練習船日記

ホノルル→東京

2月15日 17-55N, 158-30W

 今日は本船の2回目の進水記念日(船の誕生日)である。日本丸よ、誕生日おめでとう。
 久々に天測を行うが、上陸ボケか軽い船酔いか、とにかく頭が全然回らない。天測の計算はややこしい表を何度もひいて、すべて暗算もしくは筆算でしなければならない。おかげで計算スピードがガタ落ちである。

2月16日 16-56N, 160-26W

 今日は待ちに待った「すき焼き」の日である。コンロの数が少ないので1日に2ヶ部しかこれは食べれない。僕等5、6部はその中日である。同室の連中と1つの鍋を囲んでワイワイ食べる。予想以上に量が多く、食べつくすのにはかなり時間がかかった。

2月17日 16-45N, 162-21W

 船酔いもやっとおさまってきた。夜の当直で暇な時はサザン・クロスやカノープスといった星を眺めている。これらの星々は緯度の関係で日本ではお目にかかれない代物である。
 昼の当直時、員外事務員の登檣訓練のインストラクターに指名される。昨年9月に本船に乗船して受けた注意を思い出しながら2人の事務員を引率、登檣した。

2月18日 16-48N, 164-08W

 本日は操練日。2, 4号艇を降下するため僕等右舷直は操船に当たる。「船を停めて艇を降下、再度帆走、停止、艇の収容、航行再開」といった簡単なことなのだが、これがしんどい。帆船を停めるには帆を降ろしたり、ヤードを回してヒーブ・トゥーの状態にしてやらないといけない。再帆走する時はその逆。操練の間中ブレースやハリヤードを引きっぱなしなのだ。
 この操練終了後、セイルをセットしようとしたら、メイン・ロイヤルセイルのセイルロープが引っ掛かってセイルが破れてしまった。

2月19日 16-51N, 165-26W

 昼に船楼甲板に上がって昨日のロイヤルセイルを見上げる。
 おや? きれいにセットされている。視線をヤーダムに移すと、なるほど、Aの文字が見える。A帆に交換したんだ。
 デッキの上に寝そべって、ハワイで買ってきた本(昔の帆船乗りの生活を描いたもの、無論英語)を読む。現に今僕等がしている事ばかりなので、ある程度理解できるようだ。

2月20日 16-39N, 166-35W

 平穏な航海が続いている。船の速力が落ちてきたので、昔ながらのハンド・ログを流して速力を測りはじめる。一定間隔で結び目(ノット)のあるログラインの先に扇型の板がついたもので、先端から海に流し、一定時間に出た長さ(結び目の数-結び目1つで1ノット)で船速をだすのだ。

2月21日 16-46N, 167-56W

復航初めての大掃除。ポカポカといい天気の中での掃除は気持ちが良い。

2月22日 17-13N, 168-41W

 M.N.-04直の時、ウェアリングをする。たまたま僕は見張りに当たっていて、この作業をフォクスルから見物することができたが、実習生の掛け声に合わせてヤードがグングン回ってゆく様は壮観なものだった。
 午後は各部対抗の剣道大会があった。(5部が優勝した。)これも当番に当たっていて見物にまわる。数日前から後部甲板で竹刀を振って張り切っていただけあって、にわか剣士の気合は相当なもので、帆走中に使用するマグネットコンパスの付属物にぶつかってそれを曲げてしまう程だ。

2月23日 17-11N, 169-37W

 ワッチ・シフト、4-8直となる。
 日曜日の夕方から夜にかけては、船内で娯楽用にビデオの放映がある。今日は「さよならジュピター」等である。残念ながら僕等は当直や天測計算に追われていてまともには見ていられなかった。

2月24日 16-59N, 179-26W

 1/Oより期末試験の話が出る。これに合格しないと下船が遅れたりするので、そろそろ勉強をしなければ...

2月25日 16-51N, 171-24W

 夕方の天測で太陽に関する回数と精度のノルマは達成された。最近はさすがに皆点数が気になり出したらしく、水平線の確保には苦労をする。又、夕方の天測にはもうひとつ楽しみがある。そのためにも、皆早々とデッキに上がってくるのだ。その楽しみとは、「グリーンフラッシュ」である。グリーンフラッシュとは太陽が水平線の彼方に姿を消す瞬間、太陽が緑色に輝く現象だ。去る19日にもあったそうだが僕は見ていない。今日はあったと言えば言えるグリーンフラッシュだった。拗ねた見方をするからそんな風に言うのだが、中には「見た! 見た!」とはしゃぎまわっているのもいるんだからまあ見れたんだろう。しかし美しい事には違いないと思う。

2月26日 17-16N, 172-42W

 今日は、カメラを持っての登檣が許可された。実習生は手に手にカメラを持ってマストに登っていった。許可されたということは、普段は作業でしか登れないということ。僕のように登りたくてしょうがない人間には朗報だった。しかし、いざ遊びで登るととても怖い。カメラを手にしての登檣でこんなに気を使うとは思いもよらなかった。メインマストのポール(てっぺんの白い部分)にしがみついている姿とロイヤルヤードに渡っている姿を一緒に登った友人に撮ってもらった。

2月27日 17-28N, 173-13W

 クロジャッキとミズン・トップマスト・ステイスルを下ろして洗濯をする。(煙突に近いので煤で真っ黒なのだ、また洗濯と言ってもクロジャッキは112畳分もあるので大仕事である)期末試験は明日に迫った。そのため夜から実習生の当直は中断、士官の当直場所も船橋に移った。

2月28日 17-31N, 173-41W

 期末試験第1日目。大丈夫だろうか?

3月1日 17-30N, 174-21W

 1300帆走終了、復航は全く風が無かった。本当ならば貿易風が一定して吹いるはずなのだが...
 期末試験第2日目、試験も無事終了。さあ結果や如何に。

3月2日 19-11N, 179-29W

 14時17分11秒、北緯19度06分、日付変更線通過。東半球に帰ってきた。しかし、出来ることなら帆走で越えたかった。
 今日の夕食は洋食のフルコース。食べきれなかった。皆こんな料理は見たことない! などといいながら、記念撮影までしていた。

3月4日 19-26N, 175-11E

 昨日の日付変更線通過に伴い、3月3日をスキップ。

 今日はアンベンディング・セイルの日。この船がいわゆる帆船日本丸でなくなってしまう日である。36枚のセイルとそれに付随するセイル・ロープ、ブロックが取り外され、ヤードもピンレールも寂しくなってしまった。考えてみれば、半年の間「見上げればセイルのついたヤードがある」なんて生活をしてきたおかげで日本丸のこんな姿なんて考えられなくなっていたようだ。

3月5日 19-59N, 170-00E

 正午位置に関する点数ノルマ達成!
 明日のマスト塗装の準備。ペイントの滴下による汚れを防ぐため、デッキ上のあらゆる物に古びたキャンバスを巻きつける。実習生はボースン・チェア(マスト作業等に用いられるブランコのような台、ロープで吊って高所作業の足場とする)の取り扱い実習などをする。一方、甲板部はヤード(これは実習生にはさせない)の塗装にかかっていた。

3月6日 19-35N, 165-03E

 マスト・ペイントを行う。これがこの船で行う最後のマスト作業である。僕の担当区域はジガーマストのトップ台より下側、前面。運良くここは風上側である。帆船乗りの言葉に「風上、風下で地獄、極楽」というものがある。作業の種類にもよるが、とにかくどっちになるかで大きな差がある。風下側になると自分で飛ばした分の他に風上側から風に吹かれて飛んでくるペイントも体にかかり、作業終了時には大半が全身ペイントだらけになる。
 0830作業を開始、休憩は一切なく、1200過ぎまで作業をして全てのペイント塗りが終了する。下から改めて眺めると、見違える程きれいになっていた。日本丸は向こう1年間僕等の塗装したマストで航海を続けるのだ。
 事務部の方より帰国の際の通関手続きについての話があった。これをしないことには東京に着いても入国、上陸ができないのだ。

3月7日 21-50N, 160-27E

 低気圧の影響でうねりが高くなり、船酔いが顔を出してきた。午後の大掃除の終わり頃にピークを迎える。一応掃除だけは済ませて、通路に座り込む。しばらくすると大掃除点検の実習生衛生係、甲板係、1/O、J3/Oがやって来る。「点検だ!」と慌てて立ち上がると、その真上は分電箱、その角に背中をしたたかぶつけて大粒の涙がポロリ・・・瞬間体内のバランスが崩れて全身がほてったり、寒々としたり、目眩はするわ、ついでに吐き気! 点検が通過するやいなや船楼甲板に飛んでいって吐いた。その後は背中の痛みのせいか船酔いは何処かへ行ってしまった。看護長の所で背中に特大の絆創膏をはってもらう。なんだかカタツムリになったような気分。
 今日の天測の時に太陽の黒点が六分儀でも見える事に気が付いた。最初レンズに付いたゴミかと思ったのだが、いくら拭いても消えない。隣で天測をしている者に聞くとやっぱり彼の目にも見えるとのこと。「それじゃあ黒点だ」と一件落着した。

3月8日 24-05N, 157-01E

 遂に正午の気温が20℃を割る。(19.2℃)「以後、冬服とする」と昼の課業整列のときに1/Oより達示があった。もっとも、気温差が激しいので、とても寒く感じて、各々暖かい恰好をし始めているのだが...

3月9日 26-56N, 152-40E

 今航海最後のサブワッチ。夜の当直でアンドロメダ大星雲を双眼鏡で観る。結局天気等の都合でハレー彗星は見る事ができなかった。

3月10日 30-03N, 147-45E

 天測のノルマを全て達成する。期末試験も2、3科目再試験を受けたものの、残りはパスする。あとは日本に着くのを待つだけだ。

3月11日 33-17N, 143-04E

 遠航最後の低気圧と戯れる。ありがたい事に船酔いにはかからなかった。
 一部の実習生は再々試験を受けた。この試験実施時に僕等が当直に入っていて、士官も試験監督で交代を頻繁にするし、実習生のほうも半分以上がいない(再々試験受験)。そんな事もあって今日の当直はいつも程は厳しくなかった。

3月12日 東京沖 <Anchor>

 朝別課で目を覚ましてデッキに上がってみると、陸が見える。船橋へ行ってログ・ブックを見てみると、0220野島埼をレーダーにより観測。0547灯台灯火を視認。とある。「帰って来たんだ」と思わず目頭が熱くなってしまった。
 0823最後の時刻改正、日本標準時に戻る。0945東京湾に錨を入れて仮泊。
 1700安着パーティー。士官、乗組員、実習生が一堂に会して遠洋航海の無事終了を祝う。士官もこれが最初で最後だ! とばかりに、ついぞ見ることの無かった意外な一面を僕等の前に表した。日本丸よ御苦労様でした。

3月13日 東京沖 <Anchor>

 通関を行う。前々から聞かされていた程は厳しくなかった。
 4月1日付けで、実習生は3つの汽船に転船になる、その転船先が今日発表になる。僕は「銀河丸」というディーゼル船。これは何と世界一周コース! 航海学科実習生はみんな、日本丸に乗って銀河丸に乗るのを夢見るのだが、そうはなかなかいかないものなのだ。今日は自分の運の良さに感心してしまった。

3月14日 日の出桟橋M

 0850抜錨、1000着岸。日本丸第6次航海終了。
 1400総員上陸。久々の祖国の土(?)の感触を楽しんだ。