6/4コンプリート 7│アンジェリークPM00:48


「セイラン大好き」

この台詞をいうと大概驚かれる。
ううん、この台詞をセイランが許している事実が「珍しい」らしい。


セイランは私の一番最初の一番大きな歳の友達。
他のパパやママの友達も皆大好きだけど、私個人の友達とは違う気がするんだ。
私の存在を対等に認めてくれているからね。

彼は芸術家で、奥さんと二人暮らし。

そういっても制作期間は殆ど一人でアトリエにいるし、
訪問したものの、私も会えず仕舞いで奥さんとおしゃべりしたり、お菓子を頂いて終わる時もある
>これはこれで楽しい
でも、大概セイランは私の気配に気づいて、一度は顔を見せにきてくれる。
セイランは人の気配、そのものを嫌うらしく、
これも彼を知る人に言わせると「とても珍しい」のだそうだ。

私達の付き合いは即興詩を競ったり、彼のピアノを聞いたりの「お遊び」が中心。
希にその時のノリでアトリエに移動して、私モデルの制作をしたりもするけど、そういうのもお遊びの延長には違いないので、よしんば描き上げたとしても、私がお土産に頂いたり、奥さんが貰っちゃったりするんだけど…

…実は、彼は肖像画を滅多に描かないのだそうで、居合わせたマネージメントの人に取り上げられてしまった事がある。
それが王立美術館に寄贈され、人々の目に触れる事となり、冒頭のコンペからお呼びがかかったという訳なんだけど。
あの時は、心底、ビビったなあ。
だって、
「今この時の自分を最高とする私」にとって、今より小さい自分が「他人の第一印象」になるのって、恥ずかしいんだもん〜

とにかくそんな感じで、私は彼のお気に入りで、かなりの「特権」を持っているらしいのだけど。
でも一番特権を与えられてるのは多分「制作中でもアトリエに入っていい」こと。
これは滅多な事では行使しない、と勝手に誓っていた。


軽く、では侵さない。
暗に込められたこの意味を、私が理解すると信じて許したこと、だと思うから。

でも、今日は
タブーがタブーではない時



セイランは〜
テレピン油の独特の匂いの中、普段の彼からは想像もつかないような渋顔で、カンバスと対峙していた。


なんかつまってるみたい………やっぱり母屋で待とうかな?

「どうぞ。座る所なんてないけど、ま、適当に寄せちゃっていいから」

わっ芸術家って後ろにも目がついてるのかしら?

「セイラン。私、邪魔じゃない?」
「いや、今は僕の方が創作に邪険にされたって感じでね。
思い余って小五月蠅い子供の相手でもしに行こうか?って天を仰いでいた矢先さ…
…ああ、君は五月蠅くはないけどね。ええっと……」

いつもの軽口に私がホッとした事を確認すると、何かゴソゴソやりだした。

「カフェインは苦手なんだ。
君も小さいから調度いいかと思ったけど、そういう問題じゃないみたいだ、コレ。
床磨きにも危険かもね」
彼の手には賞味期限・約二ヶ月前のミルクパック(しかも開封済み)
「危険というか、冒険段階だと思うよ」

私達は顔を見合わせて吹き出した。


…………ポタ………


しまった。
可笑しいから泣き笑いだった筈の私の涙は、だんだん本当になってきた。
セイランは何も言わない。


「………………」
あ………そうか。
策に乗ってしまったよ。
あ〜あ。悔しいなあ。

「………え……うえ〜ん」

盛大に泣き出した「子供」の頭を撫でる彼の姿は、多分今までで一番意外な姿だったと思う。




「………それは」
まっとうなミルクを頂きながら、私が事の成り行きを話始めると、セイランは一瞬怪訝に眉をつり上げる。
………けれど、すぐにいつもの顔に戻って言葉を続けた。

「本当だとしても」
「だとしても?」
「ねえ、アンジェリーク。
年齢なんて関係なく、気持ちの理由なんていつも他愛ないものなんだよ。
いくらでも体裁はつけられるけどね?例えばこんな風に

彼の自分の中の格が変わって、失う物も変化した。
彼はとても特殊な環境にいたから。
こうして「普通に」なることで、何か変わったのか、終わったのか、
あるいは、元に戻ったのかもしれない。

「元に?それは私にはどうしようもないけど」

私は生まれて約五年近くの、ママにベタボレだった所のパパからしか知らない。
私のパパになった時のパパしか知らない。
あれが普通なのか?と言われると極めて微妙なラインにいるとは思うけど、最初と比べてどう、とは解らない。
ふむ。確かに。

「君は聖地の話を聞いた事がないんだっけ?ロザリア様も………誰も、何も?」
「?女王様と守護聖様の住まう浄土のこと?園で習ったけれど」

再び彼の眉間が険しくなった。
かなりの機密なのだろう。
物の道理を見極めてはいても、決して順序を気にしない彼が、迷っている。
ここに居合わせた事。
今、言うべき時なのか?自分が?そんな感じ。

私は教えて欲しい。
これは卑怯かもしれない。
彼が自分に認めた対等を試しているのだから。
でも、そうだ。気持ちの理由なんて物はいつも他愛ないもの。
私はただ必死なの。
友達に応えてよ。セイラン。
自然に瞳に力を込もってしまう。

沈黙と言うほどの長い時間ではなかったが、間があった。
私に負けたのか、自分の、何かと折り合いがついたのかは解らない。
だが、やがて小さな溜息と共に彼は語りだしてくれた。


「…………君はそこから始まったんだよ。
とても当たり前に、そこでは特殊にね。
それが最後の……君の母上、女王陛下がその地で孕んだものだった」


その後もセイランの話はかなり突拍子もなかったが、いつもの即興詩ではない事は、そのいつになく真剣な様子でわかった。
それに何もかも合点がいきすぎている。

完全に……というか、殆どその「サクリア」
(この「宇宙を形成するサクリア」ってのが鎌形血球のように「本人にとっては困るが、統計的に宇宙にないと大変」なんだそうだ)
〜の作用が尽きていない二人は今だ若々しい……というか。
大体幼児の目から見ても「なんかこいつら変」だし。
あの若さで、株やってた訳でも無さそうなのに、でかい会社持ってるパパとか。
時々家に来る厳つい人達とか。

それに雰囲気だ。
なんだろう?セイランも………私、も?
何か「違う」

嫌な物ではなかったし、周りに鏤められているので、普段は余り気づかないが、
彼らが本当の「普通」と接触する時、ふと違和感を感じる事がある。

私の周りの「普通」には秘密の匂いがした。

「彼らは相当特殊な生活を強いられている。
宇宙を見据える役割、といえば聞こえはいいけれど、感情を含めた総てが管理された箱庭に、同胞だけの小さな価値観に、代々延々と存在し続けているのさ。
その箱庭に更に管理されているのが、この地上というわけ」

「………」

「いや、箱庭というより、この宇宙は女王の胎内といっていい。
僕は母を知らないけれど、そういうものじゃないかい?母親ってのは。
時には敬い、時には疎ましく、滅びを許されぬ生命の象徴。
まさに万物の母さ。女王は。
だから、今回の件はこうも考えられるけど……」

「何?」

「何にも裏の意味はある。
彼は試したいのかもしれないよ?
本当に、妻が彼自身を愛しているのか。
女神の慈悲で、宇宙の一遍として、庇護しているのか。
でも………最初に戻るけどね。
気持ちの理由なんて物は本当にいつも他愛ないものなんだよ。
彼の動向が君の予測通りだったとしたら、彼はそれほどには妻を愛してはいなかったんだ。
それだけだよ。
…それは誰のせいでもない」


瞳が朱でよかった。
大方の血管が上顔面に集中し、ぶち切れて---

要するに私は激昂した。