In My Blue Sphere 14
―In the Blue Sky―
「総員配置に着け!3分後に発進する!」 レイモンドは無能ではなかった。彼らがキグナスにたどり着いた時には、ほとんど発進準備は完了していた。自らが座っていたはずの座席が空位になっているのがわかって。しかし自らにたたき込んだはずのいつもの行動には従わず、彼はマカートニーの座席に滑り込むようにしてジャケットを固定した。肩に受けた衝撃、頬に走ったかすり傷を治している余裕はない。 ざっ、と滑り込むなり、通信機を引き寄せて。 「告げる、こちらクロード・C・ケニー特務少佐。総員、発進準備。目的地、レピアラナス銀河系、惑星地球、スカーレット軍事基地」 命令系統はすでに把握済みだ。行け。恐れるな。 「軌道補正完了」 「座標固定完了」 「推進機関点火完了」 告げられてくる命令への応答。フィードバック。 これは、シミュレーションではない。 クロードは、確かに自らの奥底から何かがわき上がってくるのを感じていた。まっすぐな自らの可能性への予兆、指揮するものの、使命感。2年の歳月のなかに忘れかけていた責任感。 やり遂げて見せる。ゆだねられたものとして。 レナが座席に着いたのが見えた。自分のスペースに戻っている時間はない。ぎゅっと、ペンダントを握りしめている。確かに彼女も怯えていた。 (怯えないで、守るから) ウリエルには渡さない。君のことは僕が守ってみせる。 唇をかみしめて、クロードは決意する。 無様な姿は見せない! ラジェイも船を操り、後続に対応している。発進準備が整うのがわかる。早く帰ってこい、という口の中だけの叫び。 「「アヴェンジャー」収容完了しました」 飛び交う戦闘機を駆け抜けて、ラジェイが戻ってきたとの報告。命令を下した。数分のタイムラグの後、駆け込んでくるラジェイ。彼の艦橋での役目は砲術だ。 読み違えるな、自らに命令する。息を大きく吸い込んだ。 自分に、このすべてがかかってくるのだ! 「敵影、確認しました!6機です!」 ウリエルが基地のなかに宿り、逃がすまいと追ってくる。指示をとばしながら、クロードは今クリアに自らの感覚を艦と同期させる。キグナス発進待機、この瞬間が一番無防備だ、攻撃にエネルギーは回せない! 間に合うか! キグナスがうなりをあげた。 「発進10秒前!」 航法担当官の叫び声!次の瞬間、ズドォォォォォォッと音がしてキグナスに衝撃が走った。指揮台に捕まって揺れに耐え、ネーデ戦闘機より質量弾が打ち込まれたのだという報告をききながら、それでもクロードは命ずる。飛び立てと! 「キグナス、発進します!」 駆け上がれ、キグナス。その名のごとく。 空に! ふわっと無重量感があった。歓声が巻き起こる。 「騒ぐな!むしろ戦いはこれからだ!」 叱咤を向けて、クロードは一心に前にある巨大ディスプレイを見つめた。敵機確認、撃ってきます! わき上がる高揚感、押さえる。思い出せ、研ぎ澄ませ、読み違えるな! シミュレーションとは違う、確かな鼓動。 駆け上がる青い空! ぐいと自らの使命を全身で感じ取り、クロードが叫ぶ! 「第1から第5までの紋章砲、すべて敵第3へ集中せよ!属性はそれぞれに任せる、最大攻撃!敵第4,質量弾打ち込め!」 「了解!」 副官、そして紋章兵器砲官の答えが帰るとともに、キグナスから七色の光の影が発される!まっしぐらに入り込んでくる敵第3,第4に対して荒らしのような祝福を浴びせかける。飲み込んだ爆発は、すべてを無に帰して。 「凝縮砲、右後方30度!」 ほとんど命中は期待していない。しかし、牽制の役に立ってくれるだけでも今は重要だ。そのまま指を滑らせて、指示をとばして可動の連装砲を立て続けにぶち込んだ。 「敵第5より機動砲反応!エネルギー充填率30%!右50度より凝縮砲、来ます!」 金切り声。目をかっと見開いたクロードは一瞬考え、まだ間に合うという自らのシグナルに従った。あせるな、大丈夫だ。まだ生き残れる! 「ラジェイ!第5について任せる、自らが最前と思われる処置を執り、命令を待たず打ち落とせ!防御フィールド、右後方集中!キグナス、進路104!恐れるな、相手は機械だ!」 「了解!」 確信があった、ラジェイをぶつけてやれば勝てると。クロードはすでに相手のCPUの器量を見切っていた。 (そんな単調な動きだけでこの艦は落とせやしない!) 相手は未来の兵器とはいえ、ここには地球連邦の選りすぐり、最精鋭の軍人達がいる。此方の方が技術は確実に上だ。 幼い頃からゲームで培ってきた腕を舐めるな、とひとりごちて。 「反陽子砲、発射を許可する!」 艦が滑り、斜滑降を行って光弾の威力を最小限に押さえるとともに、相手より機動砲が発される前に間一髪ラジェイの可動砲が第5を祝福した。残り3機となった敵機。そして間髪入れずに反陽子砲が放たれる。しかし、それはわずかに狙いをはずれた。 「フィールド、20%減!」 キグナスが、ズドォォォォォォッと揺れた。 さすが凝縮砲、今の衝撃は消して軽くない。さらに陽子砲を打ち込み、相手の打ち返しをわずかな読みでキグナスにかすらせるだけにとどめ、第6の横に釘付けて、そのままさらに打ち抜いた。姿勢が制御されて、斜め前方が相手の奔流で焼かれる感覚がある。しかしその程度なら、防御地場がはじく。 「大気圏突入まであと70秒!!」 「第6区画被弾、乗員反応なし。隔壁下ろします!隔壁閉鎖完了、第6を放棄しました!」 「機関出力低下!現在70%です」 「敵機、新たに6機、来ます!敵第7,第8、可動砲反応確認!」 舌打ちをする。ネーデの破壊力には限界というものがないのか。これ以上フィールドを失うと、大気圏突入が難しくなる。 それでも、今は命じるしかなかった。 「総員、対ショック!防御地場、12に最大集中!命中後、核弾頭使用許可を出す、打ち落とせ!」 「了解!」 右に左に艦を操りながらも小回りは利かぬ。ズドォォォォォンッ、と衝撃が走る。 「第5から7の機動砲、破壊されました!」 「防御地場、現在60%出力!これ以上ダメージを受けると大気圏突入が出来ません!」 それはほとんど最後通告。 舌打ちだけを絡み取らせた。反陽子の熱い熱い奔流が艦内を焼き、突き抜けた。くっ、とそれでもまだ生き残っていることを確認する。大丈夫だ、まだいける! しかし、第8はし損じた。ほとんど捨て身になってつっこんでくる。 「ラジェイ!」 「おうよ!」 言葉はいらぬ! 一種の賭のような感覚でラジェイはトリガーを引き絞った。エネルギー充填率はぎりぎりだ、打ち落とせねば此方の負けだった。 ズドォォ! そして、その賭は成功した!紅の夢に飲み込まれていく敵の第8戦闘機。歓声が上がった。 (もうすぐだ!) 大気圏突入まで持ちこたえれば! 大気圏では光学兵器は使えない。拡散してしまうからだ。質量団だけならば紋章術で何とかなる、という読み。 しかし。 クロードは、そのとき、信じられないものを見た。 空中に浮く、後ろからまっすぐにキグナスに向かってくる存在。紅き火の玉。 あれは……! 「このやっっっろうっっ!」 ラジェイが叫んだ。クロードもここで引くわけには行かなかった。 「全砲門開け!集中!なんとしても打ち落とせ、容赦するな!」 その目標に向けて! 「フィリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」 そのものは、叫んでいた。時のなか。孤独のなか。たった一つの存在を求めて。 紅くまといながら。全身を真っ赤に燃え上がらせ、自らの命を燃やし。 一心に向かう意志。 愛していた、愛しすぎていた! 求めていた、やっと手に入れたと思ったのに!!!!! すさまじい熱量が彼を襲った。それをものともしない。手に入れたいものが彼にはあるから。まっすぐに。迷わずに。 求めて! 「打ってきます!題17区画、被弾!」 可動砲がことごとくつぶされていく。紋章力でずたずたになりながら、まさに、それは悪鬼のように向かっていた。天かける狂気と化して。 最後の弾丸さえも、彼ははじく! 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」 クロードが吼えた。間に合わない。このままでは!激突されたら墜落するのは目に見えているし、かといってこのままではキグナスが大気圏に突入できない。フィールドを張ればウリエルを持ちこたえることが出来る。しかし、それでは大気圏内でキグナスが燃え尽きてしまう! 夢を見てきた。 後わずかなのに。後わずかで空に出ることができるのに! ……そのとき、だった。 一人の、少女が、進み出た。 「レナ?」 彼女は、ふるえていた。 それでも。 願うのだ……!! We will..... celebrate......all life...... For The Celestial Visitant...... has come..... 握りしめていたのは、ずっとお守りだったペンダント。 それはずっとずっと、その限られた場所から優しく自分たちを見守ってくれていた。シンボルとしてそこに存在する女神は、母のように妻のように姉のように。 愛を降り注いで。 口から言祝(ことほ)ぐようにでてくるのは、荘厳な音の連なり。澄み切った細い声に同調する、陽光とせせらぎとが何より似合う、そんな。 遠い遠い昔に。熱に浮かされたかのように。 Please come......and share......your dreams and love...... For your...... love is .......overflowing....... 緩やかに闇を縫う、魔よけのお守り。この歌を聴くだけで、動物たちはいつも彼女へとすり寄ってきていた。これが祝いの歌だと言うことがわかるのね、とそのときも呟いて。 初めて覚えた、神に捧げる歌。命を紡ぎ、時を奏でる歌。母親にいつもああではないこうでもないと教えられた。でもその一つ一つが、不思議に嬉しくて。 覚えた時、母は言ってくれた。「これはもう、あなたのものよ」。 私の歌。そういってくれて、村で一番上手な母からそんな風に言ってもらえて。 Let us pray......that we will ......see your true self....... Let us pray......that we will ......be blessed by you...... 神護の森に行くたびに、この曲を奏でた。歌った。大好きだった。星を詠み、月を紡ぐ。そんな。 子守歌のようだ、と聞かせた時にクロードは言ったものだった。ぬくもりと優しさを澄みきった声に乗せて、つらいことがあるといつもいつも元気づけられてきた。 華奢な指に爪弾かせた、それはまさに天使の聖句。 ライラなんかないけれど。 「We will.......celebrate........!!」 だから、賭けてみたくなった。 悔しがって手をたたきつけるクロードのために。 自分を求めてくるウリエルのために。 ここにいる、すべての人たちのために。 私が出来る、最後の賭け!!!! 何かが見えた瞬間、ためらわなかった。席を立って。吸い込まれるようにそこに走り出て、そのまま指先をかみ切った。ぶしゅっと血が流れる。でもかまわない、それでさえ触媒となるのならば! まだ夢のなかであるかのよう。 みんなが目を見張る。かまわない。今は立場なんて関係ない。ただ願う、生き延びる!清らかな力よ、すべての力よ、私を祝福して。 すべてがこもる言葉。ずっと小さい頃から聞かせてもらっていた子守歌。 これが祈りとなるならば。 これが救いとなるならば!
「……我らはすべての息吹を祝福する、それは空の御使いが降りてきた証なり!」 思い切り、叫んだ。紡ぎ出されるレナの言葉。指先が印を描いた。駆けめぐる、白き光のあざやかな残像。 白い。 祈れ。 叫べ! (守らせて!) 必死で、祈った。印をまとわせた。それだけでよかった。すべてを満たす、清らかな残像。 今、このとき。ここを守りきれるのならば。 私のすべてをあげる。私の今をあげる!最後に求める願いの翼。羽ばたけ! 「そなたの夢、そなたの愛、どうか我らに分けあたえよ、そなたの愛は十分すぎるほどに満ちたりてあるべし!」 ぶしゅっ、と指先から血が放たれた。膨大な魔力に耐えきれずに、指先の毛細血管が破裂したのだ。でも、そんなことはどうでもいい。静けさの彼方、銀色に煌めけ。水銀と月面の星だけをちりばめた湖、私に宿れ。臨界せよ! (ごめんね!) 私はあなたの主にはなれない。あなたの主は他にいる! それはまさに祈り。魔を払えと。 常世と現世を縫いあわせる。 (あなたと一緒にはいられない、私は私の生きる道があるの!) 迷わない。恐れない。 夢を紡げ。押し返せ。時を呼べ。 空気が蒼く染まってゆく。充溢してくる聖なるオーラ。澄んだ蒼い瞳に宿らせる、そのすべて。 私に出来る全身全霊、これからのすべてを賭けて、私はここに祈る! 「我らは願う!我らすべてそなたを見いだすこと!願いよとどけ、我らにその祝福の御手をさしのべよ!」 駆け上がる! 信じる! (支えさせて!) 私なんかどうなってもいいから。 確かな叫び、確かな鼓動。 夢を呼ぶ。飛び立つ! 「出でよ、我が守護女神!」 閃光! 「――セレスティア!!!」 その瞬間、そこにいたものたちは……奇跡を、見た。 |