In My Blue Sphere 11
―「君がいたからなんだ」―

    





 狂気に乗り込まれたクロードを現実に引き戻したのは、その場からあがった一言だったといって良い。
 「取り乱すな!まだ生きている!」
 瞬間、ためらわずにフォストガンをエネルギー最大にしてウリエルに向けてぶっ放した。すさまじい轟音が部屋中を支配し、そのままウリエルが吹っ飛ばされる。
 「レナ!ラジェイ!」
 相手を確認もせずに、必死の形相で駆け寄った。二人は、折り重なって倒れていた。瓦礫にわずかに体を埋もれさせた二人は、どうやらレナをとっさにかばった形になったらしく、出血しているのはラジェイだけだった。しかし、彼は妙に何でもなさそうに身を起こした。
 「大尉、大尉!」
 かばわれてすがるレナは、手早くポケットから三角巾を取り出していた。そのままラジェイへと白い布を押しつける。冷静な声が、広がった。
 「肩をかすっただけだ。心配ない」
 「そんなこと言わないで!早く、傷を見せてください」
 「うるさいな!」
 叱咤は、少女に向けられたものだった。びくっ、とレナが身を震わせるのを見やって。
 「ラジェイ、落ち着け。大丈夫だから。それより、ここから脱出しよう。何が起こったのか知らないが、ウリエルはもうすぐ起きあがってくる……レナを渡すわけには行かない」
 彼の体に課せられたものに思いをはせ、クロードは簡潔に応える。
 「渡すわけにって、クロード……」
 「違うのかい?」
 口をつぐんでしまったレナの代わりに、ラジェイがうなずいた。レナが口ごもった理由が気にならなくはなかったけれど。
 すでに、何度もある爆発のせいでドーム全体がゆがみを生じていた。こういう施設は外から強くとも、中からの衝撃には弱いのだと相場が決まっている。
 「崩れるな……急ごう!」
 試作品とはいえ、この程度でウリエルが倒れるとは思えなかった。十賢者の堅さ、強さは身をもって彼らが体験済みだ。こうなった以上、ウリエルはレナを得るためにひどく危険な行動にでるだろう。起きあがる前に、脱出しなくてはならない。
 ここは、軍事施設なのだから。
 ためらわずに、駆けだした。後ろで、がががっ、という音が響く。後ろから届くのは、ウリエルの悲痛な叫び。それは真実。
 攻撃した時も、彼はただ、彼女を守ろうとしただけだった。
 レナを失いたくないだけだった。
 「主様!!」
 レナはぎゅっと耳をふさいだ。ふさぎながら走り抜けた。聞きたくなかった。聞けなかった。
 それは、悲しい叫び。
 待ち望んできた者が願う。愛していると叫ぶ。
 わかっている。彼は、迷子。捨てられた子供。古代ネーデに捨てられ、そのまま放置されて、時を紡いできたのだと。やっと帰ってきてくれた存在に、すがろうとしていたのだと!
 物言わずに叫ぶ、無機質な機械の固まり。血も流れていない、心臓が鼓動するわけでもない、そんなただの寄せ集め。
 でも、それに意識がないのだと、言い放つことは出来ない!こんなに悲しく叫んでいるのに。こんなに彼らは「人間」なのに!!!
 「主様をさらっていく者、すべて敵と見なす!」
 ウリエルが叫ぶ、無機質でそれでいて熱い声。
 その心の中に隠れた、真実の叫び。
 (捨てないで!)
 ゴミみたいに、捨てないで!
 ずっと待ってきたのに。
 あなたが帰ってくれるのを信じていた。それだけを信じて悠久の時を生きていた。それなのに、帰り着いて、あなたは私を捨てようとしている!
 なぜ、あなたは私を愛してくれないの!?
 作って、用済みになったら捨てるの?どうして、どうして!
 ネーデ語で叫ばれる。切り裂かれるような痛み。
 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっっ!」
 後ろから限りない思慕の念が追いかけてくる。待ってほしいと。愛してほしいのだと。
 ずっと、あなたの帰還を待ち望んできたのだと。
 (わかってる!)
 どれだけあなたが待ってきたのか。平和のために。銀河を守るために。あなたが努力して耐えてきたのか。
 つらかったのね。愛してほしかったのね。そのためだけにあなたは生きてきたのね。
 走りながら、そして泣きながら叫んだ。
 「でも、私はあなたの主にはなれない!」
 愛している人がいるから。愛しているものがあるから!
 いくらあなたが望んでも、銀河のすべてが望んでも、これだけは譲れないの。エゴだってわかってる。それでも一緒にいたい人がいるの、生きたい人がいるの!
 「ごめんなさいっ、ごめんなさい!」
 ウリエルの指令を受け、ががががっと機械仕掛けのものたちが立ちふさがった。金属製のフォルムにはもちろん武器を携えた、タキコドゥスR−34型。囲まれる!そして後ろからはウリエルが迫ってきていた。かなりダメージを受けたようだ。がが、ぴぃ、という音を立てて。
 それでも、必死に。
 彼女を求めて。
 彼女を奪う者なんて許さない。これ以上失いたくなんかない。
 前の敵が、10に20に重なり合っている。3人は前と後ろを挟まれていた。外にまでたどり着けない。
 この至近距離だと、銃は効かない!
 「どうするクロード?」
 「進む!」
 簡潔に応えた。なっ、という問いがラジェイにより被される前に。
 シュンッ、という音とともにフォストガンをブレードモードに瞬時に切り替え、クロードが叫ぶ!
 「空破斬!」
 空間の切り裂き!
 文字通りの威力を発して、折り重なったものたちが風の中に巻き込まれていく!体勢を瞬時に立て直して、クロードが走り出した。レナ、呪紋を、という声が重なる。気づいて、詠唱を始めた。走ったままだとスピードに影響はでるが、鍛えた早口はわずかなタイムラグのみで術を滑り出させる。
 「そうか、それがお前の武器か……確かに、便利だ」
 「値段は高いけれども、近距離遠距離両方にいけるからね。重宝しているよ」
 マリクシャータ製、フォストガン。
 威力は多少落ちるし、値段も高い。しかし、クロードが携帯している理由は、それがモードを切り替えることで光学兵器、いわゆるフォースソードへと形態を変化させることが出来るからだった。緋色の輝きが伸び、それは恐るべき破壊力を生む。襲い来る敵をかずかずとそれでなぎ倒し、クロードは一心に進んだ。ラジェイが後に続き、少女が駆ける。蒼き蒼き狭間の時間に生きる我らの元にその御手を、風歌の祝福を媒介となしもたらしたまえ!
 少女が生み出す言葉とともに、体全体が軽くなるような感じが順々に3人を支配する。ブレードに機械の余波を感じながら、さらに時の神の祝福を感じる。移動呪紋、ヘイストだ。
 「レナ!先に!」
 「うんっ!」
 機械的な設備はすべて押さえられているはずだ。だったら原始的な階段に頼るより他はない。すざざざざざざっ、という勢いとともに地下一階の控え室から上に駆け上がる階段にたどり着き、ラジェイとともにレナを先へと逃がす。
 とにかく、守るべき姫はただ一人。
 「許さぬ!」
 げいんっ、とウリエルの手刀とクロードの光剣がぶつかり合い、火花を散らした。重なりがクロードをわずかに後ろへと踏み出させ、一瞬の間とともにさらなる激合を生む!
 大気を切り裂く、二つの力!
 今度の激突ではお互いに傷つかぬ。
 「我が主を奪おうとするもの、何人たりとて許すわけに行かぬ!」
 「悪いけど、僕はレナを守ると決めた!お前たちには渡してやれない!」
 もう一度。
 フォストガンより変化したフォースソードが、金属と重なり合う。隠された特殊樹脂繊維を軸としてまとわせた高分子ブレードのはずなのに、その体にはわずかに傷を作るだけ。それなのにこっちは一発でも食らったら致命傷だ。分が悪いよ、と口の中だけにそのつぶやきは閉じこめられて。
 そう、渡すわけには行かない。
 狂ってしまう。……オマエたちのように。
 構えた光剣を斜(はす)に返した。自らの腕と、神速の呪紋が今は頼りだった。がいぃんっ、とさらに唸る。光剣のくせに、受け止めることが出来るのがこのブレードの良いところだ。
 そして、もう数合!
 (時間をかけるわけには行かない)
 ウリエルは、さすが十賢者というべきか、恐るべき相手だった。帰還後にもたゆまずに続けていた訓練がわずかにイーブンにまで持ち込むことに成功していた。
 ざいっぃぃぃぃぃぃっ!
 「っ!」
 とっさに飛び退くクロードの数センチ下をかすめるのは爪からのびた恐るべきメーサー。がりがりがりぃっと床を切り裂いて、そのまま爆発を生んだ。スニーカーがわずかに焦げ、嫌なにおいを発する。天井がやっかいだった。持ち前のジャンプ力と身軽さが発揮しきれない。しかし。
 隙間!
 「双破斬!」
 気合いとともに壁を蹴り、振り上げたフォースソードを袈裟懸けに切り下ろした。出来ない状況があるならば、それをふまえて勝利をつかむまで!息つく暇など自分には許されない。血がたぎる。体が燃え上がる!
 「甘いな!その程度で私がひるむと思うか!」
 げいんっ、と一発目は造作なく受け止められる。しかし、これはフェイント!
 「こっちが本命だっっ!いけえええっ!」
 すべては刹那に起こったことだった。瞬時に左手から竜が生み出される。蒼白光の奔流が大気を駆けめぐり、生み出されたオーラの具現化。それが、そのままウリエルを直撃する!
 「吼えろっっっっ!」
 ズドクアアアアアアアアッ!!!
 「なっっっ!!!」
 熱い熱い奔流がウリエルを灼いた。 ブレードで傷すら付かないのが腕であるならば、それを封じて巨大な質量でダメージを与えるのが最速と見抜いた剣士。そのまま、首元にブレードを埋め込むようにたたきつけた!
 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
 わずか、数分の出来事だった。
 ばちばちばちっ、と嫌な音が首元からたてられていた。命が失われる音だ。首元がすべからく弱点であること。それはヒューマノイド型である以上さけられぬ運命。
 「主、様……」
 それを悲しそうにわずかに見やって。
 クロードは、ぽつりとつぶやいた。
 「すまない」
 待っているのはわかっていたのだけれど。
 でも、自分には彼女が必要なのだ。君と同じくらいに。
 どんなに君の思いが強くても。これは、譲れないのだと。
 恋人(レナ)と同じ思いを抱いて。
 美しく細い髪がさらりと風になでられた。ががががッ、ぴぴっ、と壊れた音を立てる「生きていたモノ」。時をはらむ。彼が望んだたった一つの願い。37億年の時の彼方に忘れ去られて。
 クロードは、もう振り返らなかった。見たくなかった。そんなに強くはなかった。
 彼がどんなに彼女を待ち望んでいたかわかっていたから。
 自分と同じであるのか、わかっていたから。
 階段を駆け上がる。神速に身をゆだねて、もうそこに存在する美しい銀色の破壊天使を見ないように、見なくてすむように。彼の祈りを感じずにすむように。
 ……だから、見落とした。
 ウリエルの瞳の光を。
 それは、彼の執念だったのかもしれない。彼もまた、レナへいや、彼女を通して見える蒼海の髪を持つ美しい女性へと思慕の心を抱いていたから。彼女を、ただ守りたかったから……
 螺旋へと囚われて。
 クロードと同じように。
 「ユル……サヌ……」
 彼の爪が、わずかに輝いた。光が、のびた。ジャケットの背中へと。
 刹那の、出来事だった。
 ……限りなく、残酷な光が。その場に生まれた。





    


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14(1) 14(2) 15 16
This wall material from Distance.......Thanks!