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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VII.《嵐》−1

 ずっと遠くにある街路灯がぼんやりと黄色の光を投げかけてくる。この路地はその光でかろうじて
足許が見えるが、そこも踏みにじられた雪と泥で危なっかしい状態になっている。
 酔っ払った少佐は路地に入るととたんに滑りそうになった。ろれつの回らない口で悪態をつく。
「けっ、馬っ鹿やろうぅっ、ひっく」
 少佐は足許に唾を吐いた。
 ウィノアが《連邦》に加盟してみると、エリート集団といわれていたはずのウィノア自衛軍は「で
くのぼう」と他所の星の連中から嘲られる羽目になった。
 理由は簡単だった。
 碌でもないことを考える、クソ忌々しい将軍連中と軍事研究所のキチガイじみた学者どもが生み出
した、旧東西ウィノアの特殊軍。
 実験体の化け物連中が狂戦士なのは当たり前だ。連中はこちらの命令に従うだけの道具なのだ。道
具は強くて壊れないのが当たり前だ。自動機械を見てみろというんだ! 
 彼らの強いことはウィノアの近隣諸国に鳴り響いていたという。彼らが東西に別れて戦争をしてい
る、その実力を見て、他所の星の連中はウィノアに手出しが出来なかった。ところがそれを「用無し」
と捨ててみれば、自衛軍は軍事力としては中の下のレベルになっていたらしい。今まで国内ではちや
ほやされていたのが、他所の国との相対評価とやらで、だんだん国民からも支持されなくなってくる。
そうなれば軍務意欲もそがれ、軍紀も乱れ、自衛軍は悪循環に陥っていた。
「特殊軍がなんだってんだ、けっ」
 店から強引に(店のバーテンを殴りつけてだ)奪ってきたボトルの蓋をあけて喇叭のみにする。
「たぁだのモルモットのくせに、オレたちを、オレ様を馬鹿にしやがって」
 自衛軍の兵士は一度見たことがあるだけだ。参謀本部の業務の一環として戦闘区域の巡見に当たっ
たとき、伝令がやってきて指令書類を受け取りに来た。自分たちと体格は変わらないのに妙に子供子
供した顔の兵士だった。
「モルモットのくせにデカイ顔しやがって」
 連中の居住エリアを空爆し、毒ガスを播いた事が何だと言うのだ? 飼い切れなくなった軍用犬を
扼殺するのなんか、どこでだってやってることじゃないか、糞!
 酒臭い息を吐いて、靴に染み込んできた泥水を罵ろうとした時。
「うわっ」
 強い衝撃を頭に受けて、少佐はよろめき、脇のごみの中にひっくり返った。思わず目をつぶった瞬
間、首筋に衝撃を食らい、彼の意識は遠のいていった。

                               つ  コートの襟を立て、兵隊帽を深く被ったケリーは官舎からずっと尾行けていた男を気絶させると、
しばらく気配を消したままじっと立っていた。周囲には動く気配はない。
 今は深夜、しかも真冬である。誰も外に顔を出して見てみようなどと酔狂心は起こさなかったらし
い。男をうつぶせにさせると目と口に手を当て、そのままぐいと頭を引く。
 ごきりという音と共に少佐の頭はあらぬ方向に曲がり、身体は一瞬痙攣したがそれきりだった。
 そのまま静かに寝かせるときびすを返し、ケリーはその場を立ち去った。

 翌朝、いつもの宿のベッドの上で目を覚ますと、ヨシュアは髭をそっているところだった。
「いつまで寝てるんだ、おまえ」
 ヨシュアは呆れたように言った。「朝飯を食いっぱぐれるぞ」
「ああ」
 欠伸をし、のびをしながら起き上がる。風呂場に行くと昨夜使ったロープを窓の下から取り上げた。
「昨夜は寒くなかったか?」
 顔をざっと洗い、着替えて荷物を簡単にまとめるケリーにヨシュアは訊いた。
「いや、そうでもなかったよ」
 それがなにか?という顔をすると、ヨシュアは肩をすくめただけだった。
 2人が食堂に行くと、映りの悪いTVがニュース番組をだらだらと流していた。首都圏内のニュー
ス枠になったが、交通事故と火事のニュースを数件読み上げただけで早くも天気予報に移る。
「今日の予定は買い物だっけ?」
 ソーセージとフライドポテトとトマトスライスを山のように盛り上げた皿をつつきながらケリーは
コーヒーをすすっているヨシュアに訊いた。昨日までは配達と商売に勤しんで、今夜の便でジェズま
で戻る予定だった。
「なに買うんだ?」
「新しい品種の苗と種をいくつかと、女衆向けの本とやらさ」
 フォークを伸ばしてケリーの皿からトマトを数切れ持っていく。「......あんまり美味くないな」
「うちのほうが食い物は美味いよな。こっちにくると珍しいものはあるけどさ」
 さらにソーセージにも伸びてくるフォークを撃退する。「自分で取ってこいよ、ヨシュア」
「おまえ、そんなに食ってて腹ぁ壊すぞ。少し助けてやる」
「俺は育ち盛りだからいいんだよ」
 ヨシュアは鼻を鳴らしたが、おとなしくフォークを引っ込めた。
「まったく、この筍小僧め。食っただけは伸びてやがる」
「あんたも食っただけ胴回りが伸びてるけど」
「ほざけ!」
 漫才のようなやりとりに、周囲のテーブルから笑いが上がる。
「......なあ、ヨシュア。荒地で育ちやすい苗ってなんだ?」
 ふと思い出してケリーはむくれている男に訊いた。
「はあ?」
 フォークをつまらなそうにもてあそんでいたヨシュアは両眉を上げた。「なんだと?」
「あんまり水もやれない荒地で育つものだよ。うちの近くの土地でさ」
「なにって......そうさなあ。うちで作ってるものなんかはどれもそうだぞ。その代わり肥料はやら
にゃならんが」
「そうか......そうだよなあ」
 ため息をつくケリーをヨシュアは物珍しげにながめた。「どうした? おまえがそんなこと」
「いや......ちょっと、ディーに......」
 ごにょごにょと口の中で返事をすると、ヨシュアは肩をすくめた。
「なんだ、そういうことかい。それならな、牧草の種を大袋いっぱいでも持っていけばいいだけさ。
おまえの目的とする場所の雑草を夏の間刈り取って積み上げて肥料にすりゃいいし、石ころも取り除
けて牧草の種を播いてやる。来年の夏にはあいつの仔羊にやれるように草も生えてるって寸法だ」
 恨めしそうに見るケリーに構わず、ソーセージをフォークに突き刺して齧った。
「そんな顔、するんじゃねえよ。開拓ってのは一朝一夕じゃ出来ねえんだ。どこの土地を狙ってるの
かはしらねえがな」
 テーブルに肘をつき、そっぽを向く。「なんだよ、経験者ぶってさあ」
「経験者なんだからいいじゃねえか。ほれ、さっさと食い終わりやがれ」
 コーヒーを飲み干すと荷物を掴んでヨシュアの後について食堂を出る。宿料を払っている脇で外の
空模様を眺めた。
 曇り空からはちらちらと白いものが降ってきている。つい1週間前に出てきた村は、例年になく蒸
し暑く、雨が多いと村人は噂をしていたのをふと思いだした。
 トラックに乗りこむとヨシュアは市街をほんの少しだけ走り、公共駐車場に車を止めた。
「おまえはどうする? まだどこか行き足りないところはあるのか?」
 エンジンを切るとヨシュアは振り返って訊いてきた。
「いや、今は特に無いよ」
 ケリーは首を振った。軍人2人と中堅の外務官僚2人を殺している。これが今回の限度だろう。
「だからあんたの荷物くらいは持てるよ」
 ヨシュアは笑った。「そうかい。じゃあ、期待してるぜ」
 
 翌日、ジェズの宙港からいつも通りに村に戻り、汗をかきかきミラーの店で荷物を降ろしていると
往診カバンを抱えた医者が顔を出した。
「ああ、いいところで会ったな、ヨシュア」
 カバンを開けるとごそごそと引っ掻き回し、薬袋を取り出した。
「これをな、あんたのカミさんに渡してくれ」
「へ?」
 見なれないものを受けとってヨシュアはあっけに取られた。「なんですかぃ、こりゃ」  おととい 「一昨日なにやら身体がだるいとか言ってたんで、栄養剤だよ、ひとまずは。採血検査の結果はまだ
出てないんでね」
「へえぇ」
 紙袋の中を覗き込んだ。「......夏風邪かなにかで?」
「さあなあ。更年期障害か夏バテかってところだろう。今年はこの天候だ。具合も悪くなるだろうよ」
「はあ......そりゃあ、すまんこって。お代はどうします?」
「いつも通り、月の終わりに請求書を出すよ。あとは物納でよろしく頼むな」
 そのまま、ケリーに目を向ける。「どうだね、義眼の調子は」
「特にどうってことはないよ、先生」
「そうか。たまにはチェックしておくようにな。育ち盛りだと微妙に身体とあわなくなるから」
 返事も待たずに、店の亭主に声を掛ける。「消毒用のアルコールはまだストックはあるかい?」
「ええ、ヨシュアが仕入れてきてくれたんでありますよ」
「じゃあ、大瓶を1本くれんかね。ポッターの家畜小屋で使いたいんだ」
 人間と家畜の両方の面倒を見ている医者は硝子瓶を受け取ると、そそくさと店を出ていった。
 トラックをダッチェスに返すとヨシュアはいつもの彼に似合わないせかせかした足取りで家路につ
いた。
「暑さ負けなんだろ」
 その歩調にあわせながらケリーは口を開いた。「なに焦ってんだよ」
「おれは愛妻家なんだよ」
「げ、全然そんなカオじゃないくせに」
「ジェーンがそれじゃあデイジーが大変だろう」
 言われてたじろいだが、ヨシュアがニヤッと笑ったので鼻白んだ.
「何かって言うとディーを引き合いに出すのを、止めろよな」
「おれは女房がだいじだし、おまえはデイジーがだいじだろ」
「あんただってあの子を溺愛してるじゃないか!」
「そりゃあ当然だ。大事なおひい様だからな」
 立ち向かう気力が萎えるような、平然とした男の台詞にげんなりする。
「あんた性格悪いぞ」
「最初からおれは悪党だって言ってただろ」
 どうにもこうにも太刀打ちできなかった。
「......それで、おまえのほうの首尾はどうなってるんだ、いったい」
 村外れまで来た時にヨシュアはさりげない口調で訊いてきた。「だいぶ片付いたか?」
「結局、下っ端ばっかりだよ」
 ケリーはため息をついた。「エライ奴らってなんであんなに防御が固いんだよ? 警護官は貼りつ
いてるしガレージは監視カメラだらけだし」
「そりゃあ、溜めこんでる財産も尋常じゃないからだろ。泥棒除けさ」
「あんたが狙撃に反対しなけりゃ、さっさと片付けられるんだ」
「それでおまえもさっさと首都防衛基地で銃殺になりたいのか? いや、そんな名誉な死に方もせん
で、《連邦》の研究所で一生クスリでラリってションベン垂れ流しながら檻に飼われる優雅なモルモ
ット暮らしか、試験管とシャーレで余生を送るかだ」
 さりげなく想像したくもない未来を展開するのを、頭を振って拒否する。「やめろよ」
「じゃあ、おとなしくやってろ。相手の数が多いんだから......と?」
 地所が見えてきたところで、2人の足が止まった。
「なんだあ、ありゃあ」
 呆れたようにヨシュアが呟くのが聞こえた。牛小屋から数人の少年たちが箒を持って出てくると、
続けて木桶を運び込んで行く。差し掛け小屋から赤いバンダナを頭に被ったデイジーが出てくるのが
見えた。頭が巡り、こちらに気がついたのか勢い良く手を振って駆け出してくる。
「ケリー! 父さぁん! おかえんなさぁい!」
 なんとなくそれにつられる形でケリーも駆け出した。無意識に一番近いルートを目測し、柵を一足
飛びに飛び越える。そのまま勢いを殺さずにデイジーめがけて走ると、腕の中に飛び込んできた少女
を受けとめた。
「ただいま、ディー」
「早かったのね! 今日、暗くなってから帰ってくるのかと思ってたのよ!」
 心底嬉しそうなデイジーの顔を見て破顔した。「早くうちに帰ってきたくてさ!」
 しかし、次の瞬間、はたと気がついてきまり悪く腕を放した。デイジーの向こうには、牛小屋から
出てきてあっけにとられたように二人を見つめる少年たちがいた。
「らぶらぶ」
 誰かがぼそりと言うのがケリーの耳に届いた。すばやくデイジーの顔を見たが、聞こえなかったら
しい。腕を抜けると嬉しそうに父親に駆けて行く。
「よぉ、おまえらどうした」
 マイペースで追いついたヨシュアが少年たちに訊いた。「うちに何か用か?」
「あと、ええと、サトウ先生からジェーンおばさんが具合悪いって聞いて、うちのお袋が、様子見て
来いって......」
 顔を見合わせた挙句、おずおずと口を開いたのはポッター家の五男坊だった。
「おじさんもケリーも居ない時に病気だったら、手が足りないだろうって......」
「うん、手伝ってもらって良かった!」
 にっこりと笑ってデイジーは朗らかに言った。
「あたし一人じゃ2日かかるところ、みんなのおかげで半日で済んじゃったもの。ありがと!」
 にこやかに礼を言われて少年たちは顔を赤らめ、照れたように笑った。
「あのね、家畜小屋の掃除を手伝ってくれて、壊れかかってた柵を見つけて修理してくれたの」
「そりゃ良かった。おれたちが帰ってきたから、もう大丈夫だろう。おっかさんたちによく礼を言っ
てたと伝えてくれ」
 愛想よくヨシュアが言うと、少年たちは戸惑ったようだった。
「あの......?」
「あとはおれとケリーで片付けちまうからな。暑かったろう、お茶の1杯でも飲んでってくれ」
「いや、あの、その......」
「遠慮なんかしなくていいぞ。デイジー、なんかあるだろう?」
「あ、あの、そんなことしたら、おれたち怒られちゃうから」
「うん、おばさんの具合悪いのに」
「そ、そうだよな」
 少年たちはちらりとケリーに視線を走らせ、そわそわと身じろぎをした。
「お、おれたち帰ります」
「じゃ、じゃあまたな、デイジー」
「ほんとに帰っちゃうの?」
 きょとんとした表情でデイジーは訊き返した。「お茶くらい......」
「平気だから、ほんと」
「じゃ、な」
 口々にいうと、少年たちはあっというまに居なくなった。
「どうしちゃったのかしら? ねえ、ケリー?」
 不思議そうに振り返ったデイジーに、ケリーは黙って肩をすくめてみせた。デイジーは後ろにいた
ケリーの表情に気がつかなかったのだろうが、少年たちをじろりと一撫でした視線は確実に「余計な
ことを言うならぶちのめす」というケリーの意思を伝えたらしい。「らぶらぶ」とはなんだ、「らぶ
らぶ」とは! 
「それで、母さんの具合はどうなんだ?」
 父親に訊かれてデイジーは表情を曇らせた。
「なんだかしんどいって。それでも一昨日よりは少し良くなったって言ってるの。一昨日はベッドか
ら起きられなくてずっと寝てたから」
 3人が家に入ると、ジェーンがソファにクッションを置いて横になっていた。
「お帰り。早かったね」
 たしかにどこか力のない声で言うと、ジェーンは身を起こした。
「ミラーの店んところで、ドクターに会ってな。薬を預かってきた」
 薬袋を出すと、ヨシュアはジェーンに手渡した。デイジーが台所に水を取りに行く。
「どこか痛いとか重いとか苦しいとかは?」
「そういうんじゃなくて、きっと夏負けしたんだと思うけど」
 薬を確認し、デイジーの持ってきたコップで飲み下しながらジェーンは言った。                さきおととい 「今日はそうでも無いんだけど、一昨昨日あたりからまた蒸して来て、それで体調が変になったみた
いで。こんな年もあるんだねえ」
「そうか。じゃあ寝てるか?」
「少し休んだら楽になったからね。せっかく帰ってきたんだもの、お茶くらいは一緒に出来るよ」
 すこしふらつきながらケリーに支えられて食卓の椅子に腰を下ろす。
「これから晩御飯のしたくするけど、父さん達、お腹空いてる?」
 デイジーが台所から声を掛ける。
「おれはそうでもない」
「俺はぺっこぺこ」
 椅子に腰かけず、ケリーは台所に行った。ベーコンを炒めて卵を落としているデイジーの脇に立つ。
「おばさん、大丈夫か?」
「......うん、そう言ってるし、先生がちゃんと検査してくれるって言ってたから、その結果次第か
なって思ってるの。......父さんとケリーが早く帰ってきてくれてよかった」
 ほっとしたように言うと、パンを焼き網の上で丁寧にひっくり返す。
「何かあったとき、あたしひとりじゃ不安だもの」
「そうだな。......あ、焼き加減そんなもんでいいや」
 トーストの上にベーコンエッグを載せた皿を受け取る。「先にテーブルに行ってるよ」
 デイジーが水差しから冷えた香茶を注ぐと、ヨシュアはマグをぐいと飲み干した。
「首都は寒くってなあ。こっちの蒸し暑さにあの冷気が欲しいくらいだな」
 汗を拭いながらおかわりを手酌でいれる。
「異常気象なのかねえ」
 ジェーンは首を振った。
「変な雲が居座ってるそうだよ。ジェズのほうじゃ川が氾濫してるんだってねえ?」
「ああ、場所によっては鉄砲水も出てるそうだ」
「あのね、お天気回復したらそろそろ収穫始めますって」
 自分のマグの縁を撫でながらデイジーが言った。
「大風でも吹かんことには、天気も本格的には回復しないだろう」
 ヨシュアは懐疑的だった。「蒸した空気が澱んでると、碌なことがないからな」
「かんかん照りのほうが、乾燥にはいいんだろ? それまで待ってたら?」
 トーストを頬張りながらケリーはふと思いついて言ってみた。「そうすればいいじゃないか」
「それじゃあ育ちすぎちまうし、天候が変になったら苦労がおじゃんだからな。困ったもんだ」
「父さん」
 デイジーは不安そうな声で言った。「ねえ、これで畑とか駄目にならないよね?」
「大丈夫さ、勿論」
 ヨシュアは余裕の笑みを浮かべた。
「このくらいの蒸し暑さでどうこうするような、ひ弱い品種はここの村には合わないからな。なぁに
そのうちお天道様も元のようなすっきりした陽気にしてくれるさね」
「うん」
「家畜たちが病気にならなけりゃ、なんとか食っていける程度に蓄えはあるからな」
「うん」
「それで、今夜の晩飯はなにかな?」
 おどけたように家族を見まわした。「とにかくケリーとも言ってたんだが、首都は今一つメシが美
味くなくてなあ。おれにとっちゃ、我が家での食事が一番のご馳走だよ」

 冷たい夕食が済むとジェーンは疲れたと言って寝床に引き上げた。
 デイジーも片づけを済ますとやはり疲れた様子なのでヨシュアは「早く寝な、お花ちゃん」と部屋
に送りこみ、そのままぶらりと外に出た。
 一面の曇天に顔をしかめ、ぶらぶらと家庭菜園に足を向ける。今一つ育っていないトマトや茄子を
手にとって首を振り、ふと振りかえった。
「うわぉっ!」
 気配も無くすぐ後ろに立つケリーに思わず悲鳴を上げる。「......脅かすなよ、おい」
「やっぱり畑の具合は拙いのか?」
 その脇に立ってケリーも家庭菜園を眺めた。「......こいつ、粉吹いてる」
「カビ病だな」
 ヨシュアはため息をついた。
「麦の作柄がまあまあなのが幸いだな。豆とジャガイモの出来具合では商売以前に食い扶持が不足す
る。玉蜀黍はある程度冬場の飼料に蓄えておかにゃならんし、用心だけはしておかないとなあ」
「食料が?!」
 ぎょっとしてヨシュアの顔を見た。「そんなに拙いのか?」
「こういう天気はな、星全体に影響するもんさ。1年間に蒸発する水分てのはそう変動しないし、そ
うなりゃあどこかが大雨ってことはどこかが旱魃ってこった。まぁ最後になれば合成食料でも食うん
だがな」
「合成?」
「だから、《引き網》のだよ」
 言われてはたと気がついた。「そういえば、あんたそういうこと言ってたな」
「前の村長はそういう意味でリアリストだったが、今のがそうとは限らん。難しいところだな」
 タバコの包みをポケットから出したが、中を覗きこんで舌打ちした。
「ついてねえな。ま、今夜はさっさと寝るか。おまえもちゃんと寝ろよ。出掛けてからろくに寝てね
えんだろう」
 ケリーの頭を掌でぽんぽんと叩くと家に向かう。
「だから、ガキ扱いするなってば!」
 叩かれた頭を撫でる。
「いくら図体がでかくたって、13はガキだぞ」
「俺、一人前じゃないのかよ?」
 口を尖らすと、振りかえったヨシュアはニヤリと笑った。
「少なくとも、百姓仕事じゃあ、まだひよっこだな」
「ちぇっ」
 それは事実だとケリー自身も認識はしていたから言い返しようがなかった。ヨシュアの後ろについ
て同じように歩き出す。なんとなく蒸し暑くて身体が疲れているのか、欠伸が出る。
「俺、シャワー浴びようかなあ」
「タンクの容量見ておいてくれよ」
「ああ。あんたは入るのか?」
「おれは明日の朝だな。......じゃあ、ちゃんと寝ろよ。おやすみ」
 シャワーを浴びて久しぶりに自分のベッドに潜りこんだ。1週間ぶりの部屋は、もともと片付けて
出かけたのだが、さらに掃除をしてくれたらしい。ベッドのシーツも枕カバーも真っ白に洗われ、上
掛けもさらりと触りのいいものになっている。
 と、かさりと枕の下で音がした。怪訝に思って手を入れると、小さな紙切れが出てきた。不審に思
って明かりをつける。
『おやすみなさい。いい夢を』
 デイジーの筆跡に嬉しくなった。仲間たちと一緒の時はお互い気兼ねなく生きていた。それはデイ
ジーとの間でも変わらない。それでも何気ないやりとりで、仲間のだれもやらなかったようなことを
してくれるのが新鮮で楽しかった。
 大事に枕の下に潜りこませると、仰向けになって天窓を見上げる。
「まだまだだなあ」
 ふと呟きが洩れた。リストアップした連中を見つけ次第、機会があればしつこくつけまわして殺し
ていたが、暗殺するのがだんだん難しくなってきたのは事実だった。入手できる装備には限界がある。
首都に居られる日数は限られている。せめて軍にいた時くらいの装備があれば......せめて村に帰ら
なくて済めば......。
「駄目だ......」
 呻いてケリーは寝返りを打った。ディーを危険にさらすな。じゃあこの家を出るか。それもイヤだ。
この家を出たらディーと離れ離れだ。あの子は俺の新しい仲間で家族なんだから離れたくない。
「チクショウ......」
 頭を抱えてため息をつく。権力が、権力者というものがこんなに相手にしづらいものとは知らなか
った。
 それでもここまでやって途中で投げ出すのは真っ平だった。



 やがて数日して晴天が続きそうだというので、村では収穫作業が始まった。
 同じ年頃の子供たちの作業班に組み込まれはしたものの、ケリーは体格的にはこの1年でかなり逞
しくなった。元から高かった背丈は更に伸び、160センチを越えている。農作業をしている脇でこ
っそり訓練も欠かさないので、太くも無く均整の取れた筋肉質の体つきにもなっている。
 ぼちぼち声変わりの時期にもなり声を出すのが少々鬱陶しくもあって、もとから村人の間では黙っ
ているのがさらに口が重くなり、その結果、黙々と働くことになった。
 しかし黙りこくっていようがむっつりしていようが、それでも少女たちの間では「やっぱりステキ
なケリー」には違いないらしく、休憩の時間になるとそばに寄って来る。それを鬱陶しく感じてケリ
ーは食事時にはヨシュアの隣にむりやり割り込むことにした。
「阿呆か、おまえは」
 2日目の食事時にヨシュアは隣に座りこんだ彼にあきれたように言った。
「今から女の子の相手をいやがってて、人生どうするつもりだ?」
「神経疲れるんだ」
 ぼそぼそとケリーは返事をした。「食事くらい静かに落ち着いて食べたいよ」
「は! 贅沢言いやがって。デイジーだと嫌がらないくせに」
 ディーは俺の具合を気にしてくれるからいいんだ、とは思ってもなんとなく口に出すのは憚られた。
そんなことが村の少女たちの耳に入ったらデイジーが困った立場に立たされるのではないかと思った
からだったが、そんな心配は数日で終わった。
 それは4日目の作業中に、ジェーンが倒れたからだった。


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