In My Blue Sphere 7
―星の狭間―

    




 「39億年間、ズット、ゴ帰還ヲ、オ待チシテオリマシタ」
 抑揚のない声で、そのものは告げた。しかしそれは、歓喜に満ちているようともとれた。
 機械に感情があるのかなんて、今の彼にはわからなかったけれど。
 半身が虹色のコードで埋め尽くされていることから、機械であることはすぐにわかる。しかし、ぬめっと光る銀色の髪とこの世のモノでないかのような無機質な美貌は、過去の記憶を思い起こさせて。
 いや、聞き覚えのあるといっても、過言ではないかもしれないのだ。
 「39億年……?」
 「ハイ」
 自分の思わず口走った言葉に、背筋を悪寒が通り抜けた。
 39億年。
 途方もない、永い長い時の記憶の彼方……そして、彼らが、狂う前。
 冷たい風が吹き抜けた。忘れ去られてしまうほどの、一つの文明を育ててしまうほどのおびただしい悠久の年月を彼はただひたすら、それ以外出来ることもないままに待ち続けていたのだ。
 瞳に浮かぶのは紅玉。それは見るものによっては炎ともなり、鮮血となる。
 「……何者だ?この言語は何だ?」
 二人の顔色が変わったのを察して、老提督がいぶかしげに見比べる。
 「……古代の言葉です。言語配列は第1種。ただし、副詞と形容詞の活用形が第3種になります。言葉自体は、古代クロステリアンと似た部分があります」
 簡潔に説明をする。
 言語には、少なくとも「ヒューマノイド型が発音できて言語として使うモノ」にはある一定の特徴がある。そして、古代の言葉とはいえ、それは例に漏れてはいなかった。
 しかも、機械音声であるからか、非常に聞き取りやすい。
 例の、言葉。
 「通訳できるのか?」
 「ええ。しかし」
 通訳したくありません、という言葉をクロードは必死で飲み込んだ。遅かれ早かれ、この精鋭部隊の言語能力ではすぐに言語を理解してしまうだろう。クロードが未知の星でそうしたように。
 無機質の極みのような機械仕掛けなのに、ただ半身だけが人に似せて作られて。
 ……彼らと同じように。
 そして、そのものは、まるで人間であるかのように頭を下げる。
 「ソシテ、ヨウコソ。我ガ名ハ、ウリエル。ココノ監視ヲ命ゼラレテオリマス。こんとろーるるーむニゴ案内イタシマス」
 「名はウリエル。来い、といっています」
 マカートニーはためらわなかった。十分に警戒をせよ、と告げて。
 風が吹き抜けたような感覚が錯覚にすぎないことはわかっているのだけれど。
 何者をも映すはずのないあざやかな美貌が、しずしずと進んでいく。
 そのものは、奥へと導こうとしていた。ドアを開けても、そこはほとんどホールに近いらしく、あまり重要そうな設備は置いてはいない。と、ある壁の一つに手を触れた。
 シュンッ。
 音もなく、扉が現れる。ウリエルの手招きに導かれて入ったのは、いかにもといえるようなパネルと機械とで埋め尽くされた部屋。
 夜のしじまと星の営みが見え隠れする見慣れた装飾。
 息づくものは何もない、真の静寂。
 踏み込みながら。このなかで、唯一の長い耳を持つ少女はぼうっとしたようにそれを見つめていた。いや、熱に浮かされたという方が適当であるかもしれない。ただ気づいているのか、ぎゅっと胸元のペンダントを握りしめたままの仕草が彼女の気持ちをたたえていた。
 ……主様。
 あの呼びかけは、間違いなく少女に向けられたものだった。
 ウリエルはまっすぐ自分たちの方を見据えていた。否、レナの方だけを。帰ってきた主を迎える忠実な従者のごとく。
 この施設に課せられた使命を遂行するために。
 (気づいているの?レナ)
 彼の言葉が本当なら。この施設が建てられたのは39億年前だと言うこと。
 それは、つまり。
 「ドウゾ」
 「入れといっているようです」
 ためらわなくはなかったのだけど。
 しかしクロードの尊敬するもう一人の父にその言葉はないかのようだった。ライトアップがされるコントロールルームに、靴音だけが迷い込む。
 それは、ひょっとしたら破滅への足音だったのかもしれない。
 (……ああ!)
 そこにあったのは、見覚えのある、壁。
 どうして最後まで、ここがそうであると信じられなかったのか。
 ここに、こんなモノがあるとは思いたくなかった。
 何でここに、こんなものがあったのだろう。これは運命のいたずらか。もし彼女がここにこうしていなければ、この施設は目覚めなかったはずだった。
 (何で、何で)
 37億年前じゃない、39億年前。
 ここが存在していたのは、最後に彼らが訪れたのは彼らがいなくなる2億年も前。
 それは、つまり。
 少女は、明らかに怯えていた。自分の運命に怯えていた。
 もう二度と、見たくなかったのに。
 ウリエル。天使名を持つモノ。
 そして。
 コントロールルームは、数億年の間眠りについていたと予想されるのに、ほとんど原形をとどめているようだった。紋章力の技術の応用だろう、と推測される。
 「ものすごい科学力だな。我々の技術を超えているのかもしれん。……ここはいったい何のために作られた施設なのだ?」
 これは、きっと。
 クロードは、唇をかみしめた。苦い記憶を思い起こさせるものに。
 こんなものに、二度と出会いたくなんかなかったのに。
 もう、これを作ったモノは消滅しているのに。帰る場所はないのに。
 しかも、彼らは。
 でも、それでも言わねばならなかった。無言は許されなかった。
 傍らにいる、少女を守るためにも。
 そのものたちの故郷を結果的に滅ぼしてしまった光の勇者は、痛い思いで、口を開いた。
 その口から語られるのは、紛れもない真実。
 「ここは、古代ネーデの施設です。39億年前に建てられました」
 マカートニーが、いや、その言葉を聞いたすべてのモノたちが目を見張った。
 まだ、それだけなら、よかったのに。
 「何のために?」
 問いかけが、被さって。
 39億年前というのは。ここが作られた目的は一つしかない。
 「……銀河を守る、ために」






 そう最初、彼らは、銀河を守るために生み出されたのだ。

 ……狂いたくなんて、なかったのに。






 作られたモノたちが、起こした反乱。それが「ソーサリーグローブの変」と名付けられた歴史的大事件のあらましだった。
 40億年前に、すでに今の地球ですら足元にも及ばない科学力と紋章力を手にしていたネーディアンたちは、みずからを銀河を守る存在と信じ、まだよちよち歩きの文明たちを庇護するべきだと感じた。そしてそのために彼ら、「神の十賢者」を生み出した。
 彼らは、よく戦い、いろいろな星を、厄災を守り抜いた。それはまさに神と言われるのにふさわしいものであったという。
 地球に同じ名が伝えられるのも、もしかしたら宇宙の旅人が星に降り立った時、そのころわずかな文明しか持っていなかった原始の人間たちにその話をもたらしたのではないかという説が成り立つほど。
 そう、彼らは平和の使者だったのだ。
 37億年前までは。




 しかし、2億年後。彼らはある一人の科学者と一部のモノたちによって、宇宙を守るための存在から破壊する存在へと変化した。
 その狂った科学者の名前は、後世に伝えられることはなかったのだが。
 しかし、経緯はどうあれ、それは恐るべき暴走だった。銀河を守るため、彼らはネーデの最新の技術を結集して作られていたのだ。すなわち、不可侵、そして最強の存在であるように。
 数々の星が彼らにより、侵略され、破壊されていった。
 それを憂いた古代ネーディアンたちは、果てしない争いの末、エタニティスペースという名の次元の檻へ彼らを封印することに成功した。
 彼らが、二度と戻れぬように。
 それと時を同じくして、ネーデは自分たちの科学力を呪った。この科学力があんなモノを生み出してしまったのだと。科学の過度の発展は、恐るべき兵器を生み、果てにはこの銀河を崩壊させることも出来るようになってしまった。それは、自分たちの罪なのだと。
 これ以上の科学の発展を禁じ、ネーディアンたちは自らの星を爆発させた。
 そして、エナジーネーデという名の宇宙施設に移り住み、外にでていかないことで、自らの強大すぎる刃を封印したのだ。
 しかし、ネーディアンの最高の技術力が、またもや仇となってしまった。
 封印された十賢者は、時を重ねても、朽ちなかった。
 最高の技術の結晶である彼らを構成している人工原子。それは、その気の遠くなるような長い長い年代、まだ地球が微生物しか存在していなかった頃から今に至るまでの果てしなき幾星霜の螺旋にとらわれても、消滅しなかったのだ。
 そして37億年後、彼らは復活した。その手に神の雷を携えて。
 自らを封印した存在を復讐するため、銀河を滅ぼすために。
 一方、文明の発展を禁じたエナジーネーデ側に、たやすくそれに対抗できるすべはなく。
 今存在している文明のありったけを絞り出して、エナジーネーデ側はそれと戦った。それはまだ記憶に新しい。その先鋒として戦ったのは、まさに自分たちであったのだから。
 生み出したものを、また再び、今度は消滅させるために。
 そして勝ったとき、エナジーネーデは再び滅びの道を選んだ。
 崩壊の対象を、自分たちで背負ったのだ。
 悲劇を生みだしてしまった自分たちの恐るべき科学力を、今度こそ封印するために……











    

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