In My Blue Sphere 16
―エピローグ―

    




 「ねぇ、あの星かしら?」
 「ん……?ああ、そうだね」
 わずかに名残惜しさをはらませて、レナがそんな風に訪ねてきた。それに、いつもと何も変わらない、ただ優しい笑顔でクロードが応じていた。
 ちりばめられた星の宝石箱。
 いつもと変わらないはずなのに。でも、その表情にわずかに悲しさをたたえているようにも見える。でも、それは自分も同じなのかもしれない。
 ゆっくりと読みとる、自分の映った瞳を感じながら、二人はプリシスから要請のあった惑星エディフィスへと船を向かわせていた。
 ちいさなシャトルで。
 「ねぇ」
 そっと、レナが呼びかけた。
 「いつまで、そうしているの?」
 「……時間になるまで。ダメかい?」
 いたずらっぽく語りかける薄青の瞳に。
 「ダメじゃ、ないわ」
 それは私も望んでいることだし。
 さっきからずっと、後ろから抱きすくめられたままに。ぬくもりを感じながら。気持ちを紛らわすなんてことは必要ない。切ないように、身を絡ませる。視線を移しこみながら。
 「痕、残っちゃったね」
 白い腕に。
 「目立たないし、いいわよ」
 クロードがわずかに悲しそうに撫でさする傷は、あのときに出来たものだ。
 女神を降臨させた時に。
 自分の力量を省みず、無茶をした代償だった。でもそれだけですんだのなら安いものだ、とレナは思う。この人と、一緒にいられるのだから。
 「そういえば、まだ言ってなかったわね」
 「え?」
 後ろから、言葉が返ってくるのにあわせて。
 「昇進、おめでとう、クロード少佐」
 「……ああ、そっちもね、レナ少尉」
 二人きりたたずんだ簡素な宇宙船の片隅で、星々の連なりを見つめながら告げた少女の横顔の美しさ、雪のようなはかなさ、そして限りない優しさを感じとり。
 あの後、二人は大変だった。
 レナは限界を超えた行動のせいで寝込んで、しばらく動けなかった。その間に、キグナスの報告。マカートニーのことを聞いたロニキスは、ただ一言、そうかと呟いただけだった。でも、クロードには、もうわかっていた。それが彼なりの必死のポーズなんだと言うこと。隠してもわかる、ただの強がりなんだということ。
 驚いて、感情を揺り動かしてしまえば、きっと涙は堰を切ったようにこぼれ出すのだろうから。そんな無様な姿を見せたくないだろうから。
 物言わず、子供のように泣きじゃくって。
 そんな父を、子供の頃のように愛しいと感じた。
 昇進を告げられた時、クロードは自分の耳を疑ったことを思い出す。マカートニーの最後の願いは、そういう形で実現されたのだ。責められもしなかった。ラジェイに言わせれば、「あれだけ見事に艦を操って見せた人間をほっぽっておくわけがないだろう?と。その彼も、わずかに遅れて少佐へと昇進していた。
 そして、後から派遣された調査隊によれば、惑星クロノスはどこからか発した大量のエネルギーに抱きこまれ、住むはおろか、着陸さえも危うい状態であるという。
 でもそれは。
 「きっと、ウリエルはあのままでいたかったのよ」
 ぽつり、呟いた一言。
 「目覚めたくなかったのよ。だから」
 だから、もう二度と目覚めぬように。
 もう二度と、呼び覚まされぬように。
 ずっと、愛した女性の思い出を胸に抱いて。
 ひどく遠い、そして近いように思われる出来事を反芻した。レナは優しいな、という一言をどこか遠くに聞いていた。
 違う、優しくなんかないの。
 だって、私は、捨ててきてしまったんだもの。
 あなたを、選んでしまったんだもの。
 そう思うこと自体優しさだと気づくことなく、レナは自らを支えてくれる肩にゆっくりと頭をゆだねた。両肩からこぼれ落ちる髪がジャケットの上に広がる。
 「ねぇ」
 見上げる視線。
 見下ろす優しい微笑み。
 静寂の彼方。でもそれは限りなく。
 青年には、わかったようだった。わずかな休暇を堪能しようか、と紡がれた後に、求めていたものが降りてくる。
 少女は、それに併せて。
 「好きよ」
 呟いて、蒼いまつげに彩られる美しい瞼をゆっくりと下ろしていった。
 その場にいる天使達と、そして煌めいていた銀色の天使に、精一杯の祈りと真実を誓いながら……





fin        


    


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