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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VI.《疾風》−1

 特殊軍にいた頃のケリーにとって、冬は好きになれない季節だった。いや、嫌いな季節だった。
 寒さは厳しく風は冷たい。訓練は辛さが増し、出撃すれば岩陰に潜むにしても身体は凍える。

 だが、この冬は違った。

 雪は深いがそれで作ったあなぐらが暖かいことを知った。
 夕暮れの中、外から帰ってきたときに窓辺の明かりが暖かく招くように瞬いているのを知った。
 天気のいい日には、村の子供たちが橇で斜面を滑り降り、凍りついた池でスケートをするのを眺め
たりした。デイジーに誘われて木製の刃を靴につけて一緒に滑ってもみた。滑ること自体はそう興味
も無かったが、滑走競争ともなると、生来の負けず嫌いの性格と鍛えぬかれた運動能力で同年輩の子
供たちや少々年上の青年たちをあっという間に追いぬくまでになった。

 そうなると、刈り入れ作業の時の再現で、ケリーはまたもや村の少女たちの注目するところとなっ
たが、ケリーは少女たちを一顧だにしなかった。

 ケリーが見つめ、ケリーがいつもそばに置くのはデイジーだけだった。
 人はそれを恋というのかもしれなかったが、ケリーにとってそれは厳然と違うものだった。
 マルゴへの想いとは違う、と彼はいつも内心呟いていた。
 マルゴは憧れの対象であり、乗り越えるべき目標でもあった。
 デイジーはマルゴとは違う。戦いを知らぬ普通の少女であり、彼の傷を癒してくれる家族だった。
 だから、守りたかった。
 彼は戦っていたから、その戦いに巻き込みたくは無かった。そしてデイジーの明るい優しさはケリ
ーにとって失いたくないものだった。

 今、ケリーは雪のぬかるんだ道を村の広場に向けて歩いていた。

 村長が変わった後、ガルノー老人はヨシュアにトレーラーを運転させ、村人の数人と共にジェズと
西ウィノア市に出掛けた。
 ひとつは前村長パーシェヴェの死とそれに伴う村長交代を報告するためであり、ひとつは同じ宗派
の、建国祭にあわせて催される集会に参加するためでもあった。
 ヨシュアはそれをガルノーに尊大な言いっぷりで言いつけられると、誰と誰を連れていくのかを確
認し、最後にデイジーを連れていくことに許可を求めた。
「いえね、この間の配達のときにあれの代わりにケリーを人夫代わりに連れてったもんでね」
 じろりとガルノーが睨みつけるのに、ヨシュアは言い訳をした。
「一度は前の首都に連れてってやると約束してたんですわ。駄目ですかねえ」            ノー  老ガルノーの返事は「否」だった。
「遊びに行くと思われるのは心外だね、マクニール」
 老人はぴしりと言った。「わしらは仕事で西ウィノアに行くんじゃ。物見遊山気分では困る」
「村の有志を募って建国祭に出掛けるという話もあったんですがねえ」
「くだらん娯楽に染まる必要は無い」
 老人はそっけなく言った。「都会の連中は堕落しとる。軍事パレードなど持っての他じゃ。入植時
の苦労を偲び、ここまでやってこられたことを神に感謝する。それだけじゃよ」
「はあ」
 ヨシュアは大人しく引き下がり、旧首都に行ってその考えが変わることを期待した。結果としては、
西ウィノア市での宗派会議で老ガルノーは村の運営が他の集団と比べてよい部類に入っており、それ
がヨシュアの現金収入確保の主張に拠るものなのを認識せざるを得なくなった。
「おまえの言い分がおおむね正しかったことは認めよう」
 村の寄り合いでの報告の席上、老ガルノーはしぶしぶ言った。
「だが、村を支える理念本筋から外れていることは覚えておくように。他の者にも顧客のことなどは
伝達して、おまえの代わりになるように育成しておくのがおまえの務めじゃろうな」
 なにもヨシュアが村のためにと頑張ってくれるのを、そうつれなくするもんでもないだろう、と村
人は噂したが、ヨシュアは噂に乗るような真似はしなかった。

 冬の間、ヨシュアは何人かを選んではジェズや西ウィノア市、そして統合首都のウィノア市に連れ
ていき、いろいろと町を見物させていたが、ケリーはその中では「一番こき使える」という理由で同
伴の機会が多かった。
「なにせ、あいつはちゃんと食っていけるようにいろいろと適性を見たいんでね」
 寄り合いでヨシュアがそう言っていたと、ケリーは村人から聞いた。
 よそ者、という面を強調してヨシュアがケリーの行動を怪しまれないようにしてくれるのは有り難
かった。
 家に居るときは、毒ガスを散布した部隊のことを調べ、《連邦》のそれに関わったと思われる人間
の動向を追跡し、ヨシュアと村を出ると一番手近なターゲットから殺していった。
「あんまり頻繁に追いかけるなよ」
 ヨシュアは時々ケリーに注意した。
「共通項からおまえの身許がばれちゃあ、お終いだ。どこをどうやってかおまえの外出とコロシが結
びつくかもしれないんだ」
 なるほどと思ったケリーは同伴の機会をデイジーに数回譲ることにした。
 そして、今日も何人かと一緒に出かけたデイジーが1週間ぶりに帰ってくるはずだった。

 広場に着くと、大人や子供たちがトレーラーを囲んでいた。
 どうやらつい今しがたついたらしく、人間と一緒に積み込まれた荷物をせっせと降ろし、備蓄倉庫
に荷を運ぶもの、自宅で使うものを背中に背負って帰るものとごった返している。
 ケリーが素早く見たところ、デイジーは薬かなにかの入ったケースを医者に渡していた。一つ一つ
医者が紙を読み上げるのを頷きながら、手渡している。
「よぉ、ケリー!」
 出かけた若者の一人が呼びかけた。「悪いけど、この荷物を万屋に運んでおいてくれよ!」
 受け取った荷物はかさばる割には軽い。「なんだ? もう少し持てるよ」
「うっかり落として汚すと拙いんだってさ」
 受け取って店に運び込み、ミラーのお内儀に渡すと大急ぎで引き返した。
「ケリー、こっち!」
 声のするほうに目を向けると、トレーラーの助手席からデイジーが手を振っている。駆け寄るとド
アを開けてきた。
「お帰り、ディー!」
 デイジーはケリーの顔を見ると満開の笑みを浮かべた。
「ただいま! 一緒にダッチェスさん家まで乗っていって帰ろうって」
 ステップに足を掛けたケリーに、父親を示す。
「父さんね、荷物をケリーにも背負ってもらうんだって」
 デイジーが詰めてくれる座席に座る。
「なに買いこんだんだよ? ヨシュア」
「いろいろとな」
 機嫌よくヨシュアは答えた。「おい、忘れ物はないな?!」
「大丈夫です、マクニールさん。お世話になりました!」
 数人の若者が叫び、後ろの扉を閉めた。ゆっくりとトレーラーは動き出す。
 芳香がケリーの鼻腔をくすぐった。
「いい匂い?」
 鼻をひくつかせるケリーにデイジーがうれしそうに訊いた。
「うん。何の匂い?」
「お兄さんたちが、コロン水をお土産に買ったの。それであたしもお手伝い」
「面白がってたくさん点けるから、おれは窒息しそうだよ」
 息を詰まらせた声でヨシュアは言った。「お花ちゃん、こういうものはちょっぴりでいいんだぞ」
「ちょっぴりだもん!」
 ぷんと頬をふくらませた。「お店のお姉さんたちが点けてくれたんだから」
 振りかえるとケリーに笑いかける。「ケリー、ねえ、東の首都ってきれいね!」
「......そうだな。どこ回ったんだい?」
「ええと、大統領府と、記念公園と市場! 宙港もぴかぴかなのね! あのね、床にあたしの顔が写
っちゃうかと思っちゃった! ジェズの町が全部入っちゃいそうなくらい広いのねえ!」
 初めて見た統合首都に無邪気に喜ぶデイジーを、ケリーはなんとも言えない気分で見ていた。
 粉々に破壊し尽くせたらどんなにいい気分だろう、と初めて統合首都を見たときにケリーは感じて
いた。
 赤、白、黒の大理石で造られたネオクラシック様式の壮麗な都市。それが統合首都の表の顔だった。
しかし、その周辺には煤けた町が広がり、さらに後背には貧民街もある。
 ケリーの仲間を殺した人間たちは、その殆どが一般庶民出身であり、一握りの上級軍人たちは壮麗
な居住区に住んでいたが、そのどちらも安楽に安寧に快楽を消費していた。

 奴らは俺たちの犠牲の上に暮らしている。
 貧民街の住人ですら、戦いに駆り出されて殺されることは無い。
 
 反吐が出そうだった。
 初めて訪れた時、同行者たちが眠ってからケリーは忍び出て一晩で3人ほどターゲットを「処理」
した。
 かなり狂暴な気分だったのは確かだった。暗闇の中で襲いかかり、両目を潰し喉を握りつぶし、そ
の身体をレーザーナイフで真一文字に切り裂いて殺した。その時の「やつら」の恐怖の表情が快感だ
った。
 あの時は、帰ってからヨシュアに小言を食らったんだっけ。もっと地味に殺さないと全員殺しきれ
ないぞって。

「ケリー?」
 心細げな声にはっとして顔を上げた。
「やっぱり、匂いがきつすぎる?」
 デイジーが心配そうに覗きこんでいた。「気持ち悪くなっちゃった?」
「いい匂いだったんで、うっとりしちゃったよ」
 無理矢理に笑顔を作る。デイジーの顔にはまだ心配だと書いてある。
「気にするんなら、窓を開けようか」
 ホンの少し、窓の隙間をつくる。
「しみったれた開け方するな、全開にしてくれ」
 ヨシュアが手許で操作したのか、左右両方の窓が全開になった。風が吹き込んでくる。
「寒ーい!」
 デイジーが首をすくめるのに、ケリーは腕をまわしてやった。
「ほら、こうやって俺の陰にいなよ。これでもディーが出掛けたときより、ずいぶんあったかくなっ
たんだよ」
「そうね、雪もだいぶん溶けちゃったものね。......ケリー、あったかぁい」
 耳のすぐそばで聞こえる声が甘く薫るような気がして、ケリーはどきりとした。
「おんなじ星のなかで夏と冬がいっしょにあるって、理屈はわかってても不思議ね」
 ケリーの動揺には気がつかず、デイジーはくすくす笑った。
「便利なんだぞ」
 気が済んだのか、窓を閉めたヨシュアが言う。
「北が不作でも南でなんとか出来たりしてな。星によっては住む場所が限られるからな」
 そのままハンドルを切ると車を止める。ケリーはドアを開けて素早く滑り降りた。ダッチェスがト
レーラーの車庫前に立っているのが見える。
「よぉ、ケリー、御苦労さん」
 二人がかりで木製の扉を開けると、ヨシュアは車庫にトレーラーをバックで入れた。
「一休みしていけよ、ヨシュア」
 ヨシュアとデイジーが同じドアから降りるとダッチェスは母屋の方を指さした。
「どうせあんたのことだから、ぶっ通しで運転してきたんだろう。お茶でも飲んでけよ」
「ああ、いい加減くたびれたぜ」
 ヨシュアは荷物を下ろしながら嘆いてみせた。
「いやもぉ、若い連中は面白そうだと思ったらそこに貼り付いて動きやしねえ。商売を教えるどころ
じゃねえよ」
「へえ」
「昼間は叱りつけながらあちこち勉強に歩かせて、夜は夜遊びに行かないように見張ってなきゃいか
ん。トレーラーを代わりに運転させようったって、事故を起こしそうな勢いだ」
 下ろした荷物を確認しながらガハハとダッチェスは笑った。
「まぁ、お上りさんしてるからな、仕方あるまいよ。マシュー!」
 母屋に向かって怒鳴る。「下りてこい! 荷物運ぶんだ!」
 4人で荷物を運んでいると、マシューが家から飛び出してきた。
「に、荷物? あ、デイジー、代わろうか?」
「向こうにまだいくつか残ってるから、それ担いで来い。......乱暴に扱うんじゃないぞ!」
 息子が車庫に走っていくのを見送って肩をすくめる。「どうもがさつでな」
「デイジー、そういえば、おまえマシュー用になにやら買い物してたな?」
 ヨシュアは娘を見た。「なにを買ってたんだ?」                               まち 「えとね、ゲームなの。新しく出たんだって。頼まれたの。きっと都会にならあるからって」
 抱えている荷物を持ちなおした。「ミラーさんのお店に頼むより早いからって」
「なにをせっせと小遣い貯めてるのかと思えば」
 ダッチェスはやれやれと首を振った。「悪かったな、デイジー」
「ううん、お金預かって責任重大だから張り切っちゃった......でも、何のゲームなのかしら?」
 首を傾げる。「宇宙船とか箱に描いてあったけど」
 家の中に荷物を置くと、ケリーは「残りの荷物持ってくるよ」と引き返した。
 トレーラーのそばにはマシューが荷物を抱えて右往左往していた。やはり一度に残っている荷物す
べてを運ぼうとして困っていたらしい。
 黙ってほどほどの重さの荷物を取ると歩き出す。
「お、おい、ケリー」
 困り果てた声に振りかえる。「なに?」
「どうするんだよ、この数」
「往復してこなすのさ」
 感情のこもらない声で返事をすると、さっさと歩き出す。マシューにデイジーが何かを買ってきた。
それを思うだけでなんとなく面白くなかった。



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