written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Paysage



 その男は久しぶりに家路についた。送迎のリムジンの中で報告書に目を通しながらタバコに火をつける。

―――――っ・・・

 思いっきり吸い込んで肺に入れてから、再び思いっきり吐き出す。そして顳を揉み解す。

(一週間ぶり、か。)

 前に帰宅したときのことを思い浮かべながらそんなことを考える。その顔は浮かない。

 男には妻と娘が一人いた。今、家にいるのは妻だけである。娘は一年前に家を飛び出していた。

 男は顔を合わせるたびにそのことについて彼を詰る妻にいい加減うんざりしており、そろそろ本気で離婚に付いて考えようと思った。

(もうあいつと結婚している場合のメリットよりデメリットのほうが大きいからな・・・)

 そんなことを考えた彼は、その自分の思考に思わず自嘲の笑みを浮かべる。

(実生活も数学のように解は一つで明快だったらよかったのだが。)

 ふと気が付いたらもう家はすぐそこだった。静かに停車するリムジン、男は運転手に礼を言って降り、玄関の鍵をあけた。

 インターホンを鳴らさないのは、出来る限り妻との接触時間を減らすため無意識でしていることだった。

 無言で靴を脱ぎ、自室に着替えに向かった彼はふと違和感を感じた。

 疑問をそのまま捨て置くことは職業柄嫌いなのでその場で立ち止まって考える。・・・・・・思い当たった、TVだ。

 妻がほとんど見る事が無いはずの、けたたましいお笑い系の番組の音がリヴィングルームから流れてくる。

(客、ではないな、玄関に見知らぬ靴は無かった。あの子が帰って来た訳でもない。すると・・・!

 世に言う浮気、間男と言う奴だろうか?何故か腹立たしいような気もするが、現場を掴めば離婚裁判はすんなり手間取らずに行くだろう。)

 願望と嫉妬が奇妙に入り混じった思考を終えると、忍足でリヴィングに近付く。ノブに手をかけ、静かに僅かに手前に引く・・・

ガチャッ

 後頭部に突きつけられる金属製の筒状と思われる物体、それと同時に響いた金属音からして、自分は危険な状態にあると判断した。

 つまり咄嗟には動きがたい(しかも自分はさほど運動神経が良い訳ではない)態勢で、後頭部に銃器(恐らくピストル)を押し付けられ、そのハンマーは起こされている。

 しかも自分は、いくら素人とはいえ、全く背後の気配に気がつかなかった。つまり相手は荒事に慣れたその道のプロ、なのだろう。

 自然、口をつぐみ、自分から両手をゆっくり上に上げ・・・ようとしたところで、両腕を掴まれ後ろで組み合わされ両親指を細いワイヤで結ばれた。

 無言のまま、懐、脇の下、首の後ろ、腰周り、足首などなど素早く的確にチェックされた後若干のゆとりを持って両足を結ばれた。

 相手がこちらの足元に屈むという反撃され易い態勢を取ったということはつまりこの男以外にもうひとり、自分の視界外で銃を構えて監視している男がいるのだろう。

 拘束することを考慮に入れたのか、完全なチェックはされなかった。金属探知、毛髪、口内、肛門、装身具、ベルト、服の裏地、靴の中敷や踵などのことだ。

 もっとも彼は特殊工作員でもなければスパイでもないので普段から武器などを持ち歩く習慣は無い。

 足を結ぶ縄はちょこちょこと歩くことは可能だが、バランスは取りにくく、また絶対に走ることは不可能な、なんとも微妙なゆとりだった。

 そしてドアを開け、リヴィングに入ると、同様に拘束されしかも口には猿轡を噛まされた妻と、二人の男がいた。

 一人は妻の後ろに立ってごついアーミーナイフを構えている。もう一人は壁を後ろに背負い、こちらを見ていた。

「こんばんわ、葛城タケシ博士。」

 そうにこやかに声を掛ける彼の瞳は気さくな表情とは異なって鋼の冷たさを帯びており、表情一つ変えることなく人を殺すだろう事は疑いようも無い。

「お邪魔してますよ。」

 世間話のように話しつづける彼の態度に葛城はいらだった。

「で、君たちは私に何をして欲しいのだ?」

 葛城タケシは若くして頭角をあらわし、学会で煙たがられながらもその才能で有名になっていった。

 それと反比例するように人付き合いは下手で、友人は少なく、コネも無く、才能の割には不遇な地位に甘んじていた。

 自分が現在行っている研究は誰かの興味を引くような物ではないと自覚している、つまり彼らは妻と言う人質を取っていることからしても、自分に何かさせたいのだろう。

 いつものごとく冷静な思考でかれはそこまで考えていた。

「さすがは葛城博士、話が早くて助かります。実はある国である物が発見されましてそれを調査していただきたいのです。

 期限は調査が終わるまで、報酬は現在の四倍出しましょう。有能な同僚にも恵まれ、研究環境は整っており、中々に興味深い研究材料ですが、いかがでしょう?」

「どうせ、選択肢はないのだろう。答えがわかっている質問は趣味が悪いぞ。」

「くっくっく、いや失礼。一応条件を提示しておかないと後々困るのでしてね。それでは行きましょうか。」

「おい、待ちたまえ、今すぐかね?せめて荷造りくらい・・・どうせ海外だろう?私はともかく妻は今パスポートが切れているはずだが・・・」

「ええ、今すぐです。入用な物がありましたら私たちがご用立てします。それと、パスポートは必要ありません。そう言うものだとご理解ください。」

「・・・わかった。だが、私が蒸発したら怪しむ奴が出てくるぞ?」

「ご心配なく。細工は隆々ですよ。」

 そんな台詞と共に、葛城夫妻と男たちは夜のしじまに消えていった・・・・・・










「何の倫理的制限も無く、資金的制限も無く研究してみたいとは思いませんか?」

「何を作らせるつもり?」

 後ろ手に縛られながらもタバコを要求し、火を付けた物を咥えさせてもらった女が尋ねた。態度は冷静そのものである。

「第七世代コンピューター、です。」

「ふん・・・娘が必要ね。あの子はその内使えるようになるわ。」

「ご安心下さい、リツコさんにもお迎えに上がっています。」

「ふ、中々手際がいいわね。言っておくけど、湯水のように資金を消費するわよ、覚悟しておきなさい。」

 論理的思考に長けた親子、赤木ナオコと赤木リツコもこうして消えていった・・・・・・










「どうあってもご協力いただけませんか?」

 どこもかしこも、上手く行くわけではない。誰もが収支表に従って行動するわけではない。失敗する可能性があるときは必ず失敗する。

 そんな誰かさんの法則が今宵ここでも証明されていた。

 深夜の自分の研究室にて縛られながらも倣岸な態度を崩さない痩せ型でひょろひょろと背の高い男−六分儀ゲンドウは頑なにオファーを拒否した。

 現在自分が行っている研究を邪魔されたくなかったのである。

「仕方ないですね・・・」

 そう言ってゲンドウの前でソファにゆったりと座った嫌に目の鋭い男が、懐から携帯電話を取り出した。ゲンドウの顔が微妙に動く。

「ああ、もしもし、六分儀さんのお宅ですか?ああ、奥さんですか。いえ、ご主人がなかなかご了承しない物であなたには死んで頂くことに・・・」

「・・・っ!・・・判った、何でもやろう。」

 男の台詞を聞いてゲンドウはきゅっと下唇をかみ締めると搾り出すようにこう言った。

「ああ、今ご理解いただけたようです。それでは。」

 男は携帯電話を懐に再びしまうと、勝ち誇った嘲笑を浮かべて言った。

「そうやっていれば、奥さんとお子さんは安全ですよ。」










 この頃から、徐々に各界最高峰と言われる科学者たちの失踪が噂された。

 だが、それらはあまり注意を払われなかった。事故や、病気による転地治療、突然の旅行など等、様々な理由がついていたためだ。

 彼らは些かどの分野であれ、才能がありすぎて敬遠されがちだったので、深い付き合いのある同僚など存在しなかったのだ。

 彼らは嫉妬され排斥され憧れられることに慣れた孤高の存在であった。










「こ、これは一体・・・?」

 なんとか一人が呟くことが出来た。その他の者たちは口も開けなかった。

 そこは科学者たちが連れて来られた小国のとある山の奥深くにある球状空間だった。

 この基地の存在隠蔽の為、多大な努力が払われた。必要な資材は沢山の企業に分散して発注し、全体像を把握させなかった。

 実際に工事に携わった者たち、これは大変な数に上ったが、組織は非情にも全員殺した。死人に口無し、いや、口はあっても喋れない、ということか。

 諸外国及び国内のスラムから二束三文で買い叩いてきた奴隷労働者ゆえ、組織に何のためらいも無かった。

 衛星による偵察を避けるため、どうしても地下に作る必要があったのだが、おかげで大量の排泄土砂が生じた。

 これには治水工事のため、というカバーストーリーをでっちあげ、実際に堤防工事など行ったため、国民の受けは良かった。

 そうして出来上がった地下空間に、隕石内部で見つかった巨大人型生体兵器を極秘に搬入した所を、今、科学者たちに見せたのである。

「あなた達にこれを解析してもらいたいのだ。」

 突然後ろからそう声をかけられ、振り向いた一同の視線の先にはバイザーのようなサングラスを掛けた老人がいた。

「ようこそゼーレへ、諸君。私が指揮を取るキール・ローレンツだ。」







Tasso, lamento e trionfo



 数年後・・・

「ローレンツ!一体君達はいつになったらあれを解明するんだね?!パイロットとして供出した優秀な兵士が全員死ぬか廃人になっているんだぞ!」

 国軍司令官はそう言ってキールに食って掛かっていた。











 あれから科学者たちは精力的な活動を始めていた。

 ある者は、あれの操縦方法の解明、ある者はあれの材料の解明、ある者はあれが動く時支援するコンピューターの開発・・・

 そんな中、一番重要で一番力が入れられている操縦方法の解明は遅々として進んでいなかった。

 とりあえず手当たり次第に人を乗せて試してみるほか無いので、非常に危険といえた。そしてそれは事実だった。

 最初、訳もわからず恐る恐るパイロットシートに乗り込んだ兵士は、ハッチを閉じた途端、奇妙な液体によって暗い閉所で水攻めに会い、発狂寸前で脱出した。

 早くも一時中断を余儀なくされ、研究チームはこの液体の調査を解析した。

 このオレンジ色をした血の臭いのする液体は、驚くべきことに非常に酸素含有率が高く、それを肺に取り入れれば直接呼吸が可能なようだった。

 これの実証試験台にはさすがに誰もなりたがらなかったが、刑務所にいた無期懲役囚を一人連れてきて無理矢理試験した。

 この謎の液体が詰まったタンクに閉じ込められた囚人は、その中で溺れると思ったが呼吸が出来ることに気付き非常に驚いた。

 しばらくしてタンクから出された囚人は徹底的に後遺症などを検査された。・・・つまりは解剖された。

 こうやってこの液体は段々解明されていった。

 あの巨大な兵器の首筋辺りに乗り込み、歩いたり飛んだり跳ねたりしたら、車酔いどころか荷重で潰れて死ぬと思われたがどうやらこの液体でパイロットを守るらしい。

 そこまで判明し、再びあの兵器の搭乗実験が再開された。

 いきなり死ぬことが無いと判り、パイロットとして訓練するために優秀な兵士が乗り込んだ。

 だが、狭い席に座り、謎の液体を肺に入れ、暫く待ったが何も起こらない。やはり何かしら機械的操作が必要なのだろう。

 順当に考えれば操縦者の安全を守る意味でこのパイロットシートが内部に収納されると思われる。

 ここで再び問題が発生した。機械的操作が必要、つまり、パイロットシートの周りにある装置を弄る必要があるのだ。

 下手にボタンを押したらとんでもない兵器が発射されて地球が滅びました、では洒落にもならない。

 だが結局、この問題については皆腹をくくった。どうしようもないのだ、手を拱いていても。

 色々とボタンを押してみる。一つ押すごとにかなりの精神的疲労が蓄積する。一人の心臓が弱い科学者など、倒れそうになったくらいだ。

 気の遠くなるような時間の後、一つのボタンに反応があった。皆、一様に息を潜めて結果を待った。

 それによって生じた結果は・・・パイロットシートが筒状の入れ物ごと脊髄の中に沈み、自動的に装甲が蓋をした。

 安堵の溜息をつきかけたとき、それが響き渡った。



 パイロット役の兵士に持たせた防水無線機、そこから聞こえる彼の断末魔の叫び声だった。

 慌てて彼を回収しようと試みる。なんとかパイロットシートを排出させるボタンを見つけた頃には彼の叫び声は止んでいた。

 ハッチを開いて助け出そうとした彼らが見たものは、完全に精神を壊され廃人となったパイロットであった。

 ここでまたもや、実験は中断された。

 やはり脊髄の中に入るようになっていた円筒状のパイロットシートをその機能からエントリープラグと呼ぶことに決定した。

 中で呼吸できる謎の液体は、暫定的に見た目からLight−orange Colored Liquid、略してLCLと呼ぶことにした。

 さて、問題のパイロットだが、調べてみたところで何も分かりはしなかったが、何やら過去の体験に基づく悪夢を見ているらしい。

 ここで疑問が湧きあがった、本当にアレは生体兵器なのだろうか?

 だが、あんな巨大な拷問器具が宇宙から3体も降ってくることもあるまい、と割り切り、彼が廃人となった他の原因を考えた。

 まさか、パイロットを選別する機能がアレには備わっているのだろうか?

 これは大いにありえた。敵に鹵獲された場合にも悪用されないように、登録されたパイロット以外は精神を破壊するのだ。

 しかし、それではアレのプログラムを解析しなければどうしようもない。

 そこで科学者たちは自分たちの懸念をキールに伝え、建造中の第七世代コンピューターが出来上がり、これのプログラムを解析するまで計画を一時中断するよう求めた。

 キールはこの報告を聞いて悩んだ。そして決断を下した。

「第七世代コンピューターの建造は急がせるが、こちらの計画も中断しない。そのかわり、諸君にはありとあらゆる種類の人間を与えよう。

 その者達はいくら死んでも構わん、とにかくアレとの適性について調べたまえ。」












 それからというもの、キールはゼーレ配下の犯罪組織を使ってありとあらゆる人間をひっ捕らえて来ては科学者たちに与えた。

 黒人、白人、黄色人種といったあらゆる人種、あらゆる言語体系に属する民族(使用言語によって開発される脳の部分が異なるため)、習得学問、老若男女、性経験、運動履歴、病歴、身体欠損者、遺伝子的な欠陥の持ち主達を様々な衣服、時間帯、天候や気温、湿度などの環境変数を弄って試験は続けられた。

 それら集められてきた者たちは、いつしか科学者たちがジオフロントと呼ぶようになった地下空間で、何も知らされずにあれに乗り、廃人となって出てきた。

 彼らに何が起こるか判っていながら乗せるしかない科学者たちは、それをさせる組織・ゼーレを大いに恨んでいた。

 また、こんな事実を知り、なおかつ組織名を知り、幹部の顔まで見せられた今、彼らがここを生きて出られる訳も無いことも承知していた。

 しかしそれと同時に彼らの知的好奇心が疼いていたのも確かである。彼らの手の及ばないところにいるあの物体、どうしてもその正体が知りたかった。

 いつしか彼らはあの生体兵器をExtra Virulent Artifacts(非常に敵意に満ちた人工物)、略してEVAと呼んでいた。

 その略称を知ったゼーレの幹部は、これをEvangelion(福音)だと解釈して喜んでそれを使い始めたらしい。

 話は脇にそれたが、キール・ローレンツはゼーレの中でこのEVAの研究部門であるゲヒルンを率いる男だった。

 彼は当然のように野心あふれる男で、世界中から人を攫ってくる間にも、軍から優秀な軍人を連れてきては実験に供していた。

 これは将来的に有望な人材を軍から排除し、彼が優位に立つための深謀遠慮だった。

 彼は暑苦しく迫る司令官に向かって涼しい顔で言い放った。

「新しい技術に犠牲は付き物です。あなた達のおかげで大分研究は進みましたよ。」

 そして、憤然と出て行く司令官を見送りながら彼は小さく呟いた。

「必ず解明して見せるさ。過程、手段はどうあれそれがこの国のためなのだ・・・絶対の力を手に入れることが。」





to be continued...







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