In My Blue Sphere 6
―夢追い人―
「あれは、遺跡なのか?確かに人工物のようだが。それにしてはずいぶん巨大だな」 紫の髪をうっとおしげに一房にまとめ。ラジェイードがバイオスキャナーを片手にその、確かに自然にはありうべかざる大きさと材質を持ったドームを見上げて、一番最初に発した言葉はそれだった。 見ると、手に持ったウィィィンという音がそれを如実に炭素体ではない、無機物であると伝えているらしい。 「確かに、こちらの方も自然物体だというデータはでていない。構成物質はこれまで見たこともない新しい素体で出来ている。炭素系生物が作り出したものかはまだわからないけれど」 答えて、クロードも自分の担当である地震波計をはじめとする、最新機器とともにラジェイードに倣う。手慣れた様子で操ることが出来る機器には、これは少々荷が勝ちすぎるようだった。 真っ黒い、球体。 おかしな物体を調べるうちに、これは自分の手におえる存在ではないのかもしれない、ということをクロードは思い始めていた。 マカートニーの指揮で惑星クロノスに降り立った自分たちを迎えたのは、これぞ人工物です、というのを全身で主張しているような建築物である。 全長600メートル。高さも500メートルほどはあるだろうか。それは黒光りする、まるで砲丸投げやハンマー投げに使われそうな球体をそのまま大きくしたかのような……ドームだった。 初めて見たとき、寒気を感じたのは、きっと過去の過ちのせいなのだろうけど。 マニュアルにでてきていない、対応を審査される対象だ。そばでラジェイが、興味深そうにそれをじろじろ眺めているのをふと見やった。 どうやら彼は、退屈なミッションだと思っていたが、こういう少しおもしろみを刺激される物体がでてきたのを楽しんでもいるらしい。まったくどこでも物怖じしないんだな、とその様子を見てクロードは一人ごちる。もしそれを面と向かって言えばお前が怯えすぎなんだよ、と帰ってくるだろうが。 無機質な建築物。 ……お前は、どのくらいここにいたんだ?この知的生命体が生まれてもいないこの星で。 鬨の声。 古代の遺産。 ざっ、と大地を踏みしめる音。 問いかけは、何者にも届かずに。 クロードは、自分がややそれを恐れていることを自覚していた。 もちろん、クロードが怯えるのには理由がある。得体の知れない建築物に出会うのはこれで2回目なのだから。 まぁ、それで結果的に良かったとも言えなくはないので、運命とはわからないモノだと……今なら、言える。 手元の監視スキャナーは、まだこの建築物の構成物質は、これまで見たこともないような人工原子によりその形を成している、とうるさいほどにつたえてきていた。 といっても、全く知らない、というのはこのスキャナーだけで、それはこれが全くの自然惑星用の簡易スキャナーのみであるのも理由の一つだった。 、事前の調査で炭素生命体が生息するのに適した星、という条件を満たした居住型惑星専用のスキャナーにすぎない。 すなわち、人が生きることの出来る星には、難しい元素を調べる機器はいらない、ということだった。 そこに、知的生命体がいない限りは。 知的生命体が存在している時点で、初めて、「自然界で存在し得ない構成原子」の意味がでてくる。 星々を旅する上で、生命体、と呼ばれる炭素の集合体……生命の秘密についてはこの時代でもまだ明らかにはされていないが……が存在することが出来る場所には限りがある、というのはもはや原則といって良かった。 遊離酸素を含む惑星は希少なのだ。 (それだけなら、この手持ちの装備だけで何とかなるはずなんだけどな) すなわち、住むことが出来る惑星は、ある一定の条件を満たしていなければならない。と、言ってしまえば簡単だが、恒星と星の距離、重力バランス、恒星を巡るときの軌道が一定であること、自転速度、そのほか数え切れないほどの難題をクリアしなければ有人惑星としては不適格だ。 それを兼ね備えた星がひどく希少価値の高い存在になるのはあたりまえのことである。 (たしか、どこかで読んだ本で魚の卵にたとえていた学者がいたっけ。まぁたしかに、幾億もの卵のうちに成人できるのはごくわずか、という点はとても似ているかもしれない。それでも、魚の卵よりもずっとずっと低い確率でしかないけれど) どういうことかというと、居住可能惑星の特徴は、少なくとも原子的特徴は、ほぼ一定している。 逆に言えば、その原始的特徴がそろっていなければ、生命体は生まれることはないと言うことだ。 知的生命体がいれば、新しい原子を作り出す可能性も十分にある。しかし、知的生命体の存在が確認されていない、正確には新しい原子を作り出すほどの力を持った生命体が存在していない限り、ある一定以上の装備は必要がないのだ。 この惑星は、数少ない例外というわけだった。 ボリュームを下げてやろうか、というほどの「俺にゃわからん」。 このスキャナーは炭素生命居住惑星用であり、未知の物質である建築物の構成にはさっぱり役に立たない。 「まぁ、ふつうはこんなものがあるとは誰も予想しないからな」 と、ひとりごちるラジェイ。ラジェイの方もオーケストラがうざったそうだった。 「確かに。君の方は分析終了したのか?中の生体反応は?」 「この程度の装備でこの中のものまでスキャニングは出来やしない。わかりきっていることだろう?」 「分かり切っていることでも聞きたくなることはあるさ。……僕は臆病なんだ、出来ることをすべてやってからちゃんと調査を始めたい」 ふと、自嘲気味につぶやいて。 その言葉を聞いて、どちらかといえば冷静なラジェイは、紫の髪を翻してクロードの方に見返る。 「……お前は、変わったか?」 「え?」 「いや。お前の口からそんな言葉がでるとは思わなかった。悪かったな、忘れてくれ」 理解できないことを言って、忘れてくれとはずいぶん虫のいい話だけれど。 クロードは気にしないことにした。それよりも自分の担当の方に集中しなければならないからだ。 前述したように、持っていた装備には、限りがある。それをフル活用して、この時点でとれる最大限のデータを取得しなくてはならない。 水という名の世にも珍しい、「液体から固体への変化の過程で密度が減る」という分子が存在するのも有人惑星の条件の一つだ。 そして、その水色の髪を持つ女性が、クロードの方を振り返った。 それに気づいて。 「ねぇ、じゃなかったクロード少尉、重力査定完了しました。99万0008ミリガル。地球型惑星標準重力です」 ひょこん、と近寄ってきた影に、そのまま指示を出す。 「緯度と経度は?」 「あっ、忘れてました。ごめんなさいっ」 「そのへん、しっかりね。重力は引力だけじゃなくて遠心力も加わるんだから。自転軸、つまり中心からの距離によって遠心力に違いがでてくることは習っただろう?だから緯度と経度によって微妙に違いがでてくるんだ」 新米士官候補生には重力検査はすこし難しいんじゃないかな、と思っても、それは少女への期待であるらしい。クロードは彼女を地球に連れてきた自分の判断の正しさをかみしめる。 と、ひととおり調査が終わったところで。 「用意は出来たか。そろそろ出発するぞ」 マカートニーの号令がかかった。 その口振りからすると、入り口と思われるものとパネルはすでに見つかり、解析をしていたようだ。手回しの良さはさすがというべきか。 シュッ、という音が響き渡る。 透明な開き式のドアが現れた。最高責任者がうなずくと、数人がまず警戒心をむき出しにしながら前へと踏み出す。 その中でも真っ先に踏み出したのはマカートニーだった。そういうところはロニキスとそっくりだ。 すでに皆、武器を携帯している。クロードは愛用のフェイズガンを惑星マリクシャータから購入したフォストガンという武器に持ち替えていた。 「最近はずっとそれなのか?ずいぶん高級品だったと思うが」 「まあね。高いのは本当だけど、それに見合うだけの価値がこれにはある」 その言葉に肩をすくめるラジェイは相変わらず連邦支給のままだ。これが一番使い勝手がいいという。まぁたしかにエネルギー充填パックがタダで手にはいるという点ではこちらの方が優れているかもしれない。それをおかしそうにみやるレナは紋章術師であるので武器は必要としない。が、足から覗く短剣は希少な紋章技術惑星、レピで売られていたもので、紋章術の効果を増幅させることが出来るらしい。 かつん、かつん、という音が響き渡る。 まるで怪物の体内であるかのようだ。音もない、ただ、壁だけが一行を奥へ奥へと導いている。得体の知れない雰囲気が漂うのは、ここが異境であるからだろうか。 あいかわらず、スキャナーは予測不可能としか言わない。 「中も全くわからないな。構成元素の半減期を調べれば、少なくともある程度年代の断定は出来るはずなんだが」 「……確かにそうだが、それはキグナスに戻らないと」 ラジェイはわかっているくせに無理なことを言う。この設備で元素年代を特定することなど出来るわけはないだろうに。 暗に、これがどのくらい前にたてられたのか、ということを言っているのだ。 物質の年代を特定する方法として元素の半減期を使う方法があるのは確かだ。しかし前に述べたように、そのレベルの設備はないのだ。 しかも、これがキグナスのスキャナーで把握しきれる原子なのかどうかもわからない。 しかし、原子を安定させて物質にまで使うことが出来るのは、相当な科学力を持つ存在がここにいたことになる。 それは、懸念か。それとも期待か。 マカートニー以下、8名が先を進んでいくうちに、さらに光を見つけた。あごをしゃくって調査を促すと、すぐにハンディコンピュータをもった研究員の一人がそれを解析にかかる。 「ライトスイッチのようです」 「ずいぶん原始的だな。それ以外はないのか?」 ありません、という簡潔な言葉にめいめいのハンディライトが閉じられる。パパパッ、と、部屋に明かりがともり、わずかに目が慣れるまでの時間を費やした。 (あれ?) 明かりに目に入ってくるのは、とても無機質な壁だった。 ごくふつうの彩色だ。というか、彩色などはじめからありはしないというべきか。ありふれた、研究所や施設にありがちな壁と床なのだけれど。 わずかな、違和感。 というよりも、これは。 「レナ、どうした?」 先に少女の様子に気づいたのはラジェイの方だった。見ると、少女もわずかにいぶかしさを感じているようだった。 「何でも、ないです。わからないですけど、でも……」 怯えているのか、それとも何かにとまどっているのか、傍目には判断が付きにくく。 彼女の瑠璃色の瞳には何が映っているというのだろう。一瞬、ここではないどこかを見た気がしたのは気のせいなのだろうか? 無骨な老兵は、気にせず進んでいった。そういうところも彼の旧友に似ている。部下をためらわせるよりも自らが真っ先に進んでいこうとする勇敢な態度は、クロードの父親にも見られるところ。 それも、彼らなりの気の使い方なのだと知ることが出来たのはつい最近なのだけれど。 「……何か聞こえなかったか?」 ラジェイに、問いかけようとした言葉は、研究員によって止められる。 「次の部屋です。構造からすると、コントロールルームがあるかもしれません」 「わかった。進んでみよう」 音もなく、扉が開いた。 その瞬間、がしゃん、という音が聞こえた。 「総員、警戒態勢!」 マカートニーの指示は早い。あらかじめ打ち合わせておいた陣形に素早く隊列を変更する。まだ武器を構えよとの指示はでていない。しかし、すぐにでもみんな戦闘に入れる体制だった。 がしゃん、がしゃん、という音は、それをたてていた物体とともに止まる。 それは、一体の、ヒューマノイド型アンドロイドだった。しかし、人間でないことはすぐにわかった。なぜならば彼の半身は色とりどりのコードで覆われていたからだった。 次の瞬間、それは驚くべき言葉を発した。 それは、8人の調査隊のなかのたった二人だけにわかる言語だった。 「……オ帰リナサイマセ、主様」 |