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In My Blue Sphere 8
―「生まれてこなければ、よかったの?」―

    







 「これが、ネーデのあらましです」
 すでにことを公的な機関以外で聞いていた老兵と祝福の少女以外の5人の人間たち。
 彼らは、信じられない、といったように首を振った。息をつく時間もろくにないまま、彼らは夢物語を聞かせられたような気がしていたに違いない。
 それは確かにおとぎ話だった。軍の中枢にたずさわるたち人間以外、ネーデというのはただの古代の楽園。「エデン」という、地球で「楽園」を意味する単語の古い言い回しとしてとらえられるのが一般的であったのだから。
 しかしそれは、真実以外の何者でもなかった。
 ここが、古代ネーデの施設であること。
 そして、その目的は「銀河を守る」ためであること。
 そう。十賢者が狂わされたのは、ここにネーディアンが最後に来た2億年後のことであったのだから。
 ネーデとこことは距離的にもかなり離れている。ウリエルは、きっと何らかの理由で十賢者に数えられない素体だったのだろう。その理由は、ここが人間を必要とする施設であることからも予想がつく。天使の名を持つ平和の使者は人間の指図を必要としない存在だったからだ。
 実力的に劣っていた、試作品だった、様々な仮説が成り立つ。
 (だから、残っていた)
 ランティス博士の悲しみを投影されることなく。
 ウリエルは、わからない言葉で話す自分たちを見つめながら、ただじっとそこにいた。
 そこにいる、すでに全宇宙を通じて片手の指に数えられるほどでしかなくなっている自分たちの主を守るかのごとく、真摯に。
 「で、それの何が問題なんだ?」
 「つまり、これは僕たちの手に負えないと言うことなんだ。はっきり言うけど、ネーデの科学力は地球よりも少なくとも数世紀は進んでいる。平和のための施設とは言え、危険だというのが僕の意見だ」
 そう、危険きわまりない。
 すぎたおもちゃを赤ん坊に与えても、価値がわからずに壊すだけのことだ。
 (そして、それは、ネーデの意志でもある。僕たちが託された……)
 平和のために、銀河のために作られた施設であったとしても。兵器として存在している限り、牙をむくことになるかもしれない。まさにネーデはその運命をたどったのだ。
 忘れやしない。最後の瞬間に、彼らが選んだ道を。
 自らの存在を粉々に消滅させることを、彼らは望んでいたのだから。
 自らの科学力が生み出した恐るべき兵器を封印するために。
 最初は平和のためにつくられた存在だったとしても。
 (エナジーネーデは、自らを破壊した。それは、自らの進みすぎた文明を抑制するため。それを止めるには、自らが滅びるしか道はなかったんだ)
 ……ここでこんなモノがでてきてしまっては、彼らの遺志に背くことになる。
 「確かにな。ただ、それはお前が決めることではないはずだ」
 ラジェイが指摘した。図星を指されて、クロードはつまる。
 マカートニー、この部隊の最高責任者はじっと考え込んでいた。この部隊の責任の決定はすべて彼にあったのだから。
 ラジェイが言ったのは、こういうことだ。
 同時に、この設備は地球にとって数世紀先の施設であることには間違いがないのだと。のどから手がでるほどほしい「未来」の情報。
 軍事施設といい、人間が存在することを前提としているからには医療設備や環境設備も地球より数段優れた技術が存在しているのは間違いなかった。後にも先にも、その時代の最先端の技術が集まるのは軍という存在だ。
 その可能性には、ラジェイも気づいているようだった。そしてもちろん、レナにも。
 この聡明な少女に、下手に真実を覆い隠しても無駄なだけだ。
 ウリエルに案内されたネーディアン控え室。
 暖かく入れられた紅茶も、彼女の寒さを癒すには至らない。
 目には見ることは出来ないほどかすかに、だが確かに少女はふるえていた。ここにこんなものがあったこと。自らがそれを目覚めさせてしまったことに怯えていた。
 そして、自分たちが彼の仲間を消滅させてしまったことも。
 今は、声をかけてやることも出来ないのが恨めしい。本当は不安にふるえているその肩を抱きすくめてやりたい。今の君とは全く関係ないんだ、といってやりたい。
 君は、こいつらの主なんかじゃない。
 だから、そんなに怯えないで。
 (今、君はここにいる。だけどそれは偶然にすぎないんだ。君がそんなに切なそうな目をしてみつめるものじゃないんだ)
 少女の考えていることは、分かり切っている。
 すぐそばにいる、自分たちが殺したものたちの兄弟である、ただひたすらに彼女を待ち、仕え、帰ってきたことをうれしく思っているウリエルのことだ。
 瞳で訴える。
 では、あなたは待っていたの?
 何十億年もの間、私たちを待っていたの?
 ここでただ一つのものを守りながら、一人寂しく、ずっとずっと幾星霜の時を重ねてきたの?
 (やさしすぎるんだ……君は)
 十賢者は、意志があった。宇宙を破壊するという明確な意志の元に動いていた。だから、自らの世界を脅かす敵として、冷静にもなれた。それでさえ、封印されていた時間を思い、心を痛めていたのに。
 機械に感情が生まれ出るのかは知らない。ただ、自分たちが戦った存在、神の十賢者は復讐のために自らを揺り動かしていた。
 一方的に狂わされたものたち。
 しかし、彼らも消して憎みきれる存在ではなく。
 ……作り出して置いて、必要なくなったら、手に負えなくなったら封じるのか。
 自分たちを生み出したお前が、自分たちを否定するのか。
 勝手にこの世に存在させて!そんなことをするくらいならば、はじめから生み出さねば良かったのだ。自分たちの手に負えないものになる前に!
 (こんな宿命を持って生まれ出てきたのは誰のせいだ?こんな風に私たちを「作り上げた」のは。いったい誰だったというのだ!)
 ガブリエルの悲痛な言葉が忘れられない。天使を背負い、業を背負って、それでも彼らは輝こうとしていたのだ。
 生まれてこなければ、よかったのだ。
 我らなぞ、生み出さねば良かったのだ。
 自分たちを否定したモノを、否定し返す。あまりにも規模の大きすぎる親子ゲンカ。
 (悲しみの)
 ただ一つのよりどころを失って。
 ランティス博士は、研究のために、自らの娘を殺された。
 科学のために、最愛の娘を殺されて、科学を呪い、科学を破壊しようとした。それは許されることではなかったのだけれど。
 でも、彼らはただ、ただひたすらに自らの体が命令するプログラミングに逆らえなかったのだ。
 (フィリアがいない銀河なぞ、意味がない)
 それは、「愛するものを失わせる発展など、何の意味があるのか」という問いかけ。
 「発展のためには、すべてを犠牲にせねばならないのか」という、あまりにも悲痛すぎる叫び。
 しかし、科学を封じるために、そのほかのたくさんの命を失わせようとしたのが彼の間違いであり、そして彼に唯一出来ることだった。
 結果的に、それは成功したのだけれど。
 しかし、巻き込まれたのは、彼らの方だった。「銀河を壊す」という使命を自分たちに課されたままに。
 (お前たちにこれがわかるか、叫ぶのだ、頭のなかが!憎悪と嫌悪と怨嗟、自らの遺志とは無関係にそれがふくれあがっていく!壊したい愛したい守りたいつぶしたい、そのジレンマがわかるというのか!醜い思いだとわかっている、しかしそれに体中が支配されていくこのおぞましさがわかるというのかっ!)
 そうだ、彼らも。
 (ネーデを愛していた……)
 レナを見やる。
 彼女も、あの場にいて、あの地で。同じ言葉を聞いたのだ。
 泣きながら。紅き髪(神)に……
 (そう、そして……)
 ……そんな悲痛な存在に、刃を向けることが出来たのは、自分たちがネーデを背負うという意識のため、使命のため。
 逆に言えば、そうでなければ戦うことなんて出来なかった。
 37億年の間、自らの親によって閉じこめられた哀れな子供たちを。
 自分たちを認めてくれ、と叫んでいた「ただの反抗期の子供」を。
 (しかし)
 このウリエルは、狂っていない。
 しかも、これは平和のための施設。銀河を守るために作られた施設。
 (僕たちの手には負えない)
 それは分かり切っているのだ。この技術を地球に持ち帰れば、さらなる発展と引き替えに、恐るべき時代が訪れると言うこと。
 ネーデが身をもって示した、科学の発展の行き着く先に大幅に近づいてしまうこと。
 地球の歴史を鑑みて。
 それが、刃にならないとどうして言える?
 ウリエル。
 39億年の帰還を待ち望んでいたものよ。
 ただひたすらに、銀河の平和のために、その身を悠久の時に捧げてきた意志よ……








    

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