6/4コンプリート 天使の一番長い日 3


それから後の事は、もうジェットコースター並のイキオイだった。


「嘘だろ!まだ、半月も先じゃなかったのかよ!」

事の説明と、病院の名前を伝言した途端に、パパは私をかつぎあげながら、タクシーを捕まえてかけつけたんだけど。

捕まえたタクシーの運転手さんが病院の名前を聞き違えて、とんでもない所へ連れていかれちゃったり、やっと本当の目的地についても、とりみだしたパパは、受付で詳しく聞く事も忘れて病院中をお姉ちゃんを探して走り回ったり、走らないで、と注意する看護婦さんを弾き跳ばしちゃったりと、とんでもない有様。
>止めたかったんだけど、それまでパパに、ずっと脇に抱えられた姿勢のままで振り回されてた私は、待合室イスでゲロリンだったの

この騒ぎを聞きつけたママと(プラス、体格の良いレントゲン技師に捕獲されたパパと)合流した時は、もうお姉ちゃんは出産準備に入ってて。
それを聞いたら、もう本当に私もパパも気が抜けちゃって、その場にへたり込んでしまった……。



それから

「アンジェリーク、起きろ。赤んぼが生まれたぞ」
パパの声で目覚めた時は、もう次の日の朝だった。

何時の間に寝入ってしまったんだろう?
確か今日になる寸前に、お義兄さんが飛び込んできて、パパが蹴り出したとこまでは、覚えてるんだけど…

パパに背負われたまま、眠い目をこすりながら新生児室前廊下へ向かうと、来い来い、とママが手招きしていた。
それを見つけると、私は、もう途端に目が覚めて頭に浮かんだ事を一辺に聞いてしまったの。

「ママ!お姉ちゃんは大丈夫なの?赤ちゃんはどうなったの?男?女?」
「ええ、二人とも大丈夫よ。赤ちゃんは女の子よ」

ああ、よかった。
何もかも上手くいったんだ。

「ゲッまたオンナなのか?
はぁ〜…なんでオレの血筋はオンナばっか、生まれっかな〜」

まっ!失礼な!
どーして男ってこう、女の大事にデリカシーのない発言するかな?
文句があるならアンタが産めよ。

…あれ、ってことは、パパもまだ赤ちゃん見てないんだ?

「うふふっ、パパね。
産声が聞こえた途端にアンジェを起こしにいったのよ。
抜け駆けしたら、アンジェが怒るからって。
それにね、こんなこといってるけど、ホントは嬉しくってしようがないのよ」
途端にパパは、プッと膨れて横を向いた。

ふ〜ん。
ママがいうからにはそうなのかな?
ま、いいや。今はとにかく赤ちゃん赤ちゃん♪

はやる気持ちを抑えながら、新生児をぐるりと見回すと、大概の赤ちゃんはすやすや幸せそうに眠っている。
生まれたては皆同じに見えるっていうけど、本当に全員、同じ。皺皺だぁ。
これじゃ、ちっとも区別なんかつかない…と肩をおとしかけた私の横で

「お!あれだろ?やっぱ、うちのが一番カワイーじゃん」

右奥5番を指摘する、パパの声が挙がった。

また、いいかげんなこといって、と横目ながら名札を確認すると、まさかの名字が記されていた。
慌てて今度は目を凝らすと、頭の先には「生えている」の表現もかすかな淡い金髪が、ふわふわ揺れている。
そして、驚く私に更に応えるかのように、ぱっと鮮やかな双の碧が飛び込んだ。

ほんの一瞬の間だったけど、心にさあっと光が射し込んだような気がした。

それはパパも同じだったらしく、気づくともう、ポーズなんて捨てた!といわんばかりに窓に身を乗り出して、へばりついている。
そのまま、微動だにしない。
感動に打ち震えているらしい。
成程、ママの言う通りだった。

「ママに似てる」
「そりゃ、孫だもの、似てるわ。アンジェにも似てるわよ」

ママと私はどちらともなく、微笑みあう。
嬉しい気持ちに花が咲くって、本当にあるのね。

パパは、まだ赤ちゃんを見つめるばかりだ。

「お姉ちゃんや私が生まれた時も、こんな感じだったの?」
「こんなものじゃなかったわよ。
ロザリアが話しかけようが、つねろうが、全く微動だにしないもんだから、しまいには踏まれたの。
でもやっぱり動かなかったのよ」


そんな私達の会話も、全く聞こえていないらしいパパは、その後もずっと赤ちゃんを見つめ続けていた。




一通りの感動儀式を終えてしまうと、私は再び睡魔に襲われ、気づいた時には見慣れた自宅の天井を見ていた。

居間に降りていくと、パパ一人。
台所からのパパ作・夕食(辛い物ばかりだからすぐわかる)の香りから予想するに、ママはいない。
お皿を並べる手伝いをしながら訪ねると、案の定ママは病院に残り、今夜はそのまま宿泊することになるらしい。
滅多にない二人きりの夕食を終えると、パパはさっさと自室に行ってしまった。
後片づけも、お風呂の指示も、忘れたところをみると、あまり機嫌はよくない。
私はもう一寸、眠っていた間の今日の様子を聞きたい所もあったんだけど、パパも昨日からあんまり寝ていないはずだし、ママがいないとパパはいつにもまして愛想がないから(愛想を引き出す必要がない、といった方がいいかな)しようがないかな。
そこでロボコンと一緒に後片づけしていたら、いつのまにか引き返してきたパパに、仏頂面のまま命令された。

「おい、でかけるぞ。付き合え」


どこに連れていかれるのかと思ったら、なんのことはない。ごく近所のケーキ屋。
パパが食べたかったとは思えないから、ママに頼まれたのかな?
それともこれから、これをおみやげに、パパも、もう一度病院にいくのかな?
どのみち、付き合い賃及びケーキ選択代として、一個は私のお腹に入るだろう。うふっ♪
そんな事を考えていたら、バツが悪そうに、頬を掻きながらパパが呟いた。

「なんだよな〜こーゆー事ってのはよ〜別に待ってる訳でもねーのに、恒例になっちまうと、省略ってのは気持ち悪ィもんなんだな」
「一日くらいしなくったって、死ぬもんじゃないでしょ。トイレ急ぐ?先に戻ってていいよ」
「そう、落ちつか……って、ソレじゃねーよ!ケーキのことだっ!誕生祝い!」

あっ………
そうだ誕生日!

昨日・今日のバタバタで、すっかり頭から抜け落ちていたけど、今日は私とパパの誕生日じゃない!

「なんだよ、オメー忘れてたのか?」

パパはかなり力の抜けた様子。
ゴメンゴメン。
うん、もうすっかり、忘れてた。

じゃあ、それでパパ、気にして戻ってきてくれたんだ?
これは、私達のバースデーケーキなのね?

「…実は、オレもアイツが別れ際『今年はごめんね。あとで皆一緒にお祝いしようね』っていうまで、すっかり忘れてたんだ。
チェっ、どーせならそのまま忘れたまんまにしといてくれりゃ、よかったのによ」

私が忘れていた、と知ると、余計な気を回して墓穴を掘ったと思ったのか、パパはそれだけいうと、今度は紅くなってうつむいた。
奥底には、つまらなそうな余韻が、見え隠れしている。

ママが、この日の料理を、どちらかというと、パパ好みに設定していた訳もわかった気がする。
パパは何かとポーズをとりたがるから
「自分の為にここまでしてくれたのだ。仕方がない、つき合ってやるか」
的流れを作るのが、一番スムーズに誘うコツなのよ。

口では渋々つき合ってるようだったけど、案外、毎年楽しみにしていたんだ。
パパって、ホントに素直じゃないな。

多分、この事を本人は必死に隠していたつもりだったんだろうけど、ママの一言にすっかりバレていたことがわかって、気恥ずかしくて機嫌が悪くなったんだ。
それでもやはり、誕生日になんにもしないのも、またつまらなく思ったんだろう。
それで私にカコつけ、散歩に出たと……

っぷっぷぷぷぷ

「笑うなよ。いや、いい笑え。
オレも、アホだと思ってるんだ……あ〜あ、クールで名の通ったオレも、ヤキが廻ったぜ」

そんな浮き名があったとは、ついぞ聞いたことがないけど、突っ込まないでいてあげよ。
だって今日は、誕生日だもん。

「パパ!誕生日おめでとう」

いきなりの祝いの言葉に驚き、パパは、一歩後ずさった。

「お、おう。オメーもな。七歳おめでとさん。アンジェリーク」

コラ!五つ!五歳!だよ。
もう!ホントに私の誕生日なんて、自分のついでだったんだんだ!コイツ!
ぷうっ、と膨れた私に、パパは慌てて「あれ、八つだっけ?」と更に余計な訂正を訪ね、哀れ、五歳初戦の跳び蹴りをくらったのだった。