ぼすのできごと 2004年12月
   2005年 1月上 1月下 2月上 2月下 3月上

   2004年 9月上 9月下 10月上 10月下 11月上 11月下 12月


2日 終末は一家そろって中央競馬
  8日 大誤植  9日 最強の呪文グーグル  10日 はるかなる甲子園
14日 何をしているか分からない日銀  15日 松下対ソニー  20日 NHKがあらわれた!  23日 人気がない
27日 グランプリ  31日 ユージュアル・サスペクト

 

12月31日 ユージュアル・サスペクト

 

 奈良の女児誘拐事件で新聞販売員の男性が逮捕されました。容疑者が勤務していたのは毎日新聞の販売店でした。

 事件を報じる毎日新聞の記事には「毎日新聞社社長室広報担当の話」として、「このような卑劣な事件の容疑者として、毎日新聞社と取引関係にある販売所の従業員が逮捕されたことは、当社にとって痛恨の極みであります。被害者のご冥福を改めてお祈りするとともに、ご遺族に対し心からお悔やみ申し上げます。当社としては、事実関係の確認を急ぎ、販売所に対して従業員の人事管理をさらに強化するよう指導していきます」http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20041231k0000m040053000c.htmlと掲載されています。

 「痛恨の極み」という表現には謝罪の意味はないようなので、あくまで取引関係のある別組織のこととしてコメントしているようです。たしかに、新聞販売店は新聞社が直接に経営しているわけではありませんが、特定の新聞のみを扱って店の名称も「○○新聞販売店」と掲げています。新聞社と新聞販売店は一般に使われる「取引関係」という表現よりももっと密接なかかわりを持った表裏一体の関係にあるようです。

 (参考)Wikipedia:「新聞販売店

 身内といっていい職場に容疑者がいた毎日新聞社は「痛恨の極み」を感じているそうですから、まさに痛恨の一撃を受けたのでしょう。他の新聞社はここぞとばかりに毎日新聞の汚点として報じるところですが、容疑者の男は過去に別の新聞社系列の販売店にも勤務した経験があるために、新聞業界全体の衝撃へと拡大してしまいました。朝日の記事「奈良の容疑者、新聞販売所転々 ASA解雇、再雇用断る」http://www.asahi.com/national/update/1230/026.htmlによれば、容疑者は毎日新聞の販売店に勤務する以前に、朝日・読売・産経の各販売店にいたことがわかってしまいました。

 容疑者は「防犯パトロール中」と前籠に掲げて、事件の捜査状況を掲載した新聞を配達していたわけで、新聞業界にとってはこれ以上ないくらいのイメージダウンです。おなじマスコミでもNHKの不祥事とはまた別の質の不信感が新聞に対して抱かれることでしょう。

 もちろん、この事件で新聞販売員=悪人なんていうイメージを抱くのは短絡的過ぎます。早朝から多数の家々に配達し、さらに集金や勧誘といった手間のかかる業務も兼ねる新聞販売員というのはたいへんな職業です。また、新聞奨学生制度のように社会貢献にも積極的で我々の生活にとって必要不可欠な仕事といえます。

 とはいうものの、かつて新聞は「インテリが作ってヤクザが売る」と揶揄されることもあり、加熱しがちな勧誘合戦が消費者の不信をまねいたりもします。新聞業界はこうした問題に対して徹底的な改革を行なってきたとはいいがたく、学問としてのマスコミ・新聞研究もこういった新聞業界の裏の問題に正面から取り組んできませんでした。

 こうしたことは今回の事件の原因でも遠因でもありませんが、おそらくこれから続出するであろう、容疑者個人に犯罪の動機のすべてを押し付けることで出てくるポルノ・ロリコン批判を扇動する力にはなりえます。

 新聞社は営利企業であるから、自らの経営に不利益をもたらすことを決して記事にはしません。それは資本主義社会の経済原理的にはとても正しい判断です。しかし、隠れ蓑として自分たちの嫌悪するもの、たとえば新聞のライバルとなりえる新しいメディアたち、性的な話題をあつかうメディアに全面的に責任を押し付けることは正しいとは思いません。

 ここは、NHKの不祥事検証番組で「受信料不払いを懸念する」と言った鳥越俊太郎氏のように、この事件を契機に新聞の宅配を解約する人が出ることを懸念するといっておきます。 


きょうの一冊:『ネットは新聞を殺すのか』 国際社会経済研究所/編

ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア

 

 

12月27日 グランプリ

 

 クリスマスも正月も休みがないならと12月最後の日曜日に休みをとった。世の中では二大年中行事に挟まれたなんてことない日曜日だが、12月26日のこの日は競馬の有馬記念があるために僕にとってはとても重要な日。 

 有馬記念は一年の総決算にして集大成のレース。一昨年、去年と年間収支プラスできていたために気がまえなくむかえていたが、今年は明石家さんまがゴールドラッシュと宣伝しがら、どこにも金は埋まってない新馬券・三連単の泥沼の中でもがき苦しむうち、すっかりパリーグ球団なみの赤字体質におちいってしまった今年の僕にとっては終わりよければすべてよし、一発逆転満塁サヨナラホームランを決める大事なレースになった。 

 予想の方は一週間前にほぼ確定し、馬券は前日に購入済み、あとは結果を待つだけとなったのだが、せっかくの休みに家でテレビ観戦ではなんとなくもの足りない。さすがに千葉県の中山競馬場まで日帰りする気はないが、同時開催中の阪神競馬場なら現場のレースも見れるしにぎわった競馬場の雰囲気も味わえると兵庫県宝塚市まで出向くことにした。 

 ここ一週間ほどで急に冬らしく冷え込んだので、屋外で観戦するのは厳しいと暖房完備の室内にある指定席を狙って早朝から出かけた。6時に家を出て、7時に梅田着。そこで同行するウマ友・えばを氏と合流し、阪神競馬場のある仁川まで阪急に。帰りは壮絶な混雑になるので競馬場へ行くときはいつも往復乗車券を買っておくのだが、阪急は往路と復路が別の二枚を買う方式。そんな都会のシステムに慣れていない和歌山在住のえばを氏(厳密に言うともう少しで和歌山になるギリ大阪な山の手に住んでいるのだが、彼は地元から滅多に出てこないためにかなり遠くにすんでいる印象がある。梅田の待ち合わせも紀伊国屋前でないと迷うし)が、この二枚を同時投入してしまって駅員にめずらしがられている時間ロスが発生。

 あまり遅くなると指定席が定員に達して売切れてしまうので気持ちがはやっている僕はあせるが、えばを氏と駅員は二つとも穴の空いた往復切符を間に談笑している。結局、五分ほどで検印を押してもらって出てきたえばを氏をせかして特急に飛び乗る。近鉄沿線の僕にとっては阪急の特急料金が要らない特急というのになじめないのだが、特急といわれるとなんだかとても速い気がして、あっという間に西宮北口に着く。そこから今津線の各駅停車に乗り換えて仁川へ。今津線は部活の試合かなにかに行く高校生と競馬場へ行く灰色の人たちが半々。健全な夢と希望を追いかけるスポーツマンに混じる澱んだ欲と打算にまみれた馬券オヤジ&アニキ。「こんな大人にはなりたくない」と「お前らももうすぐこっち側」のせめぎあい。

 仁川で下車するとこの電車で数百人はいるだろうという人の波にもまれて、これだと指定席は厳しいなと思っていたら案の定、駅を出てすぐの競馬場直通地下道の入り口で緑の制服の人(JRA職員)が「指定席は完売です」とアナウンスしている。競馬場にはATMもコンビニも競馬新聞を売るスタンドすらもないと思って、何も持たずに着たから寄り道しようよと言うえばを氏に、全部あるから、カイロも売ってるからと言って急ぎ足で先を行って後をついてきてもらい、レースよりも激しい一般席争奪戦に参加すべく、入場門前へ。入場規制の三回目に食い込んで10分もしない7時50分に開門。競馬場入場料200円をケチってか、一刻も早く席を取りたいからか入場券を買わずにダッシュする人ごみにはさすがにまじれず、きっちり入場券を買ったものの、改札で半券もろとももぎ取られて、これなら誰が入場券を買ったか分からないじゃないかと憤りつつも早足で3階禁煙席へと駆け上がってなんとかターフビジョン前の好位置をものにする。 

 そこから1レース発走までの二時間は、ひたすら暇。得たことといえばモニターで映像が流れた過去16年分の有馬記念のレース結果と前後の席グループの人間関係くらい。前列と横は水筒に焼酎、タッパに梅干、つまみにサキイカと完全に宴会モードなわりには口数の少ない常連らしい馬券おやじのグループ。後列にはヤンママとそのダンナと推定3歳の男の子の馬券ファミリー。ダンナの職場の人があとから来るのでその場所とりに家族総出で駆りだされたらしい。ヤンママは初対面ながらも普段グチだけは聞いているからか、いいイメージをもっていないダンナの職場の人たちとあまり会いたくなさそうで、ダンナは武豊がオグリキャップ以来15年間有馬記念は勝っていないという事実を知らないらしく、モニターを見ながら「武豊が勝ったのこの年やで」を連発。子どもははしゃぎまくり、この分だと午後は寝てるだろうという僕の予想(期待)を裏切るスタミナタイプ。レースごとに最前列まで階段を駆け下りてはまた昇るを繰り返し、昼には他の客にぶつかって食べていた競馬場と築地の店でしか売っていない吉野家の牛丼をこぼさせるやんちゃぶり。注意されると「お前が悪いんやろ」と言い返して、それに母親が「知らん人にお前って言ったらあかん言うたやろ」と論点をだいぶ間違ったしかり方をみせる。インクレディブルなスーパー家族。 

 そんな環境に悪影響を受けたのか、午前中はさっぱり当らず。レースをみても直線で買っている馬が勝ち負けにからむこともないので声も出ず。もりあがらないままに昼食を買いに売店へ。500円の格安だった洋風弁当を頼む。どれやったかなと探した店のおばちゃん、一番安いのだとわかるや態度がぞんざいになってあやうく箸がつかないところだった。このころから場内の混雑が加速して、禁煙区域内を一歩出ればヘビースモーカーズフォレスト、トイレに行くにも長蛇の列でしかも順番抜かしアリ。 

 阪神と中山の6RでPOG指名馬4頭が出て全馬敗退ではじまった午後は、さらに馬券の調子が落ち、返し馬では馬場内のイベントで回っている馬車の馬に目が行き、パドックに馬を見に行っても誘導馬がいちばんよく見える始末。 

 この日、一度もあたらず11連敗でむかえた有馬記念。レースは別の競馬場だし、前の日に馬券は買ってあるから今日の運勢は関係ないと気を持ち直してみるが、ターフビジョンにちょうど日が射して映像が見えづらくなってまたトーンダウン。タップダンスシチーがうまく単騎逃げにもちこんで、1番人気ゼンノロブロイが3番手でそれをマーク、最後までこの二頭のレースとなって最後に交わしたゼンノロブロイが優勝。昨年をさらに1秒も上まわる新レコードを出されては脱帽するほかない。僕が1着に予想したコスモバルクとデルタブルースはともに本調子を欠いていたよう。えばを氏の馬券は見事に当って、僕はえばを氏と共同予想した馬券すら僕の責任で消したタップダンスシチーが来て僕が全額購入金額を支払うダブルパンチ。 

 これまでの経験からこんなことになるのではと思ってきちんと予想していた中山と阪神の最終を急いで買いに走る。中山のハッピーエンドカップは、もはやこの状況でハッピーエンドはありえない僕にあたるはずもなく、阪神のファイナルSではそのとおり終わりを告げられた。結果、15連敗となって一度も払い戻しにありつけないまま終戦を迎えた。ふだん電話投票で買っていると口座の残高の字面でしかないので、当って現金を手にする興奮を味わいたいと思ったのだけれど、一度もかなわぬとは。さっさと帰ろうとするとえばを氏が払い戻しがあるから待ってくれと。そこでデジャヴューを感じて思い起こすと1997年、はじめて見に行った菊花賞の日の京都競馬場でも同じことがあった。あれ以来僕はなにも成長していないのかとさらに落胆したが、あのころよりも負けるのには慣れたので、冷静さは保っているよというマイナス面での経験のつみかさねすらも、帰路で梅田の紀伊国屋に寄るつもりがブックファーストに着いてしまって、ああ失敗とエスカレータを降りて紀伊国屋に向かうが、なぜかまたエスカレータを昇ってブックファーストの前にいるという錯乱ぶりに裏切られる。そんな僕の後に着いてくるしかないえばを氏もえばを氏だが、そんな僕を気づかって年明けの正月競馬は回避しようと提案してくれる彼の温情はすなおにうけとっておいた。

もうひとつのグランプリ

 帰宅してから、『M-1グランプリ』を途中から見た。一回目の最後で麒麟が出たところから。すでに笑い飯が最終決戦の上位三組からもれており、島田紳助と松本人志の不在は大きいと感じる。

 最終決戦でははじめてみた南海キャンディーズがよかった。司会の井上和歌をいじる思い切った出だしから「しずちゃんワールド」に引き込まれた。キャラクターだけで押している部分があるし、しずちゃんの声が小さいのは気になったが、千鳥のネタをはじめてみたとき以上のインパクトがあった。さすがに笑い飯までの衝撃度はないが。

 唯一逆転の可能性がありそうだった笑い飯が落ちたことでアンタッチャブルは磐石。ネタのつながりが抜群で漫才のリズムにも安定感があった。有馬記念にたとえるなら笑い飯がコスモバルクでアンタッチャブルがゼンノロブロイか。関西ローカルでよく見ている麒麟だが、今回のネタはいつも以上のものではなかった。

 最終三組ではアンタッチャブルの独走。審査員は全員一致かとおもったら中田カウス一人が南海キャンディーズを挙げた。この人は自分の役割をよく理解している。破滅型の相方・中田ボタンとは対照的だ。

 先輩芸人が居並ぶ審査員だけの判定では本命決着になりがち。そのほうが番組的にはいいのかもしれないが、見ているほうとしてはせめて一票ずつでもスタジオの観客と視聴者の票も入れてほしい。もし投票権があるなら僕は南海キャンディーズに一票を投じる。


きょうの一冊:『M-1グランプリ2004写真集


 

 

12月23日 人気がない

 

「プロ野球:ファン離れ進む 野村総研調査」(毎日)
http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/pro/news/20041224k0000m050037000c.html 

「野村総合研究所がこのほどまとめた国内プロ野球に関するアンケート調査結果によると、関心が「低下した」との回答が27.8%に達し、調査対象のスポーツ10分野で最高になった」

 このアンケート、他の質問をみているとプロ野球の人気凋落を前提にしたような構成になっていて、極端に表現すれば「最近プロ野球の人気が落ちていますが、あなたはどうですか?」というようなマッチポンプで話題性優先のものです。 

 たしかに球団合併やストライキやらで転換期のプロ野球ですが、その影響をモロに受けた近鉄ファンやオリックスファンなんて野球ファン全体から見れば誤差の範囲くらいにしか存在していないはずで、それよりも今シーズンは日本シリーズが中日対西武では巨人ファンや阪神ファンのような多数派の球団ファンにとって盛り上がりようがなかったシーズンだったために最近のプロ野球はつまらなくなったという思いが強くなっているのではないでしょうか。 

 つまらなくなったらなったでつまらないことを議論したり、それがニュースになったりするのですから、まだまだプロ野球人気は根強いと思うのですが、そんな聞き飽きたプロ野球の話題よりも僕が興味を引かれたのは、このアンケートの調査対象に「競馬」が含まれているところです。 

 野村総研のサイトに掲載されている調査結果を見ると、調査対象となったスポーツ10分野は、「野球(国内プロ野球)」、「野球(メジャーリーグ)」、「サッカー(Jリーグ)」、「サッカー(日本代表試合)」、「サッカー(海外サッカー)」、「格闘技」、「大相撲」、「ゴルフ」、「競馬」、「モータースポーツ」で、「競馬」は「中央競馬、地方競馬、海外競馬を含む」と定義されています。「モータースポーツ」が「4輪、2輪を含み、海外モータースポーツを含む」でF1もパリダカも競艇もとわりと広く定義されているのに比べて狭い気もしますが、仮に「競馬」に馬術を含んだところでなにもかわらないでしょうから、仕方がないでしょう。 

 「競馬」をテレビやラジオ、インターネットなどで「積極的に見ると」答えた人は全体の6.8%、「時間があれば見る」が13.7%あまり見ないが21.4%、まったく見ないが58.1%でした。 
 「積極的に見る」だけだと全体の6番目ですが、「積極的に見る」+「時間があれば見る」は10ジャンルのなかで最低です。一部に熱心なファンはいるけれど、スポーツ全体としては見る人が少ないのが競馬なのでしょう。まあ、地上波キー局では週一回の一時間番組ですし、レース自体はものの数分で終わるので、野球やサッカーよりメディアで接する機会そのものが少ない影響もあるかもしれません。G1レースとなると開催する競馬場には10万人前後の人が来場し、全国の競馬場・WINSを合わせれば100万人単位の人が馬券を購入しに出向くわけで、メディアで視聴せずとも参加する人は大勢います。オグリキャップブームのころのような満員電車状態の競馬場ではないですが、中央競馬なら土曜日の午前中でも人ごみができるくらいにはごった返していますし、赤字の地方競馬でも人気(ひとけ)がないほど寂れているところはあまりありません。それに、レースをみなくても自分の馬券の当たり外れの結果だけ知ればいいような競馬ファンも存在します。 

 次いで過去1年間で関心の度合いについてですが、「競馬」の関心が「高まった」人は全体の3.8%でこれは「大相撲」の2.3%に次いで10ジャンル中9位の低い数字です。 今年はハルウララが社会現象になったり、コスモバルクの活躍が北海道では一般ニュースでもとりあげられたりしていたので、関心の度合いは高くなっていそうに思ったのですが、案外な結果です。競馬は大相撲同様、成熟しきったスポーツということなのでしょうか。ただし、逆の「競馬」の関心の度合いが「低下した」は8.5%で「大相撲」の20.4%にみられる大幅減はありません。とくにファンの出入りがない、見る人は見るし見ない人は見ないスポーツといえそうです。
 
 この結果からは、未来が明るいわけではないが、とくに大きく傾きもしないマンネリ化したスポーツとの印象を受けます。そんな世の中からあまり相手にされていない競馬ですが、今週は世界でもっとも馬券が売れるレース、有馬記念の開催週とあって、若干話題にのぼる機会が多いようです。関西ローカルの夕方の主婦向け情報番組「ちちんぷいぷい」でも武豊へのインタビューを放送していました。もっとも、この番組は番組名を馬名にした「チチンプイプイ号」を取りあげていたり、番組中にハルウララのレースを生中継したりとスタッフに競馬好きがいるようなのですが(以前、番組見学に行った際におじゃましたスタッフルームにはエルコンドルパサーのポスターかカレンダーがかかっていたのを記憶しています)。最近は競馬好きだと公言していないのであまりそういうきかいはないのですが、個人的にもこの時期は有馬記念はどの馬が来る?と聞かれて苦労します。毎週競馬を見ているからといって有馬記念が当りやすいわけでもなく、玄人ぶった予想を披露しても人気に逆らっては的中率は低くなります。これから毎年50年間僕のアドバイスを受け続けるというのなら当てずっぽうに買うよりも少しは回収率が高くなる予想を言えますが、回収率重視では一回きりの勝負は厳しいです。 

 とはいえ、有馬記念を多くの人が買ってくれることは巡り巡れば僕の得にもなるので、何を買えばいいかと聞かれれば素直に本命馬のゼンノロブロイを買うことをおすすめします。今年中にどうしても借りた1億円を倍にしなければ15年間監禁されるなんて人にはもってこいです。単勝に1億円つっこめばさすがにオッズを大きく動かしますが、馬単総流しで代用すれば、100億円くらいの売上げにまぎれて自分の賭け金によるオッズの低下をほとんど気にしなくていいですから、倍くらいにはなるでしょう。


きょうの一冊:『スポーツファンの社会学』 杉本厚夫/編

スポーツファンの社会学

 

 

12月20日 NHKがあらわれた!

 

 NHKがあらわれた。 

 トリゴエはNHKがみがまえる前に襲いかかった。 
 トリゴエの攻撃、NHKに56のダメージ! 

 NHKの攻撃、NHKはシャクメイを唱えた。 
 しかし何もおこらなかった。 

 トリゴエの攻撃、トリゴエはNHKにカイチョーのセキニンを問うた。 
 しかしNHKにはきかなかった。 

 NHKの攻撃、NHKはたすけを呼んだ。 
 シカイシャがあらわれた。 
  
 シカイシャの攻撃、シカイシャはその他のシュツエンシャにワダイをふった。 
 ユキジルシはケイケンをかたった。 
 ユニオンはゲンバロンを展開した。 
 レンゴーとドーユーカイはそれぞれのタチバから意見を言った。 
 NHKはだまって聞いている。 

 トリゴエの攻撃、トリゴエはシチョーシャのイケンを伝えた。 
 しかしNHKには聞こえなかった。 

 NHKの攻撃、NHKはフセイのシクミを説明した。 
 しかし何もおこらなかった。 

 トリゴエの攻撃、トリゴエはその他のシュツエンシャと協力して攻撃した。 
 しかし論点がバラバラだった。 
  
 NHKの攻撃、NHKはケイエーイインを呼んだ。 
 ケイエーイインはソシキのカイカクを唱えた。 
 呪文はむなしくひびきわたった。 

 トリゴエの攻撃、トリゴエはジュシンリョーの口座を解約した。 
 NHKはあせっている。 
 さらにトリゴエの攻撃、トリゴエはコッカイチューケーにふれた。 
 NHKは痛いところをつかれた。 
 さらにトリゴエの攻撃、トリゴエはカイチョーのジニンを要求した。 
 NHKはとまどっている。 

 シカイシャが割ってはいった。 
 シカイシャはまとめにはいった。 
  
 NHKの攻撃、NHKはセイシンロンを唱えた。 
 NHKの体力が回復した。 
 NHKは呪文を唱えはじめた。 

 トリゴエがわってはいった。 
 トリゴエはむなしさを表明した。 
 しかしNHKは聞いていない。 

 NHKはルーラを唱えた。 
 NHKはどこへともなく飛び去っていった。 

 バングミは終わった。 
 10000の経験値を獲得した。 
 10000Gを獲得した。 
 トリゴエはレベルが上がった。 
 トリゴエは熱血ジャーナリストから正義のジャーナリストになった。 

 NHKは宝箱を落としていった。 
 トリゴエは宝箱を開けた。 
 宝箱にはジュシンリョー振込用紙が入っていた。 
 トリゴエはジュシンリョー振込用紙を破り捨てようとした。 
 しかしジュシンリョー振込用紙は捨てられない!

 


きょうの一冊:『NHK受信料拒否の論理』 著/本多勝一

 

 

 

 

12月15日 松下対ソニー

 

「松下電器:電子書籍コンテンツ販売 パソコンでも閲覧可能」(毎日)
http://www.mainichi-msn.co.jp/it/solution/news/20041214org00m300072000c.html 

 世の中にはほとんど知られていないのですが、電子書籍というものが実用化されて、端末も各社から発売されています。 紙の本を何冊も持ち歩かなくても好きな時に好きな本が読める夢のような装置というふれ込みですが、さっぱり普及していません。 「ニンテンドーDS」や「PSP」よりも高い端末で、読める本といえばブックオフの100円コーナー並みの品揃えですから、当然といえば当然なんですが。 

 そんな地味な市場なのですが、いちおう規格争いみたいなこともやっていまして、今回毎日で取りあげられているのが「シグマブックス」という松下と東芝が押している規格。もうひとつはソニーの「LIBLIe」。 次世代DVDでは松下・ソニー対東芝ですが、ここでは松下・東芝対ソニーの図式です。 

 エンターテイメント機器で規格が競合すれば、ソフトウェアの質が勝負を決めることになるわけですが、電子書籍の場合はコンテンツを出している出版社が双方の陣営に重複していて、「ディズニーがブルーレイを支持した」というようにソフト側がキャスティングボートを握っているわけではありません。大手の講談社や新潮社の本はどちらでも読めます。ただし、課金システムの違いが微妙に品揃えを変えているように思えます。 

 松下・東芝の「シグマブックス」では一冊一冊のデータを買って「SDメモリーカード」に保存します。一度データを購入すればずっと持っていることが出来ます。毎日の記事では「1タイトルあたり文庫本の約7割程度の数百円」としています。
 
 対するソニーの「LIBLIe」は、「電子書籍の貸本屋」と銘打っているように、「月会費+コンテンツ別の代金」を支払って60日間だけ表示できるデータをダウンロードする方式です。月会費が210円で、本は一冊あたり210〜525円。一冊づつではなく同ジャンルの作品をどれでも5冊というようなセット価格もあります。貸本屋なんて業態はいまではほぼ絶滅していますが、「レンタルビデオ方式」といってしまうといろいろと差しさわりがあるのでしょう。 

 半永久にデータが残る松下・東芝の規格だと、出版社は本業の紙の本の売れ行きに悪影響が出るのではと心配になるのか最近の作品はあまり提供しておらず、データが一定期間で消えてしまうソニーの方が、比較的新しい作品が多いようです。これは好みの違いもありますが、選書のセンスもソニーのほうが良いようです。まあ、「ザウルス」のユーザーに合わせているのか「VAIO typeU」のユーザーに合わせているのかの違いもありますが。 

 それでも、ブックオフの100円コーナーと通常価格コーナーくらいの違いでしかなく、電子書籍だから読みたいとか電子書籍でないと読めないというようなものではありません。 双方のサイトのトップページに松下・東芝陣営ではソニーの創業者・井深大の伝記があったり、ソニー陣営では松下と東芝をもじった「初芝」に勤める『課長・島耕作』があったりと変なクロスがありますが、こういうのは同業他社への牽制や嫌味のようなもので、消費者を置いていっている感じがしてしまいます。 結局、ハードカバーよりも重い端末で紙よりも目の疲れる液晶画面を凝視するにたるような魅力はまったく感じられず、いまのところ僕はタダでもらっても使わないでしょう。 

 メインターゲットは電車で通勤するサラリーマンなんでしょうが、こんな重いもの都市部の満員電車では読めないでしょうし、見慣れない機械なんで盗撮にも間違われかねません。加齢とともに視力は衰えるばかりですし、使う人も使う場所も紙の本とは変えないと普及しないように思えます。 

 とはいえ、いまの読書端末では子どもにはまったく魅力がないです。父親からクリスマスのプレゼントだと渡された紙包みを、これは新型携帯ゲーム機ではと期待に胸おどらせて子どもが開けるとなかから電子書籍端末が出てきたという不幸な家庭が日本全国にひとつくらいはあるかもしれないと思うと、キン肉マンの「マッスルスタジアム」を期待して地味なウルトラ怪獣詰め合わせだった小学三年生、『信長の野望』の新作を期待して福沢諭吉の伝記だった小学六年生のクリスマスを思い出してしまいます。 

 電子書籍端末はエンターテイメント機器として個人に買ってもらうのではなく、学習塾と提携して電車で塾通いする子どもが小テストの予習をするための端末にするとか、英会話学校や資格学校で重い教材をひとつにまとめる端末にするとかのほうがいいように思えます。


きょうの一冊:『ソニーと松下 上』 著/立石泰則

ソニーと松下〈上〉企業カルチャーの創造

 

 

12月14日 何をしているか分からない日銀

 

「細切れ千円札、野口英世に再生 日銀福島支店に似顔絵」(朝日)
http://www.asahi.com/national/update/1213/032.html 

 「「何をしているか分からないと言われる日銀を身近に感じてもらいたい」と考えた」そうですが、これでは仕事の合間に貼り絵ができるぐらい暇な職場というマイナスイメージにしかならないと思うのですが。1か月で1万枚以上貼るのはかなり時間がかかりそうで、この作業のために残業してたりするのでは。それで残業手当なんか出してれば本末転倒です。 

 ところでこのレリーフ、サントリーの缶コーヒーBOSSのキャラクターにデザインがかなり似ています。髪形とあごの形をちょっと変えて、パイプをくゆらせると・・・。安倍なつみさんのような盗作疑惑に発展して、日銀の福井総裁が「福島支店には創作活動は今後いっさい行なわせません」なんて記者会見をしないといけないのではと余計な心配をしてしまいます。

 


きょうの一冊:『新しい日本銀行』 日本銀行金融研究所/編

新しい日本銀行―その機能と業務

 

 

12月10日 はるかなる甲子園

 

「関西に縁? 東洋系青年、記憶失いオスロで1年半」(産経)
http://www.sankei.co.jp/news/041209/sha089.htm 

 記憶喪失の青年というと少女漫画なら美男子と相場が決まっているのですが、この記事の写真を見ると・・・。 

 「身元確認の唯一の手掛かりは持っていた1枚の写真で、西洋庭園をバックにアジア系の女性がポーズをとり、裏に英語で「ジェニー、パリ、2002・8」と記載。また、青年の辞書の裏表紙には「ドードーへ。20歳の誕生日おめでとう。ジェニーより。2002年12月12日」と英語で書かれていた」なんてエピソードはちょっと美しすぎて写真の青年とはギャップを感じるのですが、「野球のルールや、甲子園が球場名であることも知っている」ところはだいたいイメージどおりです。というか、接している人はどういう脈絡で「甲子園」を引き出せたのでしょうか。
 
 阪神ファンだとすれば「六甲おろし」を聴かせてみても反応がありそうです。「オマリーの六甲おろし」なんて聴いたことがあるとすれば強烈な印象を残しているはずですし。あとは、岡田・掛布・真弓・バースあたりから選手名を言っていけばいつごろの阪神ファンなのか見当がつきそうなものです。2002年に20歳とすれば新庄・亀山あたりがど真ん中っぽいですが、もしグリーンウェルと聞いて頭を抱えたりすると辛い時代をしのいできた僕の同士です。 

 関西人だとすれば、なにわのモーツァルト・キダタローのローカルCMメロディーをおぼえているはずで、「とーれとーれぴーちぴーち」と言ったら「カニりょーりー」と返してくるかもしれません。あとは吉本新喜劇を見せるのも効果がありそうです。というか飛行機に乗っけて関空まで連れてきて、パスポートがなくて入国できないならトム・ハンクス主演の『ターミナル』みたいに関空に住んでもらって関西人がかわるがわる関西ゆかりのものを持ち寄って青年の記憶を刺激するというのも手なのでは。そうすれば見物人で関空の利用者も増えて万々歳です。


きょうの一冊:『季節の記憶』 著/保坂和志

季節の記憶

 

 

12月9日 最強の呪文グーグル

 

 ドラクエ8を買ってしまいました。同時期にジャパンカップやら『ハウルの動く城』やらがあったので発売日の祭りには踊らされなかったのですが、ネットにアップされていたゼシカの胸に胸躍ったのがとどめになって、翌日にジョーシンで熱血宣言してしまいました。 

 ドラクエをプレイするのは1995年発売の「6」以来ですから、10年近くのブランクがあったわけですが、「わらいぶくろ」も「はがねのつるぎ」も「ラリホー」も健在なドラクエの世界観そのままに3Dになったフィールドは斬新でありながら古きよきドラクエで、すぐに引き込まれました。
 
 グラフィックの進歩が一人歩きして映画館に行ってしまったもののお客さんはついてこなかったFFを横目にして、ドラクエは偉大なるマンネリとなっているとばかり思っていて、実際に「6」・「7」あたりはそんな感じだったのですが、「8」で会心の一撃をはなちました。売行きでも「発売から3日間で300万本を突破」(朝日)http://www.asahi.com/tech/asahinews/TKY200411290241.htmlだそうで、『ハウルの動く城』が公開2日で日本映画史上最高の観客動員110万人ですから、出はじめではハウルを観ている人よりドラクエをプレイした人のほうが多いくらいです。 

 親切設計のドラクエですから、理不尽な謎や設定はないのですが、ちょっとしたことに引っかかってストーリーの進行に詰まってしまうことがあるのですが、10年前だと攻略本を買ったり友達に聞いたりしていたことが今はネットで解決してしまう便利さがあります。攻略サイトは無数にありますし、細かい疑問点も例えば「魔法のかぎ+ドラクエ」とかGoogle検索すればすぐに解決します。2chではすでに隠れアイテムや裏ワザも出尽くした感があるほどで、まあ300万人がやり込めば何だって分かるのですが、それでもすさまじい情報網です。そんなネットで調べれば何でもわかる環境下でもプレイした人の反応が概ね好評なのがドラクエのすごいところで、レベル上げや謎解きが「作業」にならないのは細やかな演出がしっかりしているからでしょう。その点ではキャラクターの鳥山明と作曲のすぎやまこういちの仕事はドラクエがドラクエたるための核になっていて、この二人をシリーズのはじめからそろえたことこそドラクエが成功したもっとも大きな要因ではないかと思えます。 

 僕がドラクエをはじめたのは「3」からで、それも発売後すぐに買うチャンスがあったものを「幽幻道士2」との二択で選びそこなったためにブームに乗り遅れた感がありました。高島屋のおもちゃ売り場でガラスケースの前に小一時間へばりついていたのは今でも記憶しています。「3」の発売日が1988年2月ですから、今考えると3月の誕生日プレゼントでファミコンソフトを買ってもられることになって、どちらかを自分で選んだと思われますが、競馬で毎週実感している僕の選択眼のなさは十年以上前から存在していたようです。原作モノにはずれが多いのは前年の誕生日の「トランスフォーマー」で経験済みだったのですが、一年後では学習能力は「小一時間迷う」というところまでしか発揮されなかったようです。  

 「4」はまだ小学生で朝から店に並ぶこともできず、近所にゲーム専門店もまだできてなかったために、数週間後に堺のマツヤデンキに売っているのを親戚が見つけて、それをわざわざ買いに行きました。高橋名人の「ゲームは一日一時間」に忠実だったのですが、親が外出したのをいいことに一日で第二章まで行ったのを覚えています。これをきっかけに高橋名人の教えは有名無実と化し、ゲームのやりすぎで頭痛がするから学校を休んでゲームをするという悪循環ができました。 

 「5」は発売日を指折り数えて待った唯一の作品で、梅田のキディランドで予約したものの受け渡しが発売日の午後になるとのことで、一刻でもはやく手に入れたいと早朝から友達と藤井寺のマツヤデンキの前にならんだものでした。しかし、その店では当日分は予約だけとのことで落胆しつつ、そこからなぜか富田林のマツヤデンキまで30kmほど自転車で爆走。それでもおなじチェーンなのだから条件は同じで、翌日分の予約を取れただけでした。そんなこんなで昼ごろに帰ってみると、家からものの3分で行けるゲームショップに大量入荷しているのを、朝の電気屋強行軍に遅刻した友達が見つけ、子ども心に「努力すれば報われる」は嘘だと実感したものでした。あと、「5」は中盤で詰まって、謎を解かないと冒険の書に記録できない場面だったことから半泣きになりながら深夜にプレイしていた記憶もあり、おそらく翌日の宿題はほっぽり出していたわけで、「無駄な努力」を覚えた作品でもあります。 

 そんなこんなで良くも悪くも僕の人生で大事なことのいくつかはドラクエに教わったわけで、オンライン通販で買ってネットで調べる今の子どもは僕たちが経験する「ドラクエ」とはだいぶ違うものなのかもしれませんが、それはそれで大切な思い出です。


きょうの一本:『ドラゴンクエスト[』 PlayStation2

ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君

 

 

12月8日 大誤植

 

「皇室関連記事で見出しに誤植 「女性セブン」発売延期」(朝日)
http://www.asahi.com/national/update/1208/033.html 

 「記事中の見出し部分で、「皇太子さま」の「太」が「大」になっていた」そう。一般の記事なら次号でこっそり「お詫びと訂正」を載せれば問題ないのですが、話題が話題だけにこういうことになったのでしょう。「同社は誤植を修正したうえで、製本し直し、店頭に出す予定」とのことですが、どういうふうに処理するのでしょうか。よくあるのが、当該文字の上にシールで修正をほどこす方法ですが、文字が文字だけにこれはないでしょう。次に考えられるのが当該ページを差し替えて他のページとくっつける方法。記事中で「製本し直し」と表現していることからこれが有力ではないかと。 

 しかし、これはかなり大変な作業になりそうです。9日発売で発覚したのが8日とあっては、すでに製本済みの可能性が高く、いったん製本されたものをばらして、当該ページを差し替えて、もういっかい製本すると。再製本の行程は機械でできそうですが、あとは人力の可能性が高そうです。共同通信の記事では「約55万部」ということで、これから4日間は小学館と印刷会社の社員総動員での作業になるのでしょうか。ただでさえ年末進行で大変な時期にとんだ災難です。 

 戦前には皇室記事の誤植で新聞社や出版社が処罰されることが間々あったりましたが、現在では法律でどうこうなるわけではないものの、処理を誤っては社の信用にかかわります。皇室報道が別格なのは記者クラブに所属しておらず、敬意を表しつつもゴシップを書く奇妙な立場の女性週刊誌でも同じです。今回は発売前に発覚したからまだよかった方で、これが店頭にならんでいたら誤植本が読者の手に渡ってしまううえ、回収に莫大な手間と費用がかかります。 

 こうした誤植は10年前も20年前にもありそうなことですが、10年前や20年前に話題にのぼったときと今とではかなりイメージが変わっているように思えます。このニュースについて誤植がどうとか皇室がどうとか直接的なことを言いたいのではないのですが、時代の潮目が変わったんだなあという感じをうけるのです。とはいえ10年前や20年前がいい時代だったと思っているわけでもないので、なかなかに複雑な心境ではあるのですが。


きょうの一冊:『ニュースの冒険―「昭和」が消えた日』 著/猪瀬直樹

 

 

 

12月2日 終末は一家そろって中央競馬

 

「競馬3連勝中のSMAP中居クンがJRAの顔に」(サンスポ)
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200412/gt2004120201.html 

 SMAPの中居正広メンバーが、来年のJRA(日本中央競馬会)のメーンキャラクターに選ばれたという話題。JRAの新CMについては野球の次に重要な競馬の話題とあって毎年、スポーツ紙は大きく報じます。莫大な広告費が使われる分、JRAのCMは完成度にも定評があって、競馬をしない人への認知度も高そうです。僕もまだ競馬をしていなかった10年ほど前の高倉健版を記憶しています。最近ではおなじSMAPの木村拓哉メンバーの派手なダンスパフォーマンスの年への評価が高いです。今年の明石家さんま版はタレントの知名度のわりに今ひとつでしたが、一般的にお笑いの人をつかったCMは難しいといわれるので仕方ないかもしれません。繰り返し視聴されるテレビCMは笑いをとろうにも毎回おなじパターンだとすぐに飽きられますから、あまりに笑いに走ることができませんし、特定のギャグを使うと、そのギャグの旬がすぎれば寒いものになります。結局はそれまでのテレビ出演で築き上げた「面白い人」というイメージにたよることになります。逆に「面白い人」のイメージが強いばかりになにをやってもコメディにしかならないことにもなりますが。また、おなじお笑いでもダウンタウンや爆笑問題のような「鋭い切れ味」系よりも木梨憲武や所ジョージのような「じわっと伸びる」系のほうがCMキャラクターとして長持ちするようで、なんだか競走馬に似ているような気もします。その点、俳優だとCMイメージに沿った演技をしてくれる分使いやすいところがあるようで、JRAのCMでも僕が競馬をはじめたころに流れていた本木雅弘、鶴田真由版が印象に残っています。過去の名勝負など競馬について語り合う落ち着いたもので、出演者両名ともそこまで競馬に詳しくないのではと思いつつも二人のかもしだす雰囲気が好きでした。 

 今回の中居正広ですが、スーパーグループSMAPのリーダーであり、ドラマもバラエティもと幅広く活躍しているのでいろんな可能性を秘めたキャラクターです。SMAPは木村拓哉をはじめ草なぎ剛や香取慎吾も過去にJRAのCMに登場しており、近年のJRACM出演者のナインティナインや明石家さんまとの共演も多く、流れとしても順当です。来年からは競馬法の改正で学生・生徒も未成年でなければ馬券を購入できるようになりますが、おそらくJRAとしては「ギャンブルは悪」と考える「良識派」の反発をまねかずに徐々に浸透させたいと思っているはずで、もろにその層とかぶる20代前半のタレントよりも三十路をすぎながらも若者イメージを保持している中居正広のほうが無難に受け入れられそうです。それに、一人当たりの購入金額が少ない学生層よりも20代後半から30代前半の若手サラリーマンに取り入ったほうが、JRAにとってもっとも有望な顧客である毎週競馬場・WINSに通う人種「競馬オヤジ」の予備軍を育てるうえでは効果的でしょうし。そんなわけで、自転車でWINSへ行って「ペ・ヨンジュンにちなみ、「4がいいかな。ヨンジュン↓ヨンジュンヨン↓ジュンヨン↓14だから、10とか14とか」と買ったところ、これが見事的中」した中居正広は最適な人選です。しかも、語呂合わせながら番号どおりや人気順に買うわけではなく、14タイムパラドックス(4番人気))→10アドマイヤドン(1番人気)の馬単という好配当が見込める馬券選択はなかなか見事で、勝負師の要素もありそうです。素の部分を出すだけで十分にイメージキャラクターとして通用する貴重な人材ですから、かつて牛を売っていたころの吉野屋のように理系の大学助教授なんていう小ざかしい設定などはつけないで欲しいところです。


きょうの一曲:「woh woh」 『個人主義』 小田和正

個人主義