四月ばかりに、よふけて女のもとにいひやりける
27 まちこひて ききやしつると ほととぎす 人にさへこそ とはまほしけれ
いりあひをききて
28 くれはてて 人のまれらに なるままに いりあひのかねの こゑぞきこゆる
棟仲がいへにて、なでしこをよむに
29 とこ夏に 露をきわたる あさぼらけ にしきにたまを かけてこそ見れ
氷室
30
夏の日に なるまでとけぬ ふゆごほり 春たつ風や よきて吹くらん
草むらにむかひて秋をまつといふだいを、六月廿日のほどに
31 秋をまつ はなをほりうゑて みる人は 夏をすぐすぞ ひさしかりける
【校異】
●春たつ風(島・類)……春くる風(東)
●すくすそひさし(島・類)……すくすひさし(三)、すくす【そ歟】ひさし(山)
【通釈】
四月ごろに、夜が更けてから女のもとに文の使いをやった歌
27 時鳥の声を待ちわびて、聞きましたかと、あなたにこそお聞きしたいものです。
入相の鐘の音を聞いて
28
すっかり日が暮れてしまい、人の往来も稀になるにつれて、
入相の鐘の音が聞こえてくることだ。
棟仲の家で、なでしこの花を詠んだ歌
29
朝、ほのぼのと明るくなり始めて、常夏の花に露が一面におりたところは、
錦に玉を掛けて見たような光景だ。
氷室
30
夏の日になるまで融けて消えることのないこの冬の氷は、春を迎えて
立つ風が、そこだけよけて吹いたのだろうか。
「草むらに対して秋をまつ」という題を、六月二十日ごろに詠んだ歌
31
秋を待っている、まだ咲かない花を掘ってきて植えて見る人にとっては、
夏を過ごすその間が、長く感じられたことだ。
【語釈】
●まちこひて……待ちに待って。夜、あなたのことを想って寝られずに、ほととぎすの声を待っていて。
●いりあひのかね……暮れ方に撞く鐘。
●棟仲がいへ……平棟仲の家。棟仲は和歌六人党の一人。
●まれらに……稀に。
●〜ままに……〜にしたがって、〜につれて。
●春たつ風……立春の日に吹くという風。
●氷室……冬の氷を夏までたくわえておく室。宮廷用の氷室が山城国、大和などにあり、陰暦6月1日に献上された。
●秋をまつはな……秋の到来を待っている花、すなわちまだ咲かない花。
●ほりうゑて……花を野辺などから移植してきて、自邸の庭に植えて。
【参考】
『後拾遺和歌集』、221
「氷室をよめる
夏の日に なるまでとけぬ ふゆごほり 春たつ風や よきて吹きけん」
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