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スカーレット・ウィザード番外編

【The Ghost】


VI.《疾風》−2

 結局、ケリーが2往復する間にマシューは荷物を1つ運んだきりで、父親から小言を食らうはめに
なった。
「だって、重かったんだよ、親父ぃ」
 耳を引っ張られ、マシューは泣き言を言った。
「それならケリーと2人がかりで運んでくりゃあよかったじゃねえか。おまえは本当に馬鹿だ!」
「まぁまぁ、ダッチェス」
 ヨシュアがなだめ役に回った。
「たしかにマシューの運んでくれた箱は一番重いのだからな。あれを一人で運べるだけでも相当なも
んだよ」
「不甲斐ねえ倅だ」
 舌打ちすると、息子を解放する。マシューはいそいそとデイジーの側に座った。
「デイジー、それであった?」
「これでいい?」
 リュックから小さな包みを取り出す。
「言われたのと同じ名前の一番新しいのって言って買ったんだけど」
「ああ、これこれ」
 包みを開くと嬉しそうに頷いた。「サンキュー」
「じゃあ、これはおつりね? なんのゲームなの?」
「コンバットものさ」
 うきうきとマシューは言った。
「特殊軍と連邦軍が交戦するってやつでさ。すっげえ面白いんだ。東西の混成特殊軍歩兵部隊と連邦
軍の機甲師団の交戦パターンが一番人気でさあ」
 脇で何気なく聞いていたケリーは血の気が引くのを感じた。ヨシュアを見ると、さすがに気難しい
顔をしていたが、ダッチェスは平然としていた。
「......特殊軍?」
 静かな声でデイジーが訊き返した。「それがどうして連邦軍と戦うの?」
「どうしてって......そういう設定なんだよ」
 きょとんとしてマシューは返事をした。
「特殊軍を負かすってのが最終目標なんだけど、レベルがいろいろあってさ。時間と投入兵数で点数
が決まっていって......」
「ダッチェス、あんたんところは、あの映像は見てたのか?」
 ヨシュアが唐突に訊いた。「例の、軍事チャンネル」
「まぁな」
 悪びれた風もなく、返事が返ってきた。
「他に娯楽なんてないからな。ありゃあ、いい暇つぶしだったんだが。あんただってそうだろ?」
「いや、おれんところは見てなかったな」
 ヨシュアは肩をすくめた。「写りが悪くてな。それに、ああいうのはおれの趣味から外れてたね。
軍事広報は場所が場所だからチェックしてたが」
「......それだったら、特殊軍になって戦うべきじゃない?」
 デイジーのかすれ声に、部屋の中が静かになった。
「え?」
「どうして、連邦軍になって戦うの? どうして特殊軍を選択しないの? ウィノアと《連邦》の戦
争なんでしょ?」
「勘違いするなよ、ただのゲームだよ。それにあいつらはヒト型のモンスターだぜ?」
 マシューはあっけに取られたように言った。
「工場かどっかで造られて、それで戦場で暴れてたんだろ? そいつらの維持管理にすごい税金かけ
てたって聞いたよ。だからうちも貧乏なんだって。なあ、そうだろ、親父?」
「そうさ。まったく、戦争終わったって税金が下がらないのが忌々しいが」
 ダッチェスは音高く舌打ちした。
「戦争税が無くなったと思ったら、今度は連邦税か。いい加減にして欲しいもんだ」
「じゃあ、邪魔したな」
 ヨシュアは立ちあがった。「そろそろ帰らないと、ここに根っこが生えちまいそうだ」
 椅子に座ったまま、ダッチェスは見上げた。
「送っていくぞ? 荷物重いだろう?」
「いや、背中に括りつけちまえばどうってこたあない。重いのは1つだけだからな。細かいのは子供
たちに持たせるから大丈夫だ。ほら、準備しろ、二人とも」
 麻縄で一番重い木箱をヨシュアの背中に括りつける作業を手伝いながらケリーがふと見ると、デイ
ジーはなぜか涙ぐんでいた。
「ディー?」
 声を掛けると、どうみても無理矢理の笑顔を作って「トイレ借りてくるね」と呟き、駆け込んでい
った。
 帰る道々、デイジーはケリーにも近寄らず、ヨシュアのそばにぴったりとくっついていた。
 家に帰ると、ジェーンが台所から笑顔で出てきた。「お帰り。おや、デイジー、顔色悪いよ?」
「疲れちゃった」
 小さな声で呟くように言うと、ジェーンにしっかりと抱きついた。「母さんのそばがいいな」
「おやまあ、もうホームシックかい? まったく甘えっ子だねえ、おまえは」
 目を丸くしたが、笑って抱きしめた。「東の首都は面白かったかい?」
「きれいだったけど......よくわかんない」
 ジェーンは顔をあげてケリーを見、夫を見た。
「......まぁね、初めて行った場所だから、ショックもいろいろあったろうさ。もうじき食事だよ」
「食べたくないの。......もう寝てもいい?」
「そりゃあいいけど......大丈夫かい? 風邪引いたのかねえ」
 額に手を当ててやる。
「少し熱っぽいかもね。冬から真夏の場所に行って、また冬になったから体調崩したんだね。温かい
もの作ってやるから、ベッドに入っておいで」
「うん......お休みなさい」
 静かに階段を上がっていく娘を見送り、振り返った。「どうしたの?」
「出掛けている間、はしゃぎすぎて疲れたんだろう。向こうは記録的に暑かったしな」
 荷ほどきをしながらヨシュアは返事をした。
「さて、発動機の部品は手に入ったから、天気次第で部品を交換しよう。ケリー、手伝えよ」
「ああ......ディー、大丈夫かな?」
「ケリー、悪いけど、飲ませるもの作るから、持っていっておくれ」
「うん」
 台所に付いていく。見ていると、ミルク鍋に赤葡萄酒を入れて温めている。それに砂糖とオレンジ
ジュース、レモン汁を混ぜてデイジーのマグに注ぐとシナモンをふりかけた。
「なに、それ」
「秘伝の風邪薬だよ」
 ジェーンは笑って言った。
「あたしが昔働いてた酒場でね、風邪引くと皆してこれを作って飲んでたのさ。子供だからデイジー
にはジュースがたっぷりだけどね。これを飲んでぐっすり寝れば、だいたい風邪っ気は抜けるからね」
 古い受け皿に載せたそれを受け取り、ケリーは用心しいしい捧げ持って行った。
「ディー? ドア開けるよ?」
 ノックして声を掛けると小さく「どうぞ」と返事が返ってきた。
 ドアを開けるとネルのパジャマを着たデイジーがベッドから半分身を起こした。
「おばさんから、風邪薬って」
「ありがと、ケリー」
 カーディガンを羽織るのを待って手渡してやる。両手でマグを包み込んでふうふうと息を吹きかけ
ながらすするのを、机の椅子を側に寄せ、座って見つめた。
「......美味しいのか?」
「うん......味見してみる?」
 一口飲んでみる。かなり甘いがワインのアルコールもわかる。これなら身体も暖まるだろう。
 マグを返す時、デイジーの瞼が腫れぼったいのに気がついた。
「もしかして......泣いてた?」
 返事をしないまま、デイジーはマグを持った手を降ろした。ぎゅっとマグを握り締めているのを見
て、ケリーはどう言えばわからなかった。
「......マシューだな」
 なんとなく、ぽつりと口から出た。「あいつが悪い」
「......え......?」
「あいつが絡むと、ディーはいつも辛い思いばっかりだ」
 デイジーが否定しないのを見て、やっぱりと思う。身体を折り曲げ、膝に肘をついてデイジーの顔
を覗き込んだ。
「あんなやつに、親切にしなきゃいいのに」
「うん......でもね、世の中ってホントはみんないい人ばっかりなんだって思いたいの」
 そっと手を伸ばして頭を撫でてやる。
「ディーの気持ちはわかるよ。でも、それでもディーに辛い思いをさせるのは、悪い奴さ」
「......うん......」
 唇が震えてデイジーは手の甲で瞼を拭った。その肩を抱き寄せる。
「......どうしてあんなこと言ったんだ?」
 出来るだけ優しく訊いたがデイジーは首を横に振っただけだった。
「俺には言えないこと?」
「......ごめんね......心配してくれてるのに......」
 途切れ途切れの声にまた頭を撫でてやった。「いいよ」
 俺もディーには秘密にしていることがあるから、あいこだよ。
 声には出さずに呟く。そのくせ、どこか寂しかった。
「......寝たらいいよ。風邪も治るし」
「......うん......あ、あのね、ケリー。そこのリュック貸して」
 言われるままに、机の上においてあるリュックを渡す。その中を探ってデイジーは薄い包みを取り
出した。
「これ......ケリーの分」
 差し出されたものを、目を丸くして受け取る。「え?」
「記念公園のプラネタリウムで買ったの。ケリーが好きかどうかわかんなかったんだけど......あた
しが観て面白かったから」
 はにかんだ顔で言うデイジーを見つめた。
「......俺に?」
「つ、つまんなかったら、ごめんね」
 赤くなったデイジーを見つめ、慌てて首を振った。
「そっ、そんなことないさ。すごく嬉しいよ。ありがとう」
 たちあがると、ぬいぐるみを取って差し出す。「寝てるお守りに要るだろ?」
「うん」
 代わりに差し出されたマグを机の上において、「お休み」というとケリーは部屋を出た。
 ディーが? 俺に? わざわざお土産をくれるだなんて。
 わくわくするのを感じた。階段を駆け上がり、部屋に飛びこんで包みを開く。
『共和宇宙のすべて』
 星空をバックに金文字でそう書いてある、薄いデータディスクだった。
 顔がゆるんでくるのが判る。
 こみ上げてくる嬉しさのあまり、叫びたくなった。
「ひゃっほう!」


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