(昨日の日記のつづき)
長さんの試合が終わり、わしはトイレに行った。
そこには、チャモアペットとヌアトラニーがいた。ヌアトラニー、酔っぱらってご機嫌だった。わしと目が合うと、ヌアトラニーは飲んでいたサワーを指差し、「飲む?」と聞いてきた。「ああ、ありがとうございます」ヌアトラニーがおごってくれた。
基本的に在日タイ人は金銭的に裕福ではない。たぶん。だから、タイ人がおごってくれるなど珍しい。どうかしたのかと思ってたら、実はヌアトラニー
競馬で10万円勝ったらしい
ハハハ、なるほど(笑)。どうもごちそうさまでした。
座席に戻ると、既に後半戦。5回戦の試合の前には、松本竜大選手(名古屋JKF)の引退式が行われていた。わしとも闘っている選手である。石毛とは二度、玄斗とも闘っている、北星には縁深き選手である。
マイクを持って挨拶をした松本選手。顔に似合わず(笑)饒舌だった。「継続するのも才能」と言っていた。全く同感である。
挨拶の後、5回戦2試合を行い、いよいよメイン「小林聡 対 ナムサックノーイ・ユッタなんとか」の一戦だ。
ラジャ王者を倒した小林さんが、ルンピニー王者に挑むのだ。ラジャ王者を倒した小林さんの評価はぐ〜んと上がった。ラジャの王者を倒したのだ。「世界一」の称号に相応しい偉業であろう。
しかし、「まだムエタイを倒したわけではない」。そういう声もある。
ムエタイが強い理由はいろいろあるであろうが、「ムエタイ・スタイル」という完成したスタイルも、その常勝の理由にあげられる。前蹴り、ミドルキックで距離をとり、中に入られたら組んでヒザ、ヒジ。徹底的に勝ちにこだわり、決してリスクを犯さない。そんなスタイルが、数多くの外国人を退けてきた。
ラジャ王者・テーパリットは、ムエタイには珍しいド・ファイター。「ムエタイ・スタイル」とは遠く離れたスタイルだ。パンチが中心のスタイルで、タイでベルトを巻いているのだ。その攻撃力はすさまじい。だが、アグレッシブな分、こちらの勝機も増す。「強いが、勝機もある」。それがテーパリットであったわけだ。
対してナムサックノーイは、ムエ・フィームー(万能型)であるという。しかも、組んでヒザ(ティー・カウ)が抜群に強いという。これこそ、外国人が最も苦手とするタイプだ。ムエタイが外国人を撃退してきたスタイルだ。ムエタイ500年が生み出した、常勝のスタイルなのだ。
だからこそ、小林さんがナムサックノーイに挑む一戦は重要なのだ。この勝負に勝つことは、「ルンピニー王者に勝つ」という事実以上に価値がある。勝っちまったら、どえらいことなのだ。これこそ、世界中の打撃格闘家の夢なのだ。
迎え撃つムエタイも気合い十分だ。ラジャ王者に続いてルンピニー王者も倒されたら国辱だ。ナムッサクノーイの青コーナー周辺には、在日タイ人勢揃いだ。チャモアペット、ヌアトラニー、チャイナロン、ヌンポントーン、ヌンサヤーム……「ムエタイの威信」を守るべく、彼らはコーナーについた。
そうだ。これは、戦争なのだ。
客席に異様な緊張感が漂う中、ついに試合が始まった。
(後編につづく)