written by Keis

with the idea of Hiroki Maki



Festklänge



がたっ・・・たったった・・・

「・・・ぅん?」

 アスカは急に騒がしくなった周囲の気配を感じてゆっくりと覚醒した。

(ううう、腰痛い。なんでこんな薄暗い狭苦しい所に・・)

 依然としてぼんやりとした意識のままぼーっと周囲を見回すと、白い人影が見えた。

 霞んだ目をこすってもう一度見るとそれは白いワンピース姿のレイだった。

 これまた白い―― 白衣を着ている―― 人と話している。

「容態は?」

(あいっかわらず単語でしか話さない奴よねえ。それにしてもヨウダイってなんのこと?・・・っ!!!)

 そこまできてようやくアスカは完全に目が覚めた。

「し、シンジは? どうなったの?!」

 レイが振り向く。

「ここは病院。それも集中治療室前。静かにして。」

 密やかにそう告げられ、これが落ち着いていられる状況か!、と苛立つも明らかに彼女の言う事は道理なので白衣の男―― 医者を強い意思をこめた目で睨むように見る。

 良く見ると、その医師は目の下に濃い隈を湛え、疲労困憊の様子。ひょっとしたら今までずっと手術をしていたのかもしれない。

(そういえば、昨日は戦闘終了後シャワーもそこそこにここに来てランプが消えるのを待ってて・・・そのまま寝ちゃったのか。)

「安心してください。彼は大丈夫です。」

 医師が疲れきった、だがそこはかとなく誇りと嬉しさと優しさを含んだ声でそう告げた。

「ほ、本当ですか?!」

「ええ。面会は無理ですが。」

「・・・本当にありがとうございました。」

 アスカは心底安心したようにそう言うと、医師に向かって深々と頭を下げた。レイもそれに続く。

「いえ。医者としての義務ですからね。それに諸手を上げて喜べるような状況でもないので・・・」

「どういうことですか?」

 アスカが尋ねるより早く、レイが詰問するように言う。

「あれだけ酷い怪我をしていて何の後遺症もないというわけには行きません。脾臓は切除しましたので今後感染症に対する抵抗力が下がります。

 胃も半分切除、片肺にも傷がつきましたし、腸も大分切除しました。肝臓にも傷が付き、腎臓も一つ切除しました。

 まあ、これらは無くても生きてはいけるんですが、問題は脳の方です。」

 アスカとレイは視線だけで先を促した。今までに聞いた内容だけでも、とてもシンジが大丈夫、とは思えないのだが。

「血液の循環が停止していた時間がかなり長かったので、その間脳に酸素が行き渡らず何らかの後遺症が残るかもしれません。」

ヒュゥッ・・・

 レイが息を呑んだ。

「サードが廃人になる可能性が高い、ということですか?」

 突然アスカとレイの後ろから声が聞こえた。二人が振り向くとそこには葛城タケシが立っていた。

「ええ、虚血症を起こして深昏睡状態に陥る可能性は高いです。まだ今は自発呼吸もしていますし瞳孔反射もあるので、最悪の場合でも植物状態で・・・」

 そこまで言って医者は、我慢できずに大欠伸をした。

「っと、失礼。そろそろお暇してもよろしいですかな? 一晩中手術をするにはもういい加減歳でしてね。」

 慌ててレイとアスカがお辞儀をすると医者はふらふらと仮眠室へと向かった。

「それほど心配しなくても大丈夫だよ。」

 タケシの言葉にレイとアスカがぱっと顔を上げた。

 二人とも普段からいかにも研究一筋という感じのタケシにあまり良い感情は抱いていなかったし、今の無神経な問いにも苛立っていた。

 そんな二人の表情を察したのか、タケシは若干苦笑気味に言った。

「君たちがEVAについてどう思っているのかは大体判る。確かに今回シンジ君が怪我をしたのはEVAのせいだ。

 だが、こうも考えられないかい? EVAが壊れたからシンジ君も傷ついた、ならEVAが治ればシンジ君も治るんじゃないか、ってね。」

 一瞬タケシの台詞の内容に呆然とする二人、だがレイが素早く立ち直った。

「・・・本当ですか?」

「確認はされていない。だが、分がいい賭けだと思っているよ。」

「シンジの脳が障害を受けていても?」

 アスカが聞きにくそうに尋ねた。それに対してタケシも僅かに顔を歪めて答えた。

「シンジ君の怪我が酷ければ酷いほど、成功する確率は上がるよ。」

 そう言うと、タケシは別れの挨拶もせずに振り返って歩み去った。

 後には中途半端な希望を与えられて困惑する二人の少女が残された。











 少なくとも敵人型兵器の内一体を行動不能に追いやったものの、多国籍軍の全力を費やしての攻撃は決定打とはならなかった。

 アメリカも選挙が近いから、等という理由ではとても国民を押さえられなくなってきていた。

 世界の警官を自認する彼らにとって、東南アジアで無法者が勝手気侭に無頼を働く事は容認しがたい事だったのだ。

 世論の高まりによって彼らはとりあえず機材提供を始めたが、それだけでは相手に打ち勝つ事は出来なかった。

 欧米人から見た人道・倫理に合わない行動を取るゼーレに対する反発心は更に高まった。

 そこで彼らは多国籍軍に一方的にこう通告した。曰く、

「本日、現地時間零時零分、目標地域一帯にICBMによる核攻撃を加える。速やかに当該地域より撤退されたし。」

 なんとも彼ららしい独善的かつ傲慢な物言いだった。

 周辺地域に与える放射能汚染など全く考慮に入れていない。ただ、相手を倒せればそれでいいのだった。

 そして彼らの通告した時刻どおり、ゼーレの上空に多数の凶悪な流れ星が降って来たのである。











 先のN2弾頭集中攻撃によりゼーレ側の地上早期警戒システムは大きな打撃を受けていたが、人工衛星による警戒態勢は依然として続いていた。

 悲鳴のような警告を受けてMAGIが情報を分析し、直ちにEVA二機の発進が決定された。

「弐号機は北方から来るのを迎撃、零号機は南方を担当、お願い!」

『『了解!』』

 レイとアスカからは普段より熱のある答えが返ってきた。

 シンジは未だ目覚めず、本部内の病室で昏睡状態である。何が何でも本部を守らなくてはならなかった。

 やる気満々で出撃する二人。だが見送る大人たちの表情は暗かった。

「どうなの、リツコ?」

「そうね。MAGIのシミュレーションでは迎撃成功率十億分の一と出てるわ。」

「・・・そんなに低いの?」

「ええ。こちらにはEVA二機しか迎撃戦力は無い。そしてこの二機を分断して更に本部から引き離されたら、本部防衛は不可能よ。」

「だからといって本部防衛を優先したら国が滅ぶ、か。完全な手詰まりね。」

 暗い顔を見合わせる二人に声をかけるものがいた。

「そうとばかりも言い切れませんよ。」

 振り返る二人の視界に入ったのは・・・

「・・・お父さん。」

「母さん。」

 葛城タケシ博士と赤木ナオコ博士だった。

「どういうこと、母さん?」

 父に対して依然蟠りのあるミサトに比べてリツコの方が立ち直るのは早かった。

「こちらにはもう一機EVAがある、ということよ。」

「EVAがあってもパイロットがいないわ。」

 あっさりとナオコの台詞を切り捨てるリツコ。だがタケシはそんな彼女を宥めるように言った。

「それを何とかしよう、ということさ。」

「・・・どうやってよ?」

 低く押さえた声でミサトが尋ねた。そんなミサトの様子に頓着せずにタケシは自分の考えを披露する。

「シンジ君は初号機のダメージをそのまま自分の体に受けた、そうだね?」

「ええ、そうですわ。初号機の修復は既に完了しましたが、シンジ君の意識が戻るのは当分先です。・・・戻っても無駄かもしれませんが。」

 リツコが現状を要約する。シンジの脳障害の可能性に言及しながら。

「そう、初号機の修復は既に完了している。ならば今初号機とシンクロすればシンジ君も完治するかもしれん。」

「・・・そんな乱暴な。」

 一瞬リツコは呆然とした。ミサトもすかさず言い返す。

「そうよ。それに今どうやってシンジ君にシンクロさせるというの?」

 その問いにはナオコが答えた。

「ミーちゃん、あなたシンクロ理論とシンクロ補助理論については知ってるわよね?」

「ええ。それが一体・・・?!まさか・・・」

「そういうことだ、ミサト。シンジ君が酷い状況であるほど、ユイ君が助けてくれる可能性が高い。」

「・・・最っ低ね!適格者を得るために人柱を立て、今またその人を利用して私たちが助かろう、なんて。」

 ミサトが吐き捨てる。だがリツコは違った。

「すぐにシンジ君をケージまで連れてこさせましょう。初号機、起動準備!」

 最後の部分は部下のオペレータへの命令だ。そんなリツコをミサトが睨みつける。

「リツコ、あんた・・・!」

パーン!

 ミサトの頬が高く音を鳴らした。リツコが叩いたのだ。

「いい加減にしなさい、ミサト。いつまで感情論に走ってるの!例えどんな手段だろうと、それでシンジ君が助かり、子供たちが生き長らえるならそれは最良の手段よ。」

 ミサトは叩かれた頬を押さえもせずに俯いて一瞬下唇を力いっぱい噛み締めると、パッと顔を上げた。

「判ったわ。ありがと、リツコ。ナオコさんと・・・父さんも。直ちに取り掛かってください。」

「「「了解。」」」

 そんなミサトを見て優しく微笑みながら三人は敬礼の真似事をして見せ、直ちに行動に移った。











 レイとアスカは獅子奮迅の活躍をしていた。

 次々と降りかかる核弾頭を片っ端からATフィールドで叩き落す。

 ICBMによって送り込まれる核弾頭は、着発信管など備える事は無い。

 大抵は高度計と連動した信管を装備する。

 が、しかし、レイが叩いた何個目かも最早判らないその核弾頭は信管が故障したのか、ATフィールドで叩かれたショックで爆発した。

 突然の爆発、そしてそれにともなう閃光と衝撃波によりレイは態勢を崩された。

 その隙に幾つかの核弾頭がレイを通り過ぎて本部方面へと向かう。

『碇君!!』










 同時刻、アスカもほぼ同じ目に合っていた。

 全方位から迫り来る多数の核弾頭、さすがのアスカにも全てを叩き落す事は出来ずにいくつかはすりぬけてしまったのだ。

 そして彼女たち二人が知る事は出来ないが、二人の手の届かない方向からも数多くの核弾頭が本部目指して飛来していた。

「シンジ!!!」











 その男はベトナム沿岸上空にいた。

 全ての人工衛星を撃ち落され、限られた偵察手段しか持たないアメリカが倉庫の片隅から引っ張り出してきた戦略偵察機U−2。

 彼はそのパイロットだった。

「全く何てこったい・・・」

 彼は溜息とともにそう呟いた。

 彼が空軍に入ったときには既に現役を退いていたその機体に乗せられ、遠くから偵察しているのは限定的とはいえ核戦争だった。

 おりしも今、丁度遠い空に巨大なキノコ雲が立ち上ったのである。

「まさかこんな物見せられるとは、ね。」

 そう呟いた彼は更に幻想的で、同時にキノコ雲よりも更に見たくも無いものを目にする羽目になった。










紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
紫電
白十字
白十字
白十字
白十字
白十字
白十字
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白十字
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白十字
白十字
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼
紅翼










 レイとアスカが必死になって迎撃している時、本部でも慌しい作業が行われていた。

 漸く修復が終わった初号機の搭乗準備が急いで整えられ、その完了と同時に未だ眠りについたままの専属パイロット六分儀シンジがストレッチャーに乗せられてケージに運ばれた。

 医者の反対を押し切り、意識も無い17の子供をEVAに放り込むと彼らは起動シークエンスを慌しく執り行う。

 少しでも時間を節約するため、起動もしないままEVAは地上に打ち出された。

 どうせ核弾頭が直撃するなら本部の中に居ようが外に居ようが変わりは無いからだった。

 けれどもシンジは起きる気配すら見せず、まるでシンクロも開始しない。

 あとはシンジ、そして初号機に取り込まれたユイの魂に祈る事しか本部要員に出来る事は無かった。

 そして・・・

「EVA零号機、数個の弾頭迎撃に失敗!」

「同じくEVA弐号機も迎撃失敗!」

「東方から弾頭多数接近!!」

 オペレーターからの絶望を帯びた報告の声が。

「シンジ!!!」

 というアスカの無線の声が。

 同時に聞こえた。

 その時、シンジはぴくっ、と動いた。

 それと同時にオペレータからの歓喜の声が響き渡る。

「EVA初号機、シンクロ開始しました!!」

 そしてシンクロ率が見る見る上昇していき・・・

どおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんん!!!!!

 物凄い音と共に、発令所のモニタはハレーションを起こした。

 余りにも膨大な光量にMAGIのフィルタが間に合わなかったのだ。

「何が起こったの?!」

「モニタ回復急いで!」

 ミサトとリツコの命令がすかさず飛ぶ。

「ダメです、大半の電子機器が強力な電磁波を浴びて麻痺しています!」

「なんですって?!」

「直前の情報では大量のγ線とπ中間子が!」

「それって・・・」

 ミサトとリツコは顔を見合わせた。

「「対消滅?!」」

 漸くなんとか復旧したメインモニタに映ったのは、偵察衛星からの画像だった。盛大に紫色の電光を放電する初号機。

 その初号機が立ち上らせる巨大な白い十字架。

 そして、雲を突き破り聳え立つ六枚の紅い光翼だった。

「・・・す、凄い・・・」

「なんて・・・なんて、綺麗な・・・」

 発令所のものは言葉を忘れたかのように、その光景に見とれた。











『碇君!!』

 突如、シンジの頭の中に悲鳴のようなレイの『声』が聞こえた。

 そして同じくアスカの

「シンジ!!!」

 という通信機越しの声も。

 二人の切迫した声を聞いて、シンジの意識は活動を再開した。

 幸いな事に脳神経の障害は軽度なもので済んだらしい。

 シンジはレイの『声』と同時にはっきりとした、女性のイメージを思い浮かべた。

 それはまるで大人になったレイのようで・・・

「・・・か・あ・さ・ん?」

 シンジは微かに呟いた。

 それと同時に彼は初号機と爆発的なシンクロを開始。

 眼前の全周モニタには彼の知らない―― というか地球上の誰も知らない―― 文字でこう表示されていた。

「第二階梯、顕現」

 と。

 重傷を負ったシンジが初号機内にユイの存在を感じた事により、初号機に対するユイの支配力が向上したのだ。

 その影響は直ちに現われた。

 傷一つ無い初号機のフィードバックを受けてシンジの傷は物凄い勢いで治った。欠損した内臓を含めて。

 レイやアスカの危機を感じたシンジの意思を読み取り、初号機は無意識のうちに飛来する多数の核弾頭を迎撃する最善の手段を模索、実行する。

 初号機はかっと口を開くと『何か』を吐き出し、それはとんでもない大爆発を起こした。

 反物質による対消滅。

 初号機は巨大な粒子加速器もなしにS2機関から搾り出される莫大なエネルギーのみで微量の反物質を作り出したのだ。

 それを磁気に包んで撃ち出し、上空で爆発させる。

 それは強力な電磁波を送り出して、弾頭の電子機器を麻痺させ、反物質僅か1gでTNT爆薬換算20キロトンの威力を持つ爆発で弾頭を叩き落す。

 初号機の背中にあった滑空ユニットは装甲ごと吹き飛び、内部の素体から現れた六枚のATフィールド製と思しき光翼が生えていた。

 S2機関がかつてない勢いで稼動し、余りにも巨大なエネルギーが発生したのでバックロードしたエネルギーが体の外に炎と紫電として荒れ狂う。

 そして白い光の十字架として爆発的に発散された。

 それが収まると同時に、初号機は地平線の向こうまで広がる、目に見えるほど強大かつ広大なATフィールドを展開し始めた。

 その中心には本部上空、3対6枚の光翼で浮かぶEVA初号機。

 それは史上最強の矛と盾を持つ熾天使(セラフ)、冷戦時代に米ソが夢見ながらも果たせなかった完全なる国土防衛だった。











 レイとアスカは同時にとてつもない『力』の発動を感じ取った。

 それは彼女たちの知る気配をも含んでおり・・・

「アスカ。」『綾波』

「『心配かけてごめん。』」

 という声も同時に運んできた。

 そして彼女たちは歓喜の涙と共にシンジを迎える声を上げようとしたが果たせなかった。

 彼女たちを暖かいモノが包んだからである。

「あ・・・何、これ・・・」

『暖かい・・・』

 そう、それは東南アジアほぼ全域を覆うほどに巨大なシンジと初号機のATフィールドだった。

 たった二人、シンジが完全に信用でき、心を開いた少女たちへの慈しみを込めた、ATフィールドだった。

 とても暖かく、とても柔らかく、とても心地よく、彼女たちを包み込んだ。

 ソレに触れ、二人とも知らずに涙を流しながら、心地よさに身をゆだね、柔らかい微笑を浮かべた。











 U−2偵察機パイロットはそれどころではなかった。

 突然彼は機に対するコントロールを完全に失い(電子機器が全てイカレたから)。

 西方の空が紫色に光ったかと思うと、巨大な十字架型の光が立ち上り、その後に血のように紅い六枚の翼のようなものが広がり。

 そして最後には海のように彼の眼下にまで紅い半透明の光の壁が広がったのだ。

 そして彼は段々高度を上げてくるその壁に接触して機体が爆発する瞬間、その壁の源が何故か見えた。

 六枚の翼を広げて飛翔する化け物の姿が。

「・・・悪魔め!」

 その言葉と共に、彼は絶命した。










 空に、核弾頭の爆発とも対消滅による爆発とも異なる光と炎の華が、またひとつ、開いた。





to be continued...







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