In My Blue Sphere 2
―Mission Crowd―
……感覚を、研ぎ澄ませ。 絶対に道は開けるから。 今の自分の両手。それに全てがかかっている。 先を読め。読み違えるな。 心が抑えきれない高ぶりの元に自分を支配していく。焦るな、焦るな。全てはこれから。 高揚感とともに体全体が研ぎ澄まされ、収束していくのがわかる。この自分の左腕、声。全てが自分を支え、自分の命を預ける道具。 ……見えた! 「右70度!可動砲!」 星の海。クロードの叫び声が響き渡った。了解、という声が届き、艦がまっしぐらに突進してくる光に対して嵐のような砲撃を浴びせ掛け、対消滅を誘う。距離の近さでこちらにまで影響が届いたが、直撃することを考えれば何ほどのこともない。 「進路、112!急げ!」 ぐずぐずしていたら次が来る。この場にとどまっていることほど自殺的なこともない。艦の心臓がけたたましく動き、主機関の点火を促進していく。 この宇宙空間に、ひとつの艦を自らの手にゆだねて。クロードは手に汗を握りながらアップモニターを睨みつけていた。 自分の指示ひとつに、戦艦の全てがかかってくる、確かな感触。 宇宙の狭間に滑り込まれて。 ……敵は、まだ存在している。 大いなる星がざわめき、まるで線のようにきらめいてゆく。スピードに視覚がついていかず、相対距離のみが感覚を教える。 「目標3に機動砲反応!」 副長の報告が届く。後方からの侵略者の熱い熱い歓迎だ。声が間に合わないか、という言葉だけを口の中にうごめかせる。だが、それにわざわざ付き合う義理もない。 「エリア69に防御磁場最大集中!ショックが来る、総員、衝撃に備えよ!命中後、核質量弾斉射!命令を待たず撃て」 命令が副長に浸透していく。これで耐え切れるかは、一種の賭けだった。ただ生き延びるための確率はいくら上げておいても小さくない。 「命中します!」 反陽子が合流し、凄まじい衝撃が館内を襲う。ジャケットに確かに熱を感じたのは気のせいだったのだろうか。 艦の一部が損傷を受けたようだった。自分の艦が傷つく音は、いつ聴いても慣れる事ができない。 「第6区画、大気流失しています。乗員反応なし。直ちに閉鎖します」 そして、防御磁場は耐え抜いてくれた。クロードの意識に質量弾が目標3を巻き込んで宇宙に消えていくのが捕らえられた。 「艦長、防御磁場、今ので70パーセント消失しました」 副長の声を耳だけで聞き、唇をかみしめた。しかしそんなことはかまわない、生き延びることができたのだから。そして、進路を取った先は正解だったようだ。ついさっきまで自分達が存在していた場所を熱い祝福が駆け抜けていったのがわかった。 向こうが命中を期待していたわけでもないだろう。 、そのまま進路を変えた。これはイザース型駆逐艦。戦闘能力はまだ衰えない。艦を滑らせて最後の敵へと向かう。 熱い熱い高揚感。 「これで決着をつける!反陽子砲、最大エネルギーで発射準備!副長、発動タイミングはまかせる、トリガーは僕に!数秒以内に決着だ、総員衝撃に備えよ!」 クロードの澄んだ声。風なぞないはずなのに、ふわりと金髪が揺れた。現在の状況においての最大の武器を使っての最後の戦いだ。目標1、と名づけられた赤い基点もそれを予知したのか、まっすぐに突っ込んでくる。まだだ、まだ足りない。タイミングが全てだ。 相手も同じことを狙っている、とクロードは確信した。それならば、一瞬の差が明暗を分ける。ほとんど幸運だけの世界だ。 「今だっ!」 トリガーを壊すように思いっきり引き絞った。それが一瞬早く、相手に届く! しかし相手も無能ではなかった。それが自分に命中する寸前、相手の放つ反陽子砲もその敵を捕らえていた! 「シールド、間に合いません!消失します!」 副長のけたたましい声。 最後に、脳裏によぎったのはなんだったのか。 こんなもんなのかな、僕は。と自嘲ぎみなつぶやきだけが、そこには残った。 ……本艇は爆散しました。本艇は爆散しました…… ふぅっ、とスコープを外す。と、とたんに目の中に、簡素な機械と、見慣れた床に天井が目に入った。トレードマークのジャケットにまで汗がにじんでいるようだった。 「相打ちか、クロード大尉」 「……マカートニー提督」 ふっと、上から声が降ってくるのに気付き、クロードはそれを見上げた。そこには、男盛りといったような言葉が似合う、軍人の姿があった。ややしわがれた声と口髭がそれなりの年齢であることを如実に伝えている。しかし、その顔は怒るでなく、むしろ賛嘆の念に満たされていることが見て取れる。 機械音声はまだ、自分の操っていた艦が失われてしまったことを告げていたにもかかわらず。 「しかし、最大難易度のシミュレーションでここまでの戦果を上げることができるとはな。さすが、わしの息子だ」 マカートニーは電子媒体に映ったクロードのデータを見て、口ひげを笑う形に変えた。こちらも苦笑して、クロードはそのすらりとした長身をシートから外し、昔から目をかけてくれていた老提督のもとに、たった今算出されたデータの一部を渡した。ではいったいこの人には何人息子がいるというのだろう。 ここは、地球連邦。地球最大の軍事都市スカーレットシティ、その中の軍事施設、いみじくも基地名もスカーレットという……その場所の一角にあるシミュレータールームだった。地球連邦の科学力を結集させたこの軍事施設には、宇宙最高峰の技術と人間とが集って軍事力のためにしのぎを削りあっている。 今現在、地球は、宇宙を舞台として、銀河連盟の一翼を担う大邦となっていた。 宇宙連盟に所属する中でも屈指の文明レベルを持ち、宇宙を駆け巡るそんな星。 もちろん、その軍事レベルも一級品。たとえ外敵がいなくても、未開惑星の探査、銀河連盟の警護、その他の役割を果たすためにやはり軍は必要なのだ。そしてその任務をその身に課し、宇宙全体の平和維持のために尽力して。 それが、現在の地球だった。 (銀河連盟、レピアラナス銀河代表、地球連邦……) そんな地球であるのだから、施設の増強に予算を惜しむわけはない。 そのうちのひとつが、軍事基地スカーレットであり、その回りに存在するスカーレットシティであるというわけだ。 その技術のひとつ、ミッションシミュレーター。将来、艦を操り戦う人間のために用意された精巧なシミュレーションだ。いろいろなモードがあり、そのうちのひとつである実際に艦を動かす実践的なシミュレートは、AIの副長、砲術士、その他衛生などさまざまな役割が設定され、より実践に近い状況で訓練ができるように工夫されている。本来は機械が相手にするのだが、人間同士で戦わせることもある、地球の軍事レベルの結晶とも言えるものだった。それに今、クロードは挑戦していたのだ。 「ふむ、ふむ……おお、ここで機動砲か」 さらにデータをめくる音が響き渡り、うむ、これなら合格だな、という言葉が伝えられる。クロードが今挑戦していたのは、シミュレーターの中でも難易度が最も高いといわれる1対3のシミュレーションだった。 宇宙戦ではほとんどの場合、数が物を言う。それを、機械相手とはいえ相打ちに持ち込んで見せたのだ。あの状況で逃げることを選択するものもいただろうが、艦の状態を考えれば自殺行為といったものだろう。 まさに、天才の名に恥じない。 そして、2、3、注意事項やミスなどを指摘したあと、マカートニーは息子、と呼んだ青年に向かって尋ねる。 「ロニキスは元気か」 そして、この人をもう一人の父親と見るところがあるのはクロードのほうも同様だった。ええ、元気ですよ、とクロードはその雰囲気に誘われて微笑んだ。 「今はぴんぴんしています。また最近母さんと喧嘩していますよ。何って、結婚記念日を忘れた、とか」 「はっはっはっ、あの夫婦らしいな。夫婦喧嘩は犬も食わんか」 父、ロニキスの旧友であり、クロードを誕生時より知っている提督は、そういって豪快な笑い声を上げた。 ここでは、さまざまな軍人達が自分達を磨き上げ、階級を上っていく。彼らの役目は十人十色だが、それぞれに存在することには変わりない。 軍の事務、技術、医療、法務、造船、造機……そのほかにも宇宙最先端の技術と賞される者たちが集い、己の力を高めていく。才能たちが集いあい、己を削りあい、自分達の一生をささげてゆくのだ。 そして、そのうちもっとも華々しく、最高階級にまで駆け上る可能性を秘めているのが、操縦士、および指揮士といった特殊な名前を付けて呼ばれることのない軍人達である。彼らは艦を操ることをその身に課し、戦闘、および常時、大切な大切な乗員の命を背負い、最も重要な役割を果たすのだ。 そのうちの一人がクロードというわけだった。 クロード・C・ケニー。21歳の身で大尉と呼ばれ、信じられないほどの凄まじいスピードで、天才振りを発揮して階級を駆け上がった金髪の青年。 父は英雄ロニキス提督。母はイリア少佐。二人ともたえまぬ努力と才能とを駆使して力を見せつけた軍の中でもまれに見る才能の持ち主だった。その二人の間に生まれた唯一の青年に、やはりサラブレッドとしての実力を期待しないわけには行かないだろう。辛いのだろうとは思いつつも、確かに彼は天才であったのだから。 透き通るような金髪に、トレードマークのグリーンのジャケットがよく似合っている。美貌というにはやや人懐っこすぎる、誰しもに好感を与える笑顔。その中に浮かぶのは母譲りの碧眼。すらりとした容姿は昔のロニキスを見ているようだ。 クロードを誇りに思うのは、マカートニーも同じだった。 彼の次のミッションは、マカートニーが駆る戦艦カルナスの同型機、「キグナス」に乗って、地球連邦軍の最も重要な任務のひとつである惑星探査を行うことになっている。 宇宙は広い。少しずつ、少しずつ探査行動を続けてはいるものの、まだまだ未知の存在がたくさんある。何が待っているのかもわからない。命の危険を含んだ、危険な任務だった。しかし、最も一般的な任務であることも確かである。この分だと、ある程度の仕事を任せても大丈夫そうだった。 「あなたの艦に乗るのは初めてですからね……楽しみです」 「おお、そうか。そういえばそうだったな。よく見ておくがいい。まだまだロニキスには負けはせん」 再び、豪快な笑いを響かせながら。 しかし、かわったな、こいつは、とマカートニーは思う。 わずか3年前は、かげりがあったのに。 確かに実力はあった。しかし、それが偉大すぎる父のせいであると思われている、という意識にさいなまれていたところがあった。愚かなことだ。確かに一部そういう風に見ていた人間はあったのだろうが、ここに昔からお前を見ていてそしてわかっている人間がいたというのに。 2年半前に、ロニキスはミッションから帰ってきて、辛い報告を自分に伝えた。クロードを失ってしまった、と。あのときの彼の顔は忘れられない。 鋼鉄の男と呼ばれた男が自分の前で取り乱した。私のせいだ、と自分を責めつづけた。イリアのかなしみがいかばかりであったのかは想像に難くなかった。 (私のせいだ。私が、あいつを追い詰めたんだ) (私が、もっと気を使ってやっていれば……!) しかし、クロードは戻ってきた。 一回りも二回りも成長して。 しかも、宇宙を救うというおまけまでつけて。 ネーデの伝説。それは、一部関係者には理解されていることだった。一部の人々にとっては単なる伝説ではなかった。 そして、クロードより手渡されたナール市長の遺言状、および先に宇宙連盟あてに発信され、すでに実力を見せ付けていた十賢者の存在。それを打ち砕いたと知ったとき、軍は彼を昇進させ、その業績をたたえた。 しかし、さらに見違えたのは。 ……その瞳。 どこか自分を責めるようなかげりがあったというのに。帰ってきてから、人が違ったように生きることに執着した。この目に映る全てを愛し、そういう包容力、やや頼りなかった決断力も身についてきた。 大人になった、というのかもしれない。 実力は変わりない。いや、ますます感覚が研ぎ澄まされ、生きていくことに喜びを覚え、生きがいを身につけるようになってきた。半年間の間に何があったのかはマスコミの要求にもあまり多くは答えなかったが、命を削る凌ぎあいとぶつけ合いをしてきたのがわかる。 そして、彼が連れ帰った少女達も、類まれなる才能を発揮しているのは、この耳にも聞こえてくる。 「そうだ、彼女はどうした?今日はいないようだが?」 クロードは、苦笑した。問われることを嬉しく思っているみたいに。 「ああ、彼女なら……」 |
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14(1)
14(2)
15
16
This wall material from Distance.......Thanks!