さて、百五軒の蕎麦屋さんを食べ歩いたことは前回書いたが、それらの中には本当に美味しくて感心するお店が何軒もあった。さすがは信州だ。そのうち興味半分にお店のご主人に「ここの蕎麦粉はどこのものですか」と訊くようになった。
すると驚くべき事に気に入った店は一様に「うちの粉は北海道です」と言うのだった。「なんですと?」都会の皆さんは電車賃や高速道路代と時間を掛けて信州までやってきて、北海道の蕎麦粉を食べて「信州の蕎麦はうまい!」と感涙にむせんでいるというわけだ。
そのことはやや誇らしいと同時に、腹立たしくもあった。北海道で食べたい物といえば、ラーメン、カニ、お寿司などがすぐに浮かぶが、蕎麦とは聞いたことがない。こんなに良質の蕎麦粉を作っていながら、蕎麦が有名でないというのは納得ができなかったのだ。
そうこうするうちに転勤で信州を離れ、故郷北海道に戻ることになった。戻るとすぐに、「北海道でおいしい蕎麦を食べようと言う志をもった人達はいないのか?」と手打ち蕎麦の団体を探し、奈井江町というところに本部のある北海道そば研究会を探し当てた。ここは噂どおり、北海道の粉で手打ち蕎麦を打つ技術向上をめざす素晴らしい会だった。
「これだ!これしかない。自分自身が手打ち蕎麦を打つしかない!」と心に決めた私は早速この会に入会して、各地で行われるイベントに参加するようになった。会でも四十代そこそこの若い者は少なかったために結構先輩諸氏にかわいがられて、蕎麦打ちネットワークの知人も増えてきた。
北海道のおいしい粉さえあれば、蕎麦のブランドができるのではないかと思ったが、そんな簡単なものではないと判った。やはり観光客は味だけでなく、信州という歴史や風景や風土というブランドを味わっているのだと思った。食のブランドをつくるのは楽ではない。
今や蕎麦は、食べるものから打つものへ変化して、最後には背負うものになってしまったが、おかげで随分と美味しく、楽しい思い出を積み重ねられるようになった。
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