故侍中左金吾家集

ホーム 上へ はなをみる なつやまの まちこひて あきかぜは あさぎりを あきはぎの いろいろに みずのおもに もみぢばの よをかさね おもふこと

源頼実の遺した歌(『故侍中左金吾集』とその補遺)を解釈したものです。

  凡例

一.本文は
  『新編国歌大観 第7巻 私家集編 3(「新編国歌大観」編集委員会 角川書店)
  『
私家集大成中古U(和歌史研究会編 明治書院)』に依拠した。
二.
本文は、ひらがな・漢字の表記を改めた箇所がある。
三.【校異】、【通釈】、【語釈】、【参考】、【考論】から構成した。
四.【校異】における諸本の略記は以下の通りである。
・群書類従本……類
・岡山ノートルダム清心女子大蔵仲田顕忠自筆本……仲
・島原松平文庫本……島
・三手文庫本……三
・山口県立図書館本……山
・書陵部蔵御所本……御
・岡山ノートルダム清心女子大本……清
・東洋文庫本……東
五.上記活字本は2冊ともに島原松平文庫本を底本としているが、一部他本により校訂が施されている。
例 ●
春をおしむ(類)……花をおしむ(島) 類従本により校訂
また、私見により改めた箇所は(改)を左に記した。
例 ●(改)花浮
瀧水(類)……花浮澗水(島)
六.【参考】は家集以外の文献に記されているものを掲載。


1 はなを見る 春はやみだに なかりせば けふもくれぬと なげかましやは
2 しらかはの けふのちぎりを たがへずは 春のみとふと 人やおもはむ
3 ゐでにゆく 人にもあらで わがやどに をりてぞ見つる やまぶきの花
4 ちるころは ちるを見つつも なぐさめつ はななきはるの なをやのこらん
5 ながれつる たきの水だに なかりせば ちりにしはなを またもみましや
6 ゆくはるを をしむ心は ちりのこる はな見る人や のどけかるらん
7 くもりなき そらもかすみに かすみつつ ひかりにあかぬ はるの夜の月
8 ねの日して けふひきそむる ひめこ松 いくたびはるに あはむとすらん

9 なつ山の をちにたなびく しら雲の たちいでてみねと なりにけるかな
10 たたくとも しばしとぢなん あまのとは あくればかくる くひななりけり
11 ゆふやみに なきてすぐなり ほととぎす かへらんときも 道なたがへそ
12 なつの夜は このしたわたる 風のおとも いふかげにこそ すずしかりけれ
13 ほととぎす きなかぬさきに あけにけり などなが月に またずなりけん
14 ひとこゑの おぼつかなきに ほととぎす ききてののちも ねられざりけり
15 さみだれは おぼつかなきを ほととぎす さやかに月の かげにききつる
長久2年『源大納言師房家歌合』
16 みな人も けふやころもは かへつらん ひとへになつの きぬとおもへば
17 たちてゆく 春ををしめど 夏ごろも きたるはこれも なつかしきかな
18 いとどしく やへやまぶきは にほはなん はるさへふかく さけるしるしに
19 ときはなる まつにかかれる ふぢの花 ちとせのはるに にほふべきかな
20 うのはなの さかりすぎなん 山ざとは すむ人やみの 心ちこそせめ
21 けふみれば かけてかへらぬ 人ぞなき あふひぞ神の しるしなりける
22 さみだれを またばさなへや おいぬべき 水ひくたごの いそがしきかな
23 ほととぎす きなく道だに しるからば あふさかまでも ゆくべきものを
24 ふるさとは とひくる人も なかりけり たたくくひなの おとばかりして
25 こちくるを わがともとのみ みゆるかな よをへてかぜの おとしたえねば
26 かきながす 水もにごらぬ やどなれば うつれる月の かげさへぞすむ
棟仲家歌合
27 まちこひて ききやしつると ほととぎす 人にさへこそ とはまほしけれ
28 くれはてし 人のまれらに なるままに いりあひのかねの こゑぞきこゆる
29 とこ夏に 露をきわたる あさぼらけ にしきにたまを かけてこそ見れ
30 夏の日に なるまでとけぬ ふゆごほり 春たつ風や よきて吹くらん
31 秋をまつ はなをほりうゑて みる人は 夏をすぐすぞ ひさしかりける
秋(1)
32 秋風は また夏ながら ふきにけり 月のたつをも なにかまつべき
33 秋たちて かどたのいねも うちなびき おとめづらしき 秋のはつかぜ
34 はつ秋の そらさへすずしき 月かげは 人の心も すみまさりけり
35 さやかなる 月をのみやは ながめつる くもりし夜はも またれしものを
36 まつほどの ひさしからずは たなばたの けさのわかれは なげかざらまし
37 あかなくに あまつそらなる 月かげを いけの  に 写してぞみる
38 秋の夜の そらにくまなき 月かげは なげきやすらん かづらきの神
39 くる人に いくたびあひぬ しらかはの わたりにすめる 秋の夜の月
40 秋ごとに はなを宮こに ほりうゑて けふぞちとせの はじめなりける
41 秋ごとに つまこひわびて なくしかは きりたつ山や ふしうかるらん
42 秋風に こゑうちそふる からころも たがさと人と しらずもあるかな
秋(2)
43 あさぎりを 野べにわけつる かひもなく けふさへはなに あかでくれぬる
44 あをやぎの えだばかりにも 春くれて にたるはななき やどのあきはぎ
45 くれなゐに ふもとのかはの うつるまで みねのもみぢの ふかくもあるかな
46 かへるさは いそがれぬかな はなのかの ひをへてかはる 野べにきぬれば
47 そらにのみ こゑのきこゆる かりがねは あまのかはらに やどやかるらむ
48 夜をかさね しかのねたかく きこゆなり こはぎがはらや しほれしぬらん
49 かはぎりは をちみえぬまで たちにけり いづれかよどの わたりなるらん
50 おいせじと おもひおもひて いとへども しもいただける しらぎくの花
51 きしによる あしかりをぶね なかりせば ゆきとのみこそ 見るべかりけれ
52 ここのへに うつしうゑつる しるしには ひさしくにほへ 野べの秋はぎ
長暦2年『源大納言師房家歌合』
53 秋はぎの けふまでちらぬ ものならば もみぢのいろも まさらましやは
54 つねよりも のどけきそらに みつるかな 世をながづきに すめる月かげ
55 よしの山 もみぢちるらし 我が屋どの こずゑゆるぎて あき風のふく
56 みやぎのの けさのしくつゆ ひまなくて かぜはたまをや ふきみだるらん
57 はな見んと しめしかひなく 秋ぎりの あしたのはらを たちわたるかな
58 はなすすき ほにいでてなびく 秋風に 野べはさながら なみぞたちける
59 くらきよも をりつべらなり 我がやどの おもしろきまで さけるしら菊
60 をやまだの 秋はてがたに みゆるかな のこりすくなき かりやしつらん
61 すぎがたき いろとみゆれば もみぢばの ふかき山ぢに こまをとめつる
62 しらくもに あとはきえつつ とぶかりの きにけるこゑを そらにしるかな
63 こゑしげみ さをしかのなく 秋の夜は きく人さへぞ おどろかれぬる
衛門佐家にて、庚申の夜
64 いろいろに うつろふきくの なかりせば なにをかみまし あきのかたみに
65 しめゆはぬ きりのまがきの こはぎはら まだあかなくに ひもくれにけり
66 けさみれば いろづきにけり こはぎはら はなこそあきの しるしなりけれ
67 我がやどに はなをのこさず うつしうゑて しかのねきかぬ 野べとなしつる
68 月かげの ふもとのさとに おそきかな みねをこえてぞ まつべかりける
69 あさ夕に あらしのはらふ にはのおもに ちりしつもれるは もみぢなりけり
70 わがやどは はなのやどりと なりにけり 野べのあるじと 人や見るらん
71 さだめなき そらにもあるな 見るほどに しぐれにくもる 冬のよの月
72 春秋の はなといふはなの いろいろを のこれるきくに うつしてぞみる
73 秋風の をぎのはすぐる ゆふぐれに 人まつひとの 心をぞしる
関白家侍所歌合
74 水のおもに よものやまべも うつりつつ かがみと見ゆる いけのうへかな
75 むかしより おとききたかき いづみかな 人のせきいるる 水ならねども
76 いろふかく こだかくまつは なりにけり いくよそめつる みどりなるらん
77 こずゑより ちるだにをしき もみぢばの かぜのおとさへ まれになりゆく
78 月かげの 見るにくまなき あきの夜は たのめぬ人も またれこそすれ
79 あさまだき 人のふみゆく 道しばの あと見ゆばかり おけるしもかな
80 秋ふかく なりゆくままに きくのはな ひにそへてこそ いろはそめけれ
81 からころも うつこゑしげく きこゆなり さむきあらしの おとにそへつつ
82 よとともに そらにきこゆる かりがねは しらぬくもぢも あらじとぞ思ふ
83 くれてゆく そらにこころぞ とまりける けふをし秋の せきと思へば
84 月かげを まつによふけぬ 秋のよは あくるほどだに ひさしからなん

85 もみぢばの ちりしのこれば 山ざとに あきをとどめて 見るここちする
86 あきごとに さやけきつきは こよひこそ わがみつるよの ためしなりけれ
87 もみぢばは わがころもでに かかれども きて見るひとの あかずもあるかな
88 けさみれば かはべのこほり ひまなくて かはせにのみぞ なみはたちける
89 かはみづに まかせておとす いかだしは さしてゆくへも しられざりけり
90 ゆきふれば まつこそいたく おいにけれ ちとせのふゆを つみやしつらん
91 月かげも いはなみたかき あじろには うすきこほりの よるかとぞ見る
92 いとどしく もみぢちりしく にはのうへに ひかりをそふる ふゆのよの月
93 このはちる やどはききわく ことぞなき しぐれするよも しぐれせぬよも
94 うちかさね いくよの風か たちつらん この葉ぞこけの ころもなりける

95 よをかさね ふけひのうらに あまのたく 思ひありとは 人もしらじな
96 おもひかね しらぬいそべに ことよせて うちいづるなみの かひもあらなん
97 ふかみどり 思ひそめては ひさしきを いかでかみまし すみよしのまつ
98 おとは山 たにのしたみづ おとにのみ ききてわたらぬ そでもぬれけり
99 おもふこと なるとのうらに すまぬみの しほたれごろも かわくよぞなき
100 しるべする 人だに見えぬ おく山の ふみみぬ道に まどふころかな
101 としふれど いはぬ思ひは かひぞなき 人にしらるる けぶりならねば
102 いかにせん 恋ぢにまよふ ほととぎす しのびになきて すごすころかな
103 我がごと 恋せん人の またあらば いかにかすると とふべきものを
補遺&勘物
1 おもふこと 神はしるらん すみよしの きしのしらなみ たよりなりとも
2 ひもくれぬ 人もかへりぬ 山ざとは みねのあらしの おとばかりして
3 いなりやま こえてやきつる ほととぎす ゆふかけてしも こえのきこゆる