10月8日 フォッグ・オブ・ウォー
キューバ危機、ベトナム戦争時の米国防長官ロバート・S・マクナマラへのインタビューに当時の記録フィルムを織り交ぜて、現代史のターニング・ポイントでアメリカがどのように決断したかを描いたドキュメンタリー『フォッグ・オブ・ウォー』をみた。
第二次大戦で日本の空襲計画を立案し、戦後は自動車産業界へ、フォード社社長に就任した直後、ケネディ政権の国防長官に抜擢される。キューバ危機、ベトナム戦争と冷戦真っ只中で陣頭指揮をとり、ケネディ暗殺後のジョンソン政権では泥沼化した戦争の責任を追及されて反戦運動のターゲットに。大統領との確執から政権を離れ、世界銀行の総裁となる。
アメリカ屈指の俊英であったマクナマラは、そんな存在であるがゆえに国の舵取りを任される。そして時代はあいにくにも戦争を必要としていた。自らの判断によって多数の人間の生死が左右される立場に立たされる。マクナマラはその時々でベストと思われる判断を重ねていくが、結果としてベトナム戦争は長期化し、アメリカにとって唯一の「負けた戦争」にしてしまった。
ジャーナリズムの金字塔、ハルバースタムの『ベスト&ブライテスト』やマクナラマ自身による『マクナマラ回顧録』など当時の当事者による証言の活字を目にしてもいまひとつ現実味を感じなかったが、いまなお健在な本人によるインタビュー映像だからこそ伝わってくるものがあった。国防長官時代のマクナマラはいかにもエリート然としているのに対し、インタビューに答える老マクナマラはどこにでもいそうなアメリカの爺さんでしかないが、そのギャップが逆に歴史の生き証人らしさを増している。過去の自らの決断についての語り口やそのときの表情からは後悔や恥辱といったネガティブな感情はうかがえず、常に自信に満ちており、自らの信念は過去も現在も微塵も揺らいでいないという印象を受ける。インタビュー全体をとおしてマクナマラが主張する「私のこれまでの判断はその時点での最良のものだった、だが結果として間違っていたこともある」という考え方は、現代社会で理想的な思考パターンだが、それを無理なく言い切る人生というのは稀有なものだろう。
マクナマラは自分の考え方や選択はたいてい人より優れていることを経験的に知っているのだから、たとえそれが間違いであっても、間違う確率はもっとも低いのだから仕方がないと思えるのだろう。そんな人物だからこそ、自国の未来や世界の存亡がかかった決断であっても平常心を保てたのではないか。とはいえ、人間であるからには焦りや緊張、弱気なども当然あったはずだが、マクナマラにとってそうしたマイナスの感情はわざと隠しているのではなく、自然と記憶に残らないものなのかもしれない。この人が競馬をやったかどうかは知らないけれど、かなりいいギャンブラーの素質がありそうだ。世界の命運を賭けた勝負なんて、人類史上で彼らと孫悟空くらいしかやったことがない。そんな大勝負に際してマクナマラが「オラ、すげえワクワクしてきたぜ」と思ったかどうかは分からないが、少なくとも責任の重さに押しつぶされるようなこととは無縁だっただろう。そんなマクナマラの人生にふれて、今週の重賞を予想するのにもまず外れたときのことを考えるような僕も勝負度胸が少しは沸いてきた気がする。人より優れた判断力は別として。
きょうの一枚:『フォッグ・オブ・ウォー
マクナマラ元米国防長官の告白』 (DVD)