まぐろ
@「鮪」★
魚の名称の一つ。
全長2〜3メートルあるらしいが、貧乏な私は切身状態でしか見たことがない。
非常においしい!特に上トロの味は最高級とされているが、私はまだ食べたことがない。
A「マグロ」★★★
轢死体のこと。
駅員だけでなく警察用語でもある。私は幸いまだ見たことはない。
まびき(平14・11・3)
@「間引き」★
不妊手術などなかった時代、赤ん坊が生まれてきても育てられない時に取られた措置。
濡れた布などで顔を覆い、窒息死させた。
現在、そんなことをすると殺人罪が適用されてしまうので注意が必要。
A「間引き」★★★
鉄道用語で、列車本数を減らすこと。もしくは、列車間隔を開けること。
利用者が少ない時に取られる措置。
現在、そんなことをするとますます客離れを起してしまうので注意が必要。
南阿蘇水の生まれる里白水高原★★(平14・11・3)
九州の第3セクター「南阿蘇鉄道」に存在する日本で一番長い駅名。
結構有名なのだが、はっきり言って乗降人員は少ない。
資料はかなり古いものだが、1日40人という数値になっている。
あまりにも長い駅名のため、時刻表や地図では「白水高原」と省略して書かれていることも多い。
しかし列車内ではどんな放送になるのだろう???ワンマンだからテープ吹き込みだろうけど、一度聞いてみたいものです。
ちなみに、隣の駅は阿蘇下田という駅名だったが、これができた後、「阿蘇下田城ふれあい温泉」という、これまた長い駅名に改称されている。
またその他にも、やながわ希望の森公園前(阿武隈急行)、長者ヶ浜潮騒はまなす公園前(鹿島臨海鉄道)など、
第3セクターには長ったらしい名前が多い。
現在では一畑電気鉄道にルイス・C・ティファニー庭園美術館前なる駅ができて、日本で一番長い駅名と主張している。
→ルイス・C・ティファニー庭園美術館前
南渋谷★★(平14・10・27)
渋谷駅の埼京線ホームの別名。
山手線ホームの南の端が埼京線ホームの北の端になる。何故こうなったのかと言うと、
山手線ホームと東急東横線ホームの間に埼京線ホームを設置する空間がなかったからである。
だから、大宮方面から先頭車両に乗ってきた時は大変。出口まで300メートル歩かされる事になる。
せめて埼京線ホームの下に、別の出口を作ってくれてもいいのにねえ〜、
と誰でも思うが、東日本も遂に「新南口」を開設した(ただし駅の東側にしか行けない)。
南東京★★
東京駅の京葉線ホームの別名。
南渋谷と同類だが、こちらはもっと大変。実は有楽町駅の方が近い。
本当の東京駅から南へ560メートル。途中には3基のムービングウォークが設置されている。
横須賀・総武快速線ホームは丸の内側の地下3〜4階にあるのでもっと大変。
おそらく700メートル近いものと思われる。
何故この位置にあるのか、根本的な理由は分からないが、現在の京葉線ホームは本来、成田新幹線ホームとして使用される予定だった。
ところが沿線住民の反対で、東京と成田空港の駅以外は用地買収がほとんど行えず、その計画もおじゃんとなってしまった。
そこで新木場から東京湾直下を抜け大崎へ出る(つまり今の東京臨海高速鉄道)予定だった京葉線を南東京発着にしたのである。
ミニ新幹線方式★★
整備新幹線の建設方式の1つ。
在来線を標準軌に改軌して、フル規格の新幹線から直接在来線に乗り入れることができるようにしたもの。
山形新幹線や秋田新幹線がそれに当たる。
確かに乗り換えの手間がなくなり、規格向上によってスピードアップはしたが、
それでも最高速度は130キロにとどまり、思ったほど速く感じないと思われる人も多いと思う。
そのため、整備新幹線が建設される沿線の地方自治体や住民は、スーパー特急方式もミニ新幹線と同様に遅いという印象を与えてしまっている。
そしてスーパー特急方式からフル規格新幹線への計画変更を望んでいる所が多い。
やはり山形新幹線や秋田新幹線を安易なミニ新幹線にせず、スーパー新幹線方式の方にすべきだった思われる。
ムーンライトながら★
数あるムーンライトの中でもっとも有名な夜行列車である。
その先駆は俗称「大垣夜行」というもので、30年くらい前から存在していた。
「大垣夜行」は165系または169系を使い、普通車9両、グリーン車2両といういでたちで、
近年の短編成化の中にあって、11両というまさに圧巻というべき姿であった。
東京を夜12時前に出て、大垣着が7時前。午前中には京阪神・北陸に着けるとあって、若者を中心に大人気であった。
更に青春18きっぷも使え、グリーン車が満席になることも。
しかし古さを隠すことは出来ず、抵抗制御の宿命である発車時のショック、コイルバネによる揺れ、
何よりもボックスシートで、クッションが異常に堅く、そんな状況で寝入れる人は相当のつわものである。
そこで平成8年からは、373系を3編成つなげた9両編成に改編。
グレードがアップしたために全車両で指定席料金を取るようになったが、乗客が減るどころかなかなか指定席が取れない状況にまでなっている。
また、大垣行きは名古屋で後ろ3両を切り離してしまうため、そこに陣取っていた人は眠い目をこすりながら前6両に移動する羽目になる。
これは3両を豊橋まで走らせ、飯田線の「伊那路」に使うからである。
大垣行きは東京〜小田原は全車指定、小田原〜名古屋は前6両指定・後ろ3両自由、
名古屋〜大垣は上記のように6両にして全車自由である。
だから、指定席を取れなかった場合の究極手段として、
1.小田原まで1本前の普通に乗る
2.小田原から自由席になる後ろ3両で仮眠、
3.名古屋で後ろ3両が切り離されるため、前に移動して仮眠
という荒技も使える。
逆に東京行きは、熱海まで全車指定で、それ以後は後ろ3両自由であるが、あまり意味はない。
あまりに利用者が多いため、忙繁時に限って臨時の大垣夜行が当時の姿のままで走っている。
臨時大垣夜行は、ムーンライトより東京を遅く出るのに、豊橋で抜かして大垣には先に着く。
そのために、大垣で接続する列車には座ることが出来るという特典がある。
余談だが、大垣では大垣夜行のことを東京夜行と言うらしい。ホンマかいな。
武蔵野線★★(平14・12・2)
競馬ファンを増やそうと、JRAが仲間の国鉄に働きかけて作らせた路線(大嘘です)。
沿線に東京競馬場(府中本町)、中山競馬場(船橋法典)がある。
でも、あながち嘘じゃありません。
前身は東京砂利鉄道という多摩川の砂利を取るために建設された鉄道で、後に国鉄下河原線になっている。
国分寺〜下河原のうち、西国分寺付近〜武蔵野線と京王線の交差部付近は、現在の武蔵野線とほぼ同じルート。
東京競馬場が府中に移転するにあたって(その前は目黒にあった)旅客営業を開始。
南武線を越えた辺りで下河原方面の線路と別れて、東京競馬場に向かって支線が分岐、東京競馬場前駅が開設された。
ちなみに武蔵野ステークス(GV)は武蔵野線が開通した記念に作られたレース、ということは断じてない。
村山貯水池★★★
俗称多摩湖。現在の東京都東大和市の北部に位置する。
都民の水瓶として重要な位置を担っている。
一見、鉄道とは関係なさそうだが、現在の西武鉄道はこの人造湖の恩恵を十分に受けていた。
湖ができた当時(昭和9年頃完成だったと思う)の娯楽は現在ほど多様化されておらず、この湖で一時を過ごすのも十分に娯楽の1つだった。
ということで、西武鉄道の前身である多摩湖鉄道、武蔵野鉄道、西武鉄道(旧)は一斉にこの湖を目指して路線を建設したのである。
現在もこの周辺の路線が入り組んでいるのはこのためである。そして似たような駅名が非常に多かった。
村山貯水池前
川越鉄道から改称された西武鉄道(旧)によって作られた、現在の西武園線にあった駅。
昭和5年4月5日に開業した。昭和16年3月1日には狭山公園、昭和23年4月1日には村山貯水池と改称、昭和26年3月1日に廃止された。
村山貯水池下
多摩湖鉄道によって作られた。現在の多摩湖線西武遊園地駅。
昭和11年12月30日開業。昭和16年4月1日には狭山公園前、昭和26年9月1日には多摩湖、
そして昭和59年3月25日に現在の西武遊園地と改称されている。
村山貯水池際
武蔵野鉄道によって作られた。現在の狭山線西武球場前駅。
昭和4年5月1日に開業した当初は村山公園と称していた。
昭和8年3月1日に村山貯水池際と改称、昭和16年4月1日には村山、昭和26年10月7日には狭山湖、
そして昭和54年3月25日に現在の西武球場前と改称されている。
モ
@「MO」★★★
エムオーを略してこういう?
A「モ」★★
JRの車両形式の一つ。モーターのついている車両。
モーターがついているために車内はうるさい。
運転席がついている時は「クモハ」、ついていない時は「モハ」。
普通、モーターのついている車両はうるさくてグリーン車にはならないから、「モロ」という形式はほとんど存在しない。
物井★★★(我々の間では★)
千葉県四街道市の中にある町名。
豊野、小川村(いずれも長野県)と並び、日本3大田舎と我々の間では言われている。
北海道標津町の動物王国と並び王国をしいており、日本国から独立しているらしいがその実態は、、、、、、、?
その中心駅は物井駅。1日の乗降は5人!(嘘です。本当は6000人程度)
近年、橋上駅舎化されこぎれいになったが、周りは田園と丘しかなくミスマッチ。
早朝深夜は駅員が存在しないらしい。やっぱり田舎。
モノレール★(平14・11・3)
一本の桁にまたがって、もしくはぶら下がった車両によって人や荷物を運ぶ交通機関のことを言い、広い意味で鉄道の部類に入る。
「1」のことを「モノ」という(「モノトーン」なども同じ)ことからこう呼ばれている。
またがって走るものを「跨座式」、ぶら下がって走るものを「懸垂式」という。
跨座式は更に「日本跨座式」というものも定められている。
これは、通常の跨座式だと走行機器類が客室の一部を塞いでしまう欠点をなくすためで、
客室は通常の鉄道と同様にフラットにして、その下に走行機器類を取り付けたものである。
しかし、このために重心が高くなってしまい、カーブでは遅くなってしまうのが欠点である。
これに対して日本では採用例が少ないが、懸垂式というものがある。
これは軌道桁によって走行面が覆われており、その中にぶら下がっているので、車体は特殊なものになる。
しかし曲線通過速度には強く、雪にも強いというメリットがある。
モノレールの特徴としては、道路の上に建設されることが多いことから、軌道として建設されることが多い。
これによって旧建設省からも補助がもらえるというメリットがある。
しかし、通常の鉄道と違い建設費が高く、また桁下の道路幅員を22メートル以上にしなくてはならないなど、
用地取得に時間もお金もかかるデメリットがある。
そして最大のデメリットは、他の普通鉄道と乗り入れることができないということである。
以下に日本で運営されているモノレールの一覧を挙げておく。
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東京都交通局 |
昭和32年 |
上野動物園東園〜上野動物園西園 |
(単線)0.3キロ |
懸垂式・2両 |
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名古屋鉄道 |
昭和37年 |
犬山遊園〜動物園 |
(単線)1.2キロ |
跨座式・3両 |
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東京モノレール |
昭和39年 |
羽田空港〜天空橋〜天王洲アイル |
16.9キロ |
跨座式・6両 |
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湘南モノレール |
昭和45年 |
大船〜湘南江の島 |
(単線)6.5キロ |
懸垂式・3両 |
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北九州高速鉄道 |
昭和60年 |
小倉〜城野〜企救丘 |
8.8キロ |
日本跨座式・4両 |
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千葉都市モノレール |
昭和63年 |
千葉〜都賀〜千城台 |
12.0キロ |
懸垂式・2両 |
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大阪高速交通 |
平成2年 |
大阪空港〜蛍池〜千里中央〜山田 |
21.2キロ |
日本跨座式・4両 |
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スカイレールサービス |
平成10年 |
みどり口〜みどり中央 |
1.3キロ |
懸垂式・1両 |
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多摩都市モノレール |
平成10年 |
多摩センター〜高幡不動〜立川南 |
16.0キロ |
日本跨座式・4両 |
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大阪高速鉄道 |
平成10年 |
万博記念公園〜阪大病院前 |
2.6キロ |
日本跨座式・4両 |
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千葉都市モノレール |
平成11年 |
千葉みなと〜千葉〜県庁前 |
3.2キロ |
懸垂式・2両 |
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舞浜リゾートライン |
平成13年 |
リゾートゲートウェイ・ステーション |
(単線)5.0キロ |
日本跨座式・6両 |
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沖縄モノレール |
平成15年 |
那覇空港〜首里汀良町 |
13.1キロ |
日本跨座式 |
もの食う人々
@★★
辺見庸の小説のタイトル。
A★★★
パンを食べながら運転する運転手のこと。一昔前に、これをやっている写真を激写され問題になった。
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