■ある老画家の叫び■
ある年配の作家と話しをした。
氏は油絵の抽象画家で70歳代のこの世界の大先輩。
その氏が曰く・・・
最近観て来た展覧会の様子から話しが始まった。

「最近の若手の作家は怒りや悲しみを正直に表現しょうとする気概が少ない。
上の先生に取り入り出世のことばかり考えた作品を描こうとする。
善良すぎて悪がなく、格好良く(優等生)生きて行こうとすることばかり考えるから、
作品にも個性がなくなり面白くない。若手たるものは常に体勢に反発するものだ。
それなのに優等生になろうとすること事体おかしい!!」と
口から泡を飛ばして語るのである。
なるほどと思って聞いていた。
氏の話しは続く・・・
「東京からの巡回展で大阪にも来たので行ってきた。するとその会の偉い先生の
後をついて東京からも5〜6名の弟子のような作家も来ていた。
彼らはすでに東京で作品は観ているはずなのに、なんでまた大阪までついて来て
わざわざ観る必要があるのか?その神経が分からん!」
(確かにどこやらの国会議員のご一行様的雰囲気が漂う・・・)

今は大家と称される大家の現在の作品よりも、まだ無名で必死に描いていた若き
時代の作品の方がはるかに良いということはよく聞く話しである。
功良く名誉も手中に収めると、とかく人間は変質してしまうのだろうか?

氏の嘆き、怒るのは、若い頃からすでに目先のエリートコースを目指すような卑しい志が
絵描きとしてすでにおかしいと言うのである。
時代や社会の背景が昔(同氏が若かりし頃)とは大分違うので、その中で生まれてくる
画家の卵達とは質的な違いがあるかもしれない。現代美術を志向追求する作家ですら
体勢に迎合する時代である。氏の言う怒りも何となく解かるのである。
私とは、絵の表現手法や生き方は多少違ってはいるが主張される意見には同感できた。
ちなみにこの方は現在無所属で、生活も決して楽ではなく、やむにやまれぬ心境で
ただ黙々と絵を描くという今時珍しいタイプの作家。
20年前とそのスタンスは少しも変わらない。(そこが凄い)

格好よく生きたい・・・お金も名誉も欲しい・・・
それはなにも絵描きの世界だけの問題ではなく、世の中全てがそのように動いている。
人々もそう振る舞いながら生きている。賢く世渡りをして善人を装いながら・・。
それが今の世の中なのかもしれないが、この方にはそれが出来ない。
どちらかと言えば格好わるい生き方になるが、誰にでも真似は出来ない凄さがある。

同氏が最後に私に言った。
「あんたも他の作家とは違うチョット変わったところがあって俺はは好きだ」と。
はて?何が違うのか気になるが、もう古いお付き合いで隠し事は出来ず、恐らくどこかに
類友の匂いがするのかも・・・。
一貫して在野精神を失わず、自分に正直に描き続けているその姿勢はある種の迫力があり
共鳴しあう部分が多いのは確かである。だからこそこうして談義させてもらうのだが、
不思議な事に私は同氏の作品を今まで一度も観たことが無いのも妙な話しで、それがあまり
気にならないのも、これまた不思議な関係で早20年が経つのである。

ちなみに同氏の名誉のためにひと言付け加えれば・・
この画家は各種のコンペ、コンクール等では「招待作家扱い」で招聘される事も多いが、
会場までの出向く旅費が無いからと断るご人。なんとも豪快でおもしろい。
あの年齢(失礼)で何時も何かに怒っていられること事体が素晴らしい。
肉体は間違いなく老いる、しかし精神までそうであってはもはや絵描きとは呼べない。
私はこの作家を見ていると、自分自身も早や失いつつある「精神」を改めて呼び起こされる様な
気がして嬉しくまた心地よいのである。
この日も一通りの「怒り節」を聞かせてもらったが、私は「馬鹿な絵描きはここにも一人居ますよ」と
心の中で呟いていた。言うまでもなく私如きは同氏のキャリアの足元にも及ばないが、
それでも愚人に誉められるよりは純粋な精神の持ち主に認められる方が正直はるかに嬉しい
ものなのである。
関心無ければ腹も立たないし、愁得ることもないのである。
先の美術界の若き担い手達(?)にはたしてそんな気概があるだろうか?
偉い先生にヨシヨシと言ってもらう事を望み喜びとしている者に、本当の怒りや悲しみが解って
生涯絵筆を執っていけるのだろうかとふと思った。
そこにあるのは、派閥、人脈、利害・・・に繋がることばかりとするなら、それはあまりにも淋しいこと
ではないだろうかと同感した。
凄まじいまでの執念で、他の目を一切気にせずに創作活動を続けるというこの老画家に
私は芸術家の生き方そのものの原点をみる思いがする。


おりしも春の雨が降る中を、いつものくたびれたよれよれの万年コートを着てその老画家は
「これからまた帰って絵を描くわ・・・」と言って雨の中に去って行くのを私は静かに見送った。


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