In My Blue Sphere 10
―蒼い髪の天使―
一方、そのころクロードは。 不透明な不安を抱えたまま、彼は、マカートニーの部屋を訪れていた。 何か足りないピースがあるような気がしていたのは、この青年も同じであったから。 話し合う内容は、けして笑いながら話すことの出来るものではなかったけれど、このまるで親子のような二人にはそんなものはいらないらしい。 「さっき、ラジェイードがきておった。どうも不安そうな顔だったな」 「ああ、あいつはいろいろありますからね。考えることもあるのかもしれません」 一つだけ言い置いて、去っていったラジェイードの話は、ずいぶん興味深くこの老人には感じられたらしい。 「お前たちは全く違うのに、どこか通じ合うものを感じるな。見ていておもしろいと思う」 「それは、あなたにかかったら僕もあいつもひよっこでしかありませんからね。わかってますよ。父さんだって、あなたにとっては子供にすぎない」 「おお、あいつは子供だよ。自分の地位に怯え、下のものへの責任にまだ怯えているのがな。そして、すべてを同じように見ようと、冷静な瞳で見ようと努力している。それは指揮官としてあってしかるべきで、避難する資質ではないが、何でもかんでも見ようとするのは悪い癖だ」 ふと、マカートニーの言葉が何を示しているのかがわかって、クロードは苦笑を漏らした。こういうところが、さりげない優しさが部下に慕われる要因なのだろう。 「僕も、最近になって父さんの気持ちがわかりました。すべてを平等に、戦力に見ようとしていたのは、僕も同じだったんです」 彼が抱えていた不安の正体。クロードが軍人としての道を選んでから、父としての顔を見せることなどなかったロニキスへの物思い。 感情を交えずに。それが、正しくあるべき姿だと。 彼は、そう全身で示していた。さりげない行動の端々にも、まるで病的なほどに父としての顔を隠そうとしていた。 それが、なぜだったのか。今なら、わかる。 マカートニーは目を細めたようだった。まるで何か、優しいものを見るような瞳で。 「それに気づくことが出来たのは、あの少女のせいか?」 「っ、そんなっ……」 図星を指されて、詰まるクロードを豪快な笑いで和ませながら。マカートニーはそうかそうか、とうれしそうに前向きに微笑む。 クロードといえば、それに何を返すことも出来ず、記憶の中に思いをはせる。 (そう。あの雪の降る夜に。君が教えてくれたんだ) 白く舞い散るささめゆき。あの夜に紡いだ大事な約束。使命に囚われて自分の私的なことなど考えまい考えまいとして心を閉ざして苦しんでいる自分に、彼女は頬を張り飛ばして、泣いてくれた。 (なんでよ、何でそんなこと言うのッ!いつか終わったらなんて、そんなことなんか聞きたくないっ!) どうして、信頼してくれないのと。 誰かの影でなくていいのだと。あなたは、あなたのままでいいのだと。望むことをしていいのだと。 考えてはいけないことなど、ないのだと…… ゆっくりと、思い出す。淡くてはかなくて時のしじまに囚われてしまいそうなホワイト・イマージュ。 父が犯して、子が犯そうとした過ちに、レナが気づかせてくれたのだ。 「なるほど、あの少女を大切に思うのはそのせいか。まぁ、わかるな。たしかに彼女にはそういったものが感じられる。よりどころにするのはわかる」 ええ、と応えて置いて。 クロードは、ふと彼の台詞に引っかかりを感じた。 よりどころ。 かすかに瞠目して。 「一つ、聞いていいですか」 よりどころを失ったもの。 「もし、よりどころを失ったとしたら、人はどうなってしまうと思いますか?」 ランティス博士、十賢者が愛していたフィリア。レナと同じ蒼い髪で自分の前に降り立った願いの天使。 にくしみではなく。対敵したのに、浮かんできたのは限りない悲しみ。 そして、それにマカートニーは質問を持って応える。 「お前ならどうだ?あの少女を、お前が失ったとしたら」 クロードが見開く瞳。 今、僕がレナを失ったら。 どこかで生きていてくれれば、幸せになるならそれでもいい。でも、彼女が死神の御手に囚われ、もう二度と笑いかけないと、あの蒼海の髪を指に絡ませることが出来ないとしたら。 「……狂います」 正直に、告白した。 そう、間違いない。自分は、狂気に飲み込まれてしまうだろう。彼らと同じように。 いみじくも、レナも同じことを思っていたのだが、クロードがそれを知るのはまだ先のこと。 「お前の父も、そうだった」 「え?」 淡々と語られる言葉は、それ真実だと証立てる。 彫りの深い顔にさらにしわを増やしながら。 「ロニキスも、お前を失った時、取り乱した。いや、けして部下の前ではそれを見せようとしなかったがな。わしにも、イリアにもわかった。泣いてはならない悲しみのあまりに自分を責め続けて忘れるまいとして苦しんだのが」 その程度が見抜けない年ではなかった。 その程度が見抜けないつきあいでもなかった。 「あの通りの男だからな。素直にはなれまい。お前が帰ってきた時も、喜んだが、泣きはしなかったろう?」 「ええ……」 母譲りの金髪の髪。父からもらった蒼い瞳。 どちらがいなくても、自分はこの世に生まれ出てこなかったのだと。 「帰ったら、もう一度話をしてやるがいい。まだわからないのだ。お前への接し方が。父として接するべきなのか、それとも上官として接するべきなのか。ずっとずっと20年間悩み続けて、まだ答えがでない阿呆だ」 優しく、教えてくれる。 救うように。 どれだけこの人が「自分たち」にとって大きい存在だったのか、もう何度思い知ったことだろう? 小さい記憶。 頭をなで、慈しんでくれたもう一人の父親。 忙しくてなかなかこれない父の代わりに懐いた。それを苦笑しながら母は笑っていた。戻ってくるたびに、ロニキスは彼からクロードがどうすれば喜ぶかを一生懸命聞いていたのだと、「内緒よ」の一言ともに教えてくれたのは最近のことだったけれど。 あの父を、阿呆と呼べるのはきっと彼だけに違いない。 帰ったら、一度父と話してみよう。そして、この人もいっしょに、家族で食事をしよう。そのときには、レナも行きたいというに違いない。 「さぁ、もう休め。もう夜も遅い。明日は早いぞ、ここを封印して早々に地球に帰還する」 もう話は終わりというように、マカートニーは腰を上げた。その優しい瞳に、さらに安心感を覚えさせられながらも。 「まだ、10時ですよ?出立は7時でしょう?」 「そうはいっても、ここの時間は地球標準時間より1時間半弱、短い。ぐずぐずしてはおれんさ」 何とはなしに、言い放たれた言葉。 「……今、なんと言いました?」 パズルの、ピース。 「ぐずぐずしてはおれん、といったが?」 「違います!その前です!」 叫ばずにはいられなかった。何で気づかなかったのだろう。39億年。37億年。 マカートニーは、驚いた顔のまましかし、息子に対して怒りはせずに。 「ここの時間は、地球の標準時間より1時間半ほど短い、が……」 ズドガアアアアアアアアアンッ! 「しまった!」 「何事だ!」 爆発音。マカートニーは早かった。すさまじい音と煙に耳が支配される。ランフォード候補生の部屋か?と、確認するように。そのまますぐにいけ、後で合流する、と告げて。 それを上の空に聞いて敬礼も忘れ、クロードはかけだしていた。手にはフォストガンがすでにある。 (しくじった) パズルのピース。「主様」。 ネーディアンが一人しかいなかったので、見落としていた。 しかし、ウリエルは自分たちのことをちゃんと認識していたのだ。それなのに、なぜ「主様」と呼びかけたのか。 鍵は、時間。 (僕は、2億年という時を頭から信じ込んでいたんだ。だから、ランティス博士とは切り捨ててしまった。彼がランティス博士が作ったものでないと思っていた) ネーデの標準時とエクスペルの自転速度は、地球の標準とほぼ同じだった。だから、生物時計に会わせて生きることが出来、それに違和感も感じることはなかった。そして、それが自然発生した、生命の息づく惑星の条件でもあった。 (しかし、ここは人工的に手を入れられた惑星) 1時間半の1日の短さにも、対応できるように、ネーディアンによって改造を施された惑星! (彼の感覚では、39億年だった。でも、しかし) たった1日1時間半の差異でも、それが37億年の間続いたとすれば! 1日20時間で自転する惑星を考えてみればいい。24時間の惑星が120時間を5日と感じても、それよりも4時間も1日が短い惑星はそれを6日と感じるだろう。 そして、それが規模が大きくなり。1日単位のずれが1週間、1年、100年、1000年となり。それが2億年にまで発展していったのだ! きっと、彼はこの惑星時間をインプットされていたに違いない。この惑星にとっては、標準時で37億年という時間が、39億年に感じられていたのだ。 記憶の隅に追いやられていたデータベースが今はうるさいほどに自分を責め立てる。なぜ早く気づかなかったのだと。ギヴァウェイデータは教えていた。 (十賢者は、すべてランティス博士のつくりあげたものだった!そう、きっとあのウリエルも!) 風を感じ、勢いを感じながら、金髪の髪を振り乱して、クロードは一心不乱に目的地へと走った。髪も格好も気にしていられる余裕なぞなかった。 主様、という呼びかけは。 (フィリア!) きっと、長い年月で、プロトタイプの認識能力はかなり低下していたのだろう。 同じ蒼い髪を持つ、同じ年頃の少女へと、その歓喜は向けられた! (そして、彼女がここにとどまらないと知れば) どんな暴挙にでるのか! 「レナ!!!!」 けたたましい音がさらに響き渡った。銃声か、と体が認識する前に。 すべりこんだのは、簡素な部屋。銀色の奔流。そして。 彼は、見てしまった。 二人、血まみれになって。 重なるように、ラジェイの下に倒れている。 ……最愛の蒼い髪の少女を。 |