、今まで三人の中で自分が一番優秀だと思いどこか二人を見下していた。

 だが自分はそのうちの一人に命を救われ、もう一人は自分が何も出来ないでいる間に人一人の命を救っている。

 きっと彼らは眼を覚ましたらいつものように言うのだろう、『だって仲間だから』と。

 14歳にしてやっと理解した、人の強さとは数値で推し量れるようなものではない、ということを。

 自分は知性と知識の違いすらわからぬ馬鹿者だったという事を。

 この二人が目を覚ましたらまずはしなければならない事が二つある。

 謝罪と礼。

 シンジとファー・・・レイにこの二つを述べ、それから色々と話そう。仲良くしよう。

 アスカは護衛が駆けつける間、そんなことを考えつづけていた。





 そしてシンジとレイが病院で目を覚ました翌朝。

「よーぅやく目を覚ましたわね、この寝惚すけ二人組みは。全くあんたたちはこのあたしがいないと何にも出来やしないんだから!」

(ああ、あたしの性格って・・・謝罪は? 礼は?・・・(涙))





 ちなみにシンジの怪我はレイのお陰で大した事も無く、一週間で完治した。

 その後、アスカが蟠りを捨てた事によって三人はかなり親密になっていったのだった。

 そして更に間を置いて、アスカは母と弐号機の関係を探り当て、完全に父を見限る事となる。





to be continued...







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