written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Ricordanza I



 彼、キール・ローレンツはヨーロッパ生まれ、とでもいえばいいのだろうか、俗に言うジプシー(ロマニー)だった。無論本名ではない。

 ヨーロッパでは故無く忌み嫌われる流浪の民、どこに行っても彼らは言われなき虐待を受けた。

 まともな職業につけるはずもなく、彼は子供の頃から人生裏街道まっしぐらだった。

 生きるためにスリを手始めとしたあらゆる犯罪に手を染め、拠点としていたドイツ中部ではなかなかの顔役になった。

 そんな時に起こったのが旧ユーゴスラビア地域の紛争である。

 ジプシーはインドからエジプトを経てヨーロッパにやって来たと思われるが、ヨーロッパでは旧ユーゴスラビア地域に最も多く住んでいる。

 その地で発生した民族紛争はジプシーにまでとばっちりが及んでおり、キールは紛争当初から多大な関心を持っていた。

 そして彼は米軍による爆撃、及び第二次大戦後初のドイツ連邦軍の海外派遣を見ることとなった。

 キールはドイツ人が嫌いだった。

 それは彼が東欧から移り住んだ地であるが、そこで受けた幼少時よりの差別が最も大きな原因である。それと共に父母から聞いたナチスドイツの所業も一役買っている。

 ナチスドイツは「偉大なアーリア人の血を汚す」として、ユダヤ人と共にジプシーも迫害した。一説によると50万人近くが殺されたと言う。

 キールの両親は辛うじてナチスドイツの魔の手を逃げることが出来たが、その恐怖は深く染み付いており、キールにもそれを伝えたのである。

 そしてキールは長じて裏社会で活躍する間も、ネオナチと激しい抗争を繰り広げていた。彼がドイツ人嫌いなのももっともと言えるだろう。

 そして今回、彼はアメリカ人も嫌いになった。

 態度はむやみに大きく尊大で、やたら口を出すくせに紛争解決に必要な物は提供しない。

 独善的に空爆を行い(しかも誤爆が多い)、ちょっと自国人に被害が出たらさっさと撤退する。

 これがキールが見たアメリカ人の姿である。一面の真実を突いていると言えなくも無い。

 そんなことが理由だったのだろうか、キール本人にも定かではないが、彼は手兵を率いてドイツにある米軍基地に襲撃を掛けたのである。

 襲撃、といっても別に自動小銃片手に突撃したわけでも、車に爆弾を満載して特攻したわけでもない。

 彼は限られた知識と設備で大きな成果が上げられる手段、すなわち生物兵器によるテロをしかけたのである。

 彼が用いたのは炭疽菌、空気中に胞子が撒かれたら広大な地域に広がり、かつ致死率は90%を超える。

 散布装置を仕掛けた所で衛兵に発見され、慌てて交戦しつつ撤退しながらキールは装置の蓋を爆破する起爆スイッチを押した。

 漏れ出た炭疽菌は米軍の手によって速やかに液体窒素などで処理され、キールが意図したほどは広まらなかったが、それでも基地人員の半分と周辺住民3000人の命を奪った。

 この(彼にとっての)一大快挙によって彼は国際手配され、彼は高飛びを余儀なくされた。そしてその行く先に彼が選んだのがインドだった。

 彼の民族的ルーツを探る旅とも言えよう。

 いくら彼でも陸路延々と旅する気は起こらないのでバルカン半島からマルタ島、キプロス島を経由してレバノンまで知り合いの密輸業者の船で行き、そこから飛行機を使った。

 当然もっとも信頼する中東航空の機である。この会社は暗闇の滑走路から飛び立ち燃える滑走路に降りると言う冗談半分の噂があるほどだ。

 ようやっとインドまで辿り着いた彼だが、どうも馴染めなかった。馴染めなかったのはヒンズー教の教えだ。キールはカーストという階級制度だけは認められなかった。

 そこで彼はもうちょっと足を伸ばすことにしてバングラデシュ、ミャンマーを経てラオスまで辿り着いた。

 旧知の元クメール・ルージュの人物の下に身を寄せたのだが、彼はすっかりこの地が気に入ってしまった。

 この国の人々は最初彼を見たとき、まず外国人だ、と警戒する。だが、彼らの母国語で流暢に話すキールは易々と彼らに溶け込むことが出来た。

 人種差別とは無縁なこの国の人々を彼は愛した。そして彼らの物質的に貧しい暮らしをより豊かにしてやりたいと思った。

 そこから彼は生まれ故郷においてやっていたことを拡大して始めた。

 まずは現地の犯罪組織に顔を利かせ、やがて彼らのトップへ上り詰めた。それから彼は麻薬、売春、人身売買等の効率を高め、世界最高の競争力を得た。

 これらは全て一年以内の話である。いかにキールがこの分野において優秀であったか判るであろう。

 それから彼はもう一歩話を推し進めた。彼は犯罪組織の長として当然軍や官僚、企業人にも知り合いが多く居た。(彼らの協力なくして犯罪事業は立ち行かない)

 その中から本当にこの国を愛している者を選り分け、ある一つの組織を設立したのである。その目的は一つ、ラオスを豊かにすることだった。

 物の豊かさとは本当の豊かさではない、という人が居るが、キールはそれを持てる者の奢った考えだと思っていた。

 所詮人間とは卑しい近視眼的な思考の持ち主であり、自分が腹が減っている時に何百年も未来の地球環境のことなど考えるはずが無いのだ、と。

 何をするのにも金は必要であり、犯罪とは効率の良い経済活動に他ならない。それがたまたま世間一般では悪と見なされるだけである。

 麻薬にせよ奴隷にせよ、キールの考えでは買い手が居るのが悪いのだった。需要がなければ供給は成り立たない。

 売り手が居るから買い手が居る、というのは詭弁であり、買わなければ自然に売り手も消滅する。

 このような彼なりに首尾一貫した思考の元、準備を進めた。クーデターの準備である。何故なら彼らが国を指導しなければなんら変わりようが無いからである。

 立場の弱い物は他者からの容喙を受け易い、必要な物は絶対的な力だった。どんな軍隊でも打ち破れるような力、それは経済力でも良かったし、圧倒的な軍事力でも良かった。

 そんな力を模索していた組織の中で、なんといっても犯罪組織の元締めであり、外国人でもあるキールは一歩引いた立場に居た。

 だが、隕石の落下とそれに伴うEVAの発見の報を聞き、それの持つ意味に気が付いてすぐそれの調査組織を結成し、自らがその指揮を取ったのであった。











「あの子は?」

 ある日、六分儀ゲンドウは昼休みにジオフロント出口付近でタバコを吹かしていた。

 そしてふと目に入った子供について尋ねる。

「ああ、聞いた話では近所の村に住む子供だそうだ。行商に来たんだろう。表情も変えず何も喋らない、可愛げの無い子供さ。

 先住民の孤児らしいが、あの容姿なもんだから村でも爪弾きにされてるらしくて、ああやって自分で食い扶持を稼いでいるらしいな。」

 そう答えたのは葛城タケシ、偏屈ぞろいの科学者集団の中においてもその最右派ともいうべき二人である。

 彼らは何故か、初見で相手を気に入ったようで、暇な時はよく一緒にいた。もっとも暇な時、なんてものはほとんど存在しないのだが。

「あの子も試して見ましょう。」

「何故?もう子供は男も女もアルビノだろうと試してみただろう。」

「ええ、でも中途半端なアルビノの子供、というのは初めてですよ。」

 お互い研究に命を掛けているといっても過言ではない人物たち、最早適性が無ければEVAに乗せたら廃人になる、と知っていても些かの躊躇も無い。

 あるのはただひたすら、謎を解き明かしたいと言う情念だけだった。

 現に、ゲンドウなどここに来てから数年立つが、その間片手で足るほどの回数しか息子の顔を見ていない。

 最も、これは妻のユイもほぼ同様で、組織側が用意した保育所にシンジは預けられっぱなしだった。

「中途半端?」

 訝しげに尋ねる葛城にゲンドウは説明した。

「髪にある程度の色素が残って青系の色になるのは良くあることですが、良く見てください。あの子は瞳孔が黒なんですよ。本来ならば赤のはずですが。」

「なるほど、確かにそうだな。」

 そう言うと二人は手近な護衛(という名の見張り)に声を掛けて、あとでその子を連れてくるように頼んだ。










「しかし拾われてきた嫌われっ子なんてのが、よく売り飛ばされなかった物だな。」

「それが、何やらあの子供、周りから畏れられてるらしいですよ。」

「何故?」

「さあ。ただ、このペド 天国の国で、あれだけ綺麗な顔した子がまだ処女ってのが信じられませんね。」

 当然、搭乗させる前に徹底的に検査されるので、その検査結果を見ながらのゲンドウの台詞である。

 身の上調査をしたところ、その少女−名前はレイとのみ名乗った-は幼い頃に両親を無くし、今の村に引き取られたらしい。

 しかしその特異な容姿から排斥された。これはある意味当然とも言える結果だが、ここからが普通と違った。

 通常、そのようなある意味鬼子は、売り飛ばされて売春や薬などに手を染めてダメになるケースが多いが、その子供は嫌われながらも売られることは無かった。

 何やら特別な力があるかのように、周りの村民から畏れられているのである。

「なんだ、超能力でもあるっていうのか?」

 葛城が冗談で言った。だが、ゲンドウはそれを聞いてはっとした。

「そういえば、超能力者なんてのは乗せてませんね。」

「おいおい、何を言い出すのかと思えば・・・超能力者を名乗る奴なんて大概が詐欺師なんだから、集めようが無いだろう。超能力自体は私は否定しないがね。」

「可能ならば、これからはそういう者も集めて欲しいですね。」

「確かに興味深い研究分野ではあるな。」

 その時、二人の後ろから若い助手が声を掛けた。

「新しい被験者の試験を開始します。」










 単に並び順から、一つ目が零号機、二つ目が初号機、四つ目が弐号機と仮称されていたそれらだが、実験はいつも零号機で行われた。

 理由は単純、それが最初に目に入ったから、である。最初期には他の二機も使用したが、結果は変わらなかったので、それ以後零号機を集中利用している。

 そして今、この4年、いや、5年目か、の長きに渡って何の反応も見せずひたすら被験者を殺しつづけてきた零号機がついに反応を見せていた。

 つまり、被験者であるレイは精神を壊されること無くシートに座りつづけ、彼女の周りには多くのホログラフ表示がなされ、零号機の目は妖しく光っていた。

 長年の苦労が報われて一斉に歓呼の声を上げても不思議は無いスタッフだったが、彼らは一様に押し黙っていた。

 それは連絡を受け、駆けつけてきたキールも同様だった。

らんっ・・・

 零号機の放つ眼光には凄まじい迫力があったのだ。

「ご苦労、とりあえず試験は終了、君はそこから出てきたまえ。」

 ゲンドウがレイに通信を入れた。若干の間を置いて、返答が来た。

「・・・どうやって?」

「ああ、君の右側斜め前にEJECTとラベルが貼ってあるボタンがあるだろう、それを押すんだ。」

 今更のようだが、パイロットにエントリープラグから出るための手段を教える。急に等身大のダイヤの塊よりも貴重となった彼女に対して、口調も柔らかくなっている。

 この機能が解明されたのは純粋に運からだった。精神崩壊し、狂ったとある被験者が手当たり次第に回りのボタンを押したことがあったのだ。

 その時はスタッフ一同真っ青になって外部からエントリープラグを排出しようとした物だが、彼らが目的を果たす前に被験者が触れたボタンにより排出されてきたのだ。

「さあて、これから忙しくなるな。」

 ようやく微笑を浮かべてゲンドウの肩を叩きながら、葛城はそう言った。

「ええ、彼女を徹底的に分析しなくては。」

 そう答えたゲンドウの唇も、良く知るものが見れば判る程度にだが、かすかに微笑を浮かべていた。

 そんな彼らの後ろにいたキールはもっと邪悪な笑みを浮かべていた。










 エントリープラグを排出して出てきたレイは、急に下にも置かないような待遇を受け困惑した(と言っても、表情は変わらない)。

 丁寧だが、嵐のような勢いで医務室に連れて行かれるとありとあらゆる身体及び精神的なデータを採取された。

 その間、エントリープラグ内部に設置されたカメラから回収されたメモリが徹底的に調査されていた。

 レイの前に表示された情報から、何か手がかりが得られる可能性は高かったからである。

 そして若干の休憩時間を置いた後、徹底的にレイに対しての調査がなされた。

 その調査の結果明らかとなったのは、レイの超能力−PK能力である。

 レイには明らかになっただけで、テレパシー、読心、透視、遠視、念力が備わっていた。

 村人たちがレイを恐れていたのもむべなるかな、である。どうやらこの能力は、彼女の部族に多く現われる特長だったらしい。

 その部族の住む村が、その能力によって動くEVAによって破壊されたのはなんとも皮肉なことだった。

 よって、世界中のゼーレの下請け機関にとある指令が下った、曰く、「超能力者を捕まえろ。」

 この作業は難儀を極めた。葛城博士が指摘したとおり、世の中の超能力者を自称する者達は詐欺師ばかりで、本物はそのことを名乗らずひっそり暮らしているか、自分の能力に気が付いていないか、または政府機関の保護下にあったからだ。具体的に言えば、CIAやKGBは超能力による諜報・暗殺などを真剣に検討していた。











 成果の上がらない人集めが続く一方、レイはひたすらEVAの実験をやらされた。

 ちなみに、レイは零号機、初号機、弐号機三機共に乗らされ、零号機が一番相性がいいことが判った。

 初号機に乗った場合、零号機の場合より動きが鈍く、弐号機は動かせなかった・・・廃人にはならなかったが、ひどい嘔吐感を催し、弐号機から拒絶されたらしい。

 そして解明されたことは実に驚くべきことだった。

 なんと、あの巨人と一体化(シンクロ)して、パイロットは操縦するのである。

 パイロットが歩こうと思えばEVAも歩き、EVAが触る物の感覚もパイロットが触るように感じられた。

 それによって、EVAは非常に細かい作業も可能としていたが、一つ非常に重大な問題も抱えていた。

 ようするに、EVAがダメージを受ければパイロットもダメージを受けるわけである。

 これについては科学者たちも頭を悩ませた。誰がどう考えても、これは欠陥兵器なのだから。

 この問題については議論百出した・・・曰く、これは作業機械である、とか、欠陥兵器を捨てた物である、とか、パイロットは使い捨てなので問題なかったとか・・・

 そしてある日本人の科学者が思いついたことがあった。それは、この欠陥を補うような必殺技が無いのか、ということである。コロンブスの卵といって良いだろう。

 あの単眼からビームが出るとか、バリアが張れるとか、腕が伸びるとか、そういったもののことだ。

 ともかく、必殺技があるかどうかをレイは試すことになり、色々とイメージした所なんとEVAにバリアがあることが判明した。

 幸運なことに、このバリアは肉眼で確認できた。よって、計器による確認も比較的容易かった。

 このバリアは、オレンジ色をしており、六角形や八角形を表面上に浮かびあがらせ、何物をも通さなかった。

 しかも更に驚くべきことに、このバリアは、内側から外側には問題なく選択的に物を通過させるのだ。

 つまり、自分は絶対の壁に守られながら壁の外の敵を攻撃できることを意味している。あまりに都合のいい事実に科学者たちは呆れかえったものだ。

 Absolute Terror Field−絶対恐怖領域、とそれは命名された。

 どうやら位相空間を一定の力場に展開したものらしいことが判明したが、その詳細は全くといって良いほど不明だった。










 EVAの動力、これがどこから取り出されるのかも謎だった。

 ありとあらゆるものを観察、観測、測定した結果、胸部中央にある球体が動力源だろうと推察された。

 非常に判り易くコア(核)と命名されたそれ、その能力が桁外れだった。

 元々巨大なEVAの体を動かすのだから莫大な電力が必要であろう事は予測されていたが、それを軽々と供給できるのである。

 しかもパイロットのシンクロ率及び意思如何によっていくらでもその出力は増加した。

 このコアの解析は葛城博士が率い、数年後にある仮説が立てられた。葛城博士曰く、

「これは超ひも理論がああなって、モノポールがこうなって、ボゾンがそうなって・・・という理論に基づいて出来る半永久機関あるいは外燃機関らしい。」

 ということだった。(一般人にはまるで何を言っているのか判らないので詳しいことは割愛した)

 その製法などは一切不明のままだが、博士によってS2機関と命名されたそれはEVA全機に装備されており、そう問題にもならなかった。

 S2機関をある程度人の意思によって動かせるようになってからは、そこから大量の電力を引き出し国内需要を賄うばかりか国外に販売までした。

(余談だが、このことによってこの国の電気代はただ同然の値段となり、国民から歓迎された)










 次に解明されたのが、(偶然最初に発見されたからだが)通信装置だった。

 S2機関同様、完全にブラックボックス化しているそれは実験の結果、どうやら超光速通信可能らしいと思われた。

 距離とは無関係に即時通信が可能なのだった。当然電波を飛ばしているわけではなく、何を用いているのか判らないので妨害も出来ない。

 だが、それでEVA同士の通信は完璧だが地上との交信が出来ないので、既存のテクノロジーによる最高の通信機が追加された。

 ・・・性能的には光ファイバーと糸電話ほどに開きがあったが。










 とまあこんな感じで少しずつ一歩ずつ着実に恐る恐るEVAの機能は解明されていったのである。

(幸運な事に、当初懸念されていたような一撃で惑星を破壊するような謎の兵器は搭載されていなかった)











「・・・六分儀博士。」

「ああ、レイか。良くきてくれた。服を脱いでその診察台の上に寝てくれたまえ。下着は着けたままで構わん。」

「・・・はい。」

 その日、レイは六分儀ゲンドウに研究室へ呼び出され、健康診断を行うことになっていた。

 時間どおり研究室に現われたレイは何かカルテのような物を読みながらのゲンドウの指示に素直に従った。

 ここに来てからこういうことは数多く行われ、服を脱ぐことに対する抵抗もあまりない。素直に服を脱いで診療台の上に横たわる。

「どこか体に異常は?」

「いえ・・・あ、昨日胸に痛みが。」

 これはたまに『力』を使いすぎるとなる症状でレイは慣れっこだ。

「ふむ、胸部かね・・・」

 とりあえずゲンドウは触診してみるが目立った異常はない。

「腹部はどうだね?」

 片手を胸に残しながらもう片方の手を下へと滑らせる。

 レイはくすぐったくて少し顔をのけぞらせ、軽く口を開いて少し顔を紅く染めながら溜息のような小さな呻き声を上げた。

 そしてちょうどその瞬間、ゲンドウの妻であるユイが室内に入ってきた。

「あなた、レイちゃんの・・・」

 そこで不自然に彼女の台詞が途切れる。

 彼女が目撃した光景を客観的に眺めるならば、怪しい顎鬚を生やして色眼鏡をかけた大男が白衣を着て幼女相手にお医者さんごっこをしている、と見えた。

 普段は可愛いと思っている、いや思っていた夫の風貌もこのシチュエーションではあまりプラスにならない、というよりマイナスに働いている。

 そしてその幼女は、彼女に似た風貌と髪型の持ち主。自分に飽きて若い(幼い)女に走ったのだとユイは思い込んだ。

 息子のシンジに冷たかったのは実はロリコンだったからではないのだろうか?

 疑念は果てしなく膨らんでいく。

「あなた・・・」

 ユイの視線が冷たく険しくなり、それは声音も同様だった。

「なんだ?」

 対するゲンドウ、彼は現在貴重な実験対象の診察に熱中しており、例え最愛の妻であろうと邪魔する物は分け隔てなくぞんざいに扱う。

「・・・いえ、なんでも。レイちゃんはどうですか?」

 そんな態度が今現在疑念に取り付かれたユイに及ぼす影響は大きい。

「胸部の痛みを訴えている。」

「そうですか。では医務室に連絡をとります。」

 そう言ってユイはさっと身を翻し、部屋を出て行った。ゲンドウはやっと邪魔者がいなくなったので再び診療に取り掛かった。

 この時、二人の道は分かたれた。










 この後、ユイの態度は冷たくなり、自分の研究の合間にシンジを溺愛するようになる。

 ゲンドウは臆病な小心者ゆえの敏感さで唯一人己の心を安らげてくれた存在が遠くなったのを感じ取り、ますますレイの研究に没頭していく。

 それによってユイは自分の考えが正しいと思い込み、よりゲンドウに冷たくなり・・・

 お互いに誤解が誤解を呼んで二人の仲は冷え切っていった。





to be continued...







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