In My Blue Sphere 15
―IN MY BLUE SPHERE―

    




 ……女神が、具現していた。





 どう、と空気が揺れて。
 あまりにも美しい、それが。
 あるものには熱と見えた。あるものには光の固まりと見えた。しかし、大多数のものがそれにある幻の像を感じていた。
 創世の女神。
 聖白く透ける衣をまとい、荘厳な、あまりにも聖麗な灯火の元に。白光のオーラ、滝のような洪水のなかにそのものはあった。鮮やかなしかし目の眩むことのない光のなかに、その手に強大な力を持ちながら限りない優しさをはらみ、しなやかな四肢にそのものを宿らせ、幻想的な雰囲気をまとわせた巨大な女神。鮮やかに、聖絶に。 
 この世に具現した極光のオーロラ。
 荘厳、清冽、謹厳。聖華。すべてをまとわせた存在の姿がそこにはあった。美しい面差しに滑り降りる、暁の瞳。あまりにも壮麗すぎて言葉すら失わせる、この世のものでない聖巫神。そのものが持つのは蒼海をまとわせた星々のきらめきのような美しき髪、こぼれ落ちるような真っ白な。
 聖い。
 醒光のヴェールをまとい。
 定めによりたちて。
 そう、望みの具現化として!
 (ああ……)
 この輝きの前に、人はどれほど無力となれるのか。 顔に浮かぶのは慈愛の微笑み。雪のように白く、白皙の肌。空と星をうつしこんでちりばめた蒼海の髪の聖なる存在よ。
 どれほど、許されるのか。
 この世ならざるものとして。
 至上の女神よ!
 そんな存在が、地の底より追ってくる熱い熱い地獄からの灯火を自分たちに届かせる前に押さえ込んでいた。いや、包み込んでいた。音を立てて突進してくるものを、いともたやすく。
 それが抱くのは限りない光輝!
 叫び。
 祈り。
 そう、それを。
 「あああああああああああああああっっ!!」
 それを、たった一人の少女が支えていた。
 まとうオーラの固まりをすべて結集させて、人ならざるものを、その華奢な体一つ、小さな人が持ち得ることのすべてを持ってして、少女はこの世でないものを召還していた。まっすぐに伸びた白い右腕、支える左腕からはぶしゅうぶしゅうと血がしたたり落ち、床と彼女の服を染めあげて。それでも、必死になって彼女は自らの女神を具現化させ、それを手放すまいと必死で耐えていた。鼓動が早まる。飲まれそうになる。
 荘厳な。
 それは、この世と別の世をつなぐ。
 神を降臨させた代償!
 (でもまだっ、まだっっっ!!!!)
 唇を切る寸前までかみしめながら、必死で女神を支える少女は、もはや限界に近づいていた。ともすると失ってしまいそうになる意識を必死でつなぎ止め、あまりにも熱すぎる体の中の慟哭と必死で戦って。全感覚が麻痺してしまいそう。激しく熱い何かが体内を駆けめぐり、それでも必死で耐え抜いて。
 「お願い!お願いッ!」
 私たちを護って!
 私なんかどうなってもいいから。
 後わずかな間だけ、持ちこたえて!
 ウリエルはそれでもそれを突破しようとしていた。目の前に突如降臨した荘厳な女神の御手に自らをゆだねさせ得られながら。フィリアのような、レナのような、蒼海の髪の女神に抱かれながら!
 その力は強大。いくら女神が絶対とて、それはレナの身にもてるすべての力を持ってして召還しているにすぎぬ。それを支えるには、少女の細い腕にすぎぬ!
 それでも。
 「退けないのっ!」
 叫ぶ。
 「まだ、退けないのっっ!」
 体中の血液が逆流してくる。この女神、自分の力量が耐えられないことはわかっていた。力の極限を超えてしまうであろうこともわかっていた。それでも、それでも!!
 壊れても。
 (私は生きるの!)
 こんなところで死なせるわけにはいかないの。
 夢を見たいの!
 愛したいと思ったの!!
 護りたいと、思ったの!!!
 渦巻く力の奔騰。純粋な光の洪水、光芒の奔流!
 華奢な手に限りない力をかみしめながら、レナは必死で全身を食い尽くす白き力の奔流と戦っていた。
 (私はこれを支え切れたらそれでかまわない、みんなを護り切れたらそれでいい、他に何もいらない!)
 愛する人を救えるのならば。
 この体、砕け散ったとて!
 「はあっ、あっ、ああああああ!!!」
 それでも体が熱い。たぎる血が血管を食い破るのがわかる。でもまだ、まだ倒れるわけには行かない。女神が触媒にするレナの紋章力。これがつきた瞬間に、キグナスは爆発する!
 唇をかみしめて。
 それは許すわけには行かない。断じてそんなことをさせるわけには行かない!
 支えてみせる、すべて!
 (セレスティア、至上なるものよ!)
 幼い頃から聞かされ続けた聖なる女神。ネーデの守護神も同じ名を持つと知って、地球でも「至上なるもの」の意味を持つと知った。
 (あなたが私たちを護ってくれるなら)
 あなたをすべて、支えてみせる!
 大気が鼓動する。空間があまりにも大きすぎる激動のぶつかり合いにきしんでいた。膨大な駆けめぐる律動と鼓動。
 「くっ、あっっ!」
 でも体はもう限界だった。いや、もうそんなものとっくに越えきっていた。
 足ががくがくふるえる。右手が熱い。支える左手もその反作用に吹き飛ばされそうになる。
 (もうっ、もうっっっ!)
 もうだめ、と意識が吹き飛ばされる!
 ……その瞬間に、ふわりと前から抱きすくめる腕を感じた。
 「えっ」
 (クロード……)
 反問をする前に。
 崩れ落ちそうになる体を支える、強い腕。まっすぐな、純粋な願いの瞳。
 確かに暖かなオーラが満たされてきた。なんで、何で。あなたには紋章力はつかえないはずなのに! 
 でも確かに伝わる。心の中。夢のなか。わからない、言葉じゃない命より深いつながりの元に!
 (僕が支える。僕の力、僕の命、全部もってっていい)
 力が流れ込んでくる。血だらけの腕に、オーラが戻ってくる。満たされてくる。心ふるわせる切なさのなかに。
 真実の誓いとともに。
 (もしも、この世に)
 叶う夢と叶わない夢があるというのなら、この夢、叶えてみせる。
 この願い、叶えてみせる!
 「大気圏、突入しますっ!」
 「防護フィールド、全開!」
 願うのは、一つだけ!
 (還るんだ!)
 還るのだ。
 キグナス突入に伴い、ウリエルが大気圏のなかにまで進入してきた!すさまじい高温に焼かれながら、それでも彼にも欲したものがあった。
 欲した夢。
 望み!
 それをもってしても。
 叫ぶ。
 愛する。
 (ごめんね!)
 私たちは還るの。
 夢を詠んだ。愛を紡いだ。その場所に!
 「大気圏、出ますっっっ!」
 そのとき、彼らは確かに、惑星クロノスの前でそれに抱かれるごとく爆発するウリエルを見た。
 それは、かすかに。
 笑っていたのか。
 ……フィリアに抱かれて。
 星の海にとけ込んで。
 (還るんだ)
 それでもそれは、後で考えるべきことだった。
 鼓動を感じながら、キグナスは星の海に駆け上がる!
 崩れ落ちるレナを支えながら。
 自らを護ってくれた女神を見ながら。
 クロードは、呟いた。広大に広がる宇宙、自らの来た場所で。
 「還るんだ、僕たちの星に」



 ……僕たちの、ブルースフィアに。






    


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