6/4コンプリート 天使の一番長い日 5


家に戻ると、玄関の真ん前に何か届いていた。
セロファンに包まれ、紅いリボンを結んだ、小さな鉢植え。

「待て、爆弾かもしんねーぞ!むやみにいじんな!」

なんて、パパはいったけど、手紙を添えた、どう見てもこれはプレゼント
(大体爆弾をしかけられるような覚えがあるのか、アンタは)

私達が誕生日だって知っている誰か?かな。
それとも今日が誕生日になった、赤ちゃん関係?
手紙の宛名を確かめると、青いインクで軽やかに

「アンジェリークへ」

まっ!
これは、私のファンの誰かだわ??
プライベートな場では勘弁して、って何時も言ってるのに…仕方ないわね。

「あん?どーせ、根付き草なら、マルセルかカティスだろ?
オリヴィエやオスカーなら、根ついてねえのだろーし」

いい気分に、水差すなよ。そんなの確かめてみなきゃ、わかんな……

あああああ!
そこに書かれていたのは、見間違える筈もない、そして思いもかけない、この春に別れた級友。

あのイヤミの名前があったのだ。

一瞬、誕生日に彼から下された、前年度までの過去にビクッときたけど、お別れの日を思い出し、気を取り直した。
なんだろう?何か言い忘れたのかな?住所教えたっけ?
いいや、とにかく手紙を。

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アンジェリークへ

こんにちは。お久しぶりです。
アンジェリーク。
誕生日おめでとう。
急に手紙を差し上げる非礼を許して下さい。

君はまだ僕と別れたばかりで、久しぶり、なんておかしいと思うでしょうが、僕は今、君がこの手紙を読む時間より、うん、と先の未来にいるのです。 僕は今、聖地にいます。

聖地に?何故?

僕がここに来る事は…
僕が生まれた時から決まっていました。

僕は守護聖なのです。

君のご両親が、自分達の事を語っていなければ、君は今まだ、この意味がわからないかもしれません。
いずれ知ることをわかっているので、言ってしまうけれど…
もし今知ったのなら、ごめんなさい。

僕が生まれた時、名家の、しかし庶子として生まれた父は、守護聖の息子が生まれた事でやっと一族に認められ、喜びました。
しかし、母は子供を取り上げられる事実を嘆いたのです。
それが二人の不和の始まりでした。


僕は君に会う以前から、君の事も、君の両親の秘密も知っていました。

なんとかして、息子を引き留める方法はないものかと、母が必死になって聖地を調べあげたからです。
聖地の事は、決して地上に漏らされることはありませんが、僕が未来の守護聖に決まっている事実関係からか、それとも、聖地に関わる誰かが、母を哀れんで教えてくれたのかもしれません

君の存在を知り、聖地に関わっている事に、その悲哀に、勝手に親近感を持っていたのです。

けれど、実際会った君は、僕の想像とは全く違っていた。

愛されることも、愛することも長けた子供。

宇宙に望まれ生まれた筈の僕が、忘れさられる為に今地上にいるのに〜
有る筈もなかった君は、天の祝福と人々の愛情を一身に受け、地に立っている。
光そのものでした。

羨ましかった。
妬ましかった。
そして憧れました。

僕は君のように生まれたかった。

でもそれは無理です。
本当は最初から、僕らの違いは当然だった。

血筋で辛酸を舐めた父は、息子の未来である守護聖の格に、少なくとも自分が受けた苦しみはない、と安堵したのだろうし、母はただただ、僕を離したくなかった。
形は違えど、僕を愛していたことは一緒だったのに、互いも、互いのその気持ちも、一度も知ろうとはしなかったのです。

交わる運命のなかった君の両親が、互いを望み続け、作り上げた血に生まれた君とは、もうこの時点から違っている。

僕もあの頃、両親の不和に憤るばかりで、彼らの何も見ていなかった。
欲しがるばかりで、そのくせ諦めしか覚えなかった子供でした。


送った鉢植えは、君と同じ名のチューリップです。
僕が君と別れた歳に、君に送ろうと育てていたものと、同じ花です。
その時は、芽もでなかったので、渡せなかったんですけどね。
仲間の守護聖が教えてくれたのだけど、チューリップは、一度一定の寒さに晒されないうちは、成長しないんですってね。
(後生大事に、最初から温室で育てていたんです)
僕はそんなことも知らなかったんです。

前置きが長すぎました。
僕が今、この手紙を書いたのは、もう一度君に会う事ができると知ったからです。
君は明日、聖地を訪れます。
女王候補として。

そこで、生まれて初めて、賭けに出てみようかと思ったのです。

僕の気持ちを…もう一度
始めることへの、賭け。です。

もし、君が僕を覚えていたら、僕は君の旧友として、君に話しかけようと思うのです。

それでちょっと分を良くしておこう、と思った訳です。

もっとも、君は、とても頭がよかったから、こんな事をしなくても僕を覚えていそうなのですけどね。
このまま続けていると決心がまた鈍ってしまいそうですから、幼いあの日、僕の五歳の誕生日に、君の前で披露する筈だった作文で、この手紙を終わろうと思います。

ぼくはアンジェリークちゃんが大すきです

アンジェリーク
きみははなよりもきれい
だれよりもいとしいぼくのてんしです

ぼくのしょうらいのゆめは
アンジェリークちゃんと
けっこんすることなんです
おおきくなったら
ぼくのおよめさんになってください

アンジェリークちゃんは
おとうさんなんかには
もったいないとおもいます

「なんだと、このガキ!最後がよけーだ!!」

もう、勝手に後ろから覗き見してたくせに、またコイツは。
ううむ、この手紙の重要事項は多々あるけど、やっぱり最高着目点は

齢五つにして………
プロポーズされてしまった!


きゃーーーー!!!
アンジェどうしよう!

この美貌と才知をもってすれば、遅すぎるぐらいだけど、わ、わわ、わ。
とにかく!
いい女としては、すぐに返事を出すべきか、否か。
セイランに相談して…

あ、返事…は出せないのよね。
じゃ、え〜と〜

「チクショー!胸くそ悪ィ!アンジェ!さっさとケーキ食って寝るぞ!ウラ!」

コラ、人が貰ったプレゼント蹴んないでよ。
そうね。まずは家に入って紅茶でも煎れよ。


パパはまだブリブリ怒りながら抹茶ケーキを崩している。
私はアールグレイにイチゴタルトをつつきながら、もう一度手紙を読み直した。

ホント、色んなことが書いてあるなあ。

ほんの先週から、今まで知らなかった沢山がわかって、一遍に変わって、何も知らなかったことが一番わかったんだけど、きっとこんな風にこれからも、たった今からも、それは増えていくんだろう。

この手紙が本当になるとしたら、聖地に行く頃の私は、今よりどれだけの問題を解き、また抱えているんだろうか?


実はね。
私、今年の夢は、一つ本気で『天使を目指してみる』にするつもりだったの。

今まで花だのお嫁さんだの、あげてみたけど、どーにもオチがついてしまっていたじゃない?
どうしてかな?と推敲してみた結果、たった一輪の美だの、愛だの、存在自体がグローバルな私にはどうもちゃちい夢すぎたんじゃないか?と。
折角、天使の血筋に生まれた訳だし、ここはミクロよりマクロ視点で未来に向かおうかと思った…んだけどー…
やっぱりいいかもね?たった一つの愛も?

きゃっ

って!コラ!
打ち立てたそばから、早速目的を見失ってどうするのよ、アンジェリーク!

「天使ってのは、存外、顔がいいだけのバカな男で道を外しやすいんだから!
しっかりするのよ!そんなもんに二代続けて躓いて、どうするの!」


「オイ。オメー声に出していってんぞ」

しかし、ジト目のパパに背中を向けつつ、では、まず
「天使になる条件」
とは、なんぞや?を突き詰めてみたら

それは

大切な愛に応えられる素直さ、とか。
本当を見間違えずに愛せる強さとか。

おおよそ、その辺の
オンナノコ☆

〜に、行き着いてしまったのだった…

おしまい